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クップルングの盗賊  作者: 楠木あいら
盗賊ができるまで
11/12

港町トンバラズ


 港町の盗賊になると決心した紫羅(しら)と頼もしき小さな相棒丸虫(まるむし)は目的地にたどり着いた。

「………」

 そして『決心』したことに少し後悔した。

「これが…港町か?」

 大陸から様々な物があつまってくる港町。

 商人が行きかい、様々な人が集まり、賑わいのある所。

 なのにトンバラズの町は、それがなかった。


「港町ってこんなんだっけ?」

 紫羅は隣で背中の羽で移動する体長10センチしかない妖精こと丸虫を見上げた。

「森を出た時に入った別の港町は、ここより小さな所だったが、ここよりも賑やかだったな」

 2人は街中を探索してみるものの、行き交う人、様々な商品を売る露天にも沈んだ空気を放っていた。

「灰色って言葉が当てはまるな」

「2つの盗賊が縄張り争いをして壊滅状態になったんでしょ。それが原因なんじゃない?」

「盗賊は裏の存在だ。表通りまで静まり返るのはおかしい」

「モンスターだよ、脱走者さん方」

 声は前方の曲がり角から聞こえた。

 建物と建物の狭い裏路地。薄暗い所から現れたのは30代ぐらいの男だった。

「噂じゃ、派閥争いして負けた盗賊のボスが飼っていたモンスターが逃げ出したらしいよ」

 それから男は手を差し出した。

「5000リロ(お金の単位)で、詳しい話と多人種ハンターから捕まらないためのボディガードをしてやろう。その変わった姿は一発で多人種販売館からの脱走者以外ないからな。

