怪盗事件
「怪盗?」
『黒粘土』と呼ばれている、カードゲーム参加者の中で年長にあたる中年男は、手持ちのトランプをにらみつつ、言葉を放った。
「そう。最近、金持ちばかり狙った盗難が多いのよ」
向かい合わせに座る少女。港町の盗賊団のボスである紫羅は、ため息混じりに答えたが、手持ちのカードを見てにやっと笑った。
「でもさあ、その泥棒。絵とか、宝石とか売りとばしたらかなりの額になる高級品には目もくれず、現金か中流階級でも買えるアクセサリーしか盗んでいかない」
「足がつくからだろう。大きな組織なら海を渡って見知らぬ国で売ればいいが近所に住むコソ泥ならそうもいかない」
向かい合わせに座る黒粘土と、盗賊団の女ボス紫羅から離れたテーブルに陣取っている10センチの妖精みたいな丸虫は、いらなくなったカードを捨てに飛んできた。
その小さな体でトランプを持つと、周りから見られてしまうからの処置である。
「コソ泥とはいえ、盗まれたのはプライドの高い連中だ。連中が『コソ泥』ではなく『怪盗』と呼んで騒いでいるからな」
「件数がやたらと多くとられた額を計算すれば、かなり盗られているらしいですね」
一風が黒粘土の頬に当たった。それから、テーブルの中央に集められている捨てカードが増えているのに気付いた。姿を見せない仲間、影である。
「で、その怪盗を俺らの仕業じゃないかと疑っているわけだ」
黒粘土はカードを取り、まだあどけなさが残る少女の顔を伺った。もちろん、手持ちカード状態を見るため。
「ううん。ここの偉い人から『いかがわしい怪盗』を退治するよう依頼が出たわ。疑われてはいないわね」
紫羅は立ち上がった。
「我が盗賊団クップルルングは最下級層の秩序を保ちつつ、ちょっと悪どいことをしているだけだからね。町を混乱しないように活動しているから、存在を認められているし何かあれば要請がくる」
紫羅は丸虫のいるテーブルに近づき伏せてあるカードを一枚とっていった。
「いわば町の掃除屋だからな。
それはそうと頭。いい加減ポーカー覚えてくれないか。盗賊団幹部がババ抜きなんて絵にならない」
「やだ」
事件が始まろうとしているものの、ここの空気は平和のようだ。
「銀貨が10枚。銅貨が23枚。アクセサリーなし…まったく、金持ちのくせして、ろくなのがないわねぇ」
移動用ランプ、カンテラを照らしながら赤髪の女は不平を漏らした。
闇の中にある唯一の明かりは壁を照らし、有名そうな絵画に向いたがすぐに闇と化した。
「………」
「ちょーっと、相棒。ちゃんと捜してる?物音しないわよ」
ソファー寝そべる相棒は手にしていた書類らしきものを床に落として、サボっている事を隠した。
「…ふぅ」
『相棒』と呼ばれる同じ赤髪の男は、頭の中で愚痴をつぶやくのであった。
『酒場で声をかけたばかりに…意気投合して、ウワバミ女の酒代まで払い、財布はすっからかん。
真夜中に警備の薄い高いところから侵入して盗みを働いても、相棒の酒代で足が出てしまう。
とほほ、だよ。
まったく、これじゃいつまでたっても…』
「……」
赤髪の男は愚痴をこぼしていた事に後悔した。
闇の中で何かに触れたのだ。
「メア、逃げろっ。人が居る」
赤髪の男に触れたは鋭利な刃物であった。
コインが床に鳴り響いた。
相棒の行動を耳にしながら、男も頬に触れている刃物を無視して起きあがり、窓に向かった。
「お待ち、コソ泥2人組。窓から飛び降りたって…」
暗視能力のある紫羅は、二人が窓から飛び降りるのを目にした。
ここは3階。下は広い庭になっているものの木はない。
紫羅は窓に向かい、外を見つめた。
下ではなく、闇の空を。
「…やられたわね。コソ泥があたしらみたいに特殊能力持っていたなんて」
「サクリファイス館(特殊能力者たちの人種販売所)の脱走者でしょうか」
闇の中にたたずむ影も、赤髪の女が鳥の姿に変わっていったのを目の当たりにした。
「かもね。明日、深黒(サクリファイスに住む親友)にでも、情報を聞き出すしかないか」
「それはどうでしょうか」
盗賊段の女頭は影の言葉に振りかえった。
「うまくいけば、今夜中にも決着がつくかもしれませんよ」
空を飛んで2人は大木の太い枝にたどり着いた。
「もお、最悪。鳥の姿じゃ、銀貨2枚しか運べないのよ」
女泥棒ことメアは、くちばしに銀貨をくわえたまま人の姿に戻り、柔らかい唇から今回の報酬を手にした。
「その状況でも盗む根性がすごいよ。
しかし、どうするんだ?俺達目をつけられているぞ。下手すれば昼間だってウロつけなくなる」
