ハウリアがやって来た! 中
幸い、街頭インタビューは生放送ではなかった。
纏雷による妨害でカメラが不調となり、とても収録できる状態でなくなったことで、テレビクルー達は引き上げていった。めちゃくちゃ悔しそうに。
カメラが壊れたわけではなく、一定距離離れれば正常に戻るので余計に悔しがることだろう。
ざわつく現場からカム達を引きずるようにして離脱したハジメとシアは、デパートのエントランスに入ったところで大きく息を吐いた。
「ハジメさん、大丈夫ですか。精神」
「一気に削られた感があるが、まだ大丈夫だ。けど、気を抜くな、シア。集中していけ。でないと――死ぬぞ」
「いや、どこの戦場ですか。ここデパート――」
「ボス! 凄い場所ですな! ここならさぞかし立派な武器も揃っていることでしょうな!」
「この辺りは服ばかりね……。ボス、工具の類いはどこですか? 私、そろそろワイヤーを補充したいのですが」
「あ、俺もナイフの砥石が欲しいです、ボス」
「暗器の類いはありますか? ボスにいただいたアサシンブレードの換えの刃が、そろそろ欲しいです」
「いやいや、族長。それにお前等も。せっかくボスの世界に来たんだぜ? なら、まずは爆弾だろう! ボス、一番いい爆発物を頼みます!」
取り敢えず、カムやイオに熱い視線を送っていたご婦人方がギョッと目を剥いた。泳ぐ目は、きっと通報すべきか否か迷っている証に違いない。
シアが、「あはは……」と乾いた笑い声を上げた。
「訂正します。ここは戦場ですね。油断すると、心がやられそうです。あと、通報待ったなしです」
「ホームセンターの方が良かったかもなぁ」
爆弾やアサシンブレードはないけれど、材料くらいは揃うかもしれない。少なくとも、トラップ作成のための品は山ほどある。
とはいえ、あそこにはバールやチェーンソーもあるのだ。ハジメ的に、この二つはハウリアに装備させたくない。
森の中の、〝バールのようなもの〟や〝チェーンソー〟を装備したウサギ達……悪夢だ。ホラー映画にしたら、13日の金曜日のあの人を越える恐怖を人々に与えそうである。
頭を振って怖い想像を追い出したハジメは、カム達に武器の類いはないこと、あくまで一般市場であることを念入りに、それはもう念入りに伝えた。間違っても店員さんに「爆弾が欲しいのですが、どこに置いてますか?」などと聞かないように。
ちょっと落胆するカム達だったが、今日は異世界の生活の一端を知るために来たのであって、武器の補充に来たわけではないと納得し、一先ず、大人しくハジメの後についていった。
「ふ~む、武器の類いがないのは残念ですが、しかし、また随分と煌びやかですな。まるで、帝城の謁見の間やパーティー会場のようです」
カムが感心したような声を漏らした。三階部分まで吹き抜けとなっている一階部分は、天井の照明だけでなく、各店舗の光もあって確かに煌びやかだ。
「適当に見て回る。興味を引かれたものがあれば言ってくれ。ただし、勝手に行くな。一言、ちゃんと言え。いいな、絶対だぞ? 絶対だからな?」
「……ふりですな?」
「ちげぇよ」
ニヤリと笑ってボスの意を汲む族長さん。なんでそんなところだけ地球の文化(?)を知っているんだとツッコミを入れたくなる。
三階まで吹き抜けのフロアは、基本的にブランド物の衣服やバッグの店舗ばかりだ。そのせいか、ハウリア的にあまり興味はそそられないらしい。日本の人々がどういう服装をしていて、その価格がどの程度のものなのか、それを学ぶ以外では目が滑っている。
「う~ん、ミナさん、ネアちゃん。お洋服に興味ないです? ほら、この辺りなんて、ミナさんに似合いそうですよ? 可愛くないですか?」
シアが、同じハウリアの女性陣のファッションに対する無関心ぶりに苦笑いしつつ、とある店舗のマネキンディスプレイを指さした。
美男美女グループは、当然デパート内でも目立つ。シアが足を止めたことに気が付いて、女性店員さんの目がキランッと光った。完璧なスマイルで、さっそく距離を詰めてくる。
外国のモデルのような美女二人。店の中にいた女性客も、通りすがりの人達も何気なく視線を向けている。
そんな中、シアの指さしたロングスカート姿のマネキンディスプレイを上から下までジッと見たミナは……
「動きにくそうね。戦闘に支障が出そうだわ」
「……」
店員さんの足が止まる。女性客達が「え?」と聞き間違いを疑って首を傾げる。
「あ、あのですねぇ、ミナさん。普段着ですよ? ちょっとお買い物に行くときに着ていくとかですね、そういうときの――」
「ふぅ。すっかり腑抜けてしまったのね、シア」
「はい?」
苦笑いしながら、戦闘服じゃないんだからと言うシアに、ミナは如何にも「やれやれだぜ」と言いたげな様子で肩を竦めた。シアが若干、イラッとした表情になる。
「普段着? お買い物? だからなんだというのかしら。我等はハウリアよ! 常在戦場の心を忘れてどうするの!」
「えぇ~」
何故か、お姉さん的身内から説教されるシア。加えて、カム達からも「全くシアは。そんなことでボスの嫁が務まるのか?」と呆れた表情が向けられてくる。シアのイラッと感が更に増した。
でも、堪える! だって、シアはできるウサギ嫁だから! 見えないウサミミがプルプルするのは避けられないけれど。
女性店員さんが、「あ、こいつらやべぇタイプかも」と足を止めた。鉄壁のニコニコスマイルは僅かな乱れもないが、足は完全に止まっている。様子見態勢に入っていらっしゃる。
ミナは、周囲の状態など気にもせず、
(これはチャンスだわ! シアの姉として、不甲斐ない妹を見守りたいと言えば、ボスのお側に侍ることも許されるかもしれない! クックックッ。悪く思わないでね、シア。お姉ちゃんはもう限界なの。ラナや貴女の惚気を聞く度に、心にヒビが入りそうなの!)
