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第二弾:The end of my days

 その言葉を聞いたとき、世界が一瞬、暗転しかけた。


 あと一歩という寸前で、俺は意識を取り戻す。


 そして、突き付けられたおぞましい真実に目を向けることとなった。


「俺が、使役者? お前らと同じ?」


「あぁ、そうだ」


 男はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべた。


「しかも、すげぇぞ。ただの使役者じゃねぇ。お前は特別なんだ」


 『使役者=狂ってる』の等式が成り立ちつつあった俺の頭に、その言葉は重く響いた。


 特別……ってことは、つまり、俺は特別狂ってるってことじゃないか?


「さて、神田白亜。お前に質問がある」


 完全鬱モードの俺に、呑気に男はそんなことを言った。


「今のお前のように、初めて使役者を見た人間は、一般人と使役者の間で差別化を図ろうとして、俺たちのことを見下す。


 そして、それだけの理由で使役者を迫害する。


 そのため、俺達は今まで自分の能力を周りに見せないようにひっそりと生きてきた。


 だが、そんなことを我慢していられるほど、俺達は人間出来てねぇんだよ。


 なぁ? 神田白亜? 堪えられる訳ねぇよな? なぁ!


 分かってんのか? 次はお前なんだよ! お・ま・えの番なんだよ」


「……俺の、番?」


 俺は、その言葉に反応した。気がつくと手が震えていた。


 ただ、ひたすらに怖かった。自分自身が知らなかった自分――使役者としての自分が、周囲の人間に否定されることが。


 今まで、俺自身が、使役者を否定していたのに、調子のいいことを言っているのは分かってる。


 だが、自分が否定される側に回ったことで気づいたのだ。――いや、思い出したと言った方が正しいかもしれない。


 遠い昔に封印したはずの否定されることへの恐ろしさが、俺の中で音を発てて一気に膨れ上がる……。


「そうだ、お前の番だ。なぁ、分かるだろう? 俺達は仲間なんだ。助け合うべき仲間なんだ」


 男が、『仲間』という言葉を強調し、俺に詰め寄った。


「だったら話は簡単だ。俺達の存在を世界に認識させればいい。そして、仲間を増やして、世界中の誰もが俺達――使役者を否定できないようにしてやるんだ」


「…………」


 俺は、いつの間にか、男の言葉に共感を感じていた。


 それは、自分が使役者として生きていくことのできる未来を思い描くことができるようになったからかもしれない。


「なぁ、神田白亜。俺達の仲間にならねぇか?」


 悪魔の囁きだった。


 俺は男の言葉に頷きそうになる。


 今日、突然、人間の世界から疎外され、使役者のレッテルを貼られた俺は、あまりの超展開に相当混乱していたようだ。


 ――しかし、その時。


 男の後ろに横たわる名も知らない少女の虚ろな瞳が俺の視界に入った。


 そして、疑問が沸いた。


 ……使役者の存在は、他人を殺してまでも世界に知らしめる必要があるものなのか?


