挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

ありふれた番外編 世界のアビスゲート卿から

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

211/288

もうやだ、お家に帰りたい……

すみません。
結局、次回話を上げるので精一杯でした。
ゴールデンウイークってなんでしょうね? 仕事が鬼の週っていう意味ですかね? ハハッ
そんなわけで、前話の改稿、加筆は、ひとまず置いておこうと思います。
期待していた方がいましたら、すみません。
「しっかり! しっかりして、こうすけ!」

 夜の倉庫街に似つかわしくないエミリーの悲壮な呼びかけが木霊する。三角座りで膝を抱え、死んだ魚そのものの目で虚空を眺め、乾いた笑いを浮かべる浩介の襟首を掴んでは、必死にガクガクと揺さ振っていた。

 その様子を、グラント家の皆さんがどうしたものかと困惑しながら眺めており、また、ヴァネッサも、何故か突然使い物にならなくなった浩介に疑問の視線を投げかけながらも、その代わりにと、周囲へ警戒の視線を走らせていた。

 そして、その警戒の視線の先には、幾人もの局員と生き残った隊員達がいた。

 そう、現在、この場には、多くの局員がいるのだ。マグダネス局長とアビスゲート卿の話し合いが終わり、突然、浩介が壁の染みのようになってしまったあと、後始末のため、マグダネス局長は局員を呼び込んだ。

 なにせ、死屍累々といった表現がぴったりな現場である。死体をそのままには出来ないし、キンバリー達が乗って来た車両も押収しなければならない。その後始末のために、人手が必要だったのだ。

 加えて、キンバリーの背後にいる組織についても、双方で情報共有したり、キンバリーを尋問する必要があり、そんなわけでマグダネス局長達も、浩介達も、現場に残ったままというわけだ。

 キンバリーもアレンも、元のイケメン振りが幻だったかのように、見るも無残な顔面崩壊を起こして、未だに白目を剥いたままピクリとも動かない。隊員の幾人かが、監視としてキンバリーについているが、「これ、監視の必要あるか?」と疑問に思う程度には酷かった。

 なので、尋問もまだ行われていない。というか、浩介が、まるで深淵に呑み込まれる寸前のように心を彼方に飛ばしたままなので、現状、マグダネス局長達と情報共有すらできていなかったりする。エミリーが頑張って正気を取り戻そうとしているが……浩介さんのダメージは深いのだ。

 ライフル弾に抉られた腕の治療を、負傷した隊員達に混じって、救急設備の整った車両の傍らで治療してもらっているマグダネス局長は、そんな浩介の姿に目を細めている。

 一応の和解、というか休戦協定を結んだとはいえ、そこは清濁併せ持つ女傑が相手だ。浩介が「オレ、ダイジョウブ。オレ、ガンバレ。オレ、ダイジョブ」と片言でブツブツ呟いている有様では、ヴァネッサもいろいろ我慢して目を光らせておく必要があった。

 しかし、もうそろそろ、浩介には正気に戻って欲しいところ。なので、必死に呼びかけつつも、抱き締めるように浩介の頭に腕を回し、ちょっともう、ただの友人とは言い難い距離感になり始めたエミリーへ、ヴァネッサは助言する。

「グラント博士。一つよろしいですか?」
「なによぉ。今は、ただのオタクに構っている暇はないのよぉ!」
「ただのオタクとは失礼な。私はただのオタクではありませんよ。仮に、オタクだとしても、それはオタクと言う名の捜査官――いえ、SOUSAKANですよ」
「意味が分からない!」

 なんだか、ちょっとした芸人コンビのようにスムーズなボケとツッコミをかますヴァネッサとエミリー。エミリーは猫のようにフシャーしながら、視線で「ちょっと黙れ!」と訴える。もちろん、ヴァネッサさんは止まらない。

「我が神ですが、どうやら先程までの香ばしさ溢れる状態は、何故かは分かりませんが精神的に負担がかかるものだったようです。ですから、何か気持ちが軽くなるような、我が神が喜ぶことをしてあげてはどうでしょう?」
「いいアドバイスだわ……でもね、一点だけ指摘させて! “我が神”ってなんだ!」