内心で、黒い笑みを漏らすミナ。このまま、シアチョイスの服をダシにして、自分が傍にいるべきだと論述を展開しようとする。が、しかし、
「あぁ、もうっ。服装くらいなんですか! たまには可愛いお洋服を着てもいいじゃないですか! 今日の服装だって素敵ですよ!」
(ふっ、甘いわ、シア。ごく甘よ! 今の服はパンツルック。しかも、レミアさんに頼んで柔らかくて伸縮性のある生地のものを選んでもらったんだから! つまり、常在戦場の心得は何一つ侵していない! そんなことにも気が付かない貴女には、やっぱり私の監督が必要ね!)
と、0.03秒で思考したミナは、如何にも呆れましたと言いたげなオーバーリアクションで言葉を返した。
「ふっ、全くシアったら。しょうがない妹ね。いい? これは――」
「ね、ハジメさん。こういうロングスカート、絶対ミナさんに似合うと思いません?」
「ん~? まぁ、似合うんじゃねぇか?」
「店員さん! こちらの商品、くださいな!」
ミナさん、パチンッとフィンガースナップして掌返し。内心では、一瞬前までの策謀など彼方に飛ばして、
(わぁ~~~い♪ ボスに褒められたぁ~♪)
と、大はしゃぎである。ちなみに、ミナは今年で二十三歳だ。
見えないウサミミをわっさわっささせながら、解せない表情のシアを素通りして店員さんのもとへ行く。
なお、ハウリア達にはそれぞれ一定の日本円が持たされている。〝はじめてのお買い物〟だ。貨幣価値や計算を学ぶための一環である。
ブランドものなので、そこそこ良い値段のするマネキンディスプレイの衣装と同じ物を別の店員さんが用意している間、ミナはうんうんと唸ながら、一生懸命手持ちのお金を計算している。
その会計を待っていると、ハジメの服の裾がちょいちょいと引っ張られた。ハジメが「ん?」と視線を向ければ、そこにはもじもじしているネアが……
「ボ、ボス。私も、お洋服が欲しい、です。似合うの、あるでしょうか?」
チラチラ上目遣いで、言外に「ボスが似合うと思う服が欲しい」とおねだりしちゃうウサミミ美少女。
通行人の中に、紳士がいたらしい。通り過ぎ様に華麗なターンを決めて、後ろ歩きでネアを凝視しながら歩き続け、恰幅の良いおば様に激突。バチンッと良い音がした。美少女凝視の代償に、おば様のビンタを食らったらしい。
ネアの態度に慌てたのはミュウだ。
「ネ、ネアちゃん! ネアちゃんに似合いそうなお洋服は、ミュウとシアお姉ちゃんが選んであげるの!」
「え? お嬢、でもすね、私はボスに……」
「悪いことは言わないの! まずっ、ミュウとシアお姉ちゃんが選ぶの! それからパパに似合うか聞けばいいの!」
ミュウの剣幕が物凄い。ネアの両肩をガシッと鷲掴みにし、鬼気迫る様子でネアを説得(?)している。
「そうですね、ネアちゃん。ミュウちゃんの言う通りにしましょう。でないと――」
「で、でないと?」
「凄まじいセンスの黒龍セーターみたいなのを着るはめになりますよ!」
「あと、♡マークが散ったヤバいセンスのセーターとかも着るはめになるの!」
ハジメさん、愛娘に服装のセンスがヤバい人だと思われているようだ。ちなみに、黒龍セーターとは、セーターにでかでかと〝黒龍〟と印字されたもので、ハートのセーターは、ハートマークがあちこちにプリントされたセーターである。
前者はティオ用、後者はユエ用だ。二人共、それを着たときは未だかつて見せたことのない形容し難い表情になったものだ。
「ネアちゃんは可愛いの! パパに服を選ばせるわけにはいかないの!」
「もう勘弁してくれ、ミュウ」
ハジメの目が遠い。いったい、どこを見つめているのだろう。
遠い過去か。己の前科か。あるいはただの非現実世界か……
カムが、優しい手つきでハジメの肩をポンポンした。ハジメが視線を転じれば、そこには理解と共感を示す眼差しがある。それは、年頃の娘に、心のパイルバンカーを撃ち込まれた父親の表情だった。カムも、シアから撃ち込まれたことがあるのだろう。
ハジメは、透明な笑みを浮かべて頷いた。父親同士、心が通じた瞬間だった。
それから、なんだかんだで洋服選びで盛り上がる女性陣の後を、ハジメ達はすごすごとついていった。
途中、パルだけシアとミナに着せ替え人形扱いされ、「やめてくだせぇ! どうかそれだけはやめてくだせぇ! ボスぅ、助けてぇ!」という悲鳴と懇願も虚しく女装させられたりして魂が抜けたみたいになったが……
必滅のバルトフェルドはタフな男のはずなので、きっと大丈夫だろう。
その後、五階の雑貨店に入ったハジメ達。そこで、カム達は革新的な出会いを果たした。
「ボ、ボボボ、ボス!」
「なんだよ、カム。大きな声出すなって」
少し離れた場所で、財布を手に取ってしげしげと見つめていたカムから大声が伝わった。周囲の人達も何事かと注目する中、近寄ってきたハジメに、カムはそれを見せた。
「これはっ、これはなんですか!?」
「財布だな」
「そんなことは見れば分かります! そうではなく、これです!」
ベリベリベリッと音が鳴った。
財布が開いた。
カムは、再び財布を閉じた。音もなく、財布は口を閉ざした。
再び、ベリベリベリ!
