第一話 ウソから出たマコト
後に誠少年は語る。
「不思議なチカラというものは、ある日突然降って湧いてくるということもない。それは幼い頃から常に寄り添っているものだ」。
君のチカラは生きている。
形骸化した日常の中で、それは自らの物語を紡ぐ。
耳を澄ませよ。
鼓動を感じよ。
世界は君を歓迎してる。
ケース1.狼少年Mの場合.
寺島誠は嘘つきだった。
嘘つきといっても、生来嘘つきだったわけではない。どういうわけかある日、思ってもいない言葉が口からこぼれ出たのである。
『俺って幽霊がみえるんだ』
当時小学生だった彼は、瞬く間に学校中の人気者になった。現実に満足する術を知らない子どもらにとって、誠の想像力は格好の餌食だったのだ。だがそれも、せいぜい小学生のうち。中学校にあがる頃には誰も誠の話など信じなくなろ、高校に上がる年には笑い話となっていた。
利発な誠少年はそんな嘘などなくとも多くの友人に恵まれていたが、やがて嘘の代わりに秘密ができた。
幽霊の嘘をつき続けているうちに、本当に幽霊がみえるようになっていたのである。
それは女の子の幽霊だった。よく笑いよくしゃべる、まったく幽霊らしくない幽霊だ。
授業中でも部活中でも、風呂の中でさえ話しかけてくる幽霊に、誠はいい加減ウンザリしていた。
「お前な、仮にもオンナだろ?少しは恥じらいをもて」
『私みたいな存在にオトコもオンナもないわよ。今はこの姿をとってるだけで』
「せっかくならもっと色っぽい女の子になってくれ」
鼻先まで湯船に浸かって、誠はぶくぶくと嘆息した。
初めて目にしたそのときから、幽霊は黒髪おかっぱ頭の娘である。年齢は十歳かそこらというところだろうか。これはそう、いつか読んだ本の挿絵でみた、トイレの花子さんそのものだ。
『それは仕方ないわね、あなたが私を育ててくれないから』
幽霊はツンとそっぽを向いた。
あ、ヤバイ、と誠は思った。経験上知っている、これは花子さん(仮)が拗ねた時の癖である。こうなると、たいてい厄介なことに見舞われるのだ。今はそう、例えば湯船のお湯が湧き上がって、大波のごとく浴室を飲み込んでしまうとか。
「……って、ちょっ、待て待て待て!!!」
そんなことを考えていた矢先に、である。まさにその通り、湯船の底からゴポゴポと大きな泡が湧いたと思ったら、徐々に水面が盛り上がってきた。誠の目の前で、もうもうとした湯柱が天井に届きそうになって、そして。
「どぅわああああ!!!」
ザッパーンと景気のいい音をたてて、まさに大波のごとく湯船のお湯が浴室を飲み込んだのである。
浴槽から溢れ出て必死に立ち泳ぎしている誠を見て、花子さんは大笑いしている。
『久しぶりに盛大にやってくれたわね!元気がでるわ!』
「いいから助けろ、っていうかどうにかしろ!」
誠の頭ひとつ分を残して、浴室はプール状態である。実体のない花子さんは実に愉快げにその中を泳ぎながら、あらあら、と耳をすませるポーズをした。
『残念、誰か来ちゃうわね。あんな大声だすから』
「誰のせい、ごぼッ、だ!」
『言っておくけど、私のせいじゃないわよ。私はあなたの味方なんだから』
そう言い残して消えてしまった花子さん。
すぐに、浴室の扉の向こうから姉の声が聞こえた。
「誠?今の悲鳴なに?」
「な、何でも、ナイッ」
「何溺れそうな声出してんの。ちょっと、開けるよ?」
弟思いだが無遠慮な姉である。誠の返事も聞かないうちに、カチャリと扉が開かれた。
「……何やってんのよ」
「い、いや、何でも……」
そこで見たのは、浴槽の中で立ったまま必死に天井の方へ手を伸ばす、溺れた人のポーズの弟。マジマジとその様子を見つめて、姉はしみじみと言った。
「我が弟ながら、ホントに想像力豊かなんだから……」
「う、うるさい!ってゆーか早く閉めろよ、弟の入浴シーンなんて楽しくないだろ!」
「いや、普通に楽しいわよ?ちっちゃいちっちゃいと思ってても、さすがに高校生ともなるとそうとばっかり言ってられないのねぇ……」
「どこ見てんだよ!」
誠は慌てて湯船に身を沈める。どいつもこいつも、と思わず口に出た。するとすかさず姉がツッコんでくる。
「どいつもこいつもって?」
「な、何でもない!とにかく大丈夫だから、早く閉めろよ!」
まったく落ち着きのない弟にため息をついて、姉ははいはい、と首を竦めた。
「アンタのそういうところは嫌いじゃないけど、あんまり心臓に悪いことはしないでほしいもんだわ。風呂場から悲鳴が聞こえたら、誰だって心配するわよ」
「……ごめん」
大げさなため息を一つ残し、パタンと扉が閉められた。
誠は大きなため息と共に、再びぶくぶくと鼻先まで湯船に浸かった。目を閉じて、ようやく訪れた平穏に身をゆだねる。一度姿を消したということは、しばらく花子さんは現れないだろう。
どういう因果でこんなことになってしまったのか、彼にはさっぱりわからない。
寺島誠は嘘つきだ。
それはもう、幼い頃からの癖のようなもので、誰に教えられたものでもない。
転んでも痛くないと言った。
おいしくなくても残さず食べた。
じいちゃんが死んだとき、涙なんて流さなかった。
みえもしない幽霊がみえるといった。
けどそんなのは、誰だって同じじゃないか?
