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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれた番外編 世界のアビスゲート卿から
216/547

ちょっ、フラグ立て過ぎ!

 まるで花が咲くように、四方を囲む狂戦士の肉体が後ろへゆっくりと倒れた。


 頭を失った強靭なる肉壁の奥から姿を現すのは、黒装束に身を包み、漆黒の小太刀を逆手に構える卿。ワンレンズタイプのサングラスが曇天の中でも光を反射して、キラリと光る。きっとオプションだ。


ガァアアアアアアッ!!!


 幾重にも重なる不協和音。ベルセルク達の咆哮が大気を揺らす。


 片膝立ちで、前後に小太刀を構えるいつだって香ばしいアビスゲート卿は、そんな人間の恐怖心を刺激するような絶叫にも頓着せず、片方の小太刀を背中にしまうとスッと立ち上がった。


 そして、包囲網を狭めるベルセルク達に向かって半身に構えると、片手を突き出し、掌を仰向け――クイクイッと指先を動かす。さっさとかかってこい、というかのように。


「理性無き獣如きが勝てるほど、この深淵は甘くはないぞ」


 その呟きが合図になったのか、雄叫びを上げるベルセルクが三方より突進を開始した。地が揺れている、そう錯覚するほどの震動が伝わる。その迫力は、常人であれば腰を抜かして股間を冷たくすることを免れないだろう。いつかのエミリーちゃんのように。エミリーちゃんのように!


 対する卿は――消えた。


 刹那。三方のベルセルクが一斉に吹き飛んだ。ダンプカーにでも衝突したかのような猛烈な勢いで突進してきた道を逆進する。当然、後方から迫っていたベルセルク達を盛大に巻き込んで。


 ベルセルク達がいた場所には、残心する卿の姿が――三人。


「深淵流暗殺体術・幻撃之型――〝朧狂華〟」


 深淵流のネーミングが気に入ったらしい卿。昨夜徹夜で考えた数々のネーミング(既存の技で、特に名前をつけていなかった体術系が中心)をお披露目できてご満悦な様子だ。口元の笑みがそれを物語っている。


 ちなみに、やったことは分身体を出して、三方同時に掌底で吹き飛ばしただけである。素敵な指貫グローブの能力で、突進中の巨体が逆戻りするという非現実的な威力が出ているのだ。もちろん、きっちりと脳内に衝撃を通しているので、仕留め損なっているなどということはない。


「ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!」


 三体のベルセルクが、三人の卿の背後より鉄槌の如き剛腕を振り下ろす。すると、分身体はあっさりとその姿をコミカルな音と共に消してしまい、二体のベルセルクの攻撃は、虚しく地面を叩くだけに終わってしまった。


 そして、本体である卿を強襲したベルセルクは――


 その巨大化した拳は既に卿の頭よりも大きい。それが卿の姿を隠し、そのまま問答無用に地面へと押し潰した。


 ように見えたが、小さなクレーターには卿の残骸など何一つない。本体だったはずの卿が夢幻のように消えるはずもなく、標的を見失ったベルセルクがギョロギョロと血走った眼を動かして姿を探す。


「理性がないなら、せめて本能で悟れよ」

「ッ」


 声がした。ベルセルクの足元から。


 ベルセルクがギョッとしたように自分の足元を見る。お辞儀をするように前傾姿勢となって足元を覗く姿は、その巨体と撒き散らされる狂気的雰囲気からすると中々に滑稽だ。


 自分の足元を覗き込んだベルセルクに、地面より伸びた小太刀が襲い掛かる。まるで地面そのものから生えてきたかのように飛び出した小太刀は、そのままベルセルクの目を突き、脳を破壊し、頭蓋を割って後頭部から飛び出した。


 致命傷を食らったベルセルクの瞳から光が消え、グラリと傾くと同時に、小太刀と同様に伸びたもう片方の手が髪を鷲掴みにして地中へと引きずり込む。


 その反動を利用して、上半身を土下座するように地中に埋めたベルセルクの脇から卿が飛び出した。もちろん、荒ぶる鷹のポーズで!


