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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリー
196/547

ありふれたアフター 愛子先生の悩み 

今回も、どうしてこうなった……

で、でも、まぁ、一人くらい、こういう面倒くさい人がいてもいいかなぁと。

 まばらに生えた雑草と、古びた石垣と、抜けるような青空が広がっている。他に視界に入るのは、物干し台と、用途不明の錆びたドラムカン、あとはパンクして石垣にぐったりともたれているママチャリだけだ。


(お母さんの自転車以外、変わらないなぁ~)


 縁側で、セミの鳴き声と風鈴の涼やかな音色をBGMに、足をぷらぷらさせながらぼへぇ~としているのは、この家の長女――畑山愛子だ。


 あの日、異世界からの帰還を果たした愛子は、その後、警察やらマスコミはもちろんのこと、学校関係者や行政関係者から連日に渡る事情聴取を受けていた。なにせ、集団失踪における唯一の大人なのだ。学生達がファンタジーな経験談を語っても、同情の比率は高いが、社会人である愛子に対しては、むしろより厳しい視線が向けられるだけである。


 とは言っても、事前の話し合いで、異世界トータスでの出来事は、全てそのまま語るということで結論付けられているわけであるし、また、愛子自身も周囲を納得させられるだけの〝如何にも真実っぽい話〟をでっち上げる自信などなかったから、結局、生徒達が語る内容と変わらない説明しかできず、一社会人として、かなり肩身の狭い思いをしていた。


 当然、一部の生徒を連れて帰れなかったこと、生徒達が〝妄想〟に取り付かれていることに対して、実際にはそんなことあるわけがないのだが、愛子への責任追及という流れになり始めていた。


 その流れは強力で、あるいは、失踪したことそのものも愛子に責任があるのではないかという阿呆な意見まで出始めたほどだ。


 謎の多すぎる事件。犯人の不明。帰ってこない生徒。帰還者達の妄想。これらの出来事に対し、誰かが責任を取らなければ、収まりがつかなかったが故の、いわばスケープゴートに、愛子は選ばれてしまったというべきだろう。


 連日のあれこれに疲れ果ててしまった愛子は、周囲に流されるまま、集団失踪事件の責任者として、汚名を被るというそれとない周囲の要望に、応えようとした。強烈なバッシングと、教師という職――否、社会人生命の終わりを受け入れたのだ。これには、連日報道される娘の姿に耐えられなかった愛子の両親が、実家に帰ってくるよう説得してきたということも要因の一つだろう。


 が、愛子が、生徒達の傍から離れる決意をしたちょうどそのころ、驚くほどに、不自然なほどに、しかし、誰もそれを不思議に思わないという異様さを以て、話題が終息に向かっていった。


 犯人はもちろん、ハジメである。


 ネットやメディアを利用した、超大規模認識操作アーティファクトを作製し、強引に、強力に、有無を言わさず、世界中の人々の意識に干渉したのである。


 それを知った愛子は、表情を盛大に引き攣らせて、ハジメに「なんてことを……」と漏らしたものだ。なにせ、ハジメのしたことは、世界規模での洗脳である。物語に出てくる悪の組織も真っ青な悪事だ。


 だが、いろんな意味で憔悴する愛子に、ハジメは肩を竦めて、


「濡れ衣着せて、勝手に納得しようとした世間が悪い。しっぺ返しを喰らうのは当然だろう?」


 つまり、愛子に手を出した世間の流れは、ハジメの敵。殺しはしないんだから、洗脳ぐらいは受け入れてもらおう、というわけである。好奇心やら無責任な発言やらで、自分の身内を痛めつけたのだから、当然の罰だろう、と。


 そんなことを言われてしまっては、愛子としては、もう、何とも言えない。世間の無責任な流れなんかで、俺から離れるなんて許さないというのである。惚れた相手が、そう言うのである。そのために、世界中の意識を手中に収めてしまったのだ。


 魔王様、ここに極まれり。


 もはや、なにを言ったところで、ハジメが止まることはないだろう。


 愛子は、がっくりと肩を落としつつ、それでも内心のくすぐったいような、ふわふわするような、それでいて胸の内がきゅううううとするような感覚に、身悶えるのだった。


 そんなわけで、結果的に愛子は、ハジメ達が通う学校に復職することが叶った。しかも、帰還者を一括りにしておきたい行政側の計らいもあって、ハジメ達帰還者の特別クラスにおける担任の職までいただいたのだ。召喚される前が、担任クラスのないただの教師だったことを思えば、ある意味、出世とも言える。


 さて、こうして無事に、異世界で命を預け合った大切以上に大切な生徒達と離ればなれになることもなく、元の鞘に収まることができた愛子だったが、ここで、一つのジレンマが生まれてしまった。


 それは、


――私は、教師。ハジメ君は生徒……今更ですけどっ


 そう、自分とハジメの関係を明確に思い出してしまったのだ。もちろん、神話決戦のあと、何度もハジメと熱い夜を過ごしてしまったわけであるから、ほんと~に今更な話である。


 しかし、だ。こうして、地球は日本で、実際に教職に復帰してしまうと、壇上に立ち、そこから座席につく生徒なハジメの姿を見てしまうと……


――私ってば、なんてことをぉおおおおおっ。生徒に手を出すなんてぇえええええっ


 と、一人、転げ回ることになってしまうのだ。生来の生真面目さと、教職に対する並々ならぬ誠意が、日常生活に戻って落ち着いてしまうと、愛子の精神を容赦なく、五寸釘でぐっさぐっさ、待ち針でち~くち~くしてくるのである。


