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懐かしきオルクスにて 後編

「ハジメさん! ただいまですぅ!」


 オスカー・オルクスの隠れ家に空間を繋げるゲートが開き、そこからシアが、ウサギらしくぴょんと跳ねながら飛び込んで来た。


 ハジメのお使いで、かつて攻略した【ライセン大迷宮】の主――ミレディ・ライセンに会いに行っていたのだが、無事使命を果たして戻って来たのである。


 シアは、出迎えたハジメの左袖の中にきちんと義手が戻っているのを目にして、更に嬉しそうな表情になった。


 そんなシアに、ハジメも頬を緩めて言葉を返す。


「お帰り、シア。報告は受けてる。上手くミレディと再会できたようだな?」

「はいです。生憎、ミレディさんは、あの領域からそう簡単には出られないらしく、決戦の日までは力を温存とのことで、直接御足労願うことは出来ませんでしたが……代わりに幾つか役立ちそうなものを譲り受けて来ました」

「そうか。よくやった。お疲れ様だな。攻略の証で入れたのか?」


 背負った荷物袋をパンパンと叩き「いいものありますぜ!」と笑うシアに、笑みを返しながらハジメが尋ねる。


 かつて、ミレディに、便所から排出される汚物の如き扱いを受けて、迷宮の外へショートカットさせられたときのことを思い出し、まさかあの水路を逆走したわけじゃないよな? と首を捻る。もしそうなら、シアは、便器の中から「こんにちは!」したことになるので、乙女心を慮れば後で思いっきり労ってやらねばならいだろう。


 シアも、ハジメの質問で、なにを想像されているのか察したようだ。苦笑いしながら、大丈夫だと首を振る。


「ブルック近郊の泉は、半ば予想してましたが無反応でした。なので、正規の入口から突破を図ったのですが、そのときに攻略の証が反応しまして……最初の部屋が例の移動法で深部まで送り届けてくれましたよ。ご丁寧に、部屋を乱回転させながら。まぁ、今の私にそんなの通用しませんから問題はなかったのですが……相変わらず腹の立つ人でした。ええ、本当に」

「そ、そうか……いや、本当にお疲れさんだな。取り敢えず、中に入れ。時間も押しているから詳しい話は工房で聞かせてもらうよ」

「あ、はいです」


 回想するように視線を明後日の方向に向けながら、若干、黒いものを纏うシアに、なんとなくどんなやり取りがあったのか想像がついて苦笑いを深めたハジメは、シアを工房に誘った。


 と、ゲートを設置した屋外から建物の中に入った途端、ガション! ガション! と機械的な足音が響いてきた。同時に、嬉しげな幼子の声が響き渡る。


「あっ、シアお姉ちゃん! お帰りなさいなの!」

「ミュウちゃん! ただいま……です?」


 ミュウのお出迎えの言葉に嬉しそうに頬を綻ばせつつ、「何の音かしらん?」と首を傾げたシアが、ハジメの後ろから顔を覗かせる。そして、その目に、見たこともない造形のゴーレムに囲まれ、その内の一体の肩に腰掛けたミュウの姿が飛び込んできたことで思わず言葉を詰まらせた。


 ゴーレムの数は六体。多脚多腕に武装多数、メタリックの輝きを持っており、どれも厳つく迫力のある姿だ。仮に迷宮などで遭遇したなら、「見敵必殺ですぅ!」とか「先手必勝ですぅ!」とか言って襲い掛かってしまいそうである。


 実は、シアが戻って来るまでの間に工房内では数日が過ぎており、その間、レミアとミュウに贈った〝べるふぇごーる〟と〝あすもでうす〟の改善点も色々見えてきたので、ハジメは順次改良を施していった。その結果、最終的に戦闘にも耐えるだろうという結論に達したので、生体ゴーレムそのものも兵器として戦力に投入するため生産に着手したのだ。


 その頃、大型の兵器も生産していたので、〝べるふぇごーる〟と〝あすもでうす〟だけでは手が足りなくなりつつあり、戦闘用ゴーレムの生産ついでにミュウのペットを増やしてあげたわけである。


 だが、全く問題がないわけではなく……


「えっと、ミュウちゃん、そのゴーレムらしきものは……」

「パパに貰ったの! この子が〝べるちゃん〟で、こっちが〝さーちゃん〟。それから〝るーちゃん〟と〝まーちゃん〟と〝れびちゃん〟と〝ばるちゃん〟なの!」

「は、はぁ、そうなんですか。うん、取り敢えず、ハジメさんの作品ってことでOKです。良かったですね、ミュウちゃん」

「はいなの!」


 ちなみに、正式名称は順に〝さたん〟〝るしふぁー〟〝まもん〟〝れう゛ぃあたん〟〝ばあるぜぶぶ〟らしい。いずれも悩むことなく即決でミュウが名付けた。ハジメが頬を引き攣らせたのは言うまでもない。一度、ミュウが変なものに目をつけられていないか、真剣に調べる必要があるだろう。


 ミュウの紹介に合わせて、それぞれ香ばしいポーズを取る生体ゴーレム達。そんな機能は付けていないし、ミュウが指示を与えたようにも見えなかったのだが……いったい、何故ポーズを取ったのか……


 その姿は、さながら「大☆罪☆戦☆隊☆デモンレンジャーッ!!!」といった感じである。レッドはやはり憤怒の〝さたん〟なのだろうか。


 取り敢えず、不具合は生じていないし、ミュウに対しては、嬉しそうにパタパタと振られる犬尻尾を幻視してしまいそうなくらい従順なのでスルーを選択したハジメは、そのまま工房へとシアを連れて行くのだった。


 工房内に入り、アワークリスタルを起動させ時間の流れを十分の一にする。僅かに色褪せた空間と〝自動錬成〟により勝手に量産されていく兵器の数々を見て、シアは感嘆の声を漏らした。


