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ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

第六章

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不確かな未来

 ハジメのシアに対する明確な親愛表現に思うところがあるようで、ゆらりゆらりと不気味に体を揺らす香織がハジメへと迫った。

「……ハジメくん……さっきはどういうことかな? かな?」

 何故か光源との位置的に有り得ない陰影が顔に浮かんでいる。目元部分だけ薄暗くなっているのだ。ノイントの冷え冷えとした美貌と相まって物凄い迫力である。

「何となく感じてはいたんだけど……シアも“特別”になったの? いつ? どうして? 何があったの?」

 問い詰める香織に、ハジメはカリカリと頬を掻きながら苦笑いを浮かべた。

「あ~、何というかだな。……どうやら俺は、ユエとは同列に語れないくせに、それでもシアに対して独占欲を持っているらしいと、少し前に自覚してな。ユエの助言もあって、シアに対しては相応の態度でいこうと決めたんだ。特に何があったというわけじゃない」
「そ、それは、シアに恋愛感情があるってこと?」
「それは……よくわからない。違うような気もする。ただ、愛おしいとは思う」

 実際、ハジメはシアに対する気持ちが恋愛感情かと聞かれれば首を傾げざるを得なかった。

 ユエに対して、ふとした時に感じる胸の高鳴りや、理性が飛んで欲に身を任せたくなるような激しい感情というものをシアには感じないからだ。ユエに対する燃えるような感情とは別の、もっと静かで柔らかなもの。敢えて言葉にするなら、やはり愛おしいというものだろう。

 常に静かな言動のユエに対しては太陽の如く燃えるような気持ちを抱き、常に天真爛漫なシアに対しては月のように柔らかく静かな気持ちを抱く。何とも不思議な話である。対照的な感情だが、単なる親愛以上の愛おしさがあるのは間違いない。その大きく温かな気持ちに対する名をハジメは持ち合わせていなかったので説明には困ってしまうが。

 ハジメの心情を聞き、さっきとは違う意味で静寂が降りる食堂。大抵の者は、何かとても甘いお菓子を頬張ったような表情となり、ユエとティオはどこか優しげな表情を、雫は複雑な表情を、そして問い詰めにかかった香織は……

「……そっか。うん、わかった」

 と、納得顔をしたかと思うと、何故か嬉しそうに微笑みをこぼした。

 それは、ユエのポジションは変わらなくとも、その座に限りなく近い場所に行けるということが証明されたことと、それを大切な友人が成し遂げたが故の笑みだった。動揺して思わず詰め寄ってしまったが、よくよく考えればハジメとの距離はまだまだ詰まるのだとわかって逆に嬉しくなったのだ。

 もちろん、嫉妬を感じないわけではなかった。今この瞬間にだって燻る気持ちはある。だが、それに身を預けても意味がないことは、これまでの旅の中で十二分に実感したことであり百も承知なこと。そんなことをしている暇があるなら、あざといくらい好感度を稼ぐ方が建設的だ。

 という、何とも生々しい想いを香織が抱いているかは置いておくとして、半分以上はシアの人徳だろう。香織もまた、シアの常に全力で一生懸命な姿には強い好意を抱いているのだ。そんな友人に幸福が訪れて嬉しくないはずがなかった。

 何となく、そんな心情が伝わったのかハジメは少し困った表情をしつつ、ムニッと香織の頬を摘んだ。

「ふぇ? ハ、ハジメくん?」
「ホント、俺には勿体無い奴ばっかだよ」
「へ? それって、どういう……」

 ムニムニと頬を弄ばれることにわけが分からずとも嬉しくなってしまう香織は、ほにゃほにゃと笑みを浮かべながら尋ねる。

 しかし、ハジメは答えない。ただ無言で「参ったなぁ~」という表情を浮かべながら香織の頬を存分にムニった。そして、何となしに視線をユエに向ける。

 シアのことで慈愛に満ちた表情を浮かべていたユエは、そんなハジメの視線に気が付くと何がおかしかったのかクスリと笑みをこぼし、まるで、それでいいのだと言っているかのように小さく頷いた。

