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ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

ありふれたアフターストーリーⅢ

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ありふれたアフターⅢ ユエの日記②



 南雲家の一室に、カリカリと万年筆が字を綴る音が微かに響いていた。

 艶のある木製のデスクと椅子がある。その椅子にちょこんと座り、革製のカバーがついたノートに何やら書き込んでいるのはユエだ。

 しばらく、無言のままカリカリし、時々、何やら考えるように虚空へ視線を投げてはちょっぴり微笑んで、またカリカリと書き始める。

 やがて満足したのか、ユエは万年筆を丁寧に置くと、う~~~んと背伸びをした。

 就寝前の時間であるから、ユエはネグリジェ姿だ。白く滑らかな両手足がぴ~んと伸ばされながら惜しげもなく晒される。

「……ん。今日はここまで」

 小さく呟き、ユエは足の届いていない椅子からぴょんと飛び降りた。

 ユエに割り当てられた南雲家の部屋は、ある意味、一番落ち着いた雰囲気の部屋だった。〝重厚〟とすら言えるかもしれない。

 基本は年期を感じさせる木製家具ばかりで、色合いも落ち着いていて深みのある自然色だ。欧州の歴史ある屋敷の一室というのが、表現としては適切だろう。

 実際、ユエの部屋にある家具類、調度品類はほとんどがアンティークだ。地球のアンティーク類を気に入ったユエが、ハジメとのデートがてら、あちこち回って集めたものなのである。

 万年筆一本を取っても、ちょっとやそっとでは手が出ない価値ある物だったりする。

 ちなみに、シアやレミア、ミュウなどはもの凄く今風の部屋で、古い物より最新の物で溢れた部屋であり、ティオは純和風の部屋作りになっている。ハジメに至っては、自室はともかく、地下の工房(ほとんど自室兼用)はトニー・○タークの研究室を彷彿とさせる有様だ。

 ユエの部屋だけ、中世ヨーロッパにでも紛れ込んだかのような雰囲気なのだが、それが逆に落ち着くと、ハジメだけでなく南雲家の人間は結構頻繁に、ふらりとユエの部屋にやって来ては適当にくつろいで行くということがある。

 ハジメなどは、いっそユエの部屋に暖炉でも作っちゃうかと考えていたりする。また、ユエと世界中のアンティークショップやオークション巡りをして、良さげな暖炉を探すのもいいだろうと。

 そんな、リビングとは別の意味で憩いの場になっているユエの部屋に、どうやら今夜もお客さんがやって来たようだった。

 コンコンッと小さなノック音が聞こえた後、

「ユエお姉ちゃ~ん。ミュウなの。入っていい?」

 と、南雲家の末姫の声が聞こえてきた。ユエが許可を出すと、ユエとお揃いっぽいネグリジェを着たミュウが入って来る。

「……ミュウ。どうしたの?」
「えっとね、ユエお姉ちゃんに聞きたいことがあるの」

 なにかしらん? と小首を傾げつつ、ミュウをベッドに誘う。ベッドの端に並んで座り、ユエは視線で先を促した。

「あのね、ユエお姉ちゃん。――〝この世に継続に勝るものはない。才能も、教育も、継続に勝ることはできない。継続と決意こそが絶対的な力なのである〟なの」

 キリッとした表情でそんなことを言うミュウに、ユエは思った。この子ったら、いきなり何を言い出すのだろう、と。

「……え~と、ミュウ?」
「――〝夢を叶える秘訣は四つに集約される。それは好奇心、自信、勇気。そして継続である〟なの」
「あ、はい」

 キリリッと、何やら名言らしきものを訴えてくる幼女に、吸血姫はたじたじとなった。そんな吸血姫に止めを刺すかのように、幼女は更に言い募る。

「――〝自分の考え、経験、思いつき、学んだことなどを記録として日記につけることは、知力の明瞭性、正確性などを向上させるだろう〟なの」

 というわけで、

「ユエお姉ちゃん! ミュウは日記をつけることにしたの!」
「……どうしてそうなった」

 おそらく、何かのテレビ番組に影響されたのだろう、と思いつつ、ようやく今夜の訪問の理由を察するユエ。

「ユエお姉ちゃん。日記って、どんな風に書けばいいの?」
「……ん~」

 やはり、そういうことらしい。要は、いざ日記を書いてみようと思ったのだが、書き方というものがよく分からなくて、ずっと日記をつけているユエに尋ねに来たというわけだ。

 ユエは少し考える素振りを見せつつ答えた。

「……特に決まりはない。ミュウの好きなように、その日あったこと、思ったことをそのまま書けばいい」
「ユエお姉ちゃん。――〝晩ご飯何が食べたい? って聞いたとき、なんでもいいと返されるのが一番困る〟なの。質問に、〝好きなように〟とか、〝そのまま〟とか、一番困る答えなの」
「……ごめんなさい」

 ミュウにダメ出しをされてしまった! ユエはショックの余り思わず謝ってしまう!