 そんなシアを、部屋の片隅の椅子に座らせて報告を聞く。居住まいを正したシアは、荷物袋から幾つかのアーティファクトらしきものを取り出した。


「ハジメさん、これがミレディさんより譲り受けたものです」

「……見たところアーティファクトのようだが」

「はい。完璧にとはいかないそうですが、【神言】の対策になるそうです。ハジメさんが手を加えれば、それも完全になるかもしれないとのことでした」

「へぇ……そいつは有難いな」


 ハジメは受け取った灰色でビー玉くらいの大きさの珠を見つめた。


 魔眼石や鉱物系鑑定によれば、どうやら魂魄魔法が込められているようだった。その中でも、魂の状態で、あるいは魂へ直接意思を伝える効果を持つ〝心導〟の魔法が付与されているらしい。


「【神言】のからくりは予想していたが、当たりだったようだな」

「と、言いますと?」

「あれは、魂魄魔法に連なる魔法だ。魂に直接言葉を響かせて無意識レベルで意識を縛る。滅茶苦茶強力な暗示みたいなものだな。名を呟いていたのは、命令には、それを下す者が必要という常識があるからだろう」

「なるほど。誰のものか分からない命令に対して従順な人なんていませんからね。正式な名前を言ったあと強力になったのも、より命令者に対する認識が強くなったから、という感じでしょうか?」

「だろうな。このビー玉……名前はあるのか?」

「あ~、いえ、聞いてませんよ。適当でいいんじゃないですか?」

「そうか。じゃあ、仮に〝魂壁〟とでも名付けるが、これは、魂に【神言】が届くのをブロックする力があるようだ。〝心導〟を応用して、伝わってくる意思を掻き乱してただのノイズにしてしまうってところだな。完璧でないってのは、それだけエヒトの【神言】が強力でノイズにしきれないということだろう」


 ハジメの説明に、シアは「なるほど」と頷いた。


「それで……ハジメさんなら、完全に防げるものに改良できますか?」

「そうだな……俺の魔力と昇華魔法を合わせれば出来ると思うが。結局、前みたいに奪われて破壊されたら、それまでなんだよな」

「あぁ、そう言えば……じゃあ、どうしましょう? このままだと奇襲くらいにしか使えませんね……」

「いや、実は今、ちょっと考えているアイデアがあってな。適性が無くて苦労しているんだが、もう少しでなんとか形になりそうなんだ。それを応用すれば、奪われることなく、かつ、効果の高い〝魂壁〟を作れるだろう。いずれにしろ、一から【神言】対策を考える必要がなくなって大助かりだ。お手柄だぜ、シア」


 ハジメの嬉しそうな笑みに、シアもまた嬉しそうにウサミミをパタパタさせる。お手柄なのは、〝魂壁〟を譲ってくれたミレディなのだが、なんとなく奴に感謝するのは癪なのでシアを褒める。シアもなんとなく同じ気持ちなので、素直に役に立てたと喜んだ。


「あと、これもです」

「短剣か? ……にしても随分と力を感じるな。いったい……へぇ」


 続いて荷物袋から取り出されたのは、布に包まれた刃渡り二十センチメートル程の短剣だった。シンプルな両刃作りで鍔がなく、いわゆる匕首と呼ばれる類の短剣に酷似していた。


 それを手渡されたハジメは、布を取り払った瞬間、感じた力の大きさに瞠目し、次いで〝魂壁〟と同じように調べて、その付与された能力に思わず声を漏らした。そんなハジメの様子を見て、シアも共感するように頷く。


「ミレディさん曰く、〝神越の短剣〟と言うそうです。込められているのは概念――〝神殺し〟、だそうです」

「以前、リューティリスが言っていた、解放者が創った三つの概念魔法の一つか。ミレディの奴が持っていたとはな。チッ、さっさと渡しておけばいいものを」

「……私がそう言ったら、〝神殺しなんて面倒なことしないんじゃなかったのぉ? そんな人に渡せるわけないでしょう? 頭、大丈夫? ねぇ? 頭、大丈夫? ねぇねぇ〟と言われました……」

「そうか……」

「はい。でも大丈夫です。腹いせに、ハジメさんの爆弾で壊されて修繕に苦労したと愚痴っていた場所をもう一度破壊してやりましたから。木っ端微塵に。半泣きになって謝って来ましたよ、クックック」

「そ、そうか……」


 シアが黒い。黒シア降臨だ。ハジメが、地味に冷や汗を掻いていると、シアはあくどい顔を止めてニッコリと笑いながら話を続けた。見事な切り替えだ。


「ちなみに、〝界越の矢〟という【神域】へ道を開くアーティファクトもあったそうなんですけど、先の解放者達の敗戦時に失われてしまったようです。それに、エヒトと相対する前に民衆に追われてしまったので、〝神殺し〟もどこまで効果があるかは分からないそうです。ただ、その短剣は、ユエさんの魂を傷つけることだけはないので、上手く使えとのことでした」

「そいつはいいな。一応、俺が用意した切り札もあるが、手札は多いに越したことはない。それがユエに作用しないなら文句なんかないさ」

「そうですね。なんでも、その〝神殺し〟の概念、中々切り札が出来ないことに業を煮やし、解放者全員でやけ酒しまくった挙句、ベロベロ状態でエヒトに対する罵詈雑言大会をしていたら出来てしまったものらしいです。建前とか理性とか使命とか、そういう雑念(・・)が一切含まれていない、〝エヒト死ねクソ野郎〟って気持ちだけで出来ているから、他には影響がないそうですよ」

