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自覚した恋 狙うは…

 ところ変わって、城へと戻ったシエナルド達は各々が各自の仕事へと戻り、明日の準備にかかっていた。シエナルドは自室の執務室で今まで溜まっていただろう報告書へと目を通しながら、明日の警備をどの様に配置するかを検討していた。そこへ、訪問を知らせるノックが響く。


コンコン

「何だ…」


 シエナルドは普段から自室の執務室の前に兵を配備していない。普通なら『黒騎士』の隊長である自分を狙ってやってくる輩に対して警戒をしなければならないだろう。しかし、気配を読むのに長けた彼は自分の空間に他人の気配がある事を嫌っていた。己が認めた者にしか同席を許さない。それもシエナルドが『氷のシエナ』と呼ばれる所以の一つでもあった。


 そして、今日この日にシエナルドの元を訪れたのは先ほどそこで別れたばかりのレオナードだった。


「よっ!シエナルド」


 相も変わらず能天気な程に陽気なこの男は、シエナルドの中でも数少ない気を許せる内の一人だ。その事を本人達もよく分かっているので、こうして気軽にお互いの隊舎を行き来している。行き来するといってもそのほとんどがレオナードの一方的な訪問となっているのだが。それでも、こうして普段と変わらない態度のシエナルドを見れば、どれほどレオナードに気を許しているのかが窺い知れる。


「今度は何の用だ」


 特に用もなく来るこの男は、シエナルドが何をしていようがお構いなしに訪れ、己が満足すれば帰っていく。そんな日常であったため、今回もそうだろうと思い込んでいたシエナルドは最早定番となったセリフを吐きだす。普段ならここで「暇だったから」という言葉が返るのだが、どうやら今回は違うのかレオナードから返ってくる言葉は無かった。


「…………」


 シエナルドの言葉に無言を返したレオナードに、今まで資料に目を向けていた視線を本人へとむけると、そこには無言で己の顔を窺い見るレオナードの姿があった。 

 何時も五月蝿いというわけではないが、それなりに賑やかなレオナードが急に真面目な顔でシエナルドの様子を見る姿を訝し気に見返すシエナルド。両者の間にははしばらく無言の時間が続き、妙な空気が流れた。しかし、その空気を先に破ったのはレオナードだった。


「なぁ、シエナルド。…お前サラのことが好きだろ」

「は?」


 無言で己を見ていた男の唐突過ぎる言葉に思わず目を見日開き、聞き返すシエナルド。そんなシエナルドの反応にニヤニヤと今度はにやけた顔で楽しそうに見る男に、自然と眉間に皺が寄り、視線を逸らすために再び手に持っていた資料に目を通し始めた。


「何を馬鹿な…」

「おいおい。今更隠すこたぁねぇーだろ」

「隠してなどいない」


 尚も資料から視線を放さないシエナルドにレオナードは呆れたため息を吐く。


「嘘吐け。お前明らかにサラが好きだろうが」

「はっ。何を根拠に…」


 今だ認めようとしないシエナルドにレオナードは少しだけ意地になる。


「今日一日俺がサラに絡む度に眉間に皺寄せるは、名前を呼べば機嫌が悪くなるは、俺との会話に無理やり入って来るは……。理由は十分じゃねぇか。これでサラを好きじゃないってどうして言える」

「……………」


 レオナードの言葉にしばし固まると、今度は考え込むように黙り込んむシエナルド。その様子をじっと見ていたレオナードは、「まさか…」と思い至った考えが思わず口をついて出た。


「…まさか、自覚無かったとか、言わないよな……」


 「あははは。そんなまさか」と笑うレオナードに対して何も言わず、今だ考え込んでいるシエナルドにマジで気付いてなかったのか…と一時放心したが、次の瞬間に「あいたた…マジか」と軽く痛む額に手をのせ俯いた。その反応に少しむっとするシエナルド。


