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ありふれた職業で世界最強  作者: 厨二好き/白米良
ありふれたアフターストーリー
181/546

ありふれたアフター 南雲家の朝 その2

 とある高校の一クラス全体が集団神隠しにあったとして世間を騒がせてから約一年。


 当初は、集団誘拐にしては日中の学校で他のクラスに気づかれることなく一瞬でさらうというあり得なさと、かといって自主的な集団失踪というには食べかけの昼食や、やりかけの宿題、蹴倒されたままの椅子などといった不自然さに、現代の学校で起きたメアリー・セレスト号事件だと、過剰なくらいメディアは加熱した。


 しかし、世間の流れというのは中々に非情で、そんなオカルトチックな大事件に対しても関心が長く続くということはないようだった。半年も経てば、短い時間で事件の進捗のなさを報道したり、賢しらなコメンテーターや、この事件を機にブレイクしようと下心を抱えた自称オカルト研究者などが様々な見解で話題を引き延ばそうとするくらいで、やれ芸能人夫婦の離婚だ熱愛だ、大物政治家の汚職発覚だ、とメディアは次から次へと新しい話題を振りまいた。


 そんな風に、加熱していたメディアが落ち着いてきて、人々の関心が他に移り始めた頃においても、依然として、失踪した学生達の家族や警察が必死に行方を探していた。しかし、手掛かりすら何一つ得ることができず、誰もが心身の疲労と諦念に侵され始めていた。


 愁と菫も同じで、消えてしまった息子の行方を捜し続け疲れ果てていた。必死に、ハジメは無事だと、必ず帰ってくると信じながら、それでも時が無情にも流れていく中で絶望がひたひたと歩み寄ってくる音を、確かに聞いたのだ。


 いつ帰ってきても大丈夫なように、ハジメの部屋の掃除を欠かしたことは一日たりとてない。そして、その度に、主を失った部屋の寒々しさで身を震わせた。リビングにいるときも、食事のときも、耳に響くのは息子の声。幻だと分かっていながら、なんどハッと辺りを見渡したことか。玄関先で鳴った小さな音に駆け出して扉を開けたことなど、もはや数えきれない。


 失踪した学生達の家族とともに立ち上げた「家族会」でも、日に日に、表情を失っていく親達に、愁と菫も引きずられるように心を塞いでいった。


 そして、もうすぐ、ハジメが消えて一年が経つ。それは、二人にとって絶望の影がより濃くなることを意味する。


 チクタクと時計の音がやけに明瞭に響くリビングで、おもむろに、愁がパソコンのディスプレイを見たまま、マウスをカチカチと鳴らす手を止めずに口を開いた。


「菫、そろそろ寝たらどうだ? 昨日も遅かっただろう?」

「平気よ。そういうあなたこそ、寝た方がいいんじゃない? 昨日は、仕事のほうも大変だったんでしょう? ほとんど寝る時間なんてなかったじゃない」


 深夜、心労ですっかり痩せてしまった愁と菫が、まるでプログラムされた機械のように、作業じみた動きで情報提供を呼びかけるビラの作製や、PCの掲示板チェックをしながら、お互い顔も上げずに言葉を交し合う。


「仕事の方は問題ない。うちの奴等はみんな頼りになるからな。社長がいなくても、どうとでもしてくれる。むしろ、そんな幽鬼みたいな顔で出てこられても迷惑だって、追い出されたくらいだ。だいたい、俺より菫の方がヤバイんじゃないか? また休載したんだろう?」

「……ええ。でも、一回だけよ。うちのアシスタントも優秀だから」


 愁も菫も、それぞれゲーム会社の運営と漫画の連載を、この一年でかなり休んでいた。全ては、息子を見つけるためだ。普通なら社会的信用を失いそうな休みの連続も、その事情を知る二人の同僚や部下達が理解を示して積極的に協力してくれているおかげで、失職するようなことにはなっていない。


