表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/135

第一話 魔王

今回の話は説明回です。比較的会話文が多くなっていて、一人の会話が一度に長く続くケースがあります。今後もありえるので、見にくいというご指摘があれば、何かしら対処する努力はしますので、よろしくどうぞ

 食堂にはリドウがサリスに指示していた通り、テーブルの上にコップと飲み物が入ったデキャンター、それに洋風のお菓子類が用意されていた。

 テーブルも椅子も、お城の雰囲気に相応しい豪華な調度だ。


 だがしかし、問題なのはそこでは全くもってなかった。

 メイドのサリス、それは良い。

 他にもメイドが何人か居て、その誰もが標準以上の美人だったりするが、まあそれも構わない。

 でも……


「お、鬼ぃいいいいいいいいいいいい!?」


 容貌は四十路前の渋いおじ様といった感じで、顔が似ているわけではないが、何となくリドウの将来の姿を彷彿とさせる雰囲気の持ち主なのだが、その額から禍々しくも見える角が二本、堂々と生えていた。


「ほ、骨ぇええええええええええええ!?」


 こちらは身動きするたびにカタカタと音を立てる全身骸骨である。


 そして、最後の一人であるが……


「うっわ……」


 ウェーブのかかった絹糸のような金髪を腰ほどまで伸ばし、完全な調和によって見る者の視線も言葉も奪ってやまないだろう桁違いの美貌は、柔和で優しげな雰囲気がそこかしこから漂うもので、真っ白なドレスに包まれた胸の部分だけがこれでもかと大きな双子山を形作っているのに腰は極細という、下手をすればバランスが悪く見えるだけだろうが、彼女に限ってそんな印象を受けることは絶対にない圧倒的スタイルの、二十代半ばほどの神秘的な雰囲気漂う超絶的な美女であった。


「落ち着け、誰も取って食いやしねぇよ」

「わしではそもそも食えんがの」


 リドウのような口調の鬼は苦笑いを浮かべ、声だけ聞けば好々爺然とした骸骨は「ほっほっほ」とまるきり好々爺な笑い声を上げる。


「てか、どーやって喋ってんのよ、骸骨さん」

「世界の神秘ってやつだ、深くは気にすんな」

「いや、気になるでしょ、ふつーに」

「調子が出てきたみてぇだな」

「あ……うん。何か良い人たちっぽいし」


 くるっと一通り顔を確認してみると、鬼はニヤリと笑うが特に恐怖を感じるようなものではなく、骸骨は相変わらずほっほっほときて、金髪美女はまるで聖母の如き柔らかな微笑を浮かべている。


「分かってくれりゃ結構だ。まああれだ、こいつらのことは俺から紹介しよう。まず、さっきも顔を合わせてるサリス。彼女は侍女の纏め役。ここの侍女は皆ある程度戦えるが、当然サリスは中でも別格だ」

「お見知りおきを、恵子様」


 サリスはお手本のような美しいお辞儀をしてみせる。


「次にあの鬼が【戦鬼】ザイケン。俺の刀術の師で、兄貴分だ。無論、半端じゃなく強ぇ」

「恵子っつったな。よろしく」


 よっといった風情で片手を挙げる姿はチョイ悪なおっちゃんだ。


「その次の全身骨格が【天武】リーチェン。俺の体術の師で、見た目じゃ分からんだろうが、爺さんと俺は呼んでるし、やることなすことそんな感じだ。当然、恐ろしく強ぇ」

「恵子ちゃんはめんこいのぅ。男にようモテるじゃろうが、相手選びは慎重にの。何ならうちのリドウなんかどうじゃ? 侍女たちと遊んでばっかじゃからして、夜の方はそりゃ……のう? 満足いくこと間違いなしじゃて、ひひ」


 髭もないのに顎を撫でながら卑猥な笑い声をもらす骨骨マン。


「余計なお世話だジジイ。恵子も困ってんだろうが。見ろ、免疫ねぇから顔が真っ赤じゃねぇか」

「べべべ別に……そ、その……」

「一々真面目に受け取ってやるな。色ボケ爺さんの戯言だ」

「リドウ」


 落ち着いた中にも色気を感じさせ、それなのに聞く者に清潔感溢れる印象を与える声であった。


「わたくしの番です。あんまり蔑ろにされては、ママは寂しくって涙が溢れて止まらなくなりますよ?」

「……まあ、でだ、最後のアレが【魔神】リリステラ。俺の魔法の師で……まあ、その、何だ……」


 言いよどむリドウを不思議そうに眺める恵子。

 だが彼女は、前後の文脈から何となく察せた。


「リドウさんのママ?」

「母親と言ってくれ。姉代わりでもある」


 リドウは恵子の言葉を耳にすると、心底嫌そうに顔を顰める。


「リドウ、どうしてママって呼んで下さらないのですか? 昔はわたくしのこと、ママ、ママとそれはもう可愛らしい笑顔で、リドウ自らわたくしに抱きついてきてくれましたのに……最近のリドウは冷たいこと極まりありません。『ママをお嫁さんにしてあげる』という言葉は虚偽だったのですか? わたくしはリドウを虚言を弄するような卑劣極まりない悪漢に育てた覚えはありませんよ?」


 何やら随分と大げさな喋り口調の女性だなと恵子は思う。


 リドウはといえば両手を広げて抗議の姿勢をアピールする。


「リリィ、頼むからいい加減ガキ扱いはよしてくれ。ったくどいつもこいつも、いつまでも俺のことはガキ扱いしやがって」

「高々二十年じゃまだまだ、ひよっこからようやく抜け出したって程度だな」

「総合的にはわしらと互角と言ってもいいんじゃが、各々の武はまだまだ荒いからの」


 ちっと舌打ちしたリドウは、コートの裏から煙管を取り出し、葉っぱを詰め……なぜかいきなり煙管の先が小さく燃え上がり、煙を大きく吸い込んだ。


 その光景に目が釘付けになるのは恵子である。


「今のってもしかして魔法!?」

「ふぅ……そうだが? ああ、魔法を見たことがねぇっつってたな、そりゃ驚くか。【魔神】とまで呼ばれるリリィには及ばんが、ま、俺もそれなりにゃ使える」

「そ、そーよ。その【魔神】って何? あんな超善い人そーなのに、何でそんな物騒な二つ名なの?」

「そりゃ、過去から現在に至るまで、歴代の魔王の中でも最強の魔王だからな。『魔の神』、単純だろ?」


 恵子は目を大きく見開く。


「ま、まおー!?」

「ついでに兄貴と爺さんも魔王だぜ。今は七人だっけか? 魔王の称号持ちは」

「ちょっ、そんな軽くとんでもない事実を暴露しまくらないで! ちょっとマジで理解が追いつかないから!」


 ウソでしょと慌てまくる恵子を見つめる周囲の眼差しは、一様に生暖かいものである。


 と、突然その空気が真面目なものに変わる。

 原因はリリステラが片手を挙げただけ。ただそれだけで、恵子以外の皆は意思を同じくした。


「さて、恵子さん。こと魔法に関してわたくしの右に出る者はこの世界には存在しないと、憚りながらわたくし自負させていただいております」


 突然の空気の変調に、未だついて行けていない恵子だったが、リリステラの言葉の意味は理解できた。


「事情はサリスより聞いておりますので、結論から述べましょう。恵子さんの元居た世界への帰還は不可能ではありません」

「ホント!?」


 目を輝かせる恵子であったが、リリステラは沈痛な面持ちで首を横に振る。


「いいえ、期待させてしまったようで申し訳ありませんが、わたくしはあくまで『不可能ではない』と申し上げました。意味は、お分かりになりませんか?」

「……凄く、難しい……ってことですか?」


 嬉々としていた表情が一転、沈み込む。


「はい。わたくしならば、異世界への扉を開ける――と簡易的に表現させていただきますが、その事象を発現させることは、さして難しい業ではありません。実際に行使した経験はございませんが、絶対確実に成功させることをお約束いたしましょう。ですが、異世界とは無数に存在するのです。平行世界と異世界の区別すら難しい……この残酷な事実を覆すことはわたくしにもできません。仮にわたくしが今から休みなく延々と術を行使し続けたとしても、恵子さんの寿命が尽きるまでに、目的の世界への扉が開ける可能性は一厘をすら優に下回るでしょう」


