ありふれたアフターⅡ ティオ編 世界観を間違えた
天空に浮かぶ島の隅っこで、三角座りをする魔王がいた。
ハジメだった。
「こうなることは分かっておったじゃろうに……」
煤けた背中、死んだ魚のような瞳、綺麗な三角座り。絵にかいたような〝落ち込む人〟を体現するハジメに、ティオが呆れた表情でいう。
「ぐぅ」
ぐぅの音は辛うじて出た。そんなハジメに、ティオは再び呆れつつも失笑した。普段とは逆転した在り方に、二人を知る誰かがいればきっと我が目を疑ったに違いない。
「ほれ、ご主人様よ。そろそろ復活しておくれ。島が浮く原因を調べに行くのじゃろ?」
ティオがハジメの隣にちょこんとしゃがみ込む。慰めるように、微笑みながらハジメの顔を覗き込む。ハジメはチラッとティオを見た。ついで、チラッと肩越しに背後を見やる。
そこには、白目を剥いて気絶する何体かの竜と、それをツンツンして安否を確かめている仲間の竜、そして、ティオとハジメを戦々恐々とした様子で見つめている竜達がいた。気絶組は言わずもがな、魔王流百八の嫌がらせ技の一つ〝いないいないまおう!〟の犠牲竜だ。
「俺のことは置いて、あいつらを構ってやれよ。俺はな、俺という阿呆な存在に、心底愛想が尽きたんだ」
「まぁ、確かに、かなり大人気なかったのぅ」
「ぐふっ。駄竜如きにそんなことを言われるとは……鬱だ。死にた……くはないけど、引きこもりたい」
「それだけ精神にダメージを負っておるくせに、なんと自然な罵倒か。んんっ」
ティオは頬を赤らめてイヤンイヤンした。
背後で仲間をツンツンしていた竜が「おや?」と首を傾げると、一拍、ぎゃうぎゃうと騒ぎ出す。ぎょっとした他の竜達が振り返り、同じように騒ぎ出した。白目を剥く竜の口から、でろんっと舌が零れ落ちている。……ご臨終一歩手前らしい。
「しかし、珍しいのぅ。ご主人様がこうまではっちゃけるのは」
「まぁ、気分がいつもより高揚しているのは否定できないな。こんな、明確な目標も、強大な敵も、仲間の命もかかっていないような冒険は初めてなわけだし」
「男の子じゃのぅ」
「そういうお前も、はしゃいでたじゃねぇか」
「うむ。否定できんのぅ」
また一体、でろんっと舌を零した。更に他の一体は、一瞬だけ目を覚ましたものの、空に向かって前足を伸ばし――パタリッと力を失った。
見る人が見れば分かる。今や、でろんっとパタリッした竜達から白い湯気のようなものがゆらゆらと天へ昇っていく光景が! 彼等が〝いないいないまおう〟でショック死しかけていることが!
「まぁ、取り敢えず、俺の醜態は秘密で頼むぞ? 流石に、ユエ達に知られたら羞恥と自己嫌悪で、俺はリアルヒッキーになる」
ハジメはティオに秘密の共有を約束させつつ立ち上がると、踵を返してスタスタと歩き出す。向かう先は仲間の死にギャウギャウと騒ぐ竜達のもと。
ハジメの接近に生き残りの竜達がギョッとしたように身を竦め、慌てて逃げ出していく。
「ふふふっ、二人っきりの秘密というのも、中々、悪くないのぅ。よかろう。大人げないご主人様の姿は、妾の胸の中にしまっておこう」
「頼むぞ? さて、お前等、勝手に逝くな」
ティオと会話しながら、ロマン溢れる黒いグローブをはめたハジメは、おもむろに空中へ手を伸ばし、何かをむんずっと掴んだ。そして、それをそのまま足元の竜のもとへ叩き込む。
舌でろんっの竜の一体がびくんっと痙攣する。「死体に鞭打ちか!?」と言いたげに、上空へ避難していた竜達が鳴き声を上げた。
お構いなしに、ハジメは他の竜達にも同じように、空中で何かを掴んだあと掌底を打ち込むように、その何かを叩き込む。
「それにしても、近くで見れば余計に分かるが……ほんとうに貧弱ボディだな。ここの竜は」
「うむ。人に対する怯えようといい、汚染された地上といい、この子達にとっては、食料不十分の生き辛い世界であることは間違いなさそうじゃ」
そんなことを話し合いながら、ハジメは黒グローブの手に紅いスパークを奔らせる。バチバチッと音を立て、電撃を程よく纏ったその手を、ハジメはやはり普通に会話しながら無造作に舌でろんっな竜の心臓があると思しき場所へ打ち込んだ。
舌でろんっな竜がびっくんっと震える。次の瞬間、舌でろんっはカッと目を見開いて復活を遂げた!
