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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅡ
254/539

ありふれたアフターⅡ 香織&ユエ編 どうも、私が魔王村の村長です


 ひゅるりと風が吹く街道。背の低い雑草が小さな葉擦れの音を鳴らし、巻き上げられた土埃がふわりと舞う。


 その土埃の向こうに、二つの人影が見えた。


 一人は村娘の格好をした少女で、もう一人は見習いシスターの格好をした少女だ。なんだかヨタヨタしている。というか、見習いシスターの方は完全に村娘の背に負ぶわれた形でぐったりと身を預けているようだった。


 村娘の方も見習いシスターを背負いつつ、壮麗な剣を杖代わりにして歩いている。「ぜぇぜぇ」という荒い息が遠目に聞こえそうなほど肩で息をしており、ここが村同士をつなぐ街道でなければ山中の遭難者と見紛いそうである。


 服装もまた、その印象に拍車をかけていた。二人ともボロボロなのだ。辛うじて重要箇所は守られているものの、ワンピースの裾部分は斬新すぎるミニスカ状態になっているし、袖部分も強制ノースリーブ状態で横から見た場合の胸元が少々危険な感じになっている。


 白く滑らかな素肌がかなり露出しており、その部分は土埃でところどころ汚れていて、二人の髪もどこかボサボサした感じだ。


「……うぅ。すまないねぇ、香織さんや」

「ユエさん、それは言わない約束でしょう?」


 背負われている見習いシスター――改め頭のおかしいシスターユエが、ぐったりしながらもネタを振る。ずり落ちてきたユエを、よいしょっと背負い直しつつきっちりネタ返しするのはもちろん、村長の残念な娘であるカオリだ。


 さて、どうしてこの二人がこうまでボロボロなのか。


 それは始まりの村〝あああああああ〟近辺で、野生の戦乙女との戦闘を制した後から現在までの出来事が原因だ。端的に言うと、


――野生のオーディンが現れた!

――野生のゼウスが現れた!

――野生の素戔嗚尊(スサノオ)が現れた!

――野生のインドラが現れた!

――野生のアルテミスが大挙して現れた!

――野生のゾロアスター神話がまるごと現れた!

――野生のオーディンが息子と戦乙女を連れてリベンジを挑んできた!

――野生のゼウスがインドラと肩を組んで現れた!

――野生のいあ! いあ! ますたぁ! ふたぐ――


 以上のラインナップが始まりの村周辺のモブということで、大体のところお察しである。神話の乱れ打ち、節操なしここに極まれり。というか、いくらストーリー未定の動作確認段階とはいえ、敵の設定が適当すぎるというものだ。


 もちろん、その強さも名に恥じないもので、戦乙女が可愛く思えるほどの強さを誇っていた。彼らの固有の武具もきちんと装備されており、ユエと香織の阿吽の呼吸を地でいく連携がなければ速攻で終わっていたことだろう。


 最後の方で出てきた名状し難い何かについては、ユエも香織も戦闘中の記憶があんまりない。思い出そうとすると、まるで本能がそれを止めるように頭痛がして思い出せないのだ。ただ、とにかく死にもの狂いで滅したという感覚だけが残っている。


 あれは一体、なんだったのか……


 そんなわけで、死闘に次ぐ死闘を繰り広げ、精も根も尽き果てる寸前となっている――というのが、ユエと香織の現状なのだった。ユエに至っては魔力枯渇状態で回復アイテムも使い切り香織に身を任せている有様である。


 次の村のセーブポイントに向けてヨタヨタと街道を進むこと少し。互いにネタや軽口で疲労を誤魔化していると、


「……ん? 香織」

「うん、何か来るね。でも、これは……」


 背後から迫ってくる気配に香織の足が止まった。振り返ってみれば、進んできた街道の先に土埃が舞い上がっているのが見える。一瞬、「また、野生の神様か!?」と思ったユエと香織だったが、それが杞憂だということは直ぐに判明した。