 恵子はとっさに一厘の意味が理解できなかったが、常用するような単語ではないので、それも仕方がない。耳にしたことくらいはあるだろうから、意味を知ればああと思い出すだろうが。

 しかし文脈から、確率が低いと言われているのは理解できた。


「じゃあ……」

「重要なのは、恵子さんの生まれ育った世界の正確な座標です。それさえ分かれば問題はありません。確実に送り返して差し上げます」

「でも……どうやってそれを調べれば良いんですか?」


 恵子は慎重に、そして希望に縋る眼差しでリリステラを見つめる。


「希望的観測を申して、ぬか喜びさせるのは忍びありませんので、はっきり申し上げておきます。確実に知れる手段はありません。ですが……」

「だけど……?」

「その前に、もう一つお話ししておくべき事実があります」

「……はい」


 何となく覚悟を決めたような印象で恵子は応じた。


「今回の恵子さんの身に起きた一件ですが、十中八九は《勇者召喚》が原因と思われます」

「ゆ、勇者召喚……ですか……」


 何だか一気に話が胡散臭くなったような気がして、恵子はげんなりしてしまう思いを隠しきれなかった。

 魔法の時点でも胡散臭いのは間違いないのだが、リドウやリリステラの持つ知識が、どうも部分的に現代に匹敵、あるいは凌駕しているように聞こえるため、凄いなぁと素直に感心しているだけで済んでいたのだが。


「はい。魔王以外に魔導の力を行使する存在は人間だけです。他四名の魔王が行った可能性が皆無とは申しませんが、異世界にわざわざ干渉しようと考える酔狂な者は居りません。となると、人間が持つ魔導技術、その中で異世界にまで干渉可能な術式は勇者召喚くらいしか思い当たりません。魔王の強大過ぎる力を危険視する人々が、国家規模で術式を構築し、『魔王に対抗可能な才能の持ち主』を召喚するための大規模魔法儀式です」

「じゃあ、あたしにも才能が?」

「いいえ、ありません」

「え゛……」


 常に浮かべているにっこりとした笑顔で才能を否定されてしまった恵子は、魔物とか居る物騒な世界なのだから、才能があってラッキー、と少しだけ気が楽になったのに、次の瞬間否定され、思わず全身を硬直させてしまう。


「武芸の才などは判断できませんが……この世界では魔力か闘気を使用可能でなければ、さほど大きな力を行使することは適いません。わたくしは『世界構成が異なる』と表現しておりますが、異なる世界では使用不可で、しかし才能は眠っているという方は多くいらっしゃいます。逆もまた然り、この世界では使用不可であるのに、異世界では使用可能な能力もございますが、勇者召喚はこの世界で行使可能とされ得る能力で、かつ魔王に匹敵、もしくは勝るだけの才の持ち主を限定し、その上で無作為に呼び出す効果を発揮しますので、まず確実にどちらか、またはどちらもの天稟の持ち主、ということになります」


 ここまではよろしいですかと一度話を切るリリステラに、恵子は話の内容を反芻してから首を縦に振った。


 それを見て一つ頷いたリリステラは話を再開する。


「異世界から来訪された方々で、魔力と闘気、この二つ以外の力が新たに目覚めたという話は寡聞にして耳にしたことはございませんので、恵子さんが他に未だ目覚めぬこの世界で行使可能な何らかの眠れる才をお持ちでない限りは、今回の勇者召喚の対象が恵子さんであった、という可能性はありえませんので、実際には皆無に近いものとお考えください。ちなみに、恵子さんに魔法の才は絶無、とまでは申しませんし、魔力を鍛える方法は幾らでも存じ上げますが、単純に強大な魔法を自力で行使するだけの才は望み薄と、大変失礼ながらわたくし保証させていただきます。闘気に関しては……」


 と、残りを一気に説明しきったリリステラが、恵子からザイケンとリーチェンに視線を移す。


「無ぇな。勇者召喚の場合、召喚と同時に闘気が目覚めてんのが通例だ」

「確かに、今現在はさっぱりじゃの。将来的に目覚める可能性は否定せんが、闘気への覚醒だけは、わしらでも条件がさっぱり分からんのじゃからして、どうとも言えんわい」

「というわけです。お分かりいただけましたか? 恵子さん」


 恵子は無言でこくんと肯いてから、やがておずおずと口を開いた。


「……あの、一つ疑問なんですけど」

「はい、何でしょう?」

「お話を聞いてると、過去にも異世界から来た人は居るって聞こえるんですけど」

「はい。居ります」


 こくんと頷くリリステラ。


 恵子は少し首を横に傾げた。


「異世界に干渉できる魔法は勇者召喚だけなんですよね?」

「はい。必然的に、彼ら彼女らは過去の勇者となっております」

「じゃあ、何でそれを知ってて放置してるんですか?」

「ご心配下さるのですか? わたくしども魔王を」

「えっと……まあ、はい。だって、全然悪い人には見えませんし」

「わたくしどもの力を必要とされていらっしゃる方が、恵子さんのような善き人間であることを、わたくしはとても嬉しく思います」


 今まで以上の満面の笑顔を浮かべるリリステラ。

 それを目にした恵子は、そのあまりの美しさに、同性でありながら見蕩れてしまっていた。


「では、ご質問にお答えしましょう。幾つか理由はございますが、主なものとしてはまず一つ――才能があるという程度の事実で、現実にわたくしどもをどうにかできるものでは、根本的にありえません」

「魔王は全て元人間だ」


 今まで黙していたリドウが話しに割り込むと、その話の内容に恵子は大きな驚きを覚えた。


「え? でもリリステラさんたちって、長生きなんでしょ? リドウさんのママなのに、こんなに若くて綺麗なんだから」


 まんま異世界ファンタジーっぽいし、そんな種族なのだろうと安易に考えていたらしい。


「まあ! 正直な方ですこと。ますます以って好ましいですね」

「リリィ……あんた今、若くて綺麗じゃなくて、『ママ』の部分に反応しただろ」

「はい。いけませんか?」


 何の裏もない笑顔で見つめてくる己の母に、リドウは鎮痛な面持ちで眉間に寄った皺を指先で押さえた。


「……もういい。でだな、恵子。魔王ってのは、元々は十年に一人とか、百年に一人とか、そういう表現が使われる才能の持ち主が、壮絶な研鑽を経て自ら次のステージに進化した存在を指して、そう称するんだ。無論、生存中に到らなきゃならねぇから、魔王に成れるだけの才能があろうと、覚醒せずに没した者は多い。極論すりゃあ、勇者は魔王に到れるだけの才の持ち主なわけだが……魔王に到る壮絶な研鑽、それは殆ど狂気っつって構わねぇほどの一種馬鹿げた意思があって、初めて成し遂げることが可能になる。故に、魔王に進化できたからといって、その事実に満足して研鑽を止めるような阿呆はまず存在しねぇ。何せ、魔王になりたくて魔王になるんじゃねぇ。より強く、大きく、高く、頂を目指していたら“到っていた”のが大方の魔王って存在だ。まあ中には例外も存在するのは否定しねぇがな」