 エミリー=グラントはツッコミポントを見逃さない。

 ヴァネッサは、「それ、今、重要でしょうか?」という何とも腹の立つ疑問顔を見せつつも、日本の古き良き価値観と合わせて解説をする。

「グラント博士。私が、我が神と呼ぶのは、それが日本の伝統と文化に由来した、正しい敬意の示し方であり、敬称だからなのです」
「ど、どういうことなの?」
「日本では、卓越した技術や、他にはない絶賛すべき結果を示した者を、“~は神”と呼んで称えるのですよ。故に、私が、“コウスケさんは神!”、“コウスケさんの香ばしい言動はマジ神!!”と称えるのは、ごく自然で、当然のことなのです!」
「し、知らなかった……」

 スビシと指を差し、己の主張を力説するヴァネッサに、エミリーは、まるで大学の教授から新たな知識を授けられた時のような表情となった。……その腕の中で、浩介がヴァネッサの言葉の弾丸に被弾してビックンビックンと痙攣しているのにも気が付いていない。

 エミリーの様子に、気を良くしたらしいSOUSAKANの舌は、ますます滑らかに動く。

「グラント博士。余談ですが、日本では日々、新たな神が生まれているのですよ」
「う、うそ……日本には、こうすけみたいな人が沢山いるの!?」

 エミリーが驚愕の表情を見せる。サイドテールがぶわっと逆立った。その傍で、グラント家の皆さんの表情が盛大に引き攣った。マグダネス局長の目が糸みたいに細まり、隊員達が「絶望した!」みたいな悲壮な表情になっている。

 ……保安局の人達も、結構、聞き耳を立てているようだ。

 それを知ってか知らずか、ヴァネッサは、どこかの誰かさんみたいにオーバーリアクション気味に肩を竦めて「いえいえ、まさか」と、エミリーの言葉を否定した。

「流石に、日本(ファンタジーの国)にも、我が神レベルの人はいないでしょう。しかし、常人を遥かに超える、魂に響くような技術と情熱を有した神々が存在するのは事実です。……グラント博士。貴女も耳にしたことくらいはあるのではないですか? かの国のもう一つの呼び名を。日々、神々を生み出すという、その真髄を示す、別称を!」
「わ、分からない、分からないわ、ヴァネッサ!」

 エミリーちゃんの中の変なスイッチが入ってしまったようだ。というか、実に場の雰囲気に流されやすい。物語でいうなら、確実にチョロイン枠だろう。

 これ以上ないほど優秀なオーディエンスを得たヴァネッサは、月明りのスポットライトを浴びながら、片手を胸元へ、もう片方の手を大きく広げて、まるで舞台女優のような雰囲気で、彼女が愛してやまない国の別称を響かせた。

「人は、かの国をこう呼ぶのです。――八百万の神が生まれる国、と」
「違ぇよっ。古き良き日本の価値観に謝れ! この勘違い系外国人代表!」

 あんまりと言えばあんまりな発言に、発射されたミサイルの如く深淵の底から飛び出してきた浩介が、思わず立ち上がりながら怒声を上げた。勢いで一緒に立ち上がったエミリーが、「立った! こうすけが立った!」と、ネタっぽいことを言いながら喜びをあらわにする。

「ご復活、おめでとうございます。我がか――」

 すちゃっと浩介の傍に膝立ちとなり、主君を仰ぐ臣下のような礼を取るヴァネッサだったが、途中で言葉を遮られた。ヒュッという風切り音と、頬を掠めた風圧によって。

「おい、駄ネッサ。次、俺を“我が神”って呼んだら……当てるからな」

 ヴァネッサが、こめかみに冷たい汗をツーと流しつつ、そっと肩越しに背後を見れば、そこには地面に深々と突き刺さった漆黒の苦無がある。だが、この程度ではめげない。そんなことでは、SOUSAKANは務まらないのだ!