 そう思ったら、知らないうちに少女のことを見つめてしまっていた。


 何故だろうか? 俺は今、彼女を人間だと考えてしまった。やってることは人間から遥かにかけ離れているのに……。


 いや、違う。


 俺は、俺自身の考えを理由付けるために、彼女を人間だと思ったんだ。


 そうだ。そうなのだ。


 俺は、人間を殺したくない。だから、人間とまったく同じ容姿をした彼女らを殺すのに気が引けているだけだ。


 俺自身の肯定できる自分(アイデンティティ)を守るために……。


 そう結論付けると、なんだか気分がスッキリした。それに合わせて、頭の中も次第に明瞭になっていく。


 そのお陰か、それとも単純にこの状況に馴れてしまったのか、どちらも変わらないが、俺は今の状況を冷静に考えることができるようになってきた。


 そこで、ある違和感に気付く。


 何かとは、具体的には言えないが、何かが明らかにおかしい。


 俺の視線の先にいる少女。恐らくはもう死んでしまっているのだろうが、彼女の姿を見て、何か不自然なことがある気がした。


「さぁ、答えを聞かせて貰おうか?」


 男がニタリと笑う。


 だが、その言葉は俺には届かなかった。


 何が違うのか、何がおかしいのか。


 俺の意識は、違和感の原因へと完全に向けられていたのだ。


「あ」


 そして、気付く。


 なぜ、今まで気付かなかったのだろうか? この状況は、初めから、おかしかったのだ。


 それは別に、狂っていたという訳ではない。そういう意味ではなく、単純に不自然な部分を見つけたというだけだ。


 一つの――しかし、無視するには大きな矛盾が、そこにはあった。


 だが、しかし、本当にそうだったとしたら……。


 ガキンッ!