「そ、そうか……うん、まぁ、気持ちは分かる。ミレディは果てしなくウザイけど、ユエを取り戻したら礼の一つでも言わなきゃな」


 解放者達の仲の良さ? に共感やら呆れやらを感じつつ、有用なアーティファクトが二種類も手に入ったことに、ハジメは笑みを浮かべた。


 シアから更に報告を聞けば、ミレディは、決戦において迷宮内のゴーレム達を動員してくれるらしい。なので、ゲートホールも設置してきたそうだ。どうやら、あのゴーレム達も変成魔法が組み込まれたもので、全てミレディが動かしていたわけではなく、ある程度は命令に従って自律的に動く代物だったらしい。


 今考えれば、確かに、五十体ものゴーレム騎士をミレディ一人で操っていたとは考え難いことだ。


 ただ、【神域】のことやアルヴヘイト以外の眷属神の有無、使徒の弱点や有効な戦闘方法などについてはハジメ達が知っている以上のことは分からないらしい。むしろ、直接相対したり、その力を身をもって味わったことを考えれば、ある意味、ハジメ達の方が詳しいくらいだということだ。


 もっとも、新たな情報は得られずとも余りある物を譲り受けた以上、ハジメとしては文句などなかった。直接会えば、きっとその顔面を砕きたくなるだろうが。


 シアが一通りの報告を終えると、ハジメは〝宝物庫Ⅱ〟からシア専用の〝宝物庫Ⅱ〟と改良されたドリュッケン――〝ヴィレドリュッケン〟、その他諸々の用意しておいた装備を手渡した。


「はうぅうう~、これですぅ~、やっぱり、この固くて冷たい感触がないとダメですぅ」


 ハジメから相棒である戦鎚を受け取るや否や、機械的な柄部分に頬擦りしてニマニマと笑みを浮かべるシア。「これで敵をグシャってするのが堪らないんですぅ」とか怖いことを呟いている。


 若干引きながら、ハジメが他のアーティファクトを含め新機能の説明をしていると、おもむろに工房の扉が開けられた。入って来たのは、香織……そして、鈴と龍太郎だった。


 実は、二人共、シアが連絡を寄越す少し前にフェアベルゲンやハウリアに対する連絡、彼等に対するゲートキーの分配を終えてオルクスに招かれていたのだ。そして、香織の素材集めの傍らで護衛をされながら、奈落の魔物を従えたり、戦闘経験を積んだりと変成魔法の習熟に勤しんでいたのである。


「あ、シア! お帰りなさい。ふふ、その様子だと、色々成果があったみたいだね」

「香織さん。ただいまです! それにお二人も先に来ていたんですね。父様――ハウリア族とフェアベルゲンの人達はどうでしたか?」

「うん、シアシア。問題ないよ。フェアベルゲンの人達は元々信仰とは無縁だし、世界の命運が懸かっていると理解すれば行動は早かったよ」

「だな。戦いに不安はあるみたいだったけどよ、もれなく南雲のアーティファクトが付いていくるって言えば、気勢を上げてたぜ。ハウリア族は……ああ~、うん、まぁ、問題なかった、ぞ?」

「……何故、疑問形なのですか?」


 シアが胡乱な眼差しを龍太郎に向ける。その眼差しに「うっ」と怯んだ様子を見せた龍太郎は、視線を彷徨わせつつ、余り思い出したくなさそうに口を開いた。


「いや、本当に問題はなかったんだって。ただ……その……いきなり号泣し始めたからドン引きしただけで……」

「はい? 号泣? 父様が、ですか?」

「ううん、シアシア。カムさんも含めて、ハウリア族全員だよ。その後はシュプレヒコールの嵐だったよ。『ボス万歳!』とか『ようやく、お側で戦うことが!』とか『殺せ! 殺せ! 殺せ!』とか連呼してた。声量だけで、樹海の霧が少し吹き飛んだんだ。普通に怖かったよ」

「……」

「ハー〇マン軍曹方式ってやべぇんだなって思ったぜ。眼なんか全員血走っててな? 殺気がすげぇんだ。木の上にいた猿みたいな生き物がポトリと落ちて……見たら白目剥いて死んでやがった。殺気だけで心臓止まったんだろうな、あれ」

「……なんかすみません」


 鈴と龍太郎は、説明しながら顔を青褪めさせガクブルと震え始めた。余程、異常で恐ろしい光景だったのだろう。はっきり言って、二人にはエヒトを信仰する狂信者とハジメを敬愛するハウリア族が同じに見えて仕方なかった。内心、「やっぱり南雲くんは魔王……いや、むしろ魔神?」とか思ったのは内緒だ。


 ハジメの戦場に参戦できる上に、その要請が敬愛するボスからのものなのだ。共に戦いたいと願っていた彼等に対し、そのボスからの「力を貸せ」という言葉は、余程嬉しいことだったに違いない。全員でヒャッハーしている光景が目に浮かんで、シアはウサミミをペタンと折りつつ、つい謝罪の言葉を呟いた。


 そんなシア達のやり取りに、つい苦笑いしてしまったハジメは、なんとなく話題を逸らしたくなって鈴達へと話を振った。


「それで? 修行の成果はどうなんだ? 良い魔物は従えたられたか?」

「うっ」

「いや、全くだ!」


 バツの悪そうな表情で視線を逸らした鈴と、快活に笑いながら否定する龍太郎。取り敢えず、ハジメは新ドンナーの引き金を引き、ゴム弾で龍太郎の額を撃ち抜いた。「ぬおぉおおおっ!」と叫びながら床をのたうち回る龍太郎に、ハジメの冷たい視線が突き刺さる。


