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魔法の深奥

 口元に感じる極上の感触に、ハジメの意識は徐々に覚醒へと導かれていった。


「……何してんだ、ユエ」

「……ん? 目覚ましキス」


 世の中にはそんな素敵な目覚ましがある。一部のリア充に。


 ハジメは、どうやら自分の上に寝転びながらキスしていたらしいユエに、軽くキスを返してから周囲に視線を巡らせた。視界に映るのは、見慣れた氷壁と自分を包むベッド、そして家具がいくつか。


 どうやら、【氷雪洞窟】深奥の氷で出来た邸宅内にいるようだと、ハジメは推測しつつ、超至近距離からトロンとした瞳で見つめてくるユエに視線を戻した。


「……倒れてから、どっかの部屋に運び込まれたのか。ユエ、他の奴等はどうした?」

「……ん、ごめんなさい。今、目覚めたところだから分からない」


 てっきり先に目覚めて状況を把握した後、起こしに来てくれたのかと思っていたハジメだが、予想が外れたようだ。ハジメは困ったような表情を浮かべながら、相変わらず自分の上で寝転びつつ、頬杖をついて可愛らしく素足をパタパタさせているユエに再度尋ねた。


「……どれくらい前から起きてた?」

「ん~……十分くらい前?」

「まさか、それからずっとこの状態か?」

「……ん。目が覚めたらハジメがいたから」


 そこに山があるから。そんな、どこぞの登山家のようなセリフを吐きながら、チュッとハジメに唇を寄せるユエ。


 先程、視界の端にもう一つベッドがあったのをハジメは確認している。そのシーツが乱れていたことも。つまり、ユエは隣のベッドで目覚めたあと、不測の事態で気を失ったにもかかわらず周囲の状況把握や他のメンバーとの意思疎通を図るよりもハジメのベッドに潜り込み、素敵な目覚ましになることを選択したということだ。


 最後の試練でシアに説教されるほどの動揺をして、その後、ようやくハジメと再会し、自らの懸念を話した後に溢れ出る想いのまま口づけをしようとすれば、それを乙女力チートに妨げられて……試練も終わったことだし、隣では無防備に愛しい人が寝ているし……というわけで、我慢できなかったらしい。


 全く、何て、何て……素晴らしい恋人だろう、とハジメの眼が野獣になった。そんなハジメに「ふふっ」と妖艶に微笑むユエ。舌舐りが何とも艶かしい。


「ユエ。目が覚めるにはもう少し時間がかかりそうだ」

「……ん。じゃあ、起きるまで……して上げる」


 再び重なる唇。部屋の中に生々しい水気を含んだ音が響く。同時に、「んぁ」と鼻にかかった甘い喘ぎ声まで響きだした。


 そのまま二人で果てまでいってしまうのではないかと思われたその時、不意に扉の開く音が……


「ん? 二人とも起きて……ってぇ、なぁにおぉしてるんですかぁっ!」


 入って来たのはシアだった。ベッドの上で絡み合い、激しく衣服を乱しているハジメとユエを見て、ウサミミをブォサァ! と逆立てる。


「シア? どうし……ハジメくん? ユエ? 何してるのかな? かな?」

「――っ」


 そのシアの後ろから顔を覗かせた香織が背後に般若を出現させる。雫は赤面したまま両手で顔を覆ってしまった。しかし、お約束通り、指の隙間から見ることは忘れない。ハジメへの恋心を自覚してから、そういう行為も過剰に意識してしまうのだが、興味を抱かずにはいられないといったところなのだろう。


 一方、事に及ぶ前に踏み込まれてしまったハジメとユエはというと、そんな三人に抱き合いながら視線を向け、直ぐに顔を見合わせてから、再び視線を向け直し、見事にシンクロした言葉を放った。


「「二時間後で」」


 対するシア達の反応はというと、当然、


「アホですかぁーー!!」

「ダメに決まってるでしょおおおおお!!」

「……」


 怒声が氷の邸宅に響き渡った。一名だけ、未だに顔を赤くして、はだけたハジメの胸元をチラチラ見ていたが。


 ハジメとユエをベッドごとひっくり返して引きずり出し、邸宅の一角にあったリビングルームに強制連行したシアと香織。雫は、まだ動揺が抜けないのか目を泳がせるのに忙しそうだ。


