サラの条件
その後は結局、サラが『シズカ』であることがバレ、レオナードへと押しかけていた者たちは今度はサラを標的に質問の嵐を浴びせた。応えられる質問には答えるサラだが、突っ込まれて痛い質問なんかは「企業秘密」だといってなんとか誤魔化していた。
しばらく続いた詰問大会はやがて終わりをみせ、リリーが新たに入れたお茶を飲みながら一息ついた。他の者たちも落ち着いてきたのだろう。ゆっくりとお茶を飲みだす。
「しかし、アルメリア殿があの『シズカ』殿だったとは…。世の中案外狭いものなんですね」
「そうだな。花瓶や紙は作るは、料理はするは、小説は描くはえらい多才だな……って、イタッ!!何すんだカーネル!」
「敬語を使え敬語を。フラウ、相手はお前より身分は上なんだから。気をつけなよ」
机の下で脚を踏まれ、カーネルに叱られて口を尖らせるフラウは「だってよー…」と小さく呟く。それに反論は許さないといったカーネルの爽やかな笑顔が出され、フラウは口をつぐむ。若干マリックとランドールの顔色も悪い。だがそこに、サラが声をかけた。
「私は構いませんよ。敬語じゃなくても」
「「「えっ!!」」」
その言葉に驚いたのはクラウドたちだけではなかった。この場に居る執事のロゼやメイドのリリーまでもが驚きの声を思わずあげてしまったのだ。
「ついでにその堅苦しい私の呼び名も改善していただけると助かります。レオン殿のようにサラと呼んでいただいて構いません」
「なにかと呼びずらいでしょう」といって可愛らしく顔を傾かせる仕草は歳相応で、この時初めてこの場に居る者達はサラがまだ15歳であることを思い出したのだった。しかし、ここで口を出してきたのは執事のロゼだった。
「お待ちください。サラ様。伯爵家の令嬢たる者が、そうやすやすと名をお許しになるなど……」
「あら、此処にいる使用人は皆私を名で呼ぶことは許しているし、何より彼等は私的な場と公式の場での区別はつけます。曲りなりにも彼等はこの国の騎士なのですから。それぐらいの分別はできるでしょう。勿論私も、公式の場では改めます」
「しかし…」
「はぁ。……ロゼ。最初の頃、貴方達を拾った時も私は名を許した筈よ。私は身分に囚われない。囚われるつもりもない。貴族だからといって気取るつもりもない。身分など取ってしまえば私とてただの小娘も当然なのだから。…っと、少し話が過ぎましたね。まぁ、そういう事ですので普段通りで構いませんよ。この先ずっと敬語など、仕事以外で使うのは疲れますでしょう」
サラの言葉に少し唖然としながらも執事のロゼも騎士たち、レオナードまでもが黙ってサラの言葉に頷くのだった。
「第一、私は此処に住む条件に『人として、最低限の礼儀があれば身分の差は問わない』と伝えてあった筈ですが?」
「確かにな…」
「…本当だったんですか。その条件」
「出来もしないことを私は約束したりしません」
平然と返す言葉に誰も何も言えなかった。
「じゃあ、『立ち入りが禁止されている場所以外の部屋なら自由に使ってよい』ってのも?」
「ええ。立ち入りが禁止されている部屋は2階全てと1階のオフィス、使用人たちの部屋。外では西の森と東の森への立ち入りを禁止します。なお、そこには私の結界と罠が張ってありますので、無闇に入りませんように」
またも、沈黙が降りる。まぁ、騎士達が沈黙するのも仕方がないというものだった。何せサラの屋敷は広い。先ほど指定された部屋を除いたとしても広かった。それを知っていたのは、食卓に向かう途中で執事がこの屋敷について幾つか説明してくれていたからだ。
この屋敷は『凹』の字を書いたような形に建っており、周りをぐるっと森に囲まれている。北の森を抜けた先はちょっとした崖になっており、下には大きな河が流れている。東と西の森にはよく魔物が出てくるのでサラが結界を張ってその侵入を防いでいた。ちなみに結界は先先代の時から張られていて、それにサラが手を加えたようだ。(勿論魔物と侵入者用に改良したモノ)