 自然、ハジメを避けつつ、しかし、ユエ達といちゃいちゃする姿を見ては切なさを募らせ、でもやっぱり罪悪感やらなんやらが邪魔してハジメを避けてしまい……という、実に面倒くさい人が出来上がった。


 ここ数か月は、ハジメとの時間を過ごすどころか、まともに会話もしていない。ハジメはハジメで、世界の行政官達との戦いや、異世界トータスとのゲートをもっと容易に開くためのアーティファクト作製、ユエ達を自分の手で養うための商売関係に奔走しており、多忙な日々を送っているので、愛子に会いに来ることもない。


――寂しい


 偽らざる愛子の本心だ。


――でも、先生と生徒で、なんて……やっぱり……


 それも、面倒くさい人の本心だ。


――やっぱり、私とハジメ君では……うぅ、年の差もあるし……立ち場もあるし……


 とっても面倒くさい人の本心だ。


 そんな悶々とした想いを抱えつつ、ハジメの周りにはもう十分に魅力的な女の子達がいることだし、私のような年増は身を引くべきかも……なんて結論に近づきながら、夏休みを利用して帰省した愛子は、こうして縁側でダメな人になっているのである。


「ちょっと、愛子。なんて間抜け顔してるの。魂、抜けてるんじゃないの?」

「抜けても、元に戻せるから大丈夫だよ、お母さん」


 確かに、神代魔法ならそれくらい問題ない。母親に通じるかは別として。


 娘の、のへ~んとした返答に呆れたような表情をしつつ、愛子の母――昭子は、「スイカ、食べる?」と聞く。愛子は、ゴロンと寝転がり、そのままコロコロとテーブルまで転がっていった。無言の、「食べる」という返答だ。


 扇風機の風を浴びつつ、待つことしばし。昭子が綺麗な三角形に切り分けたスイカが運ばれてきた。キンキンに冷えていて、みずみずしく、見るからに美味しそうだ。愛子は、付属の爪楊枝でスイカの種をほじほじしてから、ぱくっと先端に食いついた。


 口の中に広がる優しく甘い感覚に、愛子の表情がほわ~と綻ぶ。見た目は完全に、小学生……童顔ここに極まれりだ。とても、二十六歳の大人の女には見えない。魔力に目覚めてからというもの、何故か、肌の調子が頗る付きで快調なのも、愛子を幼く見せている要因だろう。


「……こうしてると、ちょっと前まで、テレビに映りまくって、いろいろ悲壮な覚悟を決めていた子には見えないわねぇ」

「マスコミ怖い。お役人さん怖い。教育委員会怖い……神の使徒と戦う方が、まだマシだったよ」

「魔法より世間様の流れの方が、目に見えない分、確かに恐ろしいかもしれないわねぇ。でも、いいじゃない。あんたには最高の王子様がついてるんでしょ?」

「……王子様じゃないよ、お母さん。悪魔だよ。むしろ、魔王様だよ」

「なんでもいいけど、いい加減、娘の恩人さんに会わせなさないな。お父さんも、お爺ちゃん達も、ものすごく気にしているわよ?」

「う、う~ん……まぁ、考えとく」


 愛子の煮え切らない態度に、昭子はこれ見よがしに溜息を吐いた。


 愛子の家族構成は、両親と母方の祖父母だ。家は果物農家をしており、父は農家の婿養子というわけだ。今も、夏休みに帰ってきた娘に、暇なら手伝え~と言いつつ、元気に農業に精を出しに行っている。


 そんな畑山家は、現在、というより最近、とても気になっていることがあった。


 それは、愛子の〝恋人〟についてである。


 あの日、生徒と共に失踪した娘がふらりと帰ってきた日。当然、事情説明を受けた畑山家の面々は、最初は信じられなかったものの、愛子の魔法と、畑山家の農地が頗る付きで改善されたうえ、商品も最高等級のものになったことで、細かいことはまぁいいか! と、愛子の経験談を信じることになった。


 その話の中で、明言はしなかったものの、どうやら娘には恋人ができたらしいということが分かったのだ。日本に帰ることができたのも、その〝彼〟とやらのおかげで、先の愛子を吊し上げようとした騒動を鎮静ならぬ鎮圧したのも、その〝彼〟だという。


 娘の恩人にして、心に決めた人だというのなら、是非とも紹介してほしいと願ったのだが、何故か、愛子はそれをのらりくらりとかわして聞き入れなかった。


 あるいは、酷い人物なのかと勘繰ったりもしたのだが、いつも首からネックレスにして下げている指輪を見てはニヤニヤ、スマホを見てはニヨニヨ、誰かと電話しながら足をパタパタ、顔はデレデレ、なにもなくても何かを思い出してイヤンイヤンしている残念な娘の姿からは、心底、相手のことを想っていることが分かる。


 何故か、中学で完全に成長が止まり、浮いた話のない娘の将来を、それなりに心配していた愛子の家族は、それもあって、なおさら、娘の選んだ人を紹介されるのを心待ちにしているのだ。


 だが、やっぱり、愛子はいつまで経っても煮え切らない態度……


「まったく、そんなんじゃ、そのうち、〝彼〟に逃げられるよ?」

「うぐっ!?」


 現在、まさに悩み中の彼との関係について、母が放った恐ろしい忠告に、愛子は思わず胸を押さえて呻き声を上げた。


「せっかく帰ってきたのに、家の手伝いもしないで一日中ぼーとして。どうせ、〝彼〟とのことで悶々として、帰省にかこつけて逃げてきたんでしょ? あ、それとも、もう〝彼〟に逃げられちゃって、傷心帰省だったりして……」

