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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅡ
262/530

ありふれたアフターⅡ 光輝編 その神様、本当に大丈夫か?


 クェエエエエエッと、甲高い絶叫が響いた。


 直後、上空より打ち下ろされた突風が砂埃を巻き上げ、視界を妨げる。小さな砂の礫が眼球を襲い、否応なく細目になるか腕で顔を庇わざるを得ない。


 その隙を待っていたとでも言うかのように、突風に紛れて雨が降り注いだ。


 ただし、それは水の雨ではない。石の針でできた雨だ。全長十五センチほどの石の針が、それこそ篠突く雨の如く地上へ迫る。


――コートリスの石針


 巨大な黒鷲の魔物コートリスが放つ固有魔法。一本でも当たれば瞬く間に石化してしまう。それが一度に数百本、広範囲に、突風と砂埃で視界が塞がれている中で。


「――〝風壁〟」


 小さく呟かれた詠唱省略の魔法のトリガー。術者を中心に渦巻く風が砂埃を吹き飛ばす。


 現れたのは青年だった。サラサラの茶髪に整った顔立ち。高身長に細身ながら引き締まった体。人体の要所のみを保護した簡易な防具を身につけ、下段に構えた手にはうっすらと輝く西洋剣が握られている。


 その青年――天之河光輝は、石針のスコールに焦った様子もなく、スッと聖剣を頭上に掲げると手首の返しのみで勢いよく回転させ始めた。


 一瞬で風車のように回り始めた聖剣は、その纏う輝きと合わせて、まるでラウンドシールドのようだ。


 直後、その聖剣のラウンドシールドに石針が降り注いだ。が、かなりの勢いがあった石針もその盾を抜くことはできないようで、あっさりと弾かれては周囲へと飛び散り地面へ突き立っていく。


 クェエエエエエッと、再び耳に障る絶叫が響いた。己の固有魔法が蹴散らされている光景に業を煮やしたらしい。


 物理的に突風を生み出していた翼を折りたたむと、コートリスはその巨体を一気に急降下させる。


「っ――〝光爆〟!」


 光が爆ぜた。聖剣のラウンドシールドが爆発したように閃光を迸らせ、衝撃波が残りの石針を全て吹き飛ばす。


 周囲は石針が茨の如く突き立っている。コートリスを回避するために無闇に動けば、足下から石化を食らうかもしれない。それ故の強引な選択。


 技能〝縮地〟により、光輝は一気に空中へ躍り出る。


 コートリスがその鋭い足の爪を前に出した。


「――〝光絶〟ッ」


 交差する寸前、光輝は空中に光属性初級魔法による簡易の障壁を創り出した。それを足場に、空中で軌道を変える。同時に、円を描くようにして聖剣を振り抜いた。


 コートリスと光輝が空中で交差する。


 コートリスはそのまま減速することもなく地面へと突撃した。ポンッと冗談のように首が飛び、地面に激突した衝撃で肉体が生々しい音を立ててひしゃげる。


 くるりと空中で回転しつつ体勢を立て直した光輝は、そのまま地面へと着地した。念の為、石針が突き立っていないか確認はしたが、既に風化でもしたかのように崩壊しているので、仮に石針の上に着地しても問題はなかっただろう。


「……」


 石針の崩壊を確認して、コートリスの死亡を確認した光輝は、緊張を解くように小さく息を吐いた。同時に、こみ上げてくるものを押さえ込む。


 顔色は全く変わっていない。体調の変化を表に出すようなことはしない。戦闘直後のお約束になりつつあるそれも、もう慣れたものだ。


(慣れるんじゃなくて、克服しなきゃなんだけどな……)


 内心で独りごちながら、「呼んだ?」とでも言うかのようにせり上がってくる胃の中の朝食を気合いで叩き返す。そんな自分に、思わず小さな苦笑いが浮かんだ。


「なにをニヤついているのでありますか、気持ち悪い」

「んぐっ!?」


 投槍の如く突き刺さった毒舌に、朝食が「やっぱり呼んだよね?」とせり上がってくる。気合いで! 叩き返す!


