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ありふれた職業で世界最強 作者:厨二好き/白米良

第五章

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ガンホー再び

 カムを救出し、ゲートを通ってハウリアやティオ達が待機している岩石地帯に空間転移して来たハジメ達は、ハウリア達の熱狂的な歓迎に出迎えられた。

 ハウリア達は、お互いに肩を叩き合い、鳩尾を殴り合い、クロスカウンターを決め合って、罵り合いながら無事を喜び合っている。

 と、その時、歓声を上げるウサミミ達の様子を眺めていたハジメの耳に風切り音が響いた。

 ごく自然な動作で掲げられたハジメの手。そこには黒い鞘に収められた見覚えのある刀が片手白羽取りの要領で掴み取られていた。

「……何のつもりだ、八重樫?」

 鞘に収めた状態の黒刀でハジメに殴りかかった襲撃者の正体は八重樫雫、その人だった。雫は、片手の指先で掴んでいるだけにもかかわらず、いくら力を込めてもビクともしないハジメに舌打ちしながらも、尚、ギリギリと力を込める。

「……ストレス発散のために南雲君に甘えてみただけよ。大丈夫、私は、南雲君を信じているわ。そのマリアナ海溝より深い度量で受け止めてくれるって……だから大人しく! 私に! タコ殴りに! されなさい!」
「……あ~、うん、ピンクはそんなに嫌だったのか? ……良かれと思って用意したのに」
「嘘おっしゃい! あなたの意図はわかっているのよ! 絶対、悪ふざけでしょ! 何となく雰囲気に流されたけど! ある意味、自業自得ではあるけれど! 一発、殴らずにはいられない、この気持ち! 男なら受け止めなさい!」
「んな、理不尽な……」

 どうやら仮面ピンクのダメージが思ったより深かったらしい。

 確かに、拒めばよかっただけなので、場の雰囲気や仮面自体の優秀な機能に流された雫の自業自得ではある。しかし、そうとは分かっていても、明らかに悪ふざけが入っていたハジメの言動と帝国兵の罵りが地味に効いて、雫は八つ当たりせずにはいられなかったのだ。

 もっとも、ハジメと雫の実力差は明らかであり、実際、黒刀の鞘がギチギチと音を立てるだけで押し切れる気配は全くない。なので仕方なく、雫は黒刀の能力を一つ解放することにした。文字通り、ハジメなら多少痛みは感じても受け止めるだろうと、ある意味、信頼を寄せて。

「こんのぉ! “奔れ、雷華”!」
「お? おぉ~」

 しかし、バチバチと放電する黒刀を掴みながら、痛がるどころか、むしろ感心した様子を見せるハジメ。雫は思わずツッコミを入れる。

「ちょっと、南雲君。電撃を流しているのに、なんで平気なのよ?」
「いや、何でも何も、お前、俺がレールガン放っているところ何度も見てるだろうに。雷を生身で扱うのに、この程度の電撃が効くわけ無いだろ? それより、よくその機能を発動できたな」
「くっ、仕方ないわね……今回は引くわ。でも、いつかその澄まし顔を殴ってやる。それと、能力は王国錬成師達の努力の賜物よ」

 もっともな返答に、雫は、渋々といった様子で引き下がった。背後には目を丸くしている光輝達がいる。どうやら、ちょうど戻って来たところらしい。思いがけない雫の行動に驚いているようだ。

 香織とユエはどこかジト目で雫を見つめている。小声で「……雫ちゃんが八つ当たりするなんて……」「……甘えとも言う」と話し合っており、どうやら、二人のやり取りはじゃれ合っているようにしか見えなかったようだ。