「なん……だと」
イオが、驚愕に目を見開く。
「まさか……アーティファクトだというの?」
ミナが、震える手で、別の財布を手に取る。ベリベリベリッ。ピトッ。
「いったい、どうなってやがる……」
パル少年の、死んで腐った魚みたいな瞳に光が戻った。ゴクリッと生唾が呑み込まれる。
「……」
ベリベリベリッ。ピトッ。ベリベリベリッ。ピトッ。ベリベリベリッ。ピトッ。ベリベリベリッ。ピトッ。ベリベリベリッ。ピトッ。
無言無表情で、ひたすらベリベリとピトッを繰り返すネアちゃん。
「……マジックテープっていうんだが」
「マジック……やはり、魔法ですか」
ハジメは苦笑いしつつ、マジックテープの作りを説明した。純粋な作りによる機能だと知って、カム達は更に感嘆した表情になる。
「なんという……ここに、ここに人類の英知の結晶がある!」
「どんだけ感動してんだよ」
確かに、画期的で天才的な発明だとハジメも思うが、使い慣れた物に対しそこまで称賛されると、なんとも言えない表情になってしまう。
あと、ネアちゃん、そろそろ無言無表情でベリベリするのは止めて欲しいと思うハジメ。笑顔の女性店員さんが、ジリジリと距離を詰めてきている。
ハジメが、ちょっと表情を引き攣らせつつ、ネアの手からベリベリ財布を取り上げた。
「あっ……」
ネアちゃん、未だかつて見せたことのない悲しみの表情! まるで宝物を取り上げられたかのようだ。瞳はうるうると潤み、しょんぼり垂れたウサミミが幻視できる。
ハジメをして、物凄い罪悪感を覚えさせられる。
思わず、
「か、買ってやるから、ベリベリは家でやれ」
ネアちゃんの表情がぱぁっと輝いた! それはもう、百年の暗雲が晴れて、眩い陽の光が差し込んだかのような輝き。いつものクールな戦士顔など微塵もない。
ウサミミとウサシッポが激しくパタパタしている! 幻術を振り切ってうっすらと見えちゃうくらい、激しい喜びをあらわにしている!
「た、宝物にします!」
「お、おう。いや、千円程度の財布で宝物はやめてくれ。聞いてるこっちが、なんか悲しくなる」
そこへ、ずずいっとパル少年――だけでなく、カム達も勢揃い。無言で、しかし、とびっきり輝く瞳で、そっとベリベリ財布を差し出してくる。
「……もう、マジックテープそのものを買ってやるから、それは置いてきなさい」
「それはそれ。これはこれです、ボス」
パル少年的に、発見した人類の英知の結晶を、ボスに贈ってもらうというのが大事らしい。
安上がりなハウリア達に微妙な表情をしつつ、五色の色違いお揃い財布をレジにて購入するハジメ。店頭ですっごくベリベリされた財布をきちんと引き取ってもらえて、女性店員さんのスマイルも本物のスマイルになる。
せっかくなのでラッピングもしてもらい、それをカム達に渡すハジメ。カム達は総じてほくほく顔だ。
特に、ネアは、
「えへへ……」
もう、ふにゃふにゃの笑顔を見せていらっしゃる。戦士の面影も、厨二な症状も微塵も見られない。
「あ、ありがとうございます、お兄ちゃん!」
「!?」
ハジメの頭上に〝!?〟が出た。思わず後退るほど驚愕する。
ネアは、自分の発言に一拍して気が付き、慌てて「し、失礼しましたっ、ボス! 感謝致します!」と言い直す。
しかし、同じく年相応のふんにゃりした笑顔を見せているパルと合わせて見ると……
「やべぇぞ、シア。俺、こいつらを元に戻す方法が分かっちまったかもしれない」
「許容量を超えた〝喜び〟ですね! これは早速、エミリーちゃんに教えてあげないとですぅ!」
出会った当初における、ハウリアの子供達のハジメに対する呼び方は「お兄ちゃん」が基本だった。それが素で出てきた上に、今の平穏でほんわかした雰囲気……
症状改善に兆しが見えた。
ハジメとシアは互いに頷き、無言でハイタッチを決めた。エミリーちゃん! 朗報ですよ!