 中央に冷たさは感じない氷のテーブルがあり、その周りを革張りのソファーが囲んでいる。そのソファーには既に龍太郎と鈴がいて、首根っこを掴まれ引きずられて来たハジメとユエに目を丸くした。


「おいおい、いったいなにが……」

「あ~、鈴には何となく分かったよ」


 鈴には想像がついたらしい。その視線が、ハジメとユエの、未だにほとんど直されていない乱れたままの衣服に向いている。その視線を追って、龍太郎も大体の事情を察したようだ。だが、その直後、何かが高速で部屋を横切り、ズビシッ! と派手な音を立てて龍太郎の額を勢いよく弾いた。


「あべっ!?」


 奇怪な悲鳴を上げて、ソファーの後ろに転げ落ちる龍太郎。額を押さえながら「理不尽すぎるっ!!」とのたうち回っている。


「……ふん。ユエのあられもない姿を見た罰だ」

「……ん、ヤキモチ? ハジメ、可愛い」


 そう、龍太郎の額を弾いたのはハジメの指弾である。〝衣服の乱れたユエ〟を見た龍太郎へのお仕置きだ。……確かに、理不尽である。


「もうっ! お二人共、反省してませんね! ……どれだけ心配したと思っているんですかぁ」


 そんな通常運転のハジメとユエに、ぷりぷりと怒るシア。しかし、途中で勢いを失うと涙目で二人の傍に座り込んでしまった。その姿が、大迷宮攻略直後に原因不明の気絶をした二人への心配がどれほど深いものだったのかを如実に示している。


「シアの言う通りだよ。……本当に心配したんだから」

「そうね。早く元気な顔を見せて欲しかったわ」


 気持ちは香織と雫も同じらしい。シアと同じく、少し潤んだ瞳をハジメとユエに向けている。


 そんな彼女達を見れば、流石の二人も罪悪感を覚えずにはいられなかった。気まずそうに顔を見合わせると揃って頭を下げる。


「あ~、いや、ホント悪かった。目が覚めたら超美少女がキスしてくれていたから、理性が飛んじまって……うん、ユエが可愛すぎるのが悪い」

「……ん、ごめんなさい。直ぐに知らせるべきだった。……隣に無防備なハジメがいると思ったら我慢できなくて。ハジメが格好良すぎるのが悪い」


 頭を……下げた? ような気がしないでもない。


「……二人共、反省してませんね?」

「はぁ、もういいよ。これ以上は、精神的に疲れそうだし」

「気持ちを自覚してから見ると、色々とくるものがあるわね……」


 謝罪しながらナチュラルに惚気合うハジメとユエに、シアがジト目を向け、香織が疲れたような表情になる。雫は、ユエという存在の強大さを改めて思い知り、何とも言えない表情になった。


 と、その時、部屋の扉が音を立てて開かれた。入って来たのはティオだ。


「おぉ、ご主人様もユエも無事なようじゃな。よかった、よかった。骨折り損で何よりじゃ」

「あっ、ティオさん。すみません、伝えに行くの忘れてました」


 ハジメとユエの姿を見て頬を綻ばせたティオにシアが申し訳なさそうな表情になった。


 ティオは、万が一、ハジメとユエが目覚めなかった時の為に神代魔法の魔法陣や邸宅の書庫などを調べ、原因究明に当たっていたのである。そんなティオに、ハジメ達の覚醒が嬉しいやら、人の気も知らないでイチャついていた二人に腹が立つやらで、すっかり気を取られていたシアは連絡を忘れていたというわけだ。


「よいよい。どうせ、ご主人様とユエが目覚めて早々、ナニしておったとかそんなところじゃろう?」

「よくお分かりで……」

「ふむ。当然じゃな。妾がユエの立場でも、同じことをするからの! そして、乱れる妾を蔑むご主人様は、あんなことやこんなことを……んっ、んっ、ハァハァ」

「それで、ハジメくん達にいったいなにがあったの?」

「二人が、あんな風に苦しそうな声を上げて気を失うなんて余程のことよね」


 何を想像したのか、恍惚の表情でハァハァし始めたティオを香織と雫は華麗にスルーしてハジメ達に尋ねた。


 当然、ハジメとユエもティオはいないものとして、ソファーに座りながら説明する意思を見せる。シア達も席に着いて、転げ落ちていた龍太郎も赤くなった額をさすりながらソファーに座り直した。ティオに座る場所はない。床に正座だ。


