はじまりの館
まだ港町にクップルングという盗賊団ができる前の話
サクリファイス館という『珍しい人種販売所』に売られることになった、体長10センチしかない男は、与えられた虫かごの中で大人しくしていた。
自ら売られる道を歩んだ者にとって逃げ出す気などなく、明かりのない商品保管場所で、一眠りすることにした。
…はずだった。
「が~、出せ、出せ~」
森にいた、おしゃべり鳥よりやかましくては、眠れないどころか、耳を塞いでも精神的なに支障をきたす…。
「あたしが何したっていうのよ、ただ昼寝していただけじゃない。それなのに、勝手に捕まえて、こんな所に閉じ込めて、どういう事よ」
「ちょっと、お隣さん…静かにしてくれないか?これじゃ眠れやしない」
虫かごの右隣にある檻中の者に注意してみたが、謝罪が返ってくるわけはなかった。
それどころか、かごが大きく揺れた。暗闇で全く見えないが、伸びてきた手が虫かごを掴み取ったようだ。
「何これ…小さいし羽があって妖精じゃない」
「妖精みたいだけども、記憶喪失だから良くわからない。それにしても、あんた、こんな状態なのに見えるのか?」
「猫系の一族だからね。当然よ」
「…じゃあ、耳とか尻尾という、お約束の姿なのか?」
「オプションは、ないよ。てんとう虫君」
「て、てんとう虫って…」
「だって、髪と目と服も赤か黒なんだもん」
どうやら、色もわかるらしい。
丸虫は驚き、それから恐怖心を抱いた。
ペキペキベキと音を立て虫かごが大きく揺れたのだから。
「わっ。おい、何してるんだ」
「しっ。見張りに聞こえちゃうじゃないのよ。今、虫かごを壊してあげているんだから、静かにする。
ほら、鉄製じゃないから、ちゃんと壊れたわよ」
「ちゃんとって…」
「感謝したら、恩返し、よろしくね」
「は?」
「ドアの所に鍵束があるでしょ。それ取ってきてね」
「ドア?どこにあるんだ」
「私がナビしてあげるから。
まずは飛んでまっすぐ進む。ちょっと上昇して、右。行き過ぎ、戻り過ぎてどうするのよ。
OK、OK。そのまま。取った?じゃあ、戻ってきてね。ごくろ~さま~」
昼間と変わらず見える者にとって、受け取った鍵束から一つ一つ取り出して確かめるのに造作はなく、正解の鍵は五個目にあったから作業はあっという間に終了した。
「さて、さっさと脱走するわよ。あんたも来るでしょ」
「まぁ、いいか。もちろん行くよ」
「じゃあ、しばらくの間、よろしくね、てんとう虫君。私は紫羅っていうの」
にっこりと笑い差し出した手に、男の小さな手が触れた。
「これじゃあ、握手になんないわね」
男は苦笑したが、その苦笑は別なものだった。
「頼むから、てんとう虫だけはやめてくれ…」
男の名前が丸虫に決定し。紫羅との縁も、その場限りではなかった。
これが、クップルングの盗賊団の『始まり』であった。
「隠れれば、脱走がバレず速やかに移動できたものを……殴り倒そうと考えるか?ふつー」
走りながら愚痴をこぼす丸虫に、紫羅は反論する暇はなかった。
走る事に集中しないと(倒し損ねた者たち…)すぐに捕まってしまうから。
「紫羅、どっちを選ぶんだ?まっすぐか?右か?」
飛び慣れれている丸虫は前方に現れた曲がり口を見ながらいった。
「…。ううん、前でも、右でもなく。左上を選ぶわ」
宣言するのと同時に紫羅はその方向に跳び上がった。
跳び上がり、目の前に存在していた縄梯子を登りはじめた。
「な、何だこれ?こんな細い糸で。切れるのがオチだぞ」
丸虫が忠告するものの、紫羅は細すぎる縄梯子を登り始め、糸が切れることも、落ちる事なく、梯子が取り付けられている柱まで登り終えた。
「大丈夫、女の勘は当たるの。今みたいにね」
「………。で、その勘は、次どうすればいいと思っているんだ?」
床から4、5メートルある通路のアーチ型の天井には光りを取り入れるための窓が取り付けられている。
「まさか…」
ニヤッと笑った紫羅は、笑ったせいで、突然伸びてきた腕に対処する術を失った。
「わっ」
と声をあげながら、腕のひっぱられるまま窓外へ
「しらっ」
落下の二文字を想像した丸虫は後を飛んで向かった。
よくよく考えてみれば、伸びてきた腕がある以上、その体が落下しない場所もある。