「ガァアアアアッ」


 空中にある卿へ、迫っていたベルセルクが飛び掛かる。突進の勢いそのままに、空中に身を投げ出して砲弾のように卿を撃墜しようというのだ。


「残念。幻影だ」


 すかっと、ベルセルクの巨体が卿の体を通過した。飛び出してきたのは実体を持たない卿の分身体だったのだ。


 では、本体は?


 もちろん、いつもしくしく、あなたの傍に普通にいる(浩介)だ。今だってきちんと、ベルセルクさんの隣に寄り添っている。ただし、


「暗き獄炎に抱かれろ――〝火遁(万象滅断す・)炎龍牙(深淵の業火)〟」


 ヴォンと独特の音が響いた。その音の正体は、いつの間にかベルセルクの隣で宙に身を躍らせていた卿の手にある赤熱する小太刀――〝赫灼たる雷炎の滅天刀〟が振るわれた風切り音だ。


――火遁(万象滅断す・)炎龍牙(深淵の業火)


 火属性の最上級魔法〝蒼天〟――それが圧縮された状態で小太刀を包み込む。蒼き超高熱を纏う剣による溶断。振るえばヴォンと独特の音を響かせ、魔力の込められた剣であるが故に、魔法攻撃を弾くこともできる。


 そう、宙に美しい光芒を引きながら、あらゆる障害を溶断する無敵の剣――それすなわち、ライ○セイバーだ!


 これのお披露目がされたとき、作製者と卿が、無言でハイタッチを交わしたのは言うまでもない。そして、我慢できず二人で某騎士ごっこをして、それをウサミミな二人に目撃されて生暖かい眼差しを頂戴したのは、ちょっとした黒歴史だ。


 光の剣に首を溶断されたベルセルクは、そのまま地面を転がった。着地した卿に、ベルセルクが次々と襲い掛かる。


「その巨体では動きづらいだろう? 少し軽くしてやろう――〝崩軛〟」


 卿がパチンッとフィンガースナップすれば、途端、周囲のベルセルクが空へと吹き飛んだ。


――重力魔法 崩軛


 かつて神話決戦においてミレディ=ライセンが使用した対象を重力の楔が強制解放する魔法。重力の枷を失ったベルセルク達は、膂力ではどうしようもない要因により為す術なく宙へと放り出された。


 そして、遥か空を見上げれば、そこには、まるで鏡面に姿を映しているかのように背中合わせで左右対称に構える二人の卿の姿。互いに半身に構えた二体の分身体は、それぞれ五指の間に苦無を挟んで投擲姿勢を見せている。


「「汝、暗き神に裁かれろ――〝重遁(逃れ得ぬ)裁禍の星墜(深淵の断罪)〟」」


 放たれたのは重量を数トンの域まで加重された苦無の豪雨。


 空中と無重力という拘束具により死に体となっている数十体のベルセルク達にできたのは、本能的に腕で頭部を庇うくらいだ。それでも、その丸太のような腕ならば、あるいは防ぐことはできるかもしれない。


 もっとも、〝重遁(逃れ得ぬ)裁禍の星墜(深淵の断罪)〟は、そもそも対象を刺し貫く(・・・・)ための技ではない(・・・・・・・・)。これは断罪と銘打たれた攻撃。そして、往々にして断罪とは、首刈りを以って(・・・・・・・)行われるのだ。


 結果、


「せめて、来世では平穏なる人生を」


 地上にいる卿の周囲に、首と胴体が冗談のように分かたれたベルセルク達が、突然のスコールのように降り注いだ。


 原因は一つ。苦無の豪雨は、最初から首を刈るためのもの。超重量の苦無は地上へ墜ちると同時に、互いを極細の鋼糸で結び合う。そう、言うなれば、空から降り注ぐ鋼糸によるギロチンだったのだ。


 そこかしこで、白煙が上がる。ベルセルクの効能が狂戦士達を生かそうと超再生を繰り返すが、頭部から体の全てを再生できるはずもなく、また肉体から脳まで再生できるはずもなく、やがて諦めたかのように限界を迎えて萎れていく。


 立ち上る白煙は、まるで解放されたベルセルク化した人々の魂のようだ。


 そんな白煙の中心に佇む卿は、僅かにサングラスをずらして白煙に黙祷を捧げると、残りのベルセルク達へスッと目を細めた。


 その周囲に、鋼糸で繋がった苦無が浮遊する。スタッと分身体が両脇に降り立った。卿がヴォンと音を鳴らしながら蒼炎を纏う小太刀を切り払えば、分身体も同じく蒼炎の小太刀を切り払う。