「なんだ、その反応は」

「いや、だってお前……もうすぐ26だろ。恋の1つや2つした事くらい――」

「…………」


 レオナードの言葉に何気ない顔で顔を背けるシエナルド。無言で肯定を示した。これにはレオナードも堪らず、少し感情的に叫ぶ。


「まて!ちょっとまて!…何だその無言は。まさか、26になってまで初恋すらまだだったなんて言わないよな?26だぞ?流石に恋くらいしたことあんだろ!!」

「…………」


 これまた無言で返ってきたシエナルドの答えに、「ありえん」とドッと疲れながら呟くレオナードは、シエナルドの座っている机に両手を着いて項垂れた。そして、そのままの状態で少しくぐもった声でシエナルドに問う。


「シエナルド、お前その容姿なんだ。モテないわけじゃないだろう。」

「…だからなんだ」


 さり気無くモテる事を肯定され少しピキッときたが、今はそんな場合じゃないと自分を抑えたレオナードは落ち着きを取り戻しながら顔をあげて、再度シエナルドに問いかける。


「確か俺の記憶が正しければ、お前の華街での噂は一時期有名だったことがあったよな…」

「…それはお前も同じだろう」

「…………」


 ニヤリと笑いながら持ちかけた言葉はバッサリ、とシエナルドの痛い指摘によって己に返ってきた。予想外の反論に今度はレオナードが口を閉ざすが、ここで負けてはいけないと気を持ち直しながら話を続ける。敢てシエナルドの言葉は聞かなかったことにしながら。


「その華街でやることやっていたにも関わらず、何もないってのはどうなんだよ。女を可愛いと思ったことすらないのか?」

「………さあ。どうだったか」

「おいおいおい。(マジかよ;しかも26で?…つかコイツさり気無く女を敵に回したな)」


 暫し考える仕草を見せたが、やがて何も思い浮かばなかったのか。さして興味もなく応えるシエナルドに、それはそれでどうなんだと思わず心配になった。そんなシエナルドのあまりに衝撃的な事実を知りたくもなかったが知ってしまったレオナードは、本人が目の前に居るのも気にせず、重いため息を漏らす。


「はあ~~。これだとこの先思いやられるな。つか余計なお世話だったよな…」


 そう小さく漏らした自問自答のような呟きが聞こえていたのか、シエナルドは再びレオナードと目を合わせると珍しく口元をあげて笑いながらそれは楽しそうに応えた。


「そんな事はない。実に役に立った、レオナード。お前には感謝しよう。―クスクス」


 声に出して笑う姿は男から見ても妖艶に映るが、何故かその男が浮かべている瞳の奥では新たな獲物を見つけ、絶対に逃がしはしない。といった、穏やかとは到底思えない強い意志が見え隠れしていた。


 そんなシエナルドの頬笑みにゾクリとした恐怖を覚えたレオナードは早くも己が起こした行動を深く深く後悔する。


「(すまん!サラ!…俺はとんでもない間違いを犯しちまったらしい……)」


 始めは少しからかってやろう、といった悪戯心だったのにも関わらず。何故か全くと言っていいほど認めないシエナルドに意地になって、本人でも気がついていなかった気持ちを無理やり自覚させてしまった。


 普段いろんな事に淡白であるシエナルドに、こうも深く興味を持たせてしまったサラはこれから先、本人が希望するような穏やかな生活を送ることは出来なくなるかもしれない。長い付き合いである筈のレオナードでも、今回ばかりはシエナルドがどんな行動を起すのか全く予想出来ないでいるのだ。むしろ、予想する事すらなんだか恐怖を感じさせるシエナルドに、レオナードは返す言葉もなかった。ただただ心の中でサラへの謝罪と今後の冥福を祈ることしか出来なかった。もし今この男の邪魔をすれば、例えどんな奴であろうとも、完膚無きまでに潰して行きそうな雰囲気が漂っていた。


「今後が楽しみだ。なぁ、レオナード」


 今だ楽しそうに笑うシエナルドに、より一層顔色の悪くなるレオナード。そして、今後レオナードはサラとシエナルドとの間で色々と暗躍する羽目になるのだった。自業自得とはいえ、いろんな意味で最強の名を持つ2人に振り回されるレオナード。そんなレオナードに周りは憐れみの目を向けるが、けして助けようなどと思う、奇特な人は表れることはなかった。








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