ハジメは、適当感あふれる、しかし、実は絶妙な調整をされた〝纏雷〟を叩き込んで、他の昇天しかけていた竜達にも電気ショックを与えていく。
ちなみに、空中に手を伸ばしていたのは、魂魄直接おうだ――保護用アーティファクトである黒グローブにより、天に召されかけていた竜達の魂魄を鷲掴んで肉体に戻していたからである。
割と乱暴で直接的な蘇生処置を受けた竜達は、やはりハジメを見てガクブルと怯えを見せる。ハジメは「まぁ、しゃぁない。自業自得だな」と呟きつつ、取り敢えずもやしっ子な竜達に、〝宝物庫Ⅱ〟に保存してあった食料――肉を取り出した。
それを適当に竜達の足元へ投げる。ビクッとしつつも、ハジメと距離が近すぎて逃げるに逃げられない竜達は、しかし、足元から立ち上る匂いに鼻をピクピクさせた。
ハジメのことは気になる。というか、怖い。目を離した瞬間、さっくり殺られるかもしれない……
そう思いつつも、既に彼等の口元からは盛大に涎が溢れ出ている。十秒もしないうちに、その視線はチラッチラッと足元へ向くようになった。
その様子は、まるで〝待て〟をされてお預けを食らっているワンコのよう。
ハジメは苦笑いを浮かべる。
「びっくりさせた詫びだ。竜族のくせに、もやしっ子というのも哀れだしな。好きなだけ喰いな」
そう言って、上空で旋回しつつ様子を窺う竜達の分も含めて生肉を適当に放置し、そのまま引き下がっていく。
顔を見合わせる竜達。襲ってこないのか? このいい匂いのするものは何だろう? 食べていいのかしらん? そんな心の声が聞こえてきそうだ。
飛び上がっていた竜達が、恐る恐るといった様子で降りてきた。そして、肉の塊を見て目を血走らせつつ、大量のよだれを流し始める。竜達は顔を見合わせた。そして、チラリとハジメを見る。
ハジメはティオの横で静かに佇んでいる。自分達の同じ気配を纏う、不思議で優しく、大きな存在の隣に。
やがて、一体の竜がたまりかねたように肉の端っこを齧った。他の竜達が「お、おい。大丈夫か?」と見守る中、一瞬、硬直した竜は、刹那、カッと目を見開いて肉の塊に突貫した。
「ギュゥオオオオワアアアアッ!」
言葉はなくともわかる。それはまさに、歓喜の雄叫び! この世に、こんなに美味いものがあったなんて! まるで、食べ物のお宝や~~ッ!! という心の声が響いてくる。
当然、他の竜達も食らいついた。そして、同じように歓喜の声を咆哮を上げる。
一体、美味さと感動のあまり、白目を剥いて舌でろんっになった。白い湯気のような魂が天に召されていく。ハジメが素早くガシッして、ズドンッと叩き込み、バチバチッして復活させた。竜は再び肉に食らいついた。
「こいつら、死にやすすぎだろう。どんだけ貧弱なんだ」
「なんとも、竜族として情けない……と言いたいところじゃが、この様子だと肉を食うのも初めてのようじゃの。おそらく、こういう浮島に生っている果実やら何やらで食い繋いでいるんじゃろうな。ところで、よくあんなにも肉を持っておったの?」
「ああ。ほら、前にバーベキューしただろ? 人数多かったし、張り切って大量の肉を用意したからな、そんときの余りだ」
「む。待つのじゃ、御主人様。確か、あのとき用意した肉は、相当いい肉ではなかったか? どこぞのブランド物だったと記憶しておるが」
「おう。A5等級の肉だ」