「……では、師匠と」
「なんでだよ!? 普通に、今まで通り“コウスケさん”でいいだろう!?」
「いえ、そういうわけにはいきません。教えを乞う者として、私は相応しい態度を取りたいのです!」
「なんかすげー気迫を感じるんだけど。なんかちょっと怖いんだけど。っていうか、教えを乞う?」
「はい。是非とも私を弟子にしてください!」
「この展開は、予想外!」

 駄ネッサさんの気迫漲る、約五分に渡る怒涛の説明によれば……要は、浩介の強さにとても感動したので、是非とも弟子にしてください、ということらしい。

 約二行のことを、それはもう盛りに盛って情熱的に説明してくれたので、浩介の羞恥心が再び致命傷を負ったのは言うまでもない。

 アビスゲート卿のポーズは素晴らしいと、完コピしたらしい動きで再現したり、ふっと笑いながら「今宵の月は素晴らしい」と言ってみたり……。「やめてぇ! お願い、もう止めてぇ!」と、浩介は両手で顔を覆いながらイヤイヤをする。

「なんで弟子なんだよ。俺はもう、お前の思考過程が分からないよ」
「あのジャパニーズニンジャの如き技の数々を目の当たりにすれば、教えを受けたいと思うのは自然だと思いますが……」
「自覚してくれ。ヴァネッサの言う自然は、大体不自然だ。というか、保安局の捜査官だろう? そっちはどうすんだよ」

 爛々と輝くヴァネッサの眼差しに、浩介が嫌そうに顔を背けながらやんわり断りを入れる。

 ヴァネッサは、チラリとマグダネス局長を見やると何故か「ふっ」と実に腹の立つ笑みを浮かべた。マグダネス局長の目元がピクリと反応する。

「そもそも、私が保安局に入ったのは、『悪と戦う捜査官とか結構格好良くない?』と思ったからです」
「小学生みたいな動機だな……」
「無事、捜査官になった後も、『国家陰謀に巻き込まれたりしないかな?』とドキドキしながら日々を過ごしていました」
「マジで発想が小学生じゃねぇか」

 マグダネス局長が片手で目元を覆い出した。その心情は推して知るべし。隊員達の幾人かが、ちょっと目を逸らしたり、生暖かい眼差しを送ったりしている。きっと、駄ネッサさんの同類だろう。

「初めて局長とお会いしたときは感動したものです。迅速かつ冷徹な判断を下せる生ける伝説でしたし、実際にお会いしてその雰囲気を肌で感じたときは、『え、なに、リアルMじゃん!』と思いました。私は一瞬で決意したのです。『よし、私がリアル0○7になろう』と」
「お~い、局長さ~ん! おたくのSOUSAKAN、あんたの○07になりなかったらしいぞ!」

 マグダネス局長が「……私の知ってるパラディは、幻想だった」と疲れたような表情で呟く。そして、見ていられないとばかりに逸らした視線の先で、「うんうん、分かるわ~」といった雰囲気を醸し出す隊員や局員達を目撃してしまった。盛大に頬が引き攣る。

「しかし、しかしです! 私は見てしまった! 知ってしまった! この世には知るべきでないことがあるのだということを! そう、貴方です!」
「ぐはっ。ゆ、油断した。一気に戻ってきやがったぜ」
「師匠の香ばしさに比べれば、エセMな局長のなんとしょぼいことか。私が目指すべきは、ここにあった! 師匠、お願い致します。どうか、私を弟子に」

 そう言って、頭を垂れる駄ネッサさん。勝手に架空の人物扱いされ、勝手に期待され、挙句、しょぼいと言われた局長さんが、ツンドラな視線で拳銃を抜いた。それを、傍らの隊長さんが「お、落ち着いてくださいっ、局長ぉ!」と羽交い締めにして止めている。