 リドウの話を聞いた恵子は、どこか微妙な雰囲気溢れる何とも言い難い表情を浮かべていた。


「あー……なるほど。何百年も修行してる人に、同じだけ才能があっても、数年とか数十年の経験しかないんじゃ、そりゃ勝てるわけないわよね」

「それだけじゃねぇ。魔王に勝てるなら、つまりそいつも魔王か、最低でも魔王に成りかけだ……まあ物量で押し潰すって手もねぇわけじゃねぇが。これも極論だが、人間たちが危惧している理由は『不老不死』、唯一それだけだ。いずれ勝手に死んでくれんなら、世界征服でもやらかそうとすんでもなきゃ、放っておきゃいい。だが、物理的に殺害されるまで寿命でも病でも死なねぇんじゃ、心配でしょうがねぇんだよ。特に権力者はな」


 魔王がその気になれば、一国を滅ぼすくらいは、最弱の魔王でさえ軽くやってのける。

 いつか自分たちを殺しにくるかも知れず、その時になって抵抗しようにも、それこそ全世界の半分くらいの戦力は結集しなければ、なす術も無く蹂躙されるだけだろう。

 だが、それ以上に彼らにとって許せないのは、彼らが魔王によって“生かされている”という事実。なぜ偉い自分が“許され”なくてはならない? 自分は“赦す”側のはずだ。そんな事実を赦していても、果たして許されるのか?


「だから、勇者を召喚して魔王に対抗させる。が、現在に至るまで、勇者によって滅ぼされた魔王は四百年前の僅か一柱のみ。それどころか、二百年ほど前には、召喚された勇者の中に、とうとう魔王に到るやつまで出てきた。それでも勇者召喚を続ける理由は、偶然でもマグレでも良いから、魔王を一柱でも減らしてくれりゃ御の字。何せ僅か一件とはいえ前例はあるからな、不可能だというわけじゃねぇんだ、理由も無く諦められるもんでもねぇ。金と人手と手間は、それこそ莫大なモンが要求されるが、そんなモンは、より重い税を民に課せば済む話だし、準備と実行に王侯貴族が直接関わる必要性も特にはねぇ。魔王に到りそうな兆候がありゃ、そん時ゃ殺しちまえば良い。実際、二百年前の一件以前でもそうされてたんだが、二百年前のやつはよほど狡猾だったか運が良かったんだろうよ。さて、これを聞いてあんた……どう思う?」

「どうって……酷い話だとしか思えないけど……」


 リドウは恵子の答えを聞いて、ほうと感嘆の声を漏らす。


「貴族のわりには話が分かるじゃねぇか」

「へ? あたし貴族なんかじゃ……ああ。あのね、あたしの暮らしてた国じゃ、とっくの昔に貴族制度は廃止されてんの。誰でも苗字……家名と個人名を持ってるの。それだけよ」


 それを聞いたリドウはぴくりと眉を跳ね上げる。


「ほう。そりゃますます興味深ぇ話だ。それで成り立つ国家ってのはどう運営されてるもんなのか、今度機会がありゃ、詳しく聞かせてくれよ」

「うん、それは良いけど……えっと、どこまで聞いたっけ?」

「要するに、わたくしどもが勇者如きに遅れを取る理由を考える方が難しい、ということです。仮に単純な力の値がわたくしの倍、五倍、十倍だったとしても、三桁の年月にすら届かぬ研磨では、わたくしの輝きに勝ることなどありえない、と自信を持って申し上げておきましょう」

「同感だな。俺の十倍の腕力と速度を持っていようが、ひよっこ以前の卵に負ける気はしねぇよ」

「全くじゃ。特に勇者という輩は、蝶よ花よとヨイショされるばかりで、力任せの阿呆ばかりじゃからの。確かに魔力、それに闘気の使い手にとって、その力の多寡が直接的に戦闘力に結びつくのは道理じゃ。じゃが、究極の領域にまで到った後、最後に物を言うのは流麗なる技業のみじゃて。それを解せぬ未熟者どもが、わしらに挑むなど百年早いの」

「あんたら相手に百年程度じゃ到底足りねぇだろうが。千年以上は生きてる最古の魔王様方よぅ」

「無論のこと」

「だな」

「じゃのう」


 うふふ、かっかっか、ほっほっほ

 呆れ顔のリドウの突っ込みに、それぞれに笑い声を上げる魔王たちを、恵子は既に尊敬の眼差しで見ていた。

 人生を何度もやり直せる年月を、ただひたすらに己の技量を高めるために費やす。それは何とも愚かにして無駄で、しかし本人にとっては純粋にして尊い所業なのだろう。


 それと同時に、何だかなぁ……という気分も拭い切れなかった。

 一般的に、物語では強大な力を持つ敵性存在に対して、知恵と勇気と努力と根性と友情と、そんでもって技で勝利するというのがお約束というものなのに、ここの魔王たちは、類稀な根性による不断の努力によって、自分たちの方こそが技を極め、今現在をもってなお追求し続け、有意義な長生きによる知恵を駆使しつつ、決し臆せず戦う上に、何だか友情にも厚そうな雰囲気なのだから……


(そんなモンにどーやって勝てと……?)


 いきなり物語的に破綻しているような気がして仕方がなかった。


「――って、そーいえば、リドウさんがリリステラさんたちに匹敵するとかさっき言ってなかった!?」


 なぜか慌てたものすら感じさせる勢いで、恵子は椅子から少し腰を浮かべる。


「はい、間違ってはおりませんよ」

「二十歳なのに!? もしかしてもう魔王になっちゃってるの!?」

「いや、リドウはまだ魔王じゃねぇな。もういつ覚醒してもおかしかねぇだろうが」

「うむ。ま、リリィを除いての話じゃがな。こやつは少々別格じゃて」


 リーチェンの言葉に、恵子と本人のリリステラ以外のこの場にいた者たちがそれぞれに頷いた。


「俺は生まれた時からこの三人の教えを受けてる。幸いなことに、いずれの才能にも恵まれた。総合的な殺傷能力なら、まあまあの線はいってると我がことながら自負しちゃいる。だがな、互角や匹敵は言い過ぎだ。一万回の勝負をすりゃ、一度くれぇはマグレ勝ちが拾えるんじゃねぇか? って程度でしかねぇよ……兄貴と爺さん相手ならな。リリィは別格だ。いずれ超えてみせる、と俺は誓っているが、今すぐどうこうでき得る余地なんざ、欠片も見当たりゃしねぇ」


 どこか面白くなさそうにも聞こえる口調のリドウに対して、彼の家族たちは各々笑い声を上げる。


「ま、わしら相手に万に一つも勝機が見込めるなら、その若さでは異常と言って良いわい。流石は我らが弟子にして我が愛孫よの」

「良く覚えちゃいねぇが、俺が二十歳の頃に、今の俺に勝てる可能性なんざ、きっぱりと零だったと思うぜ。奢るようならぶっ飛ばして目ぇ覚まさせてやるが、誇ることくれぇは許してやんよ」

「そうですね。各々の技量はどれも荒削りですが、わたくしたちが当時持ち得た各々の技量と、さして変わりはしないか、下回るにしても、極々僅かな差でしかないでしょう。わたくしの愛息子が強く育ってくれて、ママは嬉しいですよ、リドウ」

「……どんだけぇ――」


 国一つ容易く滅ぼせる力……いや、恐らくこの三魔王様たちは、それ以上の力の持ち主なのだろう。

 そんな方々に認められるだけの力の持ち主……


(チートね)


 それしか表現のしようがないだろう。

 いや、チートとは直訳すれば和製英語の『カンニング』という意味で、こういった場合は『製作者の許可無しに、邪道で改造を施すこと』を意味しているので、生まれてこの方ずっと絶えず鍛え続けてきたリドウがそれを知ったら、激怒して暴れ回っても何ら不思議ではないが。