「……初めて食べた肉が、最高級品か。それは昇天してしまってもしかたないかもしれんのぅ」
というか、そんな肉を獣の餌にするな! と生産者の方から激怒が飛びそうな所業である。言い訳するなら、保存食以外で、竜達が食べられそうなものが、それしかなかったのだ。ハジメとしても、少々惜しい気はしていた。
だが、ある意味で散財ともいうべき所業は、現状において意外な結果をもたらしたようだった。
「ん? ……少し、警戒心が薄れたか?」
そう、如何にも「満腹です!」といった満足そうな雰囲気を漂わせる竜達が、チラチラとハジメに視線を向けていたのだ。その眼差からは、確かに先程までの恐怖の色が薄れているように思える。今は、どちらかと言えば困惑の方が大きいだろうか。
「……もしかしてミスったか? まさか、あそこまで人に恐怖心を持っている連中が、食い物一つで変心するとは思わなかったんだが」
「むぅ。この子達が単純すぎて不安しかないのぅ。お菓子をあげるからついておいでと言われてふらふらついていってしまう子供みたいじゃ」
野生の獣が、一度抱いた警戒心をそう易々と解くとは思わなかった。故に、詫びと称して肉を与えたのだが……このままだと、本当に警戒すべき人相手にも、竜達は今までと異なる温い対応をしてしまうかもしれない。
それは結果的に、竜達の命を縮めるに等しい行為だ。故に、ハジメは少々苦い表情となった。
「逆に言えば、食い物一つで警戒心を薄れさせてしまうほど、追い詰められているってことかもしれないが……」
ハジメは溜息を吐いた。そして、何とも言えない表情を晒したあと、一気に気配を変える。
「すまないな。弄ぶつもりはなかったんだが……悪いことをした。きちんと人に怯えておけ」
そう言って、〝威圧〟を解き放とうとした――そのとき、
「「「「「ギャウッ!?」」」」」
突然、竜達が慌てたように踵を返し、森の中へと一目散に駆け出した。
「ご主人様?」
「いや、俺じゃないぞ。まだ威圧はしてない。いったい、どうし――」
ティオがハジメへ、何かをしたのかと疑問顔を向けるが、当然、返ってきたのは否定の言葉。ハジメ自身も、どうして突然、竜達が逃げ出したのかと首を傾げた。
が、次の瞬間には、その原因に気が付いて言葉を止めた。地獄ウサミミのシアなら、あるいは竜達と同じか、もっと早く気が付いただろう、それ。
「なんだ? 何かが接近してきている? 生き物……にしては、なんだこの音」
「む? 妾には何も聞こえんが……いや、今、聞こえたのじゃ。……これは……まるで、モーター音かの?」
「あ、ああ。俺もそんな感じに聞こえるが……」
微かに、遠方より響いてくるキィイイイイイイイッという音。それは確かに、ティオの言う通り、モーター音に酷似していた。そう、機械のあげる音だ。故に、ハジメは困惑を隠せない。
世界を汚染する黒い雨が降り、竜がいて、空に浮かぶ島がある。そんな疑いようのないファンタジーな世界に、モーター音に酷似した音を響かせる何かが、急接近しているというのだ。前提としたイメージが崩れるのも無理はない。
「それにしても、こいつは……」
「速い!」
ハジメの言葉を、ティオが引き継いだ瞬間、甲高い音を引き連れて、それは姿を見せた。
蒼天の空に隠れるようなスカイブルーの色に、丸みを帯びたデルタ型の硬質そうなボディ。下部にはいくつもの細長い筒のようなものが取り付けられている。それが五つ。綺麗に三角形を描く配置で真っ直ぐと浮島へ突っ込んできた。