「荷馬車、だね」

「……ん」


 香織の言うとおり、街道を走ってくるのは栗毛の馬二頭に引かれた荷馬車だった。御者台には手綱を持つ小太りの男の姿も見える。


 ユエは念の為にと香織の背から降り、二人は道を空けるために街道の脇に下がった。


 そう時間をかけることもなく、荷馬車はユエ達のもとへやって来た。御者台の男がユエと香織に気がついたようで「おや?」という表情になる。男は手綱を引いて減速すると、二人の傍で荷馬車を止めた。


「おやおや、お嬢さん方、こんな場所でどうされました? この辺りは比較的安全とはいえ、若い娘さん二人とは些か不用心ですぞ?」


 声音や表情からして悪意は感じられない。この周辺が安全という正気を疑うべき言葉が聞こえたが、それを脇に置いておけば、純粋に村娘とシスターが二人っきりで街道をうろついていることが不思議で、かつ、心配だという感情が伝わってくる。


 どうやら何らかの強襲イベントではないようだと、ユエと香織は顔を見合わせて頷いた。


「ええと、私は〝あああああああ〟村の……村長の娘で、隣の村に行くところなんです」

「おお、そうでしたか。〝あああああああ〟村の村長の残念な娘さんでしたか。私は行商人のサラニー・ユンケルです。隣の村なら、私も今から向かうところです。よければ乗っていきますかな?」


 どこかで聞いたことのある苗字の行商人さんが親切にもそう申し出てくれた。行商人にも自分は〝残念〟だと伝わっていることにそこはかとなく残念な気分になった香織だが、ここで馬車移動できるのは正直かなり嬉しい。


「ユエ、どうする?」

「……たぶん、ゲーム上のお助けイベントみたいなものだと思う。荷台に乗ってるのも序盤の回復アイテムとか装備だし」

「じゃあ問題ないね。ついでにアイテム購入とかできるかな?」


 相談の結果、実際に物資不足と体力・精神力の回復が必要という意味でも、助かることに変わりはなかったのサラニー商人の申し出を受けることにした二人。人の良さそうな微笑みを浮かべて、「どうぞ、どうぞ。荷台にお乗りなさい。欲しいものがあればお売りしますよ」と申し出てくれるサラニー商人の言葉にも甘えることにする。


 そうして出発した荷馬車。しばらく、回復アイテムの購入・使用をして回復に努め、活力が戻ってきたところで二人して「ふぅ~~~」と一息吐く。


「どうにか切り抜けた、のかな?」

「……ん、だと思う。というか、そうであって欲しい。そうじゃないなら、ハジメが鬼畜すぎる」

「アハハ……流石に、仕様じゃないでしょう? 壊れちゃってるんだよね? ね?」

「……ん。間違いない」


 二人して、最愛の人の正気を少しばかり疑ってしまったが、一段落ついたのだろうと結論し体を弛緩させる。そして、回復アイテムの購入を終えたユエは、がさごそと荷台を漁り衣類を見つけ出した。