 近くの岩場から言葉の投槍を放ったのは、ハイリヒ王国騎士団の装備を纏った女性騎士だった。見目麗しく、黙ってドレスを着ていれば貴族令嬢に見えなくもない。


 実際、彼女は貴族の家の出だったりするのだが……


 とにもかくにも、光輝がコートリスと戦っている間、岩場の陰に身を隠して一切出てこなかった彼女は、まったく悪びれた様子もなく、それどころか戦闘が終わってから味方を口撃するという暴挙に出ながら、スタスタと歩み寄ってくる。


「ん、んっ。あの、気持ち悪いっていうのは言い過ぎじゃないかな?」

「頭と体がお別れした死骸と、血みどろの現場を見て、笑っている男が気持ち悪くないと言うのでありますか? 申し訳ない。勇者様の感性にはちょっとついていけないのであります」

「あ、うん、ごめん」


 近くの岩場へ、逆再生のようにバックしていき、全身で「ドン引きです」と訴える女性騎士に、光輝は「確かにね!」と内心でヤケクソ気味に納得して謝罪を口にした。


「それで、勇者様。一応、依頼内容の魔物は討伐できたわけでありますが……町へ戻られますか? それとも、いつものように狩りを?」


 女性騎士は空を見上げながら尋ねた。太陽はまだ天頂にも届いていない。昼食をとるなら、町へ戻り、ギルドで依頼達成報告もしていればちょうどいい時間帯となるだろう。


 普通ならそうしそうなところ、敢えて尋ねたのは、いつも通り(・・・・・)光輝は町へ戻らないだろうと予想したからだ。


「コートリスの目撃情報も、受けた討伐依頼も一体だけだけど……他の魔物の目撃情報もあった。【神域】の魔物は厄介だ。ここはライセン大峡谷とも近いし、隠れる場所は十分にある。時間はあるから、捜索しておこうと思う」

「……さようでありますか」


 女性騎士はどこか呆れたような眼差しを光輝に向けて、小さく溜息を吐いた。


 地球に帰還して、復学した光輝達。


 だが、己の罪に苛まれていていた光輝は、家族や幼馴染み達を説得して、高校を自主退学。直ぐにトータスへと渡り、こうして贖罪のため、一冒険者として魔物の討伐に走り回っている。


 神話決戦のおり、【神域】より溢れ出た魔物の群れは殲滅されたわけではなかった。それなりの数が逃走に成功していたのだ。【神域】の魔物は強力だ。どいつもこいつもオルクス大迷宮深部クラスの力を持っている。


 この世界の冒険者では、それこそ〝金〟クラスでもなければ厳しいだろう。


 だからこそ、高校卒業を待たずに世界を渡った光輝は、特に【神域】の魔物の討伐依頼を受けている。リリアーナに協力してもらい、冒険者ギルドの各支部長にも働きかけて、今回のように優先的に情報や依頼を回してもらっているのだ。


 自ら、最も危険度の高い依頼をこなしていく。連日連戦ということも珍しくない。確かに、放置すれば甚大な被害が出るであろうことは間違いなく、迅速な処理は必要かつありがたいことではある。


 しかし、リリアーナなどは、こうした光輝のがむしゃらな活動が、いつか彼自身に致命的な何かをもたらすのではないかと心配し、もう少し自分を労ってはどうかと助言したりしているのだが……


 今のところ、光輝の活動ペースが落ちるということはないようだ。今回もまた、案の定、光輝は依頼以外の魔物も探し出して戦うつもりらしい。


(監視役兼サポーターとして派遣されている私の身にもなって欲しいのであります……)


 光輝と肩を並べて戦うことは女性騎士の任務範囲ではないとはいえ、【神域】の魔物との戦闘は見ているだけでも精神を削られる。


 先程のコートリスとの戦いとて、女性騎士では石針が掠っただけでも終わりだ。光輝達異世界組とは、魔法に対する耐性のレベルが違うのだ。おそらく、ものの数秒もあれば完全に石化してしまうだろう。


 さっきも、岩場の陰にいるだけでは不安で、神速の穴掘りで塹壕を作って身を潜めていたのだ。


「あぁ、お姉様に会いたい……」

「う~ん、定期の開門はまだ結構先だったような……」


 歩き出した光輝の後を追いながら、女性騎士がポツリと呟く、光輝は苦笑いしながら、彼女が敬愛してやまない、というかちょっと行き過ぎじゃないかというくらい愛してやまないお姉様こと――八重樫雫を思い浮かべる。