「ボス、宜しいですか?」

 ようやく、ド突き合いを終えたらしいカム達が、ハジメの方へ歩み寄ってきた。真剣な表情であることから、ハジメも、唯の再会の挨拶というわけではなさそうだと察する。

 ハジメは錬成で手っ取り早く椅子を車座に用意すると、その内の一つに腰掛けて視線で了承の意を伝えた。

「まず、何があったのかということですが、簡単に言えば、我々は少々やり過ぎたようです……」

 そう言って、始まったカムの話を要約すると、こういう事だ。

 亜人奴隷補充の為に、疲弊した樹海にやって来た帝国兵を、カム達ハウリア族は相当な数、撃破している。それが、帝国兵をかなり警戒させたらしい。というのも、単なる戦闘の果ての撃破ではなく味方の姿が次々と消えていき、見つけた時には首を落とされているという暗殺に近い形だったからだ。

 正体不明の暗殺特化集団という驚異を前に、帝国はその正体を確かめずにはいられなかった。そこで一計を案じたらしい。それが帝都での包囲網だ。要は誘い込まれたということである。

 カム達も、あっさり罠にはまるという失態を犯したわけだが、それは、帝国が直接樹海に踏み込んで来るというまさかの事態に対する少なくない動揺があった、としか言いようがない。

 または、看過できない程大勢の亜人を捕獲されてしまい頭に血が上ったということや、焦りが隙を生んだということもあるだろう。帝国の襲撃が、樹海を端から焼き払ったり、亜人奴隷に拷問まがいの強制をして霧を突破したりという、非道な方法だったというのも原因の一つかもしれない。

 普段のフェアベルゲンなら、それでも組織的に動いて戦うことは出来ただろうが、おそらく、魔物の襲撃によって疲弊している情報も掴まれていたのだろう。タイミングも絶妙だった。

 まさに泣きっ面にハチ状態では、カム達も完全には冷静になりきれなかったのだ。

 そして、帝国兵側も相当驚いたことだろう。何せ、網にかかった正体不明の暗殺集団が温厚で争い事とは無縁の愛玩奴隷である兎人族だったのだから。しかも、樹海の中でもないのに、包囲する帝国兵に対して連携を駆使して対等以上に渡り合ったのだ。当然、その非常識は帝国上層の興味を引く。

 その結果、

「我等は生け捕りにされ、連日、取り調べを受けていたわけです。あちらさんの興味は主に、ハウリア族が豹変した原因と所持していた装備の出所、そして、フェアベルゲンの意図ってところです。どうやら、我等をフェアベルゲンの隠し玉か何かと勘違いしているようで……実は、危うく一族郎党処刑されかけた上、追放処分を受けた関係だとは思いもしないでしょうなぁ」

 尋問官に、自分達はフェアベルゲンと、むしろ敵対している関係だと何度も言ってやったそうだが、むしろ国のためにあっさり自分達を切り捨てた覚悟のある奴等だと警戒心を強めただけらしい。特に、何度か尋問を見に来た皇帝陛下など不敵な笑みを浮かべながら、新しい玩具を見つけた子供のように瞳を輝かせていたという。

「で? 捕虜になった言い訳がしたいわけじゃねぇんだろ? さっさと本題を言え」
「失礼しました、ボス。では、本題ですが、我々ハウリア族と新たに家族として向かえ入れた者を合わせた新生ハウリア族は……帝国に戦争を仕掛けます」

 カムの鋭い眼差しでなされた宣言に、その場の時が止まる。

 そう錯覚するほど、ハジメと、カムを含めたハウリア族以外は、一切の動きを止めて硬直していた。理解が追いついていないのか、あるいは驚愕の余り思考停止に陥ったのか。周囲に静寂が満ちて、僅かに虫の奏でる鳴き声が夜の岩石地帯に響く。

 その静寂を破ったのはシアだった。

「何を、何を言っているんですか、父様? 私の聞き間違いでしょうか? 今、私の家族が帝国と戦争をすると言ったように聞こえたんですが……」
「シア、聞き間違いではない。我等ハウリア族は、帝国に戦争を仕掛ける。確かにそう言った」
「ばっ、ばっ、馬鹿な事を言わないで下さいっ! 何を考えているのですかっ! 確かに、父様達は強くなりましたけど、たった百人とちょっとなんですよ? それで帝国と戦争? 血迷いましたか! 同族を奪われた恨みで、まともな判断も出来なくなったんですね!?」
「シア、そうではない。我等は正気だ。話を……」
「聞くウサミミを持ちません! 復讐でないなら、調子に乗ってるんですね? だったら、今すぐ武器を手に取って下さい! 帝国の前に私が相手になります。その伸びきった鼻っ柱を叩き折ってくれます!」

