第三弾:It's a bad school day
ところ変わって俺の部屋。
あのあと、観月の能力を使い、なんとかコンクリートから脱出することに成功した。
しかし、まさか、足元のコンクリートをハンマーで破壊するとは思いもしなかった。
未だに、俺の足の骨が折れなかったことが信じられない。
俺は、床に胡座をかき、自分の足を弄る。
……良かった。折れてない。
さて、観月のお陰で、家は元通りになった――訳ではないが、これから先の生活を送るにしては悪くはないだろう。
幻影だろうがなんだろうが、極論を言ってしまえば、寒さを凌げて、暖かく眠れればいいんだよ。
半ば諦めである。
朝の非現実な光景を見たせいで俺の精神は限界に達していたのだ。
ところで――
「やっぱり、家具はないんでしょうか、観月サン」
「すまん……」
現在、テーブルは愚か、ベッドさえも俺の部屋には存在していない。
それどころか……、
「というか、これはどういうことだ?」
「どうやら、手違いで武器庫になってしまったようだ」
なんと、俺の部屋の床に銃やら、銃弾やらが散乱しているのだ。
「武器庫って何だよ。俺は武器か? 武器なのか?」
「そ、そういうわけではないのだ。ただ、――」
「ただ?」
「すぐに手の届くところに、武器を置いておきたかったのだ」
「やっぱり武器じゃねぇか!」
あり得ねぇ!
こんな奴とこれから過ごさないといけないと思うと頭が痛い……。
人のことを武器扱いするなんて、とんだ気違い女だ!
俺のことを、差別したという理由だけでぶん殴った女の台詞だとは思えない。
「お前さぁ、人のこと殴っといて、自分は俺のことを差別するのか? いいご身分だなぁ、使役者様はよぅ!」
「ち、違うんだ。私はそういう意味で言った訳ではないんだ」
観月が慌てて、俺のことを宥めようとする。
「じゃあ、どういう意味だよ」
俺は観月を疑うような目で見た。
「私の部屋の近くに武器を置いておきたかったのだ」
「さっきと何が違うんだーっ!!」
この野郎――いや、女か。まぁ、いい。こいつ、結局、俺を武器扱いしてるんじゃねぇか?
そもそも、自分の部屋の近くにって、ここは俺の部屋だっつうの。武器を手元に置きたいなら、自分の部屋に置きやがれ!
――って、あれ?
観月の部屋? それって、どこだ?
俺は、先程の外での観月の言葉を思い出す。
『既に私用の部屋を作ってあるから、私はそこを使う』
それはつまり、俺の家に無理矢理、観月の部屋を増やしたことと考えられないだろうか?
しかし、俺の見たところ部屋の増設は見られない。それどころか、間取りは完璧に前の俺の家そのものだ。
ということは……。
俺の頭の中を最悪な考えが過る。
いつもなら、普通そんなこと考えねぇだろ、と言って軽く否定するようなアホらしい考え。しかし、こいつなら言いかねない。
まさか、こいつの部屋って――
「おい待て。お前の部屋ってどこだ? まさか、こことか言わねぇよな?」
不安を振り切るために、俺は思いきって訊いた。
「まぁ、ここという表現も間違ってはいないかもしれないな」
観月は真面目な顔で腕を組みながらしれっと言った。
「おいっ!?」
なんだこれ?
俺の部屋にこいつが住むだとぉ?
こんな狂った奴と一緒に、しかも、同じ部屋に住むことになるなんて……。
ああ、やべっ、頭痛くなってきた。
「どうした、白亜? 私と一緒に住むのがそんなに嫌なのか?」
「あぁ、嫌だよ。お前と一緒だと何が起きるか分からねぇ」
「そ、そうか……」
俺の言葉にしゅんとなる観月。
やばい、言い過ぎたかな。
だが、元はと言えば、観月が俺の部屋に住むとか抜かすのが悪い。
もっと突き詰めて言えば、観月が俺の部屋に武器やら弾薬やらをばら撒いておいたのがいけない。
あれがなければ、俺もここまで強くあいつのことを拒絶はしなかっただろう。
「わかった、じゃあ、私の部屋の位置は変えることにしよう」
そう言って、トボトボと観月は、部屋の隅へと歩いていく。
「お、おい、どこに――」
行くんだ? と言おうとしたときだった。
ウィーン
という、モーター音が聞こえた。かと思うと、部屋の隅の天井が開き、ひとりでに梯子が降りてきた。
そして、観月は、降りてきた梯子に手を掛けて上へと登って行こうとした。
…………え?
