表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリーⅡ
226/551

ありふれたアフターⅡ リリアーナ編 バイトリーダーリリィ 後編

 ちりんちりんと鐘の音が響いた。控え目で耳に心地よい音だ。


「いらっしゃいませ」


 入店した二人の若い男性客に、すぐさま声がかけられる。少し離れた場所からだったが、鐘の音にも負けない、心地よく涼やかな声音だ。


 思わず引き寄せられるように視線を向ければ、そこには目の覚めるような美少女がいた。金髪碧眼の可愛らしいエプロンをした女の子。豊かな髪を後ろでまとめ、フリルのついた大きめのリボンでまとめている。


 エプロンのロゴと、片手に銀のトレーを、もう片方の手にもお皿を乗せていることから、一見してここの店員であることが分かった。


「お客様。ただいま席にご案内いたしますので、少々お待ちいただけますか?」

「「あ、はい」」


 男性客二人は、綺麗にはもりながら返事をした。にっこりと微笑む店員さん。二人はよろめいた。


 店員さんは軽やかな足取りで席の合間をするすると進むと、どこか優雅さすら感じさせる動きで配膳する。注文した料理を届けられた女性客二人は、そんな店員さんをぽ~と眺めている。


 これまた目の覚めるような美しい一礼をした店員さんは、思わず返礼してしまった女性客二人に、花咲くように微笑んだ。女性客二人は被弾した。


 店員さんは男性客二人のもとへ戻ってくると一礼する。ふわりと揺れた金糸の髪から甘い香りが広がった。


「お待たせいたしました。喫煙席と禁煙席、どちらがよろしいでしょうか?」

「ど、どっちでも大丈夫です」

「お、俺も」


 絶えない微笑みに惹きつけられるかのように、、店員さんの後をついていく男性客二人。席についた後も、水とおしぼりを取りに行った店員さんに視線は釘付けだ。


 戻ってきた店員さんにメニューを渡される。「ご注文が決まりましたら、お呼びくださいませ」と言って下がろうとする店員さんに、男は思わず声をかけた。


「あ、あの。前は、いませんでしたよね?」


 いきなりの質問だが、どうやら以前も来店したことがあるらしいと察した店員さんは、こくりと頷く。


「はい。つい最近、アルバイトとして入りました――リリアーナと申します。以後、お見知りおきをいただければ――嬉しいです」


 可愛らしく微笑み、ちょこんとスカートの端を掴んで一礼する仕草に、早くも何かを撃ち抜かれる二人。最後の方で、ちょっぴり丁寧な言葉遣いが崩れたところに親近感が湧く。


「超見知りおきます」

「むしろ、既に見知りおきました」


 男性客二人は日本語が崩れた。


 その後、注文を取りにきたリリアーナに、勧められるまま、何故か注文する気のないものまで次々と注文してしまうという摩訶不思議な出来事があったが、二人はおおむね満足そうだった。


「優花さん、オーダー入りました。お願い致します」

「はいは~い」


 厨房の奥でフライパンを振っていたこの店のコック――園部優花が軽やかな返事をする。


 ちょうど調理が終わったところのようで、フライパンの中身を綺麗にお皿に盛りつけると、それを片手にカウンターへと向かう。


 純白のコックコートに、首元には紅色のスカーフ。頭の上でふにゃりと崩れるベレー帽も紅色だ。


 学生時代は、根は真面目だけど見た目が派手なので不真面目なギャルみたいな印象を与えていた彼女も、今や家族経営している洋食店の立派な主戦力。いずれは二代目となる料理人だ。


 染めた栗色の髪だけは変わらないが、纏う雰囲気はどこか丸みがあって優しい。どちらかと言えば鋭いと表現すべきだった目元も、心なし和らいでいるように見える。それは自然、元々あった彼女の魅力を数倍にも引き上げていた。