 それから観光案内もサービスするよ」

「断る」

 紫羅の持つ布袋のふくらみに視線が向かっていることに気づいた丸虫は速答で答え。

「OK」

 …たものの、紫羅は快く承諾した。

「紫羅、こんな無茶苦茶あやしい奴を信じる気か?」

「あら大丈夫よ」

「お前の勘がいつも当てはまるとは限らないんだからな」

「あら、勘だって良くわかったわね」

「勘以外で物事を判断したことがあるのか」

「………」

 紫羅の無言に丸虫は頭をかかえた。

「安心しなよ、お2人さん。そう堂々と怪しいと言われて騙し取る気はなくなった…。

 というのもあるが、騙し取る気がないのが本当のところだ。

 俺もこの港町に住んでいるからな。なんとも言えない奇妙な空気のせいで気力がないんだ」



「ここに2、3日いれば嫌でもわかるよ。何て言うかな、休み開けの朝。酒を浴びた後にくる二日酔いのようにかったるくなる」

 酒場の外から見える町を見ながら男は酒を飲み干した。

「モンスターは毛むくじゃらの固まりだが、人肉を好む。敵対する盗賊や物乞いやかっぱらいする奴らをさらっては餌にしていたらしい」

「派閥争いで壊滅して、飼い主がいなくなったからモンスターが逃げ出したってことか」

「それも魔族レベルだ」

 見上げた丸虫の視線に男は満足げに言葉を続けた。

「妖精さんでも、魔族ぐらいはわかるよな」

「ああ。(自分の記憶はないが)知っている。遙か遠い物語だな。

 人間世界を支配しようとした『悪者大魔王』がいたが『良い英雄』がどこからともなくやってきて倒した。

 魔王はいなくなったが、まだ部下は生きている」

「そしてよなよな起きては、悪い子を食う。それが嫌ならば良い子供になりなさいと親から言い聞かされたもんだな」

 男はおとぎ話になりつつある歴史話に笑ったが、自分の過去を知らない丸虫は表情一つ変えず、男が口を開くのを待った。

「しみったれた話は、さておき。要はやっかいなレベルのモンスターだってことだ。

 退治しようという声があるが、なかなか素早くて手も足もでない。

 だが一番の問題は、夜目が利くことだ。黒い嫌われ虫みたいに突然現れる。悲鳴に気づいた時にはもういない。モンスターも被害者もな」

「やっかいだな」

 丸虫は目の前にある人間サイズの大きなコップにつがれた果実酒をスプーンですくい口に含んでから。相棒を振りかえった。

 厄介ごとに首をつっこみたがる少女ならば『じゃあ、それを倒せば一大有名人。そのまんま盗賊段のボスになるチャンスね』と言ってもおかしくはなかった。

「………」

 しかし、隣の相棒は静かだった。

「すぴ~」

 旅の疲れか酒のせいかはわからないが、椅子に座ったままの状態で熟睡していたから。

「やれやれ、しょうがないお嬢さんだ。

 丸虫とか言ったな、宿はとっているか」

「いや。だが、安全なところを選ぶし。お前さんの助力は要らない」

「信用できないのはわかるが、どうやってお嬢ちゃんを宿に連れて行くんだ?それに、この布袋も」

「紫羅を叩き起こせば済むことだ」

 丸虫は手を振って男を追い払った。

「気を緩めないのは、港町じゃあ当然のことだが、後悔するからな」

 男は立ち上がり、テーブルの上にいる小さいが隙のない男を見下ろした。

「そうかい。その助言だけ受け取っておく。俺はあんたを信用するより、俺は後悔する方を選ぶよ」

 見下ろされているのにもかかわらず、丸虫が向ける目は男の目と変わらないものだった。



 しかし後日。この会話を知らない女ボスが『黒粘土』と命名し快く仲間にいれ、遠い後日。男の言葉を思い出すこととなった。(猫と船と闇 参照)