「そんなことは分かっているのであります。あぁ、自分の無力が恨めしい。お姉様のためなら、気合いと根性で世界くらい渡れるものと思っていたのでありますが、ぬぐぐ」

「それで渡れたら南雲の苦労はなんだったのかと」


 光輝の苦笑いが深まる。


 この女性騎士。実は元リリアーナ付きの近衛騎士で、前近衛騎士隊長かつ現王国騎士団団長であるクゼリー・レイル直属の部下だったりするのだが、それが何故、光輝と行動を共にしているのかと言えば――要は、左遷である。


 雫を愛してやまない義妹集団の一人で、その溢れ出るお姉様愛から度々問題を起こし、近衛騎士→団長直属の普通の騎士→普通の騎士→こいつもうダメだ、となったのである。


 神話決戦のおり、光輝が敵側についていたのは、彼自身が公言したこともあり周知の事実だ。


 なので、いくら【神域】の魔物を狩ると言っても、野放しにするのは不安があるという意見も当然あった。


 もっとも、リリアーナはそれを不要と断じていたのだが……クゼリーから、「あいつ、クビにしようと思うんですけど」と疲れ切った表情で相談され、それならば不安論を唱える人達の心の安寧のために、監視者として騎士をつけよう、彼女にしよう! となったわけである。


「あんちくしょうの名前を出さないで欲しいのでありますよ」

「そんなことばっかり言っていると、また痛い目にあうよ?」

「まんまと雫お姉様を取られた勇者様のように、でありますか?」

「がはっ!?」


 光輝が胸を押さえて倒れ込んだ。四つん這いになって項垂れている。凄まじいカウンターだった。


「まったく、香織様はともかくとして、雫お姉様だけは死守して欲しかったのでありますよ。勇者様からならば、私でも奪い取れたものを……」

「うぐっ」

「もう勇者様というより、ヘタレ様。チキン様でありますな!」

「かふっ!?」

「ねぇねぇ、同年代の女の子に〝弟〟扱いされるのってどんな気持ちでありますか? どんな気持ちでありますか? ねぇねぇ」

「うぅ、うぅぅぅ」


 蹲る光輝を、騎士剣の鞘でツンツンする女性騎士。魔王なあんちくしょうにまるで歯が立たない現状に対する悲しみと嘆きを込めて、精一杯八つ当たりする。


 と、そのとき、【ライセン大峡谷】の方から強い気配が伝わってきた。


「……今日は、運がいいみたいだ」


 今の今まで盛大にへこまされていたとは思えないほど、光輝はあっさり立ち上がった。


 そして、女性騎士を視線で促してさっさと歩き出す。


 慌てて追従する女性騎士。そんな彼女へ、光輝はふと振り返ると、


「ああ、そうだ。何度か言ってるけど……〝勇者様〟は止めてくれるかな?」

「……」


 何でもないように小さく笑いながらそう言った。思わず無言になった女性騎士は、しばらく思案した後、


「では、チキン様と」

「普通に光輝でよくない!?」


 光輝は思わずツッコミを入れた。流石に看過できなかったらしい。


 女性騎士は僅かに後退りすると、自分の胸元を掻き抱いて戦慄の表情を浮かべる。


「名前で呼び合おうなんて……止めてください、妊娠してしまいます」

「しねぇよ! いきなり何言ってんの!?」

「お姉様の忠告です。この任務に着任することになったと報告したときに頂きました。まず名前で呼び合って親近感を持たせ、そのあとさりげないボディタッチが増えて、何故か事件っぽい何かが起きてそれを解決し、最後にニコッと微笑んで歯をキラリと光らせる。それがあいつの手口なのよ、気をつけてね、と」

「しずくぅううううっ」


 光輝の心のツッコミが迸った。呼応するように遠くから魔物の雄叫びが木霊する。


「まぁ、私がお姉様以外にうつつを抜かすなどありえないのであります。光輝様、申し訳ありませんが、諦めて頂きたい」

「なんで俺が告白してふられたみたいになってるんだ……って、やばい! 極光竜じゃないか!」


 げんなりした様子の光輝だったが、直後、姿を見せた魔物を見て慌てたように声を荒げた。【ライセン大峡谷】から飛び出して来たのは、かつて灰竜と呼ばれていた極光のブレスを放つ竜形の魔物だった。白竜がいなくなって、今は彼等が極光の竜と呼ばれている。