 それは本当にありがたいことで、仮にハジメが帰ってきたとき、両親が揃って無職というなんとも微妙な事態を見せずに済みそうだった。お互いの職場環境が特殊ということもあって、どちらでもよく顔を出していたハジメは好感をもって受け入れられていたこともあり、彼らもまた突如オカルティックな事態に巻き込まれて姿を消してしまったハジメを心から心配してくれているのだ。


 だが、そんな彼等も、次第に愁や菫に向ける眼差しは、どこか痛々しいものを見るような、多大な同情を含んだものに変わりつつあった。彼等の中には、既に諦念が蔓延っているのだろう。行方不明になった子の親に、まさか言えるわけがないが、誰もが「あるいはもう、ハジメ君は……」と、そう思い始めていた。


 そんな空気を、愁と菫の二人が気が付かないわけもなく、余計に精神を追い詰める要因にもなっていたのだが、今もこうして捜索のための時間を取れているのは彼らのおかげなので、八つ当たりなどできるはずもない。


 鬱屈した心は、互いに休むわけがないと分かっていながら、白々しい休んだらどうだという言葉になって互いの間を行き交う。


 しばらくの間、なんとも空虚な会話を続けていた愁と菫だったが、やがて、インターネットの情報掲示板に有力な情報がないどころか、明らかにガセと分かる情報や、心無い書き込みがなされているのを見て、愁は遂に、ディスプレイから視線を外した。


 そして、大きく溜息を吐きながらテーブルに両肘をついて、両手で目元を覆いながら項垂れた。


「……ハジメ。どこにいるんだ……」

「あなた……」


 まだ四十代前半だというのに、まるで疲れ切った老人のような有様の愁を見て、菫もまた、作業の手を止めて顔を上げた。


「やっぱり、少し休んだら?」

「……できないと分かってるだろう? どうせ、ろくに眠れない」

「そうだろうけど……」


 菫は言葉を詰まらせた。愁の言うことは全くもって、自分にも当てはまること。どれだけ心身ともに疲れ果てていても、一日ごとに、まるで火で炙られているかのような焦燥が募っていくのだ。それが、二人から安眠というものを奪っていた。


「大丈夫だ。まだ、たったの一年だ。たとえ、何年かかったって、必ず見つける。それまで倒れたりするものか」

「……そうね。その通りよ」


 苦笑いしながら顔を上げた夫に微笑みを返しながら、それでも隠しきれない暗い影を憂慮して、菫が寄り添おうと席から立ち上がりかける。


 と、その寸前で、不意にピンポーンと玄関のチャイムが鳴り響いた。


 当然、既に日を跨いだそんな時間帯に、人が訪ねてくるわけもなく、知り合いならば電話で連絡してくるはずで、二人は顔を見合わせて訝しんだ。咄嗟に、〝その可能性〟に至らなかったことが、二人の心の疲弊具合を示している。


 のそりと、重い腰を上げた愁が、インターフォンの受話器を取った。そうすれば、当然、ディスプレイには来訪者の姿が映るわけで……


『……あぁ、その、なんていうか……俺、なんだけど』


 激しく視線を彷徨わせながら、どんな言葉を使えばいいのか上手く出てこないといった様子の、この一年の間の彼を知る者達からすれば、思わず瞠目してしまいそうな言動を見せるその人物。


 ディスプレイ越しでも、分かる。


 雰囲気や、目つき、背丈だって記憶のあるものとは異なる。


 それでも、分かる。


 愁には、完璧に、瞬時に、分かったのだ。その、どこか気まずげな、困ったように眉を八の字にする人物が……探し続けていた、必ず帰ってくると信じていた……


――最愛の息子である、と。


 ガシャンと、受話器を放り出した愁は、リビングの扉を蹴破らん勢いで開け放ち、もどかしさを隠しもせずに乱暴に玄関のカギを開け、そして、一気に扉を開いた。


 そして、


「あ……その…………ただいま、父さん」

「「ハジメっ」」


 いつの間にか追いついていた菫と声を揃えて、喉が潰れんばかりに息子の名を呼ぶ。同時に、家の門の前で、ポリポリと頬を掻いている息子のもとへ体当たりする勢いで飛び込んだ。