「さて、さっさと終わらせようか。……こんな、虚しい戦いは」


 卿は呟きと共に、その存在感を一気に薄れさせる。正面にいながら、ベルセルク達が戸惑ったように視線を泳がせた。


 直後、卿が飛び出した。


 五分。


それが、神話の狂戦士の名を与えられた理性無き獣達が、深淵卿を前に生存できた時間だった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「……馬鹿な。なんだあれは……いったい、なにが起きているんだ……」


 研究施設の一角にある薄暗いモニター室に、動揺をあらわにした男の声が響いた。食い入るようにして、白衣を纏う研究者っぽいその人物が凝視しているのは、ヘリポートへと向けられた外の監視カメラの映像だ。


 いずれ、保安局や軍が強襲してくることは予想していたことであり、故に、離れた場所にあるヘリが着陸できそうな場所や、車両が通れる道は全て監視していた。故に、伐採場から連絡が入ったときは、「あぁ、なかなか早かったな」と思うくらいだった。


 ベルセルクの集団さえいれば、おおよそ武装集団など怖くはない。別に籠城して徹底抗戦しようというわけではないのだ。ベルセルクの集団はあくまで時間稼ぎ。強襲者が怪物達の対応に手間取っている間に、研究データを持って用意した方法で逃亡し、別の研究施設で研究を続ける。


 あとはそれを繰り返せば、そうそう自分が捕捉されることなどない。そう思っていたのだ。


 だというのに、


「あり得ない。あり得ないだろっ。なんだあのガキはっ。おかしいだろう! まるで、下手なアメコミ映画だっ。こんなのが現実にあってたまるかっ」

「……イングラム」


 男の隣にいた荒事に慣れている雰囲気の武装した男が、ドンッとデスクに拳を振り下ろしながら喚いている。


 武装した男――名をヴァイス=イングラム。この研究所の警備主任にして、ケイシスがつけた男の護衛。麻薬の密売、人身売買、戦争の誘発と武器の密売など、金さえもらえればなんでもやる傭兵集団の頭だ。


 頬から右耳にかけて大きな傷跡のあるヴァイスは、その傷跡を引き攣らせるように顔を歪めながら無線で何やら部下に指示を飛ばす。そして、男の方へ視線を向けた。


「おい、なにをボサッとしてやがる。さっさとずらかる準備をしろよ。あんなわけの分かんねぇ、アメコミ野郎とドンパチなんざ死んでもゴメンだぞ。残りのベルセルク全部と〝あれ〟も使って時間稼ぎだ。五分で、ここから出るからな」

「あ、ああ、分かった。いや、待ってくれ。〝あれ〟も出すのかい?」

「ああ? 当たり前だろ。どうせあんなもん持っていけやしねぇんだ。実験過程の産物ならデータさえありゃあ、適当に解放して奴等にぶつけても問題ねぇだろ」

「それは……確かに、そうだね。分かった、準備を――」


 白衣の男が頷きつつ「準備をしよう」と言いかけて、その言葉を止めた。訝しむヴァイスの視線の先で、白衣の男はモニターに視線を釘づけにされている。


 そこには、安全の確保されたヘリポートに着陸したヘリと、そのヘリから素早く降り立つ保安局特殊部隊の隊員達、そして、超常的な技でベルセルクの集団を殲滅した男に手を引かれて降り立った金髪サイドテールの女の子が映っていた。


 白衣の男は大きく目を見開きながら「何故、ここに……」などと呟いている。ヴァイスは、そんな白衣の男に苛立ったように「おいっ」と声を荒らげた。白衣の男はそれで我を取り戻したようで、ハッとモニターから視線を外し、一度頭を振ると「準備をする」と言って部屋から出ていった。


