K.18「立ちはだかる敵」(AIが要約)
終わりとはじまりの場所を目指してから幾日が過ぎた。
飛行艇から発信されるビーコンは、目的地がもうすぐだと、明滅を繰り返して示している。荒野を越え、岩山を抜け、今は鬱蒼と生い茂る古代の森を、乙女の棺はその巨体で進んでいた。
(もう少しだ、Q……)
キュービーは、コックピットで眠り続ける謎の少女Qに、自分自身に言い聞かせるように呟いた。焦りを抑え、一歩、また一歩と、確実-にその距離を縮めていった。
巨木が空を覆い尽くし、昼なお薄暗い森を、もうすぐ抜けようとしたその時だった。不意に、奇妙な歌が聞こえてきた。
「あーぱつ、あーぱつ。あーぱつ、あぱつ」
単調で、どこか間の抜けた、しかし耳にこびりつくようなメロディ。乙女の棺はピタリと足を止め、音のするほうへと巨体を振り向けた。
歌は一体の魔族が歌っていた。人間よりも一回りほど大きな体に、爬虫類のようなぬめりのある緑色の肌。彼は乙女の棺の姿を認めると、大きな口を三日月のように歪め、ニタリと笑った。
「これが人間界で流行ってるんだろう」
魔族は意地悪そうに言った。彼の言葉が終わるか終わらないかのうちに、周囲の木々の陰から、ぞろぞろと複数の違う魔族が現れた。狼のように鋭い牙を剥き出しにする四足歩行の魔族、鉤爪を鳴らしながら枝に止まる鳥の翼を持つ魔族、そして地面を揺らしながら歩く岩石のような体を持つ魔族。その数は十を超え、乙女の棺の退路を完全に断っていた。
「こいつ、魔族の混じったにおいがするぜ」
魔族の一人が、鼻をひくつかせながら言った。その貪欲な視線は、乙女の棺の内部――操縦者である人間に向けられている。どうやら乙女の棺が魔具人形であるということを理由に、奪いに来たらしい。
「高値の魔具人形のくせに人間に扱われてるとは不憫な道具だぜ」
最初に歌っていた緑肌の魔族はそういうと、「その魔具人形を奪ってやる」とばかりに、仲間たちと共に襲い掛かってきた。
キュービーは満身創痍だった。それでも、戦わねばならなかった。
乙女の棺は拳を固め、眼前の敵に立ち向かう。一体を殴り飛ばせば、二体が左右からその腕に食らいつく。蹴り飛ばせば、上空から翼を持つ魔族が音もなく急降下し、装甲を切り裂く。いくら動きやすくなったとはいえ数には敵わない。多勢に無勢の前に、乙女の棺の純白の装甲には、見る見るうちに無数の傷が刻まれていった。
(もう……終わりか……)
ついに足を取られて体勢を崩した乙女の棺。とどめを刺そうと群がってくる魔族たちをモニター越しに見ながら、キュービーは思った。
しかし、旅立つ前にゼン・ニン兄弟が数字付きの卵を渡してくれたことを思い出した。コンソールパネルの隅に、まだ『1』と表示された卵が、最後の希望のように残っている。
「また、お世話になるか。――ミ・マモーレ!」
キュービーはそう言うと、乙女の棺の腕を動かし、付着している卵を天高く掲げた。
次の瞬間、卵は太陽が墜ちてきたかのような強烈な閃光を放つと、魔族たちの目をくらませた。
「ぐわぁっ!目が、目がぁっ!」
一瞬たじろいだ魔族たちだったが、すぐさまリーダー格の魔族が叫ぶ。
「その光めがけて集中攻撃をしろ!そこにあいつがいる!」
その号令一下、魔族たちは目を閉じたまま、あるいは腕で顔を覆いながら、やみくもに光の中心へと攻撃を叩き込んだ。爪が、牙が、魔法が、光の発生源へと殺到する。
「ドサアッ」
何か重いものが地面に落ちる鈍い音が響き、魔族たちがここが攻め時だと思い一斉に近寄った。やがて光がなくなると、倒れた影が乙女の棺を模した風船であることに魔族たちは気づいた。無残に引き裂かれたゴムの残骸が、虚しく風に揺れている。
「どこだ。探せ!」
騙されたと知った魔物たちは、怒りの雄叫びを上げ、我先に魔具人形を見つけようと、チリジリに探し出していった。
彼らの怒号が森の奥へと遠ざかっていく。
「ふぅ。あぶなかった」
森の端にある深い谷底。乙女の棺は、両側の岩壁に器用に体を挟み込むようにして隠れていた。何とか窮地を脱したキュービーは安堵のため息をついた。手元で握りしめていた卵を見ると、その表示回数は静かに0になっていた。もう、奇跡は残されていない。