 ついで、悪戯っぽい笑みを浮かべるとハジメに構われてほにゃほにゃのフニャフニャになっている香織目掛けて、千切ってスープに浸した手元のパンを勢いよく指弾した。

 ベチャ! と音を立てて香織のこめかみにへばりつくふやけたパン……そして、言外に伝わる「お前には無理に決まってんだろぉ?」というユエの挑発。ピクピクッと頬を引き攣らせた香織は、笑顔のままへばりついたパンを口にして、その直後、ユエに襲いかかった。

「ユ~エ~!!」
「……ふん、無駄な努力は止めて尻尾巻きながら帰るといい」

 ユエはそう言うと香織の伸ばした手を掻い潜り、シアが出て行った窓からひょいっと出て行ってしまった。出て行く直前、肩越しに振り返ってニヤリと笑う。まるで「捕まえられるものなら、捕まえてごらんなさぁ~い」といった感じだ。

 それを「うぅー!!」と悔しげな声を上げて追いかけていく香織。銀の翼をバサッ! と展開して空を駆けていく。仲がいいのか悪いのか……少なくとも、ユエは香織とのこういう時間を好んでいるようではあるが。

 残された者達は、やはり何が何やらと放心状態だった。

「ふむふむ、遂にご主人様もシアに陥落したようじゃの。この分なら、妾と香織の溢れ出る魅力に堕ちる日も近そうじゃ」

 ティオがわざとらしく胸元を寄せ、その凶悪な双丘を強調しながら、バチコンッ! と音が響きそうなウインクを決める。確かに、もの凄い色気が溢れ出ており、食堂内の男性陣は総じて前屈みとなった。

 しかし、その色気を放たれた当のハジメはと言うと、

「香織はともかく、お前はない」
「ッ!? ハァハァ、な、何という強烈な言葉を……この、愛おしいご主人様めっ! 的確に妾のツボを突きって! ハァハァ、たまらんっ!!」

 ハジメの言葉に体をビクッビクッと震わせ、自分で自分を抱きしめながら股をもじもじさせるティオ。先程とは比較にならないほどの色気、と言うより官能的な雰囲気を無差別に放ち始める。

 だが、先程、前屈みになっていた男性陣は、むしろその姿を見て萎えたようだ。ティオの表情が普通に気持ち悪かったからだろう。全員、ドン引きである。

 そんな中、雫はハジメがさり気なく香織もシアと同じカテゴリーに入れていることを示すような発言をしたことに妙に意識を囚われていた。

(それなら私も……って、いやいや、何が“私も”よ! 意味わかんないし! 私は別に何とも思ってないし! 香織も大事にされそうでよかった! うん、それ以外ないわ! 断じてないわ!)

 一人、食堂の片隅で百面相する雫。ティオにドン引きする食堂の面々。やたら暗い表情の勇者、思いつめた表情の結界師、飯にがっつく脳筋。溜息を吐くハジメ。外では、ニ組みの激しい追いかけっこが繰り広げられている。

 フェアベルゲンのお昼は、本来の静謐さとはかけ離れた何とも騒々しい様相だった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「うぅ~、酷い目にあいました……」

 そんな泣き言が夕日によってオレンジに輝くフェアベルゲンの森の一角に響いた。

 街中から少し外れた広場のような場所で、いくつものテーブルが置かれている。中央には湧水を利用した噴水があり、普段は憩いの場所となっているのだが、現在は復興やら解放された同胞の世話に忙しく住民達の姿はない。いるのはハジメとシアだけ。他のメンバーも、今はどこかで鍛錬やら旅の準備やらをしているはずだ。

 シアは、そんな閑散とした広場のテーブルの一つを陣取りせっせと錬成に勤しんでいるハジメの正面に腰掛けて項垂れていた。原因は言わずもがな、アルテナの熾烈な構って攻撃である。祖父であるアルフレリックに回収されるまで、動物的な勘を以てシアを追い回した彼女のせいで体力的というより精神的に疲労が溜まってしまったのである。