 事実、この町の洋食店【ウィステリア】の美人コックを目当てに足しげく通う常連客は多い。優花が生まれる少し前に開店されたので既に二十周年を迎えているのだが、古株の客に至っては、小さいときから度々お手伝いをしている優花の成長を見るのが楽しみ、というのも多いのだ。


「はい、九番さんのミートスパ、お願いね。で、次のオーダーは……」


 リリアーナから受け取った注文票を見て、優花は目をパシパシと瞬かせた。そして、厨房のカウンターから身を乗り出して、たった今、リリアーナが注文を取ってきたテーブルに目をやる。


 そこには若い男性客が二人。


 優花はもう一度、注文票に目を落とした。どう見ても六人前の料理が記載されている。


「……リリィが入ってから、お客さん、よく食べるようになったわね」

「はい、日本人の方は、みんな健啖家ですね」


 注文票から視線を上げ、ジト目をリリアーナに送る優花だったが、にこにこと笑顔を浮かべるリリアーナを見て溜息を吐いた。


「まぁ、残さず食べてくれるから、いいと言えばいいんだけど……あんまり、無理させちゃダメだからね」

「お任せください、優花さん。ギリギリを見極めるのは得意です。ありとあらゆる手段を使い、売り上げとリピーターを先月の二倍にしてみせます。元王女の名にかけて!」

「かけなくていいから。取り敢えず落ち着け、元王女」


 ふんすっと鼻息荒くやる気を滾らせるリリアーナに、優花は苦笑いしながらツッコミを入れた。


「さて、もう少ししたら本格的にお客さんが来そうだし、気合い入れていきましょうか。お父さん達もそろそろ帰ってきそうだから大丈夫だと思うけど、それまで、私一人じゃ対応できないオーダー量は勘弁よ?」

「大丈夫です。優花さんの能力は把握済み。ギリギリこなせる量のオーダーを取ってきます!」

「あ、うん。――これ、リリィのリハビリというより、私に対する試練じゃない?」


 任せてください! と言いながら、ミートスパをトレイに乗せ配膳に向かうリリアーナの背中を見ながら、優花はポツリと呟いた。


 その後、所用で店を空けていた優花の両親が戻り、夕方の時間で一気に客が増え、怒涛の注文を取って園部家に悲鳴を上げさせたリリアーナは、交代のバイトが出勤してきたタイミングで退勤した。


 後には、どこかぐったりとした園部家の面々が残された。


 客もまばらになり、あと一時間くらいで閉店となる頃、ちりんっと鈴が鳴った。


「いらっしゃいま――って、なんだ、南雲じゃない」


 厨房を離れ、レジの伝票を整理していた優花の視線の先にいたのは、その言葉通り、ハジメだった。


「客に向かって、なんだとはなんだ」


 苦笑いしながら入店したハジメは、慣れた様子でカウンター席の端に座る。その場所は、今や常連と化しているハジメの暗黙の指定席だ。


 かつて帰還一周年のパーティをして以来、この店の料理とコーヒーの味を気に入ったハジメは、店の人間がクラスメイトとその家族という気安さもあって、ちょくちょくと通っている。


 他のクラスメイト達も、高校を卒業した後も、一か月に数度はふらりと立ち寄ったり、集まって飯を食おうというときは大概、優花の店に集まるので、異世界召喚組のたまり場のような場所になっていた。


 ……もっとも、身内や仲間内からは、何故か「まるで愛人のところに通っている浮気男みたい」という不名誉極まりない感想を頂戴しており、ハジメは不本意極まりない思いをしていたりするのだが。