 このままでは〝ユエお姉ちゃん〟の威信が地に落ちる。それだけは断固阻止しなければならない。

 ユエは、じ~っと見てくるミュウに内心で焦りながら、どうにか最適解を導こうとするが、日記に書き方など決まっていないのは事実だ。その辺り、どう説明すべきか……

 要は、ミュウ的に漠然とでもいいから何となくこう書けば良いという目安というか、イメージが欲しいのだろう。

 言葉での説明を諦めたユエは、はっきり言ってちょっと恥ずかしいのだが、まぁミュウならいいかと苦肉の打開策を提案することにした。

「……さっきも日記つけていたけど、私ので良かったら見てみる?」
「ん! なの!」

 ユエの口癖を真似て喜ぶミュウ。あるいは、最初からそれが目的だったのかもしれないと、ユエは苦笑いしつつデスクの上の日記を手に取った。

 余程楽しみなのか、キラキラした眼差しで重厚な革張りの日記帳を見つめるミュウ。

 ユエは少し考える素振り見せた後、変成魔法を発動した。うっすら黄金の魔力光がユエを包み込んだかと思うと、直後、そこには成長した大人姿のユエが現れた。

 ネグリジェの丈が一気に短くなり、妖艶さが一気に膨れ上がる。本人にその気はなくとも、ただそこにいるだけで性別に関係なく虜にしそうな絶世の美女だ。もちろん、ミュウはただ「おぉ!」と感心の声をあげるだけだが。

「……ミュウ、お膝の上においで」
「はいなの!」

 ベッドに腰掛けながら、ユエがポンポンッと太ももを叩けば、待ってましたと言わんばかりにミュウは飛びついた。もにもにとお尻の位置を調整しベストポジションを探る。

 そして、ふぃ~と体から力を抜くと、そのまま豊満なユエの胸元に頭を預けた。ユエは、そんなミュウに慈愛に満ちた微笑みを浮かべると、後ろからぎゅっと抱き締め、日記帳をミュウの膝上で開いた。

「……取り敢えず、先月の――十月のところでいい?」

 直近一ヶ月を見せようかと提案すると、ミュウは素早くコクコクと頷いた。とにもかくにも、ユエの日記を読みたいらしい。

 くすりっと笑い声を漏らしつつ、ユエは先月の冒頭のページを開いた。





――10月×日

 朝起きたら、シアが一心不乱にドリュッケンを振っていた。

 満面の笑みで、「ぺったんぺったん! ぺったんこ!」と声を張り上げながら。

 正直、恐かった。朝からなんのホラーだろうと思った。

 だって、笑顔全開なシアのほっぺには真っ赤な何かが付着していて、しかも、その足下には片手を押さえながらプルプルと震えているティオがいたから……

 てっきり、たわむれにティオを撲殺しようとしているのかと。

 お正月に見たお餅つきの臼があったから良かったけど、それがなかったから間違いなく「きゃー、人殺しよー」と叫んでいたと思う。

 どうして朝からお餅とティオを突いているのかと聞いてみたら、「なにを言ってるんですか、ユエさん。今日はお月見するって、昨日の夜に話してたじゃないですか」と返って来た。

 確かに、そんな話をしていた。

 お月見――十五夜に、お月様を眺めながらお餅を食べる習慣。

 中々風情のある習慣だと思う。

 夜になって、私、ハジメ、お義母様、お義父様、シア、ティオ、レミアにミュウ、そして香織や雫、愛子を交えて、お家の庭でお月見を始めた。

 お餅が美味しかった。もにゅもにゅ感とねっとり感がたまらない。流石、ティオを犠牲にして作り上げただけのことはある。とはいえ、変態ドラゴンの血が混じったお餅は流石に許して欲しいところだけど……