「ハジメっ、お前、この馬鹿野郎! 今まで、どこをほっつき歩いてたっ」

「このバカ息子っ。どんだけ心配したと思ってんの!」


 息が詰まるほど強く、強く、父母揃って息子を抱き締める。今、この時、目の前に存在しているのだということを確かめるように。もう二度と、消えてしまわないように。強く、強く抱き締める。


 ぼんやりした街灯と、玄関から漏れる明かりと、そしてまんまるお月様が、再び一つになった家族を優しく照らす中、ハジメは二人に抱き締められながら万歳の状態で硬直していた。


 心配をかけているとは思っていた。自分の帰還を信じてくれていると確信していた。


 だが、それでも、今の自分の姿や雰囲気は、たとえ髪色や義眼、義手を可能な限り以前の見た目に戻していたとしても、かつての自分とは随分と異なるはずだ。


 だから、きっと戸惑うんじゃないかと思っていた。訝しんで、「本当にハジメなのか?」と疑いの言葉をかけられることも覚悟していた。場合によっては、一度、時間をおく必要があるんじゃないかとさえ、心の片隅で思っていたのだ。


 それが、かつて七大迷宮の一つ――【シュネー雪原の氷雪洞窟】で、己の虚像に指摘されたとおり、ハジメが心の奥底で、自他共に認める化け物になった自分が両親に受けて入れてもらえないかもしれないことを恐れていたが故の、らしくないと言えばらしくない、らしいと言えばらしい、ハジメの誤魔化し得ない心情だった。


 だが、蓋を開けてみれば、これこの通り。愁も菫も、ハジメの変化になど目もくれず、確信と怒りと、どうしようもないほどの安堵を溢れさせて抱き締めてくれた。


 ハジメの身の内に、熱く、されど静かな、深い深い感慨が湧き上がる。異世界で経験したありとあらゆる壮絶な経験が、まるで走馬灯でも体験しているが如く脳裏を過る。


 そして、ただただ、思うのだ。


――あぁ、やっと、帰ってきた、と。


 ハジメの両腕が、そっと両親の背に添えられる。そして、震える声で、小さく、しかしはっきりと、もう一度口にした。


「父さん、母さん――ただいま」


 愁と菫は、涙に濡れる瞳もそのままに、少しハジメから離れると、しっかりと視線を合わせながら、零れ落ちた微笑みと一緒にその言葉を――きっと、ハジメにとって、本当の意味で、長く険しい旅の終わりを告げる言葉を、贈った。


「「おかえり、ハジメ」」





 その後、ご近所さんがカーテンの隙間からちらほらと様子を窺っていることに気が付いたハジメ達は、そそくさと家の中に戻った。


 たった一年いなかった家。それでも、懐かしさに目を細め、ちょっとした手すりや、置物に、ハジメは手を這わせずにはいられなかった。


 リビングに入り、ハジメはテーブルの上に広がった大量のチラシを見た。その一枚を手に取りしげしげと見つめたあと、開きっぱなしのパソコンに情報提供を呼びかけるサイトが映っているのも見つける。


「……お前がいなくなってからこの一年、せめて手掛かりでもと手を尽くしてきた。だが、結局、何一つ情報は掴めなかった。……ハジメ、お前は、いや、お前達はいったい、どこにいたんだ?」

「それに、ハジメ。一年前のあの日、いったい、なにがあったの?」

「……そうだな。それを説明するのは簡単でもあり、難しくもある。たくさん、話さなきゃならないことがあるんだ」


 息子の、もうとても少年とは呼べない深い眼差しに、愁と菫は息を呑んだ。そして、察する。ハジメが、自分達の想像を絶するような、凄まじい経験をしてきたのだと。


「そう。なら、さっさとテーブルを片付けて、たくさん話しましょう。ちょっと待ってて。今、美味しいミルクティーを入れてあげるから」

「ああ。ありがとう、母さん」

「ふふ、なんだかすっかり大人っぽくなっちゃって」


 そうして、菫の入れた甘く温かなミルクティーを飲みながら、ハジメは二人に集団失踪の真実を話し出した。全てを一度に語るには、ハジメの体験は濃密すぎる。故に、要所要所、掻い摘んでの話だったが、それでも異世界への召喚、奈落でのサバイバル、クラスメイト達との決別、大迷宮の攻略、神話の決戦……それらを話し終わる頃には既に空が白み始めていた。