一瞬にしてハジメ達の上空を飛び去ったそれを見て、ハジメは、
「なんで戦闘機!?」
盛大なツッコミを入れた。
そう、それらは明らかに戦闘機だった。地球に現存するものに比べると、どちらかと言えば近未来系の映画に出てくる宇宙戦闘機に見えるが、ハジメの優れた目は確かに捉えていたのだ。機体前部に取り付けられたコックピットに人が乗っていて、機体下部に取り付けられた筒状のものが、地球のミサイルに酷似していたということを。
「……ご主人様よ。どうやら妾達、世界観を間違えておったようじゃな。これはどちらかというと――SFじゃ」
「なにそのカオス」
地上を汚染する黒い雨が降り、竜がいて、天空に浮かぶ島があり、未来型戦闘機が空を飛ぶ。
確かに、カオスな世界だった。
キィイイイッという硬質な音を響かせて、空に美しい曲線を描く異世界の戦闘機。五機編隊のそれらは、浮島の上を観察するように旋回すると、一度、距離を取った。
「向こうからもこちらは見えているはずだ。なんとかコミュニケーションを取れればいいが」
「取り敢えず、念話で話しかけてみるかの?」
のんきに話し合うハジメとティオ。そんな二人の視線の先で、旋回してきた戦闘機の一機が、不意に妙な光を纏い始めた。いよいよSF――というよりUFOのような存在感を出してきた戦闘機は、森の上を通過する瞬間、光の波紋のようなものを解き放った。
轟音が鳴り響くわけでも、森が吹き飛んだわけでもない。だが、その効果は確かにあったようだ。
キィイイイイイッ
と、そんなモーター音とは異なる硬質な音が耳を打つ。
「っ、これは」
「音波かの?」
思わず顔を顰めたハジメとティオ。咄嗟に、ティオが風の結界で防いだが、それでも頭痛を感じるほどの音の攻撃だ。
当然、結界などなく、ハジメとティオよりも耳のいい竜達にとってはとんでもなく苦痛を感じる攻撃だろう。
「「「「クワァアアアアアッ」」」」
悲鳴のような鳴き声を上げて、竜達が一斉に森から飛び出した。
パニックに陥っているようで、がむしゃらに少しでも浮島から離れようとしている。そこへ、後続の戦闘機からミサイルが放たれた。
高速で接近したミサイルは、竜達に直撃する寸前で破裂すると、そこから投網のようなものを射出した。
大きく広がった網は、竜達が身を捻る暇も与えず覆いかぶさる。その上、落下するということもなく、空中に止まったまま竜達を拘束してしまった。まるで、空中に作られた檻に閉じ込められたかのようだ。
「狩り、か」
「……ふむ。助けんのか?」
責めるような響きはない。ただ純粋な疑問としての問いかけ。ハジメは苦笑いを浮かべる。
「漁師に向かって、『魚を釣るとは何事か!』と邪魔する奴がいたら、それはただの阿呆だ。いや、むしろ漁師の仕事を邪魔する悪者だな」
「確かに。この世界のことを何も知らん妾達が、勝手に手を出していい問題ではないのぅ」
まったくもって正論だった。僅かな交流だが、野良ワンコのような反応をする竜達に、全く愛着がないかと言えば嘘になる。しかし、もしかしたら家族を養うため、あるいは大切な仕事として、竜狩りをしているかもしれない彼等戦闘機乗り達の邪魔をするほどの愛着かと問われれば、答えはNOだ。