 そこへ慌てたように香織がストップをかけた。


「ま、待って、待って! 成果がなかったわけじゃないんだよ!」

「ほぅ。で? 成果ってのは?」


 ハジメの躊躇いのない発砲に恐れ戦いた表情となった鈴がビクッと震えながら答える。


「う、うん。一応ね、カオリンの手伝いもあって、それなりに従えることは出来たんだけど……」

「なんだ、ちゃんと出来たんじゃないか。なにが問題なんだ?」

「え~と、取り敢えず、強力な酸を吐く大きな――ムカデ」

「あぁ、あれか。上層の階にも似たのがいるんだが、体節を外して飛ばす能力が体節を外しながら酸を飛ばす能力に変わっているんだよな。ちょっとビビったのを覚えてるよ」

「それから、爆発する針を銃弾みたいに連射する大きな――ハチ」

「あれか。針っていうより、小型のミサイルだよな。迎撃した瞬間、爆炎に呑み込まれて驚いたのを覚えてるよ」

「モグラみたいに地面の中を泳ぐ――アリ」

「まぁ、奇襲力あるな」

「腕が六本あって鎌鼬を飛ばす――カマキリ」

「……他は?」

「……クモとか蝶とか」

「……なんで昆虫ばっかなんだ?」


 見事なラインナップにハジメが奇妙なものを見るような眼差しを鈴に送った。途端、わっと泣き出す鈴。


「知らないよっ。変成魔法の通用する魔物が、なんでか昆虫系ばっかりなんだもん! 樹海ではもふもふだってちゃんと出来たのにっ。オルクスおかしいよ!」


 どうやら本意ではないらしい。苦肉の策として昆虫達を従えてきたようだ。崩れ落ちながらさめざめと泣く鈴の姿は、中々に哀れを誘う。


 確かに、絵面的にドン引きする光景だろう。しかし、奈落の、それも下層の魔物なので、地上の魔物と比べれば遥かに強力ではある。使徒はともかく、フリードの時間をかけて進化させた魔物達や恵里の傀儡兵くらいなら十分に頼もしい戦力となるだろう。


「まぁ、ほら、向こうも嫌悪感で隙を晒してくれるかもしれないし、な?」

「敵にドン引きされながら戦えと? 鈴の相手は恵里だよ? 対話がしたいのに、まずドン引きさせるの? ぐすっ、きっと昆虫女とか思われるんだ……うわっ、キモッとか言われるんだ……」

「で、でもでも、鈴ちゃん! ほら、あの子がいるじゃない! もふもふだよ!」

「ちょっ、カオリン! それは内緒だって!」

「あ? 内緒?」


 床にのの字を書きながら落ち込む鈴の姿が余りに哀れだったせいか、傍らの香織が必死にフォローを入れた。しかし、当の鈴は、何故か慌てたようにハジメをチラチラ見ながら口止めをしようとする。香織もまた、はっとしたように口を抑えた。


 明らかに何かを隠している様子の二人に、ハジメの目がスっと細められる。その胡乱な眼差しは、言外に「ガタガタ騒いでないで、キリキリ吐けや、おら」と訴えていた。


 うっと声を詰まらせて視線を泳がせる鈴と、どうしたものかと困った表情になる香織。


 と、そのとき、工房の中に〝べるふぇごーる〟に乗ったミュウが入って来た。なにやら伝えることがあるようで真っ直ぐにハジメを見ており、撃たれた額を抑えて蹲っていた足元の龍太郎をナチュラルに踏みつける。「ぐぇ!?」という声が響いた気がしたが、誰も気にしない。


「パパ! ウサギさんがいるの!」

「うん? 確かにウサギならここにいるが」


 両手を頭の上にやってぴょんぴょんとウサギさんアピールをするミュウに首を傾げながら、ハジメはシアに視線を向ける。シアも自前のウサミミでぴょんぴょんする。


「違うの。シアお姉ちゃんじゃないウサギさんなの。とっても強くてカッコイイの! るーちゃんとさーちゃんとまーちゃんが一緒に戦っても負けてないの」

「なに? 襲ってきたのか?」

「ちがうの。ウサギさんがお手々をクイッ、クイッてしたらね、るーちゃん達が、『貴様、姫の前で我等を挑発するか。よかろう、身の程というものを教えてやろう!』って言って手合わせ? し始めたの!」

「……るしふぁー達、喋ったのか? しかも勝手に動いたのか?」

「? るーちゃん達はおはなしするし、自分で動くの。とーぜんなの。パパ、どうかしたの?」

「……ちなみに、今、ミュウが乗っているべるふぇごーるは何か言ってるのか?」

「んみゅ? ……『ちょ~だり~ッス。いきなり戦い始めるとかマジ有り得ないッスよ。ラヴ&ピース最高~って教えてやって下さいよ、マスター』って言ってるの」

「…………………そうか」


 鍛え上げたスルースキルを全力で発動して質問攻めにしたいのを堪えるハジメ。余りにも多すぎるツッコミどころが、ハジメをして、そのキャパシティをオーバーさせる。


 なので、取り敢えず、どうやらデモンレンジャー達は、ミュウを姫と呼び慕っているという部分だけ理解する。奇怪極まりないが、何故か危険なものという気が微塵もしないし、誘拐されてからというもの悪意には敏感なミュウが懐いていることから心配はないと判断した。


 もっとも状況は把握しきれていないので、るしふぁー達に戦いを止めてウサギを連れて来るようミュウに伝言を頼む。「はいなの!」と元気に返事をして、ミュウはべるふぇごーると共に工房から出て行った。


「で? 従えているはずの魔物が、自ら挑発して戦闘するってのはどういうことだ? しかも、暴走とか全く疑ってないよな? ……なにがあった? 吐け」


 ハジメは、もう一つの疑問を解消するべく、その視線を明らかに挙動不審となっている香織と鈴に向けた。


 すると、遂に観念したのか、二人が口を開く。


「あ、あのね、ハジメくん。あの子は、その、悪い子じゃないっていうか、ちょっと特殊な子なの。ハジメくんに憧れているっていうか……」

「は? 俺に憧れている?」

「そう! そうなんだよ! ある意味、南雲君が原因でもあるわけだから、見た瞬間、撃ち殺すとかだけは止めてね! 絶対だよ! 鈴の変成魔法を受け入れてくれた(・・・・・・・・)唯一のもふもふなんだから! 本当にお願い!」

