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第1歩 遭遇

ホラー、グロ要素多数です。苦手な方はご注意を

 何もないように見せかけてあるだけだ、と考え何もない空間に身を躍らせた結果崖から転落することになった駿は、ある種の満足を覚えていた。


――これでやっと死ねるんだと――


 しかし運命の女神はそう簡単に彼に死ぬことを許さなかった。


「いでぇえ!?」


 背中から地面に落ちるような態勢のまま、何もしなかった駿は何か弾力のあるものの上に落下したのである。とはいってもざっと5メートル以上の高さから落ちたのだ。どんなに弾力がある物質だろうと完全に衝撃は吸収できない。よって、駿は背中に激しい痛みを感じて辺りを転げまわることになった。


「イッテェよ畜生! ………ん? なんだ、この臭い……」


 転げまりながら悪態をつくこと数分。ようやく痛みが引いて冷静になってきた駿の鼻腔を何か強烈な臭いがツン、とついた。


「……うっ……この臭いは……」


 駿はこれに似た臭いを一度だけ嗅いだことがあった。それは日差しの強い夏の日……車に惹かれて道端で臓物を撒き散らし絶命していた猫が放っていた臭いにそっくりだった。

 臭いのする方向へと恐る恐る顔を向ける。そこには彼の想像を絶する光景が広がっていた。


「あ……あぁ……」


 臭いの原因は猫などではなかった。見開かれた目、白濁した眼球、だらしなく開かれた口からだらりと垂れ下がる舌……そしてハエがたかるほどに腐敗した体。


「うっ……!」


 今までに見たこともない、しかしゲームでは見慣れていたはずの光景に耐え切れなくなり体を折り曲げる。胃から熱いものがこみ上げ、吐いた。何の変哲もない高校生が見るには、あまりにもショッキングな光景だった。


「うぇ……げほっ……げほっ……」


 胃の中身をすべて吐き出し、目の前の光景に呆然としていた駿の目の前でさらに信じられないことが起きる。


「ォ……ゥ……ォォォ……」


「嘘……だろ……」


 目の前で腐敗が進行するほど放置され、絶命しているのは疑いようもないこの状況下で『ソレ』は動き出した。


「ありえねぇ……夢……だろ? これは夢だよな?」


 そう。ありえないのだ。目の前の『ソレ』は明らかに生きていられるような状況ではなかった。何故なら腐敗していたことを差し引いても、腹を食いちぎられ臓物をブラリブラリとさせており、さらには首筋にも何かに噛まれた様な大きな噛み傷があったからだ。これではどうあがいても生命活動を維持することは不可能である。

 そんな分析をぼんやりとした頭でしている駿をよそに、『ソレ』は徐々に近寄ってくる。その度に臓物が揺れ、グチャ……グチャ……と気味の悪い音も立てた。


「く、来るな……こっち来るなよ……!」


 威嚇するように放った言葉は、しかし明らかに恐怖に震えていた。いくらゲームでそういったものを倒してきた駿とはいえ、所詮は仮想世界の存在。その認識が、無意識のうちに彼を守っていたのだ。だからいくらそういう類のゲームをやっても怖くないし、耐性もついた。

 しかし、目の前のこれはそんな言い訳は通用しない紛れもない現実だった。耳を塞いでも聞こえる気味の悪い足音に、鼻をつまんでも臭ってくる強烈な腐敗臭が『ソレ』が現実のものだということを証明していた。


「ゥォォ……ォォ……」


 そうこうしているうちにも『ソレ』はもう駿へと迫ってくる。そこで初めて駿の思考が復活し、ようやく駿は行動を起こす。


「う…うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 のどに張り付いていた悲鳴を思いっきり辺りに響かせ、脱兎のごとく『ソレ』に背を向け走り出した。

もうドッキリだとか、家に帰りたいとかそんなことは考えられなかった。とにかく人のいるところへ……! それだけを頭の中に残してひたすらに前を向いて走った。

 がさがさと大きな音を立て、走り続ける駿は今森の中だった。どうやら崖の下は森だったようだ。

いや、もしかしたら森なんてチャチなものではなく、むしろ『樹海』と呼んだほうがいいかもしれない。そう思いたくなるような雰囲気を、その森は辺りに漂わせていた。


 だが今の駿にそんなことはどうでも良かった。とにかく前へ、前へ、前へ!! 少しでもあの忌まわしいものから離れようと必死に足を動かす。

走りながら駿は、この速度ならあの体では追いつくことなどで気はしないだろうと思った。何しろあれだけ体全体が腐敗していたのだ、走ったところで体重に耐え切れず転ぶのが精一杯だろう。そう思った矢先、彼の鼓膜を振るわせる何かがあった。