 興奮状態で“宝物庫”からドリュッケンを取り出し、豪風と共に一回転させてビシッ! とカムの眼前に突きつけるシア。その表情は、無謀を通り越して、唯の自殺としか思えない決断を下したカム達への純粋な怒りで満ちていた。

 全身から淡青色の魔力を噴き出し物理的圧力をもって威圧するシアの迫力は、それこそ勇者を筆頭に異世界チート達すら軽く越えるものだ。

 事実、いつも元気に笑っていて怒ると言っても何処かコミカルさがあるシアからは想像できない怒気と迫力に、光輝達は息を呑んでいる。だが、そんな勇者達さえ怯む迫力でドリュッケンを突きつけられたカムは、凪いだ水面のように静かな眼差しで真っ直ぐに娘を見つめ返していた。

 睨み合う、あるいは見つめ合う二人を誰もが固唾を呑んで見守る中、やはり動くのはこの男、ハジメである。いつの間にかシアのすぐ後ろに迫っていたハジメは、シアの毛玉のように丸くてふわっふわのウサシッポを鷲掴みにし、絶妙な手加減でモフモフした。

「ひゃぁん!? だめぇ、しょこはだめですぅ~! ハジメしゃん、やめれぇ~」

 実は、シアはウサミミを触られる気持ちよさとは別の意味で、ウサシッポをハジメに触られると“気持ちよく”なってしまうのだ。

 シアは、早々に崩れ落ちると四つん這い状態になってハァハァと熱い吐息を漏らしつつ、恨めしげにハジメを睨んだ。しかし、その瞳も熱っぽく潤んでいて、艶姿を強調する以外の役割は果たしていない。

 緊迫した状況が、次の瞬間にはピンクな空間に早変わりしたことに目を丸くする周囲の者達。若干、前屈みになっている連中もいる。

 そんな周囲を尻目に、ハジメは、今度はシアのウサミミを撫でた。先程のやたらとエロい手つきではなく、優しげで労わるような手つきだ。真剣なやり取りの最中にセクハラをカマしてきたハジメを恨めしげに睨んでいたシアだったが、途端、気持ちよさそうに目を細めた。

「どうだ、少しは落ち着いたか? カムの話はまだ終わっていないんだ。ぶっ飛ばすのは全部聞いてからでも遅くはないだろ?」
「うっ……そうですね……すいません。ちょっと頭に血が上りました。もう大丈夫です。父様もごめんなさい」
「家族を心配することの何が悪い? 謝る必要などない。こっちこそ、もう少し言葉に配慮すべきだったな。……最近どうも、そういう気遣いを忘れがちでなぁ。……それにしても、くっくっくっ」
「な、なんですか、父様、その笑いは……」
「いや、お前が幸せそうで何よりだと思っただけだ。……ボスには随分と可愛がられているようだな? うん? 孫の顔はいつ見られるんだ?」
「なっ、みゃ、みゃごって……何を言ってるんですか、父様! そ、そんなまだ、私は……」

 カムにからかわれて、顔を真っ赤にしながらチラチラと上目遣いにハジメを見るシア。見ればハウリア達が皆、ニヤニヤとした笑みを浮かべている。本当に、どいつもこいつもいい性格になったものだ。ハジメは、そんな事を思いながら、さらっと無視してカムに尋ねた。

「カム、まさかと思うがその話をしたのは、俺に参戦を促す為じゃないだろうな?」
「ははっ、それこそまさかですよ。ただ、こんな決断が出来たのも、全てはボスに鍛えられたおかげです。なので、せめて決意表明だけでもと、そう思っただけですよ」