「一体、なんだってんだ……」


 わけの分からない二人の言葉に、ハジメは困惑するしかない。


 直後、タイミングよくその〝ウサギさん〟とやらがミュウ達に連れられて工房へと入って来た。


 その姿は、確かにウサギだ。長いウサミミに赤黒い――否、紅色に近い瞳。白い体毛には薄い赤色の筋が幾本も入っている。他の魔物のように脈打ったりはせず、白に映える模様のようになっていた。そして、なにより特徴的なのが、普通のウサギでは有り得ないほど発達した後ろ足。


 多少変わっていても、ハジメにとって見覚えのありすぎる姿。


「きゅ!」


 加えて聞くだけなら可愛らしい鳴き声が、更にハジメの記憶を刺激する。


 そう、ハジメの前に現れたのは、かつてハジメの左腕を粉砕し、嬲るように追い詰めた、あの〝蹴りウサギ〟だった。もちろん、同種族というだけで違う個体だが。


 香織と鈴が言い出しづらかったのは、ハジメが問答無用でドパンするかもしれないと思ったからだろう。流石に、この時間を無駄に出来ないときに、せっかく従えた魔物を感情任せで即射殺するなどという愚行は犯さないが。


「いや、別に、今更、これを見たくらいで引き金引いたりしねぇから。っていうか、こいつ一番上の階層の魔物だぞ? まさか、弱いと分かっていてウサギ欲しさに上階まで……って、それはないか。時間的に」


 自分で言っておかしなことに気がつき口を閉じたハジメ。そう言えば、自分に憧れているだの、特殊だの、自分が原因だの、変成魔法を受け入れただの、不可解なことを言っていたなと思い出し、視線で説明を求める。


 しかし、二人が説明する前に、蹴りウサギの方が先に行動を起こした。工房に入ってから、真っ直ぐにハジメを見つめ続けながらぷるぷると微妙に震えていた蹴りウサギは、がばちょ! といった感じでハジメに飛びついたのだ。


 それを、突き出した手でウサミミを鷲掴みにして難なく止めるハジメに、蹴りウサギはなにかを訴えるように「きゅ! もきゅ! うきゅ~」と鳴き声を上げている。どうやら襲いかかって来たわけではないらしい。


 なんだこいつは、と胡乱な眼差しを向けるハジメに鈴が通訳を買って出た。変成魔法で従えた魔物は、その主との間である程度の意思疎通が可能になる。鈴達も、既にこの蹴りウサギと意思疎通を図っていたので、色々と釈明していたわけだ。


「えっとね、『王様、王様、お会い出来てめっちゃ嬉しいわ。此の度、もっと強うなれるて聞いて、ご同輩の従僕やらせてもらうことになりました。よろしゅうな。あ、あと出来れば、王様に名前付けて欲しいんやけど……アカンやろか?』って……なに、その目! 本当だよ! 本当にそう言ってるんだから!」

「……仮に、そういう意味のことを言っているとして、関西弁にする必要はないだろう」

「だって、関西弁で聞こえるんだから仕方ないでしょ!」


 鈴が、ハジメから冷め切った眼差しを向けられて顔を真っ赤にしながら言い訳をする。


 その必死な様子に、ハジメはチラリとぶら下げたままの蹴りウサギに視線を向けると、確かに、そんな感じのことを言っていそうな眼差しをハジメに向けていた。こう、つぶらな瞳がうるうると懇願するように潤んでいるのだ。


 取り敢えず、ハジメは、大活躍のスルースキルを更に振り絞って話を聞くことにした。


 鈴、曰く、こういうことらしい。


 最初は、なるべく強力な魔物が欲しいと九十層台の魔物を香織の協力のもとに追いかけていたそうなのだが、やはり強力故か、ハジメ特製の新アーティファクト(・・・・・・・・・)で能力を底上げしても鈴の変成魔法では中々従えることが出来なかった。


 仕方なく、八十層台に下げて羅針盤をもとに魔物を探したのだが、やはり獣系の魔物は鈴の取立てほやほや変成魔法では力不足らしく、嫌だなぁと思いつつも一応、遭遇した昆虫系の魔物に試してみたところ、さっきまでの苦労はなんだったんだツッコミを入れたくなるほどあっさり従えることが出来てしまったのだという。


 その後も、昆虫系に限って従えることが出来てしまう鈴は、テンションダダ下がりのまま、一応、様々な効果の鱗粉を操る見た目美しい蝶型の魔物を大量に捕まえることで心の慰めとしつつ、ぞろぞろ、わしゃわしゃと巨大奇形昆虫を従えて帰還の途に就こうとした。


 そんなときだ。上階の階段から警戒心たっぷりに物陰から物陰へとシュパッシュパッと移動してくる妙に人間臭い動きをする〝ウサギ〟を発見したのは。


 そのウサギも、鈴達に気がついて、ピタと動きを止めた。今まで一度として、八十、九十台の階層では見なかった魔物。しかも、基本的に魔物は、生まれた階層から出ることはないので、普通に階層を下って来たウサギの行動は明らかに異常だった。なので、香織が前面に出て鈴達も最大限の警戒をした。


 しかし、当のウサギはというと……それはもう誰が見ても分かるほど全身で喜びをあらわにしたのだ。奈落の魔物特有の、強烈な殺意や威圧感など皆無。ぴょんぴょんとダンスでも踊るように飛び跳ねウサミミをみょんみょんと動かす。それはまるで、幾日も深い森の中を彷徨い続け、ようやく人里を見つけた迷子の如く。


