サラ様の趣味の一つ。Ⅰ
シエナルドside
「ようこそ。我がアルメリア家へ。当主のサラサ・セナ・アルメリアです。さっそくですが、皆さんを応接室までお連れ致します。荷物は後ほど執事が部屋まで運び入れますのでどうぞそのまま玄関に置きくさだい」
振り返った彼女がそう淡々と述べられる事務的な言葉。先ほど見た姿がまるで幻を見たかのように感じられる。あの子供や使用人に向けられた慈愛に満ちた表情は、今やなりを潜め、私たちに向けられているのはあくまで他人行儀な笑顔。それを此の上なく面白くないと思う自分がいる。そんな自分に少し疑問を覚えながらも、特に気にするでもなく。こちらも型式ばった挨拶を軽く交わす。
「此の度は、こちらの都合でしばらく厄介になる。『黒騎士』団長シエナルド・ドルテ・オーデンシュバンクと、その他隊員たちだ。何かと迷惑をかけるかもしれんが、よろしく頼む」
「いいえ、こちらこそ。事情はそちらのレオナード隊長から聞き及んでおります。では、皆さんこちらです」
そう踵を返す彼女の後を団員で付いて行きながら、屋敷へと踏み入れた。
(終)
クラウドside
玄関に踏み入れた途端何人かが息をのんだのが分かった。
「すっげー」
素直にそう声を出したのは、私の隣に居るマリックだ。確かにマリックの言うとおり凄い。何が凄いのかと言うと、玄関だけでも広い空間があった。それに、どこぞの貴族のように豪華というわけではなく、見ていて落ち着きのある上品さがあり、一目で上質なものだと分かる。そんな空間だった。所々にちょっとした花瓶や陶器が置いてあり、それもこの空間に上手く馴染んでおり、主の趣味の良さが窺える。
「なんか、割っちまいそうで歩くのが怖くなるな」
そう呟いたのは私の前に居るフラウだ。確かに、この花瓶一ついくらほどの価値があるのか。所詮庶民である。私には皆目見当がつかない。しかし、見るからに上品な作品に相当高いのではないかと密かに思っていると、前を歩いていたご令嬢が突然笑い出した。
「クスクスクス」
皆どうしたのかとその彼女を見れば、肩まで揺らしている。何がそんなに笑いを誘ったのか。皆首をかしげるばかりだ。やがて笑いの波が収まったのか、落ち着きを取り戻し弁解を始めた。
「失礼しました。屋敷周辺に飾られている花瓶や壺は私自ら作ったものです。ですので、そう高価なモノではありません。お気になさらず手にとって頂いてもかまいませんよ。……勿論割ってしまっても、咎めたりいたしませんので。悪しからず」
どうやら、フラウの独り言は彼女にも聞こえていたらしい。フラウはややバツが悪そうな顔をして頭を掻いている。しかし、この花瓶や壺類が皆彼女の手製。シエナルドもこれには驚いているらしい。めったに表情が出ないあのシエナルドがここまで分かりやすいリアクションをとるのはホント珍しいことだ。しかし、よくできている。後ほどよく見させてもらおう。
彼女は玄関を真っ直ぐに抜け、すぐ左の扉を開けた。
「どうぞ。もうしばらくこちらで休んでお待ちください。あと1時間ほどで昼食の時間ですから。部屋への案内はその後になります」
そう彼女が案内したのはこれまたさり気無い上品さを保った部屋だった。しばらくすると侍女が入って来てお茶を入れ下がって行った。私は静かに周りを観察し、玄関と同じ種類の花瓶やら壺やらを見つけ側による。それをじっくり見ていると突然後ろから声をかけられた。
「手にとって触って頂いてもよろしいですよ。どうぞ」
そうして、彼女から手渡された壺を見る。真っ白い。しかし、どこか青白さを称えたこの不思議な陶器が本当に人の手によって作られたとは思えないほどの素晴らしさだった。余りにも私が真剣に壺を見ていたせいなのか、彼女はとんでもない事を言って来た。
「なんでしたら、御一つ気に入ったのを差し上げますよ」
「えっ!いや、しかし…」
「どうせ、私が作ったモノです。何気にまだ沢山ありますから。それに私は多趣味な者で、あれこれと手を出しては大量に作ってしまい置き場がなくて困ってもいるので、一つでも貰ってくださると助かります」
「あ、………ではこの壺を一つ頂いてもいいでしょうか。こんなに素晴らしいモノを見るのは初めてでして、思わず見惚れてしまいました。なめらかな肌触りに、このバランスの取れたデザインがまたいいですね。壺とか花瓶などに特に興味も無かったのですが、これは素晴らしいと思って見てしまいました」
あまりに魅力的な言葉に甘えて、己の誘惑に勝てずに壺を貰う事になってしまったが、後悔はしていない。私が今迄壺に興味無かったのも、彼女の作品を気に入ったのも事実だったからだ。そんな私の言葉に彼女は綺麗いに微笑みながら、素直に喜びをみせた。
「お褒めに預かり光栄です。そのように評価していただけるとは思ってもみませんでした。御一つだけでよろしかったですか?」
「えぇ。ありがとうございます。大切にします」
「では、これをしまうモノを持ってきますので少しお待ちくださいね」
「すみません。お気を使わせまして」
「いいえ。私の作品を過大評価して頂きましたし。それに、何かを造ってその人に喜ばれる事は作る側にも嬉しいものですから」
私は思わぬ戦利品に今日は団長について来て良かったと心底感謝した。そして、それを遠目から見ていたマリックや他の男達が羨ましそうに見ているのに気がつき、苦笑を浮かべた。
「いいなー」
そうぼそりと言うマリックの声が彼女にも聞こえたのか、マリック達に顔を向け笑顔で言った。
「では、他の方も御一ついかかですか?」
「…いいのか?俺達も貰って」
「ええ。勿論ですよ。ほとんどが私が趣味で作ったモノですから。貰って使って頂ければ。職人明利に尽きます。なんでしたら、他の部屋のモノも見てみますか?選んだモノはこちらに持ってきて頂ければ御包みしますので」
「サラ!俺も欲しい!!」
「はいはい。レオン殿は他の方を部屋へ案内でもしてテキトーに何か持ってきてください。ただし、陶器だけです」
「おう!!まかせろ。ほら、行くぞシエナルド」
「……俺も行くのか」
「当たり前だろう。ほら、早く行かねぇーと。時間がなくなるだろう」
「……はあ」
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