プロローグ 聖女を手に入れる、ただ一つの方法
「お前との婚約を破棄する!」
この国の王太子が私、ルミナ・ムーングロウ――ではなく、隣にいる友人のフェイリアを指差しながら高らかに宣言した。溺愛している聖女を抱き寄せながら、勝ち誇った笑みを浮かべる顔は、元の美形など見る影もない。
周りにいる今日のパーティーに参加している学生たちがざわめいた。この王太子がフェイリアではなく聖女を愛していることは全員が知っているため、予想された結果に過ぎない。
「理由をうかがっても?」
「お前が闇の申し子、すなわち魔王の血を引く者だからだ!」
フェイリアが落ち着き払った様子で理由を尋ねる。その答えを聞いて、私は呆れるより他になかった。隣をチラッと見れば、彼女も同じような顔をしている。
「違いますけど。ですが――何故に、そのような血迷ったことを?」
「血迷ってなどいない! 水属性であるにも関わらず、炎属性の魔法を使えるだろう!」
たしかに彼女は水属性が得意ではあるが、努力した結果、炎だけでなく全属性の魔法を使うことができる。しかし、それは単に血のにじむような努力をしただけであって、魔王の血など欠片も関係ない。
迷信にとらわれ、無知をさらす王太子の姿に、思わずため息が漏れる。チラリとフェイリアの方を見ると、目を合わせて小さく首を横に振った。
「手を出すなってことね――」
「それだけではない。こちらの聖女も殺そうとしただろうが! 神聖なる聖女を殺そうとするなど、まさしく魔王に違いない!」
この王太子は、笑わせようとしているのだろうか。所かまわず男を侍らせ、私たちの根も葉もない噂を流すような女が神聖とか悪い冗談でしかない。それを、よりによって自信満々な顔で言うのだから質が悪い。
「ぷっ――」
思わず吹き出しかけ、フェイリアににらまれて慌てて口を塞ぐ。よく見ると、フェイリアも唇を震わせていた。もちろん怒りではない。私と同じで吹き出そうとするのを必死で堪えている。
「結局、ただの殿下の主張ですよね。物証もなく、私を罪に問えるとでも?」
「そ、そんなことはない! お前に壊された教科書やカバンが――」
「それは単に壊れただけでしょう? 私がやった証拠にはなりませんわ」
「ぐぬぬ……ああ言えばこう言う」
王太子は悔しがり、頭をかきむしりながらフェイリアをにらみつける。それを涼し気な顔でやり過ごす彼女に、周囲の反応が変わり始めた。
最初のうちは王太子の言葉を信じ、フェイリアに批判的だった者も少なくなかった。しかし、今は大多数がフェイリアに同情的な反応を示していた。
そろそろ畳みかける頃合いと思っていたら、フェイリアと目が合った。そして、確かめるようにうなずく。
「殿下、私がやったことなど正直どうでも良いのです」
「どうでも良くは――」
「婚約は家同士の決め事。両家が認めれば特に構わないのですから。ちなみに、私はお父様から婚約について一任すると許可をいただいておりますわ」
あくまでもフェイリアの罪にこだわる王太子に対し、フェイリアはすでにやるべきことをやっていると主張する。それは、暗に王太子に対して「お前はどうだ」という問いかけでもあった。
「ふん、そんなことなら問題はない! これを見ろ!」
フェイリアの罪を明らかにするのは難しいと悟った王太子が、一枚の書状を突きつける。『魔王の血を引き、神聖なる聖女を害したフェイリア・クローネル公爵令嬢との婚約を破棄する』と。そして、右下にはご丁寧に直筆のサインまで書かれていた。
突きつけてきた書状を確認し、フェイリアは口角を上げる。チラリと横目で私の表情をうかがい、王太子をまっすぐ見据えた。
「わかりました。陛下自ら、そう仰るのであれば問題ありません。婚約破棄を受け入れましょう」
「ふはは、ようやく認めたか! これでお前との婚約関係はなくなった。代わりに聖女のシャーリーとの婚約を宣言する!」
フェイリアの言葉に勝利を確信した王太子と聖女が勝利を確信して歪んだ笑みを浮かべる。そんな二人に釘を刺すように言葉を続けた。
「言っておきますが、殿下があげられた私の罪状は全て証拠不十分ですよ」
「ふん、気に食わんが認めてやる!」
王太子の言葉を聞いて、ようやくフェイリアも花が咲いたような笑顔を浮かべ、挨拶をするとクルリと振り返った。
「終わりましたわ。それではルミナさん、参りましょう」
「今から行くの? 明日の朝でも良くないかな」
「そうですわね。では明朝、馬車で迎えに参りますわ」
そう言って、フェイリアはそのままホールから出て行こうとする。慌てて皿に乗った料理を口の中に放り込んで、彼女の後を追いかけた。
「おい、お前たち! どこへ行くつもりだ?」
「どこって、フェイリアの希望で隣の国に連れて行くだけだよ」
「ふざけるな! そんなことが許されると思っているのか?!」