 ヴァイスはモニターに視線を戻すと目を細めて、何故か少年に抱き着いている、というか何だか縋り付いているように見える女の子を見つめた。


「戦場に少女、ねぇ。まぁ、白衣着てるってことは、そういうことか」


 何かを考え付いたようにニヤリと嫌らしく笑ったヴァイスは、白衣の男に続いて部屋を出た。無線で部下に指示を飛ばしながら。



~~~~~~~~~~~~~~~~



 白い外壁の研究施設。その壁沿いにα隊が整然とした隊列を組んで並んでいた。先頭を行くバーナードの視線の先には、部下が破ろうとしてる扉がある。


他のβ隊とγ隊も、それぞれ浩介の分身体を一人ずつ付けた状態で他の出入り口からの侵入を試みている。


 そんな隊列の後ろで、浩介は油断なく周囲の気配を探りながら、微妙に自分をチラ見してくるエミリーを意識していたりする。


「……エミリー。本当に気にしてないから、エミリーも気にすんな。それより、集中しろよ。俺等が守るといっても、エミリー自身が警戒しなくていいわけじゃないからな?」

「う、うん。ごめんね、こうすけ」


 実はエミリー、浩介がヘリから飛び降りる寸前でアビスゲート呼びをしかけて、そのせいで浩介がヘリから落ちてしまったと思っており、さっそく足を引っ張ってしまったと、少々落ち込んでいたのだ。


 ヘリが着陸したあと直ぐに謝ったエミリーだったが、ヘリは離陸と着陸の瞬間こそがもっとも狙われやすいというにわか知識を持っていた浩介は、周囲への警戒を密にしていたので、「ああ、うん、別にいいよ」と、かなりそっけない感じで返してしまったのだ。


 もちろん、気にしていないというのも確かなので、それも相まっての言葉の軽さだったのだが、エミリー的には違うニュアンスで聞こえたようだ。すなわち、「エミリーも他の奴と同じなんだね? まぁ、別にいいけど?」みたいな感じに。


 結果、エミリーは浩介に飛びついた。ギョッとして引き下がった浩介にしがみついたまま、「違うの、こうすけ! 悪いのは保安局の馬鹿隊員達なの! つい釣られちゃっただけで、私はちゃんと名前で呼びたいのよ! お願い、信じてこうすけ!」などと叫ぶことになったのである。


 蹂躙劇が成された戦場跡地で、周囲を特殊部隊員達に囲まれた状況で、しかもこれから敵の拠点に乗り込むというところで、臆面もなく「嫌わないで!」とすがるエミリーちゃん。意外に、今回の事件を通して神経が太く逞しくなっているようだ。


「おい、アビィ。突入するぞ。彼女といちゃつくのはあとにしてくれ」


 バーナードが、突入前の状況において、緊張感の欠片もなく(傍から見ると)ラブコメしている二人に、呆れたような声音で忠告した。


「おい、隊長さん。呼び方が更にフレンドリーになったな。そこまで俺と仲良くなりたいなら、浩介と呼んでくれてもいいんだぞ?」

「そうか? なら俺のことも名前で呼んでくれていいぞ、アビィ」

「……絶対に呼んでやんねぇ」


 ごく自然に発生するスルー現象。別に嫌味や悪意、からかいが含まれているわけではない。風が吹けば木の葉が舞うくらいの自然さで、バーナードは浩介をアビィと呼んだ。


 仏頂面の浩介の隣では、〝彼女〟呼びされたエミリーが頬を染めながら口元をニマニマさせたり、浩介の別名とはいえ、アビィという愛称で呼ぶバーナードに小さな嫉妬混じりの視線を投げつけたり、いろいろと忙しい。


「……妬ましい。羨ましい。こんな状況で可愛い女の子と……アビスゲートめ」

「誰を呼び捨てにしてるんですか? 事故に見せかけて始末しますよ?」


 どこから取り出したのか、ハンカチを噛んでむきぃ! しているアレン。大分、壊れてきているようだ。そんなアレンに、冗談に聞こえない声音で忠告するヴァネッサは……もう、戻れないところにいるのだろう。


 隊長を含め、浩介達のやり取りに、あるいは自分達もベルセルクの仲間入りをするかもしれない覚悟で緊張感を漂わせていた隊員達は、互いに視線を交わし合うと苦笑いを零し合った。


「隊長、行けます」