「だが、あの空中に止まる網や、さっきの戦闘機の発光現象と音波攻撃の詳細は気になる。どうも、動力からして地球産とは異なるようだし……おそらく、この島が浮いている原理と同じじゃないか?」
「どちらにしろ、せっかく言葉を交わせるかもしれん相手じゃ。逃す手はない。問題は、彼等に対し、どのようにコミュニケーションを取るか、じゃが……念話でもしてみるかの?」
「俺の言語理解や、通訳用アーティファクトが効果を発揮してくれればいいが」
二人が話し合っている間にも、森から飛び出した竜のほとんどが囚われた。どうやって運ぶ気なのか、ハジメが注目する中、大きく旋回した戦闘機の一機が機首をハジメ達の方へ向けるのが分かった。
「お、やっぱり俺達には気が付いているみたいだな。どうやら、向こうから接触しにきてくれるようだぞ?」
「う、うむ。そのようじゃが……なんとなく、嫌な予感がするんじゃが」
ティオの予感は当たった。
ヴォッという空気が破裂するような一瞬の音と、機首の下部がパッと閃光を撒き散らした瞬間――二人を殺意の風が襲ったのだ。
問答無用に放たれたのは機銃だろう。凄まじい破壊力を秘めた弾丸の嵐が、容赦なくハジメとティオに殺到する。周囲の地面が破裂でもしたかのように吹き飛び、舞い上がった土埃が二人を覆い尽くす。
戦闘機は何事もなかったようにハジメ達の頭上を通過し、そのまま仲間と合流する。もう、ハジメ達には見向きもしない。取るに足らない存在だと思っているのが明白だ。ちょっと庭の隅に伸びた雑草が目障りだったから刈り取った――そんな雰囲気である。
「……落ち着け俺。ここは異世界。俺達の常識で物事を判断するな」
「……あやつら……無知とは恐ろしいものじゃな」
土埃が風にさらわれる。現れたのは当然、無傷のハジメとティオだ。周囲にはクロス・ヴェルトの正四方結界が展開されている。三十ミリバルカンもかくやという威力を持った掃射を、亀裂一つなく受け止めたのだ。
ただし、中の人の心が、そんな問答無用の暴威を受け止めてくれるかは微妙なところ。
腕を組んで、額に青筋を浮かべながら、それでも自分に言い聞かせるようにして怒りを抑えるハジメ。隣のティオは、戦闘機乗り達に戦慄の眼差しを向けている。もちろん、彼等の強さに、というわけではなく、神殺し相手に真っ向から喧嘩を売ったその在り方に、である。
「ここは地上の汚染された世界だ。なら、人間が生きていくには、空に浮く大地はとても大切なものだろう。当然、管理・保護は厳重なはず。そこへ見知らぬ人間が土足で上がり込んでいるんだ。問答無用に撃たれても文句は言えない。そうだろう、俺。そうだね、俺」
「ご、ご主人様。怒っておるのは分かったから、その自問自答は止めておくれ。なんか、違う意味で怖いのじゃ」
ハジメ流怒りの抑え方――自問自答。傍から見ると、普通に怒るよりも恐ろしいともっぱら評判なスキルだ。
地球では、トータスのように問答無用で〝全員即射殺♡〟というわけにはいかないため、新たに身に着けた我慢スキルである。
遠くで、無傷なハジメ達を見て、何となくギョッとしているような戦闘機乗りが、再度、機首を向けてきた。
ハジメは咳払いを一つ。〝念話〟を発動しながら停戦を呼びかける。
『あ~、パイロットさん、パイロットさん。聞こえるか? こちらに害意はない。不法侵入ならば謝罪の後、直ぐに出ていく。だから、まず話を――』
ミサイルカミング!! 問答無用にちゅど~~~んっ!!