 一通り、話を終えたハジメは、何杯目かのカップを空にして一息をつく。愁と菫も、脱力しながら息をついた。愁は目元を指でぐりぐりしながら、菫は空のカップに視線を落としながら、どう返すべきか迷うように沈黙している。


「やっぱり、信じ難いか?」


 ハジメが苦笑いしながら尋ねる。


「そりゃあなぁ。父さんも母さんも、仕事柄、そういうものに対する知識は豊富だが……実際に、となると……」

「そうよね。ただ、集団失踪の不自然極まりない状況を考えると、頭から否定できないのがねぇ。ハジメがこの状況で嘘を吐く理由もないわけだし。だから、心配なのは、ハジメが何者かに、そう思い込まされている(・・・・・・・・・)という可能性よ」

「はは、確かに、その考え方の方が遥かにリアリティがある。俺も、父さんと母さんの立場なら、まずそう思うだろうな」


 何者かに誘拐され、集団で洗脳でもされて荒唐無稽なファンタジーの記憶を刷り込まれた……確かに、異世界に行って魔物や神と戦ってきたと言われるよりも、その方がずっと真実味がある。息子の言葉を信じられないというより、もしそうなら早く治療を受けさせなければという心配から来る現実的な考えだ。


 自分を気遣う二人に、ハジメは苦笑いを深めながら、どうしても確かめずにはいられないことを口にした。


「父さん、母さん。俺の言ったことが真実か否か、それを証明する手段はあるんだ。だから、今は真実であると仮定して、答えてほしい。……俺がしてきたことについては、どう思った? いや、今の俺をどう思う?」


 それは、ハジメが心の深奥でもっとも恐れる質問だ。両親に、失望や恐れ、忌避や嫌悪の感情を向けられたら……さすがに、きつい。きっと家を出て、そのまま最愛の恋人の胸に飛び込んでしまうだろう。


 だが、ハジメの内心の緊張とは裏腹に、愁と菫は、恐れるハジメの心を察したように困ったような、あるいは呆れるような笑みを浮かべた。


「あのなぁ、ハジメ。俺も菫も、聖人君子じゃないんだぞ?」

「え?」


 困惑するハジメに、愁と菫は席を立ってハジメの隣に寄り添う。


「他人の死より、息子の無事の方がずっと大切よ。薄情だと思うかもしれないけれど、それが親というものなの。全く、そんなに緊張して……家を追い出されるかも、なんて思ったのかしら? お馬鹿さんね」

「だけど……母さん。確かに、俺は必要だから殺してきたけど、殺しを躊躇うこともなかったんだ。そんな風に変わったんだ。殺しに忌避感も嫌悪感も抱かない奴を、受け入れられるのか?」


 しょうがない子ね、というように、自分の頭を撫でる菫に、ハジメは何とも言えない表情で言葉を返す。それに対して、愁は、今度こそ本当に呆れた様子で口を開いた。


「受け入れるも何も、俺達は家族だぞ? 家族をやめるなんて言葉は、南雲家にはないんだ。知らなかったのか? お前が俺の息子を止められることなんてないんだよ。所謂、『お父様からは逃げられない!』だ」

「いや、こんなときにネタに走るなよ……」

「ははは、まぁ、とにかくだ。ハジメは俺の息子で、俺は父親だ。そうである以上、俺も菫も、いつだってお前の味方だ。息子の生存が脅かされているのに、他人なんて気遣っていられるか。それで、もし、お前が罪悪感を抱えて、遺族に償いたいというのなら一緒に償うし、快楽殺人鬼にでもなったというなら命と体をかけて止めてやる」