 血の味に敏感な私が、特に血の味を感じなかったので不純物は入ってなかったと思いたい。

 それはそれとして、お月様はとても綺麗だった。トータスのものと似ているけれど、少し違うところもある。

 お月様に、お餅をついているウサギの影が見えるところなんか特に。

 ミュウが「シアお姉ちゃんがいるぅ!」と、両手でウサミミを頭の上に作ってぴょんぴょんしながら言う姿は最高に可愛かった。シアが加わって、一緒にぴょんぴょんし始めた時は特に。もちろん、写真に撮った。永久保存版だ。

 ハジメが、月のウサギについて古いお話をミュウに語って聞かせていた。

 自己犠牲と献身を体現するウサギさん……。

 一般的には美談として語られる内容のようだけれど、私は何となく気に食わない話だと思った。

 聞けば、ウサギには仲間がいたという。何故、その仲間はウサギを止めなかったのか。ウサギと一緒に、老人の食べ物を探してあげなかったのか。

 ただの話と言えばそれまでだけれど、私なら、決して業火に身投げなどさせはしない。

 うちのシアちゃんは、誰にも渡しません!

 と、月のウサギとシアを混同しつつ内心でそんなことを思っていると、ハジメになでなでされた。どうやら見透かされたらしい。目がとても優しくて、しかもジッと見つめてくるものだから、危うく襲いかかるところだった。

 まったく! ハジメはとんだ危険人物だ。すぐ私の理性を破壊しにかかるんだから。

 取り敢えず、この日記を書き終えたらハジメの部屋に突撃するとして……

 話を戻すと、ウサギが住む地球のお月様の方が、私としてはトータスのものより好きだということ。昔話はともかく、〝月とウサギ〟が一緒というところは、うん、すごくいいと思います。

 自分の、〝ユエ〟という名前。かつて、奈落の底で、ハジメがつけてくれた私の名前。

 ハジメは言った。暗闇の中、私がお月様に見えたから、そう名付けたと。

 そう、今夜、夜空を照らすあんなにも美しいお月様を表す言葉を、私の名前にしてくれた。

 ……無理です。もう我慢できない。結界準備OK。回復薬OK。戦意最高潮! 

 いざ、ハジメの部屋へ、突貫!




「ねぇねぇ、ユエお姉ちゃん。何が我慢できなかったの?」
「……ミュウがもう少し大きくなったら分かる」

 んみゅ? と首を傾げるミュウ。そう言えば、お月見をした翌日、ハジメパパはげっそりしていたようだと思い出すが……振り返れば妖艶に微笑むユエ。ミュウは何となく空気を読んで沈黙した。

「ユエお姉ちゃん」
「……ん?」

 少しの沈黙の後、どこか不安そうな表情でミュウが尋ねた。

「ミュウもね、あのお話、あんまり好きじゃないの。ウサギさんが死んじゃうのはいや」
「……ん」
「シアお姉ちゃんは、月のウサギさんとは違うよね?」

 不安の原因は、ユエと同じ、伝説のウサギと家族のウサギの混同らしい。

 ユエはミュウをギュゥウウウッと抱き締めると、確信に満ちた声音で語りかけた。

「全く違う。シアなら最後まで諦めない。私達のウサギさんは最強のウサギさんだから、どんな困難だって乗り越えて、立ち塞がるものは全てぶっ飛ばす」
「ドリュッケンで?」
「……ん。ドリュッケンで」

 ミュウがにへっと笑う。ユエもにへっと笑った。

 ユエが「それに……」と続ける。

「……シアのお月様は私。ただ見守るだけのお月様とは違う。死んでも問答無用に生き返らせて、地上に叩き返す」
「ユ、ユエお姉ちゃん……。でも、お話だと、偉い神様がそうしたんだよね?」
「……そんな神様は私が殺す」
「ア、ハイ」

 珍しいことに、ミュウが視線を逸らした。妖しく輝くユエの眼差しを直視できなかったらしい。実際、神殺しの片棒を担いでいたことを思うと、まったく冗談には聞こえない。帝釈天様は、吸血姫を見たら急いで逃げて欲しいところだ。

 ミュウは少し考える素振りを見せると、直後、キリッとした表情になってユエを振り返った。

「ミュウも、もっともっと強くなるの。それで、神様をぶっ殺してでもウサギさんを助けるの!」
「……ん! その意気や良し! 流石、ミュウ」

 チートやバグった身内から技の全てを継承中である幼女の決意。自己犠牲と献身の象徴であるウサギさんがいたら、きっと涙目で「やめてぇ! 身投げなんてしないから、神様に手を出さないでぇ!」と叫ぶに違いない。

 頭をなでなでされて上機嫌に笑うミュウは、ユエに次のページをおねだりした。

 ページをぺらり。




――10月○日

 明日、香織が家に来るらしい。準備しなければ。

――10月△日

 香織めっ。いきなり分解砲撃をしてくるなんて、なんて奴だ! うっかり落としたスマホを塵にされてしまった!