「なんてこと言うの、お母さん。私は、別に、その、こ、恋人なんて、いないし……」


 視線を逸らし、言葉を小さくして、スイカの種を高速ほじほじし出す愛子。


 愛子とて、家族が〝彼〟――ハジメを紹介してほしがっていることは理解している。だが、やはり、教師と生徒の関係で、というのは、家族であっても、否、家族だからこそ非常に言い辛いわけで……


 内心で、「恋人じゃなくて、既にお嫁さん扱いだから、嘘は言ってないし……」と言い訳じみた、どこかの誰かを彷彿とさせるようなことを呟く。


「……ま、いいわ。あんたにもいろいろあるんだろうし、もう子供じゃないしね。ただ、〝彼〟がどんな人でも、うちはいつでも大歓迎だからね」

「……うん」


 結局、昭子が折れて、愛子のスイカほじほじの手は少し緩んだ。どこか、ホッとした雰囲気を滲ませる娘に、昭子は苦笑いしつつ話題を変える。


「そういえば、今年もお祭りやるわよ。せっかくだし、浴衣にでも着替えて見てきたら? もう、何年も行ってないでしょう? あんた、山城のおじいさんの綿飴、大好きだったじゃない?」

「あぁ、そういえば、そんな時期なんだ……っていうか、山城のお爺ちゃん、まだ生きてたんだ……」

「あんた失礼ね」

「だって、私が高校生のときで、確か、もう九十歳を超えてなかったっけ?」

「ええ、今年で、百二歳よ」

「そ、それで、まだ縁日の屋台やるの? 大丈夫? 綿飴作りながら、昇天したりしない?」

「あんた、本当に失礼ね。今も、ぴんぴんしてるわよ。あと三十年は生きるって本人も言ってるわ」

「ギネスにでも、挑戦する気なのかな?」


 他愛無い話をしつつ、結局、愛子は、胸の中のもやもやに対する気晴らしを兼ねて、懐かしい地元の縁日に参加することになった。



 夕方、綺麗な夕日が川辺の向こう側の山間に消えていこうとしているころ、愛子は桜色の浴衣に身を包んで玄関先にいた。手には小さな可愛らしい巾着があり、足元は涼やかな草履だ。浴衣を着ると、普段の幼い容貌に多少なりとも艶が宿るのは、日本人故だろうか。


「本当に一人で行くの?」


 昭子が首を傾げながら問う。


「うん。適当にぶらぶらしてくるよ。お父さん達もお手伝いに行ってるんだし、向こうで適当に顔出してくる」

「そう……いくら田舎だからって、馬鹿がいないわけじゃないんだから気を付けなさい。特に、祭りの日はハメを外し過ぎる人がいるからね」

「分かってるよ。ていうか、本当に、今更、暴漢程度にどうこうされたりしないから」

「慢心しないの。なんなら、太一くんでも迎えに呼ぶ?」

「もうっ、本当に大丈夫だから。だいたい、太一くんもこんなことで呼び出されたら怒るよ?」


 古川太一ふるかわたいちというのは、愛子の、いわば幼馴染の青年だ。昔から、古川家と畑山家は家が近いことと、農場が隣同士ということもあって家族ぐるみの付き合いがある。幼稚園から高校まで、ずっと同じところに通っていたこともあって、気心の知れた相手だ。


 思春期特有のあれこれで、一時期は互いに距離を取っていたこともあったが、成長するにつれそういうこともなくなり、長期休暇にはお互い帰省して顔を合わせ、談笑するという間柄だった。


 太一は、他県の大学を出て、そのまま企業に就職したのだが、父親が一時期入院していたこともあって退職し、一年と半年くらい前から家の農業を継いでいる。なので、今回の縁日でも地元の青年団の一人として手伝いに駆り出されているのだが……


「そう? 太一くんなら嬉々として飛んできそうだけどねぇ。まぁ、あんまり酷なことするもんじゃないかもね」

「そうだよ。太一くんは性格いいけど、あんまり甘えてたらさすがに怒られるよ」

「そういう意味じゃないんだけど……ま、親の出る幕じゃないしね」

「??」


 母親の意味深な言動に首を傾げる愛子だったが、昭子はそれ以上語るつもりはないようだったので、そのまま踵を返して縁日へと出発した。


 慣れた田舎道を、ゆったり歩く。街中に比べ、格段によく見える夜天の星々が夜道を照らし、田んぼでくつろぐカエルや木々で命を燃やすセミの合唱が色を添える。


(とはいえ、さすがに空気の澄み具合は、トータスに及ばないけど……)


 独り言ちながら、その脳裏に巡るのは異世界での日々。その中でも、劇的故に鮮明に思い出すのは……あの再会と、望まぬ結果と、そして己の命を救った口づけ。


(うぅ……)


 神の使徒ノイントに幽閉されたこともあった。高い塔の天辺に捕らわれるなんて、まるで物語のお姫様のようだ。そして、不安と焦燥に消沈していた自分を迎えに来てくれた彼との、標高八千メートルの戦い。


 自分の引き起こした結果に無様を晒して、そんなみっともない姿の自分を見られるどころかお世話をされてしまった。


(はぅ……)


 その後、慰霊碑の傍で贈られた言葉を、愛子は一生忘れないだろう。先の救出劇が、肉体の救済だとするなら、あの夕暮れの慰霊碑の前での出来事は、間違いなく心の救済だった。思えば、もうあの時から、誤魔化しえない熱情に捕らわれていたのだろう。


(あぅ……)


 そして、魔王城での戦いと、神話の決戦を経て……贈られたもの。タガが外れたようにアタックした結果、降参したかのような、あるいは困ったような笑みを浮かべて、彼から、愛子が自分の――魔王のものであると証するために贈られた指輪。