 おそらく、常識的に考えるなら、愁と菫の在り方は間違っているのだろう。親として、どんな事情があろうと、殺人の是非は問わなければならない。それは許されないことなのだと諭さなければならない。親として、子の罪を叱責しなければならないのだろう。


 そしてそれは、きっと愁と菫も分かっている。その上で、誰かを殺めてでも息子が生きて帰ってきてくれたことを、誤魔化しなく喜んだ。ハジメが割り切っているならそれでいい、仮に罪を償うなら共に、外道に成り果てたというのなら、身命を賭して正道に連れ戻す。そう、はっきりと告げる。


「ハジメは、今までのことを後悔してるのかしら?」

「いいや、後悔なんて微塵もない。間違っていたとも思わない。俺は、全て覚悟の上で、そうすると決めたんだ」

「うん。そうしなければならなかったのね。でも、ハジメ。そのやり方は、日本では通用しないわよ?」

「分かっている。敵対する奴は全て殺すと決めて始まった旅も、もう終わった。だから、生き方も変えなきゃな。まぁ、トラウマを植えつけるくらいのことはするかもしれないが」

「そう、それならいいのよ。たとえハジメの心が、人殺しを忌避しないものになってしまったのだとしても、ハジメにはちゃ~んと理性と情がある。なら、大丈夫よ。愁の言う通り、もしハジメが道を踏み外したら、ひっぱたいても連れ戻してあげるし、一緒に責任をとってあげるから」

「母さん……」


 ハジメは思う。たとえ、神すら屠る力を得ても、やはり、父と母には敵わないと。そして、異世界でできた愛娘を想い出し、父親としての自分の至らなさをひしひしと感じる。


 そっと瞑目したハジメを、愁と菫は優しく撫でた。もし、ハジメの殺人を目の当たりにしたのなら、きっと動揺しないなどということはないだろう。トラウマにだってなるかもしれない。今のように、躊躇いなく言葉を贈ることはできないかもしれない。


 それでも、一つ確実に言えることは、ハジメを、息子を、恐れて離れるということだけは、決してないということ。


 その想いは、確かにハジメに伝わった。故に、ハジメの言葉は一つしかない。


「……ありがとう。父さん、母さん」


 愁と菫の目が優しく細められる。


 そんな両親の温もりを感じながら、ハジメは目を開けると二人にニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべた。心は完全に晴れた。変わった自分が受け入れられたことで、ハジメはいつもの自分を取り戻した。


 そうすれば、あとは、ある意味で一番大切な報告をしなければならない。先に言った異世界の証明もついでにできるので一石二鳥だ。


「父さん、母さん。むかし、俺が異世界に召喚されたら……なんて馬鹿な話をしていたのを覚えているか?」

「ん? ああ、覚えているとも。漢なら、剣と魔法の世界で、魔王でも倒して、ハーレムを築きたいだろうといった俺に対して、ハジメは『僕には、とても魔王は倒せそうにない。出来るのは、せいぜい家に帰ることくらい。大切な人がいれば、一緒に』と言ったな」

「よく、覚えてたな。まぁ、そのなんだ。さっきの説明のときにもちょっと話題に出したと思うが……大切な人ができた。紹介したいと思うんだが、今からいいか?」

「今から? もう明け方だぞ? っていうか、やっぱり彼女ができたのか!? それも異世界の? いや、待て、まだ異世界に召喚されたという話が本当かどうかは分からないし……」

「そ、そうよね。もしかしたら、そいつがハジメに偽りの記憶を植えつけたのかも……。そして、『息子さんを元に戻して欲しければ、この聖なる壺を買ってください。なぁに、今なら百万するところを、特別に半額にしますよ』とか言い出すんだわ!」


 なにやら変な妄想とふくらませ、警戒心をむき出しにする菫と、「菫、お前、天才か!?」と一瞬で同調する愁。なにやら、己の最愛が悪徳商法の販売員扱いされそうになっていることに苦笑いしながら、ハジメは虚空に視線を彷徨わせる。


