第4話 編入試験の教員会議は紛糾してます?!
「昨日のアレは何だったのよ……」
編入試験で魔法実技を担当したシャルルは試験結果のレポートを手にため息を吐いた。向かう先は会議室。そこで編入試験の結果報告をしなければならないのだが、ツッコミどころしかなくて胃がキリキリと痛みを訴える。
「さぁ、いくわよ!」
気合を入れながらシャルルは会議室の扉を開ける。その場にいた教員の視線がシャルルへと集中して、何もしていないのにまるで針のむしろのような気分になる。
シャルルは大きく深呼吸すると、努めて平静を装って自分の席に着いてレポートを配る。受け取った教員からレポートに目を通すと、顔をしかめ咎めるような視線を送ってくる。
「それでは、昨日一昨日と行われた編入試験についての合否判定会議を始めます」
今日の会議の議長でもある学園長が開始の宣言をした直後、シャルルが説明するよりも早く手が挙がる。学園で一番年上のベテラン教師だった。学園長が発言を許可すると、勢いよく立ち上がる。
「魔法実技試験、ご苦労だった。だが、このレポートはなんだ?」
「昨日の試験の結果ですが」
「そんなことを聞いているのではない! なぜ、魔力量3などというゴミの試験結果のためにワシが時間を割かねばならないのか、と聞いているのだ!」
シャルルは小さく舌打ちをした。魔法研究が盛んなデニール王国において、魔法実技――とりわけ根幹となる魔力量を絶対視する風潮がある。しかし高い魔力量を持つ者ほど、努力を怠り伸び悩むという現実によって、近年では魔力量を絶対視する風潮は薄れていた。
「レポートを全て読んでいただければ一目瞭然ですが、魔法実技において不合格だったのは魔力量のみ。審査基準と照らし合わせても会議で検討するのは妥当だと判断しました」
「だが、魔力量3だぞ! そんなヤツがいくら努力したところで――」
「ですが、彼女は魔力行使試験で的を完全に破壊しております。それでも不足だと?」
ベテラン教師はシャルルの反論を聞いて青筋を浮かべ、怒りに身を震わせていた。彼が現役だった頃は魔力量こそ絶対の評価基準であり、その一点をもって主席だったというプライド。それゆえにレポートの結果を認めたくない。
「魔力量3ごときが、的を壊すなど出来るわけがなかろう。何かインチキをしているに違いない!」
「この学園の設備をお疑いですか?」
「ふん、内部の人間が協力すれば不可能ではあるまい」
ベテラン教師はシャルルに疑いの目を向ける。あらかじめ懸念していた状況に追い込まれ、シャルルは舌打ちをした。同じように試してみたものの、たった一度すらシャルルでは成功していない。
「もし協力するなら、魔力量3などと書くわけないでしょう!」
他の教師がベテラン教師側に付きかけ、焦ったシャルルはあらかじめ考えていた奥の手を出す。ここまで追い込まれた以上、シャルルにとってルミナの合否などはどうでもよくなっていた。目の前の旧時代の遺物を完膚なきまでに叩き潰す――シャルルの頭の中は、それだけで一杯になっていた。
「実際に破壊された的の残骸の調査結果です。はたして、こんなことができる人が学園にどれほどいるでしょうか?」
シャルルがベテラン教師に追加レポートを差し出す。ベテラン教師はひったくるように手に取り目を通す。レポートを持つ手が小刻みに震え、短いうめき声が絶え間なく口から漏れ出る。
「ぐ、ぬ、ぬ。だ、だが、ワシは認めん! 認めんからな!」
「さて、話し合いは終わりでよいかな? では採決を取るとしようか」
学園長の一声で合否を決める採決が始まる。その結果は――賛成多数で合格だった。
◇
翌日、結果を聞くために学園の職員室へ向かった。試験官だったシャルルが出迎えて、面談室へと案内される。
面談室の椅子に座るように言われて大人しく座る。向かいの席にシャルルが座り、両肘をついて険しい表情を浮かべた。
「編入試験の結果だけど――」
なぜかシャルルが勿体ぶった言い方をしてきて、思わず緊張してきた。飲み込んだ生唾のゴクリという音がやけに大きく聞こえる。何やら厳しい結果になりそうで、自ずと肩にも力が入ってしまう。
「そんなに緊張しなくても――合格です!」
「えっ、合格? それじゃあ、さっきの間はいったい……」
合格したことは素直に嬉しいと思いつつも、それなら勿体ぶった言い方をしてきたことが余計に気になってしまう。
