挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

最終章

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

179/288

エピローグ

 

 神話大戦。

 人々が自然とそう称した、世界の命運を賭けたあの決戦から一ヶ月が経った。

 今日も、ハイリヒ王国が存在した場所からは元気な喧騒が聞こえてくる。鳴り響いているのは職人気質な怒声やカンッカンッという金槌を打つ音などがメイン。復興の音だ。

 あの決戦の後、各地に設置されたゲートが再び開かれ、王都前の大草原は多くの人々の再会と勝利を祝う声で満たされた。

 その後の数日は、負傷者の治療や死者の確認と弔い、王都が消えてなくなったが為に行き場を失った人々の一時的な住居の仮設などによって多少の混乱があったものの、一致団結していた各代表の尽力により、比較的スムーズに戦後処理がなされていった。

 崩壊した【神山】により、巻き込まれる形で破壊されたハイリヒ王国は、神話大戦に参加できなかった非戦闘員――特に職人達が総出で復興に当たり、更にそれを商人達や一般の人々が最大限に支援することで急速に立て直されつつあった。魔法による復興である上に、種族、国の垣根を越えて、世界中の人々が善意かつ積極的に協力しているので、このままいけば半年以内に元の様相を取り戻せるかもしれないと推測されるほどだ。

 戦闘の爪痕激しい大草原には、要塞の残骸を利用した仮設住宅が多数建設されており、主に復興に携わる関係者が寝泊りしている。そこには、料理屋や宿屋、雑貨屋なども続々と作られており、あるいはそのまま王都の一部となって都市拡大に繋がるかもしれないほど。きっと、背後に【神山】があったときよりも、活気に満ちた都となることだろう。

 その仮設住宅街には、聖教教会の仮施設も作られていた。

 かの戦いで、敵はエヒトルジュエの名を語る邪神であるというストーリーにしたため、人々の心の拠り所は、未だエヒトを神とする聖教教会にあるのだ。それを【神山】と聖教教会の本部が消えたからといって、いきなり取り上げては人々が不安になるだけである。

 かといって、エヒトルジュエの名をそのまま使って従来通りの聖教教会とするのは、真実を知る者達からすると些か以上の抵抗があった。

 そこで“豊穣の女神”たる愛子の演説により、こんなストーリーが世界に向けて発信された。

 曰く、エヒト神の本当の名は、エヒクリベレイであり、長らく真名を狂った神――エヒトルジュエに奪われていた。

 曰く、エヒトによる世界の危機を知った“反逆者”もとい“解放者”達が、清き信仰を取り戻す為、かつてエヒトに挑んだものの卑劣な手に掛かり討つこと敵わなかった。

 曰く、解放者達は、いつかエヒトを倒し得る者に自らの力を授ける為、大迷宮の奥底で眠りについた。そして、異世界から、神によって召喚された選ばれし者に力を授けた。愛子はその代弁者であり、もっとも力を得たのが“女神の剣”だった。

 曰く、そうして見事、ハジメ達が【神域】に隠れる狂神エヒトルジュエを打倒した。しかし、狂神エヒトルジュエの最後の抵抗により世界を道連れにする崩壊が起きた。それを、ゴーレムに魂を憑依させ、ずっと人々を見守ってきた最後の解放者――ミレディ・ライセンが、その魂と引き換えにして世界を救った。

 真っ赤な嘘、というわけでもない。大体のところ、合っている。ちなみに、エヒクリベレイというのは“七人の解放者”という意味を込めた造語である。きっと、エヒトルジュエと協力し合った等と後世に伝えられるのは嫌だろうという配慮だ。誰の配慮かと言えば、この嘘ではないが本当でもないいろんな意味で微妙なストーリーを考えたのと同じ、どこぞの白髪眼帯男である。

 この演説により、早速、今回の神話大戦を書に残そうとしている歴史家達によって、ミレディ達の名が、世界を救った偉大な七賢人として再び歴史の表舞台に上がることになった。

 教会の新たなトップ陣に関しては、地方教会の司祭達で構成されている。あの戦場で、聖歌隊に加わっていた者達の内、生き残った者達が中心だ。中央と反りが合わず、地方に飛ばされていた者達がほとんどなので、思考思想も至って常識的であり、人格者が多かったため特に問題はないように思われた。

 ミレディがいなくなった【ライセン大迷宮】については、ハジメがミレディ・ゴーレムの代わりとなる生体ゴーレムを作って配置した。ガトリング砲やミサイルポッド、パイルバンカーまで装備しているので、難易度は跳ね上がっているかもしれないが。

 その他の大迷宮には特に何もしていない。もう、意味はないかもしれないが、力を求めて挑みたければ挑めというスタンスだ。

 神話大戦で大盤振る舞いされたハジメ謹製のアーティファクトについては、ハジメが気絶から目覚めた後、全て破壊した。ガハルドなどは、ほとんど縋り付く勢いで「やめろぉー!」と叫んでいたが、その眼前で全てを塵にしてやった。ハジメ印のアーティファクトを集めるアーティファクトを作ってやったので、取りこぼしもないだろう。

 もちろん、カム達ハウリア族には、色々と手を施したアーティファクトを残してある。

 ガハルドがずっと恨みがましい表情、というかずっと大事にしていた大切な玩具を取り上げられた子供のような目で、自分をジッと見つめるのが鬱陶しくて、つい小型版フェルニルを贈ってやったら、次の日、何故かハジメは皇帝陛下の親友ということになっていた。余程、フェルニルが嬉しかったらしい。