 そんな騒動を横目に、人生初の弟子入りを懇願された浩介は、大きく溜息を吐きながら一言。

「却下」

 ばっさり切り捨てた。

 しかし、最初から予想済みだったようで、ヴァネッサは特に取り乱すこともなく一つ頷く。そして、あらかじめ用意していたらしい、むしろ、本命っぽいお願いを口にした。

「では、抱いてください」
「意味不明度が天井知らずだよ! なに言ってんの!? なに言っちゃってんの!?」
「ヴァネッサ!? どどどど、どういうつもり!?」

 浩介が激しく動揺し、ヴァネッサと浩介のやりとりに呆然としていたエミリーが一発で復活する。

 ヴァネッサは特に恥じらう様子もなく、むしろ獲物を狙うハンターのような眼差しで浩介を見つつ説明するところによれば、要は、弟子が無理なら貴方の女にして! ということらしい。そうして傍にいる権利を貰えれば、後は勝手に技を盗むと言うのだ。

「不純! 不純よっ、ヴァネッサ! そ、そういうのは、ちゃんと好きな人同士じゃないと――」
「いえ、グラント博士。勘違いしないで欲しいのですが、私は何も目的の為だけにこの身を捧げようというわけではありません。普通に、惚れました。というか、濡れました」
「ぬ、ぬれ、ぬれぇ――」

 エミリーちゃんが浩介の肩に顔を埋める。耳どころか首筋まで真っ赤だ。そして、直球すぎる告白に、浩介もまた相手の残念さを一時的に忘れ、思わず赤面する。

「安心してください、コウスケさん。意外かもしれませんが、私、実は尽くす女です」
「い、いや、そんなアピールされても。そもそもだな、俺には――」
「そ、そうよ! こうすけとヴァネッサが、なんて……ダメ! 絶対にダメなんだから!」

 浩介が「実は恋人が」と言おうとするが、一杯一杯のエミリーちゃんが浩介をグッと引き寄せながら、庇うように、あるいは取られまいとするかのように抱え込み、釣り目をツリツリしながら威嚇する。

「安心してください、グラント博士。私は、愛人でもまったくOKです」
「そ、そういう問題じゃないでしょ!」

 ヴァネッサさんのフリーダムさは止まらない。遺体がごろごろと転がる遺体の処理に勤しむ、深夜勤務手当なんて出ない局員さん達が、既に動きを止めてジッと浩介達のやり取りを見ている。血走った瞳と、震える拳、そして、小さく漏れる呪詛と共に。

「す、すまない。少しいいだろうか?」

 混沌さが増していく中、おずおずとした声音で声がかけられた。見れば、エミリーの父親であるカールが、浩介やエミリー、そしてヴァネッサに、何とも言えない表情を向けている。

「その、アビスゲートさん、でよかったかな?」
「浩介です。いいですか? 俺の名前は浩介です」

 カールお父さんのナチュラルなアビスゲート呼びに、心の中のミニ浩介が吐血する。地味にダメージを食らいながらも、気迫を込めて訂正を促せば、カールお父さんはドン引きしつつも素直に頷いた。

「えっと、浩介さん。まず、お礼を言わせてください。貴方はグラント家の恩人です。私にできることなら、どんなお礼でもさせてもらうつもりです。あの不可思議な力のことは詮索しません。きっといろいろご事情があるでしょうから……。ですが、これだけは教えてもらいたい。……うちの娘とは、いったいどのような関係で? 随分と親密に見えるのですが……」

 カールお父さんの視線が困ったような色を宿しつつ、今もしっかりと浩介に抱き着いている愛娘の姿を捉える。

 そこで、ようやく、自分がべったりと浩介に張り付いることに気が付いたようで、エミリーは「あわっ!?」と声を上げながら、バンザイをしつつ身を離す。

「あ~、いえ、別に、カールさんが思っているような関係ではないですよ。俺は、ただの護衛であり、友人です」
「友人、ですか……」

 カールの視線が再び娘へ向けられる。エミリーの背景にどよ~んと擬音が付きそうな暗雲の幻が見えた。明らかに、あっさり“ただの友人”と言われたことに落ち込んでいるようだ。父親でなくても、エミリーが浩介を、もうただの友人などとは思っていないことは丸分かりだった。