 元々のスペックも高いが、【神域】バージョンなのでレベルも上がっている。冒険者では割りとシャレにならない強敵だ。


 光輝は情報になかった魔物の出現に歯がみしつつ、女性騎士に退避するよう指示を出すべく、視線を背後へ向ける。


「早く、下がって――って、はやっ!? いや、それでいいんだけど!」


 女性騎士はちょうど、先程自分で掘った塹壕に飛び込んでいるところだった。素晴らしい逃げ足だった。


 何だか釈然としない気持ちで微妙な表情をしていた光輝は、次の瞬間、頭上に輝いた光にビクッとなりつつ振り返った。そして、


「う、うぉおおおおおっ」 


 同時に放たれた極光に向かって、ヤケクソ気味の雄叫びを上げるのだった。


 そんな光輝を、塹壕からちょびっとだけ顔を出して観戦している女性騎士は、


(……ふむ。雫様との関係を揶揄されても、実際には気にした様子はないにもかかわらず、〝勇者様〟と呼ばれることについては耐えられない、と。難儀なことでありますな)


 先程の態度。大きなリアクションに対して、あっさり現実に復帰した光輝の様子からすると、やはり雫との関係は既に割り切っているらしいと分かる。むしろ、姉弟的な家族も同然の情がある関係に納得と満足を得ているようだ。


 だが、〝勇者様〟と呼ばれることに関しては、にこやかに笑いながら何でもないふうを装ってはいたが、よく見れば表情が強ばっているのがよく分かった。


 そして、コートリスの死骸を前に必死に隠していた感情。それは……


(恐怖、でありますな。さて、それは一体、何に対する恐怖なのか……)


 簡易障壁を足場に空中戦を挑む光輝を見ながら、女性騎士は僅かに思案する。


 今の光輝は、王宮から与えられていたアーティファクト〝聖鎧〟を身につけていない。それは、光輝自ら返却したからだ。ハジメから貰っていた〝空力ブーツ〟などのアーティファクトも返している。


 それは、勇者ではない自分が持っていていいものではない、という自責の念によるものであり、同時にアーティファクトに頼らず一から鍛え直したいという決意から来るものでもあった。


 聖剣だけ持っているのは、手放さなかったのではなく、手放せなかったからだ。何故か、置いていくと一定距離離れた時点ですっ飛んでくるのだ。まるで、自分の使い手は光輝しかいないと訴えるように。


 ともあれ、光輝の防御力が著しく低下していることに変わりはなく、極光のブレスを浴びればただでは済まないのは自明の理だ。


 で、あれば、それが恐怖に繋がっているのか……


 女性騎士には、どうにもそれだけではないような気がした。


 けれども、


(まぁ、どうでもいいことでありますな!)


 女性騎士はあっさり思考を放棄した。


 離れた場所では、光輝が遂に極光竜を仕留めたようだ。そして、直後、更に三体の極光竜が現れて「なにぃ!?」と悲鳴じみた驚愕の声を上げている。


(……ふむ。もう少し深い方が良さそうですな)


 実は、さりげなく闇属性魔法のエキスパートだったりする女性騎士は、「ま、負けるかぁああああっ」と雄叫びを上げる光輝を放置して、せっせと穴掘りに勤しむのであった。





「うぐぅ、死ぬかと思った……」

「大げさな。結局シッポで叩き落とされた以外では、特に怪我をすることもなく普通に勝利したではありませんか」

「……母さん、頑丈な体に生んでくれてありがとう」


 光輝は遠い目をして、別世界にいる母へ感謝の念を捧げた。


 死闘を経た光輝達は、流石にそのまま魔物捜索するのは厳しいということで、今はここ最近の拠点――【ブルックの町】に戻ってきていた。


 賑わいのあるメインストリートを歩けば、露店から何とも食欲をそそる香りが流れてくる。激しい運動で光輝の胃も既に空っぽだ。呼んでもいない朝食が姿を現しそうになることもない。


 思わず、光輝の視線が数々の露店へと吸い寄せられる、が――


「おい、あれ」

「あ? ……チッ、まだこの町にいたのかよ」

「大丈夫なのか? 何かたくらんでるんじゃ……」


 通りすがりの冒険者風の男達が、光輝を見てヒソヒソと話し合う声が耳に入った。


 光輝の胸の辺りがすぅと冷たくなる。思わず、羽織っている外套のフードを被りそうになるが、動き出した手を止めてそのままにした。


 チラリと見た彼等の表情には、明確な嫌悪感と、そしてにじみ出たような不安の色があった。勇者が、今は【神域】の魔物を率先して狩ってくれていると分かっていても、嫌悪感は中々消えない。どうしても不安は払拭されない。