 愛子は、浴衣の胸元に入ったチェーンに繋がれた指輪に、浴衣越しに指を這わせる。


 そうして思い出すのは、ちんちくりんの自分には、もしかしたら一生縁がないかもしれないと思っていた、夜のあれこれ。思い出すだけで未だに赤面してしまう。あれは、あれは……すご過ぎた。


「あわわわっ」


 夜の道で、一人真っ赤になりながらわたわたし出す愛子。傍から見れば、普通に不審者だった。


 これだけ、なにをせずとも不意に頭をハジメのことでいっぱいにするくせに、本人は未だに、この関係を続けていていいのかと、内心に葛藤(笑)を抱えているというのであるから、嫁~ズが聞いたら間違いなく呆れることだろう。


 異世界で、女神と称され、人々を見事に扇動し、生徒のために国王や最大宗教の教皇にすら立ち向かった女教師は、その実、超恋愛下手の面倒くさい系だったのだ。


「愛? なにやってんだ?」

「おへぇ!?」


 いきなり声をかけられて、愛子がリアルにピョンと飛ぶ。変な声付きで。今度は違う意味で顔を真っ赤にしながら、声がした方へ視線を転じれば、そこには半袖のTシャツを更に肩までまくり上げた背の高い、逞しい体格の青年がいた。


「た、太一くん……驚かさないでよ」

「いや、夜道で一人、百面相している愛に、俺の方が驚かされたんだけど……」


 頬をぽりぽりと掻きながら、愛子を〝愛〟と愛称で呼ぶその青年は、愛子が呼んだ通り、古川太一その人だった。


「それは忘れて……それより、太一くんこそ、こんなところでどうしたの? 縁日のお手伝いしてたんじゃ」

「あ~、いや、そうなんだけど……愛が縁日に来るっていうから。ほら、こういう日は、馬鹿な奴も出るし、さ」

「もしかして、わざわざ迎えに来てくれたの?」

「ま、まぁな」

「そうなんだ、ふふ、ありがとう」


 昔から知る太一のさりげない〝いい人ぶり〟に、愛子はなんだからほっこりしつつ、微笑みと共にお礼を述べた。すると、何故か、バッと顔を背けて口元を手で覆う太一青年。「おや? どうしたのかしらん?」と回り込む愛子に、太一は焦ったように踵を返して、縁日の方へ向けて愛子を促した。


「そ、そういえば、浴衣。着てきたんだな」


 なんだが急な話題転換だったが、愛子は特に気にせず会話に応じる。


「うん。こういうのは雰囲気が大事だから。せっかくの久し振りのお祭りだし」

「そうか、そうだな。…………その、なんていうか、似合ってるな」

「そう? ありがとう」


 太一の称賛に、愛子は素直に、ちょっと素直すぎるくらい普通にお礼を言った。このくらいの言葉で一喜一憂するような年ではないということだろう。……相手にもよるだろうが。


 太一は、ちょっとがっくりとしつつ、それでも思い出話を含めて気心の知れた他愛無い会話を続ける。そんな二人はやがて、縁日の賑やかさと人ごみの中へと入っていった。


 そこで、昔からの二人を知るご近所のおじさん、おばさんに冷やかされたり、それにきっぱりそういう関係ではないと断言しつつも、和やかに対応する愛子と、そんな愛子に太一が頬を引き攣らせたり、その様子を見て、青年団の仲間に同情交じりの眼差しを頂戴したり……


 山城のおじいちゃんが、綿飴を使ってミケランジェロ像を作るなど無駄に洗練された芸術的腕前を披露したり、愛子の同級生の女性と遭遇し、その女性が子供を連れていて、愛子が何とも複雑な気持ちを抱いたり、愛子も結婚したら~と冷やかし半分で言われ、頭の中ではハジメのことが浮かんでいたのだが、ちょっと赤面して否定しなかった愛子に、太一が無駄に気合いを入れたり……


 と、そんなこんなで、愛子は、久し振りの地元のお祭りを十分に楽しんだのだった。


 まだまだ賑やかな雰囲気のお祭りを背に、愛子は休憩がてら、境内の縁側に腰を下ろした。傍らには、青年団の一員のはずなのに、愛子が祭りを回る間、ずっとついてきていたうえに、今も手伝いにいく気配を見せない太一がいる。


 無言の空間で、祭りの喧騒を耳にしながら、愛子が足をぷらぷらさせつつ夜天を仰いだ。夏真っ盛りだが、境内は風通しがいいのか、しっとりと汗を掻いた肌に夜風が心地いい。


 自然を感じて、気持ちよさそうに目を細める愛子に、太一はぼぅとした眼差しを向け……一拍の後、ハッと我に返った様子で、自分の頬を叩き出した。パンッという乾いた良い音に、ギョッとして愛子が視線を向ける。


 そんな愛子へ、太一は、どこか緊張した様子で口を開いた。


「なぁ、愛。最近は、大丈夫なのか? ほら、ちょっと前まで、いろいろあったろ?」

「うん、大丈夫。もう、終わったから。今は、普通に教師しているよ」

「そっか。でも、愛が担任してるクラスって、あのクラスなんだろう? ならさ、また、愛が矢面に立たなきゃならないこともあるんじゃないか?」

「……なにが言いたいの?」


 訝しむ愛子に、太一は視線を彷徨わせ、しかし、直後、しっかりと愛子の目を見て言った。


「もう、十分なんじゃないか? もう、十分、生徒達のために頑張っただろう?」

「……」

「だからさ、前におばさん達が言ってた通り……こっちに帰ってこいよ」

「……」


 返答せず、その話題には答えたくないとでもいうように、立ち上がってお祭りの方へ歩き出そうとした愛子に、太一は焦れたように言葉を重ねる。


「別に、教師は向こうでなきゃできないわけじゃないだろう? こっちで探してもいいじゃないか」

「そういうわけにはいかないよ。責任もあるし、なにより、私自身が、あの子達の傍にいたいから」

「じゃあ、その子達が卒業したら?」

「それは……でも、あんなことがあっても担任をやらせてくれてるわけで、あの学校にはお世話になってるから」

「そんなの、帰還者を一か所にまとめておきたいってだけのことだろう? むしろ、今の子達が卒業したら、いつまでいられるかわからないんじゃないのか? それなら、放り出される前に、こっちで就活した方がいいだろう。愛なら、こっちでの顔も広いし、便宜だってある程度図ってもらえる伝手はあるだろうし」