 困惑して、どうしたものかと先制攻撃を躊躇った香織達に、ウサギはそろそろと近寄ってきた。まるで、相手を刺激しないよう気を遣っているように。


 チラチラと鈴達を見ながら、少し進んでは、「大丈夫?」「もう少し、近づいていい?」と立ち止まって確認してくるウサギに、取り敢えず、鈴がノックアウトされた。


 昆虫女王になりかけて荒んだ心に、もふもふの白ウサギ――それもなんだか仕草がとても愛らしく、敵意を感じるどころか友好的に思える――は、強力過ぎたのだ。一応、まだ警戒心を持っていた香織の制止も無視してウサギの前に躍り出ると、


「第一印象から決めてました! 鈴のウサギになって下さい!」


 と、頭を下げ、手を差し出して告白の如き申し出をしたのである。ちなみに、鈴のウサギに対する本当の第一印象は、物凄く怪しいウサギだ。


 そんな鈴の申し出に、ウサギは面食らったように仰け反った。そして困惑したように首を傾げた。益々もって人間臭い魔物だった。


 一方、テンパっている鈴は、この千載一遇のチャンスを逃してなるものか! とアイドルを自宅まで追いかける熱烈なファン(ストーカー)の如く目を血走らせ、鼻息を荒くしつつ、セールストークを開始した。


 衣食住保証。一日三食、否、四食昼寝付き、週休二日制。有給あり! その他、自由時間についても応相談! しかも! 今ならなんと、鈴特製の魔石が付いてくる! これであなたも昨日までの自分とおさらばです! さぁ、この機会に、素敵な職場で愉快な仲間に囲まれつつ、ステータスアップしてみませんか!? 


 香織と龍太郎は思った。それはないだろ……と。


 しかし、意外なことに、困惑した様子だったウサギは、最後の一言――〝ステータスアップ〟のところでその瞳をギラリと光らせた。まるで「そこ、もっとkwsk!」と言うように前のめりで「きゅう! きゅう!」と鳴いた。


 当然、「食いついて来たぜ!」と口元をニヤつかせた鈴は、相手が魔物だということも完全に忘れて、軽快に変成魔法の仕組みを説明した。


 結果、進化できると分かったウサギは、そっとウサミミを差し出し、鈴の一応の従魔となることを了承したのである。


 こうして雇用契約(?)みたいな感じで仲間となったウサギは、鈴の変成魔法によって意思疎通を図れるようになった。というか、元々、魔物では有り得ないくらい理知的で、明らかに自我を持っているウサギ相手ならば魂魄魔法の〝心導〟でも意思疎通は可能だった。


 そこで、どうにも毛色の違うウサギに、香織と鈴が事情を聞いたところ、どうやら、このウサギ、元はハジメがかつて殺されかけた〝蹴りウサギ〟の同種族であり、階層も同じだったらしいのだが、武者修行しながら階層を下げ、なんと、自力で八十層に辿り着くほどに強くなったというのだ。


 だが、それは魔物としては有り得ない行動原理と思考能力。その原因は、ハジメにあった。正確にはハジメが垂れ流して来た〝神水〟に。


 この蹴りウサギ。実は、ハジメが爪熊を倒すところを見ていたらしい。迷宮の魔物にとって、世界とはその階層が全てであり、そこの主は王だ。その王が倒されたというのは即ち、新たな王の誕生である。本能的に、注意を払わざるを得ない。このとき、普通の魔物となんら変わらなかったウサギも、ハジメに最大限の警戒心と恐怖心を抱いていた。


 しばらく、新たな王の動向を離れた場所から隠れつつ見ていたウサギは、やがて、ハジメの巣穴――神結晶があった洞穴を発見した。これで近づいてはいけない場所の確認も出来たと本能的に理解したところ、当のハジメはあっさりこの階層から出て行ってしまった。


 ウサギは、巣穴の主がいないならと、何とも快適で安全な巣穴に入った。そこで見つけたのが、岩の窪みに僅かながら溜まっていた物凄く活力の湧く水――神水である。


 それを、無くなるまで夢中で飲み干したウサギは、今までにないほど力の充溢を感じた。魔力が自然と湧き上がり、思考はクリアになって、周囲の気配を数倍くらい敏感に感じることが出来るようになった。


 どうやら、魔物が神水を飲んだ場合にはそういう効果があるらしかった。奇跡の水を魔物に飲ませるなんてことあるわけないので、誰も知らないことだろうが。


 その後、ウサギは、他にも神水がないか探しに出て、遭遇する魔物を蹴散らしつつ――調子に乗りすぎて爪熊と遭遇してしまった。迷宮の魔物はいつの間にか再び発生するのだが、そんなことは意識したこともないウサギは完全に油断していたのである。


 そこからは死闘だった。場所的に逃げ場はない。背を見せれば殺される。普通なら本能的に格の違いを感じ萎縮するか背を見せて逃げるという隙を晒し瞬殺されるのがオチなのだが、神水の影響で多少とはいえ思考力を持ったウサギは、半ばヤケクソで戦いを挑んだのだ。


 結果――生き残った。死線を越えた先で、固有魔法からの派生に目覚め、見事その豪脚で爪熊の頭部を粉砕したのである。神水による回復効果が持続していなければ十回は死んでいたと言っても過言ではない激しい戦いだった。


 ウサギは、己が倒した前王を見て、その身を震わせた。そして、理解したのである。鍛えれば生き物は強くなれるのだと。


 そこから、ウサギの強者になるための旅が始まった。目標は、自分にきっかけを与えてくれた新たな王のもとへ行くこと。追いついた後、ここまで強くなったのだと見せて、一言礼を言うのだ。そして、より広い世界を見てみたい……そこで数々の強者達と戦い、己を高めるのである!