「そこかーっ!!」
俺は思わず叫んだ。
■ ■ ■ ■
話は変わるが、今日は平日である。
それがどういうことを意味するか、想像するのは難くないと思う。
だが、使役者とかいう異質な存在についてのことをするすると信じてしまうほどに精神が疲弊している俺にとっては、なるべく思考をしたくないという怠惰が生まれていた。
つまり、単純に忘れていたのだ。
俺くらいの年齢の青年とは、切っても切れないあの存在のことを……。
プルルルル。プルルルル。
始まりは一本の電話だった。
「全く誰だよ、こんな時間に」
俺は悪態を吐きながら電話へとのそのそと歩く。
ちなみに、今の時間は九時九分。リビングのテレビの画面の端っこに写っているので間違いない。
にしても、不吉な数字だな。
九が二つとか……。
――って、俺は小学生か?
自分に不利そうな考えは即刻やめよう。
首を振り、俺は、未だ、プルルルルと、五月蝿く鳴っている電話の方へと歩き出す。
ちなみに、電話はリビングの中央から少しずれた壁際に置いてある。
なんとも、中途半端な位置だ。
元々は、俺の部屋に電話の子機があったのだが、家具が無くなったせいで一緒に消えてしまった。
そうそう、言い忘れていたが、俺の部屋以外の家具は全て揃っている。
だから、リビングにある、電話の本体は無傷で健在しているし、その他の家具もしっかりと存在している。
観月に、なぜ俺の部屋だけ家具が無くて、その代わりに武器類と新しい部屋への入り口ができてるのだ、と問いただしたところ、俺の部屋以外の部屋をまず作り直し、それから、俺の部屋を作ろうとしたが、その前に自分の部屋を作ってしまったため、俺の部屋に割く力が無くなったのだという。
要は燃料切れというやつだ。
それにしても、なんとも酷い話ではないか?
護衛対象の部屋よりも先に、自分の部屋を作るとか。いくらなんでも自己中過ぎるだろう。
あと、観月の部屋を見せてもらったが、なんというか、かなり豪華だった。
まず、広さがおかしい。
ウチの敷地面積で一つの部屋を作ったら、このくらいの広さになるんじゃないかな、というくらいの広さだ。
そもそも、俺の部屋は一階にあって、二階はリビングになっているのに、どうして、こんな広さの屋根裏が――それ以前に、屋根裏と呼べるのかが疑問だ――あるのか分からない。
朝から、何度この言葉を心の中で呟いているか分からないが、
――こんなの、狂ってる。
とまぁ、そんなことを言っても、現実は変わらない。
俺は、億劫になりながら、けたたましく鳴っている電話をやっと手に取った。
「もしもし」
『もしもし、神田様のお宅でよろしいですか』
電話越しからは、礼儀正しい女性の声が聞こえた。そして、俺はこの声に聞き覚えのあることに気づく。
「あれ? 晴宮センセー?」
それは、俺の担任の晴宮暁子の声だったのだ。
『あ、神田くん?』
センセーも、電話に出たのが、自分の生徒だと分かったからか、話し方がフランクになった。
『どうしたの? 心配してたんだよ?』
「え? どういうことっすか?」
さて、今一度言おう。今日は平日である。
そして、今の時間は九時を少し過ぎたところだ。さらに、高校の担任の先生から電話。
お分かりだろうか?
俺が、今、本来なら何をしているか……。
『え? 神田くん。今日、学校来てないよね?』
「………………あ。」
時間が停止する。
と言っても、それは俺の中だけの話。現実は非情なほど正確に時間を刻んでゆく。
『おーい、もしもーし。神田くーん?』
「ハッ! す、すいません。い、今からすぐ行きます!」
『えっ!? あっ、分か――』
ガチャン!!