 万が一、ガハルドがフェルニルを使って他国に侵攻した場合に備えて、リリアーナとカムには自爆機能のスイッチを遠隔で入れられるアーティファクトを持たせたと知ったら……ガハルドはいったい、どんな顔をするのか。ハジメは、とても気になったがグッと我慢した。


 亜人族と人間族の関係については、帝国側の人間だけでなく、他の人間達も、共に神話大戦を戦い抜いた亜人達に対する感情は変化しつつあった。やはり命を預けあったという事実は、差別意識を塗り替えるには十分だったのだろう。

 もちろん、直ぐに肩を組み合えるかと言われれば、そう簡単にいくものではないが、それでも、闇雲に嫌悪できるほどの悪感情は誰も持てないようだった。それは、竜人族の勇壮なる活躍を目の当たりにしたということもあるし、なにより、【神域】に突入した救世の英雄の仲間にもウサミミ少女と竜人女性がいたということがあるからだ。

 もはや、神の恩恵を持たぬ見放された種族などとは言えなかった。むしろ、二人の亜人は英雄と並ぶ偉人として、歴史に残るだろうことは明白だった。そんな相手に、どんな蔑みの言葉を向けられるというのか。

 そういうわけで、亜人の地位というものが何をするでもなく、急速に人々の間で見直され始めた。その一貫として、聖教教会からは“亜人族”ではなく、今後、彼等の正式な呼称は“獣人族”とする、というお触れが出たくらいだ。

 このこともあって、帝国の皇族につけられた“誓約の首輪”も取り外されることになった。せっかく、友好的に共存できるかもしれないのに、皇族の命を握っているとあっては“対等関係”というものが崩れてしまうし、歩み寄りにブレーキが掛かってしまうからだ。

 もっとも、だからといって、帝国側に亜人への迫害や奴隷化をさせない保証が何もなくなったわけではない。

「隕石と太陽光レーザーとハウリア族にフル装備、どれがいい?」

 “誓約の首輪”が外された際に、ガハルドが不敵に笑いながら「帝国が報復に出ないと信じるのか?」と尋ね、返されたハジメの言葉がそれだった。側近共々、速攻で友愛の握手を求めたのは言うまでもない。帝国は実力至上主義なのだ……

 さて、対等な種族といえば魔人族のことがある。

 彼等は【神域】に招かれ、その下層領域で眠りについていたのだが、どういうわけが【神域】の崩壊を免れて、戦場から遠く離れた魔都近郊の荒野に放り出されたまま、こんこんと眠り続けているところを発見された。

 それは戦後、一ヶ月が経った現在も変わらない。おそらく、再生魔法でも使えば直ぐに目覚めることになるだろうが、今は、戦後処理やら復興やらで忙しく、とても火種となり得る存在を起こすことなど出来ないので、厳重な監視のもと魔都の一角にて封印状態にされている。封印は、ハジメのアーティファクトだ。

 ちなみに、魔王城でハジメに恐怖を刻み込まれたあの魔人族達については、ハジメが「面倒い」の一言から同じく眠りにつかせた。同胞を助けるぞ! とか言って暴れられても困るので手っ取り早い措置だ。

 もっとも、ハジメに恐怖をたっぷりと植えつけられた彼等が、しかも、【神山】崩しや【神殺し】まで成し遂げたことまで知って、下手なことができるとは微塵も思えなかったが。

 さて、このように王都の復興、アーティファクトの回収、帝国への楔の打ち込み、歴史のでっち上げ、解放者達の名誉回復、その他諸々の為に忙しく動き回っていたハジメ達だが、なにも伊達や酔狂で、この世界のあれこれに手を貸していたわけではない。

 当然、第一の目的は故郷たる地球――日本に帰ることだ。

 一ヶ月もの間、この世界に留まり続け、暇潰しも兼ねて動きまわっていたのは、単に帰れなかったからである。と言っても、別に帰還の手段がないというわけでも、概念魔法を創造できなかったというわけでもない。

 理由は単純。“導越の羅針盤”や“クリスタルキー”を作る材料がなかったのである。

 概念魔法は強力だ。鉱石に付与することは出来ても、並の物質では発動時の力に耐え切れず自壊してしまう。世界を渡るという難行を前に、一回だけなら使えるはず! などと言う冒険はしたくなかった。

 それに、ミュウやレミアを連れて行くとしても、やはり故郷へ帰る道は用意してやりたかったし、シアやティオに関しても、カムやアドゥル達がこの世界に残る以上、たまには里帰りさせて家族と合わせてやりたいとハジメは考えていた。

 なので、一度使ったくらいで壊れるようなアーティファクトでは困るのだ。

 かと言って、概念魔法に耐える上に、魔法と親和性の高い鉱石と言えば、神結晶以外に思いつかない。だが、奈落に神結晶がないのは確認済み。羅針盤がない以上、世界のどこかにあるかもしれない神結晶を探すのも現実的ではない。

 そこで考えたのが、無いなら作ればいいじゃない、ということだ。

 神結晶は、千年という長い時間を掛け偶然できた魔力溜りで魔力が結晶化したもの。途方もない程に膨大な自然の魔力が固まったものだ。水滴が岩に穴を穿つが如く。

 だが、水滴が穴を穿つところなど眺めている趣味はハジメにはない。故に、そんな道理は反則で捻じ曲げてしまえばいい。

 そうして行ったのが、星の力に干渉する魔法である重力魔法で自然の魔素を高速で集束するアーティファクトを作り、それを界に干渉する魔法である空間魔法を使ってアーティファクト(人口魔力溜り)に注ぎ込むということだ。