「ォ……ォォ……ォォォォォォォォォ………」


 あり得ない、そんなはずは無いと必死に自分を落ち着かせようと努力をしながら、決して後ろを振り向いてはいけないと言い聞かせながら、しかし彼は振り返った。


「ぁ……うあぁぁぁぁぁぁぁ!!?」


 振り返った彼の目に映ったのは、並の陸上選手が涙目になるような速度でガクンガクンと体を上下させながら追いすがるようにこちらに向かって走ってくる『アレ』だった。

あり得ないあり得ないと呟きながら、顔を前に戻した駿はさらに速度を上げて走り続ける。ふと視線を横にやると、なんとそこかしこに『ソレ等』が起き上がっており、その全てが駿の顔を見ていた。

 もう駿は完全にパニックに陥っていた。どうすればいいかわからず、どこに向かって走っているかもわからなかった。とにかく前へ、少しでも遠くへ。それだけを考えて足を前に出していた。


 そして……


 その終わりのないかのように思えたリアル鬼ごっこは、あっけなく終焉を迎える。


「はぁっ…はぁっ…!! 松明だ!! 明かりだ!!」


 必死に走り続けたのが功を奏したのか、前方に松明の光が見えたのだ。とにかく追いつかれる前にそこにたどり着こうと、さらに速度を上げる駿。しかし、体のほうはもうすでに限界を迎えていた。肺に十分な量の酸素を取り込めず、頭がボーっとし、悪路を走り続けた足からは悲鳴が上がり、邪魔な枝をかき分けるために振るっていた腕は傷だらけになっていた。

 だが、それでもようやく掴んだ希望をいまさら捨てるつもりなどさらさらなかった。体が悲鳴を上げるのを気合でねじ伏せ、前へ前へと足を運ぶ。

そして、もう目の前だというところで駿の足が何かに引っかかった。


「!!?」


 突然のことに反応ができず、体が前に投げ出される。幸運なことに、駿の体はそのまま松明の近くまで投げ出され、そして何度も地面を転がった。

だがこれで終わりではない。『ソレ等』が、光に弱いなどという保証はどこにもないのだ。駿が完全に気を抜くことができるのは、生存者に会ってからの話なのだから。

 起き上がらねば、そう思った駿はそこで信じられないものを目にした。祭壇である。逆に言えば、それしかなかったのだ。そしてそこには、一振りの日本刀が祭られていた。それだけだった。人がいる気配などこれっぽっちもない。


「そんな……嘘だろ……」


 駿の心の中で何かが確実に音を立てて崩れるのがわかった。集中しなくても『ソレ等』がどんどん近づいてきているが分かる。


「「「ォォォ………」」」


 さっきまで一人分しか聞こえなかったうめき声は、いつの間にか二人、三人と数を増やしていった。『ソレ等』はゆっくりと、しかし確実には駿を取り囲んでいく。

 もはやここまでか。絶望を感じたかのように見える駿は、しかしそこで思考をやめてはいなかった。むしろ、どうしたらこの状況を打開することができるかと酸欠でぼんやりとしている頭をフル回転すらさせていたのである。

それほどまでに彼が思考をやめようとしないのには、理由があった。


「どいつもこいつも……数に物言わせて囲めば相手が降参すると思ってんのかよ……!」


 そう。もはや人ではなくなった『ソレ等』の姿が、奇しくも黒田一派に囲まれた時のことを彼に思い出させたのである。

絶望をも塗りつぶすほどの怒りと生存本能に目覚めた駿は、立ち上がりおもむろに祭壇のほうへと歩き出す。


「今日の俺は運がいい。なんたって……ここにこんな代物があるんだからなぁ!!」


 この状況でどこにそれほどの余裕があるのかと、問いたくなるような笑みを浮かべ駿は祭られた刀をおもむろに祭壇から取り上げる。

ずしり、とした重みを感じながら駿は刀を持つ。振り回すのには重過ぎると思いながら、戦うのは懸命ではないと理性が囁いているのに気づいていながら、駿は刀を持って人をやめた者達の前に立つ。その顔には、狂気とも言えるような笑みが張り付いていた。

 それを見た『人だった者』達は、危険を感じたのか一斉に駿に向かって走ってきた。無論、どれもこれもグロテスクな外見でグロテスクな走り方である。

 しかし、駿はそれに怯むことなく吼えた。


「いいだろう……てめぇら全員、叩き伏せてやるよ!!」


 吼えた駿の眼には、強い意志の光が見て取れた。






 駿が戦闘行為に入る数分前……その女、『美剣』と呼ばれる女剣士は森の奥にある家へ向かって歩いていた。整った顔たち、そしてぼろローブ越しに見た限りではひ弱そうなイメージを与えるほど華奢な体型。そんな服装さえ変えてしまえば一見街中の良家の女性に見られてしまいそうな彼女は、これでもこの世界屈指の冒険者である。

特に、普段はローブに隠されていて見ることの叶わない刀を彼女が一度振るえば、並大抵の冒険者など瞬殺できるほどの実力を持っていた。

 そんな美剣は、パーティを組んだ冒険者の悪乗りが原因でこんな夜遅くに家路を急ぐ羽目になっていた。だがしかし、この世界では夜に街の外を出歩くことは自殺行為だと一般的に言われる。ならばなぜ宿を取らないのか、と聞かれてしまえばそれまでだが今の彼女は宿を取るだけの金銭的余裕などなかったのである。