その後、マジックテープの束を爆買いしに行き、更に気泡緩衝材(空気の入った小さな袋が沢山ついたクッション。ぷちぷちするやつ)にドはまりし、人類の英知の結晶パート2だと大騒ぎして店の人が出てきたり……
途中、玩具コーナーで、以前にハジメが潰した〝頭にヤのつく自由業〟な親分さんと若頭さんと遭遇。どうやら孫娘の誕生日プレゼントを買いに来たらしい。直接買いに来るあたり、孫娘ちゃんは随分と愛されているようだ。
その親分さん達は、カム達の風貌と、ハジメに対するボス呼びから「やはり、マフィアのボスだったのか!」と驚愕と納得半分の大声を上げた。
更に、その叫びが周囲に伝播し、真昼のデパートでヤバい組織が会合か!? と騒然となったり……
いや、玩具コーナーで会合するヤクザとマフィアってなんだよ、とハジメが突っ込んだり……
そこで、ボスに負けた自分達に近い家業の連中と聞いたカム達が、どちらが上かはっきりさせようと、メンチを切りながら名乗りを上げようとしたり……
もしや、会合じゃなくて、抗争か!? と警備員さん達がビクビクしながら駆けつけたり……
全員威圧して黙らせ、取り敢えず、その場を離脱して屋上に出るとヒーローショーをやっていて、そのヒーローの名乗りが不十分だ! と乱入しようとしたカム達を締め落としたり……
で、最終的に、屋上からパトカーがやってくるのが見えて通報されたことを知り、急いでデパートから脱出。
そうして現在、ハジメ達は地下鉄に乗って移動中である。
「なぁ、ほんとに今から行くところでいいのか?」
「もちろんです。シアに聞きましたが、この日本における〝聖地〟だというではありませんか。かつて、我々がボスを神聖な場所たる大樹のもとへ案内し、今、ボスが我々を聖地に案内してくださる……なんとも運命的なものを感じますな」
「いや、微塵も感じねぇけど」
一人、深い感傷に浸ってうんうんと頷くカムを視界の端に入れつつ、ハジメは隣に座るシアをジトッとした目で見た。
「え? なんですか、ハジメさん。アキバは聖地ですよね? 義父様と義母様も、職場の方々もそう言ってましたよ?」
「……聞いた相手が、全員業界人だからなぁ」
そう、サブカルチャーにどっぷり浸かっている者達の聖地、アキバ。そここそ、カム達たっての要望で現在向かっている場所だ。
奇しくも、今日は歩行者天国の日。賑わっているだろうあの場所に、幻術アーティファクトで隠しているとはいえ、リアルケモミミ達を連れていく……
なんて恐ろしい。ハジメは身震いすると共に、まるで決戦に挑む勇者のような覚悟を決めた。全ては、ウサミミ嫁の大事な家族を〝おもてなし〟するためだ。
それはそれとして、
「おい、パル、ネア。ちゃんと座れ。子供か……いや、子供だけど」
地下鉄で見るべきものなんて特にないのに、座席に膝立ちになって窓の外へ視線を向けているパル&ネアの年少組。ミュウに、「パルくんもネアちゃんも、お行儀良くするの」とたしなめられて、若干、恥ずかしそうに座り直す。
「すいやせん、ボス、お嬢。まさか、こちらにも大迷宮のような場所があるとは思いもしなかったもんで」
「横穴とか扉とか、結構あるようですね。ボス、どれほどの規模なんですか?」
「迷宮って……いや、まぁ、確かに、迷路みたいな地下空間だから地球の地下迷宮と言えばそうか……規模なぁ」
取り敢えず、スマホで地下鉄の路線図を出し、それを見せる。その範囲の広さに、パル達のみならずハウリア達全員が目を剥いた。
「これは凄まじい。深さはどうでしょう? ボスが落ちたという奈落レベルですか?」
「いや、流石にそれはねぇな。あくまで長距離を移動するための地下通路なんだ。範囲は広くても、深さは奈落には遠く及ばねぇよ。つっても、都市の地下は一般人には知らされていない空間もあるらしいからな。実際、どれほどの規模かは知らないが……」
「ほぅ……」
ハジメの説明を聞いて、カムの目が怪しい輝きを見せる。
ハジメがジト目を返した。
「良い拠点候補だ、とか思ってないだろうな?」
「! 流石、ボス! 慧眼ですな!」
「やめろ、マジやめろ。地下にはびこるハウリアとか、マジで怖ぇって。完全に都市伝説になるって」
「そうですか? 残念ですなぁ」
なんて言ってるが、瞳は怪しく輝いたまま。なんだか、パル達まで「おら、わくわくすっぞ!」みたいな感じで、爛々と輝く目を窓の外に向けている。
都心の地下を、ウサギ達が占領する日も近いかもしれない……