 扉の解錠に成功した隊員の報告を受け、バーナードは無線を飛ばす。β隊、γ隊双方からも突入準備OKの合図が返って来た。


 バーナードがカウントを開始する。グッと引き締まった空気の中、カウントが――ゼロになる。


「GOッ!」


 バーナードの合図で流れる水のように流麗に、隊員達が施設内へと侵入していく。


 エミリーは、そんな部隊の中心辺りで、浩介とヴァネッサ、そしてアレンに三方を固められる形で必死に追随する。


 無線機から、各部隊の「クリア」という安全確認の報告が流れる。


 廊下は薄暗い。非常用の蛍光灯の明かりしかついていないようだ。ヘリでの一戦で浩介達の存在は知られている。故に、施設の機能を落として、所員達は既に逃亡を開始しているのだろう。


 部隊の目的は、所員の中でも主要なメンバーを逮捕ないし抹殺すること。そして、最重要任務は、間違ってもベルセルクに汚染された利水を配水させないことだ。現状のベルセルクを流したところで彼等に利するところはないのだが、追い詰められた彼等が何をするか……楽観視はできない。


 故に、既に存在がばれている以上は、迅速に施設の全てを制圧しなければならない。手元の端末で現在位置を確認しながら、人の気配がしない不気味な施設内を臆することなく進んでいく隊員達。


 行く道の先に、突き当りが見えた。どうやらT字路になっているようだ。


 と、そのとき、


「敵ッ。前方、武装あり!」

「散開!」


 浩介の怒声が響き、打てば響くような迅速さでバーナードが指示を飛ばす。一秒で隊員達は廊下の左右に分かれ、柱や部屋の入口に身を隠した。浩介も、エミリーを抱えて柱の陰へと身を潜ませる。


 それとほぼ同時に、ダダダダダダッという連続した発砲音が響き渡った。廊下の奥からマズルフラッシュが瞬き、次の瞬間には浩介達が身を隠した柱や壁に衝撃が走って砕け散る。


 どうやら人間の(・・・)待ち伏せにあったようだ。


 隊員達の反応はこれまた迅速。マズルフラッシュの見えた場所へ向かって訓練された正確な銃撃を開始する。


「こんなところで道草を食っているわけにはいかん! ジャズッ、グレネード!」

「イエスッサッー!!」


 ジャズと呼ばれた隊員がライフルの銃身下につけられたグレネードランチャーを廊下の奥に向けて発射した。直後、凄まじい轟音と共に熱波が吹き抜ける。


「Goッ、Goッ、Goッ!!」


 爆発の余韻が終わらないうちにバーナードの号令が響き、隊員達が一斉に銃撃しながら廊下の奥へ飛び込んだ。左右に分かれて廊下の先へ銃口を向ける。一瞬、廊下の曲がり角へ逃げ込む男の姿が見えた。


 後続の隊員が、グレネードの爆発から逃げ遅れて蹲っているか、倒れている男達を見る。痛みに唸っている男達だったが、直後、ビクンッと痙攣し始めた。その瞬間、


タンッタンッタンッ


 木霊する銃声。隊員達が躊躇いなく男達の頭部を穿ったのだ。


「クリア」

「クリア」


 静かな声音で隊員達が安全を確保した旨を告げる。そして、男達が逃げていった廊下の奥へ、何事もなかったように、再び流れるように水の如く進んでいく。


(……やっぱ、本物の特殊部隊ってのはすげぇわ)


 浩介は、思わず小声で称賛を送る。傍にいたヴァネッサが、少しだけ得意げな表情で肯定を示した。


(当然です。コウスケさんのような圧倒的な何かがあるわけではありませんが、保安局強襲課特殊部隊は紛れもなく精鋭。相手が非常識の塊でもない限り、そうそう後れはとりませんよ)


 ヴァネッサのその言葉を証明するように、バーナードが率いるα隊は、施設のあちこちで時間稼ぎするべく潜んでいた武装集団を、まるで歯牙にもかけず駆逐し進撃の足を止めなかった。


 それは無線から聞こえてくる他の部隊も同じようで、誰かが負傷したという報告もない。分身体から情報を共有した浩介は、自分の分身体がほとんど活躍していないことも分かっているので、改めて特殊部隊の強さというものを実感していた。


