情報の町から来た男
「その話、本当?」
日当たりのよいテラスで昼食をとる弟は食事を中断してまで、長男に顔を向けた。
「俺が嘘つくわけないだろう。
うちの かわいい末っ子は、親父殿の命令で、海上に出て船に乗り修行の旅に出たわけよ。
『トンバラズ』とかいう港町に行って『クップルング』についてのレポートを提出しろってね」
「レポートねぇ、学生じゃないんだから…」
「でも、温室育ちの世間知らずには、いい内容だよ」
「…クップルングねぇ」
手に持っていた食物を平らげてから、次男は気持ちの良い風を浴び、キレイな青空を見上げた。
「まさかとは思うが、次男君。クップルングが何か、知らないわけはないだろうな」
「知らなかったら、情報屋がつとまらないよ。ましてや、この世界にある全ての情報を握る上集家の息子ともなれば、ね」
「まあ、レポートとしては、いい場所を選んだけど…大丈夫かな?」
「ま、直接、聞かない限り問題はないよ」
「そうだな、いくら、うちの助針でもなぁ」
しかし…助針は道を尋ねるように、それを聞いてしまった。
「どうしてだ?裏道でぼーっとしている人に聞いたら…。何で追いかけられなければならないんだ?しかも、大男に」
でも、何とか…いや運良く逃げ切ることができた。
「何なんだ、一体」
ぼやく助針は、とりあえず大きな通りに出て安心することにした。
トンバラズと呼ばれる港町は、助針が住み慣れていた町とかなり違い薄汚れた色の建物が多く、歩くごとに不安がまとわり付いてきた。
とはいえ、世間を知らずに育っていなければ、よくある港町の風景である。
磯を含んだ風が吹き、大小の船が海を占領する町には、海の世界の往復に慣れて耐えてきた様々な人種が町を歩き、船荷を集め保管する倉庫が建ち並ぶ。
逃げることに専念していた助針は、その倉庫エリアを歩いていた。
「表通りならば、人がいっぱいいることだし」
角を二つ、三つ曲がると、ようやく人の姿が見られるようになった。
「すいませーん。大通り下りには、どう行けば…」
声に気づいた少女は笑みを浮かべた。
にこっ ではなく、にやっ と…
「………」
羽交い締めにされて、暗転に陥ったことに気づいたのは、その後だった。
「で、何なわけ?白昼堂々 うちらのことを聞いてきた奴は」
場所は変わって『クップルング』と名乗る者たちの集まり場。
5人の男女が丸いテーブルを囲み、手にしているトランプを見つめていた。
「世間知らずの平和ボケ男って事は…。仕事を持ってきた、お客さんか?」
「いえ。奴が話すには、一人前の『情報屋』になるため、修行としてうちらのレポートをとってこいと。親御さんに言われたそうです」
「何それ」
そこに居合わせる唯一の女性が大げさな声でいったが、話なのか、手に取ったカードのせいなのかは、わからなかった。
「何でも『情報の町』っていう所から、来たそうですよ」
「じょーほうの町?聞いた事あるか?」
5人の中で年長にあたる中年男は問うついでに、仲間の顔色を伺った。
「…何だ全滅か」
「そういう黒粘土は知ってるわけ?」
『黒粘土』と人の名前のように使っているのだが、彼らにとって仲間しか通じない固有名詞であり、本名は別にある。
「知らない。
しかし…作った話にしては、怪しすぎるな。 嘘をつくんだったら、もっと まともなものになるんじゃないのか」
「じゃあ黒粘土さんは、本当の話だと思うんですか?」
敬語を使う大男は、助針を追い、羽交い締めにした者であった。
「本当にしては、かなり浮いている気もするが…案外、本当だったりしてな」
「そうかあ?もし、本当だとしたら…なぜ、クップルングなんだ?」
5人の中で一番小さ過ぎる男は、自分のカードだけを睨みつけながら聞いたが、返答はなかった。
しばらくカードのやりとりだけが続いたが、ややあって、口を開いたのは年長の黒粘土であった。
「もし、変な奴の話が、本当だとしたら…その『情報の町』とやらは、かなりの所だろうな」
「どうして?」
「港町にいる小さな盗賊団の事を知り尽くしているからだよ。
レポートを書かせるほど、興味深い所だとな」
「なるほど…俺も同感だな」
しかし、反発の声が一斉にあがった。
小さな男の言葉にではなく、カードを机に置いた行動に…
「あー、汚ねぇぞ、丸虫 」
「そうですよ。俺なんか、あと一枚だったのに」
「過ぎたことは、仕方ない。さて…」
「さてって、何よ。勝ち逃げする気?」
「仕事だよ。
…の前に、その怪しい、謎の人物はどこにいるんだ?」
「奥の部屋よ。私も行く。そのお兄さん、かなりの美男子なんでしょ。
丸虫、ついでだから連れていってあげる」
立ちあがった女性は、丸虫と呼ばれる男をひょいと持ち上げた。
薄暗い部屋では、縄でぐるぐる巻きにされた平和ボケ青年が、見張り達から真実を聞かされていた。
「え、盗賊…」
「そうだよ。『クップルング』というのは、この港町をしきる我が盗賊団の名前さ」
「え…じゃあ父上は、私に盗賊のレポートを書けと…」
「そういうこったな。お前さんの話が本当ならば」
「本当だってば。何度も言うように、私は…」
短い悲鳴が目の前で聞こえた。
今の今まで助針をからかっていた見張りの一人がのどを押さえ、それから派手に倒れた。
「わああ。ファーロだ。ファーロが攻めてきたっ」
残りの一人が叫び声をあけだが、侵入者の一人によって倒されてしまった。
…丸虫と女性が扉をあけたのは、この直後であった。
「丸虫、2人を呼んで」
しかし、その直後に後方からも、派手な音が響いてきた。
「挟み撃ちだ。ファーロの奴ら、表と裏口から入って来やがった」
「…………」
呆然とする助針の前で、戦闘は繰り広げられていた。
女性は細身の剣を振りまわし、少し離れた所から、丸虫と思われる、別の戦闘音や声が絶えることなく聞こえた。
「まったく、丸虫と一緒にくるんじゃなかった」
「それは、こっちのセリフだ」
盗賊たちに余裕があるのか、無駄口を叩いていたが、それも一時的だったらしい。
それから先、会話というものが一切聞こえなくなったから。
「…。に、逃げなきゃ」
身の危険を感じた助針は、腰がひけているものの、脱出をはかることにした。
幸いにも…というのか、侵入者が来る前から床に転がされているので、戦闘者たちの目に入ることなく、助針は、取り上げられた武器(…護身用の小さなナイフ)を数メートル先にある棚から取り出し、口で縄を切り落とした。
戦闘に背を向けて作業をする無防備な助針にとって、恐怖心がとりつき、カタカタ震える体で切るのには、かなりの時間と勇気を必要とした。
それでも無事に何とか切り落として、何とか裏口に向かうことができた。
しかし、助針は裏口の先にも、敵が待ちうけている事なんて知らなかった…。