 人類の裏切り者。寝返った勇者。邪悪な神の御遣い……


 また、人類にその強大な牙を向けるのではないか、何か企んでいるのではないか……


 一度失った信用は簡単には戻らない。


 分かっていたことだ。覚悟していたことだ。だから光輝は、顔を隠さない。甘んじて受けるべきだと、前を見る。


「信用を取り戻すのは大変なことでありますな」

「え?」


 不意に放たれた女性騎士の言葉に、光輝は目を丸くした。女性騎士は真っ直ぐ前を見ながら更に言葉を重ねる。


「一朝一夕とはいかないのであります。失うに易く、しかして得難いのであります」

「そう、だね」

「しかし、諦めては、それこそ〝信用ならぬ者〟なのでありますよ。故に、決して諦めてはいけないのであります」


 光輝の胸に、じんわりと温かさが宿った気がした。自分が白い目で見られるのは自業自得だ。一番、必要とされたときに、自分は己の感情を優先して全てを裏切ったのだ。


 だが、こうして気にかけてくれる者も――


「いつか必ず、中央に返り咲いてやるのでありますよ! そして、お姉様のお側に……ぐへへっ」

「あ、うん、そっちね」


 どっと疲労感が襲ってきたが、まぁ、心は軽くなったかな! とポジティブに考えて、光輝は足を速めるのだった。


 光輝達が拠点としている宿屋が見えてきた。木製の大きな看板には〝マサカの宿〟とある。かの魔王様が利用した宿屋とあって、実はかなり有名だったりする。ちょっとした観光名所になっているくらいだ。


 なにせ堂々と、〝魔王様御用達! 御方(おんかた)の旅は、ここから始まった!〟という垂れ幕を宿屋の屋根から垂らして、デカデカと宣伝しているのだ。魔王まんじゅうとかも売っているらしい。中々、いい商売根性をしている。


 光輝は何とも言えない表情になりつつ、宿屋の扉を開けて中へ入った。


 宿屋の女将さんが「あら、お帰りなさい」と穏やかな笑顔を浮かべて迎えの言葉を贈ってくれる。この宿の人達は、光輝に対しても特に思うところはないらしい。いつでも、他の客と変わらない態度で接してくれる。


 とある一点を除いて、とても心安らぐ宿だった。


 遅めの昼食を取るため、席についた光輝と女性騎士。さて、今日は何を食べようかとメニューを手に取ったそのとき、


「今日はクルルー鳥の照り焼きがオススメですよ」

「うおっ!?」

「んんっ」


 いきなり間近から響いてきた声に、光輝と女性騎士は揃って体を跳ねさせた。


 原因は一つ。


 ニコニコと人好きのする笑顔を浮かべながら、お水を出してくれたこの店の看板娘――ソーナ・マサカちゃんだ。そのソーナちゃんの接近に、声をかけられるまで気がつかなかったのだ。


 光輝も、女性騎士も、戦いに身を置く者だ。特に光輝の気配感知は破格のレベルといってもいいくらい優秀で、同じ異世界組でもなければ、たとえ〝気配遮断〟の技能持ちであっても感知できる。例外は、某樹海に潜むウサミミ共くらいだ。


 だが、そんな光輝をして、ソーナちゃんの接近に気がつけなかった。


「ソ、ソーナちゃん。いつからそこに……」

「え? 普通に厨房から出てきて、今、お水を出したところですけど……」


 不思議そうな表情でそう答えられて、光輝は自分の気が抜けていただけかと首を捻る。


 しかし、夜中にトイレで目を覚まして廊下を歩いているときとか、お風呂の脱衣所から出たときとか、あるいはこうした食事のときなどに、気が付けば後ろにいるという状況が度々あって、とても偶然とは思えない。