「さて、話を元に戻しましょうか」

「え? あ、はいっ」


 慌ててたたずまいを正した恵子の見つめる先では、リリステラが指を二本立てている。


「二つ目の理由は、際限が無いからです」

「きりがない、ってことですか?」

「はい。勇者召喚の術式は、行使するには多大な人員と労力、それに伴うお金がかかりますが、術式構築に必要とされる知識量は、実のところ大した水準のものではありません。よって、知る者が多過ぎる」

「言いたくはないんですけど、皆殺しにしちゃうとか、できますよね? そーじゃなくても世界征服とか」

「はい。特にわたくしでしたら、容易に可能です。そういった知識を持ち得る階級の人間に限定し、致死の魔法を世界中に振り撒く……かような術式の構築など、わたくしには片手間で可能ですので」

「うわぁ……」

「そして実は、それこそが三つ目の理由……」


 リリステラは再び、先ほど恵子が見蕩れてしまった満面の笑みを浮かべる、


「わたくしは人々を愛しているのです」

「へ?」


 狐に摘まれたような顔をになってしまう恵子だ。


「故に、罪も無い人間をも巻き込まざるを得ぬ、それどころか術式を完成及び発動させた魔道士たちとて、自らの意思で進んで行ったとは限りません。そんな彼らの命を奪うなど、忍びないこと極まりありません。わたくしがそうしている場面を頭に思い浮かべるだけでも心が張り裂けそうに痛みます」

「えっと……シャレ?」


 あまりにも驚きが過ぎて思わずため口になってしまう恵子であったが、幸いリリステラは気にしてない様子であった。


「いいえ。至って真面目ですし、本心からの言葉ですよ」

「魔王なのに?」

「確かに我が身は既に人の道から外れ、狂気と苦悩と絶望の果てに我が身を魔へと自ら落とした――故にこそ魔王という存在です。故にこそ我らは人を遥かに超える力を持ち得ます。故にこそ、我らは絶対的に他者を“必要とはしない”のです。お分かりになられますか?」

「えっと……すいません、分かりません」


 戸惑い、少しだけ悩んでから、恵子は口を開く。


「いいえ、結構ですよ。取り繕わずに言葉にしてしまえば、弱者には理解し難い論理……なのですから」

「はぁ……弱い人には分かり辛い……?」

「はい。例えば恵子さんは、世界にたったお一人で残された時、たったお一人でもそのまま生存することが可能だと思われますか?」

「それは、無理ですよ。だって……あ!?」


 恵子が想像したのは大きな草原に一人ぽつんと立っている己の姿であったが、そうでなくても現代で科学技術による恩恵を受けるには、多数の技術者たちによる整備などがあってこそなのだから。


 それに気づいた恵子が口元を手で隠しながら驚きを示すと、リリステラは神妙な表情で頷いた。


「左様です。わたくしども魔王は、我が身一つになろうとも、この地上がある限り、どうとでも生きて行けるのです。最悪は異世界へ逃げ出すことすら不可能ではありません」

「一人で生きていけるから、他人は必要ない。うん、それは分かりましたけど、それが何で、人を愛することに繋がるんですか?」


 リリステラはどこか悲しみすら感じさせる表情になる。


「孤独は精神を磨耗させます。わたくしどもは、故にこうして互いに身を寄せ合っておりますし、新たな魔王の誕生を心より望んでおります。魔王同士でなくては分かり合えぬ……そう、奇しくも今の恵子さんのように、常人からは理解を得難い『感性』というものがあるのです。新たな魔王が誕生する土壌とは、つまりは一人でも多くの人間が生まれいずる村であり街であり国なのです。無論のこと、魔王誕生のためだけにわたくしの愛する人々の生存を許している、というわけではなく、少なくともわたくしは、わたくしの愛する人々が日々を必死に営む姿も好んでおりますが」


 リリステラはそこで、指を一本立ててみせる。


「また、もう一つ。強者であるからこそ、支配すべき人々など必要は無いのです」

「世界征服する意味なんてない、ってことですか?」


 魔王といえば世界征服と相場が決まっている。なのにそれを根本的に否定する言葉が恵子にはどうしても理解できないらしく、心底不思議そうな顔でリリステラに訊ねている。


「左様です。支配とは強者と弱者を区別することこそを、最も大きな目的として遂行され得る所業です。つまりは相対的なものでしかなく、絶対的強者であるわたくしどもには全く意味がありません。国家の運営とは、一人一人は小さな力を集め、大きな力として活用するためのものです。その数多の臣民の目的意識を一方に統一するために法が必要とされ、その法が認める大きな権限を持つ者による上意下達によって、国家運営に要求される知識と精神性を得ることができぬ大多数たる下層民の生活を安定させることが、その時初めて可能となり得る。つまり、彼らは多数にならなければ、可能となる事柄が非常に限定されるのです」


 リリステラの話を聞いた恵子は、しかし難しそうな顔で唸っていた。


「……すいません、ちょっと難しかったです」

「恥じ入ることは何もありません」


 申し訳なさそうな恵子に対して、リリステラはしかし、暖かく微笑んでみせる。


「そうして素直に無知を曝け出すという行為は、非常に多大な勇気がなくては中々できぬことなのですから」

「はぁ……ども」

「では例を挙げてみせましょう。先ほど申し上げたように、王が唯一人世界に残されて、では平民や貧民が同じ状況下に在ったとして、双方に可能となる事柄として、具体的に何か違いが思いつきますか?」


 少し考えた恵子であったが、何も思いつかなかったようで首を横に振った。


「無い……ですね」

「ですが、現実の王は大きな力を保有しますね? 極々僅かな心積もり一つで、いとも容易に他者の人生を左右してしまうほどの。つまりそれは、王自身が持ち得る力ではなく、あくまでも圧倒的多数が持ち得る力が王に集約されているが故、でしかないのです。翻ってわたくしども魔王は、大概の事柄は我が身一つで成し遂げることができてしまいます。わざわざ多大な労力をかけて国家を運営する必要性などそもそも感じません。故に、征服による支配などする必要もまたありません」

「はぁ、凄いもんですねぇ」


 感心しきりの恵子を見るリリステラの笑みは暖かく軟らかいもので、まるでそれは教え子の成長を見守る優しい教師の如くである。


「恵子さん。わたくしからも一つ、ご質問させていただいてよろしいでしょうか」

「え? はい、良いですよ」

「先ほど、恵子さんのお国では貴族制度は廃れている、と申されておりましたね? それは確かなことですか?」

「はい。ってゆうか、今でも貴族とかがまともに居る国なんて、殆ど無いと思いますけど」


 恵子の言葉を聞いたリリステラは、僅かに感心した様子で「ほぉ」と小さく吐息を零した。


「それは大変素晴らしいことですね。明確な支配が必要とされぬほど、この世界のものより、文明と民の精神性が成熟しているのだと思われますが。いかがです?」

「えっと……この世界のこと、まだ良く分かってないので何とも……」


 というか、文明と民の精神性が成熟ってどういう意味? とか思っている恵子であったが、何となく恥ずかしくて言葉にはできなかったようだ。


「そうですね……ではざっくりとご説明いたしましょう。王制にしろ王政にしろ、一部特権階級者の世襲制でなければ、この世界における国家運営は非常に難しいのです。いいえ、今の時代においては、と申しましょうか。恐らく何百年後、もしくは何千年後かも知れませんが、その頃には恵子さんの世界のような人々の姿も、その時までわたくしが滅ぼされていなければこの目にすることは叶うでしょう。ですが今現在は不可能です」