誠は思う。
誰だって、嘘のない人間なんているわけないのに、どうしてみんな嘘はいけないなんて嘘をつくんだろう。
正義感ばっかり強くても、いまどき女の子からモテやしない。もっと愉快に、もっと楽しく青春を謳歌してもいいじゃないか?
もっとも、まさか本当に幽霊がみえるようになるなんて思わなかったけれど。
嘘からでたまこと。なんて、シャレてる場合か。
誠は風呂からあがると、よく冷えた牛乳を一気飲みした。姉と両親におやすみの挨拶をして自室にあがる。
誠は嘘つきだか、ご近所でも評判のできた息子なのである。
自室のドアをあけると、誠は自分のベッドがこんもりと盛り上がっているのに気がついた。
家族はみんなリビングにいるのだから、この部屋には自分以外いないはずである。夜這いか?なんて思春期らしい妄想に一瞬だけ胸を膨らませるも、まさかそんなわけはない。誠はそっと壁に立てかけてあったバットを手に持つと、おそるおそるベッドに近づき、ゆっくりと布団に手をかけた。
『わッ!』
「うおわぁ!」
手が布団に触れる瞬間、勢いよくその中から花子さんが飛び出してきた。咄嗟に尻もちをついた誠を見て愉快そうに笑っている。
『驚いた?ね、驚いた?』
「お、おどろい…て、ねぇよ!っていうか、え、なんでお前、体が……」
『そうなのよ!正直そろそろ諦めようかと思ってたんだけど、ここにきて一気に成長したみたいなの。よかったわね。あなた、私を使えるわ!』
「いやいやいや、どうして幽霊に実体があるんだよ」
『幽霊?あなた私を幽霊だと思っていたの?馬鹿なこと言わないでちょうだい。あなたが生きてるんだから、私だって生きてるわよ』
「はぁ……?」
わけのわからなくなった誠は、こめかみを押さえてうなだれた。
一体何が起こっているのだろう。十歳そこそこの、まぁ可愛くなくもない黒髪おかっぱの少女が、もうすぐ十八になる男子高校生のベッドでスタンバイしているなんて。せめて妹ならよかった。あと十歳成長していたらもっとよかった。
「俺は無実だ……」
『何が無実よ。私がこうしてここにいるのに』
「頼むからちょっと黙ってくれ」
誠はベッドの脇に座りこんだ。ほかほかに温まった体とぐらぐらする頭を、花子さんがデスクの上にあった団扇で扇いでくれる。涼しい風で頭を冷やせということだろうか。しかし頭を冷やしたところで、わからないことに変わりはないのだ。
「えーと、花子さん?」
『花子さんって私の名前?もうちょっとセンスのいい名前がよかったわ』
「どっからどう見ても花子さんだろ。いいから花子さん、君はどうして花子さんなの?」
『あなたが私をそう呼んだから』
「花子さん、君はどうしてここにいるの?」
『あなたが私を創ったから』
「花子さん、君は一体なんなんだ?」
『よくぞ聞いてくれたわね』
顔をあげた誠に、花子さんは不敵な笑みを浮かべた。
『私はチカラよ、不思議のチカラ。あなたの持つキセキだわ』
続く。
トイレの花子さんを見たことある人、この指とーまれ。