 大抵、嫁~ズの誰かが一緒にいるし、それでどうしてそんな評価になるのか……。ハジメには甚だ不思議だった。


 そして、その大抵一緒にいる嫁~ズが、最近特に、優花に対してじっとりした目を向けているのが、なんとも……。


 ハジメが席に着くと、娘に代わって優花の父――博之と、母親である優理が「いらっしゃい」と嬉しそうに言葉を贈ってくれる。


 挨拶を返すハジメに、伝票を置いた優花が尋ねた。


「それで、食べに来たの? 一人でって珍しいわね」

「いや、夕食は済ませたよ。ちょっとコーヒーを飲みに来たのと、うちのバイト王女の様子を聞きにきたんだ」

「ああ、なるほど」


 優花が視線を父親の方へ向ければ、博之は「構わないよ」というように頷いた。代わりに優理が、伝票の整理に入る。何故か、優花にサムズアップしながら。


 そんな母親を見えてないふりをしながら、優花が尋ねる。


「ブレンドでいい?」

「おう。っていうか、お前が入れるのか?」


 確か、調理は任されるようになっても、優花はまだコーヒーまで任されていなかったはずだと、ハジメは首を傾げた。


 疑問顔のハジメに、優花はちょっぴりドヤ顔を見せながら手早くコーヒーを入れる準備をする。


「昨日、ようやくOKが出たのよ。バリスタ資格も取ったしね。一応、私がお客様に出す初ブレンドなんだから、心して飲んでね」

「なんで上から目線なんだよ」


 再び零れる苦笑い。数年に渡る通いで、ハジメと優花のやり取りは何とも気安い。これが、「愛人のところに通う浮気男」という評価に繋がっているのだが、二人に自覚はなかった。


 香ばしい香りが匂い立つ。ハジメは差し出されたコーヒーに、どんなもんかと試すような表情をしながら口を付けた。そして、一拍おいて、「おっ」と感心を示すように目を見開く。そのまま休まず、二口、三口と口を付ける辺り、どうやら優花の初ブレンドは上出来だったようだ。


 優花はちょっぴりの安堵を混ぜた嬉しそうな表情をしながら、少し前屈みでカウンターに頬杖を突いた。もう片方の手は紅色のスカーフを指先でくるくると弄り、片足はつま先でトントンしている。


「で? なにが聞きたいの? リリィはよくやってくれてるけど?」

「そうか? お姫様だし、接客業なんてやったことないはずだから、いろいろ迷惑かけてんじゃないか?」

「ううん、むしろ町の洋食屋にはもったいないくらい完璧な接客よ。上品で優雅――既にリリィ目当てのお客さんもいるみたいだし」

「二週間程度で、か」

「うん、二週間程度で、ね。それどころか、経営面についてはアドバイスまでもらっちゃったわ。目から鱗レベルのね。今月の経費が何割減になるのか、計算が楽しみよ」

「流石、事務職の中毒者。バイトのくせに、なんでコンサルしてんだよ」


 呆れたように溜息一つ。そんなハジメに、優花はくすりと笑みを浮かべる。


「まぁ、私も、最初は不安だったんだけどね。いきなり南雲から電話が来て、『元王女、バイトに雇ってみないか?』だなんてねぇ? 私自身、まだまだ駆け出しで、自分のことで精いっぱいだし。でも、ま、リリィが来てくれてよかったわよ」

「そうか……。俺も、リリィを全く知らないところにバイトに出すのは、結構不安だったんだ。その点、園部なら信頼できるし、つい任せちまったが……そっちの益になったんなら良かったよ」

「……相変わらず、身内に対しては過保護ねぇ。今日もわざわざ直接確かめに来て」


 優花の表情は呆れたようなものに。ただ、指先は紅色スカーフをよりくるくるいじいじ。片足トントンは、よりリズミカルにトン、トトンッ。


 何故か、そんな優花を見て、伝票整理中の母親はニマニマしている。


「過保護は、まぁ否定しないが……今日来たのは、ちょっとあいつが予想外、いや、ある意味予想通りの行動に出始めているみたいでな。なぁ、園部。勤務中のリリィって、どこか物足りなさそうな雰囲気になっていたりしないか?」

「え? ……う~ん、別にそうは感じなかったけど。すごい張り切って注文取ってくるし、リピーター増やそうとあざといくらい愛想振り撒いているし。なんでそんな質問するの? もしかして、うちでのバイト、つまんないって言ってた?」