 まったく酷い話だと思う。ちょっとトラップを仕掛けて、我が家の敷地に入った瞬間、アダルトショップに転移させただけなのに。

 でもまぁ、涙目だったので良しとしよう。晩ご飯のおかずも、分けてあげたし。




「ユエお姉ちゃん……」
「……な、なに?」

 ミュウからまさかの呆れた眼差し! ユエの精神に特大ダメージ!

 必死に視線を逸らすユエをしばらく見つめたミュウは、いかにも「やれやれだぜ」と言いたげに肩を竦めると、何事もなかったかのように視線を日記帳へと戻した。

 何も言われないことが、返って追撃となった。ユエは涙目になった。

 ページをぺらり。




――10月□日

 突然だけど、バイトをしてみようと思う。一日の短期バイトというやつ。

 なんでも、月末にハロウィンがあるらしい。トータスで旅をしているとき、一度、ハジメに話を聞いたことがある。

 昔、学校でハロウィンの集まりがあったそうで、その時、えっちな猫又(?)の仮装をした香織に迫られて、大変に、それはもうたいへ~~~~~んに困ったそうだ。まったく、香織のむっつりすけべさんめっ。

 お義母様の提案で、我が家でもハロウィンパーティーをすることになった。

 たぶん、きっと、間違いなく、香織はこれでもかとむっつりすけべ根性を発揮してくると思う。

 備えなければ! 

 というわけで、私も何か衣装を用意しようと思う。もちろん、市販のパーティーグッズなんかじゃなく手作りの一級品を用意する。

 せっかくなので、何か贈り物も用意したいし……

 贈り物は皆に用意しよう。……香織の分も忘れずに。自分だけはぶられたら、きっと香織は泣いてしまうだろうから。

 そう言えば、この前一緒に買物に行ったとき、じっと見ていた髪留めがあったっけ? ……ん、あれにしよう、そうしよう。ちょっと値段が張るけど、物欲しそうな顔だったし。まったく、世話のやける欲しがりさんだ。

 贈り物を全員分揃えるには、お小遣いではちょっと足りない。贈り物なのに、ハジメに出してもらうわけにもいかない。

 そんなわけで、前から興味はあったし、バイトに挑戦だ。

 うぅむ、皆には内緒だからアドバイスは貰えない。初バイト……ドキドキしてきた。




「ユエお姉ちゃん、香織お姉ちゃんのこと好きすぎなの!」
「……べ、別に好きじゃないし!」

 ミュウの指摘に、大人バージョンなのに子供のようにあたふたと動揺するユエ様。

 必死に誤魔化しているが、好きな子ほど悪戯したくなる小学生のような心境が日記からは手に取るように分かるため、ミュウは微笑ましいものを見るような目をユエに向けている。

 ユエはますます頬を染めて、ささっと次のページをめくった。




――10月◇日

 初めてのアルバイトは、中学校の試験監督だった。

 一日の短期バイトとなると、そう種類がなく、直ぐにできるのがこれだった。

 流石に、普段通りの身長だと問題が出そうなので、きちんと変成魔法で二十歳前後に見えるようにして行った。

 カジュアルなスーツに身を包み、生徒達の前に立ち、試験用紙を配った。諸注意も忘れない。がやがやとしていた生徒達も、時間になれば大人しく座って真剣な表情になった。

 カチコチと時計の針が進む音と、生徒達がカリカリと答案用紙を埋めていく音だけが響く静かな時間。

 ……暇だった。ものすっごく。ちょっと後悔するレベルで。

 仕方なく、ちょっと考えてみることにした。

 そう、私はユエ先生。たった一人の生徒に全身全霊を尽くす女教師!