 そうして進んでいくうちに、浩介達は広い部屋へと到着した。事前にダウンロードしておいたケイシスのデータによれば、ここがメインの研究室のはずだ。


 それを示すように、研究用と思われる数々の機器やよく分からないものが置かれているデスク、そしてPCがあちこちにある。


「隊長さん」

「あぁ、分かってる」


 小さく声をかけた浩介に、バーナードは頷いた。既にハンドサインを出し終えていて、隊員達も死角のないよう銃口を向けている。


「よぉよぉ、保安局のエリートさんじゃねぇか。こんな場所で雁首そろえて、いったいどうしたんだ?」


 軽いノリで、そんなことを言ったのは、大きな頬傷が特徴の軽薄そうな男、ヴァイスだった。余裕のあらわれか、肩紐で吊るした軽マシンガンは、触れられてすらいない。その両手は降参を示すように掲げられている。


「……ヴァイス=イングラム。まさか、こんなところにいたとは」


 アレンが銃口を向けながら嘆息した。ヴァネッサが視線で「誰です?」と促せば、少し前に、J・D機関のエージェントLが取り逃がし、行方不明となっていた極悪非道の傭兵だという。


 それを聞いて、生かす気がゼロになったバーナードがさくっと抹殺しようとすると、


「お、おいおい、ちょっと待ってくれって。俺を殺したら、大変なことに――」

「撃てッ!」



 なにやら言い募ろうとしていたヴァイスだが、バーナードに容赦はなかった。問答無用に銃撃の合図。途端、横っ飛びするヴァイスの、つい数瞬前までいた空間を無数の弾丸が通り過ぎた。


 ヴァイスはデスクの陰に隠れながら、「これだからエリートのボンボンは嫌いなんだっ」と悪態を吐きつつ、無線を飛ばす。途端、部屋のあちこちに隠れていたヴァイスの部下が、一斉に部隊へと引き金を引いた。


 部隊員達は一瞬で互いをカバーできる位置で散開すると、四方八方へと応戦を始める。浩介も、万が一にもエミリーが被弾しないよう、半アビスゲート卿化しながら敵勢力を制圧していく。


「くそっ。ケイシスの野郎。これじゃあ全然、割に合ってねぇっての! おいっ、おっさん! まだか!? もう持たねぇぞ!」

「――ッ」


 軽マシンガンで応射しながら怒声を上げるヴァイス。直後、部屋の奥のデスクの陰から四つん這いの男が這い出てきた。銃撃戦の激しさに身動きが取れないようで蹲っている。


 それを見たヴァイスは舌打ちしつつ、懐からスマホを取り出すと待機させていた画面のボタンの一つを躊躇いなく押し込んだ。そうすれば、途端に迸る絶叫。


「悪ぃな。ちょいと俺のために死んでくれ」


 ヴァイスが押したボタンは、部下に飲ませた起爆装置付き【ベルセルク】だ。


 当然、ヴァイスの部下達は、自分が飲まされたものの正体を知っている。知っていて、何故、そんなものを飲んだかと言えば、それは、忠誠心などではなく恐怖心からだ。ただ単に、飲まなければボスであるヴァイスに殺される。その恐怖心が彼等に薬の正体を知りながら、自ら服用することを許容させたのだ。


 ヴァイス的に、部下全員を連れて逃げ出せるなど思っていなかったが故の、非道で冷酷な判断。側近と使える部下以外の下っ端にはもれなく全員に飲ませている。


「チッ。総員、ベルセルクに集中! 飛沫を浴びるなよ!」


 バーナードの号令が飛び、同時に浩介がベルセルクの始末に取り掛かる。エミリーへの注意はおろそかにしていないが、傍にはヴァネッサとアレンがいる。最近、残念なところしか見せていない駄ネッサさんだが、その実力は折り紙付きだ。


 なにせ、たった一人、孤立無援の状態でキンバリー率いる何十人という追っ手からエミリーを守り通し、一対一ならベルセルク相手でも危なげなく制することのできる猛者なのだ。


 アレンは言わずもがな。【ベルセルク】の原液を浴びた第一感染源のベルセルク数体を、まとめて相手にできる殺しの専門家。今も、某魔王を彷彿とさせる二丁拳銃でのガン=カタらしき武技を以って、一切の敵を寄せ付けていない。


 だが、それでも四方を、これだけの近距離でベルセルクに囲まれれば、注意がそちらに向くのは避けられないことで……


