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自覚した恋 シエナルドside

シエナルドside


 アルメリア家から戻り城へ着くと、早々に各自仕事へと動き始める。シエナルドも自室の執務室で資料を眺めていたが、見知った気配を感じとり、ノックの音と共に訪れたレオナードが執務室へと入って来た。


「よっ!シエナルド」


 軽快な声で自分へと声をかけるこの男は、以前と変わらない挨拶を交わす。慣れたそれに、資料から目を離すことなくこちらも何度も繰り返し使われるお決まりのセリフを吐く。


「今度は何の用だ」


 そこで普段なら「暇だった」という、これまたお決まりのセリフが飛んでくるのだが、今回は何故かそうならなかった。それに訝しんだシエナルドは視線を資料から、黙り込んだままのレオナードへと向けた。


「……………」


 するとそこには、無言のまま己を見続け、まるで観察するように考え込むレオナードの姿があった。シエナルドは内心なんだと訝しながらも、黙ったままレオナードが口を開くのを待っていた。しかし、いくら待てど何も言わないレオナードに、そろそろキリがないと思い始めた頃、やっとレオナードが口を開いた。しかし…


「なぁ、シエナルド。…お前サラのことが好きだろ」

「は?」


 レオナードから出てきた言葉は、なんの脈略もない。まさに突然の事であった。あまりに唐突過ぎる言葉に、普段では考えられない程の呆けた顔で疑問を口にした。しかし、そんな己の反応にレオナードは何故か楽しそうにニヤニヤとにやけた表情を浮かべていた。先ほどまでの真面目な表情はなんだったのか、という程に表情が崩れている。

 それに不快さを感じ、自然と眉間に皺が寄る。そのまま視線をにやけたままのレオナードへ向けているのも馬鹿らしくなり、手元になる資料へと再び視線を戻しながら、憮然とした態度で否定の言葉を口にする。


「何を馬鹿な…」

「おいおい。今更隠すこたぁねぇーだろ」

「隠してなどいない」


 突然の事ではあったが、己があのアルメリアの令嬢に恋をしているなどあり得ないと思った。むしろ、自分が誰かに魅かれ、想いを寄せているなど……。考えただけでも想像がつかない。それに、自分には『恋』というものがイマイチ理解できないでいた。

 それは、己が此れまで恋というものをした事がなかったからだろう。恋などせずとも、今まで何不自由なく過ごしてきたからだ。周りが恋だの愛だのと盛り上がる度に、シエナルドの心の中では言い知れない焦燥感とそれを馬鹿らしいと思う気持ちが常にあった。一人の人に夢中になり、己を見失うその様をシエナルドは愚かだと考えていたのだ。だから、己が恋をするなどありえない。と、どこかそういう確固たる意識がシエナルドの中にはあったのだ。


 そんな己にレオナードは呆れたため息を吐きながら、まるで聞き分けのない子供を相手にしているかのような表情を浮かべた。


「嘘吐け。お前明らかにサラが好きだろうが」

「はっ。何を根拠に…」


 言われた言葉に鼻で笑いながら、どこか馬鹿にしたような態度でレオナードに理由を求めた。それには流石のレオナードも頭にきたのか少し意地になりながら、今日一日の己の行動の可笑しさを指定してきた。


「今日一日俺がサラに絡む度に眉間に皺寄せるは、名前を呼べば機嫌が悪くなるは、俺との会話に無理やり入って来るは……。理由は十分じゃねぇか。これでサラを好きじゃないってどうして言える」

「……………」


 指摘された言葉は確かに、此れまででは考えられない己の奇行な行動。何気なく今日一日の行動を振り返りながら、次々と思い出される場面をよくよく思い出していく。考えている途中でレオナードが何か騒いでいたような気がしたが、そんな事は特に気にせずに己の思考に没頭する。