 そんな、どこぞの主人公のような数奇な運命を掴んだウサギは、当時、〝宝物庫〟なんて便利道具は持っておらず、可能な限りストックしていた分以外は、仕方なく垂れ流しにしていたハジメの神水が、偶然にも地面の窪みで僅かに溜まっているのを見つけては、それを飲み、回復と自身の強化を図りつつ、技に磨きをかけて、遂に、成人並みの思考力と八十層に自力で降りてくるほどの実力を身につけたのである。


「……なんだ、そのラノベみたいな展開は」

「きゅう!」


 全ての事情を聞いたハジメの第一声がそれだった。滅茶苦茶微妙な表情を、いつの間にか自分の膝の上に座ってつぶらな瞳を向けてくるウサギに向ける。


「あはは、すごいよね。帰って来るまでに戦ってもらったんだけど、変成魔法で少し強化されたおかげで九十層クラスでも一対一なら負けなしくらいのレベルだったよ。多分だけど、雫ちゃんと動きが似てたから、〝重縮地〟と〝無拍子〟も使えるんじゃないかな? あと、蹴りだけで衝撃波も飛ばしてたよ」

「……そうか」


 なんだか、この数時間だけでやたらこの言葉を呟いている気がするハジメ。


「えっと、そういうわけで、南雲君さえよければ、名前を付けて上げて欲しいんだけど……鈴じゃなくて、南雲君がいいって言うから」

「はぁ。まぁ、強力な魔物を仲間に出来たならそれで良しとしよう。なんだか、エヒト達とやり合っていたときより、疲れる展開が多い気がするけどな……にしても名前か……」


 ハジメが膝上の蹴りウサギに視線を落とす。蹴りウサギは、ジッとハジメを見上げている。見つめ合う二人。そして、ハジメはポツリと呟いた。


「……ミッ〇ィー」

「却下で」


 即行で香織に却下された。その目が、世界的なマスコットキャラに謝れと訴えている。


 ハジメは気を取り直し、再び蹴りウサギに視線を向けた。蹴りウサギもジッとハジメを見ている。そして、ハジメはポツリと呟いた。


「……ピーターラビ――」

「ダメ」

「……うど〇げ」

「わからないけど、ダメな気がする。っていうか真面目に!」


 香織の叱責が飛んだ。至って真面目に考えたので酷い奴だと舌打ちを一つしつつ、面倒そうな表情になったハジメは、投げやり気味に言った。


「あぁ、もう、ならイナバとかでいいじゃねぇか。見た目ウサギなんだし」

「えぇ~、単純過ぎない? もうちょっと、こう可愛い感じに……」

「鈴も、他の魔物があれだから、ウサギさんは可愛い名前が……」


 香織と鈴には不評らしい。だが、イナバと言った直後、なにか感じるものがあったのか、蹴りウサギは「きゅう!」と鳴きながらぴょんぴょんと飛び跳ねた。どうやら、気に入ったようだ。


 そのまま赤黒い――と言うより体に走るラインと同じで、かつて見た蹴りウサギよりも紅色に近い気がする瞳をキラキラさせてハジメに飛び付いた。


「気に入ったみたいだぞ?」

「えぇ~、……まぁ、本人が気に入ったなら仕方ないけど……」

「うぅ、イナバちゃん……慣れれば案外、可愛い?」


 二人も渋々ではあるが一応の納得をしたようだ。


 と、そのとき、ずっと静観していたシアが、一先、話は終わったと判断してイナバに近寄った。同じウサミミ同士、興味が湧いたのだろう。ニコニコしながら、イナバを撫でようとする。


「イナバちゃん、良かったですね。同じウサミミ同士、なかよ――」

「きゅっ」


 撫でようとして、伸ばした手を普通に叩き落された。ビシッと固まるシア。そんなシアのウサミミに、イナバはチラリと視線を向けると、「ふっ」と鼻で笑った。


 ビキリと額に青筋を浮かべたまま、どういうことかと、シアは、鈴に視線を向ける。張り付いた笑みのまま。


「ひっ、シ、シアシア、落ち着いて!」

「私は落ち着いてます。で? この生意気な子はなんと言っているんですか?」

「え、えっと、その……」

「鈴さん?」

「ひぃ! あ、あのね、『あんさん如きウサミミが王様の傍に侍るたぁ、片腹痛いでぇ? ウサミミ磨き直してから出直してきぃ!』って……うひぃ! 違う、鈴じゃないよ!」


 どうやら、同じウサミミ所持者であるシアに思うところがあるらしい。ウサミミをハジメの腕に絡めて挑発的に目を細める。対して、自慢のウサミミを馬鹿にされたシアもまた黙ってはいなかった。


「……ハジメさんが大好きな私のウサミミを差し置いて、随分な大言を吐きますね。いい度胸です。どちらがハジメさんのウサギに相応しいか、身をもって教えて差し上げますぅ!」

「きゅう!!」


 シアの強化された拳が、ハジメの鼻先を掠めた。ジリッと焦げ臭い匂いが鼻腔をつく。


 一方、攻撃を受けたイナバは、華麗にジャンプして避けると固有魔法〝空力〟を発動して反転し、強烈な踵落としをシアに放った。それを、シアの掲げた腕が防御する。


 そして、シアの美脚がハジメの眼前で開かれ、空中のイナバを撃墜せんと振るわれた。ハジメの頭上で、イナバの蹴りとシアの蹴りが激突し、凄まじい衝撃波を発生させた。ハジメの髪が荒ぶる。


 シアとイナバはそのまま、工房の奥へと移動しながら激しい応酬を繰り広げた。


「ハジメさんのウサギは一人で十分ですぅ!」

「きゅきゅう!」


 ボッサボッサの髪と焦げた鼻先をそのままに半眼になっているハジメに、その後、二人が撃ち抜かれたのは言うまでもない。工房の隅で白煙を上げながら仲良く撃沈するウサギ二匹のシュールさに、香織達の頬が引き攣ったのも言うまでもないことだ。