「さて、俺とユエが気絶した理由だが……そうだな、わかりやすく言えば、頭とか精神がオーバーヒートを起こした、って感じだ」

「オーバーヒート、ですか?」


 始まったハジメの説明に、シアがコテリと首を傾げる。


「そうだ。あの時、最後の神代魔法――〝変成魔法〟を脳に刻まれた後、俺とユエは更に、とあるものを強制的に理解させられた。その負荷が余りに大きくて、意識を保っていられなかったというわけなんだ」

「ふむ……ご主人様達ですら耐えられんほどの負荷……概念魔法について詳細を知ったのじゃな?」

「……ん。流石、ティオ。変態なのに理解が早い。変態なのに……」


 大切ではないけれど二回言った。変態のくせに相変わらず察しのよさは抜群だ。ティオは、ハジメとユエの二人とその他のメンバーとの違いは何かということを考えて、二人だけが全ての神代魔法を修得している点に気がついたのだ。床に正座しながら。痺れる足にニマニマしながら。


 リューティリス・ハルツィナは、全ての神代魔法を修得したとき概念魔法へ手が届くと言っていた。そして、このメンバーの中で、全ての神代魔法を習得しているのはハジメとユエだけだ。そのこともしっかり覚えていたティオは、おそらく神代魔法を超える魔法の知識を刻まれる負荷が大きかったのだろうと推測したわけだ。


 念の為、それ以外の可能性も考えて邸宅内を調べていたのは、ティオなりに推測はしていても、じっとはしていられなかったということなのだろう。言動は気持ち悪いが、シア達と同様に心底心配させたようだ。


 そして、そんなティオの推測は大当たりだった。ハジメとユエは、他のメンバーと同じく変成魔法を修得したあと、更に概念魔法についての知識も刻まれたのだ。


 ハジメとユエが倒れた理由を知って、なるほどと頷くシア達。取り敢えず、後遺症も何もないと聞いてほっと安堵の吐息をもらした。香織が、気を取り直してもっとも気になることを尋ねる。


「概念魔法……それがあれば日本に帰れるんだよね? もしかして、もう使えるようになったの?」

「いや、まだだ。リューティリスが言っていたように、知識があれば出来るというものじゃないみたいでな。それに、得た知識ってのも具体的な修得方法とか使用方法みたいなものじゃなくて、どちらかといえば前提知識みたいなものなんだ」

「前提知識?」


 雫がオウム返しに尋ねた。帰郷の可能性についての話なのだ。雫を始め、龍太郎や鈴、香織も真剣な表情である。


「ああ。例えば、今回お前らも手に入れることが出来た変成魔法だが、どんな風に理解してる?」

「え? え~と、そうね。刻まれた知識からすると、普通の生き物を魔物に作り替えてしまう魔法ね。術者の魔力と対象の生き物の魔力を使って体内に魔石を生成し、それを核として肉体を作り替えることが出来る」

「うん。私も、そう理解してるよ。それに、既にいる魔物の魔石に干渉して自分の魔力を交えることで強化したり、服従させたりすることも出来るみたいだね」


 雫と香織の理解は概ね合っている。


 更に説明するなら、変成魔法は強化段階というものが存在する。通常の生き物を魔物に変成させた場合、その対象生物は理性や思考をほとんど失くし、ただ本能のまま行動するようになる。野生の魔物は、周囲の魔素を特殊な場所や年月、その他様々な原因で体内に取り込み自然と魔石を生み出してしまった生き物が変成したものを言うが、第一段階の変成は、この野生の魔物に限りなく近い。


 この野生の魔物に、更に変成魔法を掛けて強化すると理性や思考を取り戻し、更に術者の魔力が魔石に交じることが原因で、刷り込みのように生みの親たる術者に服従するようになる。最初から術者の魔力だけで魔石を生成した場合は言わずもがなだ。


 熟練していけば、幾度も変成の重ね掛けを行うことができ、その分だけ強力な魔物を生み出す――というより成長させることが出来るようになる。ただし、未熟な腕で無理矢理変成させると対象の肉体が崩壊してしまうので注意が必要だ。