「あっ」


 エミリーが思わず声を上げた。その視線の先には、さっさと部屋から出ていこうと、今まさに扉を開いたヴァイスと、そのヴァイスに首根っこを掴まれて扉の奥へと放り込まれた白衣の男がいた。


 浩介が、ベルセルクの首をちょんぱして、そのままヴァイスを捕えるべく踏み出そうとする――寸前、


「そんじゃあ、さよならみなさん。是非、最後まで歓迎の品を堪能していってくれ」


 そう言って、ヴァイスは手元のスマホのボタンを押して頑丈そうな扉をバタンと閉じてしまった。


 いったい、なんのためにボタンを押したのか。その理由は直ぐに明らかになった。


「グルゥルルルルル」


 低い唸り声が銃声の狭間に響いた。


「隊長さん! 奥の扉だ!」

「ッ、おいおい、なんだあれは……」


 浩介が指差した先。ヴァイス達が出ていった扉とは反対側の壁にあった扉が、いつの間にか開いていた。そして、そこから現れたものを見て、バーナードは思わず硬直する。


 そこから現れたのは、体長二メートルはあろうかという巨大な――獣だった。見た目は、猫だろうか。しなやかな肢体とゆらりと揺れる尻尾。ただし、地球上のどこを探しても見つからないであろう巨体。瞳は血走り、口元は唾液で濡れそぼっている。


 その後ろからも、猫ほどではないが、肥大化し、見るからに正気のない飢えた獣達が出てくる。犬もいれば、ネズミや猿もいる。どれもこれも、正真正銘のモンスターだった。


「なるほど。ベルセルクを獣に使ってはいけない理由はない。まして、ここは研究施設。実験体として動物がいない方がおかしい、というわけか……」


 苦々しい表情でそう呟いたバーナードは、部下に指示を飛ばし陣形を整え直す。と、同時に、無線機からβ隊とγ隊の怒声が響いてきた。どうやら、あちらも動物のベルセルクと遭遇戦になったらしい。


 分身体の浩介のおかげで、今のところ戦闘不能になった隊員はいないようだが、直ぐに合流できる状況でもないようだ。


「仕方ない。どれだけいるか分からないけど、片づけて――」

「いや、アビィ。お前はグラント博士と共に、イングラム達を追ってくれ」


 再びアビスゲート卿化して、動物のベルセルク――ベルセルク・ビーストを相手取ろうとすると、バーナードが制止の声をかけた。


 浩介は、思わず「正気か?」と信じ難い表情を向ける。そんな浩介を尻目に、バーナードはフラッシュバンと催涙弾を投げ込んだ。動物なら、たとえ狂化していても、視覚と嗅覚を強烈に刺激する物質を前に、少しは怯むのではないかと思ったのだが……


 意外にも、その考えは的を射ていたようだ。ベルセルク・ビースト達は、怯んだわけではないようだが、勢いよく飛び下がった。


 その有用な情報を頭の中で戦術に組み込みながら、バーナードは稼いだ時間で、浩介に言う。


「イングラムも、奴が連れ出した男も、逃がしてはならない獲物だ。どんな脱出手段を用意しているのか分からない以上、時間を稼がれるわけにはいかない。それに、逃がしてしまっては、ここに彼女を連れてきた意味がないのだろう?」


 そう言って笑うバーナード。転じた視線の先には、頭を抱えて小さくなりつつも、必死に周囲の状況を見ているエミリーがいる。


 その通りだ。制圧すべきいくつもの施設のうち、ここを選んだのはエミリーのため。エミリー自身、わがままを言っていると理解して、なお頼み込んでやってきた。世界のためでも、保安局のためでもない。エミリーのために来たのだと宣言したのは、他の誰でもない浩介だ。


 浩介は改めてバーナードを見た。周囲のベルセルクは、既に隊員達があらかた片づけているが、それでもベルセルク・ビーストを相手にするとなれば、死線をくぐることになるだろう。


 だが、バーナードが返す眼差しには、僅かな躊躇いも、怯えもない。すべきことのために、最善を尽くす。そこにはあるのはプロとしての覚悟のみ。


「他の場所の奴等を片づけたら、分身体を急いで送る。なるべく無理はせず、時間稼ぎに徹してくれ」