「ソーナさんはもしや、何か特殊な訓練を受けた経験がおありで?」


 思わずといった様子で女性騎士が尋ねる。


 そんな彼女に、ソーナちゃんはキョトンとした表情を見せると、次の瞬間にはクスクスと笑い声を漏らした。まるで面白い冗談を聞いたとでも言うかのように。


「クスクス、もう、なんですかそれ。宿屋の娘が受ける特殊な訓練ってなんですか!」

「あ、いえ、なんでありましょうな? 失礼、少々混乱していたようで」

「朝からお仕事だったんですよね? きっと疲れちゃったんですよ。いっぱい食べて、元気だしてください」


 にっこり微笑むソーナちゃん。決して目を見張るような美人ではないが、たくましく咲き誇る野花のような、どこかほっこりとする可愛らしさがある。


 光輝と女性騎士も、先程の驚愕を忘れて、どこかほっこりしたような表情になった。きっと、ソーナちゃんの言うとおり、少し疲れていただけなんだ。そう思って注文をし、お互いに顔を見合わせて苦笑いを浮かべ合う。


「あ、そうだ。ソーナちゃん。夕食のことなんだけ――ど」


 ソーナちゃんはいなかった。注文を取ったあと、光輝と女性騎士が顔を見合わせたのはほんの一瞬。なのに、視線を戻したときには既にソーナちゃんはいなかった。離れた気配すら感じなかった。


「……」

「……」


 思わず無言になる光輝と女性騎士。


「呼びました?」


 出現するソーナちゃん。


「あ、ううん。なんでもないよ……」

「そうですか? それじゃあ、料理ができるまで少し待っていてくださいね!」


 元気に消えるソーナちゃん。


 気配がまるで掴めねぇ……。


 何となく無言のまま、光輝達は昼食を待った。料理を運んできた時も、やっぱりソーナちゃんの気配は掴めなかった。


 無言で料理を食べる光輝と女性騎士。


 食べ終わり、空いたお皿を下げていくソーナちゃん。


 と、そのとき、ソーナちゃんが何かを落とした。掌サイズの金属プレート――ステータスプレートだ。


「あ、ソーナちゃん落とし――」


 咄嗟に拾った光輝が、何気なくステータスプレートへ視線を向ける。本来なら、本人が魔力を込めない限り他者には見られないのだが、先程、何らかの理由で表示させたのかうっすらと輝きながら見える状態になっていた。


 その内容を見て、光輝が固まる。思わずのぞき見てしまった女性騎士も固まる。


 サッと光輝の手からステータスプレートが抜き取られた。


「ありがとうございます、光輝さん。でも、人のステータス内容を見るのはマナー違反ですよ?」

「え、あ、ごめん」

「いえいえ。うっかり表示状態のままにしていたのは私ですから。でも、次からは気をつけてくださいね」


 にっこり微笑むソーナちゃん。看板娘の笑顔がまぶしい。


 お仕事に戻っていくソーナちゃんの元気な後ろ姿を眺めつつ、女性騎士がポツリと呟いた。


「彼女は何者でありますか?」

「いや、俺に聞かれても……」


 奇妙な沈黙が落ちる。


「ま、まぁ、あれだ。魔王御用達の宿だしさ!」

「そ、そうでありますな!」


 無理矢理自分達を納得させた二人は、いそいそと午後の仕事へと向かうのだった。


 ちなみに、そんな二人が見てしまったソーナちゃんのステータスは、


====================================

ソーナ・マサカ  16歳  女  レベル22

天職:なし   職業:【ブルックの町】マサカの宿 従業員

筋力:9

体力:15

耐性:6

敏捷:5

魔力:3

魔耐:3

技能:帳簿付・恋愛臭感知・地獄耳・夜目・ロープ下降・壁登り・潜入・潜水・神出鬼没

====================================


 最初の二つ以外、とても諜報員向けの技能が揃っていた。というか、異世界組でもない限り、普通、技能の数は一つか二つ。おそらくたゆまぬ訓練の末、後天的に開花した技能なのだろうが……


 【ブルックの町】の宿屋には怪物がいる、のかもしれない。


 なお、その日の夕方、リリアーナから光輝宛ての手紙が来て、翌朝、光輝達は王宮へと帰還することになった。


 そのときもやっぱり勇者にすら気配を掴ませずに、いつの間にか背後に立ってお見送りするソーナちゃんに、光輝も女性騎士も戦慄を隠すことはできなかった。





 王宮についた光輝と女性騎士を迎えたのはリリアーナと騎士団長のクゼリーだった。


 クゼリーを見た途端、「げぇ!? 団長!?」と顔をしかめてしまった女性騎士は、青筋を浮かべたクゼリーに首根っこを掴まれて引きずられていってしまった。止める間もない、水が高い場所から低い場所へ流れるような、とても自然な流れだった。