 そんな愛娘の様子に、複雑な表情をする父カール。そこで、波紋を呼ぶ投石を行うのは、もちろん、この人だ。

「コウスケさん。それはあんまりな言い様です。グラント博士は、既に大切なもの(お○っこ)を捧げたというのに……」
「大切なものを捧げた!? エ、エミリー! どういうことなんだい!? お父さんに説明しなさない!」
「ち、違うの、お父さん! あれは、そういうのじゃなくて……こうすけに意地悪されて、どうしようもなかったの!」
「なっ。悪戯されて大切なものを奪われたというのかい!? な、なんてことを……」

 エミリーが羞恥で頬を染めながら、小っちゃくなった。いつものスタイルなのだが、今、この場においては、まるで傷ついて蹲っているようにも見える。実際、エミリーママのソフィアが、「エミリー! あぁ、こんなに震えて、可哀想に!」と悲壮な表情で抱き締めている。

 浩介は浩介で、「“意地悪”と“悪戯”じゃあ、ニュアンスがだいぶ異なるからね!」と内心でツッコミを入れていたが、自分が意地悪をして、エミリーを辱めてしまったことは事実なので言葉に迷ってしまう。断じて、カールやソフィアが想像しているような酷いことはしていないのだが……。というか、むしろ汚された方なのだが……。

 カールお父さんの怒りを押し殺したような眼差しが、心の中のミニ浩介を追い詰める。

「アビスゲートさん。貴方は我が家の恩人だ。可能な限り、礼をしたいという言葉に偽りはない。だが、だがっ、どうか娘だけは許していただきたい! この通りだ! どうか、これ以上、娘を辱めるようなことだけはっ!」
「違うんです! 誤解なんです! 俺はそんな鬼畜じゃありませんから!」

 マグダネス局長を始め、局員達の視線が冷たい。まさに、犯罪者を見るが如く。

 その後、浩介必死の弁解と、どうやらとんでもない勘違いが発生していることに気が付いたエミリーが言葉を尽くしたことで、なんとか誤解は解けた。

 もっとも、良かれと思って適時、補足を入れて来る駄ネッサのせいで、日本は美少女の“ご褒美”に飢えている男の子で溢れかえっているという誤解が、グラント家どころか局員達にまで浸透してしまったり、結局、エミリーの粗相が知れ渡ってしまって、彼女の精神が旅立ってしまったり、それを慰める浩介を見て二人の関係が独り歩きし、そこにさりげなく駄ネッサ愛人疑惑が加わって、「浮気じゃない! これは浮気じゃないんだ!」と、一人、浩介が焦ったり……

 そんなこんなで、どうにか現場の後始末も終わり、ようやく、本当にようやく浩介達とマグダネス局長達の話し合いが始まるといったそのとき、通信機を持った局員の一人が、マグダネス局長へと駆け寄った。

 張り詰めた表情を浮かべるその局員の様子から、何やら尋常でない事態が起きているようだ。

 訝しむマグダネス局長に、局員はどこかと繋がっているらしい通信機を差し出した。

「局長。キンバリーの奴から押収したスマホです。……貴女に代われと」
「……そう。準備は?」
「OKです。ですが、対策はしてあるかと。なるべく引き延ばしてください」
「承知よ。全員、音を立てないで。スピーカーにするわよ」

 保留状態のスマホを受け取り、手早く指示を出したマグダネス局長。局員や隊員達の間に緊張が走る。状況から、どうやらキンバリーの背後の組織が接触を図って来たらしい。スピーカーにするのは、浩介達にも状況を把握させるためだろう。

 電話の向こうにいるのは、おそらく、全ての元凶であろう組織。キンバリーからの結果報告か、定時連絡がないことで、遂に直接、出張ったきたのだろう。

 エミリーの表情が消え、駄ネッサがヴァネッサに戻り、浩介の目がスッと細まった。

 専用の機材が積まれた車両の荷台で、ヘッドフォンを付けた局員の一人がGOサインを出す。マグダネス局長は一つ頷くと、通話のボタンを押した。

「国家保安局局長のシャロン=マグダネスよ。あなたは?」
『初めまして。局長殿。電話越しとはいえ、生ける伝説と話せるとは光栄だ。私は、そうだな……オーディンとでも呼んでもらえるか?』
「……北欧神話の主神気取り? ベルセルクのネーミングといい、随分と痛々しいわね」