 カムが笑いながらハジメの推測を否定する。どうやら本当に自分達だけでやるつもりのようだ。

 しかしそうなると、本当に無謀としか言いようがない決断であり、その決断に至った理由が気になるところだ。シアも、カム達が力をもって調子に乗っているわけでも、復讐心に燃えているわけでもなく本気で言っているのだと察し、表情を悲痛に歪めている。

「理由は?」
「意外ですな、聞いてくれるのですか? 興味ないかと思いましたが……」
「俺に鍛えられたおかげで決断が出来たって事は、お前等が無謀をやらかそうって原因は俺にもあるってことだろう? それだけなら、知ったことじゃないが……」

 そう言って、ハジメはチラリとシアを見る。それで察したカムは、どこか嬉しげに目元を緩めると「なるほど」と頷き、理由を話しだした。

「先程も言った通り、我等兎人族は皇帝の興味を引いてしまいました。それも極めて強い興味を。帝国は実力至上主義を掲げる強欲な者達が集う国で、皇帝も例には漏れません。そして、弱い者は強い者に従うのが当然であるという価値観が性根に染み付いている」
「つまり、皇帝が兎人族狩りでも始めるって言いたいのか? 殺すんじゃなくて、自分のものにするために?」
「肯定です。尋問を受けているとき、皇帝自らやって来て、“飼ってやる”と言われました。もちろん、その場でツバを吐きかけてやりましたが……」

 皇帝の顔にツバを吐いたというカムの言葉に、ハウリア達は「流石、族長だぜ!」と盛り上がり、光輝達は「あの皇帝に!?」と驚愕をあらわにした。

 無理もないだろう。歴史上、皇帝陛下の顔にツバを吐いた者など亜人以外の種族も含めてカムが史上初なのではないだろうか。流石のハジメも、思わず「ほぉ」と感心の声を上げたほどだ。

「しかし、逆に気に入られてしまいまして。全ての兎人族を捕らえて調教してみるのも面白そうだなどと、それは強欲そうな顔で笑っていました。断言しますが、あの顔は本気です。再び樹海に進撃して、今度はより多くの兎人族を襲うでしょう。また、未だ立て直しきれていないフェアベルゲンでは、次の襲撃には耐え切れない。そこで、もし帝国から見逃す代わりに兎人族の引渡しでも要求されれば……」
「なるほどな。受身に回れば手が回らず、文字通り同族の全てを奪われる……か」
「肯定です。ハウリア族が生き残るだけなら、それほど難しくはない。しかし、我等のせいで、他の兎人族の未来が奪われるのは……耐え難い」

 どうやら、思っていた以上に、カム達は状況的に追い詰められていたようだ。

 カムの言う通り、ハウリア達だけが生き残ることは、樹海を利用しての逃亡とゲリラ戦に徹すればそれほど難しくはないだろうが、その代わりに他の兎人族が地獄を見ることになる。彼等が “強い兎人族”という皇帝の望みに応えられなければ、女、子供は愛玩奴隷にそれ以外は殺処分になるのがオチだからだ。

「だが、まさか本気で百人ちょいなんて数で帝国軍と殺り合えるとは思っていないだろう?」
「もちろんです。平原で相対して雄叫び上げながら正面衝突など有り得ません。我等は兎人族、気配の扱いだけはどんな種族にも負けやしません」

 そう言って、ニヤリと笑うカム。それでハジメもカムの意図を察する。

「つまり、暗殺か?」
「肯定です。我等に牙を剥けば、気を抜いた瞬間、闇から刃が翻り首が飛ぶ……それを実践し奴らに恐怖と危機感を植え付けます。いつ、どこから襲われるかわからない、兎人族はそれが出来る種族なのだと力を示します。弱者でも格下でもなく、敵に回すには死を覚悟する必要がある脅威だと認識させさます」
「皇帝の一族が、暗殺者に対する対策をしていないと思うか?」
「もちろんしているでしょうな。しかし、我等が狙うのは皇帝一族ではなく、彼等の周囲の人間です。流石に、周囲の人間全てにまで厳重な守りなどないでしょう。昨日、今日、親しくしていた人間が、一人、また一人と消えていく。我等に出来るのは、今のところこれくらいですが、十分効果的かと思います。最終的に、我等に対する不干渉の方針を取らせることが出来れば十全ですな」