 それに加えて人外の魔力を待つハジメを筆頭に異世界チート組が毎日魔力を注ぎ込んだ。

 結果、一ヶ月を掛けて、見事、直径十五センチメートル程の神結晶を作り出すことに成功した。ハジメが見つけたものに比べれば半分程度の大きさしかなく、“神水”も出ないが、十分、概念魔法用アーティファクトに耐える素晴らしい素材だ。

 そして、遂に、今日、“導越の羅針盤”と“クリスタルキー”の作成に入る。

 場所は、フェアベルゲンの街外れにある噴水広場。シアの想いが成就したあの場所だ。ハジメ達は、この一ヶ月、一番過ごしやすいこのフェアベルゲンを拠点にしているのである。ゲートがあれば王都までの距離も関係がないので、愛子やクラスメイト達もここで滞在している。人間ではあるが、英雄一行の滞在とあって獣人族は大喜びだ。

 広場には、シアやティオ、香織や雫、そしてミュウとレミア以外にも、帰還用アーティファクト完成の瞬間を一目見ようと全クラスメイトが集まっていた。加えて、リリアーナやカム達ハウリア族などもいる。

「よし、やるか。ユエ」
「……んっ」

 その広場の中央で向き合うのはハジメとユエだ。ユエの姿は、本来の少女の姿。その日の気分で大人モードになったりもするが、ハジメの膝の上に座ったり、抱っこしてもらうのに便利なので普段は少女モードでいることが多い。

 ハジメも、新たな義眼と義手が戻り、ユエの眷属化も解かれた状態になっている。地球に帰るまでには、黒髪にしたり義手に皮膚コーティングするなどして、可能な限り外観は元のハジメに戻すつもりだ。

 ゴスロリちっくな衣装に身を包んだ可憐すぎるユエと、神結晶を挟んで向き合うハジメは集中するように瞑目した。

 周囲で見守るクラスメイト達が固唾を呑んでいるのが分かる。

 そんな中で、遂に始まった概念創造の儀式。

 フェアベルゲンの森に、黄金と深紅の魔力が静かにうねりを上げ始めた。最初から、螺旋を描きながら交じり合う二色の魔力は、まるで睦み合っているようにも見える。

 やがて樹々の葉を吹き散らしながら天へと昇った魔力の奔流に、明確な意志が宿り始めた。目に見えないにもかかわらず、その場にいる誰もが感じ、肌を粟立てるほど圧倒的な意志。

 同時に、神結晶が輝き出す。吹き荒れていた魔力の奔流が、凄まじい勢いで神結晶へと集束・吸収されていく。

 静かに、されど朗々とハジメが言霊を放った。

「――“錬成”」

 途端、神結晶が二つに分かれる。神結晶以外にも用意されていた鉱石が瞬時に混じり合い、形を成していく。

 いつしか、吹き荒れていた魔力はハジメとユエの間で恒星の如く輝き、フェアベルゲンの森と周囲の者達を照らし、その心を魅せた。

 その輝きも少しずつ小さくなっていく。「ほぅ」と、感嘆の溜息がそこかしこで漏れ出した。それは、生まれ出るアーティファクトが原因か、それとも寄り添い合いながら奇蹟のような光景を生み出しているハジメとユエが原因か。

 そして、遂に光が収まり、ユエとハジメがスっと目を開いた。その視線の先にはキラキラと輝く羅針盤とクリスタルキーがある。

「……ハジメ。試して」
「おう」

 そっと手を離しながらユエが言う。それに従い、ハジメは羅針盤を発動してみた。問題なく、感覚的に地球の場所が掴める。そしてクリスタルキーもしっかりと空間に作用した。

「お、おい、南雲。どうなんだ? 大丈夫そうか?」

 堪えきれなくなったようで遠藤浩介がおずおずと尋ねる。ちなみに、ハウリア族に素晴らしい二つ名を送られたり、同じ兎人族の恋人がいたり(この一ヶ月物凄く頑張った。主に、羞恥心を代償に支払い、黒歴史を量産しながら)と、共通点が多々あるハジメと浩介は、意外に気があって、この一ヶ月で割と気安い関係を築いていたりする。

 浩介の呼びかけに反応したハジメを見て、クラスメイトの何人かがゴクリと生唾を呑み込む音を響かせた。

 ハジメは、緊張で強ばった表情になっているクラスメイト達に視線を巡らせる。

 そして、ニヤリとした笑みを浮かべると無言でサムズアップした。その意味は明白。

「よっしゃーーー!!」
「やったぁ!!」
「うぉおおおおっ、帰れる! マジで帰れるぅ!!」
「南雲ぉ、いや、もう南雲様! ほんとありがとう!」
「ふぇええええん、良かったよぉ~。南雲くぅん、ユエさぁん、ありがとう!」
「ハジメ様ぁ、奴隷にして下さいぃいいい~!」
「ユエさん、俺をペットにしてくれぇ!」

 爆発する歓声と、次々に上がる感謝の言葉。若干、危ない発言があった気がするがクラスメイトにまで変態が出現しては困るので華麗にスルーだ。だが、ユエに変な要求をした奴は後でシメるとハジメは誓いつつ、疲労のためどさりと座り込んだ。