 生徒はもちろん、ハジメだ。

 ユエ先生は、放課後に特別授業をするのだ。

 夕日の差し込む二人っきりの教室……

 ちらちらと私を気にして集中できていないハジメ……

 そんなハジメに注意しながらそっと――




「……ミュウ、待って。ここは飛ばす」
「どうして? 見たいの! ユエ先生はパパをどうするの! 〝そっと〟どうするの!」
「……後生だから。これ以上、追求しないで……」

 生徒を真似てか、「はい!」と元気よく挙手しながら質問するミュウ。

 ユエ先生は答えられない。両手で顔を覆って、イヤイヤと頭を振っている。隠しきれていない耳や首筋が真っ赤に染まっていた。

 ちなみに、この時のユエ先生は、妄想で色気が溢れ出し、健全な中学生達の精神を大いにかき乱すという酷い状態を招いていたりする。

 一応、認識阻害の眼鏡をかけていたのだが、その効力があってなお、中学生達の心に「めちゃくちゃエロい監督官がいた!」という印象を刻み込んだのだった。

 外部の模擬試験とはいえ、大切な中学生の試験になんてことをするんだという話だが、本人に自覚はなかったので普通に日当を貰っている。まさに、エロテロリストだった。

 ページをぺらり




――10月☆日

 今日は二度目のバイトに行ってきた。

 既にバイトを完璧にやり遂げたことのある私にとって、もはやバイトなど恐れるに足りない。

 と、思っていたのだけれど、なんだか上手くいかなかった。

 バイトの内容は、ドラマのエキストラ。

 喫茶店で、後ろの方の席にいるあれだ。OLっぽい貸衣装を着て、適当にコーヒーを飲んでいればいいだけの簡単なお仕事。

 のはずだった。

 気が付いたら、あれよあれよという間に喫茶店の店員さんにジョブチェンジしていた。

 なんでも、店員役の女性が急病で来れなくなったらしく、急遽代役を立てる必要が出てしまったとのこと。

 年齢的に、直ぐに代役として使えそうなのが私しかいなかったようだ。

 目立たないよう、認識阻害の眼鏡の他、変成魔法で黒髪に変えていたので、地味さから抜擢されてしまった。

 三分で覚えて! とアシスタントさんから渡された台本やらなんやらを詰め込み、いざ、撮影スタート。

 言われた通りやったのに、声に抑揚がなさ過ぎるとか、ちょっと地味すぎるとダメだしを食らった。

 解せぬ。

 主役達を立てるため、目立ってはいけないんじゃなかったのか……

 テイク2。

 ご来店ありがとうございます! という気持ちをちょっぴり込めてみた。

 今度は眼鏡が反射したらしい。仕方ないので、光の角度に注意してもう一度、と思っていたら、監督のおっさんがいきなり近づいてきて、眼鏡を外せという。断りたかったが、これもお仕事だ。指示に従い、眼鏡を外した。

 監督のおっさんが硬直した。おっさんがマジマジと私を見る。気持ち悪かったので雷龍しようかと思ったけど、頑張って堪えた。私は偉い。

 眼鏡なしでテイク3へ。

 俳優さんと女優さんの席へ行き、セリフを言う。注文が返ってくるはずだが、俳優さん達も硬直してしまった。マジマジと私を見ている。おい、さっさとセリフを言えよ。何回、取り直しさせる気だ、と思った。

 ちょっと苛ついて髪をかき上げたら、他のスタッフさん達までざわめいた。「どこの事務所だ?」「名前は?」「やばいっしょ」「エキストラってレベルじゃないだろ」「監督、女優さん食われちゃいますよ!」みたいな声があちこちから……

 女優さんが凄い形相で私を見ていた。香織の般若さんかと思った。

 やはり眼鏡を、と監督のおっさんを見たら、もの凄い競歩で接近してきて根掘り葉掘り質問してきた。鼻息が荒く、目が血走っていて、もの凄く気持ち悪かった。触ってこようとしたので、もはやこれまでとスマッシュして逃げた。

 お仕事を完遂できなかったのは何とも情けない。とはいえ、あのまま私がいても撮影にならなかったと思うので、こればかりは仕方ないと思う。

 目標金額まではまだまだ……

 もっとバイトをしなければ!




「ユエお姉ちゃん。この前テレビで、謎の美女エキストラ現る! 心当たりのある方、情報をお願いします! ってやってたの。捕獲した人には賞金も出るって。もしかして……」
「……私は珍獣か。もう、あんなバイトはしない。無視無視」
「むぅ。テレビに出てるユエお姉ちゃん……ちょっと見たかったの」

 嫌そうな表情で頭を振るユエを見て、ミュウはちょっぴり残念そうな表情となった。

 とはいえ、テレビの向こうのユエというのは、それはそれで離れてしまったような気もするので、まぁいいかと思い直す。

 ちなみに、某スマッシュされた監督さんは、後にオネエ監督として躍進し、世界的に有名な監督となったりする。

 ページをぺらり。




――10月#日

 ティッシュ配りのバイトをしてみた。

 誰も受け取ってくれなかった。

 仕方ないので【神言】した。ふははっ、五分で配り終わったわ!