 何ともえげつない策だ。だが、皇帝一族を暗殺するなどと言うよりは、よほど現実味がある。

 ただ、それだと、帝国側に脅威を感じさせるには必然的に時間が掛かってしまうので、大規模な報復行為に出られる可能性が高く、帝国側が兎人族の殲滅に出るか、それとも脅威を感じて交渉のテーブルに付くか、どちらが早いかという紛れもない賭けだ。それも極めて分の悪い賭け。

 それでもやらなければ、どちらにしろ兎人族の未来は暗いのだろう。既に全員、覚悟を決めた表情だ。

「……父様……みんな……」

 シアは、悄然と肩を落とす。帝国兵を敵に回し、絶対監獄ともいうべき帝城の地下牢からも逃走を果たした兎人族を、皇帝は私的興味と公的責務として見逃しはしないだろうと、彼女も察したのだ。

 兎人族に残された道は、他の同族を見捨ててハウリア族だけ生き残るか、全員仲良く帝国の玩具になるか、身命を賭して戦うか、そのどれかしかないのだ。

「シア、そんな顔をするな。以前のようにただ怯えて逃げて蔑まれて、結局蹂躙されて、それを仕方ないと甘受することの何と無様なことか……今、こうして戦える、その意志を持てることが、我等はこの上なく嬉しいのだ」
「でも!」
「シア、我等は生存の権利を勝ち取るために戦う。ただ、生きるためではない。ハウリアとしての矜持をもって生きるためだ。どんなに力を持とうとも、ここで引けば、結局、我等は以前と同じ敗者となる。それだけは断じて許容できない」
「父様……」
「前を見るのだ、シア。これ以上、我等を振り返るな。お前は決意したはずだ。ボスと共に外へ出て前へ進むのだと。その決意のまま、真っ直ぐ進め」

 カムが、族長としてでも戦闘集団のリーダーとしてでもなく、一人の父親として娘の背中を押す。自分達のことでこれ以上立ち止まるなと、共にいたいと望んだ相手と前へ進めと。

 泣きそうな表情で顔を俯けてしまうシアに優しげな眼差しを向けたあと、カムはハジメに視線を転じて目礼する。娘を頼みますとでも言うように。

 無言無表情のハジメの代わりに光輝が、いかにも「俺が何とかする!」とでも言いそうな雰囲気で腰を上げるが、雫の黒刀に後頭部をぶん殴られて撃沈した。ストレスが溜まっているようで、止め方が普段になく大分過激だ。

 ハジメが反応を示さないでいると、シアがハジメに振り返る。だが、シアが口を開く前に、何を言う気か察したカムが叱責するようにシアの名前を強い口調で呼び止めた。

「シア!」

 それにビクッ! と体を震わせるシア。

 カム達は、ハジメに助けを求めるつもりはなかった。自分達のミスでまんまと敵の罠にはまり皇帝の目に止まってしまったことは自業自得と言える事態なのだ。ここで、ハジメの力を当てにして解決を委ねるようでは、以前と何も変わらない。カムが言ったように、この戦いは兎人族が掲げることが出来るようになった矜持を貫くための戦いなのである。

 そして、シアもまたそれは理解していた。ただ逃げるだけしか出来なかったのは自分も同じであり、今は、ハジメとユエの仲間としての矜持がある。だが、余りに分の悪い賭けを行おうとしている家族に心は否応なく痛む。

 結局、シアは何も言えず口をつぐんだ。

 ハジメは、溜息を吐きながら頭をカリカリと掻くとチラリとユエを見た。そして、想像通り、そこには自分を見つめて何もかも分かっているというように目元を和らげて頷くユエの姿があった。ハジメは、それに小さく笑みを浮かべながら、俯くシアに声をかける。