 ハジメは、へたりとテーブルに垂れるウサミミにチラリと視線を向けてククッと失笑した。それに反応してウサミミが片方ピクリと起き上がる。

「もうっ、面白がらないで下さい。割と本気で恐かったんですから」
「そう言ってやるなよ。同年代の友達が出来て嬉しかったんだろ。存分にもてあそ…遊んでやればいいじゃねぇか」
「誤魔化せていませんよ。弄べって言いそうになりましたよね? それ、友達という関係からは程遠いですからね? はぁ、ティオさんに迫られるハジメさんの気持ちがよく理解できました。何というか、好かれていること自体は悪い気はしないんですが……異様に疲れます……」

 再びヘタリと垂れるシア。

 ハジメはシアの共感に「確かに」と頷いた。ティオの自分に向ける好意が単なる変態性の延長でないことをハジメは理解している。ティオはティオでシアやユエに負けないくらい強い想いを抱いていると。それ故に、その気持ちを表現する方法の余りの残念さに言葉に出来ない疲れを感じてしまうのだ。

 ハジメは浮かべた笑みを柔らかなものに変えると、そっと手を伸ばした。そして、シアのウサミミを優しく慰めるように撫でる。一瞬、ピクリと身を震わせたシアは、そのまま更にタレシアになると、もう片方のウサミミを甘えるようにハジメの手に擦りつけた。

 モフモフとハジメの手を包み込む二つの立派なウサミミに、自然、ハジメの頬も綻ぶ。撫でるだけでなく指で摘み、絶妙な加減でクリクリと弄ってやると、「んぁ」と鼻に掛かった甘い声が漏れ出した。その甘さは周囲の空気に伝播していき、ハジメとシアを優しく甘く包み込む。

 シアは青みがかった白髪に顔を隠したまま、囁くような声でハジメに問いかけた。

「……ハジメさん。……その、昼間、言ってたことって……その……」

 恥ずかしげな、しかし、隠しようのない期待を孕んだ声音。言いたいことは明白だ。確かめたいことは明らかだ。

 ハジメはスっと席を立った。そして、対面に座るシアの隣へと移動し腰掛けた。その気配がわかるシアは、顔を伏せたままビクッと体を震わせる。ハジメの手が緩やかに伸び、シアの肩に回された。そのまま力強く抱き起こされる。

 ハジメの腕の中に収まったシアの顔は茹で上がったように真っ赤に染まっており、その瞳は今にも雫が零れ落ちそうなほど清らかな光に潤んでいた。そんな乙女の愛らしすぎる瞳を見返すハジメの眼差しは、どこまで優しげで柔らかく、愛おしさで溢れている。

「……シア。お前の言う通りだった。“未来は絶対じゃない”。確かに、その通りだったよ」
「あ……」

 その言葉は、シアがハジメに旅へ連れて行って欲しいと願った時のもの。一世一代の告白をして、ハジメに応えてやれないとはっきり告げられたシアが返した言葉。絶対、ハジメを振り向かせて見せるという決意の言葉だ。

「シア。今更、お前の気持ちを確認したりはしない」

 今更、ユエという“特別”がいてもいいか? とか、本当に俺でもいいのか? など、そんなことは聞かない。シアも、そんな確認はされたくなかった。

「シアが愛おしい。誰にも渡したくない」

 どこまでも自分勝手で最低な、欲望だだ漏れの言葉。しかし、シアの瞳は更に熱量を上げていく。吐息はまるで竜のブレスの如く熱い。

「逃がすつもりはないから覚悟してくれ。シアは、俺の女だ」
「……はい。……はい! 私はっ、ハジメさんの女ですぅ!!」

 シアは噛み締めるように返事をするとポロポロと涙を零しながら、それでも、いつもの元気一杯の花咲くような笑みを、否、それより何倍も美しく可憐な笑みを浮かべた。きっと、他の男が今のシアを見たのなら、種族も貴賎も関係なくそのハートのド真ん中を撃ち抜かれたことだろう。

 それはハジメも例外ではなく、こみ上げる愛おしさそのままに強くシアを抱きしめた。そして、ごく自然にシアの唇を奪う。

「んぅ……あふぅ……」

 ハジメに求められるままに、歓喜の涙を流しながら自らを捧げるシア。全身が綿菓子のようにふわふわと軽くなり、甘い吐息が漏れ出す。体は【グリューエン大迷宮】にいた時より遥かに熱くなり、今にも溶け出してしまいそうだった。

