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クップルングの盗賊  作者: 楠木あいら
盗賊ができるまで
9/12

はじまりの館


 まだ港町にクップルングという盗賊団ができる前の話




 サクリファイス館という『珍しい人種販売所』に売られることになった、体長10センチしかない男は、与えられた虫かごの中で大人しくしていた。

 自ら売られる道を歩んだ者にとって逃げ出す気などなく、明かりのない商品保管場所で、一眠りすることにした。

 …はずだった。

「が~、出せ、出せ~」

 森にいた、おしゃべり鳥よりやかましくては、眠れないどころか、耳を塞いでも精神的なに支障をきたす…。

「あたしが何したっていうのよ、ただ昼寝していただけじゃない。それなのに、勝手に捕まえて、こんな所に閉じ込めて、どういう事よ」

「ちょっと、お隣さん…静かにしてくれないか?これじゃ眠れやしない」

 虫かごの右隣にある檻中の者に注意してみたが、謝罪が返ってくるわけはなかった。

 それどころか、かごが大きく揺れた。暗闇で全く見えないが、伸びてきた手が虫かごを掴み取ったようだ。

「何これ…小さいし羽があって妖精じゃない」

「妖精みたいだけども、記憶喪失だから良くわからない。それにしても、あんた、こんな状態なのに見えるのか?」

「猫系の一族だからね。当然よ」

「…じゃあ、耳とか尻尾という、お約束の姿なのか?」

「オプションは、ないよ。てんとう虫君」

「て、てんとう虫って…」

「だって、髪と目と服も赤か黒なんだもん」

 どうやら、色もわかるらしい。

 丸虫は驚き、それから恐怖心を抱いた。

 ペキペキベキと音を立て虫かごが大きく揺れたのだから。

「わっ。おい、何してるんだ」

「しっ。見張りに聞こえちゃうじゃないのよ。今、虫かごを壊してあげているんだから、静かにする。

 ほら、鉄製じゃないから、ちゃんと壊れたわよ」

「ちゃんとって…」

「感謝したら、恩返し、よろしくね」

「は?」

「ドアの所に鍵束があるでしょ。それ取ってきてね」

「ドア?どこにあるんだ」

「私がナビしてあげるから。

 まずは飛んでまっすぐ進む。ちょっと上昇して、右。行き過ぎ、戻り過ぎてどうするのよ。

 OK、OK。そのまま。取った?じゃあ、戻ってきてね。ごくろ~さま~」

 昼間と変わらず見える者にとって、受け取った鍵束から一つ一つ取り出して確かめるのに造作はなく、正解の鍵は五個目にあったから作業はあっという間に終了した。

「さて、さっさと脱走するわよ。あんたも来るでしょ」

「まぁ、いいか。もちろん行くよ」

「じゃあ、しばらくの間、よろしくね、てんとう虫君。私は紫羅しらっていうの」

 にっこりと笑い差し出した手に、男の小さな手が触れた。

「これじゃあ、握手になんないわね」

 男は苦笑したが、その苦笑は別なものだった。

「頼むから、てんとう虫だけはやめてくれ…」

 男の名前が丸虫まるむしに決定し。紫羅との縁も、その場限りではなかった。

 これが、クップルングの盗賊団の『始まり』であった。


「隠れれば、脱走がバレず速やかに移動できたものを……殴り倒そうと考えるか?ふつー」

 走りながら愚痴をこぼす丸虫に、紫羅は反論する暇はなかった。

 走る事に集中しないと(倒し損ねた者たち…)すぐに捕まってしまうから。

「紫羅、どっちを選ぶんだ?まっすぐか?右か?」

 飛び慣れれている丸虫は前方に現れた曲がり口を見ながらいった。

「…。ううん、前でも、右でもなく。左上を選ぶわ」

 宣言するのと同時に紫羅はその方向に跳び上がった。

 跳び上がり、目の前に存在していた縄梯子を登りはじめた。

「な、何だこれ?こんな細い糸で。切れるのがオチだぞ」

 丸虫が忠告するものの、紫羅は細すぎる縄梯子を登り始め、糸が切れることも、落ちる事なく、梯子が取り付けられている柱まで登り終えた。

「大丈夫、女の勘は当たるの。今みたいにね」

「………。で、その勘は、次どうすればいいと思っているんだ?」

 床から4、5メートルある通路のアーチ型の天井には光りを取り入れるための窓が取り付けられている。

「まさか…」

 ニヤッと笑った紫羅は、笑ったせいで、突然伸びてきた腕に対処する術を失った。

「わっ」

 と声をあげながら、腕のひっぱられるまま窓外へ

「しらっ」

 落下の二文字を想像した丸虫は後を飛んで向かった。