 売っているものの中で二人が装備できるのは、やっぱりシスター服と村娘の服しかなかったが、半脱げ状態の服よりずっとましだ。直ぐに購入してぱぱっと着替える。


 着替えもアイテムの補充も終わり落ち着いた二人は、荷台の後ろに並んで腰掛けて、足を外に投げ出しぷらぷらする。カタカタと小刻みに伝わる振動が心地いい。


「……そう言えば、香織。どこまで解放された?」

「あ、そう言えばもの凄い勢いでレベルアップしてたね。分解能力も復活したし、かなり解放されているんじゃないかな? 余裕なくて確認してなかったけど」


 そう言って、香織は個人情報画面を呼び出した。合わせてユエも自分の情報を呼び出して互いの使える力の確認作業を行う。


============================

名前:ゆえぽん

階級:75 / 次の解放まで残り2880

職業:シスター

称号:名前を呼んではいけないシスター

技能:無詠唱 想像構成 全属性適性 複合魔法 高速魔力回復

魔法:炎魔法 風魔法 光魔法 水魔法 土魔法 氷魔法 雷魔法 闇魔法 重力魔法

   ※各魔法名省略

装備:見習いシスターの服一式 ルルイエ異本

特記:指名手配犯

所持金:5,546,030

============================

============================

名前:カオリ

階級:72 / 次の解放まで残り1880

職業:村娘

称号:村娘という名の何か

技能:村娘流双大剣術 村娘流近接格闘術 

魔法:村娘流身体強化魔法 村娘流分解魔法 村娘流翼 村娘流神速

装備:村娘の服一式 グラム 天叢雲剣

特記:ゆえぽんの共犯者

所持金:4,874,005

============================


「……」

「……」


 ツッコミどころは確かに多い。きっとバグのせいだろう。だが、どうしても看過できない点が一つ。


「ユ、ユエ? こ、これって……」

「……ま、まって。ちょっと、まってっ」


 珍しくもテンパった様子のユエが自分の体をペタペタと触ってボディチェックをする。特に異変はなく、僅かにほっと息を吐いた。その直後、傍にある箱の上に乗せていたユエのボロボロのシスター服が、特に大きな振動もなかったのに不自然にずり落ちた。そして、パサッではなく、ゴトッという音を立てる。


「……」

「……」


 ユエと香織はピクリとも動かず、ボロボロのシスター服を見つめる。妙な膨らみから視線が逸らせない。


 馬車がカタカタと小さな振動を伝えながら進む。徐々に、少しずつ、シスター服が振動でずれていく。


 確かなことは、香織に背負われている間、ユエは衣服以外の一切を持っていなかったということと、先の戦闘で香織が強奪した伝説の剣以外、奪ったものはないということ。そして、先程服を脱いで箱の上に置いたとき、そこに膨らみを示すような〝何か〟などなかったということ。


 ずるり、ずるりと馬車の振動に合わせてずれていくシスター服。


 そうして、遂に、その隙間から、奇妙な色をした背表紙らしきものが……


「そぉおおおおおいっ!!」


 ユエの雄叫びが迸る! きっとおそらく、見てはいけないそれが全貌を見せる前に、渾身のキックが炸裂した。まるでプロのサッカー選手のような綺麗なケリ足は、これまた綺麗にシスター服と中身の何かをかっ飛ばした。