「つまり、魔物を作り出し従える魔法じゃな。予想通りに。段階で考えるなら、あの白竜は相当強化していそうじゃが……」

「う~ん、鈴は一度しか見たことがないからはっきりとは言えないけど……オルクスの魔物を階層ごとにレベル一と分けるなら、あの白い竜はレベル三百くらいかな? 八十層クラスの魔物の三~四倍くらいの強さって思うんだけど」

「もっとあるんじゃねぇか? 弱っちゃいたが、王都の大結界を一匹で破るような奴だぜ? 南雲だって、あのブレスは避けてたしよぉ。四百レベルくらいじゃねぇか?」


 少し話が脱線しているようだ。だが、龍太郎の推測は間違っていないだろう。あのフリードが強化したであろう白竜は、大体オルクス表層迷宮八十層クラスの魔物のレベルを八十とするなら、五倍くらい、今なら六、七倍くらいの力はありそうだ。


 ハジメは、鬱陶しい奴を思い出したというように一瞬顔をしかめたものの、気を取り直して話の軌道を戻した。


「まぁ、概ね間違っていない。変成魔法は確かに、魔物を作り出し、従える魔法だ。だが、それは少し正確じゃない。変成魔法というのは、より正確に定義するなら……そうだな、〝有機的な物質に対する干渉魔法〟といったところか」

「えっと……」


 シアが困惑したように目を泳がせる。香織達はともかく、シアには聞き覚えのない言葉だったからだろう。それはティオも同じようだ。それに気が付いて、ハジメが咳払いを一つして言い直す。


「そうだな……少し正確性には欠けるが、わかりやすく言えば、生物に由来する物質に干渉する魔法とでも思ってくれ。つまり、やろうと思えば、動物だけじゃなくて植物とか、それに由来するもの――例えば食料とか紙とかそういうものにも干渉できる魔法ってことだ。もちろん、人に対しても干渉できる。魔石というのは副産物に過ぎないんだ」


 ハジメが更に要約するところによれば、変成魔法は〝魔石を作って魔物を生み出す魔法〟ではなく、魔石とは、己の魔力と変成魔法を使って対象に干渉した結果として生み出されるエネルギー体に過ぎず、実際は、直接、肉体等に作用する魔法のことだ。なので、やろうと思えば、魔石を生み出さないで変成させることも理屈上では可能らしい。


「……ん、おそらくだけど、ティオ達、竜人族の〝竜化〟は、起源を辿れば、この魔法に由来していると思う」

「ほほぅ、変成魔法が我が種族の起源とな……ふむ、なるほどのぅ」


 思案顔になるティオを横目に、ハジメは説明を続ける。


「さっき言った前提知識というのは、つまり、そういうことだ。神代魔法は〝理〟に干渉する魔法だが、その正確な力の根本を俺達は理解しきれていなかった。概念魔法を修得する絶対条件として、全ての神代魔法に対する完全な理解が必要だったんだ」

「……ん。それに、理解するには深淵すぎて、全ての試練を攻略できるレベルでないと、まず心身が負荷に耐えられず壊れてしまう」


 それが、概念魔法に至る為に、全ての神代魔法を得る必要があった理由だ。


 今まで修得して来た神代魔法に対する理解も、まだまだ浅かったのだということが今のハジメとユエには分かる。


 例えば、ハジメが一番最初に手に入れて、ここまで命を繋いできてくれた生成魔法。これは、〝魔法を鉱物に付与する魔法〟ではなく、より正確に表現するなら〝無機的な物質に干渉する魔法〟という変成魔法と対になるような魔法だったのだ。なので、理屈上は、鉱物だけでなく水や食塩といったものにも干渉できるはずなのである。


 更に、重力魔法は〝星のエネルギーに干渉する魔法〟と表現すべきもので、重力だけでなく、理屈上は地脈や地熱、岩盤やマグマなどにも干渉でき、意図して地震を発生させることも、噴火させることも不可能ではない。


 空間魔法は〝境界に干渉する魔法〟といったところ。種族的・生物的な隔たりの排除や、新たな境界の策定により異界を創造したりということも可能であると考えられる。


 再生魔法は〝時に干渉する魔法〟だ。再生魔法の行使が、治癒というより復元というべきものだったのは、この片鱗である。本来なら、時間そのものに干渉できるだろうし、過去を垣間見たり、いくつにも分岐した時の進んだ世界を垣間見ることもできる。シアの固有魔法〝未来視〟は、おそらくこの魔法に由来するものだろうと思われた。


