第2歩 二人の少年
「若造。あたしんところへ来な。アンタには、いいものをくれてやるよ」
不敵な笑みを浮かべ、目の前の少年に向かってそう言い放った美剣は、しかし内心かなり注意深く彼を観察していた。
それもそうだろう。今まで何人もの剣豪が試し、そして美剣を含め誰一人抜くことのできなかった刀を抜いた人物なのだ。いくら身なりが冒険者に見えないような者だとしてもその刀を抜いたのだから何かしらの素質を持っていることは確かである。
「…………あんた…人間か?」
「は?」
ようやく帰ってきた少年からの返答は、美剣の予想していたものとはかけ離れていたものだった。その返答に、思わず呆れた声を出してしまう。
それを肯定の意と取ったのか少年は
「いや……こんな『人だったもの』を見るのは初めてだから……」
と疲れきった声で呟いた。そこに、美剣は疑問を覚える。
「あんた、この場所を知っていてここに来たんじゃないのか?」
彼女からすれば、ここは冒険者――特に美剣のような数少ない刀使い『剣客』やトレジャーハンター――には非常に有名な場所で、そういった専門職でなくとも噂程度になら街にも広がっている場所である。とはいえ、正確な場所を知っているものは美剣を含め刀を抜こうと挑戦した者達だけだ。そんな彼等は『いつか抜けるかも』という期待を捨てきれず、横取りされる危険性を減らすため正確な場所は誰にも漏らしていないのである。……最も、今となってはこの刀目当てにここにくるものなどいないに等しいだろうが。
さらにこの森は獣道程度ならあるものの、基本的に360°木で囲まれているため迷い込んだ者の方向性を失わせる性質がある。その上、昼間でもギルドの依頼板に討伐依頼が出されるような凶暴な魔獣がうろつくこともあるのだ。よほどの隠密技術、もしくは戦闘力がない限り入ろうとするのは自殺行為である。当然、夜になれば生存競争に負けた魔獣や道に迷ったり魔獣に返り討ちにされ死んだ冒険者の死獣が跳梁跋扈し、昼以上の危険地帯になる。そんな場所にわざわざ夜来るのは、何か明確な目的があってだろうと美剣は予想した。
だが、少年から帰ってきた答えはまたもや美剣にとって予想外な答えだった。
「気がついたらこの森にいた。それでその『人だったもの』に追いかけられて逃げてたら松明の明かりが見えたからここに来た」
「何………?」
この森に入るまでの経緯を覚えていないことは、魔法や何やらで説明をつけられるかもしれない。だが、一つだけ美剣には信じられないところがあった。
「松明なんて……この祭壇にはないぞ?」
「……え? 俺は確かに………」
そう。松明など、こんなちっぽけな祭壇にはないのである。ましてやこんな森の奥に置かれ、管理者もいないような祭壇だ。仮に松明があったとしても既に火は消えているだろう。
だが、少年は確かに見たと言う。松明が照らす明かりの中で戦っていたのだと、それに見間違いはないのだと言った。
にわかには信じられないが、何しろ伝承より語り継がれてきた刀を抜いたのだ。不可思議なことの一つや二つ、珍しくもないかもしれない。そう考えた美剣は、それ以上追求することを止めて少年に手を差し伸べる。
「とりあえず、あたしの家に来な。詳しい話はそっちで聞かせてもらおうか」
しかし、少年は頷かなかった。
「……助けてくれたことには感謝します。でも俺はまだあんたを信用できない。そんな人間にはい、わかりましたと着いて行くのは……ね」
その言葉を聞いた美剣は、再び不敵な笑みを浮かべる。
「気に入ったよアンタ。悪いけど、アンタに拒否権は与えられないね」
そして、そのまま少年を軽々と担ぎ上げ、一般人の持つ半分以下しか持ち合わせていない魔力を練り、睡眠魔法で少年を眠らせ家路を急いだ。
「……ここは、どこだ?」
美剣が少年を家に連れて帰ろうとしている頃、また別の場所で一人の少年が目を覚ました。
「僕は……一体どうなったんだ?」
ゆっくりと体を起こす少年の手には、一振りの剣。それは禍々しくも、どこか神秘的な雰囲気を漂わせた剣だった。
「これは何だ?」
自らの手に握られた剣を鞘から引き抜く。鞘には太陽の模様があしらわれて神々しいのに対し、その刀身は赤黒い色をしていた。まるで、返り血が固まった後のような禍々しい色の刀身を持った剣は夜空に浮かぶ月の光を反射し、鈍く光っていた。
――剣の銘は『魔剣ブラッティーシャイン』―― 美剣に拾われた少年が、駿が抜いた刀とは対極に位置する剣である。
しかし、そんなことは知らない少年――黒田賢児は、まるで魅せられるようにその剣を見つめていた。魔剣は、黒田に囁くように鈍く光る。
――もっと血を寄こせ、もっと斬れ、この世の全てを斬り尽くせ――と。だが、黒田は魔剣に囁き返す。
「この僕に命令かい? たかが剣が生意気を言わないでくれるかな? 君は今から僕の所有物だよ」
………彼もまた、駿とは別の意味で特異だった。その魔剣は、伝承内で『剣を握った者は剣に支配され破壊の限りを尽くす』と語られているからである。事実、二度と剣を握るものが出てこないように厳重に保管されていたはずなのだが……
それほど危険なものにもかかわらず、黒田は剣を握っても剣に支配されることはなかった。むしろ、逆に支配すると宣言したのである。
「さて……とりあえず人を探さないとね。剣が喋るなんてからくりを考えた人も探したいし」
とはいえ、ここが異世界だと気づかぬまま黒田は独り歩き始める。そしてその目には、新たなおもちゃを見つけた子供のように輝いていた。
なかなか難しいですね一次創作って……
何か感想などあればお待ちしています!!