人の姿で飛ぶ能力を持つ男は頭をかき、背中を見つめた。飛ぶ力をもつ『それ』がちゃんとしまえたか確認するため。
「鳥の姿になってればいいもん」
「お前はいいよ。俺は変身できないし。第一、鳥の姿で酒場に行けるとでもおもっているのか?」
「う…しまった」
相棒より酒場を重視する女に男はため息をついた。
「まったく、どうしようもない弟だな」
新たなる声に、2人は凍りついた。
「だ、誰?どこ?」
「ここにいるよ、メア」
男は自分の肩に向けていた手を相棒の前に差し出した。
「手の上に」
明かりのない木の枝だが、暗闇になれた目を凝らせば男の手の平に何か居ることぐらいはわかる。
「な、何?動物?物?私の目じゃ、わからないわよ」
「10センチの妖精だよ。しかも、俺が旅する目的にもなった。生き別れの兄貴だ」
「… … …」
相棒男の言葉を理解するのに数秒とかかった。
「あ、兄貴って、お兄さん…になるんだよね。この世界に妖精がいるのは知っているけれども。
…ちょっと待って。あんたは人間サイズじゃない」
突然の再会による衝動もあるが、メア混乱はそっちにあった。
「俺が虫の羽で飛んでいるところを見たことがあるだろ」
ちなみに相棒はメアよりも長身である…。
「あああるけれど…これが生き別れのお兄さん…ええぇっ」
相棒男は頭を抱え、酒場の件よりも混乱するメアをほおっておくことにした。
目の前にいる兄を睨みつけるために。
「何しているんだ。末弟を置いて」
「………」
丸虫の言葉に弟は、目をさらに吊り上げた。
「それは兄さんだって同じことだろ。どうして俺達を置き去りにしたんだよ。3人で力を合わせれば、森だってどこだって暮らせるのに。どうしてなんだよ」
丸虫は、特殊能力者を専門に扱う人身販売に身を売って、2人の弟から姿を消した。
2番目の弟は兄を探すため、この町に来た。
「無理だ。人間の姿に近いお前たちならともかく、この小さすぎる姿では一目を引く。俺は売り物になって金になった方がお前達のためだ」
2番目の弟は兄のいる手を握りしめた。
「何、勝手なことを言っているんだよ。それは自分の都合に合わせただけじゃねぇか。何が小さすぎる姿だよ。人間と違う姿して生きていかなければならないのは俺も弟も同じなんだよ。
俺達は、記憶を消され、故郷を追い出されたこの状態で一生すごさなければならない。力を合わせなければ、誰かが1人でも欠ければ生きていけない、そういう立場なんだよ」
「………」
握り締める弟の力は強く丸虫は苦しかったが、弟に向ける目は刃物のように鋭い。
「…。お前の言うことは少しだけ正しい。
だが、間違ってもいる。
確かに俺達は生まれた記憶を消され追い出された。死ぬまでこの姿だ。だが、身を潜め合って生きていかなければならない弱者ではない。
俺達がこれからたどる行動によって立場は変わって行く。
誰かが欠けたって生きていかなければならない」
「やだ。兄さんと一緒じゃきゃ嫌だ」
「嫌だって、何、子供みたいな事を言っている。俺は一介の盗賊になったんだ。お前らは別の道を歩め」
「俺だって立派なコソ泥になったんだ」
「胸を張って言えることじゃないだろ。第一、あいつはどうするんだよ」
「手紙で呼び出せばいい。あいつは俺の言う事を守って、まだ村にいる。俺らが戻ってくることを信じて真面目に働いているよ」
細虫の一言で子供じみた喧嘩は収まって行った。
「真面目にか…」
「あいつは真面目だから、何年たっても何十年たっても、俺らが戻ってくる事を信じつづけている。
兄さん。それでも兄さんはまだ勝手なことを言うつもり」
「………」
丸虫は言葉を詰まらせ、弟が放った言葉にうなづくしかなかった。
「兄さん。俺らは1人でも欠けてはならないんだ。この世界でたった3人だけの家族なんだから」
怪盗事件は幕を閉じた。
盗賊団に依頼した者達に報告し、盗難事件がぱったりとやんだからである。
「本当に本当に、あの船で来るのね」
コソ泥2人組、細虫とメアは特殊能力を買われ盗賊団の一員となり、今日、丸虫たちの弟が新たに加わる。
水平線かなたに浮かぶ小さな点が近づいてくる様を、出迎えに来た兄弟以外の者たちは興奮しながら議論をかわしていた。
「だって丸虫が普通妖精で、2番目の弟君が人間サイズの羽根付き。となれば…」
「いや、頭。いっそのこと、丸虫サイズに戻っているじゃあないかな。それでいて羽なしとか」
丸虫と2番目の弟こと細虫は視線を交わし、意地の悪い笑みを向けて近づく船に視線をもどした。