「……ユエ、聞こえるか? 俺だ」

「おい、菫! ハジメがなんか虚空に話しかけだしたぞ! これはあれか? エア彼女という奴か!? 俺は、父親としてどうしたらいい!?」

「落ち着いて、あなた。うかつだったわ……我が家にはきっと盗聴器がしかけられているのよ! ハジメに呼ばれた聖なる壺売りの女が、今からやってくるわよ!」

「なん、だと? おのれ、俺の息子を壺売りの手先にしやがって……ただじゃおかないぞ。俺の驚異的な値切りテクで、五万以下にまで落とし込んでやる!」


 突然、宙に向かって話し出したハジメが、実は〝念話〟をしているなどと分かるはずのない愁と菫は盛大に動揺した。菫が微妙に現実的な推理を口にし、愁がプチパニックになってずれた決意を固める。そして、ユエはいつの間にか聖なる壺売りの少女になっていた。


 そんな両親を尻目に、ハジメの会話は続く。


「ああ、もう大丈夫だ。……ああ、だいたいのところは話した。さっそく、ユエ達を紹介したいと思う。……そうだ。座標は分かるよな? ああ、それじゃあ、ゲートを開いて直接来てくれ。俺の……そうだな、東側一メートルくらいを中心に頼む」


 実は、今、ユエ達はハジメが通っていた学校にいる。トータスからの帰還をする際、ゲートを開く場所を学校の屋上にしたのだ。実家の次にイメージしやすく、たとえ昼間であっても通常屋上は立ち入り禁止で鍵をかけられているので、人目にもつかない。都合のいい場所だったのだ。


 そして、クラスメイト達が次々と帰宅の途についた後、ユエ達は自ら学校に残ることを提案した。ハジメの、両親との再会に水を差さないように、と。


 当然、そんな事情を知らない愁と菫は、虚空に向かって話し続ける息子に、どうしたものかと顔を見合わせ――直後、硬直することになった。


 グニャリと、突如、すぐそばの空間が渦を巻くように歪んだかと思うと、そのまま楕円の形になり、直後、見覚えのある光景――学校のとある教室らしき場所が広がったからだ。


「ど、どこでも○ア、だと?」

「え、えっ? ちょっ、いきなりファンタジーすぎるんですけど!」


 愁と菫が盛大に狼狽える中、ゲートの端からひょっこりと顔を覗かせたのはユエだ。その紅玉の瞳が興味深そうに部屋の中を彷徨い、ついで、愁と菫を映して嬉しそうに細まり、最後にハジメへと向けられて「入ってもいい?」と無言で尋ねている。


「ようこそ、南雲家へ。遠慮なく入ってきてくれ」

「……ん」


 ハジメの歓迎を示す言葉で、ユエがゆるりと南雲家へ足を踏み入れる。部屋に突如空いた空間の穴と、そこから現れた目の覚めるようなビスクドールの如き美貌の少女に、愁と菫は口をパクパクとさせて動揺をあらわにする。


 ハジメは、ユエの隣に立つと、悪戯が成功した子供のような表情でニヤリと笑いつつ、最愛の恋人を紹介した。


「父さん、母さん。彼女の名はユエ。俺の特別な人だ。ちなみに、異世界人で、吸血鬼で、元お姫様だ」

「「っ、テンプレ属性!?」」


 常人にはない、見事な反応を返す愁と菫。ユエは、「ああ、すごくハジメの両親だ」と心の中でほっこりしながら、同時に、ご両親への挨拶という重大イベントにちょっと緊張しつつ、スカートの端をちょこんと摘み、気品と美しさに溢れた所作でカーテシーを決める。