 草むらに落ちて姿が見えなくなると、無意識に止めていたらしい息を盛大に吐く。


 そして、あせあせと手を動かして個人情報画面を確認すると、


============================

名前:ゆえぽん

階級:75 / 次の解放まで残り2880

職業:シスター

称号:名前を呼んではいけないシスター

技能:無詠唱 想像構成 全属性適性 複合魔法 高速魔力回復

魔法:炎魔法 風魔法 光魔法 水魔法 土魔法 氷魔法 雷魔法 闇魔法 重力魔法

   ※各魔法名省略

装備:見習いシスターの服一式 

特記:指名手配犯

所持金:5,546,030

============================


 と、なっていた。


 ユエと香織は互いに顔を見合わせると、コクリと頷き合った。


「……それで、香織。相変わらず回復系や捕縛系、防御系の魔法は使えない?」

「うん。私の本領はそっちのはずなんだけどね。でも、分解と神速が使えるだけでも十分だよ。奪った剣は凄く切れ味いいし。ユエは、まだ重力魔法だけ?」

「……ん。次は空間魔法であることを祈る。あるかないかで全然違う」


 蹴り飛ばした〝何か〟についてはなかったことにしたらしい。きっと精神衛生のためだ。可能な限りSAN値は守らなければならない。


 しばらくの間、二人は何かを忘れようとしているかのように、互いの能力について話し合い、連携の確認などをすることで時間を費やしていった。


 どれくらいそうしていたのか、ようやく気分も晴れて馬車の振動が眠気を誘うほどになってきたころ、不意に魔力を感じてユエが反応した。


 発信源はすぐ近く。そう、御者台からだ。自分達に向けられたものではなく、別のどこかへ流れていった。


「……商人さん。今、何かした?」


 ユエの問いに、サラニー商人は何故かびくっと小太りの体を揺らす。そして、貼り付けたような笑顔で振り向く。


「いえ、大したことではありませんよ。それより、次の村までは、まだまだかかります。今の内に横になって体を休めておいた方がいいですよ」

「……そう」


 ユエは相手の表情から心情を読み解くのが比較的得意だ。元王族であり、手痛い経験もあるが故に。であるから、サラニー商人の言葉が本心でないことも直ぐに分かった。


 なんともキナ臭い。お助けイベントではなかったのか……


 そんなユエの疑心を察したのか、サラニー商人の額に汗が浮き始める。


 ユエのジト目がサラニー商人に突き刺さる。凄まじいジト目だ。素晴らしいジト目だ。


 サラニー商人が滝のような汗を流し始める。


「本当ですよ? 商人、嘘吐かないです」

「……そう」

「いや、本当に時間かかります。嘘じゃありません。私に嘘を吐かせたら大したものです」

「……そう」

「……お休みになられてはどうですか?」

「……そう」

「……」


 今やサラニー商人の小太りな顔面は噴水のような汗にまみれて大変なことになっている。


 流石に、これはいよいよおかしいと、香織もグラムと天叢雲剣に手をかけて警戒を強めたそのとき、


「……っ!? 香織!」

「へ?――きゃっ!?」


 ユエの焦燥に満ちた警告の声が発せられると同時に、香織の首筋からギンッという硬質な音が響いた。それが急迫していた凶刃と、間一髪で間に合ったユエの防御魔法が衝突した音であることに気がついた途端、香織は悲鳴を上げつつも村娘流神速を使って馬車から飛び降りた。


 刹那、先程まで香織がいた空間を逆サイドから強襲した刃が通り過ぎる。


「ふむ、この俺の隠形に気が付いた上に、追撃までかわすか……。なるほど、一筋縄ではいかないらしい」


 飛び降りた香織の隣に、ユエがすたっと着地する。突然襲ってきた敵は、香織に第二撃を放つと同時に、ユエに対しても攻撃していたらしい。それをかわして馬車から飛び降りたのだ。


 馬車の荷台から自分達を見下ろす黒い人影に、ユエと香織はぽか~んと口を空けて呆けている。香織の感覚をすり抜けた奇襲性といい、流れるような連続攻撃といい、呆けている場合ではないのだが……しかし、現れた人物が意外すぎたのだ。


「よ、よかった! ようやく来てくれましたか! あいつらです! あいつらが指名手配犯のゆえぽんとカオリです! はやく捕まえてください!」

「商人殿。よくぞ魔道具を使って通報してくれた。それどころか逃亡しないようここまで連れてきてくれるとは……貴殿の勇気に感謝を。後は俺に任せて、先に行け!」

「はい、ご武運を!」


 どうやら、そういうことらしい。この商人様、最初からゆえぽんとカオリが犯罪者だと気が付いていて、知らないふりをしながらボスキャラ(たぶん中ボス)のもとへ誘導するためのキャラだったようだ。


 なんという裏切り。だが、よくよく考えると指名手配犯なので妥当な扱いと言えばその通りだ。どこまでもついて回る因果応報。


 回復アイテムなどを購入できたのは、言ってみればボス部屋の前の回復機能付きセーブポイントみたいなものだったのだろう。もちろん、セーブはできないが。


 だが、そんなことよりも重要なのは、目の前の人物についてだ。


 そう、何故か小太刀を持った両腕をクロスさせ、半身に構えながら無意味に何度かターンを入れている黒装束の人物。とても見覚えがある。サングラスをしているけど、すごく見覚えがある。


