妖精のいる森
あの愉快な盗賊団ができる前、俺たち『謎の3兄弟』は、遠く離れた大陸の深い森の中で暮らしていた。
いや、正確には暮らさなければならなかった。
気が付いた時には、この森にいて。その前は…わからない。
記憶がないというべきだろうな。半年前の出来事を誰一人として語れるもの者がいないのだから。
「………」
自分たちの素姓を握る鍵は、体調10センチしかない自分の姿だろう。
その背中にはトンボのよう透けた羽根が4つ、蝶のようにくっついていた。
妖精、には間違いないだろう。
「妖精、か」
妖精の姿を持っているが、その髪は赤く。目も鋭い。
パステル色の妖精には程遠い姿だった。
それは2人の弟達も同じで、違うところといえば、その体格だろう。
2番目は羽根があるが、人間と変わらない身長を持ち。3番目となれば妖精の形式すらない熊のような体
格だ。
俺達が妖精との混血児であるのは、記憶がなくても推測できた。
それ故に、妖精の世界から追放されたのも。
「………」
自分達の素性を握るもう一つの鍵は、目の前にある2つの大木。
銀色を思わせる幹と、エメラルド色の葉。
妖しげな木と木には、1メートルほどの間があった。
そこから別の世界に入れるのは、記憶がないはずなのに知っていた。
それから、そこに入れるのは人間と呼べない姿をする俺だけで、二度と戻ってこれないことも。
だが、弟たちを置いて行くわけには、いかない。
「…お、道が開けてきた」
警戒というものを知らなかった俺は、素直に彼らが現れるを見ていた。
今となっては自分の無防備さに悔やむべきか問題だが…。
「さすがは隷度さん。目的地につくどころか、宝物さえ、ぶら下がっているんだから」
現れたのは5人の男。
どいつも、ギラついた鋭い目を持ち、人を不安にさせる嫌な気配を放っていた。
「だから、俺の言うことが正しいって言ってんだろ」
中央にいた男の肯定は、捕まえろという命令でもあった。
男たちは、めいめいに虫捕り網を取り出し、一斉に向かってきた。
多勢に無勢だが、こっちは1人で背の羽と空がある。1、2度かわして上昇すれば、それで終わり。
「こらー。汚ねぇぞ」
「降りてこーい」
「………」
このまま、上昇していけば、何ごともく、弟たちのところへ帰れるだろう。
「………」
だが、1人の男が気になった。
隷度と呼ばれている男。
その目は他の者と明らかに違っていた。
底光りする、闇の目。
俺と同じ匂いをした…。
だから、隷度に向かって笑みを向け、さらにそれを口することができたのだろうな。
「なあ、捕まる気はないが、俺を買わないか?」
「捕まえれば、タダだといのにか」
「俺は捕まらない。あんた達は手もちぶさで帰るだけだ。そこの未知なる入り口があるが、人間は入れない
ようになっている。
今なら『迷いの森』の案内もしてやるよ。ここの森はひねくれている。偶然ここまで来られても、偶然、帰れ
るとは限らないからな」
「お前の話が、信用できると思ってるのか」
男は呆れながらも笑った。大方、自分の闇と同じものを持っていると気付いたからだろう。
「弟たちを町で暮らさせたい。普通に生活できるためには、金が必要だ」
「……」
隷度の鋭い目は、内面まで見透かされているような気がした。
とはいえ、やましい事はしていないから、普通に見返した。
「ふん。まあ、いいだろう。こっちにとっても、リスクなしは、ありがたいからな」
「恩にきる」
俺が売られれば弟たちと離れ離れになってしまうが、そこの世界に行くよりはマシだと思った。
弟たちはしばらくして、後からついてきたが…。
「あの時、お前を買った事を後悔しているよ」
書斎の椅子にどっかりと座っている隷度は、浮遊する羽のある小さな青年、丸虫を睨んだ。
「盗賊団の副ボスになって、脅迫めいた取引なんざ押しつけられる事もなかったんだからな」
「出世なら、あんたの方が上じゃないのか?館の主人に変装して乗っ取っているんだから」
「…ふん」
隷度は手にしていた書類を机にほうり投げた。
「そういえば、記憶がないと言ってたな。戻ったのか?」
それから取引から遠ざかるためにも、思いついた事を口にした。
「いいや、自分の名前すら知らないし、思い出す気にはなれない」
「怖いのかい。真実を知るのが」
「違うよ。その過去に価値がないからだ。
悔やむ過去を思い出したくない、あんたと同じで」
丸虫は闇のように笑った。