「シア」
「ハジメさん……」

 シアの瞳に、僅かばかり期待の色が宿る。

「今回の件で俺が戦うことはない」
「っ……そう、ですよね」

 しかし、続くハジメの言葉に泣き笑いのような表情をして再び俯いてしまった。背後で光輝が何かを喚こうとして、脇腹に当てられた黒刀から電流を流され気絶したのを尻目に、ハジメは、早とちりをして沈むシアのほっぺを、苦笑いしながらムニムニした。

「おい、こら、早とちりするな。戦わないが、手伝わないとは言ってないだろう?」
「ふぇ?」

 ハジメの言葉に、シアがほっぺをみょ~んと伸ばされながら間抜けな声を出す。カム達もハジメの言葉の意味を図りかねたように困惑した表情で顔を見合わせている。

「今回の件は、ハウリア族が強さを示さなきゃならない。容易ならざる相手はハウリア族なのだと思わせなきゃならない。この世界において亜人差別が常識である以上、俺が戦って守ったんじゃあ、俺がいなくなった後に同じことが起きるだけだからな。何より、カム達の意志がある。だから、俺は一切、戦うつもりはない」

 ハジメはそこで、シアの頬を撫でるとカムに視線を向ける。

「だが、うちの元気印がこんな顔してんだ、黙って引き下がると思ったら大間違いだぞ?」
「し、しかし、ボス……なら、一体……」

 困惑を深めるカム達に、ハジメはニヤリと不敵な笑みを浮かべて宣言する。

「カム、そしてハウリア族。こいつを泣かせるようなチンケな作戦なんぞ全て却下だ。お前等は直接、皇帝の首にその刃を突きつけろ。髪を掴んで引きずり倒し、親族、友人、部下の全てを奴の前で組み伏せろ。帝城を制圧し、助けなど来ないと、一夜で帝国は終わったのだと知らしめてやれ! ハウリア族にはそれが出来るのだと骨の髄に刻み込んでやれ! この世のどこにも、安全な場所などないのだと、ハウリア族を敵に回せば、首刈りの蹂躙劇が始まるのだと、帝国の歴史にその証を立ててやれ!」

 辺りに静寂が満ちる。誰もが、ハジメの気勢に呑まれて硬直している。ゴクリッと生唾を飲み込む音がやけに明瞭に響いた。

 ハジメは、周囲を睥睨しながら、スッーと息を吸うと雷でも落ちたのかと錯覚するような怒声を上げた。

「返事はどうしたぁ! この“ピー”共がぁ!」
「「「「「「「「「ッ!? サッ、Sir,Yes,Sir!!」」」」」」」」」
「聞こえねぇぞ! 貴様等それでよく戦争なんぞとほざけたなぁ! 所詮は“ピー”の集まりかぁ!?」
「「「「「「「「「「Sir,No,Sir!!!」」」」」」」」」」
「違うと言うなら、証明しろ! 雑魚ではなく、キングをやれ!!」
「「「「「「「「「「ガンホー! ガンホー! ガンホー!」」」」」」」」」」
「貴様等の研ぎ澄ました復讐と意地の刃で、邪魔する者の尽くを斬り伏せろ!」
「「「「「「「「「「ビヘッド! ビヘッド! ビヘッド!」」」」」」」」」」
「膳立てはするが、主役は貴様等だ! 半端は許さん! わかってるな!」
「「「「「「「「「「Aye,aye,Sir!!!」」」」」」」」」」
「宜しい! 気合を入れろ! 新生ハウリア族、百二十二名で……」
「「「「「「「「「「……」」」」」」」」」」
「帝城を落とすぞ!」
「「「「「「「「「「YAHAAAAAAAAAAAAAA!!!!」」」」」」」」」」