 その膝の上にユエも疲れた様子で座り込んでくる。細い腰に腕を回して支えてやるとスリスリと擦り寄ってくる。

 そこへ、ステテテーと可愛らしい足音が響いた。

「パパぁ!」
「ミュウ」

 ぴょんと飛び込んでくるミュウの小さな体を上手く受け止め、ユエとは反対の膝に乗せて同じように支える。やっぱり、スリスリと擦り寄ってくる。

「ハジメさん! 私も~」

 シアがウサギらしくぴょんと飛び込んでくる。抱きつく場所は右肩。一時的に支える手を解いてウサミミを撫でてやる。シアは嬉しそうにスリスリと擦り寄った。

「ハジメくん、やったね」

 そう言って静かに寄り添ってきたのは香織だ。それも使徒の体ではない。元の体だ。ハジメ達との寿命の差を考えれば、使徒の体のままの方がいいと香織本人は思っていたのだが、エヒト憑依時の影響で使徒創造の秘術を理解したユエが、香織の体のままいずれ使徒化させて寿命の垣根を超えることは可能だというので、元の体に戻ったのだ。実際、既に一時的になら使徒モードに転変することが可能で、その場合は銀翼や分解能力、双大剣術も扱うことができる。

 その香織が、ハジメの左肩にピトリと引っ付く。撫で撫でしてやると、やはりスリスリと擦り寄った。

「ご主人様の世界、楽しみじゃの」
「きっとビックリするわよ」

 ティオと雫がやってくる。場所はもう背中くらいしかない。二人の視線が交差した。バチッと火花が散る。相手を牽制しつつ、最後の密着ポジションを狙おうとして……

「あらあら、いい場所が空いていますね。うふふ。あなた、失礼しますね」

 スルリと割って入ったレミアがピタリとハジメの背中に密着した。「「あっ」」とティオと雫が声を上げる。流石未亡人。侮れない。

「シアさん、はぁはぁ、私とも仲良くしましょう?」
「げぇ、アルテナッ!」

 いつの間にかシアの背後に「はぁはぁ」と鼻息の荒いアルテナが出現した。ゾンビのようにふらふらしながらシアの背中に覆い被さろうとしている。

 ゾワリとウサミミを逆立てたシアが、アルテナを撃退しようとハジメから離れた。

 その隙を突いて更に二人の女性が小走りに近寄り……

「……愛子さん? 何をなさるつもりですか?」
「リリアーナさんこそ。彼に何か用でも?」

 バチバチとここでも火花が散る。

 にわかにハジメの周囲が騒がしくなり、歓声を上げて喜び合っていたクラスメイト達も注目を始めた。

 そんな中、ハジメを巡って騒がしく争う女性陣に「ふぅ」と溜息を吐いたのはユエ。ハジメが、「どうした?」と首を傾げながら視線を向けると、途端、甘えた雰囲気から妖艶な雰囲気へと空気が変わる。

 そして、ユエの体がポワ~と輝いたかと思うと、次の瞬間、大人版ユエが現れた。直後、大人版ユエは香織とレミアからあっさりハジメを引き剥がすと、成長したことで丈が一気に短くなり、物凄く際どく艶かしい衣装のまま、ハジメの頭を掻き抱いて、その見事な双丘へとムニュ! と埋める。

 争っていた女性陣が「あっ」と声を上げ、ハジメが「うんむっ」と声を詰まらせる。ミュウは片腕で支えたままだ。

「……正妻権限で、騒がしくする子は出禁にする」

 迸る色気。男女の区別なく魅了する魔性の美。妖艶を体現したような大人モードのユエの言葉に誰もが息を呑んだ。咄嗟に女性陣が反論しようとするが、機先を制するようにスっと流し目を送られれば、途端、ポワッと頬を赤らめて「うっ」と言葉に詰まる。ライバルを自認する香織ですらそうなるのだ。はっきり言って誰も逆らえる気がしない。

 ちなみに、出禁がどこへの出入り禁止を示しているかと言うと、ハジメの寝室だったりする。この一ヶ月、ハジメとユエ、そしてシアは幾度も眠らぬ(・・・)夜を過ごしてきたが毎日というわけではない。

 そして、ユエとシアがいない夜もハジメのベッドを温めていた女性はいるのだ。それが誰であるかは言わずもがな。采配を取り持っているのが誰なのかも言わずもがなだ。“正妻権限”という言葉で推して知るべし。

「……ん。罰として、今日は私が独占する」
「ちょ、ユエ、うむっ!?」

 双丘に埋められ骨抜きになっていたハジメは、起こされると同時にユエから熱い、それはもう火傷しそうなほどあつ~い口付けを頂戴した。

 にわかに騒がしくなる女性陣。そして、オロオロと砂糖を吐き出すクラスメイト(危ない感じで興奮している一部の女子生徒を含む)。

 ぷはっと息を乱しながら口を離したユエとハジメに、香織達が、抗議とおねだりの声を上げる。

「ず、ずるいよ、ユエ! 私もハジメくんと……」
「あ、あの私も……ハジメと……」
「ご主人様、妾ともしておくれ」
「あらあら、あなた、私もお願いしますね」
「はぅ、な、南雲くん、わ、私も……」
「ハジメさん……どうか……」

 更に、アルテナをバックドロップで沈めたシアが無言でうるうると潤んだ眼差しをハジメへ向ける。ミュウはよく分かっていないのか首を傾げていた。

 そこへ、ユエがふわりと微笑みながら口を開いた。

「……ハジメ。誰とする?」

 そんなことを悪戯っぽく言われてしまえば、ハジメの答えは一つしかない。

「ユエ一択で」
「くふっ……じゃあ、さらっていく」

 そう言って、ミュウを風で包んで優しくレミアに渡すと、ハジメを抱き締めたままシュン! と姿を消してしまった。エヒトルジュエからパクった魔法“天在”である。実は、キスしながらハジメから血をもらい回復していたのだ。