「ユエお姉ちゃん……」
「……なにも言わないで、ミュウ」

 肩越しに振り返るミュウに、ユエはそっと視線を逸らした。




――10月♪日

 ワンコ達の散歩という、なんとも癒やされるバイトの帰り道、変質者が現れた。

 たぶん、変質者なんだと思う。

 だって、いきなり十字架を掲げて、「滅びよ!」って叫んでたから。

 私がキョトンとしていると、相手は「え?」みたいな感じになってた。訳が分からない。むしろ「え?」と言いたいのは私の方だ。

 ちょっとシ~ンという感じになったけど、変質者は気を取り直したようで、今度はサーチライトみたいなものを取り出した。それを拳銃みたいに突き出して「夜だからと油断したな? 教会の技術を舐めるなよ!」と、光を当ててきた。

 思わず「まぶし!」と言ったら、変質者は「え?」ってなった。「太陽の光が効かないだと!?」って直ぐに慌て出したけど、そんなことよりずっと私の顔面を照らしてすごく眩しかったので、取り敢えず、近づいて張り手をした。

 変質者は女の子のように崩れ落ちたのだけど、「私は、こんなところで死ぬわけにはいかない!」とか何とか、一人で盛り上がっていきなり発砲してきた。

 まさか、変質者が拳銃を持っているとは思わず、最小限の小さな障壁で受けてしまった。

 弾は障壁に当たった瞬間砕けて、中に入っていたらしい水が飛び散った。

 変質者に、正体不明の液体をかけられそうになった……温厚なユエさんも限界である。ぷっちんきました。

 変質者は、「馬鹿な……教会の秘宝たる三百年ものの聖水が無駄に――」とか何とか言っていたけど、スマッシュした。

 「まだだ、まだ終わらんぞ」と、涙目で言ってきたのでスマッシュした。

 「こ、この程度、我等エクソ――」と、何か言っていたのでスマッシュした。

 「私が果てようとも、第二、第三の同胞が――」スマッシュした。

 今日は夕日が綺麗だったスマッシュした。明日もきっと良い天気だろうスマッシュ! 晩ご飯はなにかなぁ~スマッーシュ! あ、ご近所さんだこんばんはスマッシュ!

 今日は良いスマッシュ日和でした。





「ユエお姉ちゃん。なんだか楽しそうな感じで書き終わってるけど、きっと凄く面倒な人達に目をつけられてるの」
「……? なにを言ってるのミュウ。変質者なんて割とどこにでもいる。珍しくもない」
「絶対、変質者じゃないの。ヴァンパイアハントしに来たプロだと思うの。ミュウの友達も、『あいつら超しつこい!』っていつも困ってるの」
「……よく分からないけど、ミュウが困るなら言って。どこにでもスマッシュしに行くから」
「よく考えたら、ユエお姉ちゃんに片っ端からスマッシュされる未来しか見えない。むしろ、スマッシュが増えたらパパが泣いちゃう」

 ミュウは何とも言えない表情を浮かべると、何がそんなに問題なんだろうと首を傾げるユエに「何でもないの」と頭を振って続きを促した。





――10月※日

 結婚式の代理出席という、よく分からないバイトをしてみた。

 祝福なんて、して欲しい人にだけしてもらえばいいと思うのだけど……

 ともあれ、花嫁さんのためである。

 私はユエ。〝見知らぬお友達〟だとしても、女の子の幸せは全力で祝福する女!

 外は生憎の雨だったのだけど、それがどうした。天候を操り、祝福の虹を発生させるくらいわけのないこと!