 膳立てをするとは何をする気なのか、帝城を落とすなどそれこそ不可能ではないのか、そんな疑問は熱狂するハウリア達の頭からはすっかり吹き飛んでいた。

 自分達がボスと呼ぶ人物が、扉の鍵は開けてくれるというのだ。ならば、その先で待っている障碍くらい斬り裂けなくては、新生ハウリア族の名折れである。鍛えてくれたハジメにも顔向け出来ない。故に、ハウリア達の心は一つとなって、帝城落としへの闘志で燃え上がっていた。

 帝都から離れた岩石地帯に、闘志と殺意の雄叫びが響き渡る。

「……うぅ~、シズシズ、あの人達こわいよぉ~」
「大丈夫よ、鈴。私も怖いから……ていうか南雲君の発想とノリも十分怖いけど」
「南雲の奴……へへ、まさかハー○マン先生を取り入れていたとはな、やるじゃねぇか」
「龍太郎!? なんで、ちょっと親近感持ってるんだ!? どう見ても異常な雰囲気だろ!?」

 雫達が、それぞれ唖然とした表情で異様な熱気に包まれるハウリア達の様子を眺めていた。一名、ハジメが参考にした対象をリスペクトしていたようで、いい笑顔を浮かべていたが。

「う~む、すごいのぉ~。兎人族がここまで変わるとは。流石、ご主人様じゃ。あっさり帝国潰しを目的にしよるし。堪らんのぉ~。あんな気勢で罵られてみたいものじゃ」
「……黙れ、変態ドラゴン」
「っ!? ハァハァ」
「うん、ティオさんはちょっと自重しようね? それより、シアの表情見てよ、ユエ。蕩けてるよ」
「……ん、可愛い。シアが泣かないためだから……嬉しくて当たり前」
「だよね~。いいなぁ、私も、あんな風に言われてみたいなぁ~」

 ユエ達の方は、一人の変態を除いて、蕩けた表情でハジメを見つめるシアについて語り合っていた。

 ユエは、最初からこうなると分かっていたのか、シアから暗さが払拭されたのを見て嬉しそうに目元を和らげ、香織の方は安心したような表情をしながらも、シアを羨ましげに眺めていた。

 その後、帝城落としの詳細を詰めたハジメ達は、その時に備えて各々休むことになった。

 シアは、しばらくの間、ハジメの傍を離れたがらなかった。いつもの元気の良さは鳴りを潜め、しかし、決して暗く沈んでいるわけではなく、頬を薔薇色に染めてしずしずとハジメの服の裾を掴んだまま寄り添うのだ。

 ウサミミが時折、ちょこちょことハジメに触れては離れてを繰り返す。その様は、ただただ、傍でハジメを感じていたいという気持ちをあらわしているようだった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 一夜明けて、東の空が白み始める少し前、岩場に腰掛けた二つの人影があった。少し早く目が覚めたハジメとユエである。ちなみに、岩場に座っているのはハジメだけで、ユエはハジメの膝に上に横抱きで座っている。

 見張り役以外の皆が寝静まり、場所も死角になっているので、二人は久しぶりに二人っきりでの静かな時間を満喫していた。

 と、その時、ハジメの肩口に頭を預けていたユエがおもむろに顔を上げ、前触れ無くハジメの首筋にキスをした。チュッという可愛らしい音が、朝の静寂を僅かに揺らす。

「……どうした、いきなり?」
「ん……昨夜のこと思い出して何となく」

 ユエの言う昨夜のことと言えば、帝城落としの話のことだろう。だが、それが何故、キスにつながるのか分からず、自分を優しげに見つめるユエを見つめ返しながら、ハジメは首を傾げた。

「……迷宮より、シアの“大切”を優先した。シアを大切にしてくれて嬉しい。ハジメに“大切”が増えて嬉しい。いっぱい嬉しくて……キスしたくなる」

 ユエはそう言うと、今度はハジメの頬にキスを落とした。

「……シアも“特別”になった?」
「……それは、なぁ。この世界で一、二を争うくらいには大切に思えるけど……“特別”は、やっぱりユエだけだ」
「……むぅ、シアならいいのに……でも、嬉しいから困る」