「……ぁん……ハジメさん……」

 息継ぎの為に離した互いの口元に銀色の橋がツーとかかる。恥ずかしそうに眼を伏せるシア。普段の快活さは鳴りを潜め、凄まじい程の愛らしさを放っている。ユエの妖艶さとは真逆の、しかし男を虜にせずにはいられない魅力があった。

 シアの桜色の唇が僅かに開き、舌がチロチロと動く。上目遣いの瞳と相まって、何を言いたいのかは明白だ。すわなち、「……もっと」と。

 ハジメはシアの可愛らしいおねだりに目を細め、それに応えるべく頬の手を添えながら再び唇を重ねた。

 と、その時、不意に焦ったような声が聞こえ出した。

「ふひゃ、また始めたよ、あの二人! こ、こんなお外で……」
「ちょっと、鈴、声が大きいわよっ!」
「そういう雫ちゃんも大きいよ! ハジメくんにばれちゃう!」
「……全員うるさい。シアの邪魔をするな」

 余りに聞き覚えのある話し声に、シアはハッとしたように唇を離し声のする方へ視線を向けた。

 すると、シアに気がつかれたことに気がついた誰かが動揺しバランスを崩したようで「ちょ、待て、押すなっ!」というお約束な悲鳴が上がり、直後、広場を囲う花壇の一角から人がなだれ込んできた。

 折り重なるように姿を見せたのは、光輝、龍太郎、鈴、雫、香織の五人。その後ろから溜息を吐きながらユエが、面白げな笑みを浮かべたティオが現れる。どうやら、シアとの情事を物陰からたっぷり見学していたらしい。

 あたふたと起き上がりながら、全員顔を真っ赤にしている。特に、鈴と雫はハジメとシアを直視できないようだ。

「み、みみみみ、皆さん、何時からそこに……」

 シアが爆発でもするんじゃないかというくらい顔を真っ赤にして動揺をあらわにしている。視線を彷徨わせる雫達に代わり、答えたのはハジメだった。

「俺がシアのウサミミを弄り始めた頃からだな」
「最初からじゃないですかっ! ぜ、全部、見られて……何で言ってくれないんですかぁ」

 羞恥心からハジメをポカポカと叩くシア。先程までとは違う意味で涙目になっている。

「別に隠すようなことでもないだろう? それにいいタイミングだったから逃したくなかったし」
「そ、それはそうですけど……」

 あっけらかんとしたハジメの態度に気勢を殺がれたシアは、嬉しいやら恥ずかしいやらでウサミミを盛大にみょんみょんさせる。

 そんなシアにニヨニヨと笑みを浮かべながら歩み寄ってきたティオが、いつも通り、うざい感じで話しかける。

「で? どうだったんじゃ? ご主人様からの情熱的なちっすの味はどうだったんじゃ? んん? ほれほれ、ちょっと妾に言うてみよ。一抜けしたシアちゃんの、嬉し恥ずかしの体験談を語ってみよ。ほれほへぶっ!?」
「……自重しろ、変態」

 肩を組んでシアを煽るティオが後頭部にたんこぶを作りながら潰れたカエルのように地面に突っ伏した。その指がピクピクと動き「犯人はユエ」と地面に描く。後頭部に容赦ない氷塊を撃ち込まれたはずなのだが案外余裕そうだ。

「ユエさん……」
「……シア」

 指でっぽうの構えのままティオに冷たい眼差しを向けるユエにシアが振り返る。ユエは構えを解くとジッとシアを見つめた。そして、ふわりと微笑むと両手を大きく広げる。

「……おいで」
「っ……ユエさぁ~んっ!」

 ユエの胸に飛び込むシア。女の子座りでヒシッとユエにしがみつく。ユエは、そんなシアを抱きしめたまま慈愛に満ちた眼差しで優しく頭を撫でた。

「……ユエさん、私ぃ、やっとぉ」
「ん……よく頑張りました。いい子」
「ふぇえええん、ユエさん大好きですぅ! ずっと一緒ですぅ!」

 シアの感極まった嬉し泣きが木霊する。シアはわかっていた。例え、どれだけハジメが誰かを大切に思っても、ユエが“自分だけを”と言えば、ハジメは悩むこともなく他の女を自分のものにしようとはしなかったということを。