 よくよく考えてみれば、伸びてきた腕がある以上、その体が落下しない場所もある。

 窓外は、わずかな幅しかないが、身軽な紫羅と浮遊できる丸虫と引っ張った者にとって、身の危険はそれほど感じない。

 紫羅は割ろう(…)としていたが、一枚だけガラスがないのがあったようだ。

 『おそらく、紫羅みたいな事をしたな』と、丸虫が推測したのは、腕の持ち主を見たからであろう。

「私が(おとり)になって館の従業員をひっかきまわしてあげるから、あなた達は向こうにある大木に飛び移って逃げればいいわ」

「へ?突然、引っ張って、助けてくれるってわけ?」

「信用できない?」

 苦笑する者は、紫羅たちと同い年ぐらいだろう。

 闇色の長い髪を束ねて活発的なかわいい系の紫羅とは違い、黒髪をなびかせる少女は美少女というところだろう。

「ただより高いものはないからね。現実的な世の中だもの、罠か無理難題があるか、ね」

「ご名答。助ける代わりに、条件が一つあるのよ」

 黒髪の少女は懐から、手紙を取り出した。

「これを多人種ハンターの隷度れいどに届けてくれるのならば、脱走の手伝いをしてあげるわ」

「た、多人種ハンターだと」

 多人種ハンターは、紫羅や丸虫を捕まえた張本人であった。 

 予想していなかった存在に声をあげたが、紫羅も同じ反応を示していた。

「もしかして、果たし状?それとも裁判沙汰の手紙」

 むっとする美少女を見て、丸虫は確信することができた。

「恋文というやつだな」

 黒髪少女の表情が変わり、紫羅もさらに変わった。

「恋文って、あの犯罪者に?」

「犯罪って…あれはビジネスよ。そりゃ、勝手に人をさらっているわよ…私もその一人だし」

 うつむく美少女に赤味がさした。

「でも…好きになっちゃったんだから、仕方ないでしょ」

 被害者でありながらも、得体の知れない男に惚れるとは…俺には正直考えられないことだった。

 紫羅も同意見だが、彼女は理解することはできるようだ。

「まあ、恋愛にマニュアルなんてないんだから、いいんじゃない。いいわ、私が見つけてちゃんと届けてあげる」

「本当?」

「女に二言はないわ」

「ありがとう…」

 黒髪少女は微笑むものの、すこしだけ泣きそうな顔をしていた。

 今まで、ずーっと脱走する者たちを逃がす代わりに手紙を渡してくれるよう、頼んでいたと思う。

 でも、自分たちを捕らえた加害者の恋愛に理解するどころか、奴に近づく気にを持つ者はまずいなかっただろう。

 助け、断れ続けていたところで、突然、理解までしてくれた。

「………」

 理解してくれる者がいる。不安になっていた者にとって、これ以上の安堵感はないだろう。

「ただし、恋愛の決着だけはごめんだからね。手紙は渡すけれども、告白は、自分でよ」

「…わかっているわ」

 黒髪少女は笑った。



『恋愛の決着意外は、助力を惜しまない』という言葉が、いつの間にか定着し、俺達は何かあるたびに助け合うようになった。

 姿も考えも違う奇妙な3人だけれども『絆』が生まれる瞬間であった。



 その後。偶然にも、俺達は隷度に会うことができた。

 とはいえ、逃げ腰で渡したので、受け取った手紙を読んでくれたのかまでは、俺達が知る術はなかった。





 時が過ぎて

「………」

 色あせ、ボロボロになった紙は、変わらぬ言葉を語っているのに。

 愛しい文字が、胸をしめつける。

 『切ない』という言葉が冷酷な人間にも、涙を作らせた。

「……」

 隷度は酒をあおり手紙から逃れようとしたが、伸ばした手は再び手紙を捕らえる。

「何でだ…何故なんだ?深黒…。俺たちは、こんなに近くにいるのに、想いは変わらないのに…どうして遠いんだ?

 お前に会いたい。本当の意味で会いたい…」

 隷度のこぼした訴えは、広い書斎にわずかに響いて消えた。

 しかし、誰一人耳にすることはなく、トップとは思えない、哀しみと不安を訴える表情も、目にした者はいな


かった。

「ご主人様」

 いないからこそ、室外にいる部下の声に冷静に対応することができたのであろう。

「また、ブラック、スノー(黒髪少女の別称)が、脱走しましたが、すぐに見つけました」

「わかった。いつものように、脱走ルートを見つけだし、厳重なる監視に切り替えろ」

「かしこまりました」

 言葉とは裏腹に、隷度が安堵する顔も、知る者はいなかった。



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