序章 ハジマリ
初めてのファンタジーです。いろんな「初めて」に挑戦して行こうと思っているので、拙い文章になってしまいますが、それでも大丈夫な方は読んでいってください
「これで依頼は達成です。こちらが報酬になりますので。お疲れ様でしたシュンさん」
「どうも……」
とある冒険者ギルドで、一人の少年がカウンターに座った女性から報酬を受け取っていた。その横顔は、いまだ幼さを残しながらしかし、幾多の死線を潜り抜けた戦士の顔をしていた。
彼の名前は『天川駿』。一年前までは、ごく普通の公立高校に通う何の変哲もない高校生だった。
「…………あれから一年か」
一年前、普通の生活を送っていたはずの駿は突然この世界に迷い込んでしまった。死をすべての始まりとする、異世界『ディード』に。
とはいっても、基本的は生活は元の世界とは変わらなかったが。少々(彼にとって、と言葉の前につくが)元の世界と常識が違うだけで、働いて金を稼いで物を買う。そういうギブアンドテイクなところは、まったく同じだったのだ。
「……帰るか」
今日もいつも通り冒険者ギルドを後にし、自分の宿に向かって歩き始める。その姿は、迷い込んだときの彼とはまったく異なっていたことを彼は自覚しているのだろうか? それは、本人にしかわからない。
時はさかのぼり一年前……
「やぁ、親愛なる天川君。今日も僕にジュースを買ってきてくれないかな?」
「…………自分で買え」
クラスのカリスマ、『黒田賢児』とその取り巻きに囲まれパシられそうになるのを冷静にスルーし家路を急ぐ。この一連のイベントはもはや駿にとって日常となりつつあった。
そんな彼を追いかけるようについてくる黒田ご一行をひたすら無視し続け、若干逃げるように家の近くまで歩いてきた彼を待ち受ける人物が一人。
「あっ、駿君! 今帰り?」
彼女の名前は『春咲美歌』。駿の幼馴染にして腐れ縁である。
「………またお前か。いい加減飽きろよ」
テンションの高そうな美歌の声とは反対に、げんなりした声でそう呟く駿。それもそうだろう。美歌は学校内でもかなり有名な美少女である。学校内でのコンテストで優勝したことだっていったい何度あることやら。そんな彼女が笑顔を振りまけば、たちまち辺りはお祭り騒ぎの様に騒がしくなってしまうのだ。
それだけ皆から人気者扱いされている彼女が、学校一と言っても良いくらい皆から嫌われている駿に何故かしょっちゅう絡んでくるのだ。普通の人なら喜ぶのだろうが、駿からすれば鬱陶しいことこの上ない。
しかもこれがほぼ毎日。美歌が駿に接すれば接するほど、周りから駿が嫌われ、憎まれるという悪循環が繰り返されていた。美歌本人に悪気はないのだろうが、何をするにもいちいち文句やいちゃもんをつけられてしまう駿からすればたまったものではない。
「ねぇ! 今度の林間の準備、もう終わった?」
そんな駿の気持ちになど全く気付かないかのように、一年生にとって最も大きな行事の一つ林間学園の話題を出す美歌。しかし、それに駿は
「あ? あれ俺行きたくねぇんだけど」
と素っ気ない言葉を返す。質問の答えになってすらいない。もはや会話のドッチボールである。
えぇ!? と素っ頓狂な声を上げ立ち止まる美歌を尻目にそそくさと自分の住むマンションに入っていく駿。後ろから聞こえる声は完全にスルーだ。
「はぁ……今日も疲れた……」
自宅に帰って来た駿は、そう呟くなり寝室に入っていく。親はいない。母親は幼いころ失踪し、父親は駿の学費等もろもろを稼ぐために単身赴任している。そのため実質彼は一人暮らしを営んでいた。
特に何かをしようという気力がわかない駿は、制服を脱ぎ捨て普段着に着替える。ちなみに上下とも黒一色のジャージだ。普段着や私服がほとんど黒一色なのは、彼自身目立ちたくない、そして地味である、という理由からだった。
「……………はぁ」
ベッドに寝転び、大きなため息をつく。もう慣れているとはいえ、毎日のように繰り返される黒田一派や美歌とのやり取りは少なからずとも駿の疲労をためるには十分すぎる原因だった。
「そろそろ自殺でも考えようか…………」
もはやゲームぐらいしか己の楽しみを見つけられないこの世界に少しずつ、しかし確実に絶望と疲れを覚えていた。
『死ねば楽になれる』