「そうかもしれないけど……まだ、先のことだし」


 愛子の微妙な態度に、太一は遂に苛立ったように勢いよく立ち上がった。


「……愛が気にしてんのは、学校への義理とか、生徒達への責任とか、そういうことじゃないだろう」

「え?」

「愛が気にしてんのは……恋人のことなんじゃないのか?」

「ちょっ、なにを言って……私、別に恋人なんて……」

「隠せてると思っているのは愛だけだ。おばさん達も、俺も、分かってんだ。失踪中に、愛に恋人ができたってこと。そして、その恋人が……お前の生徒だってことも」

「!!!!?」


 愛子が「何故、それを!?」と、実に分かりやすいリアクションを取る。そんな愛子のある意味素直すぎる態度に、太一はなんとも言えない表情をしつつ言葉を続けた。


「分からないわけないだろう。愛は、昔から隠し事が下手すぎるんだ。すぐに態度に出るし。それに、失踪したあとも頻繁に連絡が取れて、失踪中に恋仲になって、それでいて親に紹介できない関係で、愛子が関係を続けることに罪悪感とか倫理観を刺激される……なんて条件が揃えば、そんなの生徒しかいないだろう」

「……太一くん。いつから名探偵になったの?」


 愕然とした様子の愛子に、太一は「だから、俺だけじゃなくて、おばさん達も分かってるって」と、実は母にもばれていたことに、愛子は遂に頭を抱えだした。


 そんな愛子に、太一は意を決した様子で語りかける。


「生徒と教師で、なんて……分かってるだろう、愛」

「っ」

「愛自身、そんなに苦しんでるじゃないか。失踪中に何があったのかは分からないけど、きっとそれだけ異常な事態だったんだろう? なら、そんなの一時の気の迷いだ。俺は気にしない」

「太一くん?」


 愛子に近寄り、ジッと真剣な眼差しで愛子を見つめる太一。愛子は、気圧されるように一歩後退るが、愛子が下がれば、その分、太一が間合いを詰めた。


「愛、もう、そんな不純な関係は終わらせよう。それで、こっちに帰ってきて、一から始めよう。最初は、寂しいかもしれないけど……これからは俺が傍にいるから」

「太一くん、なにを言って……」

「俺、親父の病気で帰ってきたって言ってたけど、本当は違うんだ。親父の病気なんて、一週間で治ったし……本当は、愛が失踪して、気が気じゃなくて、仕事も手につかなくて、それで、本格的に捜索するために仕事を辞めたんだ」

「そ、そうだったの?」


 知らなかった事実に、愛子は目を丸くする。そして、ここまで言われれば、一連の太一の言葉が、どういう心情から出ているものか、いかに鈍い愛子でも察しがついた。その事実に、今まで、そんな可能性は微塵も考えていなかっただけに、愛子は驚愕をあらわにした。


「愛がいなくなったって聞いて、俺、心臓が潰れたかと思った。そのとき、気が付いたんだ。愛は、俺にとって、それだけ大切な存在だったんだって」

「た、太一くん、と、取り敢えず、いったん落ち着こう?」

「俺は落ち着いてるよ。愛、帰ってこい。それで、俺と結婚しよう。大切にするから、ずっと一緒にいよう!」

「いやいや、ちょっと待って! いきなりすぎるから! 私、太一くんのことは、そういう目で――」

「恋人とは、上手くいってないんだろう?」

「うぐっ」

「上手くいくわけがない。相手は、ただの子供じゃないか。愛を幸せにできるわけがないよ。俺なら、家を継いで甲斐性もあるし、年だって釣り合ってる。俺達、絶対に上手くいくよ」


 愛子の背は、既に境内の柱に密着状態。そして、迫る太一は、グッと愛子の肩を掴んでいる。太一の瞳は、愛子が今までみたことがないくらい真剣で、誠実さに溢れ、火傷しそうなほどの熱情が含まれていた。


 これが、愛子に恋人のいない、そう、異世界に召喚される前であったなら、場合によっては、たとえ今まで兄妹のようにしか思っていなかったとしても、心奪われていたかもしれない。それくらい、良く知っていると思っていた幼馴染は、〝男〟だった。セリフに、若干、痛さが含まれているような気がしないでもなかったが……というか、冷静になると、ちょっと危ない口説き文句のような気がすごくしたが……


 だが、それだけの想いをぶつけられても、愛子の脳裏に過ったのは、彼のことで……


「ハジメくん……」

「愛っ」


 思わず、小さく呟くように漏れ出た名前に、太一は眉をしかめ、かと思った次の瞬間には、愛子との距離を一気に詰めようとした。少々、強引な手段を取ってでも、不純な関係に捕らわれる愛しい女を、正気に戻そうというのか……あるいは、ただの嫉妬かもしれないが……


 驚愕の連続と、彼への想いに意識を割いていた愛子は反応が遅れてしまい、咄嗟に身を捩るが……後ろには柱、両肩は押さえられていて、振りほどけないことはないが、太一を無傷でとなると避けきれるかは微妙!


