第2話 編入試験でいきなり暗雲が立ち込めてます!
「行くなら、今しかチャンスはありませんよ。どうしますか?」
アレクシスが紹介状を見せつけるようにヒラヒラと振っている。今すぐ奪い取りたいけれど、勝ち誇った顔が腹立って動けなかった。
「うぐぐ――わかった、わかりました! 行けばいいんでしょ!」
腹が立ってしょうがないけど、滅多にないチャンスを前に白旗を上げながら、アレクシスの手から紹介状を奪い取った。
「まったく、素直じゃありませんね」
「うっさい! えっと――えっ、1週間後?!」
「はい。デニール王国まで船と馬車を乗り継いで6日かかりますけどね」
急がないと間に合わない日程を組んでくるあたり、アレクシスの底意地の悪さが窺える。何とかして、この腹の立つ男に一泡吹かせたいところだが――。
「もちろん、すぐに行くけど……この宿に泊まろうと思ってたんだよね」
「それが何か?」
「気に入った宿だから、是非とも泊まりたい。でも、依頼のせいで泊まれるのは何か月も後でしょ?」
「そうですね」
「その間に潰れたら困るから、アレクシスが潰れないように何とかして」
突きつけた要求に、アレクシスの目が大きく見開かれた。驚いている顔を見て少しだけスッキリしたような気がする。
「そんなことでいいなら。別に大きくしてもいいのでしょう?」
「できるものならね」
「このくらい、俺なら余裕です。行っている間に王国一の宿屋にしてやりますよ!」
「自分からハードル上げるなんて。できなくて悔しがる姿が目に浮かぶわ」
アレクシスの顔を見ながらニヤリと笑う。しかし、アレクシスは落ち着き払った様子で眼鏡をクイクイっと上げた。
「ハードルを上げる? こんな簡単なことで、何を言っているのやら」
アレクシスは一泡吹くどころか、余裕そうに不敵な笑みを浮かべながら私を見つめてくる。たいていの女性であれば恋に落ちても不思議ではないイケメンっぷり。だけど正体を知る私にとっては、ひたすらムカつく顔でしかなかった。
「できるものならやってみなさいよ! 私は行くけど、帰ってきたらギャフンと言わせてやるからね!」
「ふふふ、それでは俺も期待して待ってるとしましょう」
険悪な雰囲気のまま、店を飛び出して港へと向かう。賑やかな港町も、こういう時には歩行者が邪魔でしかない。人混みを掻き分けて港に着いた時には、出航10分前になっていた。
「ハアハア、ま、間に合ったぁぁ! デニール王国行き1等客室で! 領収書も!」
金貨10枚を財布から取り出してトレーの上に置く。出航時間直前ということもあって、職員もテキパキと処理をしてチケットと領収書を差し出してきた。
「お客様、出航まで時間がありませんので、お急ぎを」
「わかってるわ。ありがとうね!」
領収書を財布に入れ、チケットを手に持って船に向かう。タラップでチケットを見せ、船に乗り込んだ。
「な、何とか乗れたわ……ふふふ、この領収書でアレクシスからお金をふんだくってやるんだから!」
アレクシスにとっては大したことのない金額。だけど、さんざん痛い目を見せられてきたのだから、これくらい仕返ししてもいいはず。それに一等客室なんて滅多に乗れないし、絶好のチャンスだった。
「うわぁ、めっちゃ豪華な部屋!」
スイートルームを思わせる部屋、バストイレだけでなく、従者に給仕をさせるためであろう簡易キッチンも備え付けてある。もちろん伝声管も備え付けてあって、ルームサービスを頼むこともできるようになっていた。
「至れり尽くせりだ」
心の中で船のチケット代を出してくれたアレクシスに少しだけ感謝して、浴室へと向かった。
「おおっ、香油と花びらまで用意されている!」
お湯の張られた湯船に浸かり、香油を垂らして花びらを浮かべる。バラの高貴な香りに包まれて、先ほどまでの疲れが流れ落ちていくように感じられた。
「よし、すっきりしたし――お茶でも飲んでこよう」
デッキに上がると潮風と波の音が出迎えてくれる。天気が良いこともあって、デッキのテーブルはそれなりに埋まっていた。空いている席に座ってアイスティーとデニッシュを注文する。
「デニール王国の聖女様。学園に通っているみたいですわよ」
「しかし元平民ということで、貴族連中に虐められているらしいですね」
「まったく貴族どもときたら、頑張って稼いだお金を奪い取って見下しているんですよね」
どうやら聖女は元平民ということでいじめられているらしい。身分で差別するような人間は好きではないが、貴族イコール悪というイメージが強すぎるような気がする。
「聞いたか? 聖女が学園でいじめられてるって噂」