「よく聞け、犯罪者ゆえぽん! 共犯者カオリ! 俺が来た以上、ここが貴様等の終点だ。己の不幸を嘆きながら、この名、骨身に刻め! 我が名はアビスゲート! 魔王村四天王が一角にして、お医者さん見習い! 貴様等を葬る男だ!」


 はい、アビスゲートさんでした。


 魔王村四天王って何だとか、医者見習いのくせに〝葬る〟とかどうなんだというツッコミは取り敢えず置いておいて、香織はこそこそとユエに耳打ちする。


「ユエ、どうして遠藤くんがいるの? あの感じからすると深淵さん状態だよね? 本物? プログラム?」

「……そう言えば、前にハジメに呼ばれて家に来たエンドウが、しばらくした後、泣きながら飛び出して行ったことがあったような」

「あ、察した」

「……ん。『南雲の馬鹿野郎ぉおおおおおっ』って言いながら出ていくエンドウを、居た堪れない表情をしたハジメが『すまん! 流石にやりすぎた! 俺までダメージが入った!』って言いながら追いかけていたから……」


 ちなみにアビスゲートはハウリア訓練モードの四天王的ボスである。もちろん、プログラムだ。常時深淵卿状態だが。


「ふっ、相談は終わったか? せいぜい知恵を絞り、持てる力の全てを振るうがいい。でなければ、瞬く暇もなく深淵が全てを呑み込むぞ?」


 ターン入ります。サングラスくいっ入ります。腕クロス入りまーーす!


「……エンドウ。どこまでいく」

「私、改めて思ったよ。孤軍奮闘するエミリーちゃん半端ないって」


 きっと今もハウリア矯正計画を練っているであろうアビスゲートのいじらしい恋人に、ユエと香織は心の中で涙を流しながら敬礼を送った。


 最近では、一生懸命厨二を止めさせようとするその行為自体がハウリア族の娯楽になっており、彼等のエミリー愛がどんどん高まっていたりするのだが……「最近、ちょっとマシになってきた気がする!」と喜ぶ純粋なエミリーちゃんは気が付いてない。


 遠い目になって、何度か家に遊びに来たり、相談しに来たり、愚痴りに来たり、相談しに来たり、泣きついてきたり、相談しに来たことのあるエミリーを思い出すユエと香織だったが、


「では、断罪の時間だ。コウスケ・E・アビスゲート――推して参る!」


 その言葉と共に蜃気楼の如く気配が消えたことで一気に我に返った。


 ほとんど、無意識だった。濃密な戦闘経験のなせる業だろう。気が付けば、香織は抜刀した天叢雲剣を背後に回していた。


 刹那、金属音が響き、軽い衝撃が香織の腕に奔る。


「やぁっ」


 短い気合いの声と共に繰り出されたのは、防御と同時に抜かれていた神剣グラムによる横薙ぎの一撃だ。神速により時間を短縮された攻撃直後の一撃は、普通ならカウンターの極みとなって相手を両断したことだろう。


 しかし、香織が繰り出した一撃は虚しく空を斬るに終わった。それどころか、視界に映るのは黒一色の何か――否、アビスゲートの蹴り足だ。攻撃の瞬間に宙に身を躍らせて、空中回し蹴りを放ったのだろう。


 トリッキーな動きに意表を突かれるも、香織は、咄嗟に頭を下げて回避する。が、その下げた頭の下から、アビスゲートの逆足が迫った。


「――深淵流暗殺体術・脚撃之型 飛燕煉脚(深淵の鳥は三度蘇る)


 空中で上半身のバネを使い捻ることで、三連続の蹴りを繰り出す技だ。


 香織が目を見開く。回避は可能だ。だが、ギリギリ、顎に掠るかもしれない。そうなれば、おそらく次手を持つであろうアビスゲートの前に、脳を揺さぶられた状態で放り出されることになる。