 『死はすべての始まり』


 そう言い伝えられているこの世界『ディード』では、言い伝えどおりかどうかは分からないが夜になると無念の思いを宿した骸が死獣(アンデッド)となり蘇るのだ。それは動物だったり、人だったりと様々だ。場合によっては昼間狩られた魔獣(モンスター)が死獣化することもある。

ゆえに夜、安全な街の外を出歩くのは一般人には自殺行為なのだ。美剣のように腕に自信のある冒険者となると話はまた変わってくるのだが、それでも好んで夜で歩く輩は少ない。大体の死獣は日の光を少しでも浴びれば炭化してしまうのだから、夜が明けるまでは街の中にいるのが普通だった。


 だからこそ、美剣が家路を急いでいる時に見慣れぬ人影が何かか逃げるように走っているのを見た時、何事かと不思議に思った。

普段の彼女なら、実力をわきまえない愚かな冒険者だろうとそこで詮索することを止めるのだが、このときはなぜか気になった。


「……いったん何だって言うんだろうね」


 誰に言うでもなく、呟きながら人影が去っていった方向へと走り出す。

走りながら、彼女はこの先に何があるかを思い出した。そう、今まで何人もの冒険者が我が物にしようと鞘から抜こうとしことごとくすべてが失敗に終わったといういわくつきの刀が祭られた祭壇である。

 彼女もたまたま近くを通りかかったから試してみたものの、どれだけ力を込めようとその刀を鞘から引き抜くことは叶わなかった。


『あの美剣でさえ抜けなかったのだから……』


 多くの冒険者は美剣すら刀を抜けなかったという噂を耳にして、挑戦すらしなくなった。今では放置されているに等しいものである。

伝承では、かつてこの世界の危機に救世主が振るっていた刀で、その刀に斬れぬ物などなかった。……らしいのだが、どんな業物であろうとも鞘から抜けなくてはただの鉄の塊当然である。

 そんな扱えぬ刀を手にしたところで何のメリットもない、と大多数の冒険者は諦めていた。中にはそれでも「我が物に」と祭壇から持ち出そうとした輩もいたらしいが、鞘から抜くことはおろか祭壇から持ち上げることすらできなかったと、もっぱらの噂だ。


 もしやまたそういう不届きものだろうか? と思いながらも一切無駄のない動きで人影を追って走る。途中死獣が進路を妨害してきたので、ローブに隠された刀を振るい真っ二つにした。



 その後も、何体かの死獣を斬り伏せつつ祭壇に向かった美剣が目にしたのは、信じられない光景だった。


「あぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 なんと、誰にも抜くことができなかった刀を抜いて死獣と戦う少年がいたのだ。だが、その剣筋はあまりにも粗く、重心もなっていない。あれでは刀を振るうというよりは、刀に振り回されているといったほうが妥当だろう。


「さっさと消えろぉぉぉぉぉ!!!」


 死獣の返り血を浴び、自身もまた体のあちこちに傷をつけながら少年は刀を振るい戦っていた。その足元には、幾多の死獣の骸が転がっている。ここまで生き延びていられたのは死獣が馬鹿だったのか、それとも少年の運が良かったのか。あるいは、誰にも抜けなかった『あの刀』のおかげなのか……

とにもかくにも、その辺りを聞かねばならないだろうと判断した美剣は少年を家に連れて帰る決心をした。そのためにはまず邪魔な雑魚を蹴散らさなければならないだろう。






 戦闘を開始してから数分。祭壇に祭られていた刀を鞘から引き抜き、『人だった者』達を斬り捨ててきた駿は限界を迎えていた。

襲い掛かってくる相手の攻撃を大きな動作で避け、斬り、そして下がる。決して後ろを取られないような立ち位置を保つために適度に走り回り敵を誘導する。

 その一連の行動は、彼がオンラインRPGゲームで行っていた行動そのものだった。どんな相手にも一定の効果を出し、彼がもっとも得意とする『一撃離脱』戦法である。

 ゲームと違うのは、引っかかれるたびに感じる痛みと、刀を振るうことで疲れが溜まり、動きが鈍くなっていくというところだった。


 そしてついに、集中力の切れた駿の隙を見計らって『人をだった者』が駿の喉笛めがけて飛び掛ってきた。


「――!!」


 今度こそ死ぬんだと、そう思いながら目をつぶる。だが、いつまで経っても駿の喉笛に歯が突き立てられることはなかった。


「…………?」


 恐る恐る眼を開けると、そこには同じく日本刀を持った美女が一人、駿を見下ろして立っていた。そして女性は、フッと笑うと駿のほうを見て


「若造。あたしんところへ来な。アンタには、いいものをくれてやるよ」


と言い放ったのである。



 これが、駿の新たな人生のスタートになった。


ファンタジー要素もたくさん入れて生きたいと思ってますが、ホラー要素もほしいので、今後も入れて生きたいと思います。


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