 フェアベルゲンの広場に再び「あーー!!」というハジメに惚れる女性陣の抗議の声が轟いた。

「……ちくしょう。死ぬほど羨ましい」
「ああ。俺も、あんな美女にさらわれてぇ~」
「でも、南雲ならしゃあないかと思ってしまう自分が、何かもうって感じだ」

 玉井淳史が天を仰ぎながら呟けば、しみじみとした様子で相川昇が同調し、仁村明人が肩を竦めて何とも言えない表情を晒した。

「あぁ、それすげぇ~わかる。言葉に出来ない感じな」
「“まぁ、南雲なので”というのが、最近の流行語だな……」

 玉井達の会話を聞いていた野村健太郎と永山重吾が苦笑いしながら頷いた。それに中野信治や斎藤良樹が、同じく何とも言えない乾いた笑みを浮かべる。

「はぁはぁ、ユエさんに踏まれたい。あの瞳に蔑まれながら思いっきりグリグリされたい……」
「お前は帰ったら即行で病院な。頭、見てもらえ」

 一部クラス男子が変態化している中、羨望と納得と、その納得に対する複雑な感情を抱きながら、他のクラス男子達も互いに苦笑いを浮かべあった。

 そんな男子達の近くで、宮崎奈々が同じように羨望を込めた声音で声を漏らす。

「羨ましいなぁ~」

 首を傾げて園部優花が「どっちが?」と聞き返した。

「どっちというより、ああいう関係自体が、かな」
「すごく納得。確かに羨ましいね」

 菅原妙子が女の子の表情をしながら憧れを込めて「ほぅ」と吐息を漏らした。優花が憧憬を隠しもしない親友二人に苦笑いしながら、消えたハジメとユエを追いかけて森の奥へ駆けていく魔王ハーレムメンバーを眺めつつ口を開く。

「っていうか、あの関係に入り込んだ香織ちゃんと雫、そして色々と吹っ切った愛ちゃんが凄い」
「……全員、なんだよね、既に。ヤバイ、南雲くんマジ魔王様」
「はぁはぁ、ハジメ様ぁ、どうか私を奴隷に……」
「帰ったら一緒に病院へ行こう。頭、見てもらわないと」

 クラス女子達も会話に加わり、ハジメとユエの関係を羨みつつ、ハーレムに入った香織達に称賛を含んだ感想を漏らす。同時に、既に致していることに頬を赤らめた。実は、かなりの人数が求められたら応えたいくらいには、ハジメを想っていたりする。ハジメが求めるわけないので、実現することはないだろうが。

「鈴は行かねぇのか?」
「いやいや、行かないよ。いきなりなに言うの。龍太郎くん」

 ケラケラと笑いながら、一連の騒動を眺めていた鈴に、隣の龍太郎が何となしに尋ねると、「この人、なに言ってんの?」と、鈴が首を傾げた。

「……いや、行かねぇならそれでいいんだけどよ。ほら、お前、中身エロオヤジだし、なんかノリで自分もとか言って突撃でもすんじゃねぇかと」
「……おい、私を節操なしの痴女と言ったか、この野郎。一度、龍太郎くんとは私に対する認識について話し合う必要があるかな?」
「いや、だって、お前、基本的に変態だし……」
「OK,喧嘩だね? 喧嘩したいんだね? 私の進化したバリアバースト、たらふく食らわせて上げるよ」

 龍太郎が頬をポリポリと描きながら率直な意見を言い、鈴が青筋を浮かべながら復活した鉄扇に手を伸ばした。それを、慌てたようにわたわたしながら制止するのは光輝だ。

「す、鈴。落ち着いてっ。龍太郎も悪気があるわけじゃなくて、むしろ――」
「光輝くんは黙らっしゃい。このデリカシーという概念をお母さんのお腹の中に忘れてきた脳筋野郎とは、一度、きっちり話し合わなきゃならないんだよ!」

 光輝の言葉を遮って鈴がガルルと吠える。しかし、鈴にそこまで言われれば、龍太郎とて反論くらいはしたくなるもので、

「あのなぁ! 夜中に、南雲達の寝床を覗きに行こうとする奴にデリカシー云々なんて言われたかねぇんだよ! お前こそ、女の恥じらいとかそういうの、その辺の道端に捨ててきたんじゃねぇのか?」
「そ、それは、だって! 気になるじゃん! お姉様達の情事だよ!? 一度は目に焼き付けておかないと人生的損失だよ!?」
「知るか! だいたい、そんなに見たきゃ一人で行けばいいじゃねぇか。夜中に叩き起された挙句、覗きに連行された俺の気持ちを考えろ!」
「へたれの龍太郎くんに対する、私の親切心じゃん! わかれ!」
「無茶言うな! 同級生のエロシーンを、同級生の女子に誘われて覗くとか、気まずいにも程があるわ! というか意味不明だっつうの!」

 ギャースギャースと喧嘩(?)する巨漢とちみっ子。最近、割と目撃する光景に周囲の視線は生暖かい。そして、二人の周囲でひたすらオロオロしている光輝に対する視線も生暖かかった。

 召喚された当初の輝くカリスマは既になく、この一ヶ月、ひたすら頭を下げて回り、すっかり存在感を失っている光輝。周囲の視線は未だ冷たく、警戒心と猜疑心に満ちたもので、覚悟していた光輝はただしゅくしゅくとそれらの感情を受け止めてきた。