「いやいや、そんなことは言ってない。むしろ楽しいって言ってたけどな」


 歯切れの悪いハジメに、優花は首を傾げる。


 ハジメは、少し逡巡したあと、「リリィがバイトすることになった経緯は話したよな?」と確認しつつ、頷いた優花に言った。


「一週間前から、リリィの奴、なかなか家に帰ってこなくなったんだ」

「なんだか、嫁に逃げられたダメ亭主が言いそうなセリフね」

「うっさい。で、だ。どうしたのか聞いてみれば、どうやらここと提携している仕入れ先の会社でも、アルバイトを始めたらしいんだ。内容は完全に事務職なんだが」

「え? そうなの?」


 そんな事実、知らなかった優花は、目を丸くした。が、話はそこで終わらないらしい。


「どうやら、仕入先の料金設定に疑問を抱いたみたいでな、あれこれ話をしているうちに、向こうの人からスカウトされたらしい。いったい、どんな話をしたのか知らないが」

「へ、へぇ。いつの間にそんなことを」

「まったくだ。だが、それにしたって、大学の講義をいくつか休み、家に帰れないほど忙しいとは思えない。たぶんだが……」

「もっとバイトしてる?」

「ああ」


 頭が痛そうに頷くハジメ。もっとも確証はないらしく、だからこそ、優花にここでのバイトでどの程度の物足りなさを感じているのか、ちょっと聞いてみようと思ったわけである。


「直接聞けばいいじゃない」

「あいつ、はぐらかすんだよ。無理やり聞き出すことはしたくないしな。アーティファクトで監視とか、束縛系の旦那みたいで、なんか嫌だし」

「あっそ」


 ちびりとコーヒーを飲みながら、なんとも心配性というか過保護というか、その癖煮え切らない態度のハジメに、優花は鼻白んだような表情でそっけなく返した。


「結局、どうすんの? うちでバイトしてるときは、物足りなさそうな様子なんてないし、それなりに楽しんでいるように見えるわよ? それとなく、南雲が心配しているって伝えておく? ワーカーホリックのリリィに、それで自重ができるかは分からないけど、自分から何のバイトをしているかくらいは、話してくれるんじゃない?」

「そう、だな。頼めるか?」

「はいはい。いいわよ、それくらい」


 手の平をひらひらしながら頷く優花に、コーヒーを飲み干したハジメは礼を言って立ち上がった。


「愚痴っぽくなって悪かったな。どうにもここに来ると気が緩む。魔王すら誘う憩いの場の二代目店主は伊達じゃないってな」

「褒めても美味しい洋食とコーヒーしか出ないわよ。割引もなしね」

「おっと、そいつは残念」


 軽口を叩き合う二人。優花のスカーフは既によれ始めてるほどくるんくるんされ、つま先トントンは既にタップダンスの如く。


 ハジメは、博之と優理に挨拶をし、そのまま店を出た。それを見送った優花が店の扉を閉めて振り返ると、実にいい笑顔の両親がいる。


「……なによ」


 警戒心もあらわに尋ねた優花へ、おっとりした雰囲気の優理は、


「どうしましょう、博之さん。うちの娘ったら、すっかり愛人気質になっちゃってるわ」

「う、う~ん。私としては、きちんと結婚してほしいんだけどなぁ」

「あ、あのねぇ! 娘に対して何てこと言ってんのよ! 私は南雲の愛人でもなければ、あいつのハーレムに入る気もないからね!」


 咆える優花。しかし、ふらりとやってくる妻子持ちの男に料理を振る舞い、愚痴を聞き、癒しを与えて送り出す――その一連の行動は、ここが飲食店という要素を考慮しても、傍から見れば十分に愛人のようだった。


 己の否定の言葉を、「分かってる、分かってる」と軽く流す両親に、優花は殊更不機嫌になる。


 しかし、その言葉に説得力がないのは当然だった。


 なにせ、優花のつま先トントンは、相当機嫌がいいときの癖。それもただ機嫌がいいときではなく、同時に照れているときに出るものだ。


 加えて、優花が身に着けている紅色のスカーフとふんにゃりベレー帽。本当は色の種類が沢山あるのだが、優花は予備も含めて紅色しか持っていない。買い替えるときも、やっぱり紅色。誰かさんの魔力光と同じ色。