俺は急いで電話を切り、部屋へと戻る。
だが、そこで現実にぶつかることとなった。
「俺の制服は!?」
そう。俺の部屋からは一切の家具が消えた。それは、クローゼットも例外ではない。それはつまり、俺の制服はおろか、私服までもがクローゼットと共に消失したと考えて間違いない。
そこに、追い討ちをかけるように観月は言った。
「さぁ、知らん」
「知らん、じゃねぇよ!? 元はと言えば、俺の部屋を後回しにして燃料切れしたお前が悪いんだろ!」
「うむ、そう言われてもな……」
観月は腕を組み、考える。
しばらく考えたところで、観月が何か思い付いたように手を叩いた。同時に、頭の辺りにピカリと光の点いた電球が浮かぶ。
「白亜よ、いいことを思い付いたぞ」
その言葉に、俺は、何かいい方法は無いかと考えながら部屋の中を歩き回っていた足を止めた。
「あ? なんだよ、いいことって」
「私の能力を使えば、貴様のパジャマを制服に変えることができる」
観月は、どうだっ、という顔をしてこっちを向いた。
「その能力を使うための力が無くなってんだろ」
「あ、そうだった」
観月の顔は、一気に驚きの顔へと変わる。
……おい、自分のことだろ。
まったく、しっかりして欲しい。
俺は、ため息を吐いて床を見つめた。
「……………………」
ジーッと見つめ続ける。
何も考えずに床を見ていると、自分が何をしているのかだんだん分からなくなってきた。
挙げ句の果てには、朝の出来事について無意識に考え始めた。
いわゆる、現実逃避というやつだ。
何やってんだかな……。
そんな俺を、遠くから静かに見つめるもう一人の俺もいた。
もう、ぐちゃぐちゃだ。
俺も、家も、世界も、何もかも!
「…………ん?」
俺の無意識の回想が、観月が俺の家を再び作った時点まで、進んだときだった。
俺は、ある可能性を思いつく。
「おい、観月」
「うん、何だ?」
考え事でもしていたのだろうか。腕組みをしていた観月がこっちを向いた。
「お前、この家ってどうやって作ったんだ?」
「何を今さら、それはもちろん私の能力で――」
「違う。もっと具体的に。例えば、この家がここにあるということは、前の家はどうなった?」
「前の家? あぁ、あの廃墟なら、私の幻影空間に送り込んである」
「廃墟って言うな! ってか何? 幻影空間? 何だよそれ」
「ここではない、別の空間だ。実体のある幻影を作れるなら、幻影の空間も作れるんじゃねぇの? というノリで作ったら、意外に創れた。
というわけで、その幻影空間からは私の好きなように物を出し入れすることができる。
そのおかげで、リビングや他の部屋に家具を運ぶことができたのだ。無論、貴様の部屋の家具も幻影空間の中には収納されている」
「なんか、滅茶苦茶だな……」
ここまで来ると、逆に呆れてくる。
「けど、これで助かる。お前の幻影空間から俺の制服を取り出せば万事解決だ」
そう。これで完璧。後は、観月が俺の制服を出して、それを着て学校に行けばいい。
だが、観月は不思議そうに首を傾げる。
「しかし、そんなものあっただろうか……」
「とりあえず、探してみてくれ」
俺は藁にもすがる思いで観月に向かって手を合わせた。
「うむ、そうだな」
頷いて、観月はおもむろに目の前に手を伸ばす。
すると、突然、観月の指先が消失し始めた。いや、違う。まるで、見えない何かに手を突っ込んでいるような感じだ。
「貴様の制服って、これか?」
観月が右肩辺りまで幻影空間へと突っ込んでから少しして、観月はそう言った。
俺の頭には、微かに学校へ登校するビジョンが浮かんだ。
しかし、次の瞬間。
「はぁ!?」
「おう?」
ずるずると出てきた布切れに、俺も観月も絶句する。
「なるほど、道理で私が幻影空間内で感知できないわけだ」
納得したように観月は呟いた。
観月の手の中には、かつて、俺の制服だったはずのボロ布だけがあった。
……これは、アレだ。
そのボロ布を見た瞬間、俺は確信した。
その僅か一分後、俺は高校に欠席の旨を伝える電話をしたのは言うまでもない。