屋敷には温室はもちろん、馬小屋やちょっとした訓練場、馬を走らせる場所まである。さらにはこの時代に珍しくも屋敷の東と西の棟を結ぶ渡り廊下も造られていた。そんな屋敷を自由に使っていいというのだ。嬉しいを通り越して戸惑ってしまう。
誤りがないように言っておくが、普通の貴族にこんな広い屋敷も珍しいが、問題はそこではない。一介の伯爵の家でこのように設備が整った家はそうないだろう。それも、ひとえにサラのご先祖様たちの功績があってこそである。けして、どこの貴族もこんな馬鹿みたいな屋敷の造りはしていないのだ。
「残りの条件『城からの使い、緊急の用件以外の他者の立ち入りを禁ずる』とはどうしてです」
「えー。大変言いにくい話なのですが、私の屋敷にはどういうわけか金目の物を狙って侵入してくる者が後を絶えないので、この屋敷周辺にも結界を張ってるんです。その為、出来るだけこの屋敷には人を寄せ付けたくないのです。結界は私が許可した者しか入ることが出来ないようになっています。許可なく近づけば、ぐるぐると周りの森を彷徨うことになるでしょう」
恐ろしい事をさらっと言いのけるサラの笑顔は大変素晴らしかったとここに記しておこう。
「では、『この屋敷に属する者たちへの必要以上の詮索を禁ずる』とは?」
「…ここに居る屋敷の者も含め、それぞれが様々な事情を持っております。きっと、これから共に過ごすに至って様々な疑問が出てくるやもしれません。……それに対して本人たちが話すならそれに越したことはありません。ですが、時々必要以上に知りたがる御仁が居いまして、あまりに嗅ぎ回るものですから-フフ」
「また、そうなる前に最初にクギを刺しておこうと…つまりそういう事ですか」
「そういう事ですね」
クラウドとサラが穏やかとは程遠い笑みで頬笑み合う。それを見ていた者たちは少し震えながらも小声で囁きあった。
「(…あのクラウドの笑みと微笑みあっていられるなんて)」
「(俺、クラウド副団長の邪気のある頬笑みって苦手…)」
「(…誰も得意な奴なんて居ないだろう)」
「(タダ者じゃないですよね。ほんとサラさんって)」
その後しばらくして、そろそろ1時半になろうとした頃。騎士たちは昼の業務があると言って城へと戻って行った。サラは玄関からその姿を見送りながら、遠く去っていく騎士達に向かって大きなため息を吐くのであった。
「ほんと、楽じゃないわ。どうにか、クギは刺しておいたけれど。今後どうなるのか全くの予測不可能だわ。……あー。ほんと疲れるー」
「…自業自得ではありませんか。サラ様」
サラの背後に立つメイドのイザベラから痛い指摘をもらう。
「うっ………イザベラ」
「レオナード様の真剣な頼みだからといって、安易に受けすぎですわ」
「…………」
サラは気まずげに視線を彷徨わせる。それをジト目で見ながらイザベラは尚も続ける。
「もっと、よく考慮してから結論を御出しになってくださいまし」
「め、迷惑をかけます」
「ふぅー。まぁ、時々そういったお人好しなところも私たち使用人は皆好きなのですけれどね」
「………」
サラにも、自分の安易な決断で他の者に迷惑を掛けていることは自覚しているだけに、イザベラの言葉は耳に痛かったし、今更ながらに申し訳なさが募る。そんなサラを見ながらイザベラは今度は優しい目で続ける。
「今回は仕方ありませんわ。受けてしまったのですから」
「ごめんなさい。イザベラ」
「…まぁ、そう心配なさらずとも。私たちはサラ様もご存じのように優秀なアルメリア家の使用人ですもの。皆、サラ様の為ならこの命も惜しみませんわ」
「イザベラ!!」
「何を言うの」とサラは叫ぶが、イザベラは優しい目のまま続ける。
「このアルメリアに使える使用人は全てサラ様に救って頂いた者です。その恩はもはや計り知れません。サラ様は私たちの主。……どうあっても、失うわけにはいかないのです!それに、私たちはそう簡単にやられたりしませんわ。それはサラ様が一番よく分かっておりますでしょう?」
最後は茶目っ気たっぷりにおどけて言うイザベラに、サラは「そうね」と穏やかに笑ってかえした。