 表情は常に堅く、罪悪感と申し訳なさで塗れていた。元々の分け隔てなく人助けをしてきた光輝を知っているクラスメイト達は、最初こそ裏切った光輝に不信感を抱いていたものの、雫達が命懸けで連れ戻したこと、単純にこれ以上クラスメイトを失わずに済んだこと、そして光輝本人が誰よりも後悔し、変わろうと努力している姿を見て、一応、受け入れているようだった。

 特に、元の笑顔を失っている光輝が、龍太郎達の傍では、おろおろしつつも少しだけ和らいだ表情を見せることに、少しホッとする気持ちを抱いていた。失ったものは多くあれど、なんだか、召喚される前の大切なものが、少しだけ戻ってきているような、そんな思いを感じたからだ。

 龍太郎と鈴の騒ぎを中心に、故郷に帰れることが確定したことも相まって、クラスメイト達もまた明るい表情で騒ぎ出す。

 人生には、時として身命を賭けて戦わなければならないことがあるのだと身を以て知った彼等の笑顔は……とても力強かった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 さて、転移したハジメとユエがどこに行ったのかと言うと……二人は現在、大樹の元にいた。ハジメが、極力人の来ない場所で、かつ趣のあるところということで、この場所を指定したからだ。

 少女モードに戻ったユエと恋人繋ぎで手を合わせながら、ゆったりと大樹の根元へと歩いていく。

 今日は快晴で、霧の入って来ないこの場所には木漏れ日が燦々と降り注いでいた。

「ユエ、再生魔法を」
「……ん? わかった」

 大迷宮への入口が閉じれば大樹も元の枯れ木に戻る。現に、眼前の大樹は枯れたままだ。再生魔法をかければ緑を取り戻すのは分かっていることだが、中に入るつもりもなさそうなのに、何故、使う必要があるのか。

 少し怪訝そうに首を傾げたユエだったが、なんとなく、ただ、もっと綺麗な景色がみたいだけなのだろうと察し、微笑みながら魔法を行使した。

 途端、光を放ちながら緑を溢れさせる大樹。枝葉の隙間から差し込む陽の光が幾本もの天使の梯子を作り出す。静謐な雰囲気と、神話にある世界樹ユグドラシルを連想させる壮麗な大樹と合わせれば、いっそ幻想的、あるいは神秘的とも言える美しい場所となった。

 ハジメは満足そうに頷くとユエの手を取って大樹の根元に導いた。そして、そのまま、腰を下ろし、ユエを自分の膝上に座らせる。ちょうど後ろから抱え込むような形だ。少女モードのユエは、ハジメの懐にスッポリと収まる。

 しばらく、互いの温かさと鼓動の音を感じながら、静寂を味わう。たまに聞こえる葉擦れの音や、そっと肌を撫でるそよ風が心地いい。

 やがて、十分に自然を堪能した後、ハジメは、そっと耳元に囁くように口を開いた。

「ユエ」
「……ん?」
「お前に見せたいものがある」
「……見せたいもの?」
「ああ。本当は、もっと早く見せるべきだったんだろうが……大切なものだからってタイミングを図っていたら、一区切りついてからになっちまった。すまん」
「……? よく分からないけど、ハジメが今だと思ったのなら、それでいい」

 胸元から仰ぐように自分を見つめるユエに、ハジメは目元を和らげる。そして、風にそよぐ美しい金糸に柔らかくキスを落としながら、一つのアーティファクトを取り出す。

 それは、ダイヤモンドのように透き通った小さな鉱石。奈落の封印部屋で見つけた、あの映像記録用アーティファクトだ。

 ハジメは、ユエを抱き締めたまま、アーティファクトを起動させて前にかざした。アーティファクトが輝き、ふっと映像を映し出す。そこに現れた相手を見て、ユエが驚愕に目を見開き呆然と呟いた。

「……おじ、さま?」

 ハジメは無言でユエを抱き締める力を強くする。無意識か、意識してかは分からないが、ユエも自分のお腹に回されたハジメの手をギュッと握り締めた。

 そんな二人の前で、映像の人物――ユエの叔父、ディンリード・ガルディア・ウェスペリティリオ・アヴァタールが、ゆっくりと話し始めた。

『……アレーティア。久しい、というのは少し違うかな。君は、きっと私を恨んでいるだろうから。いや、恨むなんて言葉では足りないだろう。私のしたことは…………あぁ、違う。こんなことを言いたかったわけじゃない。色々考えてきたというのに、いざ遺言を残すとなると上手く話せない』

 自嘲するように苦笑いを浮かべながら、ディンリードは気を取り直すように咳払いをした。

『そうだ。まずは礼を言おう。……アレーティア。きっと、今、君の傍には、君が心から信頼する誰かがいるはずだ。少なくとも、変成魔法を手に入れることができ、真のオルクスに挑める強者であって、私の用意したガーディアンから君を見捨てず救い出した者が』

 ハジメが瞑目する。その言葉を聞き入るように。あるいは故人を悼むように。

『……君。私の愛しい姪に寄り添う君よ。君は男性かな? それとも女性だろうか? アレーティアにとって、どんな存在なのだろう? 恋人だろうか? 親友だろうか? あるいは家族だったり、何かの仲間だったりするのだろうか? 直接会って礼を言えないことは申し訳ないが、どうか言わせて欲しい。……ありがとう。その子を救ってくれて、寄り添ってくれて、ありがとう。私の生涯で最大の感謝を捧げる』