もちろん、ハジメ達は無傷だ。
『……』
『や、やめるんじゃ! お主等ぁ、死にたいのかえ!? 今すぐお話ししようぞ!』
ハジメがぶつぶつと呟く。「念話が通じなかったのかもしれない。いや、言葉が通じなかったのかもしれない。コミュニケーションは根気が大事だ。そうだろ、俺。そうだね、俺」と自問自答している。目は完全に据わっているが。
『頼む、話を聞いてくれ。俺達は――』
ミサイルカミ~~~ングッ!! はい、ちゅど~~~~んっ!!
弾種が異なるのか、今度は爆発だけでなく粘性のある爆炎のおまけつきだ。周囲が紅蓮に染まる。しかし、轟々と燃え盛る炎の中、やはり無傷で佇む二人。
ティオはあわあわしながらハジメをチラ見しているが、ハジメが怒りの表情を通り越して微笑み始めた辺りで「もう見てられない!」と言わんばかりに両手で顔を覆ってしまった。
だが、今のハジメを舐めてもらっては困る。地球は日本という法と秩序が信じられる故郷で普通に生きていくために、暴力ではなく、我慢と根気、交渉力や財力といった違う力を身に着けようと日々努力しているのだ。
ちょっと機銃掃射され、ミサイルを撃ち込まれたくらいでキレたりはしない!
……竜達から、「じゃあ、さっきなんでキレた!?」とツッコミが入りそうだ。
『パイロットさん、俺達は――』
ハジメが再度、抑揚のなくなった声で呼びかけようとする。そこへ、ようやく反応があった。もっとも、それは、反応が〝返ってきた〟のではなく、ハジメを完全に無視したものであったが。
『チッ、どうなってやがる。まさか飛空艦並みのシールド装置でも持ってやがるのか?』
『バンスさん、そりゃないでしょう? 空戦機並みの大きさが必要な装置なんて、どこにあるってんですか』
『オーパーツ所持者か? ……欲しいな』
『まさか、今のご時世に探索者なんているかよ。それより、見ろよ。あの女。恰好は妙だが、すこぶるつきの上玉だぞ? なぁ、バンスさん? なんかあいつ呼びかけてきてるしさ、降りていって男だけ殺して、あの女、俺にくれよ。前の女がもう使い物にならねぇんだ。俺の新しいペットにしたいんだよ』
どうやら、あまり品のある連中ではないらしい。同時に、自分達側の会話は漏れていないと思っているらしい。おそらく、ハジメの通信方法を自分達の既知の方法だと思い込んでおり、周波数(?)のようなものを変えているので聞こえていないと思っているようだ。
ハジメは無言だ。ただし、微笑み顔から徐々に色が抜けていく。
そんな中、ハジメを殺してティオだけペットにしたいと発言した男に対し、バンスさんと呼ばれたリーダーらしき男は、
『ふん? 確かに、あの異常な強度のシールドは気になるな。……いいだろう。一度、降りて情報を引き出す。その後は男を殺して――女は俺がもらう』
『ええ!? そりゃないっしょ!』
『喚くな。俺が使ってないときは回してやるさ』
『あ~あ、しょうがねぇなぁ~』
ふざけた会話が続く。旋回し、機首をハジメ達に向けた五機の戦闘機――彼等の言葉通りなら、空戦機と呼ぶのだろう――は、速度と高度を下げてきた。今なお響いている筒抜けの念話には、ハジメをどう殺そうか、ティオをどう凌辱しようかという話で持ちきりだ。
「……はぁ、阿呆共め。起こす必要のない怪物を起こしおって。自業自得じゃ」
ポツリと呟かれたティオの言葉。
接近してくる空戦機。網の中からこちらを窺う竜達。
刹那、ハジメの姿が消える。
そして、空戦機のパイロット達、特に一番機として先頭を飛行していたバンスは、我が目を疑うことになった。
『降りる必要はない。俺が、地獄へ叩き落としてやる』
頭に響く平坦な声音。同時に、目の前に飛び込んでくるあり得ない光景。