窓外は、わずかな幅しかないが、身軽な紫羅と浮遊できる丸虫と引っ張った者にとって、身の危険はそれほど感じない。
紫羅は割ろう(…)としていたが、一枚だけガラスがないのがあったようだ。
『おそらく、紫羅みたいな事をしたな』と、丸虫が推測したのは、腕の持ち主を見たからであろう。
「私が囮になって館の従業員をひっかきまわしてあげるから、あなた達は向こうにある大木に飛び移って逃げればいいわ」
「へ?突然、引っ張って、助けてくれるってわけ?」
「信用できない?」
苦笑する者は、紫羅たちと同い年ぐらいだろう。
闇色の長い髪を束ねて活発的なかわいい系の紫羅とは違い、黒髪をなびかせる少女は美少女というところだろう。
「ただより高いものはないからね。現実的な世の中だもの、罠か無理難題があるか、ね」
「ご名答。助ける代わりに、条件が一つあるのよ」
黒髪の少女は懐から、手紙を取り出した。
「これを多人種ハンターの隷度に届けてくれるのならば、脱走の手伝いをしてあげるわ」
「た、多人種ハンターだと」
多人種ハンターは、紫羅や丸虫を捕まえた張本人であった。
予想していなかった存在に声をあげたが、紫羅も同じ反応を示していた。
「もしかして、果たし状?それとも裁判沙汰の手紙」
むっとする美少女を見て、丸虫は確信することができた。
「恋文というやつだな」
黒髪少女の表情が変わり、紫羅もさらに変わった。
「恋文って、あの犯罪者に?」
「犯罪って…あれはビジネスよ。そりゃ、勝手に人をさらっているわよ…私もその一人だし」
うつむく美少女に赤味がさした。
「でも…好きになっちゃったんだから、仕方ないでしょ」
被害者でありながらも、得体の知れない男に惚れるとは…俺には正直考えられないことだった。
紫羅も同意見だが、彼女は理解することはできるようだ。
「まあ、恋愛にマニュアルなんてないんだから、いいんじゃない。いいわ、私が見つけてちゃんと届けてあげる」
「本当?」
「女に二言はないわ」
「ありがとう…」
黒髪少女は微笑むものの、すこしだけ泣きそうな顔をしていた。
今まで、ずーっと脱走する者たちを逃がす代わりに手紙を渡してくれるよう、頼んでいたと思う。
でも、自分たちを捕らえた加害者の恋愛に理解するどころか、奴に近づく気にを持つ者はまずいなかっただろう。
助け、断れ続けていたところで、突然、理解までしてくれた。
「………」
理解してくれる者がいる。不安になっていた者にとって、これ以上の安堵感はないだろう。
「ただし、恋愛の決着だけはごめんだからね。手紙は渡すけれども、告白は、自分でよ」
「…わかっているわ」
黒髪少女は笑った。
『恋愛の決着意外は、助力を惜しまない』という言葉が、いつの間にか定着し、俺達は何かあるたびに助け合うようになった。
姿も考えも違う奇妙な3人だけれども『絆』が生まれる瞬間であった。
その後。偶然にも、俺達は隷度に会うことができた。
とはいえ、逃げ腰で渡したので、受け取った手紙を読んでくれたのかまでは、俺達が知る術はなかった。
時が過ぎて
「………」
色あせ、ボロボロになった紙は、変わらぬ言葉を語っているのに。
愛しい文字が、胸をしめつける。
『切ない』という言葉が冷酷な人間にも、涙を作らせた。
「……」
隷度は酒をあおり手紙から逃れようとしたが、伸ばした手は再び手紙を捕らえる。
「何でだ…何故なんだ?深黒…。俺たちは、こんなに近くにいるのに、想いは変わらないのに…どうして遠いんだ?
お前に会いたい。本当の意味で会いたい…」
隷度のこぼした訴えは、広い書斎にわずかに響いて消えた。
しかし、誰一人耳にすることはなく、トップとは思えない、哀しみと不安を訴える表情も、目にした者はいな
かった。
「ご主人様」
いないからこそ、室外にいる部下の声に冷静に対応することができたのであろう。
「また、ブラック、スノー(黒髪少女の別称)が、脱走しましたが、すぐに見つけました」
「わかった。いつものように、脱走ルートを見つけだし、厳重なる監視に切り替えろ」
「かしこまりました」
言葉とは裏腹に、隷度が安堵する顔も、知る者はいなかった。