「何でですか?」

「国家の運営には非常に繊細な技術が要求されます。その技術を支えるべき知性を養うには、今度は的確にして存外に高度な教育が要求されます、それも幼少からの。常人が畑を耕しながら、片手間で学び得るものではありません。恐らく恵子さんの世界では誰しもが『行政の何たるか』を最低限は学び得る環境が整っていらっしゃるのでしょう?」


 リリステラの問いかけに対する恵子といてば、肯定するよりも驚きの念の方が勝っている様子である。


「す、凄い……良くそこまで分かりますね……あたしよりよっぽど政治を理解してますよ、リリステラさん。本当にその通りです」


 そんな恵子に向かって、リリステラは意味ありげな笑みを送る。


「最古の魔王ですのよ? 悠久とも言える生の間には、様々な知識を得る機会があり、努力も惜しんだ心算はありません。そうでもなければ魔王へなど到ってしまうものではないのですから。その知識と経験から未来を予測する、これも政治主導者にとっては身に着けて得こそすれ、厭われるべき能力ではありえませんね」

「やっぱり、リリステラさんが無理やりでも世界を支配しちゃって、良い政治をした方が良いんじゃないですか?」


 何となく思った末に口を突いて出てしまった言葉であったが、それはなぜかリリステラを悲しそうな顔にしてしまう。


「いいえ。それではわたくしの愛する人々の成長が望めなくなってしまいます」

「成長、ですか?」


 恵子の言葉にリリステラは真剣な表情で頷いた。


「逆らう気など頭の隅に思い浮かべることすら適わぬほどの、絶対的優越者への恐怖と崇拝によって、あれをするにもこれをするにも、何でもかんでもわたくしが良き方へ良き方へと決断してしまえば、確かにそれは人々にとっては安楽に映るでしょう。しかしそれは堕落への第一歩でしかありえません」

「堕落……」

「何も思考する必要はなく、指示された内容を無為に追随する。確かに一見するだけなら平和に、かつ平等な良き生活を送ることだけはできるでしょうが、それは奴隷ですらない家畜の生き様です」

「家畜!?」


 あまりにもあまりな言い様に、思わず恵子は素っ頓狂な声を上げてしまった。


「左様、家畜です。家畜は元々考えません。しかし奴隷は自らの不遇を嘆くことができます。ですが自らをより良く生きようと思考することを放棄した人間は、己が身が不遇であると気付くことすらできません」


 リリステラはずどーんと突き出した己の胸に手を当てる。

 その際、改めて見ても「デカ!?」と内心で驚いた恵子が居たりしたが、まあそれは置いておく。


「わたくしは人々を愛している。故にこそ、彼らが家畜と同様と成り果てるなど、かような道をわたくしが自ら選択するわけにはまいりません。わたくしの愛する人々が時に互いに、無益に争う姿を醜悪と思う気持ちもあるのは否定いたしません。ですがそれらは彼らが成長するための尊い糧となり得る、いわば教訓を得るための絶好の機会であるのです。必要悪を認めたくは、わたくしは少なくともありませんが、人々のそうした全ての行いは、つまりはその全てが人々の成長のための礎、一概に野蛮と全否定してしまうわけにはまいりません」

「か、神だ……神がここに居るよ……」


 リリステラの背後に後光でも見えているのか、恵子は眩しそうに目を手でガードしながら、椅子の背もたれに自分の身を仰け反らせていた。


「神などとは……あら、少し話しが逸れてしまいましたかしら? 恵子さんが王侯貴族の愚昧な部類の者どもなどより、よほどお話が通じるものですから、わたくしったらつい楽しくなってしまって」


 おほほと口元に手を当てる仕草はどこまでも上品で、何でこれで魔王なのだろうと、恵子は激しく疑問に思ってしまう。


「さて次が、わたくしどもが積極的に勇者召喚を妨げぬ主な理由として最後のものになりますが」

「はい」

「わたくしどもは、もう十二分に生を享受しておりますので――」


 恵子はそれを聞いて、結論を言われる前に先の言葉が予想できてしまい、その内容のあまりに、思わず息を飲み込んでしまう。

 そしてやはり、リリステラの口から語られた言葉は、恵子の予想通りのものであったのだ。


「いつ我が身が滅ぼされても特段構わないのです」

「そ、そんな……そんなのっ……」


 こんな善い人……いや魔王か。とにかく、こんな聖人みたいな女性が殺されてしまうだなんて、恵子には絶対認めたくない事柄であった。


 しかしリリステラは対照的な柔らかい笑みを浮かべている。


「お嘆きになる必要は何もございません。わたくしどもとて、進んで滅びたいと考えているわけでは全くもってありませんので」

「え? じゃあどーゆうことですか?」

「わたくしども魔王も、今もこうして生を享受している以上、生きようとする意志は極々普通に持っております。そして最終的に死を賜る。生有る者としての当然の責務です。わたくしに限れば、既に数えることすら止めて久しいですが、数千年の時を生きております。ですがそれでも、まだまだ満足しているわけではありません。先ほども申し上げたように、現在より更に未来の人々の営みをこの目にする、それほどの楽しみは、わたくしには他に……リドウの成長を見守ること、そのくらいでしょうか?」


 と、リリステラは悪戯っぽく笑む。

 またそれが非常に魅力的で、しかしこんな女性なら素直に尊敬できると考えた恵子は、死を想起させるリリステラの言い方に一瞬感じていた悲しみを忘れ、合わせて自分もにこりと笑顔を作ることができた。


「ですが、絶大な力を持つわたくしとて、いずれ滅びは免れません。老い、患い、朽ちることすら無いこの身ですが、いずれ必ず、わたくしの愛する人々の手によって、滅びを迎える時がやってきます」

「何でそんな悲しいことをゆーんですか……ッ?」


 責めるような口調になっている自分を自覚しながらも、どうしても恵子には言わずにいられなかった。


 しかしそれでも、やはりリリステラは微笑を崩さない。


「いいえ、嘆く必要は何もございません。むしろその時が来訪したという事実は、わたくしの愛する人々が、己が手によって、わたくしすら滅ぼし得るほどの成長を見せたという証明です。子はいずれ親を越えてゆくもの。我が子と見守る者たちによって滅ぼされる、これぞまさしく望外の喜び。願わくば、その時までにリドウがわたくしを超えていて下さるなら、わたくしには思い残すことなど何も無いでしょう」

「安心しろ。むしろ俺が独りで滅ぼしてやるぜ、リリィ」

「はい、それもよろしいでしょう。むしろ無上の悦びと共に我が身の滅びを享受でき得る。でもその前に、ママをお嫁さんにして下さいね?」

「……善処する」


 また悪戯っぽく微笑むリリステラに、リドウは憮然とするばかり。

 リリステラは恵子に視線を戻すが、その表情はやはり笑顔のままで、悲しみなど一切見当たらなかった。


「それまでの時を精一杯に生きる。いいえ、既に精一杯生きてきたのです。いつ何時、どのように、何者によって滅ぼされようと、わたくしは決して後悔などいたしません――以上が、勇者召喚を意図的に妨げない主な理由です」


 その清々しいとしかいえない意が込められた姿に、恵子は凄い女の人だなぁと感心してしまう。

 ただ、彼女にはまだ気になる事柄があった。


「もう一つ良いですか?」

「はい、どうぞ」

「異世界に行けるんですよね? リリステラさんなら」

「はい、可能です」

「なら異世界に行って、異世界の技術を持ち帰って来て、それを人間に教えるとかはダメなんですか?」

「はい、駄目です」


 あっさりと肯定したリリステラに、恵子は少し不満そうな顔をする。


「何でですか?」

「わたくしはこう見えましても……いいえ、最古にして最強の魔王として、何者よりも強大な力と膨大な知識を持つからかこそ――誇りと矜持は人一倍高いのですよ、恵子さん」


 今までには見せなかった、ニヤリと擬音をつけられる笑みを向けられて、恵子はぽかんと口を開けっ広げにしてしまった。要するに、間抜け面を披露してしまったのだ。


「は?」

「図らずも学び取ってしまう……もしくは教えられてしまうならばともかく、わたくしが他者に自ら教えを請いに行くなど恥辱の極みです。また、わたくしの愛する人々が、他所の世界の人々が開発した技術……借り物の恩恵で生活を良くするなど言語道断、到底認められません」