 会場は言うまでまでもなく大盛り上がりだった。




「ユエお姉ちゃん。少し前に、異常気象だって大騒ぎになったような……」
「……些細なことにこだわっちゃだめ」
「……はいなの」

 ミュウはまた一つ賢くなった。はず。




――10月$日

 お墓のお掃除というバイトをやってみた。

 住職さんは、バイトに来たのが私のような若い女性であることに凄く驚いていた。

 せっせとお掃除していると、どこかの家族がやって来て、一つのお墓の前で長く佇んでいた。その内、娘さんぽい人が泣き崩れて、お母さんぽい人や、お兄さんぽい人が必死に慰めていた。

 なにやら、どうしても亡くなった人に伝えたかったことがあるらしい。

 気の毒に。目の前にいらっしゃるのに、伝わらないなんて……

 私はいたたまれなくて、魂魄魔法を発動した。目の前に望んだ人が出現して、家族はびっくり仰天、亡くなったご本人もびっくりして「ひぃっ、なにごと!?」と悲鳴をあげていたけど、最終的に分かり合えたみたいで、めでたしめでたしだ。

 ただ、魂魄魔法発動の影響か、お墓の敷地内が魑魅魍魎で溢れかえったのは失敗だった。

 どういうわけか活性化? でもしたらしく、暴れるのなんの。

 ポルターガイストまで発生した。

 私的に、おのれっという感じである。だって、せっかくお掃除したのに!

 私はユエ。死人にも一切容赦はしないゴーストバスター!

 お墓も、そこに潜んでいた悪霊っぽい何かも根こそぎ綺麗にお掃除して、とても清々しい気持ちだった。

 帰りに、何故か住職さんが私を拝み倒していたのだけど……

 一体、どうしたというのだろう。なんとも不可解だった。




「ユエお姉ちゃん。ツッコミ待ちなの?」
「……ミュウ。お願いだから、そんな目で見ないで……」

 ミュウの呆れた目がユエに突き刺さる。日記を見せてからというもの、着実に〝ユエお姉ちゃんの威厳〟パラメーターが減少している気がする。

 ページをぺらり。




――10月@日

 ハロウィンパーティーをした。

 どこからか南雲家でハロウィンパーティーをする情報が漏れていたらしく、クラスの子達が南雲家に突撃してきた。

 参加料として、ハジメのために玉座と大魔王っぽい衣装を用意したと、ドヤ顔をする男の子達と、引き攣った表情で遠慮するハジメが印象的だった。結局、最後には大魔王になって玉座に座っていたけど。

 シアが吸血鬼の仮装をしていたのはびっくりした。「今日はユエさんとお揃いですぅ」と、つけ八重歯をキラリとさせながら笑う姿は、うん、私を萌え殺す気かと思った。

 しかも、だ。ミュウまで吸血鬼の仮装で、二人して「すっちゃうぞ~」「すっちゃうの~」と迫ってくるのだ。シアもミュウもかわゆす!

 私はユエ。可愛い吸血鬼さん達なら、いつでもウェルカムな女!

 ティオは……たぶん、ミイラ女だと思う。包帯で全身ぐるぐる巻きだったから。

 ……あくまで仮装だと思う。びっくんびっくんしながら、恍惚の表情を浮かべていたけど、うん、きっと演技に違いない。パーティーが始まる前に、ハジメに裏庭へ連れて行かれていたような気もするけど、気のせいったら気のせいだ。

 雫は白い着物姿だった。たぶん、幽霊の仮装だと思う。けど、途中で、魔女っ子衣装の鈴にピンクの仮面を装着されて呆然としていたのには、流石に笑った。

 帝国では、未だに仮面ピンクの都市伝説が語り継がれているので、確かにホラーだろう。本人は黒歴史を思い出しているのか、仮面をつけた途端、膝を抱えて座り込んでしまったけれど。

 お義父様は狼男、お義母様はウサギの仮装だった。暗に、今夜は、お義母様がお義父様に食べられる! という意味なのかと思ったけれど、お義母様曰く、「バニーガール? なに言ってるの! 違うわよ! これはハウリア族の仮装よ!」と言っていたので、狩られるのはお義父様の方かもしれない。

 なんにせよ、仲の良いことです。私もハジメと、お二人のような夫婦になりたいものです。

 後は、優花がクラスの女の子達に捕らえられて、魔法少女にされているのは可愛かった。マジカルなステッキを片手に、真っ赤になってぷるぷる震えている姿には、クラスの男の子達も思わず感嘆の声を上げたほどだ。

 ハジメが「魔法少女ユウカちゃん、参上!」とからかうと、そのまま「南雲のぶわぁ~~~かぁっ」と叫びながら飛び出していってしまったけれど……

 魔法少女の格好で、夜道を駆ける……

 また噂が広まりそう。

 さて、最後になったけれど、問題は奴だ。そう、〝あざとい〟を体現したむっつりすけべマスター、香織だ。

 あのやろう、案の定、やってくれやがりました。

 ネコの次はイヌらしい。イヌミミとイヌシッポをつけて、トータスにいたときのシアみたいな格好をしていた。本人曰く、狼女とのことらしいけど、私には分かる。あれは、ハジメのイヌになりたいという無言のアピールだ。