 そして、スカーフをくるくると指に巻き付ける癖は、ここ数年でできた新しい癖だ。誰かさんと話しているときだけ出てくる無意識の。


「ねぇ、お父さん、お母さん? ちょっと聞いてるの?」

「はいはい、分かったから。そろそろ閉店作業に入ってね~」

「お父さんは優花が楽しそうで何よりだよ」

「だ、か、らぁ~~~」


 町で人気の洋食店【ウィステリア】。二代目店主のころころ変わる喜怒哀楽も、ここの名物だったりする。



~~~~~~~~~~~~~~~~



 ハジメが優花の店で、ちょっとしたへたれ振りを見せてから一か月。


 現在、南雲家ではリビングに全員が集まり、【第120回くらい南雲家家族会議】が開かれていた。


 大きなダイニングテーブルの中央に座るのはハジメで、その正面に座っているのは気まずそうな表情をしているリリアーナだ。


「さて、リリィ。この家族会議の趣旨は、分かっているな?」

「ぅ、い、一応は……」


 ふいっとそっぽを向いたリリアーナだったが、視線の先には呆れた表情を隠しもないユエ達がいる。ぐさりと来るのは、ミュウまでどうしようもない人を見るような目をしていることだ。


 反対側へすい~と視線を泳がせるリリアーナに、ハジメは口を開こうとする。


 が、その前に、プルルルルと着信音が響いた。


「あ、す、すみません。ちょっと失礼します」

「あ、おい、こら」


 ハジメが声を上げるのもスルーして、リリアーナは自分のスマホを耳に当ててしまった。そうして聞こえるのは、契約やら取引先がどうやら、なにやらビジネスに関連する言葉ばかり。


 やがて一段落ついたのか、電話を切ったリリアーナに、ハジメは溜息を吐きつつ口を開こうとする。


 が、その前に、プルルルルと着信音が響いた。


「あ、す、すみません。ちょっと失礼します」

「……」


 電話に出る。今度はバイト先のシフトについて、なにやら問題が生じたらしく、ふんふんと聞いていたリリアーナは手早く指示を出し始めた。誰それを呼んで、誰それと交代させて、足りないところは何々をすることで対応してほしいなどなど……


 シフト管理は明らかにバイトの仕事じゃねぇだろ! とツッコミたいハジメだったが、取り敢えず堪えた。


 やがて一段落ついたのか、電話を切ったリリアーナに、ハジメは溜息を吐きつつ口を開こうとする。


 が、その前に、プルルルルと着信音が響いた。


「あ、す、すみません。ちょっと失礼します」

「……」


 電話に出るリリアーナ。電話の向こうから、何故かすすり泣く声が聞こえてくる。リリアーナは電話の相手を慰めつつ、時に叱咤し、なにやらミスによって発生した重大な問題に対応すべく、懐からもう一台のスマホを取り出して素早く指示を出し始めた。


 やがて一段落ついたのか、電話を切ったリリアーナに、青筋を浮かべたハジメが口を開こうとする。


 が、その前に、ガタリッと椅子から立ち上がる音が響いた。


「すみません、ハジメさん。重大なプロジェクトを任せていた課ちょ――ごほんっ、正社員の方がミスをしてしまったみたいで、バイトの私が出なくてはならない状況になりました。なので、ちょっと行ってきます!」


 正社員のミスをフォローするバイト。というか、ミスをしたのにバイトへ泣きながら連絡してくる正社員。しかも課長っぽい。


 バイトの定義は、いったいいつから変わってしまったのだろう。


 ぱぱっと身支度を整えたリリアーナが、「このままじゃ社員さん二百人が路頭に迷っちゃいます! バイトリーダーとして、なんとかしてあげませんと」などと言いながら出ていこうとする。


 ぴきっと、また一つ青筋を浮かべたハジメは一言。


「シア」

「あいさーですぅ」


 阿吽の呼吸で応えたウサミミ嫁が、今まさに部屋から出ていこうとしたリリアーナに後ろから抱き着いた。


