第9話 聖女は本気を出すようです?!
その日の晩、聖女シャーリーは寮の自室で枕に当たり散らしていた。
「いったい何なのよ、あの女は!」
そう言いながら、枕をベッドに向かって思いっきり叩きつける。突如として現れたルミナという編入生。彼女によってシャーリーの目論見は軌道修正を余儀なくされていた。
「ホントなら、あのフェイリアっていう、いけ好かない女は一人ぼっちになって、断罪されるはずなのに!」
黒髪黒目が忌み嫌われるデニール王国でフェイリアに友人ができる可能性はほぼゼロ。何もしなくても孤立していくはずだった。しかし、今はルミナという女が近くにいて、友人のように振舞っている。
それが純粋な友人であることはフェイリアの表情を見ていれば一目瞭然。打算的な取り巻きに対する態度とは明らかに違う。
「運が良かったとはいえ、ウーズと決闘して勝つなんてありえないし!」
最初に追い詰めるはずのウーズとの決闘もルミナが割り込んで勝利を奪い取ってしまった。それだけでなく、敗北したウーズは鍛え直すという名目で領地へと引っ込んでしまった。
「あの女がいたらシナリオが壊されてしまう。早急に排除しなきゃ。でも、どうすれば……」
シャーリーの脳裏に浮かんできたのは、ウーズの言っていた魔力量3という言葉だった。体格から考えて、いくら身体強化が使えたとしても近接戦闘では敵わないと考えたに違いない。
「それで魔力量が3しかないという名目で領地へと引っ込んでしまった。
「あの女がいたらシナリオが壊されてしまう。早急に排除しなきゃ。でも、どうすれば……」
シャーリーの脳裏に浮かんできたのは、ウーズの言っていた魔力量3という言葉だった。体格から考えて、いくら身体強化が使えたとしても近接戦闘では敵わないと考えたに違いない。
「それで魔力量が3しかないにも関わらず魔法で戦おうとしたってわけ? バカじゃないの! ま、脳筋のウーズだから何とかなったのでしょうけど、そんな奇跡2度はないわ!」
排除のために誰を差し向けようか、シャーリーは考え込んだ。王太子を除いた3人は、どちらかと言えば魔法が得意。魔力量3を相手にするなら誰でも変わらない。
「でも、出し惜しみする意味はないわね。やっぱり魔法と言えばスーフェンよね」
取り巻きの一人であるスーフェンは、魔術師団長フォーキャスト卿の息子。魔法が得意ということもあるが、魔法に対して人一倍プライドが高い。
魔力量3がウーズを倒したという噂は聞いているかもしれないが、少し煽れば何かしら行動を起こすはず。
「よし、明日はちょっとスーフェンを焚きつけよう」
◇
それから数日は、これと言った事件もなく、平和そのものだった。
「フェイリア、今日も行く?」
「さすがに3日連続は飽きません?」
「美味しいものは何度食べても飽きないよ」
「そうでしたわね。ルミナさんは悩みなんてなさそうですものね」
ひどい言われようである。私だって、嫌味なアレクシスをどうやってギャフンと言わせようか日々悩んでいるというのに。
「そんな難しい顔をされなくても、行きますわよ。ですが、今日は別のお店に参りましょう」
「今日はマカロンじゃないってこと?」
「ええ、本日はフォンダンショコラにしようかと思っており――」
「いいですね!」
マカロンを口に含んだ時の濃密な素材の香りもいいけど、フォンダンショコラの舌に絡みつくような濃厚なカカオの香りも、また格別。食い気味に答えてしまって、少しだけ引かれてしまった。
「ちょっと来てもらえるかしら?」
放課後、すでに私の口はチョコレートを食べるために最適化されていた。あとはフェイリアと共にお店に行くだけ。
そう思っていたが、帰り支度をしていたところ、シャルルに呼び止められてしまった。来るように言われ、急いで帰り支度をしてからシャルルについていく。連れていかれたのは先日と同じ学園長室だった。
「またですか?」
先日のように、呼び出しておいて蚊帳の外に置かれたことを思い出しながら訊ねた。相当にイヤそうな顔をしていたのだろう。シャルルは首だけでなく両手も振って否定してきた。
「いやいやいや。前回のようにはならないと誓うよ。なにせ、今回の当事者はルミナさんだからね」
「前回も、ですけど?」
「ああそうか。でも、今日はすぐに終わるはず。こちらでの対応は決定しているからね」
対応が決定しているのに呼び出したのか――それって私はいらないんじゃないか?
