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第一話

現代の東京には、恐るべき魔窟が入り組んでいる。オレはその一つに飲まれて、なすすべもなく頭を抱えていた。脱出する方法はただ一つ。オレの手元に突きつけられた「借用書」という書類の制約を外すこと。この簡単極まる書類には、どんな魔導書よりも難解なパラドックスがあふれている。


先日国外ですったもんだしたときに、同業者のミナカタの手を借りた。他に貸してくれる連中がほとんどいないのでそれこそ一点集中、いろいろ無理を言ったので日本で相当無茶したらしい。さらには帰国費用をなくしたから貸してくれなどと、自分で言っててどうかしているとしか思えない図々しい話を押し通したのでオレには発言権がない。言えば多少は聞くかもしれないが、言えない。オレも大した男ではない。


そのときなんでもいいから早くしろという話にしたのでミナカタはその費用を事務所の経費から出していたらしい。大した説明もないので自分の懐から出すのもはばかられて、全部こちらについていた。総額15万円という額は、事務所の経費としてそこそこの額なので無視できず相談されてオレの背筋が凍った。なんという大金だ。牛丼屋に入れば牛丼の価格帯を気にするオレにこれを返せというのか。経費扱いにしたので請求しないと、脱税だなんだと疑われるとややこしいらしい。事務所を構えているヤツは、霊能力よりよほどすごい事務所の収支の管理ができる。オレには生涯できないだろう。


どうやって返すものかと頭を巡らせる。週末だからという理由でたまにつける生卵をなくせば60円、などとすぐに出てきた自分が泣けてくる。しかしそもそも食うに困っているので浮かせるところがそこしかない。これが金融業者ならどんなに良心的な場所でもすぐに焦げ付いて膨らみ、地下のタコ部屋に送られてしまう。ミナカタは別に金融業はしていないので、どうする?と聞いてきた。こいつが怒り出さないうちに手を打たないと。いつもこいつから仕事をもらうので、ここで逃げたってどこかで野垂れ死ぬ。飢え死にだ。ミナカタは、君ならできるだろう、と無責任なことを言う。新しい仲間もいるようだし、と上に目を向けた。


頭上には少年。ジンと名付けられた少年は、ランプの魔人として名高い精霊族の、ぶっちぎりのアホである。人間より遙かに強いがまだ子どもなのでできることも限られ、頭に至ってはこちらが指示しないと何をしていいかわからない。なんでも願いを叶えてやると言いながら金にならないという驚くべき役立たずだ。こいつがくくられている指輪を質に入れた方がきっと金になる。一度そんな話をしたら、オレを売って稼がせるなんて、売春だ、人身売買だ!とケンカになりかけた。そんなことするわけないだろう、男なんて夜の街に売っても金にならない。


目先の小銭のために指輪を売ったらできることがめちゃくちゃ減り、選択肢がなくなるので建設的な判断をして手元に置いている。ほったらかすと文句を言うので持ち歩いていて、二人一組状態。相棒やバディなどといういいものではない、気を遣って神経がすり減るから一人で行きたいのに。ミナカタはオレの能力を駆使するならなんとかなるだろうと言う。なんともなるものか、オレはいつも能力を駆使してフリーライターの仕事をしているが金にならない原稿になる。オレがまともだと思うことは世間ではそこそこおかしいらしく、結局下働きしかないというのが現状だ。どうしろというのか、とここだけ言葉にして聞き返した。するとミナカタは、この事務所で働けばいいと言いだした。


どうせ難事件はミナカタからオレに回ってくる。従業員としてここで細かい仕事をこなして、普段は回ってこない仕事も手をつければ収入が増える。ミナカタも仕事を断ることが減り気が楽だし、段取りを見ていれば自分で事務所を立ち上げるときに一助になるかもしれない、とのこと。正直地下の労働施設がミナカタの事務所になっただけだが、お互いに多少なりとも利用価値があるなら馬車馬のように働くということはない。オレが出入りしている出版社はオレに利用価値がないので馬車馬扱い、じゃあまだこっちの方がいいだろう。正面切って言いにくいので「そうだなあ」と言葉少なにそっちの流れを作って話がまとまった。こんな話を切り出すからには何かあるのだろうと聞き返すと、話が早いと喜んだ。こいつもそこそこタヌキだな。


ある山道に明かりがある。街灯などどこにでもあるだろう、と言ってしまうのは業界の人間も同じ、本当にそういう見間違いの話が多い。断定できるなら突き返せばいいが、腕の立つヤツほどすぐに断定しない。たまにそういう事例がある。鬼火ってヤツだ。浮遊霊魂だとか、宣誓を受けなかった子どもだとか、勝手なことをみんなで言う。実際に燃えているだけなのだから原因はさまざまで、燃えていたら全部鬼火なのでこれだけではわからない。ただ、継続的に似たような地点に現れて驚いたドライバーが事故を起こし、嫌がられている。なんとかしてほしい、というロードサービスからの相談だという。深夜に出て行かないといけないので待機するスタッフが嫌がっている。そんなことしてくれるのか、ロードサービスという会社は良心的だな。あるいはよっぽど険悪で耐えられないのだろうか。どちらか知らないが「できるだけ早く!」と依頼があってすぐに調べたかったらしい。下調べもこれからだから、ミナカタもこれ以上は知らない。自分で行かないのか?と聞いてみたが、警察絡みの厄介事があるとか。警察とミナカタが一緒に仕事をしているわけではなく、なぜ解決したかわからない事件を警察が追いかけるとここに行き着くので張られている。今は動きづらいらしい。余計な対処をすると逆効果だと思うが、相手がスカポンタンなのはオレにも覚えがある。仕事はしないと食っていけないのはお互い様なので、もう聞かないでおいた。