 故に、一般人に対するにはちょっと危険なレベルで力を入れつつも、思わず、内心で、もう一度、助けを求めるように叫んでしまった。


(ハジメくん!)

「あいよ、愛子」

「え?」

「え?」


 太一と愛子が、同じような声を漏らす。そして、太一の接近は、愛子に届く前に、というか愛子にぶっ飛ばされる前に止まっていた。否、止められていた。首を、背後から鷲掴みにされるという形で。


 メリッという嫌な音がなる。


「っ、だ、誰だっ。なにをするんだっ」

「おいおい、それは俺のセリフだろ? 俺の女に、なにしてくれてんだ?」


 直後、太一の姿が消えた。否、そう錯覚するほどの勢いで、真後ろに吹っ飛んだのだ。絶妙な手加減がされているらしく、首がおかしな方向に曲がっているなどということはないようだ。が、激しく吹き飛び地面をゴロゴロと転がった衝撃で激しく咳き込んでいる。


 そんな太一を尻目に、愛子は目を白黒させながら、呆然と目の前の人物を見つめた。


「ハ、ハジメくん?」

「ああ、俺だ」

「な、なんで、ここに?」

「ここに、愛子がいるから?」

「いえ、そんな疑問形で、どこかの登山家のようなことを言われても……」


 困惑する愛子に、ハジメは苦笑いを浮かべる。


「最近、いろいろと考えすぎているみたいだったからな。あまり話す時間もなかったし、そのうえでこの帰省だ。親に説得でもされて、困った決断でもされたら厄介だと思って訪ねるつもりだったんだ。んで、転移のために羅針盤使ったら、なにやら縁日の真っただ中だろ? もしかして、一人で寂しく祭りを回っているのかと思って飛んできたんだが……結果オーライだったな」


 ハジメの目が剣呑に細められ、咽ながらもハジメを睨みつつ立ち上がった太一へ向けられる。それで、ハジメが自分を心配して、かつ自分とお祭りの時間を過ごすために駆けつけてくれたのだと理解し嬉しさが込み上げつつ、先程までの迫られている姿を見られていたことに猛烈な羞恥と焦燥を覚えた。


「あ、あの、あれは違うんですよ! 太一くんとは別に、そういうのではありませんから! 私、全然、そんな気ありませんからね!」

「あ~、うん、そうか……」


 こちらに歩み寄ってきていた太一が、「がはっ」と胸を押さえた姿に、ハジメはなんとも言えない表情になった。好いた女からの全力否定――確かに、思わず胸を押さえたくなる。


「でも、最近、俺とのことでいろいろ悩んでたろ? 大方、改めて生徒と教師という関係に悶々としちまったってところか……すげー今更な」

「はぅ!?」


 今度は、愛子が胸を押さえた。幼馴染で、行動がよく似ている。その事実に、ハジメは苦笑いを深めつつ、いきなり愛子の後ろに回って羽交い絞めにした。「ハ、ハジメくん!?」とか「お前っ」とか聞こえるが、スルーだ。


 ハジメは、愛子を抱きすくめたまま耳元に、少々呆れを滲ませた声音で語りかける。


「愛子の気にする関係なんて、あと二年もしないうちに勝手に解決しちまうだろうが。それでも、その二年が気になるなら、それまで互いに我慢してればいいだけの話だろう? 愛子が望むなら、それくらい俺は構わない」

「あ、う、それは……で、でも、私の方が、ずいぶんと年上ですし……」

「……愛子、悪いことは言わない。その言葉、絶対にユエの前で言うなよ。生身で上空一万メートルの旅はしたくないだろう?」

「あ……」


 よくよく考えれば、年の差など……上には上がいるのだ。決して口にしてはいけない上が。


「まったく。人間ってのは、一度落ち着いちまうと、いろいろ阿呆なことを考えがちだが、愛子はその典型だな。本当に今更過ぎるうえに、簡単に解決可能な問題でうじうじと……そんなに〝自分は先生〟にこだわるなら、かつてのように、俺を諌めるくらいでいてくれなきゃなぁ」

「うぅ、面目ありません……」

「というかだな……俺を誰だと思っているんだ? 愛子をもらうとき、宣言したはずだな?」


 愛子は思い出す。自分もハジメに愛されたいと願った、神話決戦のあとの一か月。そこで、受け入れてもらううえに提示された――魔王様の条件。


――もらうと決めたら、逃がしはしない。


 魔王の女に、〝別れる〟という概念はないのだ。たとえ、愛子自身が嫌だといっても、ハジメが逃がさない。たとえ、どんな事情があろうとも、だ。別れる可能性がありながら、最愛以外の女を受け入れるなどあり得ない。それが、非常識で最低な、複数の女を囲うというハジメの最低限のけじめだ。


 受け入れるのは、互いに一生を捧げる相手のみ。


 故に、愛子が、倫理だの、常識だの、そんなもので悩んだところで無意味なのだ。もう、愛子は、魔王にその身も心も捧げてしまったのだから。


 所謂、魔王様からは逃げられない、というわけだ。


「分かっているな?」

「……はぃ」


 たった一言。ハジメに問われて、愛子は、あっさり陥落した。顔を真っ赤にしたまま、コクコクと頷く。


 そこへ、太一が厳しい視線を、未だ、愛子を羽交い絞めにしたままのハジメに向けて口を開いた。


「……君。愛から離れるんだ。君は、察するに愛の生徒だろう? 君はまだ学生だから分かっていないんだろうけど、君の存在は愛を苦しめるんだ。気持ちだけでどうにかできるほど、世間は甘く――」

「ご忠告どうも。ただ、良識ある大人を気取るには、手順を間違えすぎだな。人の女に手を出している時点で説得力は皆無だ。愛子の幼馴染でなければ、犬神家にしてるところだが……まぁ、今回は大目に見てやる。愛子のことは諦めて、適当に嫁さんでも探せ」


 年下の、それもまだ学生の男から、ずばりと言い返されて、太一は口をパクパクさせる。そして、青になったり、赤になったりと忙しない顔色のまま、ハジメを怒鳴りつけようとして、


「やぁんっ」

「っ!?」


 愛子の上げた嬌声と目の前の光景に絶句した。なんと、ハジメが愛子の浴衣の胸元に手を突っ込みまさぐっているのだ! なんという所業! まさに悪魔の如し!