「え~と、ひとまず、ご無事な帰還なによりです、光輝さん」

「ああ、ありがとう、リリィ。手紙には、王都の近郊に厄介な魔物が出たって書いてあったけど……」


 帰還の挨拶もそこそこに、早速魔物の話を聞きたがる光輝へ、リリアーナは相変わらずだなぁと苦笑いを浮かべる。


「そうですね。おそらく騎士団でも対応は可能ですが、万が一に備えてお呼びしました。と言っても、目撃情報があっただけで事態が緊迫しているわけではありません。騎士団の出発は明朝を予定していますから、まずはお茶でもお飲みになって休んでください」

「そうか……。そういうことなら分かったよ」


 気を遣われていると察した光輝も苦笑いを浮かべながら、リリアーナの提案に応じる。


 そうして、リリアーナが、さりげなく光輝の抱える内心の問題について尋ねようとしたした――そのとき、


『見つけました、勇者様。どうか我が愛しき世界をお救いください』


 天より、柔らかくも、どこか切実さを感じさせる声音が降り注いだ。


「え?」

「え?」


 二人して、キョトンとしたまま固まる光輝とリリアーナ。直後、象形文字のような見たこともない紋様が連なってできた魔法陣が光輝の足下に出現した。輝きを増すそれは、魔力と似て非なる力を溢れさせている。


「ま、まさかっ」

「こ、光輝さん!?」


 何が起きるのか察した光輝の頬が盛大に引き攣る。


 同時に、象形文字の魔法陣がカッと閃光を放った。リリアーナが咄嗟に光輝へ手を伸ばすが、光輝はその手を振り払い、逆にリリアーナを突き飛ばした。


「リリィっ、みんなにつたえ――」

「光輝さん!」


 光輝が何かを言い切る前に、爆ぜた光は収まった。そして、そこには既に誰もいなかった。


「た、大変です! ハジメさん達に伝えないと!」


 しばらく呆然としていたリリアーナは、「大変! 大変!」と声を張り上げながらあたふたと駆けていくのだった。





 光が視界を埋め尽くしたあと、光輝はまるでコンマ秒ごとに重力方向が変化しているかのような感覚を味わった。何も見えない暗闇の中、ただなされるがままだった光輝は、遂に一筋の光を見つける。


 必死に、そこへ手を伸ばす。急速に近づいてくる光。


 光輝は「ええい、ままよ!」と光に飛び込んで――


「がぼっ!? うごごおおっ!?」


 気管に入り込んだ大量の水に、パニックとなった。


(い、息がっ、できない!? み、水!? 水中!?)


 そう、飛び込んだ光の先は水中だったのだ。視界の端に、輝く陽の光と、美しく揺らめく水面が見える。


 だが、そんなものを堪能する余裕など微塵もない。碌に息を吸っていなかった上に、いきなりむせ込んだせいで大量の酸素を吐き出してしまった。既に意識はレッドアラート状態。召喚直後に溺死とかシャレにならない。


 必死にもがきながら水面へ上がろうとする光輝だったが、徐々に視覚が暗く閉ざされていく。意識が落ちようとしているのだ。


 もはやまともな思考も難しくなる中、不意に、水面が乱れた。


 ボーとした頭が、辛うじて人が飛び込んできたのだと理解する。


 差し込む光が、その人物を照らした。


 白く長い髪。チョコレート色の肌。意思の強そうな鋭い目元に、翡翠の瞳。年の頃は自分より少し上だろうか。抜群のスタイルを露出の多い服で包み、体には不可思議な紋様がペイントされている。


(きれいだ……)