 何故か、浩介が胸を押さえた。ヴァネッサが口元を一瞬だけニマニマさせる。だが、今はシリアスの時間なので、みんな仲良くスルーだ。

『辛辣だな。流石は、長くこの国の安全を担ってきた鉄の女だ。かなりの兵隊を与えたとはいえ、やはりキンバリー君に貴女の相手は荷が重かったようだ』
「無駄話は結構よ。本題に入りなさい」
『遊び心がないとは実に嘆かわしいが……まぁ、いいだろう。こちらの要求は一つ。保安局が確保したエミリー=グラントを引き渡せ』

 エミリーがビクリと肩を揺らした。それを、カールとソフィアが抱き締めるようにして寄り添い支える。

「私が、その要求を呑むとでも?」
『呑まざるを得ないだろう。でなければ、町中でベルセルクが産声を上げることになる。このようにな』

 直後、

「ァ、ガァ、ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!」

 夜の倉庫街に絶叫が響き渡った。誰もがギョッとして咆哮の発生源へと視線を走らせる。

 そこには、白目を剥いたまま激しく痙攣するキンバリーの姿があった。後ろ手にはめられた手錠がギチギチと悲鳴を上げ、かかっている圧力の大きさを示している。

「下がれ! 全員下がれ! 距離を取って半円に包囲しろ!」

 隊長の号令が響き渡り、隊員達が一斉に動く。局員達も、特殊部隊の邪魔をしないように、表情に焦りを浮かべつつも素早く移動をした。

 誰もが理解していた。キンバリーの尋常ならざる様子が、ベルセルクへと変貌する症状であると。だが、その表情は困惑と疑問で溢れている。当然だ。キンバリーは【ベルセルク】の薬品を接種などしていない。一度浴びれば、ものの数秒でベルセルク化するのだ。ならば、何故、このタイミングで、拘束されていたキンバリーに、この症状が現れるのか。

 浩介とヴァネッサが、エミリーとグラント家を守るように立ち位置をずらしつつ様子見する中、キンバリーは遂に、その肥大化していく肉体と、強化された筋肉により、金属の枷を引き千切った。

「ォオオオオオオオオオオオッ!!」

 もはや、ワイルド系というには些か以上にいき過ぎな風貌となったキンバリーが、血走った目で周囲を睥睨する。キンバリーが、何故いきなりベルセルク化したのか、それは分からないが、それでも目の前に脅威があることに変わりはない。

 故に、隊長は射撃命令を出そうとした。

『キンバリー君。良いデモンストレーションをありがとう。……もう、死んでいいぞ』
「ギッ、ガッ!?」

 スピーカーから流れたオーディンを名乗る男の、実に軽い死刑宣告。次の瞬間、今にもより取り見取りの獲物へ襲い掛からんとしていたキンバリーは、ビクンッと大きく痙攣すると、苦悶の声を上げながらもがき苦しみ始めた。

 誰もが困惑する中、キンバリーは全身から白煙を上げ、ボコボコと気味の悪い音を立てながら更に肥大化していく。そして、体長が三メートル近くに達した次の瞬間、まるで風船から空気が抜けるように、一気に干からびてしぼんでいく。

「……これって……ベルセルクの過剰摂取?」

 エミリーが呆然としながら呟いた。キンバリーの身に起きた症状は、エミリーの見立て通り、確かに、ベルセルクの過剰摂取によるものだった。

「なにを、したの?」

 マグダネス局長が、あんまりと言えばあんまりな最後を迎えた元部下に、感情の見えない眼差しを向けつつ、手に盛ったスマホへ疑問を投げつけた。

『予想は出来ているだろう? 特に、難しいことをしたわけじゃない。通常量のベルセルク入りカプセルと、限界量の三倍に濃縮したカプセルに、遠隔操作で破裂する細工をして、キンバリー君に呑ませていたおいただけのことだ。特効薬はなくとも、過剰摂取による廃棄なら出来る、というわけだよ』