 ハジメは、ひょいと愛子の胸元からネックレスになった指輪を取り出した。家族も同然の幼馴染の前で、恥ずかしいことをされた愛子が、涙目+上目遣いで睨むが、そんなものは柳に風と受け流す。


「既に、言葉でどうにかなる段階は過ぎてることを理解してくれ。この通り、愛子は恋人というより、もう、俺の妻だ。身も、心も、俺が貰った」

「おま、お前っ」


 セリフが完全に悪役である。どう見ても、幼馴染を取られた優しく誠実な青年と、横取りした悪い男の構図だ。愛子のセリフは、やっぱり「やめてっ、私のために争わないでぇ!」だろうか。きっと、そんなことを言った瞬間、ハジメの愛のアイアンクローだろうが。


 爆発しそうな感情と共に、ハジメを責め立てようとした太一に、ハジメは冷めた表情で言葉を叩きつけた。


「自業自得だろう」

「なんだとっ」

「あんたには、俺にはない強力な武器があったはずだ。幼少期から過ごした愛子との時間や生活環境、成人してからだって顔は合わせていたんだろう? 愛子と想いを交わすチャンスはいくらでもあったはずだ。だが、あんたは全て見逃した。言い訳はするなよ。あんたは、愛子の心が俺に向く余地もないほどの、〝帰る理由〟になれなかった。なろうとしなかった。その結果がこれ。それだけのことだ」


 正論だった。奪われた――なんて、とんだお門違いだ。誰よりも愛子に近い位置にいながら、共に歩むための戦いをしなかった。だから、いつの間にか、手の届かない遠くにいってしまった。それだけのことだった。


 ハジメにしては、妙に説教臭い。敵は容赦なく潰すし、気に食わない相手も、言葉を尽くすことなどなく無視するか、無視しえないときはやっぱり潰す。それがハジメだ。愛子に手を出そうとした相手に、こんなに言葉を叩きつけることは珍しい。


 よくみれば、先程、あれだけ派手に吹き飛ばされたというのに、太一には傷らしい傷もない。


(私の幼馴染だから……)


 そういうことなのだろう。


 愛子は、恥ずかしげな表情を改め、キッと引き締めた顔を上げた。そして、自分を抱き締めるハジメの腕をそっと解く。ハジメは抵抗しなかった。


 一歩、踏み出た愛子は、静かに口を開く。


「太一くん、たくさん、心配してくれてありがとう。強く、想ってくれてありがとう」

「愛……」

「でも、太一くんの想いには応えられない。私は、太一くんをそういう目で見られない」

「……だからって、そいつと――」

「うん。私が想っているのは、ハジメくんだから。いろいろ悩んじゃったけど……うん、本当に今更でした。自分で、なにやってるんだろうって思っちゃうくらい」

「……世間は認めない。それはいけないことだ」

「うん、分かってる。でも、仕方ないよ。好きになった人は、どうしようもないほど悪魔的で、世間どころか、世界も神様も敵わないんだから。私も、悪女だね」

「……悪女。愛には一番似合わない言葉だな」

「けど、悪くないって思っちゃってる」

「はぁ、そうかよ。最初から、そいつの言う通り、〝手遅れ〟ってことかよ」


 愛子は苦笑いを浮かべる。その通りだとでもいうように。


 太一は、ギッとハジメを睨んだ。涼しい顔で、受け止めるハジメ。自分の睨み程度では、こゆるぎもしないらしいと分かり、そして、先程、痛いほどの正論を叩きつけられ、そのうえ、腕力でも到底敵いそうにないことは身を以て叩き込まれたことから、太一は、しばらくハジメを睨みつけたあと、ふっと肩から力を抜いた。


 そして、無言で踵を返して境内を出ていった。


「悪いな。幼馴染との関係が悪くなるかもしれないが……」

「いいえ、大丈夫ですよ。少し、時間はかかるかもしれませんが、また、兄妹みたいな関係に戻れますよ」

「だといいが……さすがに、もう一度、愛子に手を出されたら、犬神家をしない自信はないな」

「……何故、犬神家に拘るんですか」


 ハジメの物言いに苦笑いする愛子は、一拍後、改めてハジメに向きなおった。そして、ペコリと頭を下げる。


「変なことでうじうじ悩んで、そのせいで心配かけてごめんなさい。今日、会いに来てくれてありがとう」

「ああ、礼も謝罪も、確かに受け取った。でも、あんまり気にしないでくれ。前にも言ったが、俺は、愛子のそういうところ、結構好きだから」

「へぇ? そ、そういうところ?」


 思わぬ〝好き〟という言葉に、愛子が再び赤くなる。そんな愛子に、ハジメは、かつて、ハイリヒ王国の慰霊碑の前で、悩む愛子を眩しく思うと言ったことを覚えているかと聞いた。それは、ちょうど先程、愛子が思い出していたことだ。鮮明に焼き付いた、きっと、ハジメへの想いを明確にした大切な思い出。