 俺がある結論に達したとき、男が何者かに狙撃された。


 しかし、その銃弾は男の氷の翼によって、いとも簡単に弾かれる。


「ハッ、遅かったなぁ。穏健派のお嬢ちゃん!」


 男は大きな声で叫んだ。そして、翼を広げて、俺から遠ざかる。いや、正確には、俺の背後――廃墟となった我が家から。


「フン、貴様こそ、私を泳がせておいて、随分と余裕ではないか?」


 カツッ――。


 靴音を響かせて、一人の少女が俺の家の屋根の上――その部分は奇跡的に無傷だった――に立った。


 その手には、薄紫色のライフル銃が握られている。


「ケッ、ハンデだよ。俺とお前じゃあ、力の差は歴然だ」


 男は、翼を一振りし、向かいの家の屋根に立った。


 男の方が、僅かに目線が高くなる。


「やっぱり、生きていたのか……」


 俺は、一人呟き、屋根の上の少女を見る。


 そこにいたのは、先程、男に殺されたはずの少女だった。


 俺の予想は正しかった。


 やはり、少女は死んでいなかったのだ。


 そもそも、彼女が男に、氷柱で刺殺されたとき、圧倒的に足りないものがあった。


 ――血、である。


 人が刃物や鋭いもので刺された場合、必ず、出血が起こるはずだ。


 それこそ、男の水色のスーツは、血液を含んで、赤黒く染まっていたことだろう。


 しかし、あの場には、それがなかった。


 そこから、あのとき、少女の死体だと思っていたものが、彼女の何らかの能力によって作られたものであったということが簡単に予想できたのだ。


 俺は、少女の作られた死体(フェイク)の方に目を向ける。


 少女の死体は黒い粒子となり、風と共に空気へと溶けていった。


 これで、俺の予想は正しいことが証明された。


 少女は、それを横目で確認しながら、俺の呟きに返答した。


「当たり前だ。私だって、穏健派の幹部なのでな」


 少女は軽く笑う。


「それに、我らがリーダは、私を信じてこの任務を託してくれたのだ。期待を裏切るわけにはいかないだろう」


「ハッ、下らねぇ」


 少女の言葉をバカにしたように笑い、男は言った。


「……なんだと?」


 男の言葉に、少女は反応する。


「この世は所詮、弱肉強食なんだよ! 誰かのために戦うようじゃあ、俺には勝てねぇ。自分のために強くなった俺にはな」


「面白い。試してみようじゃないか」


 ニヤリと笑って、少女は俺の家の屋根から飛び上がる。


 瞬間、少女の手に持っていたライフル銃が薄紫の光を放ち、日本刀へと形を変えた。


 鞘も持ち手も薄紫色だ。


「いくぞ!」


 人間とは思えない跳躍力で、少女は道路を挟んで向かい側の家の屋根まで跳んだ。


 すなわち、男のところへ。


 シャキーン……。


 澄んだ音と共に、刀が抜かれる。


 その刀身は、全てを反射し、拒絶するような冷たい光を纏う白銀だった。


「お前程度の攻撃じゃ、俺の氷は砕けねぇよ!」


 男は、氷の翼で、少女の刀を迎え撃つ。


 二人の力がぶつかり合う。


 そして――、


「なっ!?」


「確かに、私の力では貴様の氷の翼を砕くことはできない。だが、斬ることなら、できる!」


 少女の刀は、まるで吸い込まれるように男の右翼を切り裂いた。


 そして、その翼の残骸は、斬られた部分から水蒸気へと変化していき、無くなった。


「くっ……」


 突然、左右のバランスが崩れたためか、男はよろめく。


 少女は、その瞬間を見逃さない。


 刀を切り上げて、男の首を狙う。


 ――だが、