巨杭を装填された巨大な兵器を片手に、飛行中の空戦機のコックピット前に躍り出た人影が、真紅のスパークを撒き散らす。
「え? あ? なに――」
それが、バンスという男の最期の言葉となった。
『な……んだよ、あれ』
『今、何が起きた!?』
『どうなってる!?』
『くそっ、マジで何かのオーパーツか!?』
恐慌を感じさせる声音が響く。
彼等の目撃したもの。
それは、生身で数百メートルも飛び上がった男が、およそ人が持てるとは思えない兵器を片手に、文字通り、一番機を爆砕した瞬間だ。
木っ端微塵に砕け散った一番機の残骸と、血肉のシャワーが地上へ降り注ぎ、浮島には墓標の如く一本の黒い巨杭が突き立った。
悪態を吐きながら、急旋回した彼等は、またしても非常識な光景を目にする。
乱れ飛んでくる巨杭の弾幕、という光景を。
『さ、散開ぃ!』
二番機だろうか? 咄嗟に号令をかけるが、時すでに遅く、一機が巨杭の直撃を受けて空中でスクラップと化した。
『くそがっ、てめぇ、絶対にぶっころして――』
絶句する。大きく目を見開く。それもそのはず。なにせ、対象は空中にて、真紅の波紋を広げながら悠然と佇み、更には巨杭を打ち出す兵器――ガトリングパイルバンカーを持つ手とは反対の手に、またしても巨大な兵器を出現させていたのだから。
肩に担がれたそれの名は――アグニ・オルカン。地対空においてもっとも威力を発揮する兵器。
刹那、おびただしい数のミサイルが飛び出した。
悪態を吐きかけていた男は、声にならない悲鳴を上げて操舵するが、包み込むように襲い来る五十発以上のミサイルをどう避けろというのか。当然、末路は決まっている。
空中に、また一つ。爆炎の花が咲いた。
『撤退だ! 撤退するぞ!』
『ば、化け物だっ』
地球産の戦闘機より、あるいは優れた機動性を見せて旋回した残り二機の空戦機は、最大戦速で一気に戦域を離脱しようとした。
その速度もやはり素晴らしく、一呼吸の間にはもう豆粒のようになっている。
ハジメは無言でガトリングパイルバンカーとアグニ・オルカンを収納すると、代わりの兵器を取り出した。
――対物狙撃砲 シュラーゲン・A・A
スコープ越しに、遥か空を逃げていく空戦機が映る。
『いい教訓だったろ? 地獄で参考にしろ』
そう呟いて、引き金が引かれた。如何に優れた速度を持つ空戦機でも、電磁加速された弾丸の速度に敵うはずもない。一機は機体後部から前部まで一気に貫通させられ、まるで串刺しにでもあったかのような有様のまま、雲海の中へと消えていった。
シュラーゲン・A・Aを肩に担いだハジメは、ティオに呼びかける。
「ティオ。後を追うぞ。殲滅――というわけじゃないが、どうやら仲間のもとへ帰るようだしな。じっくりと、この世界のことを聞かせてもらおうじゃないか」
「ああ、うむ、そうじゃな」
ハジメが円月輪で竜達を捉える網を切り裂くのを見ながら、ティオは苦笑いしつつ竜化した。
そして、ハジメを背に乗せて、凄まじい速度で空を飛び始める。
「ご主人様よ、ありがとうの」
「……なにがだ?」
ティオは答えない。ハジメも分かっていることだ。自分をペットにすると言われて怒気をあらわにしたことが嬉しかった、なんてことは。
代わりに、いつもよりずっと加速が滑らかなのが、何より雄弁に物語っている。
「さて。あれが、この世界の人間の標準か。それとも違うのか、見せてもらおうか」
「火をつけてしもうたのぅ……」
久しぶりに見た、敵を前にしてギラつくハジメの瞳に、ちょっぴり興奮を覚えつつも、初っ端から魔王を怒らせてしまった品のない異世界の住人に、僅かばかりの憐れみを覚えるティオであった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。