「職員会議でも圧倒的多数で合格よ。でもね――知っての通り、魔力量3というのがだいぶ問題視されているわ。特に古株の先生方にはね」
「なるほど、過去の栄光に縋りつきたい気持ちはわかります」
「ちょっと、言い方! 今でもデニール王国では魔力量の高さを信奉する人は少なくないんだから。あまり煽っちゃダメよ。もし、何かあったら担任である私に相談してちょうだい」
不当な扱いを受けたり、絡まれたりすることを心配してのことだろう。だけど、そんな心配は必要ない。
「そこまでしていただく必要はありません。魔力量は少ないですが、因縁つけてくるなら返り討ちにしてやります!」
「ちがぁぁぁぁう! ルミナさんが本気を出したら相手が死んじゃうかもしれないでしょ! まずは自重して私を呼ぶこと。いいわね!」
「心外ですね。死なないように手加減くらいはできますよ、たぶん」
シャルルがテーブルの上に肘をついて頭を抱えている。どうにもシャルルの私に対する信用がなさすぎる気がする。
「わかりました。可能な限り呼ぶようにします」
「可能な限りじゃダメ! ほら、これが学生証。なくしちゃダメよ。それじゃあ、私は用事があるから!」
シャルルは言うだけ言って反論を受け付けないとばかりに逃走した。まだ説明が中途半端なのだけど、どうしよう。
「うーん、他の先生に聞くしかないか」
自力では解決できないので、職員室へと向かう。中に入った途端、教師の視線にさらされる。その中にはわずかに敵対的――古株の先生のものが含まれていた。
「なるほど」
もっとも、別に絡んで来ることもなく、視線を浴びせてくるだけ。わざわざ喧嘩を売りに行く必要もないと思い、そちらは無視して、好意的な先生の方へと向かう。
「すみません」
「何かご用ですか?」
「えっと、入寮の手続きをしたいのですが」
「あら、じゃあ面談室で待ってて」
教師の言葉に従い、ふたたび面談室に戻って待つこと数分。先ほどの教師が入ってきて向かいの席に座った。教師は鍵と申請書をルミナに差し出す。
「こちらが入寮届ね。それから、こっちが部屋の鍵。すでに許可は下りてるから、形だけだけどね」
「はい」
書類に必要事項を記入していると、教師が雑談めいた話を始めた。
「自己紹介がまだでしたね。ワタシはクロエと言います。魔力制御を専門にしています」
「そうですか」
「あ、書きながらで結構ですよ。しかし、凄いですね。あの迷路を0.15秒って、専門にやっているワタシでも5秒を切れないんですよ」
「それは、意識をしているからですよ」
「意識ですか? でも、意識しないと――」
どうやら、クロエも意識の罠にはまっているようだ。しかし、気付いていないだけで、人間はほとんどのことを無意識で行っている。
「素晴らしい景色とか、思い出そうとしなくても思い出すことがありますよね?」
「それはもちろん」
「じゃあ、頭の中にイメージを思い浮かべるのと、実際に絵を描くのは、どちらが早いですか?」
「当然、イメージする方が早いに決まってます」
「なぜ?」
「それは一筆ずつ書いていかないといけないからでしょ」
「それじゃあ、同じことを迷路でもやればいいじゃないですか」
途中まではバカにしているのかと言いたげだった。しかし、最後に提案に対してはただ茫然としているだけだった。
「そ、そんな――そんなことできるわけないでしょ!」
「私はやってますけど――同じことですよ」
「なっ、何をいうかと思えば!」
クロエは顔を真っ赤にして怒っている。しかし、反論の言葉が出てこない。その間に書類を書き上げ、おもむろに立ち上がった。
「書けました。そういうことなんで頑張ってください」
「くっ、煙に巻かれた気分だわ。まあいいか、あとでじっくり教えてもらうことにするわ。寮の方は、この建物の305号室になるから」
寮への道は木々に覆われた森の中を抜けた先にある。小鳥のさえずりが聞こえ、眩い木漏れ日に目を細めながら進んでいると、立ち並ぶ木々の先にある光の広場。そこに置かれた小さな祠。その前でフェイリアが一心に祈りを捧げていた。
これは滅多に見れる光景じゃない。この魔力の動き、やはり――。
「期待外れだと思ったけど、なかなか面白いこともありそうね」
フェイリアの邪魔をしないように、静かにその場を後にした。