「あー……」


 笑みを消して話すリリステラ。


 恵子は何と突っ込んだものか思いつかず、曖昧な顔でリリステラの話を聞き続ける。


「勇者召喚で現れた者がその知識を披露する、そのくらいは認めましょう。勇者召喚の術式を構築したのは紛れもなく人間で、わたくしが直接関与した事実はありませんので、広義に解釈すればその知識を得ることができたのも、わたくしの愛する人々が成長した証とも言えなくもありません。仮にもし、異世界渡航の技術を人間が自身の力のみによって実現し、それによって異世界の技術を導入するのであれば、よろしい、認めましょう。ですがそこまでです。それ以上は認められません。先ほども申し上げたように、わたくしはわたくしの愛する人々が自らをより良くしようと努力する姿をこそ愛し慈しんでいるのです。それを放棄させるような要因を排除するためでしたら、わたくしは喜んで鬼にも悪魔にもなりましょう」

「あー……何てゆっていーか……うん、まあ、それじゃしょーがないですね!」


 語られた理由には十分納得がいったのだが……魔王が今更鬼や悪魔になってどーすんの? と恵子は思わずにはいられなかった。


 まるで子供の悪戯を諌めるような厳しい表情を装っていたリリステラは、再びその顔に笑みを点す。


「さて、長くなってしまいましたが……本題に戻りましょう」

「あ、そーですね! あんまりリリステラさんのお話が面白くって、一瞬忘れちゃってました」

「突然異世界に放り出されてしまった不安を紛らわせるお手伝いができたのでしたら、これは幸いと申すしかありません。特にわたくしが意図したわけではございませんが」

「いえ、ありがとうございました」


 リリステラは笑みを深めることで、どういたしましてと、気にすることでもありませんという意味を暗に示した。


「勇者召喚の魔法儀式は本来、一人を呼び寄せるものでしかありません。というよりも、人を単身呼び寄せるので限界なのです」

「えっと……あたしでもう、一人ですよね?」

「はい。しかし、召喚対象が恵子さんでなかったという事実はほぼ明白です。よって、他にもこの世界に呼び出されている者が最低一名以上、場合によっては複数名が考えられます。恐らくは、術式発動時に恵子さんのお側にいらっしゃったどなたか……」


 恵子はどきりと胸が高鳴る。

 その時最も側に居た人間。それは、できるならすぐにでも逢いたいと願う、最愛の恋人であったのだから。


「むしろ、その方のお側に恵子さんがいらっしゃったと述べるべきでしょうが、恵子さんだけが例外とも思えませんので、もし他にも当時近くにいらっしゃる方々があったのならば、更に複数名、こちらの世界へ来訪されている可能性は極めて高い、とわたくしは考えます」

「ここの近くに来てる子は居ないんでしょうか……?」

「残念ながら」


 まるで神に願うように訊ねる恵子であったが、リリステラの返答は無情なものであった。


「先ほど恵子さんにお会いする前に、既に確認しておりますが、少なくとも今わたくしどもの居る《大結界エーテライス》内にはいらっしゃいません」

「あたしと同じ世界……日本人だけを探す魔法とか、作ったりできませんか?」

「非常に難しいと申し上げておきます。先ほど申し上げた勇者召喚の術式を知り得る人間のみ限定するというのは、一定以上の魔力の持ち主に限定する、と言い換えることも可能です。恵子さん方日本人だけに限定するには、何かしらこの《ルスティニア》の住民と、明確に区別できるだけの要素が必要となります。が、ざっと見るところ、この世界の人間と身体的、または精神的構造に特異な部分は見受けられません。恐らくはルスティニア人の異性との交配も可能な水準で、ほぼ同一と思われます」

「こ、こーはい……ですか……」


 顔を赤くしながら躊躇いがちに口にする恵子。


「はい。苦手としてらっしゃるのでしたね、配慮が足りませんでした。申し訳ございません」

「い、いえ、そんな謝られるようなことじゃ……」


 深々と頭を下げてくるリリステラに、恵子はあせあせと頭を上げるように頼む。

 すぐに頭をあげてくれて、ほっとする恵子。すると、しかしリリステラの顔は、何か言葉にしようと迷っているような、躊躇っているような印象を受けた。


「もし、ですが……」

「はい?」

「恵子さんのお体を解剖してもよろしいとおっしゃるのでしたら」

「か、かいぼー!?」


 恵子は仰天して顔を引き攣らせる。


「ちょっとそれはっ」

「はい。わたくしも全く、これっぽっちも気が進みませんので、申し訳ありませんが、術式の構築は不可能だとお考え下さい」

「……分かりました。すみません、我がままばっかり言って」

「いいえ、わたくしは一切気にしておりません」


 本当に心の広い女の人だなぁと、リリステラの笑顔を見る恵子は感心しきりのようだ。


「いずれにせよ、今回の一件では特異な事態が何かしら発生したという事実に疑問を挟み込む余地は何らありません。術式が暴走したとはいえ、動力源となる魔力の多寡を超えるような現象は通常起こせないものですので、召喚術式を多重に起動させ、相乗効果で累乗的に魔力が増大、挙句暴走というのが、わたくしが予想する最も高い可能性ですが、所詮は可能性でしかありません。特異な現象を誘発させた原因それらを全て解明できれば、もしかしたら、座標の特定も可能かもしれません。あくまでも可能性でしかなく、率直に申し上げまして、わたくしでも五分五分……よりも更に落ちるかもしれません。こればかりは実際この目にしてみなければ……」


 心底申し訳なさそうなリリステラに、恵子は慌てて否定する。


「そ、そんな気にしないで下さい! あたし一人じゃ何にも分かんなかったんですし、少しでも可能性があることを教えてもらえただけでも、十分ですから!」

「そうおっしゃっていただけて幸いです」


 リリステラにはお似合いなにっこりとした笑顔が浮かぶのを見て、恵子はどこか安心するものを感じる。


「では、これから先、恵子さんご自身が何をどう為すべきなのか、というお話に移りたいと思いますが……よろしいですか?」

「は、はい……」


 リリステラの軟らかい笑みが消え、先刻人々の堕落を嘆いていた時と同じく、厳しい表情になったことで、恵子は反射的にたたずまいを正した。


「まず大前提として、わたくしども魔王が、それら原因を解明するために直接外界、ルスティニアに出ることは適いません」

「えっと……どうしてか聞いてもいいですか? その前に、エーテライスとかルスティニアって何なんですか?」

「はい。ではまず、ここ大結界エーテライスとは、この世界ルスティニアの最果て。多数の強力な魔物が支配する《魔の森》によって、小さな大陸ほどの大きさを囲まれた中心。魔の森よりも更に強力かつ凶悪極まりない魔物の跋扈する、わたくしどもの国である……とご理解下さい。そこをわたくしの魔導の技術による結界で、空間を僅かに隔てた異次元に置き、外界の人々が対処するに極めて困難な水準と等級に限っておりますが、数多の魔物たちを保全しております」