 魂魄魔法は〝生物の持つ非物質に干渉する魔法〟と定義するのが最も本質を表している。これは、具体的に言うなら、体内の魔力や熱、電気といったエネルギーや、意識、思考、記憶、思念といったものにも干渉できる魔法だ。〝魂魄〟と銘打っているものの、ユエ達が行使できたのは、正確には意識体への干渉である。そして、この魔法を十全に扱えたなら、術者自ら意識等を作り出し、あるいは設定することができる。言い換えれば、魔法による人工知能の創作が可能ということだ。


 昇華魔法は〝存在するものの情報に干渉する魔法〟というのが、より正確な定義だった。能力が一段進化するというのは、例えばレベル1という身体情報に干渉して、レベル2に引き上げるというもの。根本に至れば、あらゆる既存の物体に対し、その情報の閲覧と干渉が可能になる。


 ハジメ達が今まで認識していたそれぞれの神代魔法の名称は、人の身で干渉できる限界を考慮して名付けられたのだろう。


 ちなみに、〝導越の羅針盤〟は、魂魄魔法により使用者の望むものを汲み取り、その対象を空間魔法によって空間的な隔たりや距離を無視して探査し、昇華魔法によって対象の情報を補足するというものらしい。いずれも、そのままの神代魔法では成し得ないことだ。


 その辺りのこともハジメが追加で説明すると、雫が難しそうな表情になった。


「なるほどね。本当に、大きな、それでいて根本的な事柄に干渉できる魔法なのね。人が触れていい領域を超えているように思えるわ。……でも、そうすると、まだ帰還の為の概念魔法は生み出せそうにないってことかしら? 聞く限り、相当難易度が高いように感じるけれど……」

「まぁ、確かに難しくはある。リューティリスが極限の意思なんてふわっとした説明をしていたが、実際、その通りなんだよな。魂魄魔法と昇華魔法で〝望み〟を概念レベルまで引き上げて、それに魔力を付与して無理矢理事象を現出させる……簡単にいうと、そういうことなんだが、普通は昇華魔法を使ったところで成功はしない」


 それどころか、概念魔法は、その時の意思を元にするので一度発現したからといって次回以降も安定して使えるというわけではないのだ。通常は一回こっきりの魔法となってしまう。


「……ん。ハジメの生成魔法で羅針盤みたいに物へ付与しないと」

「そうだな。ユエの魔法に対する制御能力と俺の錬成……息を合わせて世界を越える為の概念を付与したアーティファクトを作る。だが、召喚防止の為の概念も、となると……少し時間がかかりそうだ」

「出来なくはないんですね?」

「当たり前だろう? 何が何でも成功させる。その為に足掻いて来たんだ。帰還のアーティファクトだけなら直ぐに取り掛かれるし、奴らからの干渉を防ぐ概念も必ず編み出してやる」


 ハジメの瞳が、ゴゥ! と炎を宿したように見えた。過酷な環境を生き延びて、切望し続けた帰郷に手が掛かったのだ。こんな場所で躓いているわけにはいかないという強烈なまでの意思が瞳を煌めかせる。


 それを見た香織達も、「あぁ、本当に帰れるんだ」と郷愁の念に胸を締め付けられ、その瞳に涙を溜めた。


 ハジメは、ユエと顔を見合わせ一つ頷くと、おもむろに立ち上がった。


「さっそく挑戦するのかの?」

「ああ。話しているうちに知識の整理も出来た。まるで、ニンジンを目の前にぶら下げられた馬みたいな気持ちなんだ。試さずにはいられない」


 拳をパシンと掌に打ち付けるハジメ。そんなハジメに、ユエは落ち着かせるように、そっと手を触れさせた。小さくたおやかな手の感触に、すぐさま鎮まるハジメの心。再び、甘やかな空気が形成されそうになったので、若干、慌て気味に鈴が口を開いた。


「えっと、南雲君。日本に帰る為の魔法って、どれくらいかかりそうかな? 出来れば、鈴も完成したところを見たいと思うんだけど……あんまり掛かりそうなら、鈴達も色々準備しなきゃだし」

「そう、だな。帰還の魔法だけなら時間はそれほど掛からないだろう。帰りたいという俺の願望が、極限でないなんて誰にも言わせないからな。だが、他者からの魔法的干渉を防ぐのは……正直、わからない。直ぐに出来そうな気もするんだが……」