「一生懸命突っ走るところも、失敗とか自分の矛盾に気が付いて頭を抱えるところも、それでも耐えて自分なりの結論を見つけて進もうとするところも、俺が感じる愛子の眩しいところで、俺がとても愛しく思うところだ。だから、愛子はそのままでいいさ」

「……そういうのは、反則だと思います」


 くるりとハジメに背を向けて、顔がハジメに見えないよう俯く愛子。見えなくとも、その顔が羞恥やら歓喜やらで大変なことになっているのは容易に想像がつく。


 それが分かっているからか、微妙に笑いを堪えるような表情をするハジメは、やはりなんとも悪い男だ。


「さて、それじゃあ、愛子の家に行くか。ご両親に挨拶しないとな」

「えっ?」


 ちょっとそこのコンビニに行こうか、くらいの軽いノリで放たれたいきなりの言葉に、愛子はバッと振り返る。


「悩みは解決したようだし、もう、紹介できない理由もないだろう? いつか挨拶しなきゃならないなら、家に送るついでに、顔見せだけでもしてしまおう。今日はもう遅いから、正式な挨拶は明日にでも改めてすることにして」

「あ、相変わらず、なんという行動力……い、いや、なんというか、挨拶はまた今度でも……私にも心の準備があるとい言いますか……」

「ふむ、愛子の家はあっちと……お? 親父さん達は縁日に出てるのか。すぐ近くにいるな。よし、挨拶がてら金を落としていこうか」

「あっ、ちょっと、なに羅針盤なんて使っているんですか! って、無視して行かないでください! お父さん達にいったい何を言うつもりですか!」

「もちろん、〝お義父さん、娘さんはもらっていきます。反論も異論も認めません〟だ。定番だろう?」

「どこがっ!?」

「というか、愛子。気になっていたんだが、なんで俺には敬語で、あの野郎にはタメ口だったんだ? 酷くないか?」

「え? それは、そのなんとなく雰囲気というか……って、話を逸らさないで! ここには昔からの顔見知りがたくさんいるんですよぉ! そんなところで、お父さんにそんなこと言ったら……明日には、ご近所さんに知れ渡ってしまいます!」

「俺にもきちんとタメ口で話せるようになったら、考えよう。……まぁ、猶予はあと一分もないがな。おっ、あれが親父さんだな。第一印象が大事だからな。取り敢えず、店の商品を爆買いしてやるか」

「待ってください! ちょっと、待って……分かった! 分かったから! ちゃんと敬語なしで話すからずんずん進んでいかないでぇ!」


 ギャースギャースと騒ぐ愛子と、それを適当にあしらいつつご家族のもとへ不敵な笑みを浮かべながら突進するハジメ。自然、愛子はハジメの腕にしがみつき、ハジメはそんな愛子をほとんど抱きかかえながら進むので、騒がしさも相まって注目度はMAXだ!


 ご近所のマダム達や、愛子を可愛がっている爺婆達が、「あらまぁ!」といった様子で二人を見ている。


 そして、遂に、自分に向かってくる娘を抱きかかえたハジメに気がついた愛子の父は、大きく眼を見開いて驚愕をあらわにしたあと、なにか納得したように苦笑いを浮かべるのだった。


 その後、知り合い溢れる縁日のド真ん中で、愛子の男宣言を大声でしたハジメに、やんややんやの拍手喝采が贈られ、羞恥で逃げ出そうとした愛子をお姫様抱っこしたまま拘束したハジメに、やっぱり歓声が上がった。


 更には、顔見せだけのはずが、愛子の父と祖父の是非にという誘いもあって、そのまま畑山家にお邪魔したハジメは、昭子や祖母とも対面し、愛子以外の嫁のことや、自分の意志を話した。


 白崎家や八重樫家のあれこれで、きっとまた拒絶と怒りを叩きつけられるだろうと覚悟していたハジメだったが、意外にも、両親から祖父母に至るまで、畑山家の面々はハジメを受け入れた。もちろん、眉をしかめなかったわけではないが、もう大人である娘の意思を尊重したいという想いと、何より、幾度となく娘を危機から救ってくれたことへの恩義が、ハジメへの信頼に繋がったらしい。


 結局、畑山家の厚意により、ハジメはそのままお泊りコースとなり、翌日にはゲートを使って南雲家の面々も畑山家に訪れ、ユエ達の〝愛子と一緒に〟という言葉も相まって、より信頼は高まった。


 その後、畑山家と南雲家は家族ぐるみの付き合いをするようになるのだが……


 結果、愛子の地元が、土地柄も季節も関係なく、あらゆる作物を実らせる〝奇跡の土地〟と呼ばれ知れ渡るようになったのは、きっと〝豊穣の女神〟一家と〝異世界の魔王〟一家を混ぜてしまったが故なのだろう……


いつも読んで下さり有難うございます。

感想・意見・誤字脱字報告も有難うございます。


本当は、愛子が先生にこだわる理由なんかも書いてみるつもりだったのに、時間がなくて思いつかず、なのに「取り敢えず、書いていれば何か思いつくか…」と書き始めたら、こんな愛子が出来上がった……



まぁ、前回に続いて、白米はちょっと調子が悪いので、気分転換をしようかと思います。

と言っても、ちょっと長めの番外編を書くだけですが。

主人公には、彼を起用しようかなぁ~と考えております。

ほら、彼ですよ、彼。ほら、名前は……あれ?


次回も、土曜日の18時に更新予定です。

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― 新着の感想 ―
どっかの勇者くんみたいにならなくてよかったね?
[一言] やっぱ魔王様カッコよすぎるよ
[一言] ↓やめろそれ以上言うな、骨すら残らず消えるぞ、主にその二人によって
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