「何でそんなことを?」

「人の身で対処可能な者が極めて少ない、というのが理由です。そうした強力な固体であればあるほど、同時代に存命する固体数は少ないのが自然の摂理と相場が決まっておりますので、一気呵成に滅ぼしてしまうのに、わたくしどもの力を以ってすれば至極容易い所業ではあるのですが、わたくしの愛する人々の生活の安寧のためとはいえ、流石に忍びないこと極まりありませんので、かような手段を取らせていただいております」

「もう、なに? 何なの? どーしてそこまでお人好しになれんの……?」


 感心が過ぎて最早呆れさえ感じる恵子であった。


「あまり深くお気になさらないで下さい、わたくしの好きでやっていることですので」

「はぁ……まあ、悪いことだなんてこと全然ないんですし、あたしがどーこー言うことじゃないですよね」

「はい、左様に願います」

「じゃあ、次の……リリステラさんたちが直接調べたりできないってゆー理由を教えてもらえますか?」

「はい。わたくしども三名は、他四名よりも圧倒的に古く、そして強力な魔王です……ので、悪戯に人の世に姿を現すと、それだけで無用な混乱を呼び起こしかねません。まあザイケンなどは暇潰しだと申して、ちょこちょこと外界で遊興に耽っているようですが」


 ちらりとザイケンに視線を移すリリステラ。


 それに対して彼は自分の顔の横で何かを払い除けるように手を軽く振った。


「ちゃんと人間に化けてるから安心しろよ。俺ゃ魔法は苦手だからな、長いこた持たねぇし、人間でも実力者なら見抜かれちまうが、遭遇しねぇように気をつけてりゃ、そうそうバレねぇよ」

「いいえ、別に責めているわけではありませんよ、ザイケン。楽しそうで、いつまで経っても軽佻浮薄なその性格が羨ましいな、とちょっと思ったりしないでもないですが」

「滅茶苦茶妬みまくってんじゃねぇかよ」


 ザイケンは仏頂面で抗議するも、リリステラは全く気にした様子はない。


「いいえ、気のせいですと申し上げておきます。ただ、リドウが真似をするので、あまりはしたない行いは謹んでいただきたいものです」

「手遅れだろ、今更」

「だな、兄貴。だいたい、リリィは魔法の勉強以外じゃ俺に構うばかりで、俺に遊びの一切を教えたのは兄貴なんだぜ? 似るのも道理ってもんだろ」

「子育てとはかくも難しいものですね。幾星霜と在り、その間様々な時代、人種、国家に生きる人々の営みをこの目にしてきたわたくしですら、こうして思うようにはいかないのですから」


 リリステラは首を左右に振って盛大に嘆く。彼女の望む理想のリドウとは、極端な話『マザコンな愛息子』であった。


「失礼しました、恵子さん」

「あ、はい。続きをお願いします」


 リリステラの親バカっぷりを見せられて少し呆然としていた恵子は、はっとして神妙な顔つきに戻る。


「率直に申し上げますと、いくら好ましい恵子さんのためであったとしても、高々個人のために人の世の混乱、しかもその誘発の要となる因がわたくしどもであるなどという事態を認めるわけには断じてまいりません」

「……はい、分かります。そこまで贅沢は言いません」

「いいえ、そう落ち込む必要はございません。代わりに、リドウを遣わしましょう」

「何だと……?」


 リドウは考えてもいなかったのか、いきなり自分の名前を出され、彼にとってはとんでもない発言をした己が母の顔をじっと見つめる。


 リリステラの顔に浮かぶ笑顔が常のものだったことで、リドウは本気だと母の意を知り、ぴくりと頬を引き攣らせ、落ち着くために煙管を銜える。


 目を瞑りながら煙管を深く一吸いし、大きく煙を吐き出すと、彼は元から鋭い部類の眼差しを更に鋭く細めて、未だに微笑を浮かべたまま愛息子を見つめている母を、殆ど睨み付けるようにする。


「冗談じゃねぇ。何だってそんなお遊びに付き合わにゃならん」

「恵子さんの現在のお立場は、十分同情に値します。わたくしはリドウを、困っている女性を見て見ぬ振りをするような、そんな薄情極まりない無粋な殿方に育てた覚えはありませんよ?」


 リリステラは相変わらずの笑顔であったが、直接その笑みを向けられたわけでもないのに、恵子はどこか威圧感すら覚えてしまい、思わず身を竦めていた。


 だがその直接向けられた相手自身は、難しい顔をしてはいたが、平然としたもので抗議の言葉を口にしている。


「確かに同情はするさ。来たくて来たんじゃねぇんだ。ああ可哀そうだろうよ。だがな、既に起こっちまったもんは仕方ねぇだろ。可能性はあるとはいえ、リリィでさ五分より悪いっつうこたぁ、常人なら絶無と同義なんだぜ? 諦めてこの世界で生きてく術を考える方がよほど建設的っつうもんだ。最寄の都市アクレイアまで送ってやるくれぇなら構わねぇが、それ以上に付き合ってられっかよ。俺にはまだ、兄貴からも、爺さんからも、何よりリリィからも学びきってなんざいねぇんだ。片手間で終わる些事ならともかく、明確な終わりすら見えねぇような旅路に長々と付き合ってられるような暇なんぞ、欠片もありゃしねぇ」

「いや、リドウよ。おぬしは一度、外の世界を見てきた方が良いと、わしは思うがの」

「あん? 何だ爺さん?」

「お前さんは強ぇ。認めてやるぜ、リドウ。その若さで良くぞそこまで到ったもんだ。大したもんだぜ、ホント。お前さんが可愛くて、ちっと厳しくしすぎたかも知れんが、良くぞ今までついて来れたもんだし、そこまで辿り着いてなお成長の余地が見えるたぁ、教えた俺たち自身、心底驚いてるのが紛れもねぇ本音だ」

「兄貴まで、どうしたってんだ」


 動揺、ではなく泰然としたものではあったが、リドウは訝しげに眉を顰める。


「リドウよ、おぬしに勝る使い手など、確かに外の世界には少なかろう。もしかすれば、わしら以外の魔王、それすらも除いた人間限定であれば、おぬしと伍する使い手すら居らぬやも知れん」

「爺さん、何が言いたい?」


 憮然から、更に不機嫌さを増した様子で言葉を返すリドウ。


「リドウ、お前さんには戦闘経験が圧倒的に足りねぇっつってんだよ」


 その言葉に、リドウはとうとう不機嫌さを隠そうとはしなくなった。


「そりゃ心外ってもんだぞ、兄貴。あんたらとの実戦形式で死にかけたなぁ、両の指でも数えきらんぜ。狂った古代竜や巨人とも戦り合ってきた」

「いいえ、やはり足りませんね。そしてそれは、これから先あなたにとって、エーテライスから出ずに満たされることはありえぬ条件です」

「あ?」


 急展開について行けず、またリドウの発する威圧感のあまり身を竦めて時が過ぎ去るのを待っていた恵子は、とうとう殺気すら全身から零れだした彼の様子に、びくっと思い切り身を震わせていたのだが、話は彼女を他所に勝手に続いていく。


「よろしいですか、リドウ。竜や巨人が、魔法にしろ武芸にしろ、人の技を振るうものではありえません。故に、あなたにとって彼らとの戦闘経験でその身に着くものは、命を賭した故の度胸と刹那の紙一重を見極める眼力のみ。確かにそれらはとても重要不可欠極まりない要素ですが、あなたの目指すべき先へと到るにはもっと様々な流派による技、そして時には生き汚く抵抗してくる者どもとのより様々な実戦経験もまた、必要不可欠です」