 オーディンの言葉に、ほとんどの者が絶句した。人道に悖るなんて言葉では生易しい、外道中の外道というべき所業だった。だが、そんなことは気に留める必要もないと言わんばかりに、オーディンは話の続きをする。

『さて、分かってもらえたと思うが、エミリー=グラントの引き渡しを拒んだ場合、どこかの町で、突然、誰かがベルセルク化するかもしれない。まさか、国の安全を担う貴女が、そんな愚かな真似をするわけがないと、私は確信しているよ』
「テロリストとは交渉しない。国際常識よ」
『テロリスト? 冗談はよしてくれ。私はビジネスマンだよ。営利のために、ベストを尽くしているに過ぎない。これは取引なんだ。交渉の立場として、持ちかけた側が有利であることは常識ではないかな』
「……」

 マグダネス局長は沈黙する。相手の男は、人殺しを何とも思っていない。どれだけの人が犠牲になろうが、己の利益のためなら平然と全てを切り捨てるだろう。長年の経験が、オーディンの歪で壊れた価値観が本物であることを告げる。

 僅かな逡巡。マグダネス局長はそっと開いた瞳に、浩介の姿を映した。浩介はピクリとも表情を動かさない。真っ直ぐにマグダネス局長を見返している。

 ついで、マグダネス局長はグラント家を見た。娘に寄り添うカールとソフィアは、今にも倒れそうなほど顔を青褪めさせ、悲愴というべき表情をしている。が、当の娘であるエミリーはというと、

「……」
「……」

 言葉はない。エミリーは、一瞬、マグダネス局長から視線を外して、傍らの浩介を見た。そして、刹那の間、口元に小さな笑みを浮かべる。そうして、マグダネス局長へと戻されたその瞳の奥には、炎が宿っていた。怒りと決意の炎が。その熱は、確かにマグダネス局長へと伝わった。

「いいわ。エミリー=グラントを引き渡しましょう」

 カールやソフィアが絶望したような表情で抗議の声を上げようとするが、エミリー自身がそれを抑えた。

『英断だ、局長殿』

 オーディンの声音が僅かに弾む。圧倒的優位な立場にあるものの、優越感が滲み出ていた。

 その後、オーディンは引き渡し場所、引き渡し方法を伝えて通話を切った。

「探知は?」
「……すみません。ダミーに泳がされました」

 悔しそうな局員に、マグダネス局長は一言「そう」と返答する。大して期待はしていなかったようだ。代わりに、その視線が浩介を捉える。

「それで? 貴方はどうでるのかしら?」

 浩介は肩を竦める。そして、肩越しにエミリーへと振り返った。二人の間に言葉はなかった。だが、浩介がニッと笑いながら頷けば、エミリーは不安など微塵もない様子でふわりと微笑んだ。

 マグダネス局長へと向き直った浩介は、不敵に笑いながら言った。

「わざわざ向こうから尻尾を見せてくれたんだ。黙っている理由はないだろう? 攻守どころの交代だ。俺が猟犬で、奴等が獲物。盛大に、おしおきタイムといこう」

 ヴァネッサがゾクゾクしているのを尻目に、マグダネス局長は深い溜息を一つ吐き出すと、ポツリと、少しの笑みと共に呟いた。

「猟犬? むしろフェンリルでしょう。神気取りに、少しだけ同情するわ」

 その呟きが聞こえていたらしい隊員達が苦笑いしながら頷いた。ヴァネッサさんが、「局長も、なかなか秀逸なセリフを言えるのですね」と言いたげな眼差しを送る。

 ……なんだか無性に、家に帰りたいと思うマグダネス局長だった。


いつも読んで下さり有難うございます。
感想・意見・誤字脱字報告も有難うございます。

追伸
活動報告でも書きましたが、コミック版、最新話が更新されてます。
活動報告が深夜回ってからだったので、念の為、こちらでも報告します。
カオリンが超ヒロインなので、興味があれば是非、オーバーラップ様のHPまで見に行ってみてください。

次回の更新も、土曜日の18時の予定です。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