「――【波断】!」

「むっ」


 仰け反るようにしてアビスゲートの第二脚撃を回避しようとした香織の横合いから、超圧縮された水のレーザーが飛来した。空中にあるアビスゲートへ一直線に走ったそれは、しかし、不自然にも真横へスライドした彼の脇腹を掠めて通過してしまう。


 見れば、アビスゲートの黒手袋から伸びた鋼糸が、いつの間にか地面に突き刺さっている苦無と彼の胴体を繋いでいる。どうやら、緊急回避のため鋼糸を引いて空中移動したらしい。


 受け身を取りながら着地したアビスゲートに、神速で接近した香織が神剣グラムによる唐竹割を繰り出した。轟ゥ! と風を唸らせて振り下ろされたそれは、アビスゲートを容赦なく真っ二つにした――


「甘い」

「あ!?」


 と思われた瞬間、真っ二つになったと思われたアビスゲートは二人に分身して香織の脇を左右から駆け抜けてしまう。


 そのアビスゲートを狙い撃つべく風刃の連射をしようとしたユエだったが、それより速く投擲された苦無がユエに迫る。しかも、これまたいつの間にかユエの背後に投げ捨てられたいたらしい別の苦無が、アーティファクトの特性として主の元に戻るべく飛んでくる。


 前後から挟撃される形で狙われたユエは、咄嗟に重力魔法で飛来する苦無を回避した。だが、アビスゲートの狙い通り攻撃魔法は中断されてしまい、彼の接近を許してしまう。


「させないよ!」

「だから、甘いと言っている」


 片方のアビスゲートに銀羽による散弾を、もう片方のアビスゲートには背後からの剣撃を叩き込もうとした香織だったが、銀羽の散弾はポンッと現れた分身体がその身を盾にして防いでしまった。


 そして、香織の方は突然足首を掴まれたことでバランスを崩し、転倒だけは避けたもののユエに迫るアビスゲートを逃がしてしまう。


 足元を見れば、


「――土遁・深淵流砂」


 ドヤ顔で技名を口にするアビスゲートが、地面から顔と腕だけを出している姿があった。その手はしっかりと香織の足首を掴んでいる。いつの間にか、地面の下に分身体を潜ませていたらしい。


 何故か妙にイラッと来た香織は、天叢雲剣によって雑草を刈るように、アビスゲートの顔半分と腕を輪切りにした。ポンッと消えるアビスゲートさん。そこもまた何だか腹立たしい。


 ユエの方に迫っていたアビスゲートは、接近を妨げるため加重域を広げた超重力の空間に正面から突っ込んだ。普通なら尋常でないプレッシャーに圧し潰され、そのまま地面の染みになっていることだろう。


 だが、アビスゲートとて重力魔法の使い手。その身に黒い靄を纏うや否や、何事もなかったように突っ込んでいく。


「……でも、エンドウに重力魔法の多重発動はできない」

「さよう。だからこうする」


 アビスゲートが超重力攻撃を中和してくることはユエとて承知のこと。狙いは、使用された場合に一番危険な重力魔法を中和に使わせることで封じることだった。それ以外の魔法なり物理攻撃なら、いくらでも対処できると踏んだのだ。


 が、それはアビスゲートがユエに対し、直接攻撃の意思があった場合の話。


「――土遁・深淵大流砂」


 地面に小太刀が突き刺さると同時に、半径十メートルほどが一気に陥没する。流砂と化した地面が、ユエの超重力空間によって押し潰されたのだ。バランスを崩し、立て直そうにも足元は沈んでいくばかり。


 僅かに作られた隙。それをアビスゲートの本体は逃がさない。


 ぬるりと、ユエの背後から剣閃が迫った。気配は感じなかった。いつの間にか、銀羽の散弾を撃たれていたアビスゲートを意識から外していた。急迫していたアビスゲートは二人だったと、確かに認識していたのに!