「なんだ、終わってるんですね。それじゃあ!」
「ああ、違うんだ。対応は決定しているけど、それを伝えるだけ! こういう動きがあるってことを知っていた方が対処しやすいでしょ?」
「なるほど」
確かに知らないよりは知っていた方がいい。しかし、放課後の貴重な時間を使って呼び出すのはやめて欲しい。
「知らないで暴走されると私が困るからな」
「なんで暴走する前提なんですか……」
「いいじゃないか。それじゃあ入るぞ」
中に入ると、学園長が一人いるだけだった。目の前の机の上に紙が置かれていて、難しい顔をしていた。
「こんなものが学園長宛に送られてきたんだが」
学園長はそう言いながら、紙を読むように言ってきた。手に取って書かれている文字に目を走らせる。
『ルミナという編入生は魔力量が3しかない落ちこぼれである。学園に相応しくない能力にも関わらず編入してきたということは、何らかの不正があったのではないか?』
内容を搔い摘むと、このようなものだった。もちろん、実際に書かれている内容はもっと長々と書かれていて、読むだけでも一苦労。何しろ、魔力量3がいかに無能であるかを延々と意味不明な理論で説明しているのだから。
「それで――これからどういう結論を? ここに書いてある通り相応しくないと退学にでもするつもりですか?」
依頼のこともあるけど、今のフェイリアを見捨てて撤退するのは私の信義に反する。だから、退学は想定されうる最悪の展開だった。
しかし、学園長はゆっくりとではあるが首を横に振った。
「ありえないな。一部の教師は納得していないようだが、編入は教員会議で審議した結果だ。それを覆すつもりなら、我々の知らない情報を提示しなければ話にならん」
「そうそう、こんなわかりきった内容をくどくど書いて異議を唱えるなんて、『私に喧嘩でも売ってるの?』って感じだわ」
冷静に話す学園長とは対照的にシャルルは腕を組み頬を膨らませて不満を訴えている。試験官をしていて絶対に合格させると息巻いていたこともあるのだろう。
「ということだ。ルミナ君には、このような訴えがあったことと、学園の総意としては魔力量を理由に処分を求めることは決してないということを理解してもらえればよい」
そう言って、学園長は大きくため息を吐いた。もし、この紙を送ってきたのが教師だとしたら、学園として重い処分を下す必要が出るかもしれない。そう考えているように見えた。
「話はそれだけだ。フェイリア君を待たせているのだろう? 早く行ってあげなさい」
学園長室を出て玄関へとたどり着くと、すでにフェイリアが心配そうな表情で待っていた。
「ごめん、学園長に呼び出されて遅くなっちゃった。誰かが私の魔力量でクレームを入れてきたみたいで――」
「だ、大丈夫なんですか?」
「うん、相手の主張は編入試験に不正があったって言いたいらしいけど、教員会議で決めたことだし、簡単に覆すつもりはないみたい」
「それでも、しつこく言ってくれば、意見を翻すのではないでしょうか?」
「それはわからないけど、少なくとも編入試験で魔力量については把握した上で合格にしたわけだし。それを言い出したら、文句言えば結果を変えられるってことになっちゃうからね」
「たしかに、言われてみればそうですね」
途中までは不安そうな表情だったフェイリアだが、話しているうちに納得できたのか次第に穏やかな表情に変わっていった。
「それよりも、チョコですよチョコ! 早く行きましょう!」
「うふふ、ルミナさんには敵いませんね。それじゃあ、行きましょうか」
フェイリアに続いて公爵家の馬車に乗り込むと、予定していたパティシエのところへと向かった。