そうこうしているうちに、電車はアキバの駅に到着。ホームに降り立ち、走り去っていく電車の後ろ姿……というより、奥へと続く地下空間に好奇心に輝く目を向けるカム達を引っ張って、ハジメ達は地上へ出た。
ハジメにとっては見慣れた風景でも、カム達にとってはやはり度肝を抜かれるものが多いようで、お上りさん並みに周囲をキョロキョロしている。
「聖地というからには、もう少し静かな場所かと思いましたが、まさか、これほどの巡礼者がいるとは驚きです」
カムの発言に、ハジメは微妙な顔になって視線を逸らした。
人混みの中を暗殺者みたいな動きでスイスイと進み、ハジメが多々訪れる知り合いが経営するショップを巡る。父親である愁と懇意にしている人達なので、ハジメとも小さい頃から顔見知りだ。
一般的な全国展開しているショップに行かないのは、もちろん、ハウリア対策である。
案の定、店に入るなり、今期アニメの宣伝映像が流れているのを見て、そのセリフをポージング付きで真似し始めるハウリア達。
ギョッとする店内の人達だったが、カム達が外国人と見るや否や、生温かい目になってスルーしてくれた。流石、聖地の巡礼者。
一巻試し読みがたくさんできるショップだったので、カム達は手分けして、それはもう決戦に挑むみたいな真剣な表情で本を漁る。
「できるなら、我等ハウリアの聖書を見つけ出したいですな」
「犯人はヴァネッサか」
「彼女、うちの家族と相性抜群ですからね~」
一瞬で察するハジメとシア。ハウリアがアキバに来たかったのは、聖書探求のためだったらしい。
「ボス! ボス! こっち見てください!」
「い、いかがですか!」
「あん? ……」
店の奥の方からミナとネアの声が聞こえてきて、そちらに視線を向けたハジメは目撃した。
そこにあったのはフィギュアのディスプレイ。
そして、肌色多めなヒロイン達のセクシーなポージングを真似る二匹のウサミミ達だった。そう、勝手にアーティファクトを外してウサミミを露出している!
真似ているヒロインがウサミミだから大丈夫! とでも思ったのだろうか。ミナは胸元を強調するようなポーズを、ネアは四つん這いで上目遣いなポーズを取っている。ハジメを見る目は、「褒めて褒めて!」と言いたげに期待でキラキラに輝いている。
取り敢えず、スルー力の耐久値が一瞬でゼロになったらしい店内のお客さん達が何人か血を噴いた。あと、幾人かは手を合わせて拝んでいる。文句なしのウサミミ美女美少女のセクシーポーズをタダで見られたことを神と本人達に感謝しているらしい。
で、感想を求められたハジメはというと、
「すまんな。シアで間にあってる。そして、シアの方が上手だ」
「お外で何言ってるんですかぁ!」
真顔で嫁の方が上と言い切った。ネアはガクリと項垂れ、ミナも四つん這いになって「くそぉくそぉっ」と床をバンバンッしている。
ウサミミ美女と美少女をばっさり切り捨てたハジメに、お客さん達が戦慄の表情を向ける中、ハジメはさっさと二人にアーティファクトを付け直させた。
それからしばらく、どうやら聖書に相応しい漫画を見つけたらしいホクホク顔のカム達を連れて、適当に町中を歩く。
人類の英知の結晶と、聖書を手に入れたカム達は既に結構な満足感を覚えているらしく、実に大人しい様子だ。純粋に、異世界の雰囲気を楽しんでいるようである。
「パパ。お腹空いたの」
「そうだな、時間的にもそろそろ向かった方がいいな」
ミュウの眉が困ったような八の字になっている。片手はお腹をさすっていて、どうやら結構前から我慢していたようだ。今日はハウリアをもてなす日なので、カム達を優先していたのだろう。けれど、それもそろそろ限界らしい。くきゅ~と、可愛らしい空腹の音が鳴り始めている。
時間を確認したハジメは、ミュウを抱っこしながら同意する。
園部家の洋食店ウィステリアには、他のお客さんに迷惑をかけないよう、ちょっと遅い時間に行く予定だったのだが、そろそろ良い時間帯だ。
ちなみに、デパートで女性陣が服選びに夢中となり、パルが尊い犠牲になっている間に、ウィステリアには連絡を入れてある。しっかりお手伝いしていたらしい優花が電話を受けてくれた。ハウリアの団体様と聞いたとき、ちょっと声が震えているようだったが……
あと「もっと早く言いなさいよ! 碌なおもてなしできないでしょ!」とプリプリもしていた。が、断る選択肢が最初から皆無な点、やはりウィステリアは心のオアシスである。
ハウリアは大人しいし、そろそろ安全地帯に行く時間だし、とハジメの表情も緩む。そう、緩んだ。危険には近づけないようしていた注意力が、僅かに緩んでしまった!