 ユエは微動だにしない。ハジメに見えるのは光を反射してキラキラと煌く金糸だけ。

『アレーティア。君の胸中は疑問で溢れているだろう。それとも、もう真実を知っているのだろうか。私が何故、あの日、君を傷つけ、あの暗闇の底へ沈めたのか。君がどういう存在で、真の敵が誰なのか』

 そこから語られた話は、既に知った事実と推測を外れるものではなかった。

 すなわち、ユエが神子として生まれ、エヒトルジュエに狙われていたこと。それに気がついたディンリードが、欲に目の眩んだ自分のクーデターにより、ユエを殺したと見せかけて奈落に封印し、あの部屋自体を神をも欺く隠蔽空間としたこと。ユエの封印も、僅かにも気配を掴ませないための苦渋の選択であったこと。

『君に真実を話すべきか否か、あの日の直前まで迷っていた。だが、奴等を確実に欺く為にも話すべきではないと判断した。私を憎めば、それが生きる活力にもなるのではとも思ったのだ』

 封印の部屋にも長くいるべきではなかったのだろう。だから、王城でユエを弑逆したと見せかけた後、話す時間もなかったに違いない。

 その選択が、どれほど苦渋に満ちたものだったのか、映像の向こうで握り締められる拳の強さが、それを示していた。

『それでも、君を傷つけたことに変わりはない。今更、許してくれなどとは言わない。ただ、どうかこれだけは信じて欲しい。知っておいて欲しい』

 ディンリードの表情が苦しげなものから、泣き笑いのような表情になった。それは、ひどく優しげで、慈愛に満ちていて、同時に、どうしようもないほど悲しみに満ちた表情。

『愛している。アレーティア。君を心から愛している。ただの一度とて、煩わしく思ったことなどない。――娘のように思っていたんだ』

「……おじ、さま。ディン叔父様っ。私はっ、私も……」

 父のように思っていた。その想いは、ホロホロと頬を伝う涙と共に流れ落ちて言葉にならなかった。だが、ハジメの手を握り締める手の強さが、何より雄弁に伝えている。

『守ってやれなくて済まなかった。未来の誰かに託すことしか出来なくて済まなかった。情けない父親役で済まなかった』
「……そんなことっ」

 目の前のあるのは過去の映像だ。ディンリードの遺言に過ぎない。だが、そんなことは関係なかった。叫ばずにはいられなかった。

 ディンリードの目尻に光るものが溢れる。だが、彼は決して、それを流そうとはしなかった。グッと堪えながら、愛娘へ一心に言葉を紡ぐ。

『傍にいて、いつか君が自分の幸せを掴む姿を見たかった。君の隣に立つ男を一発殴ってやるのが密かな夢だった。そして、その後、酒でも飲み交わして頼むんだ。“どうか娘をお願いします”と。アレーティアが選んだ相手だ。きっと、真剣な顔をして確約してくれるに違いない』

 夢見るように映像の向こう側で遠くに眼差しを向けるディンリード。もしかすると、その方向に、過去のユエがいるのかもしれない。

『そろそろ、時間だ。もっと色々、話したいことも、伝えたいこともあるのだが……私の生成魔法では、これくらいのアーティファクトしか作れない』
「……やっ、嫌ですっ。叔父さ、お父様!」

 記録できる限界が迫っているようで苦笑いするディンリードに、ユエが泣きながら手を伸ばす。叔父の、否、父親の深い深い愛情と、その悲しい程に強靭な覚悟が激しく心を揺さぶる。言葉にならない想いが溢れ出す。

 ハジメは、更にユエを強く抱き締めた。

『もう、私は君の傍にいられないが、たとえこの命が尽きようとも祈り続けよう。アレーティア。最愛の娘よ。君の頭上に、無限の幸福が降り注がんことを。陽の光よりも温かく、月の光よりも優しい、そんな道を歩めますように』
「……お父様っ」

 ディンリードの視線が彷徨う。それはきっと、ユエに寄り添う者を想像しているからだろう。

『私の最愛に寄り添う君。お願いだ。どんな形でもいい。その子を、世界で一番幸せな女の子にしてやってくれ。どうか、お願いだ』
「……当然。確約するさ」

 ハジメの言葉が届いたわけではないだろう。だが、確かに、ディンリードは満足そうに微笑んだ。きっと遠い未来で自分の言葉を聞いた者がどう答えるか確信していたのだろう。色んな意味で、とんでもない人だ。流石は、ユエの父親というべきか。

 映像が薄れていく。ディンリードの姿が虚空に溶けていく。それはまるで、彼の魂が召されていくかのようで……

 ユエとハジメが、決して離れないと寄り添いながら真っ直ぐ見つめる先で、ディンリードの最後の言葉が響き渡った。

『……さようなら、アレーティア。君を取り巻く世界の全てが、幸せでありますように』

 深い森の中に、泣き声が木霊する。

 悲しくはある。けれど、決してそれだけではない、温かさの宿った感涙にむせぶ音だ。それをハジメが優しく包み込む。

 ユエは、体を回しハジメの胸元にしがみついた。そこで思う存分に感情を吐き出す。

 どれほどそうしていたのか。

 やがて、涙で濡れた顔をそっと上げたユエ。その頬をハジメの手が優しく拭う。

「ユエ」
「……ん」

 ユエの両頬を包み込みながら、ハジメが、愛しさと決意を込めた眼差しと共に言葉を紡いだ。

「俺は、世界で一番幸せな男だ。今、こうして腕の中にその証拠がある」
「……ん。なら、私も、世界で一番幸せな女。今、こうして包まれているのが、その証拠」

 今にも唇が触れ合いそうな距離で、互いの吐息を感じながら見つめ合う二人。なんとなく可笑しくなって、小さく、くすりと笑い合う。

 そうやって笑いながら、ハジメはおもむろに指輪を取り出した。銀色のシンプルな指輪だ。特に特別な能力は付与されていない。敢えて言うなら、半端なく頑丈というくらいだろう。