 だからこそ、これまで姉が妹にするようにシアの頑張りを見守り、また頑なとも言えるハジメの気持ちを解してくれていたことや、ユエが心からシアを受け入れて大切にしてくれていることが嬉しくて嬉しくて……

「……俺より、ユエとの方が感極まってないか?」

 思わず、ハジメが仏頂面でそう呟いてしまうほど、シアは幸せそうにユエの胸元に顔をグリグリと押し付けていた。もっとも、甘える妹を「仕方ないなぁ~」といい子いい子する姉のような表情のユエと合わせて、微笑ましい姿を見せる二人に直ぐにほっこりした表情になったが。

「ティオ、次は私達の番だね。頑張ろうね?」
「うむ、そうじゃな。ご主人様の方から積極的に攻めて貰える日を夢見て頑張るのじゃ」
「……ぶれないね、ティオ」

 倒れたままのティオをツンツンとつつきながら香織が話しかけると、ティオが希望に瞳を輝かせながら復活する。その周囲では、光輝と龍太郎が居心地悪そうに顔を見合わせており、雫は何とも言えない表情でチラチラとシアとハジメを交互に見ていた。

 ハジメは、励まし合う? 香織とティオの言葉を聞いて困ったような笑みを浮かべつつ口を開いた。

「……余り誘惑しないでくれよ」
「「!」」

 途端、香織とティオが驚いたようにハジメを振り返り、ついで瞳をキラキラと輝かせた。それは、香織とティオが相手では落とされない自信がないという意味に他ならないからだ。

 ユエが嫌だと言う相手を、ハジメは受け入れる気が全くないが、どうにも喧嘩したり呆れたりしつつも二人のことを大切にしているユエが拒絶するとは思えなかった。そして、シアを受け入れてしまった以上、もう“ユエ以外は”という言葉に説得力は皆無であり、定番の断り文句は通用しない。

 何より問題なのが、ハジメが二人を極々大切な者と認識してしまっていることだ。二人のどちらか一方にでも何かあれば、我を忘れてしまう程度には。

 シアに対するように、どうにもならないほどの独占欲を持っているわけではないが、この先もそうであるとはシアを受け入れた今のハジメには断言できなかった。つくづく、自分はどうしようもないなと自分で自分に呆れるハジメであった。

 と、その時、ユエとシアの微笑ましい光景や、香織とティオのキラキラした瞳に押され気味のハジメを見てほっこりしていた鈴が、どこか緊張したように表情を改め始めた。まるで、タイミングを見計らっているようにそわそわと視線を彷徨わせる。

 そんな鈴の様子を知ってか知らずか、香織とティオを抑えつつハジメが口を開いた。

「で? 揃いも揃って出歯亀していたのは何でだ? 晩飯に呼びに来るには、まだ少し早いだろう? 何か用事でもあったか?」
「あ~、それなんだけどユエ達とは偶然会っただけよ。私達の方は……」

 雫が困惑したような表情でその視線を鈴に向ける。どうやら珍しいことにハジメに用事があるのは鈴らしい。ハジメを探している途中で、偶然、こちらに向かうユエ達と合流したようだ。

 やたら緊張した、されど決然とした眼差しを向けてくる鈴に、ハジメは怪訝な顔をする。そんなハジメに向かって鈴は一歩前に進み出た。

「南雲君。あのね、次の大迷宮に鈴も連れて行って下さい。お願いします!」

 ガバッと頭を下げながら頼み込む鈴の姿に、どうやらハジメに何を言う気か聞いていなかったらしい光輝達が驚いたような表情を向ける。

 ハジメもまた、その手の頼みをしてくるのは光輝辺りだろうと思っていたので、真っ先に頼み込んできた鈴に僅かな驚きを見せた。

「鈴、それは……」
「光輝くん、ごめん。これは鈴個人のお願いだから口を挟まないで」

 大迷宮から帰ってこの方、随分と暗い雰囲気だった光輝が鈴の言葉に思わず反応するが、それを常にない強さを以てピシャリと止める鈴。雫達もまた、連れて行って欲しいのがパーティー全員ではなく鈴個人だと分かり再び瞠目した。