 ピタッ。と、刀の動きが止まった。


「な、なんだ!?」


 少女は慌てた感じで、身体を動かそうとするが、腕は愚か、身体全体が動かないようだ。


「くそっ!」


 唯一、動かせた手首を返して、少女は斬撃を繰り出す。


 しかし、男は後ろに一歩下がって、日本刀の攻撃範囲から脱け出した。


「いやぁ、危なかった危なかった。少し見くびってたぜ、お嬢ちゃん」


 ククク、と男は不気味に笑い出す。


 そして、男の背中には再び氷の翼が生成された。


「貴様……ッ」


 ギリギリと、歯を食い縛る少女。対する男は、ニヤニヤと口元が緩みっぱなしだ。


「まさか、俺の氷翼(ひょうよく)が斬られるとはな。その歳で幹部なのも伊達じゃねぇってことか」


 男は、ひたすらに笑いながら少女を見つめる。


「私に、何をした!」


 少女は身体を動かそうとする。だが、一向に動ける気配はない。


「動きを封じただけだ。俺の能力でな」


 少女の身体をよく見ると、身体の至るところに氷が張り付いていた。


 少女も、それに気づいたのか、腕に張り付いている氷を見て……笑った?


「なんだ、氷か」


 まるで、なんともないと言わんばかりに少女は笑っている。


「そんな、直接的な束縛は――」


 少女は、日本刀を手のひらの上で回転させ、逆手に持った。


「私には効かない!」


 そして、切っ先を自らの腕に張り付いていた氷に押し当てる。


 ――ピキン、と音がした。


 すると、切っ先を当てた氷を始点として、少女を拘束していた氷が砕けた。


「氷の縄が解かれただと!? ……まさかとは思っていたが、その刀、ただの刀じゃねぇな」


 男は、ついに、真剣な顔つきになり、少女の刀を見つめた。


「まさか、妖刀……か」


「ほぉ、知っていたか」


 少女は男を睨み付けながら、口元だけ笑った。


「だが、正確には違う。この刀は、妖刀の出来損ないだ。まぁ、それでも、貴様を倒すには十分な強さだがな」


「はぁ、俺も舐められたもんだな」


 少女の言葉に、男は呟いた。


「貴様だって、私を見くびっていただろう。やってることは、大して変わらんぞ」


「ハッ、違いねぇ」


 男は自嘲気味に笑う。


「一つ教えてやろう」


 少女は、男に刀を向けて言った。


「貴様の攻撃は、私の前では無力だ」


 その言葉に、男の顔は歪む。


「おもしれぇこと言うな、お嬢ちゃん」


 そして、男は、自分の周囲に沢山の鋭く尖った氷の欠片を纏った。


 男と少女、二人はお互いに戦闘体勢に入り、互いを睨み合う。


 そして……


 先に動いたのは男だった。


 周りに浮いていた氷の欠片を飛ばしてくる。


 それと同時に、少女の足を氷が地面に縫い付けた。


 一瞬で、少女は追い込まれた。


 そう思うと、少女は、刀を持っていた右手とは逆の左手を氷の欠片に向けて伸ばした。


「ハッ!」


 すると、少女の目の前に、少女を氷の欠片から守るようにレンガの壁が出現した。


 氷の欠片は壁に突き刺さる。


 その間に、少女は両足の拘束を解いたのか、すぐさま攻撃に転じる。


 自らが作った壁を、自らの刀で切り裂き、男へと突き進む。


「終わりだっ!」


「させねぇよ!」


 正面から突進してくる少女に向かって、右手の氷柱を投擲した。


 当たる!? 俺がそう思ったときだ。


 氷柱が刺さった瞬間、少女の姿が掻き消えた。


「なんだと」


 男が思わず呟いた。その後ろ。


 ザシュッ! ザシュッ!