「シ、シアさん? すみませんが、私はお仕事に――」

「はいはい、ちょっと頭冷やせって感じですよぉ」

「え? ちょっ、いやぁあああっ」


 悲鳴をあげるリリアーナは、そのまま芸術的なジャーマンスープレックスを食らい、床に後頭部を強打した。「頭がっ、頭が割れるようにいたいぃいいいっ」と叫びながら、ごろごろとのたうち回る元王女。


「うぅ、なにをするんですか。私はこれから大事なお仕事が……」

「それは、家族の話し合いより大事なことか?」


 涙目で後頭部を擦りつつ文句を垂れるリリアーナに、ハジメがため息交じりに尋ねた。「うっ」と言葉に詰まるリリアーナに、ハジメは言う。


「もしそうだというんなら、問題の根本的解決を図って、お前が行く理由を失くすことになるが」

「え、えっと、具体的には?」

「……今日は晴れ時々、メテオインパクトらしいぞ?」

「話し合いましょう」


 確かに、問題の根本的な解決だった。悩む人間がいなければ、悩みも生じない。


 かつて自国の王都を消滅させた流星群をバイト先に落とされてはたまらないと、リリアーナは慌てて席についた。


「というかだな、最近、仕事仕事で、俺どころか家族の誰とも碌に話せていないことを嘆いていたくせに、その為の話し合いの場からさくっと出ていこうとするとはどういうことだ?」

「そ、それは、当然、私だってうんざりですよ? なんで私ばっかり頼るのと、自分達だけでなんとかしてくださいと、声を大にして言いたいです。でも、いつの間にか皆さんに頼られて、責任ある立場に置かれて、中々抜け出せなくて」

「バイトなのにか」

「バイトなのに、です」


 何度目かも分からない溜息を吐いたハジメは、「もううんざりです」という感情を隠し切れていない声音のリリアーナに、準備しておいた手鏡を渡した。


 そこに映っているのは、ギラギラと輝くドン引きな顔をしたワーカーホリックリリィ。


 リリアーナは、そっと鏡を置いた。


「違うんです。別に、餓えてなんていません。誤解です。バイトという適度な仕事のおかげで、私は日々〝普通の女の子〟に近づきつつあり――」

「園部のところのバイトを入れて、今掛け持ちしているバイトの数は?」

「……な、七つ、です」

「内容は?」

「し、仕入れや取引先の管理などを少々」

「他には?」

「ファーストフード店とか」

「具体的に」

「……中央店でのバイト主任をしつつ、周囲七店舗の取りまとめを任されています」

「さっきの電話は?」

「別の飲食関係の店のバイトで、いろいろあって本社営業課のアドバイザーのようなことを……私のアドバイスで始まった社運をかけた取引でミスがあったらしく、このままじゃ白紙撤回されてしまうと。そうなれば、場合によっては会社が傾く恐れも」


 ハジメは無言で鏡を突き出した。まるで悪魔に憑りつかれた少女に、エクソシストが十字架を突きつけるように! 映っているのは「責任重大よ、リリィ! ぐふふっ」と言い出しそうなドン引き顔が……


 途端、「止めてぇーーっ。鏡を見せないでぇーーッ!!」と、もだえ苦しむリリアーナ。


 ……まるっきり悪魔に憑りつかれた少女だった。


「はいはい、ちゅ~~も~~く! リリィちゃんのワーカーホリックレベルが全く改善されていない現状を認識したところで、みんな意見をどうぞ!」


 司会進行役の菫が、スプーンでテーブルをカンカンッと叩きつつ、みなに意見を求めた。


 「はい!」とまっさきに手を挙げたのはミュウだ。菫は「はい、ミュウちゃん!」とフォークでミュウを差し示す。実にお行儀が悪い。


「リリィお姉ちゃんのそれは、死んでも治らないと思います!」

「かふっ!?」


 にっこにこの笑顔で、アンチマテリアル並みの言葉の弾丸を放ってきたミュウに、リリアーナは胸を押さえて倒れ込んだ。


