港町と盗賊
「聞いた?盗賊たちの争いだってよ」
「やだやだ。物騒たらありゃしない」
翌朝、食堂に来た助針は、町人AとBの会話をぼんやりと聞いていた。
「現場には、パッタバッタと盗賊たちが倒れているんだってよ」
「俺、聞いたことがあるぜ。
今はクップルングだけが居座ってたらしいけど、新しい盗賊がこの町に入り込んで来たんだってさ」
「盗賊どもの領土争いか?日の光を浴びて生活する俺たちにとっては、関係のないことだけどな」
飲んでいたスープをテーブルに置いて、助針はパンを食べながら話の続きを聞くことにした。
…はずだった。
「ない…」
パンは…いつの間にか移動していた。
正面に座っていた少女の口へ
「あの~それは私の…」
しかし、パンを食べる少女に返答はなく、他の食べ物まで手を出し始めた。
「あの~。私の朝ご飯なんだけど…」
「追加注文すれば、いいのじやない」
非常識な行動と言葉に、いくら温室育ちの助針でも文句が言いたくなるのではあるが…顔見知りの少女である以上、そうはいかなった。
安全でかわいい外見にだまされて、捕まるはめなった、昨日の娘。
華奢な体格に、まだあどけない顔は、どこにでもいる町娘に思えた。
しかし、ぱっちりとした大きな目から感じる力は、それ以上の年齢と威力を持っていた。
「あの~」
助針の声にようやく口を開いてくれたのは…デザートまで平らげてからである。
「さてと、お兄さん。昨日の事について説明してくれない?」
返答ではなく、質問を…
「昨日のこと…ですか」
しかし、助針は反論することなく、少女は助針の質問に答えてくれた。
「ファーロの連中が来た後の事よ。 現場には、見張りの変わり果てた姿があったけども、残りの連中らしき姿はないの。 お兄さん、あの現場にいたんだから、何か知っているはずでしょ」
「助針と言います。 私は、どさくさにまぎれて逃げてきただけです。
…でも、私が逃げているとき、丸虫さんという方と女性か敵と戦っていましたが」
「丸虫と赤粘土ね…」
少女は長いこと考えに沈んでいたが
『よし』と、テーブルを叩いて、立ちあがった。
「あのー。一体、何なんですか? 私を捕まえたと思いきや、人の食事を横取りして」
不満を口にする助針は、首に何かの感触を感じたものの、目で確認することはできなかった。
「あんたを捕らえたのは、行動に問題を感じたから。さあ、さっさと行くわよ」
少女は紐を引っ張る仕草をしてみると…
くん と、助針は見えない糸に引っ張られ、助針は前のめりになってしまった。
「黒雪印の丈夫で極細の糸よ。
忘れているようだけど、助針坊や、あんたは立派なとらわれ人だからね。
我々、クップルングの」
こうして助針は、自由を失い、安全平和な店から出るはめとなった。
…もちろん、食事代を払ってから…
「はあ…」
抗争中の盗賊に捕らえられた助針は、先行き不安のため息をつくことしかできなかった。
「果たして、無事に町へ帰ることができるのかな?
いや…明日、元気でいられるのだろうか」
とかなんとか、思っていた助針は人の声に気づくことはなかった。
ようやく気づいた時は…
その者が助針の胸倉をつかみあげ、近くの壁へぶつけた瞬間であった。
「がぁっ」
「一言も漏らさずに吐け。兄さんはどこにいる?」
目の前に現れた青年は、殺意に近い視線を助針に向けていた。
「やめなさい。本当に知らない平和人なんだから」
静かな少女の一声は、青年を落ち着かせ、助針から離れさせた。
「…。そうか、なら、悪かったな。脅したりして」
「悪いわね、助針。昨日の留守組に、こいつの兄弟が入っていたのよ」
「…親族の方が、いらっしゃったのですか。気が焦るのも無理はありません。気にしないでください」
育ちのいい助針は紳士的に対応した。
もともと優しそうな顔をしているので、かなりの好感を得たことだろう。
「で、誰かから連絡とれた?」
…しかし、少女にとって威力はなく、糸に引っ張られ助針は進むしかなかった。
5、6歩進んだ時の事
「ん?」
助針は ひゅるるるる という嫌な音を聞いた。
…そして頭に直撃。
「いたたたたっ」
捕らえ人の騒動に気づいた2人は振りかえり、助針…ではなく、助針にぶつかった方へ駆けつけたのであった…
「ちょっと…」
「丸虫っ」
それも そのはず。ぶつかってきたのは小さな仲間だったのだから。
「…これが、丸虫さん?」
助針がおどろくのも無理はなかった。 丸虫の体調は10センチにも満たされず、一見人形のような男だったのだから。しかも、その背中には透き通った、まるで妖精のような羽が存在しているのだ。
さらに…
「兄さん、しっかり」
…それだけではなかったようだ。
長身の助針とさほど変わらない青年は、丸虫を持ち上げ、そう言ったのだから。
「え…兄弟って」
「そうよ。丸虫と細虫はれっきとした兄弟よ」
「………」
助針はぽかんと口をあけていることしかできなかったが、
他の者たちは、話を進めた。
「俺は大丈夫だ…それよりも、赤粘土が…」
「……」
返答することなく、少女は走りだし、紐を付けられている助針も走るはめとなった。
赤粘土と呼ばれる女性がいる現場は、戦闘場になっていた。
それを目にした少女は、とまどう事なく(…糸を放してから)戦闘の輪へ飛びこんだ。
「細虫、俺の事はいい、後に続け」
「はいっ」
細虫と呼ばれる青年も、短剣を抜き放つと、戦闘の中に入っていった。
戦闘の場は、武器を手にした数十人と一人の女性の不利な戦いだったが、二人が加わったことにより、状態が変わり、不利という言葉が消えうせた。
「………」
赤粘土の前に現れた少女は…まるで、彼女だけ早送りをしているように、あまりにも素早い動きだった。
少女の速過ぎる攻撃に、1人、2人と倒れ…4人目で、敵側が後退を始めた。
「帰って、ボスに伝えな。
クップルングのボス猫は、3年たっても、恨みは忘れないとな」
その姿から想像できない気迫に、敵は たじろづき、敗走を始めた。
「………」
安全な所で見守っていた助針の肩に丸虫がひらりと止まり。それから説明してくれた。
「あれが。我が、クップルング団の頭、紫羅だ」
助針は驚いたが、うなづいてしまった。
『クップルングの猫』は、人を威圧させる強大な力を放っているのだから。
「レポートには、最適だと思うよ、ここは」
丸虫はそう言ったが、こうも言った。
『俺にとっては、あんたの方が、興味のある人材だと思うけどな』と、