「そいつはまた何でだ? 別に付いて来なくても日本には連れ帰ってやるし、強くなりたいのだとしても俺がアーティファクトを強化してやれば大して問題ないだろう?」
「うん、確かにそうだよ。でも、南雲君は…………恵里のことまで手を貸してくれるわけじゃないよね?」
「……中村か……まぁ、そうだな。むしろ、目の前に現れたら思わず撃ち殺してしまいかねないくらいだな。香織を殺した一要因でもあるわけだし」

 ハジメの苦い表情に鈴は困ったような笑みを浮かべる。

「そうだよね。でも、鈴はもう一度、恵里と会ってお話がしたい。その為には力がいる。だからね、大迷宮にもう一度挑戦したいんだ。それで結果はどうなっても、生きて出られたら……そのまま魔人族の領土に行こうと思う」
「鈴っ、それはっ」

 思わずといった様子で雫が鈴の肩を掴む。単身で魔人族の領土に行こうなどと友人としてとても許容できるものではない。

 だが、自分の肩を掴んだ雫を見上げる鈴の眼差しには僅かな揺らぎもなく、その宿る意志の強さに雫は思わず気圧されて手を離してしまった。

 一方で、ハジメはなるほどと納得した。恵里を説得して連れ戻すにしろ、改めて決別することになるにしろ、一度王都に戻るよりハジメ達に同行して【氷雪洞窟】に挑んでから、そのまま恵里がいると思われる魔人族の本拠地――いわゆる魔王城に乗り込んだ方が効率的だ。

 何せ、【氷雪洞窟】がある【シュネー雪原】は南大陸の東側。南大陸中央にある魔人族の国ガーランドとはお隣である。

 鈴は、ハジメが恵里に対して憂慮するようなことは有り得ないと理解しているようで、自分が恵里と話をつけるまで帰還を待って欲しいと言っても聞いてくれるとは思えなかったのだろう。だから、例え不十分でも、単身でも、ハジメが本格的に帰還準備を整えるまでに恵里との対話を望み、その為には【氷雪洞窟】への同行が最善と判断したのだ。

 鈴は雫から視線をハジメに戻すと、必死さの滲む声音で更に頼み込んだ。

「それでね、それで、もし、もし恵里を連れて来ることが出来たら……その時は、恵里も一緒に日本へ帰して欲しい。お願い! お願いしますっ!!」
「……」

 鈴の悲鳴じみた懇願が木霊し、そのまま誰も何も言えず静寂が降りた。

 正直、ハジメとしては自分の言葉通り、恵里の顔を見た瞬間発砲する自信があったし、今この瞬間も香織が倒れた時の光景を思い出して、その共犯である恵里には殺意しか湧かなかった。

 鈴が恵里についてどうこうするのは勝手だ。しかし、その為に自分が協力するというのは、どうにも小骨が喉に刺さったような腹立たしさを感じる。ハジメの中では既に中村恵里という少女は敵以外の何者でもなかったのだ。

 だが、そう言って鈴の頼みをバッサリ切るには傍らの少女の視線が何とも心に刺さる。そう、ハジメが恵里に殺意を抱く原因である香織本人の視線だ。その瞳は言葉にせずとも、自分のことは気にしないで欲しいと伝えていた。

 と、その時、ずっと黙り込んでいた光輝が口を開いた。

「南雲、俺からも頼む。恵里の目的は俺だ。俺も、いや、俺こそがあいつと話をしなきゃならないんだ。鈴を一人で魔人領に行かせるわけにはいかないし。それに……」

 グッと唇を噛み締めて拳を握り締めた光輝は、どこか鬱屈した雰囲気を纏いながら吐き出すように言葉を放った。

「このままじゃ、終われないんだ。雫だって神代魔法を手に出来たのに、俺はっ。次は、次こそは必ず力を手にしてみせるっ! あんな精神攻撃ばかりしてくるような卑劣な場所でなければ、俺だって攻略できたはずなんだ! 今度いく大迷宮は、あの魔人族の男が攻略できたところなんだろ? なら、俺だって必ずっ!」
「光輝……」