「そっか。わかったよ。それじゃあ、帰還の魔法が出来るまでは鈴達も休息に専念することにするよ。本当に帰れるのか分かるまでは、他のことに手が付きそうにないし……せっかく手に入れた変成魔法のこともあるから、魔人領へ行くのはその後だね。えっと、シズシズ達はどうするの?」


 鈴が今後の方針を決めて、雫達の意思を確認する。鈴としては、雫もようやく自分の気持ちに気がついたことだし、これからはハジメの傍にいたいのではないかと思ったのだ。ついでに、龍太郎にも本当に敵地のド真ん中に自分と一緒に乗り込むつもりかと確認する。


「私は、もちろん鈴と一緒に行くわよ」

「俺もだぜ」


 対する雫と龍太郎は即答だった。


「龍太郎くんはともかく、シズシズはいいの? せっかく……」

「なに言ってるのよ。それとこれとは話が別。お馬鹿二人に鈴は任せられないわ。それにどうせ、そう長居するわけじゃないでしょう? 目的を果たしたら即行で逃げて南雲くんに合流するのだし、寂しくないわ。それに、私も恵里には一言いってやらないと気が済まないから」


 あっけらかんとした口調で肩を竦める雫に、それが本心だと悟り、「流石、女が惚れる女、漢前だよ!」と称賛しながら抱きついた鈴だったが、漢前と言われて額に青筋を浮かべた雫に頭グリグリをされて悲鳴を上げる。


 鈴は涙目になりながら話題を逸らした。


「あ、あとは光輝くんだけど……」


 その言葉で、ハジメが「ん?」と首を傾げた。そして、部屋の中に視線を巡らせる。


「そういや、あいつどこ行ったんだ?」

「部屋にいないことに、今、気が付いたのね。……光輝なら別室でまだ寝ているわ。ダメージが深かったから目覚めにはもう少しかかりそうよ」


 今の今まで、光輝の存在を忘れていたらしいハジメに、何とも言えない表情を向けながら雫が説明する。


 体の傷は、香織が完璧に治しているはずだから、深かったのは精神的ダメージだろう。本来の定義通りの力を発揮すれば魂魄魔法で癒すことも出来るのだろうが、いくら香織がノイントの体を掌握したといっても、やはり神代魔法の深奥の行使は至難だ。精神的ダメージは深ければ深いほど干渉が難しいという点も合わせて考えると、自然治癒に任せるのが、今のところ妥当だった。


「まぁ、あいつのことはいい。俺とユエは今から神代魔法の魔法陣があった部屋にでも篭って概念魔法が付与されたアーティファクトの作成に入る。万が一、その間に天之河が起きても邪魔はさせないでくれ」

「邪魔って……帰る為の道具を作ってくれるってぇのにそんなことしねぇだろ?」


 龍太郎が、困惑するような表情になりながら反論する。


「だといいがな。精神的負荷が大きかったようだし、ないとは思うが寝起きに錯乱する可能性はゼロじゃない。まぁ、念の為だ。流石に、作成途中は余裕がなさそうだからな」

「任せて下さい、ハジメさん。お手伝いが出来ない分、お二人の邪魔は誰にもさせません」

「ああ。頼んだ、シア」

「……シアがいれば安心」


 堂々と胸を張り自信に満ちた声で宣言するシア。逞しく頼もしいその姿と言葉に、ハジメとユエも無類の信頼を寄せて微笑んだ。


 そうして、再び、神代魔法の魔法陣がある部屋に行き、シア達の見送りを受けながら、二人は重厚な扉の奥へと消えていった。




いつも読んでくださり有難うございます。

感想・意見・誤字脱字報告も有難うございます。


ここに来てまさかの説明回。

少なくとも今月中には今章を終わらせます。


それと、神代魔法の内容に関しては、もうちょっと悩ませてください。

取り敢えず暫定という形で、ほかにいい設定を思いついたら改稿しようと思います。…空間魔法とかゆかりんだし。


PS

活動報告への沢山のコメント、ありがとうございました。

本日、情報その2を活動報告にあげましたので、よければ覗いてみてください。


次回も、土曜日の18時に更新予定です。

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[気になる点] 「変成魔法は強化段階というものが存在する。」 >「変成魔法には強化段階というものが存在する。」 かしらん?
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