 確かに、アルメリアに行ってからの己の行動や、感情の変化が多々あった。はじめは、メイドを助けた際の力の凄さに驚かされ。そして、その使用人たちからの信頼の深さにも驚かされた。アルメリア嬢は例え使用人や平民であろうと、誰であれ平等に人として扱っていた。そんな主人に使用人たも誇りを持って仕えているのだろう。我々を案内していた男の使用人やその他の執事やメイドを含め、数は少ないが、仕事の早さや対応の仕方、タイミング、そのどれもが文句のつけ様がない程の対応だった。そして、そんな使用人にもアルメリア嬢の雰囲気はどこか柔らかく、穏やかだ。


 それを少し羨ましいと感じたのは確かだ。殺伐とした軍の中で過ごしてきた己たちには無い、日常の『暖かさ』。その中心となっているのが、アルメリア嬢だ。彼女の発する穏やかな空気、柔らかい笑顔、そしてまるで樹木のように優しく包み込んでくれる温かさ。そして、ふとした瞬間に瞳に宿る芯の強さと知的さは、どこか神秘的でずっと眺めていたくなる魅力を含んでいた。己の容赦のない言葉にも、強い意志を持って応えた姿はどこか頼もしくも思えた。


 そこら辺のご令嬢方とは違い、我等に媚びることも、欲に塗れることもない姿は驚くと共にとても新鮮だった。そこからは、知らず知らず目の端でいつも彼女を捉え、姿が見えなければ無意識に探そうとする己に不思議な感情が浮かんでくる。

 

 そこまで考えて、シエナルドはハッとした。先ほどのレオナードの言葉が一つ一つ思い浮かんでは、頭の中で何度も響き、ループしていく。そして、……己が恋をしているのだと気が付いた。


「(これが、……恋)」


 自覚した途端に感じる不思議な高揚感と喜び。それと同時に心の空虚さと黒くて醜い嫉妬が渦を巻いていく。そして、思い出されていく数々の想い。


 レオナードが彼女と親しく話す度に眉間に皺が寄ったのは、自分も彼のように彼女と話をしてみたかったから。彼が彼女の名前を『サラ』と呼ぶ度に、胸が締め付けられるのは、己に与えられない権利を彼だけが得ているように感じたから。2人の会話に無理やり入りこんだのは、己では分からぬ秘密が2人の間にあるのだと感じとったから。それが、まるで特別なのだと言われているようで、それがどうしようもなく嫌で嫌で堪らなかったから。


 こうして、考えると自分はどれだけ滑稽な事をしていたのか。しかも、初めて自覚した気持ちは嫉妬した相手に気付かされる羽目になるなど………正直、滑稽過ぎて笑えない。

 

 アルメリア嬢の事を抜きにすれば、レオナードは己にとって掛替えの無い仲間の一人だ。しかも、実力も己とそう変わらず、更にお互いが同じ騎士団の団長を務めていることもあり、他の誰よりも気心が知れていた。……本当に彼女のことを抜きにすれば!(強調)これほど、理解しあえる者はそう居ない。


 自分の気持ちに気付いたところで思考の波から浮上し、レオナードを向いたところで、彼はシエナルドに向かって、まるで出来の悪い子を嘆くような仕草で頭を押さえていた。その姿に、先ほどまでこの男のことを褒めて(?)いた自分に、いきなりこの態度はどうなんだ、と少しむっとなった。


「なんだ、その反応は」

「いや、だってお前……もうすぐ26だろ。恋の1つや2つした事くらい――」

「…………」


 先ほどまでの機嫌の悪さはレオナードのこの言葉で即座に粉砕し、さり気無い動作でレオナードから視線を逸らそうとした。しかし、それに目敏く気付いたレオナードは「ありえないものを見た」といった風に目を見開き、次の瞬間にはそれが爆発したかのように叫びだした。