 ユエの目が見開かれる。空間魔法に縛りをかけられた今、瞬時空間転移〝天在〟は使えない。


「これでおわ――おふっ!?」

「……んん!?」


 こんなところで一撃もらうのか……そう思われた瞬間、飛来した天叢雲剣がユエの頭皮をちょびっと斬りながら、背後のアビスゲートに突き刺さった。


 辛うじて急所だけは避けたようで、肩に直撃を食らいつつ吹き飛んでいくアビスゲート。


 銀翼を展開し飛翔していきた香織が、流砂の中からユエを連れ出す。


「大丈夫、ユエ?」

「……大丈夫じゃない。脳天を薄く斬られた。香織に斬られた」

「ご、ごめんなさい。重力魔法が思っていたより強くて下にずれちゃった。魂魄に影響ある?」

「……ぅ。特にない」

「良かったぁ。取り敢えず、回復薬かけとくね?」


 ちょびっと涙目になって、両手で自分の頭を押さえるユエ。そういえば昔、ハジメと出会ったころ、魔物に操られた自分を躊躇いなく撃ったハジメの弾丸に頭皮を削られたことがあったなぁと思い出す。


 ハジメも香織も私の頭皮に容赦がないと、ユエは微妙な愚痴を内心で零す。もっとも、助かったことは助かったので礼の言葉は忘れない。


「それにしても、直接戦ったのは初めてだけど……遠藤くん、厄介だね」

「……ん。自分の特性を完全に生かし切ってる。本気のハジメ相手に、傷をつけられるのは伊達じゃない」


 肩から天叢雲剣を抜いているアビスゲートを見やりながら、ユエと香織は神妙に感想を言い合った。


 二人して、互いのカバーがなければ致命の一撃をもらうところだったのだ。


 恐るべきはその隠密性。正面からぶつかり合っているにもかかわらず、いつの間にか意識から外れるという異常。気配遮断などというレベルではない。気配、否、存在の消失ともいうべき神技。……本人が望んだものではない、先天性というのが何とも悲しいが。


 かつて、アビスゲートは言った。全身全霊をかけても、魔王には傷一つつけるので精一杯。嫁達にすら勝てない、と。


 それは確かに間違っていない。リリアーナや愛子といった例外を除いて、本気でやり合えば、アビスゲートはユエにも、香織にも、シアにも、ティオにも、そしてギリギリだが雫にも勝てないだろう。


 ただし、そこには、こう注釈が付く。


 ユエの場合、自動再生をフル活用してのごり押しなら、と。


 香織の場合、使徒モードによる周囲への影響を無視した分解能力フル活用なら、と。


 シアの場合、身体硬化と血流操作を使った刺し違え戦法なら、と。


 ティオの場合、黒神龍モードでの広範囲殲滅なら、と。


 雫の場合、限界突破状態で、黒刀数百本の剣界を作れるなら、と。


 そう、誰も、歴戦のチート集団でも、アビスゲートの隠形戦法と最大の切り札――分身体千人による波状攻撃が相手では、まともな戦いにならないのだ。チートらしく、周囲一帯をまとめて吹き飛ばすか、スペックによるごり押しでなければ、自分の力を発揮する前に敗北する可能性が高いのである。


 故に、魔王の右腕。故に、さりげなく人類最強格。


 改めてその厄介さを突きつけられたユエと香織の表情は渋い。


 そんな二人に向かって、「ふっ」と笑うアビスゲート。第二ラウンド開始だと言いたいのだろう。分身体が出現した。先程より増えている。深淵が深まるに連れ、言動の痛さと能力が上がっているのだ。