「で、人がせっかく、気持ち良く寝ているところ邪魔したわけね」

 紫羅は鋭い目を丸虫に向けたが、丸虫が言葉を返すことはなかった。

 紫羅を叩き起こし、荷物を背負わせて宿屋に向かわせたったのだが、当の本人は紫羅の肩で船を漕ぎ、危うく部屋の床に落とすところだった。

「ちょっと丸虫。自分のことは棚にあげる気」

 紫羅は胴体を軽くつかみ振ってみたが、起きる気配はなかった。

 おもいっきり振りたいが、小さすぎる体では骨が折れる可能性があり、仕方なくほったらかすことにした。

「ほったらかすと言っても…どこに置こう」

 自他ともに認める紫羅の寝相では枕元にすら置けない…。

「いっそのこと、照る照る坊主にして窓に吊るすか。晴れれば一石二鳥だし」

 もちろん冗談だが、紫羅は窓を開け、夜の空気を取り入れた。

 窓外は夜闇が覆い、時の流れと共に光の恩恵を受けなくなった冷たい風が紫羅の頬を通り、髪をなびく。

「ん?」

 更なる一風が少女に警告を与えた。

 声を立てる間もなく、紫羅は窓から飛び込んできた黒い塊に動きを封じられた。

「うわっ、な、何?」

 窓側の近くにいた紫羅は反対側の壁に背中をぶつけていた。

 痛みが伝わってくるが、痛みよりも何が起きたのかわからす混乱が痛みを消していく。

「……」

「…何だ?紫羅?おい、どうした?」

 目を覚ました丸虫が辺りを見まわしたが、僅かに闇を消していた蜜蝋の炎ですらかき消されてしまっている。

 暗色の空間で、相棒が今の情報を知る術がなかった。

 言葉という情報伝達があるのだが飛び掛って来た、見えない『それ』は口を塞ぎ、紫羅が抵抗する手足が壁にぶつかる音しか聞こえない。

「おい、紫羅。明かりをつけろ。一体、何がどうなったんだ?」

 丸虫の声は、異変に気づいたがそれが何なのかわかない不安が含まれていた。

「………」

 そんな闇の中で暗視の力を持つ紫羅の目は、自由を奪うう『脅威』を見続けていた。

 それは黒い髪をした人型、少年であった。しかし、その肌は…

「?まさか、見えるのか」

 動きを封じていた者も持つ暗視の目が紫羅の表情に気づいた。

「……」

 その者は捕らえたばかりの獲物から手を離し。

 そして、背を向けて走り出した。

「ちょっと、待ちなさいよ」

「おい、何があったんだ」

「何でもない。丸虫、荷物頼んだわよ」

 紫羅は『それ』の後を追い、開けはなれた窓から飛び出した。

「おい、紫羅。ここは2階だ」

 丸虫の遅い警告を無視し難なく着地した紫羅は改めて待機命令を出すと、恐れもなく夜の町を走り出して行った。



「はぁ…まったく、すばしっこいんだから」

 夜の港町の裏路地に入りこみ、明かり一つない暗色の通路を走り続けた。

 町の活性をおさえるモンスターのせいか、はたまた紫羅の運がいいだけかわからないが、行く手をさえぎる者たちが現れることなく、追いかけっこは続く。

 それが唐突に終わったのは目の前の曲がり角を無警戒に進んだ後であった。

「わっ、ととと」

 紫羅は暗色の狭い通路を走ろうとしたが、目の前に追いかけていたはずの物体が物のように転がっていたため、危うく転ぶところだった。

「ちょっと、何してるのよ、危うく転ぶところだったでしょ」

「………」

 座りこんでいた者は 倒れていた。

「え、ちょっと何よ、あんた…どーしたっていうの。まさか、動けないところを油断させて襲いかけようとするわけ?」

「ぐるるるる~」

 声の変わりに音が答えた。

 お腹がすいて動けないと…。



 コウモリを飼う人種ではない。だが、暖かいみ物。それが自分の生命をつなげる食事。

 それは、生命を維持するために流れ出る生きた液体…それが口の中に入っていく。

 この体に…


「入っていくだと?」

 意識を取り戻した少年の目は暗色に包まれた狭い路地と、ひざまくらをして少年を見下ろす少女、紫羅に気づいた。

 それから少女から放たれる赤い液体。

「な、何をした」

 少年は跳ね起きたが紫羅が動ずることはなかった。

「良く言うわね、勝手に倒れておきながら」

「好きで倒れていたんじゃない。それはそうとなぜ、口に入れた?」

「口に入れたって血の事?そりゃあ、あんたがうなされるように『ち…血』と言ってたからよ。吸血鬼さん」

「俺は吸血鬼なんかじゃない」

「どうして?棺の中にいる死体みたいにあんたの肌、真っ白を通り越して灰色じゃない。その前にあんたって生きているの?」

 紫羅の言葉に少年の目が険しくなった。

「お前…見えるのか?」

「暗視能力があるからね。死人のように白くで最初はびっくりしたけれどね」

「恐く…ないのか?」

「あんたの肌は恐いけれども、あんたの顔、恐くないわよ。怒っても威厳なさそうだし。あ、優しそうだって事よ」

「……。本当に恐くないのか」

 紫羅は速答で同じ言葉を唱えた。

「…変だな。お前…」

 少年は息を吐き出し、気を緩めた体が限界を告げた。



「今だから、話すよ。あの宿の部屋は、食事用に使われていたものだ」

 紫羅の膝に頭を乗せるのに抵抗はあるが、抵抗する体力のない少年は暴露した。

「宿屋の主人と斡旋する男、あいつらと商談を結んだ。商談だ、契約ではない」

「あたしにしたら、同じになんだけれど」

「全然違う。あいつらは商談以上の約束はできない」

「?」

「話を戻す。あいつらは餌となる者たちを斡旋し、俺は部屋に泊まった者を襲う。俺にとっては食事の提供する代わりに、俺は街中を騒がしているモンスターに宿屋と関係者、それから男を襲われないようにする」

「モンンターって、あれ、あんたの仕業なの?」

「それは違う。

 言っておくが、モンスター騒動は俺ではない。別にいる。

 俺の持つ能力であのモンスターの動きを抑えることができる。それだけだ」

 少年は言葉を閉ざした。紫羅が短刀で切り、流れ出た血を口にするため。

「本当に…いいのか?もらっても」

「襲いかかってきたのに?」

「襲うのと貰うのでは大きく違う。それにわざわざ血を提供する奴なんていない」

「あたしは別にいいわよ。あんただって、とりあえず生きているんだし。生きるのに困った人をほっておくわけにはいかないからね」

「………」

 それは食事のために口を開いたが、紫羅の言葉が頭の中で浮かんだまま消えないでいた。

 『生きるのに…か』

 少年は推測した。

 この者は(宿屋にいた)連れも別種族の者なんだろう。だから町の者と違い抵抗感がないんだ。

「………」

 だが、この姿を見られる者など始めて見た。この姿に恐れないのも。

 さて、どうしよう。

 この姿を見た者に生命を持たせる権利はない。(商談した奴らとは見えないところで連絡をとりあっている)