 いつもとどこか異なる暗い雰囲気で震える拳を握る光輝の様子に、雫が心配そうな眼差しを向ける。雫は、光輝が自分は手に出来なかった神代魔法を雫が手にしたことにショックを覚えていることを看破していた。それ故に、何かと気を遣っていたのだが……どこか危うい幼馴染の姿に不安を隠しきれないようだ。

「まぁ、確かに、鈴を一人で行かせるわけにはいかねぇな。恵里の奴も一発どつかねぇと俺の気も済まねぇし。南雲、悪ぃが、いっちょ頼むわ!」
「龍太郎まで……はぁ。まぁ、確かに鈴を一人にさせるわけには行かないわね。南雲くん、その……お願い出来ないかしら?」

 光輝と鈴の様子に特に頓着せず、仲間が行くなら俺も行くぜ! 的なノリで快活に頼み込む龍太郎と、そんな龍太郎に困ったように眉を八の字に下げながらも、今はその明るさが有難いというように微笑む雫。ついで、雫はハジメに向かって申し訳なさそうに頭を下げた。

 ハジメは、雫達の決断に涙ぐみながらも必死な眼差しを向ける鈴と、どこか感情を押し殺したような光輝、脳筋な龍太郎、光輝や鈴を気遣う雫、そして、そんな幼馴染達を心配する香織に視線を巡らせ、一度深い溜息を吐いた。

 そして、ユエとシア、ティオに眼で問いかけ、わかっているというように頷き返されると嫌そうに、それはもう心底嫌そうにしながらも口を開いた。

「……連れて来た時、少しでも敵意を持っていたら、その場で射殺するからな」
「南雲君! ありがとうぉ!!」

 弄れた了承を得た鈴が、パァと顔を輝かせ元気に礼を言う。合わせて雫達も礼を述べた。

 ハジメとしては、帰還の為の概念魔法の他に再召喚を防止する概念魔法も生み出す必要があることと、また、ミュウとレミアも迎えに行かなければならないことから、最後の神代魔法を手に入れても帰還まではしばらく時間がかかると考えていた。

 なので、帰還の障碍にさえならなければ鈴達が何処で何をしようと構わなかったというのも了承の理由の一つだった。また、恵里に対しては、はっきり言って改心して帰ってくる何てことは有り得ないとも考えていたし、仮に腹に一物抱えて来たなら本気で射殺するつもりでもあった。

 結局のところ、ハジメは鈴達を最後の大迷宮に連れて行けばいいだけであり、感情的な問題を除けば特に問題があるわけでもなかったので許すことにしたのだ。それは、昇華魔法のおかげで自力が上がったことにより生まれた余裕も作用している。

 決意を新たにする鈴達を尻目に、結局、最後の大迷宮も一緒することになり、甘くなったなぁと自嘲するハジメ。そんなハジメにユエ達が寄り添う。

「……ん、寛容なハジメも素敵」
「ふふ、流石、ハジメさんですぅ。誇らしいですぅ!」
「全く、ご主人様はツンデレじゃなぁ~」
「えへへ、ありがとう、ハジメくん!」

 それぞれから微笑ましげな眼差しと言葉をもらい、ハジメはそっぽを向く。それに再びクスクスと楽しげに笑い合うユエ達。

 神や魔人族の動向は気になるところだが、そんな彼女達を見ていると本当に何でも出来そうな気がするハジメであった。




いつも読んで下さり有難うございます。
感想・意見・誤字脱字報告も有難うございます。

今話にて第六章は終了です。次回からは最後の大迷宮である【氷雪洞窟】攻略編となります。
 第七章【氷雪洞窟】攻略編の次の章が、一応、最終章となる予定なので徐々に終わりが見えてきた感じで、何とも感慨深いものです。
といっても、【氷雪洞窟】攻略編は一人一人の内面を少し丁寧に書きたいところですので、今までで最大の話数になると思われ、結局、まだまだ続きそうですがw
とりあえず、新章もよろしくお願いします。
楽しんでもらえれば嬉しいです。

次回も土曜日の18時に更新予定です。
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