「なんと! まさか異世界に同族が!?」
え? となってハジメがカム達の視線を追うと、そこには元気な声と表情でお客の呼び込みをするウサミミなメイドさんがいた。聖地の住人だ。
「いえ、族長! よく見てください! あいつは……偽物ですぜ!」
パル君が、「犯人はお前だ!」と指さす探偵のような様子で指摘した。
イオが理解し難いといった表情になる。
「偽物とはいえ、なぜ自分からケモミミを……」
「イオルニ――ごほんっ。イオ、聞いたことあるわ。こちらの世界では、〝ケモミミはステータス〟らしいわよ。自分にないものを、ああやって偽物で補完してステータスを上げているのよ」
「トータスでも獣人族に対する差別意識はかなり薄れてきているけれど……自分からケモミミを求める人がいるなんて、なんだか変な感じね」
ミナとネアが、興味津々といった様子でウサミミメイドさんを凝視する。
「お前等、分かってると思うが――」
地球にはケモミミな人は実在しない。そして、日本人の一部はケモミミをこよなく愛している。だから、絶対にアーティファクトを取るなよ……
という事前説明を改めて伝えようとしたハジメだったが、その前に、熱い視線に気が付いたウサミミメイドさんが自ら近寄ってきてしまった。
「おぉ! すごい美男美女だぴょん! 日本語分かりますかぁ? 良かったら、うちのお店に来ませんかぴょん♪」
「ボス、聞き慣れない上に奇妙な語尾があります。貸与していただいた翻訳のアーティファクトが不調のようです」
違うんだよ、そういうキャラ作りなんだよ……
と、ハジメが語尾ぴょんの説明をしてあげる。冷静にツッコミを入れられたウサミミメイドさんの笑顔に亀裂が入っているが、彼女は頑張り屋で根性のあるウサミミメイドさんだったらしい。必死に笑顔を取り繕っている!
ハジメの説明に、しかし、イオとパルが首を傾げた。
「キャラ作り、ですか……。しかし、ボス、なぜ〝ぴょん〟なんです?」
「ええ、俺もそこが納得できねぇです。ウサギとぴょん、いったいなんの関係が?」
「う、ううん。えっとだな、ほら、ウサギはぴょんぴょん跳ねる印象だろ?」
「確かにそうですが、それはあくまで跳ねるときの音を表しただけでしょう? なぜ鳴き声に? 少なくとも、我等は語尾にぴょんをつける種族など見たことがありません」
「イナバの旦那も、きゅ! とか鳴いても、ぴょんなんて言ったことねぇですよ」
「……」
ハジメは言葉に詰まった。こいつら、なんでこういうところだけ真面目なんだよちくしょうがと頬を引き攣らせる。自然、解答を求めてウサミミメイドさんに視線が……
ウサミミメイドさん、笑顔のままビクッとする。パルの追撃。
「お姉さん。是非、ご教授くだせぇ。なぜ、ぴょんなんですか? ぴょんという語尾には、いったいどんなこだわりがあるんですか?」
美少年の、真摯で切実なそうな問いかけに、ウサミミメイドさんは……
「……あの、ぴょんって言ってごめんなさい。もう言わないので、いじめないでください」
笑顔だ。決して笑顔を崩さない。けれど、笑顔のまま目の端に涙をためていらっしゃる!
お店の評判を落とすわけにはいかないと、必死に面倒な外国人に対応する涙ぐましいウサミミメイドさん。きっと、彼女のウサミミメイド喫茶は、素晴らしいお店に違いない。こんな、バイトの鏡というべきウサミミメイドがいるのだから。
「おい、お前等もういいだろ。いろんなウサミミがいて良いんだ。ぴょんって言ったっていいだろう! それもまた、日本のウサミミだ!」
ハジメさんの執り成し。注目していた周囲の人々が、何故か「おぉ」と感心の声を上げる。シアは既に、ハジメからミュウを奪取して他人のフリをしている。
あ、ミュウちゃん、アメちゃん食べますか? 食べるぅ~♪
ハジメに、救世主を見るような目を向けるウサミミメイドさんに対し、しかし、ハウリア達は容赦しない! だって、自分達を真似る異世界のウサミミさんに興味津々だから! 純粋に、悪意なく、ただ誇りをもって追撃する!