 このメスイヌめっ、と罵ってやった。

 そしたら、「へ、変な言い方しないで! それを言ったら、ユエだってメスネコじゃない!」と反論してきた。なんたる言い草。生意気な。ミニスカ浴衣に、ネコミミとネコシッポの何がイヤらしいというのか。シアの普段着に比べたらとても大人しい衣装だと断言できる。

 そもそも、メスネコではない。ユエにゃんだ。ハジメが愛してやまない猫又のユエにゃんである。メスイヌの香織とはレベルが違うのだよ。レベルがっ。

 とにもかくにも、飼い主を求めてうろちょろする香織犬をネコパンチで撃退しつつ、ハロウィンパーティーを最後まで楽しんだ。来年もまた、できればいいなぁと思う。

 それはそれとして、途中、姿が見えなくなったミュウを探して裏庭に行ったとき、カボチャのかぶり物とマントを羽織った誰かと、ミュウが何やら親しげに話していたのだけれど……

 あれは一体、誰だったんだろう?




「あの人は、ジャックさんなの」

 十月最後の日記の記述に、ミュウは何でもない様子で答えた。ユエは「はて?」と小首を傾げる。

「……それは分かる。ジャック・オー・ランタンの仮装をしていたからでしょ? そうじゃなくて、中身は誰だったんだろうって。後で聞いたら、誰もそんな仮装してないって言ってたから」
「?? ジャックさんはジャックさんなの」
「……え~と?」
「ジャックさんは、とっても悪い人だったの。天国にも地獄にも行けなくて、この世をずっと彷徨ってるの。自分、マジ猛省してるっすって言ってた。今は一生懸命、良いことをしてるの。だから、ミュウとお友達になったの」

 どうしよう、とユエは思った。果たして、そういう〝設定〟なのか。それとも、ミュウの〝悪癖〟とまでは言わないが、あの困った〝性質〟が、また何かを呼び寄せたのか……

 真顔のミュウを見ていると、なんとなく後者のような気がする。

 ユエは悩ましげな表情になりつつ、一応、後でハジメに報告しておこうと決め、ミュウの頭を撫でた。

「……取り敢えず、日記はこんな感じ。書き方も、分量も、書く日も、適当な感じで大丈夫」
「なんとなく分かったの。ありがとう、ユエお姉ちゃん!」

 どうやら、ミュウ的に日記のイメージができたらしい。

 ミュウには是非とも、日記を続けて欲しいものだ。そうすれば、ミュウの不可解な交友関係も、もっと把握できるかもしれない。

 その後、ミュウからトータス時代の、ミュウと別れた後の日記を読みたいとのおねだりがあったが、もう寝る時間だったので、また今度ということになった。

 眠くないの! と言い張るミュウ。かなり、〝ユエの日記〟を気に入ったらしい。ユエ的に、かなり羞恥心にダメージが入るのだが……

 南雲家の末姫のおねだりには、最強の吸血姫も勝てない。

 結局、この夜はお開きとしつつユエのベッドで一緒に眠ることになり、この日からしばらく後の夜は、ユエとミュウ、二人っきりの日記読書会が開かれることになったのだった。
いつもお読み頂ありがとうございます。
感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。

今日からアフターⅢ。
特に理由はないですが、そんな気分だったので。
あと、何話か小話を入れて、結果的長編アフターを書きたいと思います。

PS
コミック版が更新されています。
良かったら見に行ってみてください!
オーバーラップ様のHPより!

PS2
貴重なご意見をいただき、改めて検討した結果、ヴァンパイアハントしにきたくだりを改稿しました。
この世界にも、退魔的な組織や退魔師的な存在があるということ示唆する感じは変わらずですが、しかし某ブラックな鍵を使う人達ではないよ!という形にしました。
よくよく考えると、後の話の布石として使えたら~と思ってぶっ込みましたが、
特徴が被りすぎてて、後に頻出させたら規約に引っかかる恐れも……
適当にネタをちりばめてしまう白米の悪癖です……改稿を含め、大変失礼しました。
なろう民のみなさん、今後ともよろしくお願いします。
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