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ワールドラバーズ・アドベンチャー(そこら辺を漂ってたチカラを捕まえて青春しながら世界を平和にする話)  作者: 諏訪 惠


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第四話 死ね死ね遺伝子

 誠の成績は中の上である。

 とはいえ、全国でも名の知れた進学校でそうなのだから、平均よりは少しばかり水準が高い。理系コースを選択しているものの、歴史も好きだし、趣味で百人一首や任侠映画を楽しんだりもする。なにが好きなのかと問われたら、たいていのものは好きだと答えられるが、特に嫌いなものがあるわけではなかった。

 “嫌い”という言葉は、どうも誠には強すぎる。

「……受精卵がヒトの形になっていくとき、ヒトの手にはもともとカエルと同じように水かきがついています。まだ水中で暮らす生き物だったときの名残だと考えられています。その水かきが退化して指になるのです」

 誠は自分の手をみつめた。

 何の変哲もない手である。右手の親指と中指の付け根あたりに小さなほくろがあった。

「どうして指が指になるのかというと、そうなるように遺伝子が組み込まれているからです。水かきになるはずだった細胞を、自ら破壊する遺伝子があるんです。不思議ですね」

 いかにもインテリジェンスといった風情の女教師は、それを「死ね死ね遺伝子」と呼んだ。

 物騒な命名だなと思いながらもそれをノートに書き込んだとき、隣の席からこそりと声がかけられた。

「寺島、今日の帰り、時間あるか?」

松本修一である。

 誠と修一はいわゆる幼馴染で、かれこれ十五年の仲である。修一はお調子者な節があるか、明るくて気がよく、しかも学校一の秀才という憎たらしい奴だ。

「おう」

「ちょっと話があるんだけどよ、駅前のマック寄ってかねぇ?」

「いいけど、お前、部活は?」

「バカ、今日からテスト期間で部活は休みだろうが」

 そういえばそうだったな、と頷いた誠の惚け顔を、修一は軽く小突いた。

「とにかく、帰りにマックな。忘れるなよ」

おう、と返事をすると同時に教師と目が合い、二人は慌ててノートに視線を戻した。

 修一は剣道部の主将である。成績のみならず、その道でも去年全国大会を制した猛者だ。

 対して誠は帰宅部である。去年までバスケ部に所属していたのだが、三年に進学すると同時に退部した。もとがそれなりに大所帯の部であるし、誠自身バスケは好きだが万年平部員だった。進学校ゆえ、三年生が夏の大会まで残るか学業に専念するかは個人の判断に任されている。正直どちらでもいいといえばどちらでもよかったのだが、応援に専念することにしたのである。

 そんなわけで、この授業が終わったら本日の学校でのお務めは終了である。

 誠は再び自分の手をみつめた。

 ただの手だ。五本の指がある。

 どうして五本なのかはわからない。これがここにあるというだけだ。当たり前のようにここにあるというだけだ。

 いや、当たり前のように、ではない。当たり前そのものなのだ。

 疑問も、不満も、要望もない。ここにある事実に誠は満足している。

 そもそも、誠はそういう人であった。

 夢と現実が違ったところで、これといった不満はない。そこにあるすべてが、あるがままにあるのだ。

それは偶然であり、必然であり、当然である。いわば、それが誠の世界の定理だ。

 自分の生きる現実、そこにある事実を、ただありのままに受け入れよう。夢に捉われて現実に生きることができないなんて、そんな悲しい人生はないじゃないか。

 そうすれば、絶望とは無縁である。平凡な日常を愛する人は、きっと誠に味方する。

 もしも自分の指が五本じゃなくて六本だったら、それはそれでかまわない。誠はそういうモノとして生まれ、それが事実で、それがすべて。

 もしそうならば、それはそれ。

 そんなことがあっても、何もおかしいことではないと思うのだ。

 そんなことを考えた。

『そうか、それが君のチカラか』

「……ッ!?」

突然聞こえた声に、誠はびくりと肩を跳ねさせた。

『さすがだね、一発でボクを捉まえた』

あたりを見回しても誰もいない。声は笑って続ける。

『はじめまして、寺島誠くん。といっても、君にはボクが見えていないよね。残念だ』

「は……?」

思わず声を出してしまった誠に、修一が訝しげな視線を寄こした。咄嗟になんでもない、と口パクで伝え、ノートを見るふりをしてうつむく。

『そんなに驚くことないじゃないか、花子さんとは長い付き合いなんだろう?』

確かに、花子さんとはかれこれ十年余りの付き合いである。

 今朝は深く考えず部屋に置いてきてしまったが、ちゃんと大人しくしているだろうか?お腹を減らしたりはしていないだろうか。というか花子さん、とりあえず人間でないことはわかるのだが、ならばそもそもお腹は減るのか?

 昨日はあえて深く考えずに寝てしまったのだが、急に心配になってきた。ぐるぐると考え始めた誠とは逆に、声は実に愉快げだ。

『なるほど、君みたいな人間は久しぶりだ。ボクの声を疑ってもいないらしい。花子さんから伝言だよ』

花子さんから伝言?

 つまり、この声は花子さんの仲間ということか。そういうことなら、確かに驚くことでもないかもしれない。

 それが何であるのかは未だわかっていないのだが、花子さん(と命名した)という存在が在るということは、少なくとも誠にとって紛れもない事実である。

少し落ち着きを取り戻した誠は、とりあえずその声に耳を傾けることにした。

『退屈だわ、寄り道しないで早く帰ってきてちょうだい。私というものがあるのに、浮気なんかしたら許さないんだから!』

 誠はがくりとうなだれた。花子さん、元気そうで何より。

「……マンガでも読んで待ってろよ」

 少し間を置いてから、声がいう。

『ここにあるマンガ、健全すぎてつまらないのよ。もうちょっとエッチなの読みなさいよ、年頃なんだから。そんなんだから彼女もできないんだわ』

「うるさい!」

思わず声をあげた誠にクラス中の視線が集まった。白衣姿の女教師が、メガネをキラリと光らせる。

「何か不満でも?寺島くん」

「あ、す、すいません、寝言です……」

慌てて謝ると、どっと笑い声が起こった。少し離れた席から、からかいの声が飛んでくる。この瞬間、誠は初めて男子校でよかったと思った。誠のノリとは少し違うが、女子のようにヒソヒソと笑われるよりはずっとマシだ。

「すげぇな寺島、寝たまま俺と会話してたのか?」

「ちげぇよ!」

笑いを噛み殺しながら修一が話かけてくる。

「まぁ、昔からどっか不思議なトコがあるからな、お前は……」

言葉の途中で、修一はふと動きを止めた。なんだよ、と視線で促すも無反応だ。

 その目は一点を見つめている。視線の先には、握り閉められたままの誠の手があった。何の変哲もない、ただの手だ。

 そうがどうかしたのだろうか。

 不思議に思って、手を開いてみる。

 違和感を感じた。

「……え?」

『おや』

ヒトの指は、死ね死ね遺伝子の働きでできるらしい。

 海から陸に進出した生き物にとって、泳ぐことよりも掴むことのほうが重要だった。だから、自らの細胞を破壊した。

 そうしてできた指は五本。それがそこに在る事実ですべて。そのはずなのに。

 声が聞こえた。

 驚いたような、嬉しそうな響きだった。

『……六本あるねぇ』

 このとき誠は、高校生になって初めて大声をあげた。




続く。


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