「ああ、でも当然だよな。婚約者がいる令息を何人も侍らしているらしい」
「ホントに聖女なのか? ドロドロじゃねえか」
「弁えてはいるらしいけどな。教会の言葉だし、真相は不明だ」
別のグループの話を聞いてみると、また違う話が繰り広げられていた。貴族社会では、婚約者がいる相手に色目を使うのは、はしたないとされている。それが事実だとすると聖女の方が完璧に悪者となってしまう。
話を聞く限り、目的の聖女は相当に残念な性格。確保しろと言われたけど、正直なところ関わり合いになりたくない。
「困ったなぁ、ここで撤退したらチケット代の精算を渋るに違いない」
船代と馬車代、宿代。それから聖女と関わるリスク。そして憧れの魔法学園での授業。それらを勘案した結果、聖女とは極力関わり合いを持たず、学園生活を満喫して、最後に頑張ったけどダメでしたという報告をする。
「よし、これで完璧だ!」
メリットしかない妙案を自画自賛しつつ、客室へと戻って英気を養うことにした。
◇
4日後、船は予定通りデニール王国の港へと入っていった。ここから王都デニールまで馬車で2日。自分のお金じゃないし、どうせなら最高級のロイヤルクラスの馬車にしよう。
「えっ、全部予約済み?!」
「すみません。明日になれば1台空きができるのですが」
「それじゃあ間に合わないよ。乗れる馬車はないの?」
「えっと、一番安い乗合馬車なら」
「ぐっ――じゃあ、それでいいです!」
せっかくアレクシスのお金で馬車に乗れるのに、一番安い乗合馬車しかないとは運がない。
予想通り、乗り心地は最悪だった。少しでも軽減しようと座席に敷くための毛布を買ってみたけど、焼け石に水。王都デニールに到着するころには身も心も限界だった。
「あたたたた。揺れすぎでお尻が痛い……」
お尻をさすりつつ、ふらつく足取りのまま、王都で一番の高級宿へと向かう。
「いらっしゃい。どの部屋をご希望だい?」
「えっと、一番いい部屋でお願いします」
「1泊金貨10枚になるが――大丈夫なのかい?」
「ええ、3泊お願いします! あ、領収書も!」
試験が明日と明後日、その翌日が合格していれば入学手続きがあり、それ以降は寮に入ることになる。領収書と鍵を受け取って、昇降板に乗って最上階へと向かった。
「うわぁぁぁ、すごい景色だ!」
高いだけあって設備も充実している。それだけじゃなくて、鍵を持っていないと昇降板すら動かないという徹底したセキュリティ対策が施されていた。
部屋は360度景色を一望できるようになっている。もちろん、バストイレや簡易キッチンもあり、全て魔道具で動くようになっていた。
街の景色を見下ろすと、近くの通りが繁華街になっていて、いくつも露天が並んでいる。日中でも大勢の人が行き交っていた。
「行きたいところだけど、明日から編入試験だからなぁ。旅の疲れを取っておかないとね」
無事に編入試験が終わったら遊びに行こうと心に決めつつ、早めにベッドに潜り込んだ。
◇
「よし、見た目は大丈夫だね」
編入試験1日目。魔道具で髪をライトブラウンに、瞳をターコイズブルーに変えて学園へと向かう。何しろ、元の髪や瞳の色だとあらぬ誤解を受けることもあるので念のためだ。
この日は筆記試験だが、意外にも余裕だった。本気を出せば満点も余裕で取れるけど、あまり目立つのは得策じゃない。いくつかの問題は正解を外しておいたので、ギリギリ合格くらいになるはず。
編入試験2日目。この日は魔法実技の試験となる。まさか、いきなり絶体絶命のピンチに立たされるとは思ってもみなかった。
「ルミナ・ムーングロウさん。魔力量は3――機器の故障かしら?」
「故障じゃないと思います……」
まさか魔力量の計測をするなんて。そもそも、魔力量なんて魔法実技と大して関係ないはずなんだけど。試験官の顔を見ると、明らかに動揺していた。そりゃあ、普通は数百~千くらいはあるのに、3しかないのだから当然かもしれない。
「こ、この学園は魔法を専門にする学園、というのは知っているよね?」
「もちろんです」
「いくら紹介状があっても、魔力量が3では合格させられないんだけど――困ったな」
「そんな! 何とかなりませんか?」
試験官は腕を組んで考え込む。迷っているのは紹介状のせいだろう。紹介状には紹介元の貴族の名前が書かれている。知らない名前だったけど、簡単に切れないほど上位の貴族と言う可能性もあった。
「正直言って、魔力量3では即不合格なんだけど――特別に他の試験も見てあげます。しかし、簡単に合格できるとは思わないでください」
何とか首の皮1枚でつながり、安堵のあまり胸を撫で下ろした。