 次いで、「はいですぅ!」とウサミミをピンッと伸ばしたのはシアだ。菫は「はい、シアちゃん!」と、さい箸でピッと指し示す。どこから取り出したのだろう?


「真性の人には、リハビリなんて無意味だと思いますぅ!」

「ぐひっ!?」


 実に説得力がある。彼女の家族はみ~んな真性だ。ついでに親友を自称する森人族のお姫様も、真性のド変態だ。もうすぐ親友から義母になるかもしれないが。この件に関して、シアは現実からウサミミを逸らしている。


 そそと手を挙げるのはティオだ。ついでにレミアも微笑みながら手を挙げる。菫は、「はいティオちゃん、レミアちゃん!」と、しゃもじでババッと指し示す。一瞬、虚空から出現したように見えたのだが……気のせいだろうか?


「たとえば、妾にリハビリと称して、適度なおしりペンペンをしたとして、それでこの(サガ)が治るかと言われれば、無理じゃの! 同じことじゃろ」

「難儀ですね。お仕事を止めて家族と一緒にいたいのに、お仕事しないと欲求不満になるなんて……お仕事以外で何かあればいいのですけど」

「うぅ。ティオさんと同じ……お仕事以外って……どうせ私には、何もありませんよ……ぐすっ」


 リリアーナがいじけた。分かりやすく、床にしゃがみ込んでのの字を書いている。


 「んっ」と手を挙げたのはユエだ。菫は「はい、ユエちゃん!」と卵焼き用フライパンでぶぉんと指し示した。……袖口から出てきたように見えたのだが。


 菫の隣で、瞳を輝かせる愁が、「菫、お前、また宴会芸の腕を上げたな!」とテンションアゲアゲになっている。


「……改造、する?」

「ひぃっ!? 結構です!」


 その難儀な性質、魂ごと改造しちゃう? と、手をわきわきさせながら椅子から立ち上がったユエに、リリアーナは悲鳴を上げながらずりずりと後退った。


 デイビスくんのようにガクブルと震えるリリアーナを横目に、ガリガリと頭を掻いたハジメが口を開いた。


「まぁ、リリアーナのその性質が、バイトなんかじゃあ治らないというのは確かだな」

「うぅ、ハジメさん?」


 リリアーナがしょんぼりと肩を落とす。


 ハジメはユエ達に視線を巡らせた。結論の一致を察する。そして、それを伝えるべくリリアーナを椅子に座らせた。


「リリィ。取り敢えず、二か月のリハビリで意味がなかったわけだから、次は二か月ほど、なにもしないというのはどうだ?」

「なにもしない、ですか?」


 困惑するリリアーナに、「ああ」と頷いたハジメは、ある意味、リリアーナにとって衝撃的な提案をした。


「バイト全部辞めて、二か月間、ヒキニートしてろ」

「え?」


 こうして、【第80回だか130回だか、まぁどっちでもいいや南雲家家族会議】による満場一致の採決により、異世界の王女をヒキニートにすることが決まったのだった。


ちなみに、某ミスった営業課の失態は、リリィの懇願で、ハジメが適当に解決した。もちろん、晴れ時々メテオインパクト以外の方法で。

 

いつも読んで下さりありがとうございます。

感想・意見・誤字脱字報告もありがとうございます。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
話が重なるごとにヘンタイが増えつつある作品……w
かちょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!? 何故バイトリーダーに泣き付く!? コレが王女のカリスマなのか!?
[一言] リリアーナさんに明久取り憑いてなかったか……? 『頭が割れるように痛いぃー!』 あれ、これ明久で合ってたっけ……?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