「それは心強いな。時間稼ぎだけなら、簡単すぎて思わず油断しそうだ」


 不敵に笑うバーナードに、浩介はエミリーを立たせながら同じく不敵な笑みを返す。


「バーナード。あんた、いい男だな」

「今更気が付いたのか? 意外に鈍い男だな、アビィ」


 そう言って拳を突き合わせる浩介とバーナード。男臭い笑みを交わし合う二人に、何故かヴァネッサがキラキラと瞳を輝かせているが、取り敢えず無視だ。


 浩介はエミリーの手を引いて一気に駆け出した。その後を、ヴァネッサとアレンが追随する。


 同時に、ベルセルク・ビーストが、催涙ガスに対する本能的な嫌悪よりも獲物を逃がすことの方を嫌ったのか、一斉に飛び出してきた。


「アビィ達の邪魔をさせるなっ!」


 バーナードの号令で、隊員達が弾幕を張る。ベルセルク・ビースト達は横っ面を吹き飛ばされて、浩介達への突進を止めざるを得なくなった。


 その隙に、ヴァイス達が出ていった扉に辿り着いた浩介は、扉を開きながら、標的を変更したベルセルク・ビースト達と相対するバーナード達を見る。


 振り返って足を止めた浩介達に、バーナードが怒声を上げた。


「俺達のことは気にせず、さっさと行けッ! なぁに、心配せずとも、直ぐに追いつくさ」

「ちょっ、馬鹿っ! 今、なんでそれ言った!?」


 不敵な笑みを浮かべながらのバーナードのセリフに、浩介がツッコミを入れる。何故、この土壇場で、そんな素敵なセリフを言えるのか。オタクでないバーナードがネタに走るわけがなく、それが余計に不吉だ。


 だが、土壇場で何かに憑りつかれたかのように絶好調なバーナードは素敵なフラグを重ねる。


「アビィ! この件が片付いたら、ビールでも飲もう!」

「もう止めろ! 戦場で、『俺、帰ったら~』的なセリフは、一番言っちゃいけないやつだ!」


 もちろん、浩介の言葉はいつものように不自然なまでに自然にスルーされる。


「グラント博士! 部下共々、再会できたら一つ、言いたいことがある! 聞いてくれるか!?」

「え? は、はい! 必ず!」

「だから止めてぇ! エミリーも返事しないで! マジしゃれになんないからぁ!」


 やっぱり、ここに残った方がいいかもしれない。そう思った浩介だったが、直後、ベルセルク・ビーストの一体が、浩介達に迫り、アレンが「急いでください!」と浩介達を扉の向こう側へ引っ張り込んだため、それは叶わなかった。


 頑丈な扉が閉まり、最後にいい顔でサムズアップするバーナードが脳裏に焼き付く。


 ベルセルク・ビーストが体当たりをしたようで扉がべこりと凹み、ついでガンガンガンッと銃撃の音が響いた。


「さぁ、ぼさっとしてないで行きましょう!」


 アレンの言葉でヴァネッサも、エミリーも立ち上がる。浩介も、何とも言えない表情で立ち上がった。


 そうして、廊下の奥へと走り出す浩介達。不意に、ヴァネッサが呟いた。


「悲しい、事件でしたね」

「やかましいわ!」


 不謹慎極まりないセリフに、浩介のツッコミが炸裂する。バシコンッと音を立てて頭をはたかれたヴァネッサが涙目になり、そんな二人に訳が分からないといった様子でエミリーとアレンが目を白黒させる中、浩介は祈った。


「バーナード。マジで、急いで助けに行くから死ぬなよ」


 浩介の脳裏から、何故か、いい笑顔でサムズアップするバーナードの姿が消えてくれなかった。


いつも読んで下さり有難うございます。

感想・意見・誤字脱字報告も有難うございます。


次回の更新も土曜日の18時です。

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― 新着の感想 ―
これフラグたてすぎて逆に助かるパティーンでは? ボブはいぶかしんだ
バーナード………アンタ、それだけフラグを乱立させやがって………無事でいられると思うなよ?
[良い点] ああ、もう、フラグ立たせ過ぎ!と悲鳴をあげたくなる点
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