四村同盟と監査役の来訪
エンザ村の差し押さえが止まった翌朝、悠真たちは村の集会所に集まっていた。
壁には、これまでに判明したベルク商会の契約関係が貼り出されている。
村人ごとの借入額。
返済期限。
手数料。
担保にされた土地や河川。
そして、複数の村で繰り返し使われていた共通債権番号。
ザックが赤い糸を使い、それぞれの記録を結びつけていた。
「この番号が、すべての不正の中心です」
ザックは中央の帳簿を指差した。
「ラッカ村では個人の借金だったものが、別の村では土地の担保として記録されている。エンザ村では河川使用権に変わり、トルナ村では街道の通行権に置き換えられている」
「同じ借金が、いくつもの権利に化けているということか」
バルドが眉をひそめる。
「はい。しかも帳簿上では、それぞれが独立した契約として処理されています」
悠真は黙って記録を見つめた。
ベルク商会は、村人たちが帳簿を確認できないことを利用し、一つの債権を何度も別の形に変えていた。
金を貸した。
返済できない。
だから土地を取る。
それでも足りないから、川や道や倉庫まで担保にする。
だが実際には、元になった借金がすでに返済されているものさえあった。
「これは単なる計算ミスではありません」
悠真は言った。
「仕組みそのものが、村から権利を奪うように作られている」
そのとき、集会所の扉が開いた。
「ラッカ村までの道は、問題ありません」
入ってきたのはガルドだった。
その後ろには、エンザ村の村長オルドとトビ、さらに二人の村人が続いている。
「私たちも行く」
オルドが言った。
「エンザ村の証言を、私自身の口で伝えたい」
「危険です」
ミナが心配そうに口を挟む。
「監査役が来れば、商会は証言を撤回させようとするかもしれません」
「だからこそ、村長が行く必要がある」
オルドはまっすぐに答えた。
「一人ずつ黙らされるのではなく、村全体で立ち向かわなければならない」
悠真は、オルドの言葉に頷いた。
「では、今日中に四村の代表を集めます」
だが、問題は移動手段だった。
ベルク商会は、すでに周辺の街道を監視している。通常の道を使えば、途中で追跡される可能性が高い。
悠真は地図を広げた。
「ガルド、旧山道は使えますか?」
「荷車を通すには厳しいが、人が移動するだけなら可能だ。ただし、北側の分岐には傭兵団がいる」
「なら、そこは避けます」
悠真は地図上の細い線を指でなぞった。
「川沿いを下り、途中から西へ折れる。ヴォルタとの交易路に合流すれば、商会の監視を抜けられる」
「その道を使えば、明日の朝までにラッカ村へ着けるでしょう」
レムが答えた。
悠真は頷き、視界を開いた。
```text
行動選択
目的:四村の代表をラッカ村へ集結させる
使用可能スキル:
・《物流ルートの解放》
・《契約可視化》
・《共同備蓄管理》
推奨行動:
独占商流を避け、複数の小規模輸送を組み合わせる
```
悠真はすぐに指示を出した。
「エンザ村からはオルド村長とトビ。トルナ村へはガルドが向かい、カシュ村へはレムとミナが向かう。ザックはラッカ村で資料の最終整理を」
「悠真さんは?」
「僕はヴォルタとの連絡を取ります」
ベルク商会の監査役が来る以上、物資の流れも重要になる。
交渉の場で村々が孤立していれば、商会は「従わなければ何も手に入らない」と圧力をかけられる。
だが、独自の物流網が存在するなら、その脅しは効きにくくなる。
悠真たちは三組に分かれ、すぐに出発した。
その日の夕方、トルナ村から早馬が到着した。
馬を降りた男は、息を切らしながら叫んだ。
「大変だ! ベルク商会が、トルナ村の代表を拘束しようとしている!」
集会所に緊張が走る。
「理由は?」
悠真が尋ねる。
「債務逃れの疑いだそうです。村長がラッカ村へ向かったことを問題にしている」
「証言を封じるつもりか」
ザックが拳を握った。
悠真は一瞬だけ考えた。
救援に向かえば、ラッカ村への集合が遅れる。
しかし、トルナ村の代表を見捨てれば、共同証拠網そのものが崩れる。
「ガルドたちは、もうトルナ村へ向かっています」
ミナが言った。
「なら、こちらからも支援を送ります」
悠真は倉庫へ向かった。
共同備蓄の中から、保存食と水袋を取り出す。そして、ヴォルタから届いたばかりの小型の荷車を確認した。
「これを使います」
荷車には、薬草と食料が積まれている。
「物資を届けるだけなら、商会にとってはただの取引です。ですが、その荷車にトルナ村の記録係を乗せる」
ザックが目を見開いた。
「記録係を?」
「拘束される前に、証拠を村の外へ出します。もし代表が来られなくても、帳簿と証言があれば共同交渉は続けられる」
悠真は荷車の中に、空の木箱を一つ置いた。
「記録はこの二重底へ。商会が荷物を調べても、すぐには見つかりません」
「密輸のようですね」
ミナが不安そうに言う。
「違います」
悠真は首を振った。
「これは、奪われる前に事実を守るための輸送です」
夜半、荷車はラッカ村を出発した。