 木漏れ日に反射してキラキラと輝くその指輪を、同じようにキラキラと輝く瞳でユエが見つめる。

「……ん。プロポーズ?」

 かつて、【オルクス大迷宮】で魔昌石シリーズのアクセサリーを渡されたとき、冗談めかして言った言葉。そのとき、ハジメは思わずツッコミを入れたのだが……

「そうだ」
「……ぅ」

 今度は、真っ直ぐ打ち返した。真剣な眼差しが本気であることを伝えてくる。流石に照れくさくて、いつもの「……ん」すら出ないユエ。顔は既にリンゴのように真っ赤だ。

「日本では、『娘さんを下さい』と相手の父親に言うのが定番なんだ。だから、ユエが親父さんの真意を知ったこの場所で言おうと思う」
「……んぅ」

 その言葉を言う相手は既にいないから。本人に、言う。

「ユエが欲しい。この先の未来も全部。俺にくれ」
「……あぅ」

 身悶えるユエ。

 返事など、当然、決まっている。

 花が咲く。この世で一番可憐な花。もし、それに花言葉があるのなら、それは間違いなく“幸福”だ。

 咲き誇る満開の笑顔と共に、ユエが応える。

「……んっ!!」

 ユエの差し出した左手の薬指に、永遠を示す指輪がはめられた。指輪はもう一つ。それを今度はユエがハジメの薬指にはめる。

 互いに見せ合い、また、くすくすと笑い合う。

 しばらくすると、ユエが悪戯っぽい笑みを浮かべながら尋ねた。

「……それで? ハジメは後、いくつ指輪を用意しているの?」
「……ユエ。それを今言うのはどうかと思う」
「……次はシアにして上げて」
「だから、もう少し余韻をだな……」

 ハジメが、からかうように笑みを零すユエに抗議の声を上げようとして、その口を指でピトッと塞がれた。そのままユエは視線を明後日の方向に向ける。

 釣られて視線を転じたハジメは、樹海の奥からシア達が駆けてくるのを捉えた。どうやら、その気配に気がついていたが故の質問だったらしい。

「……ふふ。ハジメなら、みんな、纏めて幸せに出来る」
「常識に照らすと、俺はただの最低野郎なんだけどな」
「……魔王様に常識は通用しない。それに、どんな形でも本人が幸せなら問題ない」
「まぁ、もう決意も覚悟もしているから迷ってはいないさ。全部、俺のだ」
「……ん。それでこそ私のハジメ。でも……」

 ユエの瞳が輝く。

 そして、

「……“特別”は譲らない」

 そう言って、ユエはハジメの唇を捕えた。

 遠くから、シア、ティオ、香織、雫、ミュウ、レミア、愛子、リリアーナを筆頭に、続々と人が集まって来る。静謐で神秘的な空間が、途端に賑やかな街中のようになった。

 視界の半分を愛しの吸血姫に埋められながら、その向こう側の彼女達を見て、ハジメが思ったことは……

(さて、父さんと母さんに、全員俺の嫁って紹介したら、どうなるだろうな……)

 日本でも、ハジメが騒動の渦中にいることは間違いなさそうだ。

 しかし、きっと、その全てをハジメは乗り越えていくだろう。理不尽を理不尽で押し潰し、不条理を不条理で塗り替えて、必要ならば運命すら破壊して、この世界で手に入れた“大切”と共に。

 今のように、優しくも力強い笑みを浮かべながら。

 異世界にクラスごと召喚され、クラスメイトの中で唯一人、ありふれた職業の才しか与えられなかった少年が、神すら滅する世界最強へと至る物語は、これにて終幕。

 日本へ帰還した後、集団神隠しからの帰還騒動や、南雲家の嫁問題、秋葉原のウサミミ伝説事件などなど、ハジメ達が騒動に満ちたありふれていない日常を送ったのは言わずもがな。

 そのお話は、いつかまた別の機会に……

                                 終わり



今まで読んでくださり有難うございました。
感想・意見・誤字脱字報告も有難うございました。

「ありふれた職業で世界最強」
これに閉幕にございます。2年間、本当に有難うございました。
完結のご挨拶は、活動報告にて改めてさせていただきますが、取り敢えず、あとがきでまず言いたいのは、

沢山の、完結おめでとうコメ、有難うございますッッ!

改めて、読者の皆さんと一緒に楽しめていたんだなぁという想いが込み上げて、うるっと来てしまいました。
きっと、こういうのが「なろう」のいいところなんでしょう。
なので、「なろう」にも心から感謝を。

さて、いつもなら、ここで「次回の更新は~」と続くのですが……もう、終わってしまいましたので、それは書きません――


とは、言いません。

次回の更新は、11月9日18時を予定して、アフターとか、エピローグで書ききれなかったこの1ヶ月のあれこれを書いてみようかと思います。

きっぱり終われよw という苦笑いが見えそうですが、もうちょいよろしくお願いします。

PS
完結のご挨拶の他、2巻の情報もUPしますので、もしよろしければ活動報告をみてみてください。よろしくお願いします。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