山道は走り屋がよく通る。夜中に走りたがるので鬼火に出くわしてコーナリングを誤り追突、そんな程度の腕ならイキがらなければいいのにどんどん事故る。アホというのは自慢できることでもないのに自慢したがる。嫌というほど見てきた事なのでもう疑問もなかった。オレとジンはそんな山道を、なんと歩きで攻めていた。歩道もないのに。こういうのはだいたい四国の寺周りでしかやらない。そいつらだって好きで歩いていて、オレみたいに仕事だからと嫌々来るヤツはいない。なんて働き者だと自分で感心する。働いていないからこういうことになっているが、そんなことは気にしない。


山道だから静かなのだが、残念ながらそれは耳だけ。生き物はむしろ多くそこいら中の気脈はコンクリートで塗り固められていないからバンバン噴き出して、何かを探すには騒がしいくらいだ。霊感を閉じて目と耳に頼るのだから、オレが来る必要はあったのだろうかと思う。最終的に鬼火に対処できる人物が必要なのでそこまでは根性勝負、負担はデカいがオレがベストらしい。オレにとってはベストではない。ベターでもグッドでもない。


仕事の受注は、純益5万プラス必要経費。必要経費が少なければ客は助かり、相談料と対処料込みの5万が基礎料金。見積もりを出してから契約するので手間がかかっているが、その分ミナカタを頼る客が多い。オレなら最初の相談で文句の言い合いになって殴り合い、別の法律とか弁護士の事務所の世話になるだろう。オレにはできない部分をミナカタがする。そしてオレに仕事が来て、この5万を折半する。なぜ折半なのだろう、来るのはオレなのに。そんな文句を言うと「現地に行ったらすぐに終わる場合もあるから都度相談で」と言われた。だから終わった後、5万のうちの何割を返済に充てるかという話がある。どうやって話を盛ろう。脚色しすぎると逆に割合が減るだろうから、慎重に盛らないといけない。そんなことを考えていると、なんか大きな音が聞こえた。カーブの向こうで、明かりが見えている。どうせそんなことだろうと思ってみてみると、車やバイクが数台止まっていてそのうち一台は修理とかそんなレベルじゃない壊れ方だった。この山道にたくさん出るアホの何人かが、いっちょ前に困っていた。


アホの相手はごめんなので黙って近寄り、なんだと因縁をつけられながら観察する。スピードが相当出ていてブレーキは踏む前に岩肌にぶつかったようだ。位置関係から先頭の一台が衝突して全員が止まった。なぜそんな飛ばし方をしていたかというと、この手の連中だから誰かと競っていた。周りのアホ相手に一応聞いてみた。

「外車か?」

アホの一団は顔を見合わせて、見たのか、と聞いてきた。見てねえよ。中世のヨーロッパでは大八車みたいな戦車に乗った神だか悪魔だかの類いがたまにいた。もちろん当時の戦車はそういうもので、そういうものを模していた。今はこういう山道を攻めるなら現代のそういうもの、やたら性能がいいものを選ぶなら国産車ではないだろう。まあ結論を聞かなくてもこいつらの反応でほぼ確定、あとは聞くより自分で見た方が速い。すると、カーブの向こうからエンジン音、さらにはライトの光が見えた。オレはアホの一団に、借りるぞ、と言って鍵を差したままの車の一つに乗り込んだ。カーブから現れたのは、冠をかぶった骸骨が箱乗りした暴走車。そこいら中が燃えているのはこの手のヤツらの特徴、騒音がないだけまだマシか。どこの世界もアホはアホだ。ジンがついてきたのを確認したら急発進して暴走車と並走、山道を走った。


車体をぶつけて攻撃する骸骨どもは、やたらめったら調子に乗っているが所詮は性能に物を言わせたアホ軍団、先に走っていてもドリフト一つで距離はいくらでも詰まる。速い割にはコース取りがフラフラしていて、たぶんこれでいけるだろうと当たりをつけた。カーブの内回りでこちらの車体で先を目隠しし急減速、向こうは勝手に突っ走り山道の岩肌にぶつかる。噴き出した気脈の力が骸骨どもを吹っ飛ばした。



山道の鬼火はなくなってロードサービスが謝礼を振り込んできた。それと同時に請求があった。走り屋どもは、走り屋ではあるが道交法以外は破っておらず、勝手に車に乗っていって通報された。そこそこぶつけられたので傷だらけ、修理費用をこちらが持てば示談になる。法的対処をしようにも向こうの言い分が普通なので何もできず、そうですねと払う流れになった。アホのくせにいい車に乗っていて、20万ほどかかるとか。まあ性能は良かったのでそれくらいするかもしれない。純益5万から15万ほど足が出て、どうする?と聞かれた。現場判断だからミナカタに何割か持ってもらう、というのもおかしな話でオレについた。オレの借金は30万。減らす前に一度増やしたら勢いがつく、とオカルトもいいところな理屈でオレは正気を保っている。

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