「……はじめまして、ハジメのお父様、お母様。ユエと申します。末永く、よろしくお願い致します」

「え、お、おう。いえ、これはご丁寧に。こちらこそよろしくお願いしますです?」

「よ、よろしくお願いします、ですわ?」


 絵物語から飛び出してきたような金髪紅瞳の美少女の、それも人生初、息子からの恋人紹介という衝撃に、二人の語尾が実に怪しくなる。しどろもどろで、ペコペコと頭を下げる両親の姿に、ハジメは笑みを深めつつ、しかし、「こんなもんじゃ、終わらないぜ!」と言わんばかりに口を開いた。


「シア、いいぞ!」

「はいですぅ! 義父様(とうさま)義母様(かあさま)、私はシアと言います! よろしくお願いしますですぅ!」

「「ウサミミぃ、キタッー!?」」


 ウサミミをうっさうっさしながら、満面の笑みでゲートより飛び出してきた二人目の美少女に、愁と菫が見事なハモリを見せた。返事をする余裕もなく、みょんみょんしているウサミミに目が釘づけになっている。


「ティオ、来い!」

「うむ。お初にお目にかかるのじゃ、義父上殿(ちちうえどの)義母上殿(ははうえどの)。ご主人様の愛人にして、性の奴隷でもある竜人ティオ・クラルスと申す。幾久しく、よろしくお願いするのじゃ」

「「性の奴隷!?」」


 今にもこぼれそうな双丘と、自分の正体をあからさまにするためか竜の翼を広げながら割とダメな挨拶をするティオに、愁と菫が思わずふらつく。どうやら連続した衝撃展開が足に来たようだ。


「レミア、ミュウ!」

「はい、あなた。はじめまして、レミアと申します。娘共々、よろしくお願い致します」

「え、えっと、えっと……パ、パパの娘のミュウです! おじいちゃん、おばあちゃん、よろしくお願いしますなの!」

「お、おじいちゃん!?」

「む、むすめぇ!?」


 楚々とした様子で丁寧に頭を下げるゆるふわ美人と、一生懸命挨拶をする小さなミュウ。愁と菫は、ミュウの衝撃的言葉に、遂に硬直した。そして、ギギギッと油を差し忘れた機械のようにハジメへ視線を向ける。


 その瞳は何よりも雄弁に物語っていた。すなわち、「どういうことか説明しなさい!」と。


 故に、ハジメは簡潔に答えた。


「ミュウは俺の娘で、ユエ達は全員、俺の嫁だ。まぁ、よろしく頼むよ」

「「軽ぅ!?」」

「あ、ちなみに、あと4人ほど嫁がいるから、また後日挨拶してもらうよ」

「「リアルチーレムぅ!?」」


 やはり、見事なリアクションを、二人は見事にシンクロしながら取った。


 そして、「お前、本当に俺の息子か!?」とか、「あんた、本当に私の息子なの!?」と、殺人の告白をされても揺らがなかった親心が盛大に揺らいでオロオロしたり、「いや、まて、菫! こんな可愛い子達がリアルにいるはずがない! 全てCGだ! 騙されるな!」と愁が正体見たり! と叫べば、「あなた、天才だわ! ハジメ、目を覚ましなさい! 二次元の女の子から3Dの女の子に乗り換えたとしても、結局は虚像。虚しいだけよ!」と悲痛な表情で叫んだり……


 とにかく、それはもう盛大に混乱をあらわにした。


 しかし、そんな混乱も長くは続かなかった。


 二人の様子に歓迎されていないと感じたらしいミュウがしょんぼりしながら、「おじいちゃん、おばあちゃん……ミュウじゃダメですか?」と尋ねたからだ。結果は言わずもがな。


「どうも初めまして、俺がミュウのおじいちゃんだよ?」

「どうも初めまして、私がミュウちゃんのおばあちゃんよ?」


 見事に、一瞬で立ち直った。ミュウのあざといまでの愛らしさに為すすべなくノックアウトされる姿は、やはりハジメそっくりだ。


 そうして、一度立ち直ってしまえば、目の前の起こされたファンタジーな現象と、人間ではない美少女達に、もともと職業柄耐性のあった二人はすぐにハジメの言葉の真実性を肯定した。


