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ワールドラバーズ・アドベンチャー(そこら辺を漂ってたチカラを捕まえて青春しながら世界を平和にする話)  作者: 諏訪 惠


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第二話 正直者の夢語り

 白い画用紙におひさまを描く。

 真っ赤なまん丸にたてがみのような陽光、ぬけるような青空。地面にはお花が咲いている。赤、青、黄色、とりどりだ。

 その上を蝶々やミツバチなんかが飛んでいて、三角屋根の家がある。

 彼らはみんな笑っている。

 それを描いた子どもと一緒だ。

「そういうのをアニミズムっていうのよ」

 原田郁美は言った。

「すべてのモノには魂があって、自分と同じように感じたり考えたりしてるって思う。小さい子はみんなそうよね。だから何の絵にでも顔を描くわ」

 郁美は幼い日のスケッチブックを見つめていた。

 幼稚な絵の上には、小さくマジックでタイトルがつけられている。母の筆跡であった。

「原始的な宗教もそう。八百万の神とか、オリュンポスの神々とか。森羅万象にもたましいがあって、それを司るなにかがいて、その存在を崇めるの」

 画用紙に描かれた自分と両親は笑っている。幸せそうに笑っている。あるいはこのとき、郁美は本当に幸せだったのかもしれない。

 現在、郁美の髪は肩のあたりまで伸びている。母ゆずりでたっぷりした亜麻色の髪だ。他のパーツは父譲りなのに、髪だけは母に似た。自慢のその髪をサラリと払って、郁美はスケッチブックを閉じた。

「子どもに夢ばかりみさせるような、無責任な大人にはなりたくないもんだわ」

『ボクが見てきた限りじゃ、キミだって少なからず夢を語ってるけどね』

「そりゃあ社交辞令は大切よ。でもね、ライ。私は自分のための嘘はつかないわ」

大型の肉食獣が深々と頷く。

『確かに、顔が好みじゃないから付き合えないなんて、社交辞令にもならないね』

「あら、それも誠意よ。どっちにしろ付き合う気はないんだから、下手に期待を持たせるより、正直に言うのがあたしの誠意なの」

立ち上がった郁美の後ろで、真っ白な虎がため息をついた。

 優等生らしくピンと背筋の伸びた後ろ姿に行ってらっしゃいと声をかけるが、当然のように返事はない。

優雅な長い尾が印象的な白虎が郁美の傍にいるようになって、もうすぐ三ヶ月が経つ。すぐそこの高校に向かう彼女に行ってらっしゃいというのが毎朝の日課となっていたが、答えがあったためしはない。

『しっかりしてるんだか捻くれてるんだか』

呟いて、白い虎は前足で顔を洗い始めた。これも毎朝の日課である。

 原田郁美は正直者だ。

 正直者といっても、生来正直だったわけではない。もっとも、人は生まれたときはみんな正直である、というのが彼女の持論である。

 郁美女史は才女であった。

 才女というのは、何も勉強ができるというだけではない。郁美の才能は、ずば抜けた洞察力である。

 周りの人間が何を考えているのか、自分に何を期待しているのか、そんなことを察するのが得意であった。表情や仕草から読み取るのはもちろんだが、それとは少し違う次元で、いってしまえば直観が並外れて鋭いのである。

 物心ついたときからそうだったので、郁美が自分の才能に気づいたのは、つい三ヶ月ほど前のことだ。

好き嫌いはあるが対人関係はおおむね良好、趣味の音楽を楽しみつつ平凡な高校生活。限りなく平穏で、これといった不満もなかった。

 ところがどういうわけかある日、言うつもりもなかった言葉が口からこぼれ出たのである。

 本当は彼のこと、もう好きじゃないんでしょ。

 女の子同士の他愛ないおしゃべりの最中に目を見開いた友人の顔を見て、しまった、と思った。それは口にしてはいけない、暗黙の了解というものだったのだ。

「……そう見える?」

問われて、郁美は首を横にふった。事実、友人の惚気は、声のトーンも、艶めいた表情も、指先の仕草までまるで疑う余地のないものだった。

「誰にも気づかれたことなかったんだけど、どうしてわかったの?」

「どうしてって……、勘?」

「やっぱり郁ちゃんは鋭いね」

友人はそう苦笑したが、むしろ郁美は誰にも気づかれたことがなかった、という方に驚いた。驚いて、そのとき初めて自分の才能を理解した。

 ずっと不思議だったのだ。

 どうして晩年のピカソみたいな子どもの絵をみて上手だと褒めるのか。

 どうして羨ましくもない自慢話に手を叩いてみせるのか。

 どうしてテンプレートされた慰めの言葉に感謝するのか。

 けれど、それはそういうものだと思っていた。本音でなくとも本音として受け止めるべきなのだと。

「嫌いになったってわけじゃないんだけど、冷めちゃったのかなぁ……」

「まぁ、それは仕方ないでしょ。結婚してるわけじゃないんだし、一生好きでいられる保証なんてないよ」

「そうだよね…。別れるべき、かなぁ?」

悩ましげな表情で友人が問う。

 別れるつもりなどないのだろう。

「それはあたしには何とも言えないけど……。気持ちがないのに付き合い続けるのはお互いのためにならないと思うし、あたしなら正直に言っちゃうかも。あくまであたしなら、ね」