 二回の斬撃で少女は男の翼を切り落とし、


「ラストォ!!」


 男の背中を斬りつけた。


 男は前のめりに吹っ飛び、俺の家へ……


 突っ込んだ。


 しかも、奇跡的に無傷だった一階部分に。


 俺は、開いた口が塞がらなかった。


「安心しろ、峰打ちだ。私は、貴様のように、本気で人を殺すつもりはないからな」


 少女は、我が家の惨状に唖然としていた俺の隣に、飛び降りた。


 ズダーンッ!


 そのとき、我が家の一角が猛烈な勢いで吹き飛ぶ。ちょうど、男が埋まった辺りだろう。


「やれやれ、三態使いではダメでしたか。まぁ、いいでしょう」


 周りの障害物が吹き飛んだおかげで、地面に横たわる人と、その傍らに立つ人の、合計で二人の人影が見えた。


 片方の横たわっている方は、先程の水色のスーツの男だった。


 恐らく、状況的に考えて、三態使いと呼ばれたのはこいつだろう。


 そして、もう一人の人影は男か女か判らない長い黒髪の人物だった。


 その人物は、身長はそこまで高くはなく、先程の三態使いと呼ばれた男より頭一つ分小さい。


「貴様、何者だ」


 俺の隣で、少女が言った。


 俺は、足が固定されたままなので、身体を捻って、ことの成り行きを見守る。


「それは、言えません」


 黒髪男女は、フフッと笑う。


「私はただ、部下を拾いに来ただけですから」


「なるほど、どうやら貴様も過激派の一味のようだな。なら、ここで潰しても問題はないだろう」


 少女が黒髪男女を睨み付ける。


「いえ、それは困ります。それに、私は、あることをそちらの神田白亜さんに伝えるだけなので、気にしないでください」


 黒髪男女は少女の視線をものともせず、微笑を浮かべた。


「あること? 俺に?」


 過激派やら三態使いやら、よく解らない言葉の中から、突然飛び出した俺の名前に驚いて、俺は聞いた。


「はい。先程、我々の盟主から連絡がありまして、『神田白亜は我々ではなく、穏健派についた。よって、今後は危険分子として扱うように』とのことでした」


「穏健派……」


 俺は、三態使いの男が、俺の隣に立つ少女に向かって、『穏健派のお嬢ちゃん』と言っていたことを思い出す。


「ちよっと待て、俺がいつ、この女の仲間になるって言った」


「あれ? 違うんですか?」


 男女は不思議そうに首をかしげる。


「ちげぇよ! 誰がお前達みたいにおかしな奴の仲間になるか」


「お、おかしな奴だと!」


 俺の隣で、少女が怒り出す。


 しかし、それとは反対に、男女は笑い出した。


「ハハハッ、おかしな人ですね。私たちも、あなたも、同じ人間じゃないですか」


「同じ? どこが? 俺はお前達みたいにおかしな行動は絶対にしねぇ」


「どうしてあなたは、私たちを特殊な力を持っているからといって排除しようとするんですか?」


 男女は眉をハの字にした。


「当たり前だ、お前らが普通じゃないからだ」


「そうですか……」


 男女は諦めたようにため息を吐き、呟く。


 なんだこれ。まるで俺がおかしいみたいじゃねぇか。


「それでは、ここらで我々はお暇させていただきましょう」


 黒髪男女は軽く微笑をし、ヒョイ、と男を担いだ。


 身体に似合わず、凄い力の持ち主だ。


「ま、待てっ!」


 少女が男女を止めようとするが、


「面倒ですね。しつこい女性は嫌われてしまいますよ、っと」


 男が軽く手を振る。


 すると、真っ赤な閃光がこちらに向かって飛んできた。


「チッ」


 少女は舌打ちをしながら、俺と閃光の間に割り込み、閃光を日本刀で切り裂いた。


 眩い光が辺りを包み、俺の視界は瞼の裏の赤で染められる。


「くそっ、逃げられたか」


 俺が何とか目を見開くと、そこには、俺に背を向けて苛立つ少女が立っているだけだった。


 どうやら、男女は今の間にどこかへ逃げてしまったようだ。


 俺が状況を把握していると、口元をヘの字にしたまま、少女が俺の方を振り返り、キッ、と睨む。


 そして、トコトコと俺の元へと近づいてきた。ご丁寧に、固定された俺の足を考慮して、俺の目の前に回り込む。


 そして、


「ふざけんなっ!」


 俺の顔面を思いっきり殴り付けた。「ぐはっ」


 頬にめり込んだ拳の感覚がしたと思ったら、気がつくと地面に後頭部を打ち付けていた。


 口の中が切れたようで、舌を頬の裏側に押し当てると傷口と出血が確認できた。


「くそっ、何しやがる!」


 俺は、少女に向かって怒鳴る。


「それはこっちの台詞だ!」


 しかし、少女は俺の声よりもデカイ声で怒鳴り返した。そして、俺の胸ぐらをつかみ、強引に俺を立たせる。


 なんだよ、コイツ。どんだけ力あんだ。


 ……やっぱり、狂ってる。


「いいか、よく聞け。お前は何か勘違いしているようだから教えてやろう。


 私たち使役者(ユーザー)は、人間の中で、自身の特定の法則を操れるようになった人間のことを言う。


 つまりは、人間と何ら変わったところはないのだ。


 ところで、貴様は差別という言葉をどう思う?」


 少女は俺の胸ぐらを離し、聞いてきた。


「どうって、よくないことだと思うけど……」


 俺は、とりあえず、自分の素直な意見を述べる。


 差別はよくないよな。うん、よくない。


「そう。白人による黒人差別。ナチスドイツによるユダヤ人の差別。それらは、私たち人類にとって忌むべき歴史だ。


 だが、お前の言っていることも差別だということに気づいているか?」


「どういう意味だ?」


 少女の言っていることがわからず、俺はそのまま質問で返した。


「黒人もユダヤ人も、そして、私たち使役者も同じ人間だと言うことだ」


 少女は意味不明なことを言った。


 それくらい、俺だって分かってるのに。


「とにかく、今、このままでいるのはよくないな。私はともかく、神田白亜。貴様も、これからは過激派から命を狙われることになるだろうからな」


「はぁ?」


 今、聞き捨てならない言葉を聞いた気がする。


 いや、実際は、先程の黒髪男女の発言のときに薄々気づいてはいた。でも、何かの手違いだと思いたかった。


 そもそも、俺はこいつらの仲間になったつもりは無いんだ。


 ジトーっと、俺は横目で少女を盗み見るが、それで現実が変わるわけではなく、ため息が出るだけだった。


「やっぱり、俺も命を狙われるのか?」


「当たり前だ。お前はさっきから否定しているが、私があの三態使いに勝った時点でお前は私たちの仲間になることが決定したのだ」


「おい、本人の意思はどこいった」


「お前の意思を考慮したとしても、過激派の連中がお前を敵と見なしたのだから、私たちと手を組んだ方が得策ではないか?


 『敵の敵は味方』と言うだろう?