 困ったような嬉しいような微妙な表情をするユエ。

 ユエの中でも、奈落から出て最初に出来た友達であり、仲間であり、そして妹のような存在のシアは別格に位置しているようだ。それこそ、他の女には絶対に許さない“特別”の座をシェアしてもいいと思えるくらいに。だから、一途なハジメの言葉に心の内を歓喜で満たしながらも、その頑固振りに困った表情になってしまう。

 そんなユエの様子に、ハジメは少しムッとする。他の女を特別にしないことで困った表情をされるのが、何となく気に食わなかったのだ。なので、取り敢えず、今は自分のことしか考えられないようにする為に問答無用でユエの唇を奪うことにした。

「んっ……んっ、あむっ…ハジっ…んっ」

 東の空がいよいよ白み始め、二人の後ろに影が出来始める。ピッタリと重なった影は、時折離れるものの直ぐにまた重なり、その度に生々しい音が響く。

 ユエの瞳は熱に浮かされたように潤み、頬は薔薇色、唇は艶やかに輝いている。ハジメの目論見通りなようだ。そのまま、二人は自然な動作で続きを……しようとしたところでハジメ達のいる岩陰の向こう側から人の声が聞こえ始めた。

「お~い、南雲。いるのか?」

 どうやら光輝のようだ。寝床にいないハジメを探しに来たらしい。陽も昇ってきたので、皆、起き出しているのだろう。

「ちっ、いいところで、あの野郎。ノイントが大量にいたときように神代魔法の一つも覚えさせておく腹だったが……色々、面倒になってきたな」

 悪態を吐きながら、しょうがないかと、ユエを抱っこしたまま立ち上がろうとしたハジメだったが、それは叶わなかった。

 なぜなら、

「……ハジメ、逃がさない。んっ」
「ちょっ、んむっ」

 ユエがハジメを押し倒したからである。浮かせた腰を再び下ろして半ば後ろに倒れこむ形になったハジメに馬乗りになりながら、今度はユエがハジメに襲いかかった。

「光輝、南雲君いた?」
「ああ、こっちから気配がするからいるとおもっ!?」

 光輝の後ろから雫や鈴、龍太郎も現れた。雫の質問に答えながら岩場を迂回した光輝だったが、そこで目撃した光景に思わず硬直する。岩場の向こう側を見て固まった光輝を訝しげに見ながら、雫達も岩場を覗き込み……ビシッ! と硬直した。

 更に、その後ろからシア、香織、ティオがやってくる。そして、硬直する光輝達を訝しげに見ながら、岩場を迂回して……

「ちょっとぉおおお! 朝っぱらから何をしているんですかぁ!」
「……む、シアも混ざる?」
「え? いいんですか? それじゃあ……」
「いいわけないでしょう! 早く離れて! 朝から襲うなんて、うらやま……じゃなくて非常識だよ!」
「むぅ、妾もダメかのぉ? ちょっと叩いてくれるだけでもいいんじゃが……」

 朝から顕現したカオス状態に疲れを感じながら、今度こそ、ハジメはユエを抱き上げ、誘いに乗って襲いかかろうと身体強化を始めたシアをド突き、「うぅ~、うぅ~」と唸る香織をなだめ、望み通り変態の横っ面をはたいて「あはんっ」と嬌声を上げさせて事態の収拾を図った。

 少し離れたところで、硬直していた光輝達が慌てたように戻っていく。鈴は「大人だぁ、大人だぁ~」と顔を真っ赤に染めながら硬直したままだったので、雫が脇に抱えて運んでいった。もっとも、その雫も耳まで真っ赤に染めていたのだが。

 東の空に上がる朝日は、新生ハウリア族の戦いの狼煙と同じなのだが……何とも締まらない始まりだった。



いつも読んで下さり有難うございます。
感想・意見・誤字脱字報告も有難うございます。

次回も、土曜日の18時に更新する予定です。
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