 あとは、やんややんやの大騒ぎだ。息子が経験したレアすぎるあれこれと、美少女ハーレムの実現……オタク魂をそのまま生活の糧にするような二人であるから、それはもう瞳を輝かせて質問攻めだ。


 ティオが、再生魔法で録画し直したハジメが戦う映像記録などを出せば、朝方の住宅街に奇声が響き渡った。「うぉおおおっ、すっげぇええ! 知っているか、知ってますかぁ!? これ、俺の息子です! ありがとうございます!」とか、「きゃぁあああっ、聞いた!? 今、すんごいこと言ったわよ! やばいわ! この子、マジ魔王様よ! そして、魔王様は私の息子です! ありがとうございます!」などと、徹夜明けということもあってかテンションアゲアゲの二人は、結局、羞恥に耐えられなくなったハジメが、纏雷アババするまで騒ぎ続けるのだった。


「……ん。さすが、ハジメのお義父さまとお義母さま。一味も二味も違う」

「確かに、これぞ、ハジメさんのご両親っていう感じですね」

「ご主人様の父上殿と母上殿ならば、当然とも言えるがの」

「うふふ、ハジメさんに似て、ユニークな方々ですね」

「うんっ、パパとおじいちゃんたち、とっても似てるの!」


 いい笑顔で気絶する愁と菫を、生温かい眼差しで見つめながら、ユエ達は感想を述べる。


 それに対してハジメは一言。


「どういう意味だ、こら」


 なんとも言えない表情となるハジメだった。





 回想から帰った愁と菫は、朝の食卓で、ある意味イチャイチャとじゃれる息子家族にニマニマしつつ声をかけた。


「そういえば、ハジメ。今日は、香織ちゃん達と会うんじゃなかったか? 時間は大丈夫か?」

「あ~、昼過ぎからだから問題ねぇよ」

「雫ちゃんも来るのよね? 愛ちゃんはどうなの?」

「雫は香織と一緒に来るらしいが、愛子は、たぶん来られると思うが、遅くなるんじゃないか? 仕事も、立場もあるしな」


 肩を竦めるハジメに、「愛ちゃんも大変ねぇ」と菫が同情まじりに眉を下げる。


 今日は、香織達も交えて、みんなで外食を計画しているのだ。クラスメイトも参加するもので、異世界に召喚された者達の同窓会みたいなものだ。もっとも、ハジメ達は現役の学生であるから、ニュアンスは少し異なるが。


「おい、ハジメ。香織ちゃん達にも、もっと家に顔を出すように言っておけ。美少女の義娘は、多ければ多いほどいい」

「そうね。というか、増改築が済んだら、いっそのこと家に住んでもらえばいいのよ。華やかで、にぎやかで最高じゃない」

「……本人達はまんざらでもない……というか、普通に来たいらしいんだが、向こうの家族が認めないらしい。まぁ、常識的な判断だな」


 ハジメは、雫と香織の家族に会ったときのことを頭の片隅に思い浮かべながら肩を竦めた。


「う~む、それもそうか。まぁ、うちはいつでもウェルカムとだけ伝えとけ。それと……ふふ、今夜はお泊りでも構わんぞ?」

「酒池肉林ね! 我が息子ながら、恐ろしい子っ」

「うっさいよ。普通に帰ってくるっての。本当に、父さんと母さんは……」


 朝っぱらから若干、疲れた表情になるハジメ。そんな親子のやり取りを微笑ましそうに眺める異世界の嫁達。


 そこには確かに、平和で優しい、家族の日常が広がっていた。





いつも読んでくださり有難うございます。

感想・意見・誤字脱字報告も有難うございます。


次回の更新も、土曜日の18時の更新予定です。

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― 新着の感想 ―
↓香織はともかく雫の親は普通か?
おおらかすぎる両親´S。 ハーレムを認める度量は素直に凄いと言える。 というか、香織雫の親が普通だよね。
[良い点] 本当に書き方がうまいんですねぇ、何回泣いたか…
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