 それとも、能力の解放も出来ていないくせに、一人で過激派に挑むか?」


 そこを突かれると痛い。


 確かに、今の俺には、他の使役者とまともに闘える力も何もない。


 三態使いの男の言葉によると、俺は特別な使役者らしいが、それも能力が使えればの話だ。


 はぁ……。


 俺は、自分の考えが使役者に似始めたことに気づく。


 でも、実際、あんな闘いを目にしちまったら、使役者の存在を認めないわけにはいかないか。


 俺は、心の中で、自分の思考が段々と狂いだしているのを正当化しようとする。


「分かった。お前たちと組もう。」


 結局、生き残るには、その一択しかなかったのだ。


「うむ、利口な選択だ白亜」


 少女は俺に向かって右手を突き出す。


「私の名前は観月紫(みずきむらさき)だ。これからよろしくな」


「お、おう」


 俺は、少女の手を握り、握手をした。


 先程、俺のことを殴った手を握るというのは、なんとも複雑な心境である。


「さて、そうと決まれば、野外にいるのは不味いな……」


 ちょっと待ってろ、と言って、観月は俺の家の残骸の方へと歩いていった。


 何をするのかと、俺は観月を目で追いかける。


「ここでいいだろう」


 観月はそう言って、俺の家の敷地の中心辺りで立ち止まった。それから、彼女は日本刀を取り出し、それを地面に突き刺した。


 そして、俺の近くまで戻ってきた。


「フッ!」


 ひざまづき、地面に両手を着け、少し力む。


 すると、次の瞬間、


「うわ」


 思わず声が出た。


 目の前に、俺の家とよく似た家が建っていたのだ。


 まぁ、ドアのデザインとか、外壁の模様とか、ところどころに違うとこもあるが。


「よし、こんなものだな」


 観月は、自らの出来栄えに満足したのか、嬉しそうに言った。


「マジかよ……お前らって、こんなこともできるのかよ」


 俺は、一瞬で出現した新しい我が家に驚愕しつつ呟いた。


「これは、私特有の能力だ。実体のある幻影をつくることができる。人呼んで、幻影使い」


 少女が俺の隣まで戻ってきて、少し照れ臭そうに言った。


 それにしても、俺の目の前にある、この家が幻影だと……。


「――って、待てよ。幻影ってお前の能力なんだろ。だったら、お前が気を抜いたらこの家が一瞬で廃墟に逆戻りすることは無いのかよ?」


「それは、大丈夫だ。先程、家の敷地の中心に日本刀を刺しただろう?」


「あ、あぁ」


「あれは、私の愛刀、名前は若紫と言って、私の能力を最適な状態で発動する手助けをしてくれる優れものだ」


 俺は、観月の刀が、ライフル銃や二丁拳銃やロケットランチャーに変わったのを思い出す。


「そして、若紫にはもうひとつ特殊な機能がある」


 少女は指を一本を立てる。


「若紫は、私の力を溜めておけるバッテリーなのだ。


 この機能を使えば、若紫が私の幻影の持続をアシストしてくれる。


 つまり、若紫を家の敷地の中心に刺したことによって、この家は長時間私の力の供給を受けなくても形を保っていられるということだ」


「なるほど……。じゃあ、そのバッテリーはどのくらい持つんだ?」


「フル充電で一日と少しだ」


「短っ!?」


「心配は要らない。私もこの家に一緒に住むんだからな。


 もちろん、既に私用の部屋を作ってあるから、私はそこを使う」


「へ?」


 今、聞き捨てならない言葉が……。ってか、今日、聞き捨てならない言葉多すぎだろう。


「本日より、私――観月紫は神田白亜の護衛、及び、能力の解放の手助けをすることになった」


 観月は口の端を僅かに上げて笑った。そして、俺に向けて手を突き出す。


「ということで、二度目だが、改めてよろしくな」


 観月の手を見つめる、俺。


 しかし、先程は流れで握手をしてしまったが、俺には握手を交わす以前に、やらなくてはならないことがあった。


「あのさ、」


「うん? なんだ?」


 ニコニコと聞き返す観月。


 彼女に、俺は自分の足元を指差して告げる。


「この足、どうにかしてくれないかな?」


 そこには、コンクリートの地面に深々と突き刺さった、俺の足があった。

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