「だからよ、丁度良い機会だ。魔王に覚醒しちまったら、あんま気軽に出歩けねぇからな」

「あんたが言うか?」


 不機嫌そうではあるこその、少しは落ち着いたのか態度が軟化したリドウ。


「茶化すんじゃねぇよ。とにかくその前に一度、お前さん自身の目で外界を見て来い。んで、できれば互角以上の強者と巡り合って、俺ら以外の使い手と真剣勝負で揉まれて来いよ」

「居るのか? そんなモン」

「少なくとも、他に四人は居るじゃろ?」

「魔王か? まあ確かに、一度戦り合ってみたくはあるが……連中、居所もはっきりしねぇのばかりじゃねぇか」

「俺らも他人のことばかり言えたもんじゃねぇが、どいつもこいつも自分勝手だからなぁ」

「そのくらいの我が身への傲慢さがなくては、魔王になどそもそも到るものではありませんからね」

「坊ちゃまが外界へ行かれるなど、できれば配下としてお留めしたいのですが、それが坊ちゃまご自身のためというのでしたら、否やとこの口を閉じて開くわけには……ああっ、しかしっ、やはり――ッ」


 と、勝手に盛り上がる一同。

 捨て置かれてしまっている形になる恵子は呆然とその光景を眺めていたのだが……

 ――やおらため息一つ、その後に煙管を吸って、再度のため息と共に煙を吐き出したリドウは、特に感情を映さない瞳での視線を、気だるげな雰囲気と共に恵子に置く。


「え……えっと……?」

「恵子……確か家名は麻木、だったな?」

「え? う、うん……」


 リドウは恵子を見ながら一度ため息して、至極不本意そうな口調で続ける。


「俺の言葉は絶対……とまでは言わねぇが、あまりにも勝手が過ぎるようなら、容赦なく見捨てる。それで構わんのなら」

「えっと……付き合ってくれるの……?」

「しゃあねぇだろ。皆あんたの味方らしい。このままじゃ俺が悪モン扱いされっちまう。てめぇ自身のためになるっつうのも、まあ全くの戯言じゃねぇのは確かだ」

「ありがと!」


 あくまでも憮然とした様子を崩さないリドウ。


 対して恵子は、日本への帰還方法を探すのと、それから……恐らくこちらに来ているだろうと思われる、最愛の恋人を探すための旅。話を聞く限り、異世界ファンタジーそのままの、かなり物騒な世界のようだし、非常に心強い協力者を得られて満面の笑みを浮かべる。

 それが異性であることに、恋人に対して一抹の申し訳なさを感じはするが、流石に形振り構っていられる状況ではない。心の中で彼へ「ごめんね」と謝ることしかできない。


「これから俺のことはリドウで良い。延々さん付けなんぞ冗談じゃねぇからな」

「分かったわ、リドウ。お礼は……今はまだ思いつかないけど、きっといつかこの恩は返すから」

「ああ、そういうのは要らねぇよ。別にあんたから何か得ようと思ってこの身を貸すわけじゃねぇし」


 リドウはさも余計なことと言わんばかりに、手をぱたぱたと振ってみせる。


「え? でも」

「外界の権力者が好むような贅沢なんざに興味は微塵もねぇ。要するに金なんざどうでも良いっつか、ぶっちゃけどうとでもなる。もしどうしてもっつうなら……」


 リドウは顎を撫でながら首を傾げる。


「俺と対等以上に戦り合える実力者を連れてきてくれりゃ良い。俺にとっちゃ、それ以上の報酬はねぇな」

「バトルジャンキー?」


 そんな存在に初めてお目にかかった恵子は思わず頬を引き攣らせ、更にげんなりしたものを感じる。


「それに何て無茶ぶりを……魔王並に強いんでしょあんた?」

「ま、期待はしてねぇよ、お嬢には」

「おじょー?」

「俺は一応護衛役になるわけだろ? ならお嬢は俺の雇い主だ」

「……まあ、そうとも言えるかしら?」


 こくっと首を傾げる恵子。リリィやサリス以下、モブのメイドたちまでが美女ばかりなので埋もれてしまっているが、こちらも中々、やはり可愛らしい。


「やはりめんこいのぅ。旅路を同じくする男女……こりゃ何かあってくれと言ってるようなもんじゃろて。ひひ」

「言うほどそんなに可愛いか? こいつ」

「なっ!?」


 心底不思議そうに、大変無礼なことを口にしてしまったリドウに、やはり女としてその侮辱を看過できない恵子は、激昂して椅子を立ち上がる。


「失礼ね! これでも学校じゃトップ3に入る美少女だって評判だったんだからね!?」

「恵子さん、リドウが大変失礼をして申し訳ありません。ですが冷静になって、周囲を見回していただいてもよろしいでしょうか?」


 リリィにそう言われては仕方ない。恵子は大人しく従って、食堂の中をぐるりと見回す。

 その先で尽く、魅力的な微笑を浮かべている、それぞれに様々なタイプのメイドたちが多数。そしてサリス、止めにリリィ。


「あー……」

「お分かりいただけましたか? リドウはわたくしが自ら散策に行った先で、仔細は不明ですが、事実だけを申し上げれば、生まれたほぼ直後の状態で森の中に放置されていた赤子をわたくしが拾い育てました。しかもこのエーテライスの中での出来事ですので、何故にかような事態にリドウが陥っていたのか、わたくしにも未だ知り得ることではないのですが……と申すより、どうでも良いと申しましょうか――要するに、この子は生まれてこの方エーテライスを出たことはないので、女性に対する審美眼については、この面々の中で養われたものが基本となっております。稀に現れる迷い人の女性以外には、わたくしと、サリスたち侍女しか殆ど目にしたことすらないのです」

「つまり、あたしくらいでよーやく普通ってことですか?」


 自信過剰かつ傲慢にしか聞こえない恵子の台詞であったが、彼女はそのくらいには自分の容姿に自信があったし、公平に見てそれは正しい評価でもある。


「恵子さんはとても可愛らしい方であるとわたくしも見受けますが、概ねは左様です。普段のリドウは、わたくしやサリスがその辺りを厳しく躾けてきましたので、異性に無礼を働くようなことはそうそうありません。許してやって下さいませんか?」

「あ、はい。分かりました。もういいです」

「ご理解いただけて幸いです」


 リリステラは笑顔で頷いた。


「では、実際の旅立ちは後日として、そのお姿で旅路を行くのはさぞかしお辛いことでしょうし、わたくしの方で一揃えさせていただきますので、後ほど侍女たちと採寸にお付き合い下さい。準備でき次第の出立になると思われますが、それまではご自由に城の中でおくつろぎいただいて構いません。入られて困るような場所には、魔法による封印が施されていますので、ご自分の身だけで行ける場所は問題が無いとお考えいただいて結構です」

「はい。何から何まで、本当にすいません」

「謝罪よりも謝礼の方が、この場合適切ですよ? 無論、お言葉だけで結構です」

「あ、はい! ありがとうございます!」


 元気良く頭を下げる恵子を見て、またまた満面の笑みを浮かべながら、リリステラは一つ頷いてみせた。


(……かなり不安だぞ、こりゃ。せめてもうちょい……いや、言っても詮無いってもんか)

 

 見た目は少し下くらいにしか見えないのに、彼の感覚においては一々子供っぽい恵子を胡乱げに眺めやるリドウは、しかし「ま、何とかなるだろ」と割と気楽に考えていた。しかし、これは彼が楽観主義者だからではなく、それだけ自分自身の実力に自信があるという表れである。


 こうして、リドウは強者探し、恵子は恋人と日本への帰還方法を探すためと、それぞれに別々の目的を持った旅が決定したのであった。

 ――それが今後、どのように、そして何が彼らを待ち受けているのか、知り得る者は誰も居ない。

この世界の魔王がどういう存在なのか、そしてリリステラがどれだけ善人であるのか、読者の皆様にご理解頂けたのなら幸いです

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