 本当に厄介な敵役だ。


 なので、広域殲滅に入ります。


「む? どこに行く?」


 アビスゲートが見上げる視線の先に、飛び上った香織とユエの姿。その手にはたんまりと購入した魔力回復の薬品がいっぱい。


 次の瞬間の出現したのは、五天龍とおびただしい数の銀の羽。更に、その上に銀色の太陽と、蒼炎の太陽が出現。


――ごり押しでなければ倒せない。逆に言えば、ごり押しできる環境なら割と簡単に倒せます。


「……ゲームでよかった」

「だね」


 現在進行形で増えていく銀羽と、空爆用の炎弾。唸る五天龍と肥大化していく蒼炎と銀の太陽。


 それを見たアビスゲートは、


「いや、それはちょっとダメじゃない?」


 次の瞬間、地上に世紀末が顕現した。





 地獄の風景と見紛う飽和攻撃により耕された大地に、ぷすぷすと煙を上げて倒れ伏すアビスゲートの姿があった。敵役らしく赤い粒子を散らしている。完全にノックアウトされたらしい。


 そんなアビスゲートの傍らに降り立ったユエと香織が、様子を窺うように頭の方へ周り込む。


「……ピクピクしてる」

「あれだけやって原型を留めているのがすごいね」


 現実だったら消し飛んでるのにね、と香織が可愛い顔してギャングのようなことを言う。


 そんな二人に、ゲーム仕様なので辛うじて意識のあるらしいアビスゲートが視線を向けて口を開いた。


「クックックッ、俺は四天王の中でも最弱。魔王村の面汚しよ……」

「え、それ自分で言っちゃうの?」

「……ハジメ、惨い」


 設定したであろうハジメさんマジ鬼畜、とユエが心の中でつっこむ。きっとバグのせいなのだ。


 アビスゲートは最後の力を振り絞るようにして、震える腕を突き出した。


 最後に何かする気かと警戒するユエと香織だったが、アビスゲートは指先を街道の先へと向ける。


「あの街道沿いの森を迂回したら魔王村が見えるよ」


 どうやら道案内してくれたらしい。


 パタリと腕が落ちる。アビスゲートはさらさらと消えていった。


「取り敢えず、行こっか」

「……ん」


 二人は歩き出した。後ろは振り返らない。


 街道を進むこと五分ほど。森を迂回すると、アビスゲートが言った通り、木製の柵で覆われた長閑そうな村が見えた。


 和やかな雰囲気の、小規模な村だ。始まりの村の次の村に相応しい景観だ。


 木製で作られた可愛らしいアーチ状の入口の前に、変な人達がいなければ。


「……」

「……」


 何となく、行きたくないなぁという気持ちを共有するユエと香織。だが、あちらさんは見ている。凄く見ている。


 そう、可愛らしい木製アーチの入口の柱に背を預け、腕を組んで何故かニヒルな笑みを浮かべているウサミミと、仮面ピンクと、村なのに何故かいる黒竜と、その背に乗って大魔王みたいな笑みを浮かべている男が、凄くユエと香織を見ていた。


 取り敢えず、近くまで行ってみる。


 男からゴゴゴゴッという音と凄まじいプレッシャーが発せられる。肌が粟立つような雰囲気が辺りに漂う。戦場の風がぬるりと流れた。本物と遜色ない化け物じみた気配。相対した時点で、敗北どころか死を予感させられる。


 間違いない、ラスボスだ。魔王だ。


 否応なくそう理解させられる中、やって来たユエと香織に、魔王は挑戦者を嘲笑うような表情で口を開いた。


「どうも、私が魔王村の村長です」


いつも読んで下さりありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。



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― 新着の感想 ―
さすが遠藤! タイマンならさりげなく人類最強格! そこにシビれる憧れるぅ! 最後に待ち構えるハジメカッコよすぎるwww
アビスゲート卿、再誕!! 凄いぞ、人類最強!!
[良い点] 「気になる点」の続きとして、でも、嫁〜ズと遠藤くんの戦いは、今後も興味の尽きないバトルですので、またいつか観たいです、読みたいです、という気持ちが湧いた点。 [気になる点] 遠藤くん、人間…
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