その頃、トルナ村では、ベルク商会の役人たちが村長の家を取り囲んでいた。
「ベルク商会の命令により、村長を債務確認のため連行する」
「私は何も違法なことはしていない!」
トルナ村長が叫ぶ。
役人の背後には、武装した傭兵が立っていた。
そのとき、村の南側から馬のいななきが聞こえた。
「誰だ!」
傭兵が振り返る。
暗闇から現れたのは、ガルドだった。
「村長を連れて行くなら、まず俺を通せ」
その隣にはレムがいる。
さらに、村人たちが松明を掲げて集まってきた。
「トルナ村の契約は、すでに共同証拠網で確認されている!」
レムが声を張り上げた。
「共通債権番号に不正があることも、みんな知っている!」
役人の一人が舌打ちする。
「村人を扇動するつもりか!」
「扇動ではありません」
ガルドが槍を下げたまま答えた。
「事実を伝えているだけです」
村人たちは、手に手に古い契約書を持っていた。
誰かが作ったものではない。長年、家の奥にしまわれていた自分たちの記録だ。
役人たちは、村人全員を拘束することができず、ついに撤退した。
その夜、トルナ村長と記録係は、ガルドたちとともにラッカ村へ向かった。
一方、翌朝。
ラッカ村の門前に、黒塗りの馬車が止まった。
馬車の側面には、ベルク商会本店の紋章が刻まれている。
御者が扉を開けると、黒い外套を着た男が降りてきた。
細身で、白髪の混じった髪を後ろへ撫でつけている。手には金属製の細い杖。表情には、感情らしいものがほとんどなかった。
その後ろには、商会の書記官が三人、武装した護衛が六人続く。
「セドリック・ヴァーン監査役です」
書記官が告げた。
セドリックは門の上に立つ悠真を見上げた。
「ラッカ村の交渉団代表、悠真殿ですね」
「そうです」
「ずいぶんと大がかりな準備をされたようだ」
セドリックの視線が、村の広場へ移る。
そこには、ラッカ村、エンザ村、トルナ村、カシュ村の代表たちが集まり始めていた。
「しかし、帳簿を並べただけでは契約は覆りません」
セドリックは淡々と言った。
「法と商慣習に基づく契約である限り、支払い義務は残る。数字の一部に誤りがあろうと、債務そのものが消えるわけではありません」
悠真は門を開けた。
「だから、あなたを待っていました」
「私を?」
「ええ。あなたは現場の執行官とは違う。なら、共通債権番号がどのように作られ、誰の承認で統合されたのかを説明できるはずです」
セドリックの目が、初めてわずかに細くなった。
「説明を求める立場ではないでしょう」
「では、こちらから質問します」
悠真は広場の中央を指差した。
「公開監査を始めましょう。四つの村の代表と、村人全員の前で」
セドリックはしばらく悠真を見つめていた。
やがて、薄い笑みを浮かべる。
「なるほど。あなたは、私が説明を拒めない状況を作ったわけですか」
「拒む理由がなければ、問題ないはずです」
「面白い」
セドリックは杖の先で地面を軽く叩いた。
「では、公開監査を受けましょう。ただし、こちらからも一つ条件を出します」
「条件?」
「監査の結果、契約が有効だと判断された場合、四村はベルク商会の要求をすべて受け入れること」
広場に緊張が走った。
セドリックは続ける。
「土地、河川、街道、備蓄。契約書に記された担保を、すべて引き渡していただきます」
悠真は、一歩も引かなかった。
「いいでしょう」
ザックが驚いて振り向く。
「悠真!」
「ただし、こちらにも条件があります」
悠真は、四村の代表を見渡した。
「監査の過程で不正が一つでも証明された場合、ベルク商会は共通債権番号を用いたすべての契約を停止し、独立した第三者による再計算を受けること」
セドリックは沈黙した。
「さらに、監査中の差し押さえと村人への拘束を禁止する。違反した場合、その時点で商会側が監査条件を破ったものとみなす」
周囲から賛同の声が上がった。
セドリックは、集まった村人たちをゆっくりと見回した。
「あなたは、本当にこの場を裁定の場に変えるつもりなのですね」
「最初から、そのつもりです」
セドリックの笑みが消えた。
「わかりました。条件を受けましょう」
彼は書記官へ視線を送った。
「本店保管の原簿を持ってこい」
書記官の一人が驚いた顔をする。
「原簿まで開示するのですか?」
「彼らが求めたのは、説明だ」
セドリックは静かに答えた。
「ならば、説明してやろう」
その瞬間、悠真の視界に表示が浮かんだ。
```text
クエスト『監査役を迎え撃て』開始
第一段階:
公開監査の条件を確定
達成:
・四村の代表を招集
・差し押さえ停止条件を設定
・ベルク商会本店監査役との公開監査を開始
次の課題:
共通債権番号の起点となった原簿を確認せよ
```
セドリックが持ち込んだ木箱の蓋が開かれる。
中から現れたのは、黒い革で装丁された巨大な帳簿だった。
その表紙には、金色の文字でこう刻まれている。
――《広域債権統合原簿》。
悠真は息を呑んだ。
そこには、四村だけではない。
周辺一帯のすべての村の名前が、記されていた。