ミナが、ウサミミメイドさんのウサミミに顔をしかめながら口を開いた。
「分かりました。では、ぴょんはもういいです。けれど、私は貴女に聞きたい。そんなウサミミで大丈夫なの?」
「だ、大丈夫です。問題ないかと」
流石、ウサミミメイドさん。ミナの問いかけに、まだこの拷問が続くのかと笑顔で絶望するという器用なことをしながら、テンプレな返答をきっちり返した。やはり、彼女はできるバイトさんだ。
「問題ないわけないでしょう!」
「ひぃ!?」
怒声を上げたのは、目を吊り上げたネアだった。十代前半の少女が発するにはあまりに大きな覇気に、ウサミミメイドさんはぴょんっと跳ねる。言葉にはしないけど、体現はしちゃうらしい。
ぷるぷると震えるウサギのようなウサミミメイドさんに、ネアはずずいっと迫る。
「貴女、ウサミミをなめてるの? それとも、実は馬鹿にしているの?」
「そ、そそ、そんなつもりは……」
「なるほど。つまり、本当のウサミミというものを知らないだけなのね?」
ふっと笑うネアちゃん。その隣に、同じくふっするミナとパル。カムとイオも半身に構えてふっ。
「ハジメさん! 嫌な予感がヒシヒシしますぅ!」
「分かってる! おい、お前等! アーティファクトを――」
取るなよと言いたかったに違いない。
その前に、カムが懐から取り出した小さな筒を地面に叩き付けて凄まじい煙幕が噴き上がった。それにより、あちこちから悲鳴が発生したことで言葉は届かなかったようだ。
「刮目せよ! ウサミミなくともウサミミを愛する心の同士よ! これが本物のウサミミである!」
煙幕がぶわっと晴れた。そこには、五人で戦隊もののようにポージングを決めるウサミミ達がいた。
ピコピコピコ。パタパタ。みょ~んみょん♪
感情が反映でもされているかのように動くウサミミ。
ウサミミメイドさんが、煙幕で陥りかけたパニック状態を拭い去り、震える声で言った。
「ま、まるで本物だぴょん……」
本物である。あと、ぴょんが戻っている。
「触ってもいいのよ?」
ネアが進み出た。異世界における心の同士故に、特別にお触りが許されたらしい。
おいでおいで♪、と言わんばかりに、愛らしくぴょこぴょこ動くウサミミ。ウサミミメイドさんは、まるで夢遊病者のようにふらふらした足取りネアに近寄り、恐る恐るといった様子でウサミミに手を伸ばした。
「も、もふもふぅ。ふわふわぁ~。や~ん、あったかいぃ~」
一瞬で骨抜きになったウサミミメイドさん。両手でもふもふ、しまいには頬ずりし、ちょっと人前に晒しちゃいけない恍惚の表情になっている。
すりすりされて、ちょっと擽ったかったのか、ネアが「んっ」と身を捩った。その姿に、周囲の人々の目が怪しい輝きを放ち始める。更に、なんだなんだ、ウサミミ美少女だ! あ、おっさんもいる!? みたいな感じで続々と人が集まってくる。
「あ~、ハジメさん、どうします?」
「あいつら……」
頭の痛そうな表情のハジメ。
まさか本物のケモミミ少女がいるなんて誰も信じるはずがないので、よくできたイミテーションだと思われるのは当然だろう。なので、隠蔽に関してはそれほど心配してない。
とにもかくにも、全員に腹パンでも決めて強引に連れ出すか……と、ハジメが決めたそのとき、
「すみません! 写真お願いします!」
「こっち、視線お願いします!」
「ポーズいいですか!?」
カメラを構えた者達が、ネア達に写真撮影をねだっていた。いきなり撮影しない辺り、他の町にはいない訓練された者達だ。
そして、そこで普通に断れないのが訓練されたウサギ達である。
ミナが、ウサミミをふぁさっとしながら言う。
「ふっ。この私のウサミミを永遠に残したいという気持ちは分からないでもないけれど、遠慮してちょうだい。たとえ写真でも、私を傍においていいのはボスだけよ!」
ミナさん、渾身のウインクをバチコンッと決めてボスへ飛ばす。全員の視線が、ウサミミ外人美女に想われているらしい日本人青年に向いた。ドロッと濁った目が一斉にハジメへ突き刺さる。
「あ、あの、じゃあ。私と一緒に撮ってくれないかぴょん?」
ウサミミメイドさん、すっかりネアの虜になったらしい。ほとんど抱きつくような体勢で、未だにもふもふすりすりしている。
「ふっ。同士と言えど、んっ、それは認められないわ。我がウサミミに触れることが、うっ、できただけでもありがたいと、あぅ、ってちょっと触りすぎ! もう離しなさい!」
「もう少し! もう少しだけ!」
「ここまでよ! 私はボスに身も心も捧げてるんだから!」
周囲の視線が厳しくなった。どう見ても十代前半の少女に、身も心も捧げさせている日本人青年に、ぐにゃりとした目を向ける。
中には、ブラックホールみたいな嫉妬に濁る目を向けているものもいる。あと、スマホでどこかに電話している人も。表情を見れば分かる。通報しましたと顔に書いてある。
「ふっ。そういうことだ。俺の全てはボスのものなんだぜ」
「ボスの許可なく、この身を見世物にはできないな」
「我等を好きにできるのはボスだけであるが故に」
パル、イオ、カムの順にドヤ顔でのたまう。
周囲の人々が戦慄の表情を浮かべた。美女は分かる。美少女は、アウトだけどまだ分かる。しかし、美少年に、美丈夫に、ダンディーな老紳士までとは……
「あ、あの男、どこまでハイレベルなんだっ」
「守備範囲が広いなんてもんじゃねぇぞ! 化け物か!」
確かに、奈落の化け物である。
その奈落の化け物様は、無表情だった。
思わず、その場の全員がビクッと硬直するくらい。
おもむろに、ハジメは片手で顔を撫でた。
現れたのは、一瞬前の無表情が嘘だったかのような笑顔。
全員がビクンッとした。
「いいぞ」
ハジメの言葉に、カム達が「え?」と返す。ハジメは笑顔のまま続けた。
「写真いいぞ。存分に撮られなさい」
「あ、あの、ボス?」
カムが冷や汗を流しながら問い返すが、ハジメはニコニコしたまま。
「ウサミミメイドさん」
「ひゃ、ひゃい!」
「許可するよ」
「きょ、許可ですか?」
「その子、お持ち返り、許可するよ」
「ボ、ボス!?」
身売りされたネアがウサミミをゾワッと逆立てて呼びかけるが、ハジメは周囲を見回してにこやかに告げた。
「お集まりのみなさん。そこにいる人達は、コスプレ好きでサブカルチャーが大好きな人達です。今のも、どこかで覚えたキャラのなりきりです。本当は、皆さんに撮られたくてしかたないんです。特に、そこの女は彼氏も欲しいらしいです。男性陣にはワンチャンありますよ。どうぞ、好きなだけ好きなようにしちゃってください」
「「「「ボスぅ!?」」」」
言いつけを破ってウサミミを露出し、ボスの社会的地位に大ダメージを与えたカム達に対するボスの結論。
全員、聖地の戦士達にお任せする。
本人達がボスの許可があればと言い、そのボスは許可を出した。はばかるものは何もない!