「まて!ちょっとまて!…何だその無言は。まさか、26になってまで初恋すらまだだったなんて言わないよな?26だぞ?流石に恋くらいしたことあんだろ!!」

「…………」


 レオナードの叫び声虚しく、正につい先ほど初恋なるものを自覚したシエナルド。よって、これ以前に恋などしたことがあるわけもなく。またも、無言で返って来た返事に、愕然と項垂れたレオナードは机に手をやり、少しくぐもった声で己の容姿について問われる。それに正直に答えながら、漸く落ち着きを取り戻した彼に、再度問われる。


「確か俺の記憶が正しければ、お前の華街での噂は一時期有名だったことがあったよな…」

「…それはお前も同じだろう」

「…………」


 華街の事を持ちだされ、少し苦い気持ちになりながらも、人の事は言えないと、レオナードにも同じ事を言ってやる。第一、26にもなろうという男だ。それなりに色々あるものだ。少々荒れた時期もありはしたが、今ではそんな事もない。暫くすると、指摘されて黙りこんでいたレオナードはどうやら復活したのかそのまま話を続けた。


「その華街でやることやっていたにも関わらず、何もないってのはどうなんだよ。女を可愛いと思ったことすらないのか?」

「………さあ。どうだったか」

「おいおいおい。」


 レオナードの問いに、今までの女を思いだそうとしたが、誰一人として浮かんで来ない顔に、早々に見切りをつけ、興味もなく応えた。その様子に、さらに呆れた顔で重いため息を吐くレオナードは続けて、ぼそっと小さい声で呟いた。


「はあ~~。これだとこの先思いやられるな。つか余計なお世話だったよな…」


 そんな呟きが聞こえたシエナルドは、穏やかとは到底言えない笑みを浮かべながら、嘆いている様子のレオナードへと賛辞の言葉を口にした。


「そんな事はない。実に役に立った、レオナード。お前には感謝しよう。―クスクス」


 その言葉に段々顔色が悪くなっていくレオナード。しかし、シエナルドにとっては、そんな様子すら何故か今はとても愉快に思えた。ずっとモヤモヤして、定まらなかった己の気持ち。これが恋なのだと気付かせたレオナード。…どんなに後悔した処で、既に手遅れ。自覚してしまった気持ちは、最早シエナルド本人にも止める事は出来ない。それが、初めての恋ならば尚更。…止める術を持たない己に、与えられた選択は1つだけだ。


 そして、想い浮かべるは先ほどまでのアルメリア嬢の姿。

 どうしたら、彼女をこの手中に収めることが出来るのだろうか。どのようにしたら、彼女は此方に振り向くのだろうか。出来ることならば振り向いて欲しいと思う。しかし、今日一日彼女と触れ合って少し分かった事がある。

 穏やかで柔らかく、そして強くもある彼女だが、それとは別に彼女をどこか遠くに感じる事があったのだ。同じ空間に居るにも関わらず、彼女だけが何処か我々とは次元の違った処に居るような気がして、どこか落ち着かない。ふとした瞬間に、目の前から忽然と消えてしまうのではないかと思う程に。

 

 だが、そんな事を今更気になどしない。それに、最早己に定められた標的に、逃げ道など与えはしないのだから。勿論逃すつもりも、他の誰かに奪われるつもりも毛頭ありはしない。逃げられるものならば逃げてみるがいい。だが、一度でも捕まればけして逃れられないのだと、理解すればいい。その芯の強さを宿した瞳が自分意外の男を映すことも、自分以外の男に心奪われる事も許しはしない。


「(……映したが最後。その男ともう一度対面出来るなどと夢にも思わぬ事だ。――フフ。)」


「今後が楽しみだ。なぁ、レオナード」


 何もそう慌てることはない。これからいくらでも機会はある。なにせ、これから共に過ごす日々が始まるのだから。


「(ゆっくりと、だが確実に追いつめて行こうではないか。…なあ、サラサ・セナ・アルメリア)」


 これから始まる日々に想いを馳せながら、シエナルドは笑みを更に深く浮かべ、今も屋敷で我々の帰りを待っているであろうサラの姿を思い浮かべるのだった。









わっほい(*ノε`*)シエナルドさんが何やら鬼畜に…


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