 もはや手足を動かすこともできない光輝は、ただ呆然とそんなことを思った。


 直後、その女性は光輝をひっ掴むと、もの凄い勢いで水面へと上がり出す。飛び出るまで一瞬だった。


「がはっ、げほっ、ッッ」

「無事か? しっかりしろ! ほら、吐き出せ!」


 豊満な胸元に抱えられながら、光輝を助けた女性は見た目に反して男らしい口調だった。


「げふっ、あ、ありがとう。た、助かった……」

「気にするな。まさか、泉の底に現れるとは知らなくてな。少し遅れた。すまない」


 苦しそうに咳き込みながらも礼を言った光輝に、白髪褐色肌の女性は、その鋭い目元を少し和らげた。


 その言葉から、どうやら光輝がここに現れること自体は把握していたが、それがまさか水中とは予想外だったことが窺える。


 更に言えば、召喚される前に降ってきた声と、彼女の声は全く違う。


(召喚されたことは間違いないんだろうけど……。この人は召喚者じゃないみたいだな)


 思考力が戻ってきた光輝がそんなことを考えていると、耳にざぶんっという水に飛び込む音が無数に聞こえ出した。


 見れば、複数の男性や女性が「陛下、ご無事ですか!」とか、「そういうことは我等にお任せください!」とか、「いきなり飛び込むとか、何を考えてるんですか!」などと怒声が響いてくる。


「一刻の猶予もなかったんだ。仕方ないだろう? それより、彼を早く引き上げてあげよう」

「ああ、もうっ。帰ったら説教ですからね! さぁ、勇者様。私に掴まってください」


 どうやら、光輝を助けた女性は陛下――つまり、どこかの国の女王様らしい。女王自ら飛び込んで救助してくれたという事実に恐縮しつつ、手を貸してくれた体格のいい歴戦の戦士といった様子の初老の男性に掴まる。


 周囲を見れば、みな同じ褐色の肌だった。もっとも、白い髪は女王様だけだったが。


 岸に引き上げられた光輝は思わず座り込む。そんな光輝の前で仁王立ちした女王様は、滴る水を気にした様子もなく、力強い眼差しを向けて口を開いた。


「さて、とんだ初対面となってしまったが、取り敢えず、自己紹介と行こう。私はモアナ。モアナ・ディ・シェルト・シンクレア。シンクレア王国の女王なんてものをやっているよ」


 部下らしき人達が、「女王なんてものってなんですか」と頭の痛そうな表情になっている。


 それらを丸っと無視したモアナは、ちょっと迷ったような表情となった。


「尊大な口調だと思うだろうが、立場上、板についてしまってな。気になるというなら、できるだけ丁寧な話し方にするが……」

「あ、いえ、そのままで大丈夫です」


 光輝が咄嗟にそう言うと、モアナは安心したように肩から力を抜いた。


 そして、


「そうか。助かるよ。では改めて、ようこそシンクレア王国へ。〝全ての命の母〟〝大いなる恩恵の意思〟――フォルティーナの御遣いよ。貴方の存在が、我等の救いとなることを願っている。よろしく頼むよ」


 そう言って、そっと手を差し出した。


 女性らしい手つきだが、よく見れば掌には剣ダコっぽいものが沢山ある。肌にも、小さな傷があちこちについている。彼女は戦う者だ。女王自ら戦うことが普通のことなのか、それともそうしなければならないような事情があるのか……


 召喚されたからには、救いを求められたからには、相応の厄介な事情があるのだろう。


 まぁ、それはそれとして、取り敢えず、これだけは聞いておかねばなるまい。


「その神様っぽい人、本当に大丈夫ですか?」


 よもや、人を玩具にして楽しんじゃうラスボスだったりしませんよね? という光輝の問いかけは、


「んん??」


 当たり前のことだが、女王様を混乱させただけだった。




いつもお読み頂ありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。


光輝編です。

取り敢えず、以前チョロッと出た女王様と口調が違う!と思われた方もいるんじゃないかと思い、一応、素はあっちの口調なんだよ、という補足説明をさせていただきます。

光輝編そんなに長く続けるつもりはないんですが、続いたらごめんね。先に謝っておく。


さて、GWですね。

なろう民のみなさんはどう過ごされるのでしょうか。

某ボッチ村に心は入村している白米は、きっと積みゲー処理に追われることでしょう。

できれば、GW企画で短編でもアップしたいところです。

なにはともあれ、なろう民の皆さんがGWを楽しまれることを祈っております。


PS

「頑固王女リリィ」三度目の世界の→二度目の世界の に修正しました。

ご指摘、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
おお、光輝くんがちゃんと学習してる!?
[一言] シムランカの勇者…(中の人ネタ)
[良い点] 以前書く気はないと言いつつ結局光輝編書くんですねw 好きだから全然OKだけど
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