「…。あんたに礼がしたい。明日、北側にある3番倉庫に来てくれないか?」



 昼間とて光の触れない闇の中。倉庫。

 少年は積まれた物のように存在していた。

 物も者も空気もすべて闇の中に覆われうずくもっていた。

「………」


 遙か昔の物語。

 闇でしか存在しないように人間は我々一族を追いやった。

 忘れ去られた、いや、封印された一族の生き残り。

 故に姿を見られるわけにはいかない。この死人のような肌をした人型の生物は『それらの生き残り』でしかいないのだから。

 あの少女は気付いていないだろうが、口を開けばたちまち騒動になる。

 面倒なことにならないうちに町を出た方がいいだろう。

碑獣ひじゅうよ。人に飼い慣らされた、落ちぶれた動物』

 少年が唱えるように放った声が消えると、すぐに物音がした。

「ここにくる少女を消せ」

『御意。……様?』

 町中を騒がす一匹のモンスターが人語を大きく放ったのは、闇中にいる少年の体がぐらりと揺らいだから。

「まだ回復していないようだな。

 …。

 碑獣よ。予定を変更する」

「はい」

「あの少女は私が始末する。お前は私のエネルギーとなれ」

「エネルギー…でございますか」

「ああ。お前ら碑獣は、元々2つ先に生まれた兄者の食料としてつくられた生物。2つ後に生まれた弟がくらっても何の支障はないだろう」

「はい…。あなた方の命令を拒否することが、どうしてできましょう」

 弱々しく答えた人喰いモンスターは、ゆっくりと進んだ。自ら喰われるために。

 何も見えない闇の中。当事者しかわからない小さな異変は少年に襲いかかった。

 力の差があるとはいえ少年の体調と油断が回避できなかった。

「…。な、何を」

「命は惜しいものです」

 声は少年の耳元で響いた。

「貴様。何をしているのかわかっているのか」

「ええ。あなた様の肩に喰らいつき、エネルギーを我が物にするのです」

「人に飼われ、家畜以下に陥ったモンスターめ。許される事とわかっているのか」

 叱咤しながらも少年は抵抗を続けた。

 しかし、もがけばもがくほど碑獣の肉を裂く牙体内くい込んでいく。

「昔話になるほど昔なら私は、一瞬にして朽ち果てていく事でしょう。

 でも、ここは何もかも忘れ去られた現代です。あなた様を喰らったとしても何の『おとがめ』はありません。

 いや、むしろ。弱くなった肉をたしにして、闇の存在を繋いでいくものでは、ないでしょうか」

 モンスターが僅かに止めた間に少年のうめき声があがった。

 少年は闇の中で転がり肩を押さえようとしたが、その部分がないことに気付いた。

「…」

 肩の痛みよりも、誇り高いプライドに、動く力を失った。

 立ち直るまで数秒であったにしろ、致命傷を負うには十分な時間であった。

 少年は声を放った。

 生きているからこそ放つことができる。『悔い』の叫びを。

 その声が少年自身の耳に届いた。

「…」

 だから気付くのに時がかかったのだろう。

 耳に届いた声に自分以外の声があったことに。

「………」

 それから一風に気付いた。




 時が流れて

「私にとって、それは『生命の風』と呼んでいます」

 闇の中にいる少年こと『影』は回想を終えて、仕えるようになった女ボスに言った。

 とはいえ、それを耳にする者はいない。

 この部屋にいる盗賊の頭こと紫羅は、椅子に座り船をこいで夢の海原を冒険していたから。

「頭は私を恐れない。というより、私の正体、名前すら聞こうとしない。

 だからこそ、私も頭に忠誠を誓うことができる」

 影は昔、誰かが言ったある言葉を思いだし、今でもそれに納得できることを確認した。

 『過去を忘れても生きていける』と



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