 自分は自分、ヒトはヒト。

 それが郁美の大前提である。

 友人はまた少し沈黙して、そうなのかな、と呟いた。たぶんね、と郁美は肩を竦めた。恋多き、愛すべき友人である。

「ま、あたしの場合、ちゃんと彼氏がいたことないから参考にもならないだろうけど」

「そういえば郁ちゃんの恋バナって聞いたことないかも。この際聞いちゃうけど、好きな人いないの?」

「うーん、好きな人ねぇ……。素敵だなって思う人はいるけど、付き合いたい人はいないかな」

「確かに、郁ちゃん理想高そうだもん」

「そんなこともないよ?付き合うならむしろ対等っていうか、同じ視点を持ってる人がいいんだけど、なかなかピンとくる人がいないっていうかね」

「だからさ、郁ちゃんレベルの人ってなかなかいないでしょ。年上の方がいいかもね」

なるほど、と郁美は頷いて、お茶を一口飲んだ。

 郁美の通う高校は、幼稚園から短大まである私立女学園の高等部である。

 短大が併設されているおかげで学食は充実しており、特にこのカフェテリアは郁美のお気に入りだ。物心ついたときからそんな学園に通っているおかげで、とっくの昔に校内恋愛を諦めている。代わりに、郁美は友人の恋愛相談にできる限り応じることにしていた。

 友人の恋愛イベントに乗じた脳内シミュレーションだ。何ごとにもイメージは大切である。

 頭の中で物事を展開していくのは、郁美の威厳と落ち着きの糧となっていた。すべてが想定の範囲内であれば、何に脅かされることもない。

 つまるところ、郁美は人知れぬ妄想少女なのであった。

妄想の中で現実よりすごい事を考えているから、実際に起こるたいていのことには冷静でいられる。それが周りには大人びているように見えるらしい。

 それから雑談をしているうちに予鈴がなり、女子校らしい優雅な昼休みは終わりをつげた。

「話、聞いてくれてありがとう。なんだかちょっとスッキリしたわ」

「ならよかった。あたしも面白い話が聞けたわ」

「面白いって……、まぁいいけど。郁ちゃんも好きな人できたとか、何かあったら相談してね!」

郁美は少し考えてから言った。

「相談したいと思ったらさせてもらうけど、多分しないと思うな」

きょとんと首を傾げた友人を見返して続ける。

「別に信用してないとかじゃなくて、誰にも相談する気がしないのよね。恋愛なんて、誰かに相談してもどうにもならないし、だったら相談する必要もないと思うの。あえて隠すつもりもないけど、悩んだらとりあえず自分で何とかするわ」

言葉を選びつつそう言った郁美を、友人はマジマジと見つめた。

「郁ちゃんて、しっかりしてるけどたまに不思議ちゃんだよね」

「そう?」

「うん。なんていうか、悪意がないのはわかるんだけど……、すごく素直というか」

「そう、かもね」

そんなやり取りで会話を終えた。

 廊下を歩きながら、郁美は、自分と世界を隔てていた透明な膜が取り払われていくような感覚がしていた。視界がクリアになった、と言ってもいい。とにかく、どこかぼんやりとして掴めなかったものの輪郭を捉えたのだ。

 どうしてみんな嘘をつき合うのかと、ずっと疑問に思っていた。お互いの本音を知りつつ違うことを言うのがセオリーなのだと。

 でも違った。

 彼らは、それを隠しているつもりなのだ。隠しているのに、隠されていることに気づいていないのだ。

 これでは、どっちが素直なのかわかったもんじゃない。

 もちろん、郁美だってすべての人の心がわかるわけではない。そんな、エスパーじゃあるまいし。ただ、ヒトの心の動きに対して敏感なのだろう、なんとなく感じるのだ。

 郁美の直観はよく当たる。それこそ、彼女が才女たる所以であった。

 このことに気づいたとき、郁美はすでに十六歳になっていた。十六歳の彼女は、自分の才能を望ましくも疎ましくも思った。

 そして密かに、心に決めたのだ。

「……私は嘘はつかない」

『すばらしい心がけだね』

 ひとりごとに返事をくれたのは誰だったのか。

 あたりを見回してもそれらしき人物はいない。

 姿のない声いわく、自分は郁美の不思議のチカラ。キセキを呼び起こす可能性であるという。

 その声の主を目にするまで、一ヶ月の時間がかかった。その日以来、真っ白な虎のカタチをしたそれは、寄り添うように郁美の傍にいる。





続く。

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