 その後、鈴の従えた魔物――特に蝶型の魔物の物量と能力は、鈴と相性がいいと考えたハジメによって、更に改良などが加えられ、鈴専用アーティファクト〝双鉄扇〟と魔物運搬用アーティファクト〝魔宝珠〟(モンスター〇ール)が受け渡された。


 ちなみに、ずっと放置されていた龍太郎だが、きちんとアーティファクトを受け取り、変成魔法においても自分なりの使い方をハジメの助力もあって会得したので、一応、問題はない。


 もっとも、ティオを参考にしたという龍太郎の変成魔法の使い方に、しかもそれが最も相性が良かったという事実に、流石脳筋と、ハジメ達は揃って呆れたのだが。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「いよいよ、明日ですね……」

「そうだな。明日のいつかは分からないけどな」


 時刻は深夜の一歩手前の時間帯。エヒトの告げた大侵攻の日まで後一時間といったところ。場合によっては日付の変更と同時に、ということもありうるので、現在ハジメは、シアと共に出発の準備に関する最終チェックをしていた。


「ハジメさん」

「うん?」

「〝仮に、私になにかあったとしても、必ずハジメやシアがなんとかしてくれる。心配することなんてなにもない〟……そう言ってました」

「……ユエか」

「はいです。私は、〝当たり前です〟と答えました」


 シアは、工房内の引き伸ばされた時間の中で、ハジメの使い捨て型の新アーティファクトにより半ば無理やり会得した、新たな能力に対する最終確認をしながら、静かな声音で話す。


「三日……これは、私達がユエさんを取り戻すための時間ではありますが……同時に、ユエさんの抵抗が尽きる時間でもあります」

「……そうだな」


 そう、エヒトがユエの体を完全掌握する時間であり、それはユエが抵抗できない状態に追い込まれるタイムリミットでもある。誰も口にしなかったが、そのときのユエの状態がどうなっているのか……少なくとも楽観視できない状態だというのは確かだろう。


「それでも、私は信じています。ユエさんは無事であると。必ず取り戻せると。抵抗できなくても、ユエさんは、信じて私達を待ってくれていると」

「当然だ。ユエだぞ? あんな厨二病こじらせたイタイ奴に負けるかってんだ。まして、シアに叩き直されたばかりだからな」

「ふふ、そうですね。……でも、敵が強大であることには変わりません。今までの比ではありません。それこそ死線を越える覚悟が必要でしょう」

「……なにが言いたい?」


 シアは、そこでくるりと振り返り、真っ直ぐにハジメを見た。その瞳に燃え盛る炎は、親友を奪われた怒りと敵に対する殺意、そして必ず取り戻すという決意がこれでもかと宿っていた。


 思わず、ハジメをして息を呑ませるほどの意志を示すシアは、決意を言葉にして響かせた。


「私は、無茶をします。無理を押し通します。ユエさんを助けられないくらいなら玉砕する覚悟です。敵を一人でも道連れにして。私の生死はユエさんと共にありたいと思います」

「……なるほど。それで?」

「止めないで下さい。そして、どうかハジメさんも共に」


 それは、場合によっては共に死んでくれという言葉だ。ユエだけが死んで、自分達だけ生き残るのは嫌だという我が儘だ。その我が儘に、ハジメも付き合ってくれという、どうしようもない言葉だ。もし、シアが物語のヒロインならば、大失格のセリフである。


 だが、そんな常識的に考えればとんでもない言葉を贈られたハジメは、


「今更、なに言ってんだ? 当たり前だろう。共に生きるか、共に死ぬか。二つに一つだ。シア、お前を逃がす気はないからな。直前になってビビるなよ?」


 不敵な笑みを浮かべながらなんでもないように、もっと酷い我が儘を言うハジメに、しかし、シアは、その答えが分かっていたように「くふふ」と嬉しそうな笑みを零した。


「はいです。一応、言葉にしておきたかっただけですよ。土壇場で『シア! お前だけでも!』なんてバッキャローなセリフを吐かれたら萎えますからね」

「まぁ、クラスの奴等曰く、俺は魔王より魔王らしいからな。所謂、魔王からは逃げられないってやつだ。そんなクソ寒いセリフは吐かねぇよ。まぁ、玉砕なんてことはないさ。欲しいものは全部手に入れるし、邪魔なものは全て破壊してやる」

「あはは、流石、ハジメさんですぅ。セリフが完全に魔王――悪役まっしぐらですぅ!」


 ひとしきり可笑しそうに笑ったシアは、意気揚々とヴィレドリュッケンを肩に担ぎ、準備万端を態度で示した。そして、決意の篭った眼差しで口にする。


「さっさとユエさんを取り戻して……念願の三人エッチしましょうね!」

「……色々台無しだ、発情ウサギ」


 楽しみですぅ~と呟きながら工房から出て行くシアの後ろ姿にツッコミと呆れの眼差しを送りつつ、一拍の後、しょうがない奴だと、愛しさと頼もしさを感じながら、ハジメは笑みを浮かべる。


 そして、兵器の量産もノルマを達成し、準備万端となったハジメ達は地上組へ合流するため、遂に【オルクス大迷宮】の深部から出陣するのだった。



いつも読んで下さり有難うございます。

感想・意見・誤字脱字報告も有難うございます。


次で、準備編は最後です。


次の更新も、土曜日の18時の予定です。


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― 新着の感想 ―
外伝で解放者たちの日常話に期待w
魔王よりも魔王ってwww 大魔王バーンかな?
[良い点] あの、シアの名科白「当たり前」を、ここで使ってくるとは、読者泣かせにもほどがあります。何度も反芻しながら読みました。読むほどに涙が湧いてきました。頑張れ、シア、頑張れハジメ!という気持ちも…
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