「許されるもなにも――捨てたんでしょ? だから貰ってあげただけ」
「捨ててなどは――」
「婚約破棄って、捨てたってことでしょ?」
なぜかフェイリアを捨てたはずの王太子が焦り始めて、彼女を引き留めようとし始めた。それでも歩みを止めない彼女に大声で呼びかける。
「他国へ行くなんてダメだ! フェイリアだって婚約破棄を嫌がっていたじゃないか!」
フェイリアは足を止めて振り返る。それを思い止まったと勘違いした王太子は安堵の表情を浮かべた。
「嫌がっていたわけではありませんわ。きっちりとした証拠を提示して欲しいと主張しただけ。それは正当な権利ですよ、殿下」
「うぐぐ、そ、そうだ。側妃にしてやろう。それならお前も文句があるまい!」
王太子の言葉にフェイリアが蔑んだ目で見つめ、ため息を吐く。
「聖女とはいえ元平民。彼女が正妃で、公爵令嬢である私が側妃などありえませんわ。そもそも、彼女は王妃教育もまともにできていないのでは?」
「そ、それは……お、お前が側妃になってサポートすればいいだろうが!」
あまりに身勝手な言い分だった。何のメリットもない提案に乗るわけがないだろうに、そんなことも分からないらしい。フェイリアも鼻でわらっていた。
「そんな都合のいい言い分が通るとでも? では、ごきげんよう」
フェイリアはふたたび背を向けて歩き出した。近衛兵をけしかけようとした王太子を、私は笑顔で振り返りながら魔石を取り出した。
たったそれだけで、周囲から短い悲鳴が上がる。王太子と聖女も、その意味を理解して恐怖に顔を歪めた。
「言っておくけど――力づくなんてことするなら、私も全力で抵抗するからよろしく」
互いの目的を達した私とフェイリアは共に隣国へと旅立った。これでようやく自由な時間ができると期待していた。しかし、現実はなかなか上手くはいかないもので、三週間後に私は国王直々に呼び出しをくらった。
「貴様か、我が国の聖女を拉致したという邪悪な魔女というのは」
一週間近くかけてやってきた王宮で、国王の第一声がそれだった。赤い絨毯の上、左右を近衛で固めた謁見の間には、正面に国王と王妃、国王の隣に王太子、さらに隣に聖女が立ち、絨毯の左右には槍を持った兵士が並んでいる。
本来ならひざまずく必要があるけど、私は休みを返上して来てやった立場なので、敬うつもりはさらさらない。口には出さないが、私の態度に苛立っているのがはっきりとわかった。もっともケンカを売ってきた相手の機嫌など、どうでもいい。
「聖女ならそこにいるじゃないですか」
「違う! 聖女フェイリアのことだ!」
フェイリアと共に国外に出て1か月、ようやく真の聖女が誰か気付いたらしい。
「王国を守る結界がなくなって、ようやく気付いたのか……」
「うるさい! 貴様が拉致したのはわかっておる。早急に返せば大目にみてやる」
「そんなの、断るに決まってるじゃない。そもそも、最初のフェイリアを捨てたのはそっちでしょ?」
国王は、まるで私の方が間違っているとでも言いたげに嘲笑った。
「婚約者である聖女を拉致して、我が国の利益を損なった魔女が何を言うか!」
「そもそも、アンタがフェイリアの婚約破棄を命じたんじゃないか」
「知らんよ。何の証拠もないくせに、そのような妄言を――」
国王は勝ち誇った笑みを浮かべながら、断罪しようと言葉を尽くす。おそらく証拠は処分したのだろう。
――だが無駄だ。
「その証拠は、こちらですよね?」
「なっ?! そ、それは……」
私は完璧な状態の書状を懐から取り出した。それはフェイリアが魔王の血を引いていて聖女に害をなしたという、国王の署名の入った正式なものだった。当然ながら国王も見覚えがあるのだろう。処分したはずの書状を取り出したことで、明らかに狼狽えていた。
「読み上げますね。『魔王の血を引き、神聖なる聖女を害したフェイリア・クローネル公爵令嬢との婚約を破棄する』と書いてありますね。サインまで付いてますよ」
「バカな、それが存在するはずが……」
「処分したからないはずだって? 私にそんなことが通用するはずないじゃないですか」
口角を上げて国王をじっと見据える。チラリと視線をずらせば、王妃や王太子、それから聖女まで顔面蒼白になっていた。
「この書状によれば、フェイリアは魔王で、聖女は別にいるってことですよね。それを理由で婚約破棄をするって書いてあるんですから」
言い逃れのできない証拠を突きつけられ、顔を真っ赤にしながらも何も言い返せなくなった国王に追い打ちをかける。
「大変ですよね。結界がなくなって、北にある魔の森から魔獣がひっきりなしに襲ってくるんですから」
国王は過去の己の失策を突きつけられて、怒りに震えていた。
――まったく、アレクシスのぶら下げたエサに食いついた結果がこれとは……。この半年の出来事を思い返しながら、心の中でつぶやいた。