聖地に、雄叫びが響き渡った。
ウサミミに手を伸ばす者、シャッターを狂ったように押しまくるもの、ネアをお持ち帰りしようとするウサミミメイド……
「ぬおっ、まてっ、押し寄せるな! 我がウサミミはボスのっ――アッ!?」
「や、やめろぉ! 近寄るなぁ!」
「ボ、ボス! なんかこいつらやべぇです! 助けてぇ!」
カム、イオ、パルが、特に女性グループの波に埋もれていく。
ネアとミナも、戦士達の鼻息と血走った目に腰が引けている。
「さて、ミュウ、シア。お腹すいたなぁ。ウィステリアで美味しい洋食を食べような」
「パ、パパ……大丈夫なの? あ、ネアちゃんがウサミミメイドさんに抱えられて連れ去られていくの!」
「あの、ハジメさん。パルくんがお姉さん達の剣幕にカリス○ガード状態になっていますけど……エミリーちゃんみたいになっているんですけど」
「大丈夫さ」
仏のような静かな表情で、ハジメは駅へと歩き出してしまった。家族と友達のピンチに、シアとミュウは顔を見合わせるが……
まぁ、世界一たくましいウサギ一族だし大丈夫かな、と思い直してハジメの後を追いかけた。
「くっ、なんという気迫だっ。おまけに身体能力も嫌に高い! お前達! 散開だ! パターンβにて身の安全を確保せよ!」
「「「「イエッサー!」」」」
背後から、そんな号令やら怒声が響く。加えて「対象が逃げたぞ! 回り込め!」という戦士達の号令が響く中、ハジメ達は安住の地――ウィステリアを目指して、決して振り返らず進み続けるのだった。
そうして、無事聖地から脱出し、ウィステリアの店が見えてきたころ。
「いやぁ、流石は聖地ですな。侮れない者達ばかりでした」
「あのウサミミメイド、走るのめちゃくちゃ速かったです。私を抱えているのに、誰も追いつけませんでしたよ。速度を一切落とさず鋭角ターンするし、神速のイン○ルス! とか言って超反応してましたし。異世界のウサギも凄いです」
無傷な上に、妙に楽しげに語るカム達。聖地で発生した追いかけっこは、罰になるどころかむしろ彼等を満足させる結果に終わったらしい。
「そっすか」
「ハジメさん……なんか、うちの家族がすみません」
「パパ……大丈夫? アメちゃん食べる?」
空は、こんなにも青いのにな……と言いたげな遠い目をお空へ向けているハジメに、シアとミュウが気遣わしげな表情を向けている。
ハジメは、「大丈夫だ。こういう何しても相手が満足しちゃう感じ、ティオで慣れてるから」と微妙に悟った表情で返事をしながら、遂に辿りついたウィステリアの扉に手をかけた。
なにはともあれ、腹ごしらえすれば気力も回復するだろうと思いながら扉を開ける。
カランカランッと耳に心地良いベルの音が響く中、店に足を踏み入れたハジメは、
「あ」
「ん」
「あはは……」
顔を合わせることになった。
浩介&エミリーグループと、ユエ&ティオグループ、そして香織&雫グループと。
どうやら全員、考えることは一緒だったらしい。
園部さんちの洋食店は、みんなの心のオアシスだ、と。
いつもお読みいただきありがとうございます。
感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。
書き切れなかったので区切りました。
すみませんが、あと一週、ハウリア話にお付き合いください。
ネタについて。
・黒龍セーターなどは、例の如く〝日常〟(第10話)からの逆輸入ですw
マジで形容し難い表情のティオとユエに吹きましたw
・神速のイン○ルス
某アイシールドを付けた背番号21番の人が主人公のアメフト漫画に出てくる。凄い反射神経。ちなみに、ウサミミメイドはデビル○ットゴーストとかも使える。
・宣伝です。
7月にありふれ外伝――零の第2巻と、コミック1巻が発売します。
零2巻の表紙は、海底遺跡のあの方ですね。そう、ハジメ達を適当に海中に放り出した人です。
海底遺跡のルーツや、新たに登場する解放者達がどんな人だったのか……
是非是非、お手に取って確かめていただければと思います。他にも、いろいろ現代に通じるものを散りばめていますので、その辺りも含め楽しんでいただければ嬉しいです。
右はコミック1巻です。ガルドコミックの方でも、今巻に含む幼女ミレディ最後のシーンが無料公開されていますので、良かったら見てみてください。
例の如く、SS特典もあります。詳細判明次第、報告させていただきます。
よろしくお願い致します!