このごろはずっとそんなことばかりを考えていた。嫌々ながらも登校する学校では黒田の取り巻きに物を隠されていたり、あからさまな陰口を言われたり。何をするにもそこらじゅうから聞こえてくる舌打ちや、突き刺すように送られてくる軽蔑と嫌悪の入り混じった眼差し。それを知りながら知らない振りを突き通す教員達……
いい加減、そんな世界にいることが苦痛になっていた。それなのに、いざ死のうかと考えるといろいろとやりたいことが浮かび自殺をためらって結局何もせずにいる。
そんな自分にもまた、疲れていた。
「……我ながら、情けないやつだ」
今日も独り、自分が心底ダメなやつだと自覚をして唇をゆがめた。それは、自分を嘲るような笑いとも、深い悲しみを帯びた微笑ともとれる表情だった。
……どのくらい経っただろうか。何をするでもなく、ひたすらベッドに寝転び天井を眺めている駿がふと何かに気づいたように体を起こした。
直後、大地震でも起きたかと思いたくなるような大きな揺れが彼の部屋を揺らす。
突然の出来事に、パニックに陥りそうになる自分を必死に落ち着かせ揺れが収まるまではとベッドの端にうずくまる。
しばらくして、揺れは収まった。安全になったのを確認した駿は、恐る恐る顔を上げる。
彼の部屋はひどい有様で、今まで買った漫画や小説、そしてゲームカセットのケースなどが床に散乱していた。棚が倒れたりしてゲームに傷がつかなかったのはせめてもの救いであろう。
「……とりあえず外に出よう」
これだけの大きな地震だったのだ。部屋の中が比較的無事だったとはいえ、マンションが倒壊する可能性がないわけではない。この分だと電話もテレビも使用できないだろうと踏んだ駿は、足元に細心の注意を払いながらゆっくりと玄関に向かっていった。
「…………?」
駿が異変に気づいたのは玄関の前に来てからだった。あれだけの地震があったのにもかかわらず、外からは何も聞こえてこない。普通なら、ほかの住民の悲鳴やパニックになった叫び声、そして救急車のサイレンなどの何かしらの音が聞こえてもいいはずだった。むしろ、聞こえなければおかしいのである。
「……どういうことだ?」
不審に思いながらも、ゆっくりと玄関の扉を押し開ける。そこには、凄惨な風景が広がっていてもおかしくはなかった。……はずだった。
「…………」
あまりのことに駿は言葉が出せなかった。なぜなら眼前には見慣れた町並みなど広がっていなかったからである。そこにあるのは、ちょっとした野原。そして時間をすっ飛ばしたかのようにそこは闇に包まれていた。かろうじて外が窺い知れるのは月明かりのおかげであろう。
「なん……だよ……どういうことだよ……これ……」
辛うじて出すことができた声は、情けないほどに震えていた。ドアノブを握る手も小刻みに震えている。それは、突然のありえない風景を目の当たりにした恐怖か、それとも……
そんなどうすればよいかわからずフリーズした思考をよそに、駿の足はそのまま外に向かって踏み出された。
我に返り、必要なものを持ち出そうと慌てて振り返った駿が見たのは……
無情にも閉じられた扉。そして霧が晴れるようにその姿を消したマンションだった。
「お、おい! 待てよ!! 何だよこれ!?」
そう叫びながら、つい先刻まで自宅だった場所まで手を伸ばす。しかし、駿の手は空しく空を切るだけにとどまった。
「……冗談じゃねぇぞ……冗談じゃねぇぞぉぉ!!! ふざけんじゃねぇ! こんなドッキリなんざいらねぇんだよ! 今すぐ家に帰せぇぇぇ!!!」
これまで必死に抑えてきた不満が爆発したかのように、目を見開きそこらじゅうに怒鳴り散らす。一通り叫び終わった駿は少し後ろに下がり助走を取ると、自宅の玄関があったところに向かって猛然と走っていく。そして、まるでそこには見えない壁があるといわんばかりの勢いで肩から突っ込みタックルを食らわせようと体を前に投げ出した。
しかし
そこにはやはり何もなかった。したがって地面を蹴って前に跳んだ駿の体は自然と空中に投げ出されることになる。しかも運の悪いことに、先ほどまで自宅の玄関があった場所は崖になっていた。
驚きを隠せない表情のまま、崖から身を投げ出す形となった駿は怒りの叫びを悲鳴に変えて落下していった。
ということで第1話でした。プライベートとの兼ね合いで少なくとも年末までは超鈍足更新です。
期待せずに次話をお待ちいただければな、と思っております。
それと、感想やご指摘もお待ちしていますのでよろしくお願いします。