K.16「冒険の日」(AIが要約)
数日後、デ・キールの工房(即席)はかつての活気を取り戻していた。飛び散る溶接の火花、唸りを上げる工作機械、そして何よりも、デ・キールの怒鳴り声にも似た指示が、希望の槌音のように響き渡っていた。
「そこじゃない、そのバイパスは第二装甲の内側を通せ!」「兄者、こっちのエネルギー伝達効率が予測値を3%下回っとる!」「うるさい!誤差の範囲じゃ、後でワシがソフトウェア側で補正してやる!」
ゼン・ニン兄弟も泥と油にまみれながら、師の指示に食らいついていく。それは、かつての師弟関係を彷彿とさせながらも、確かな違いがあった。彼らはもはや教えを乞うだけの弟子ではなく、一人の技術者として師と対等に意見をぶつけ、より高みを目指す同志となっていたのだ。
そして、運命の日。全ての喧騒が嘘のように静まり返った工房で、改修を終えた「乙女の棺」が静かに佇んでいた。その装甲は磨き上げられ、無数の傷は丹念に補修されている。だが、最も大きな変更点は内部にあった。パイロットシートの周辺にあった複雑な魔力循環システムは取り払われ、代わりにコンソールの中央には、一本のペンライトを収めるための、水晶で覆われた特殊なドックが新設されていた。
「…起動するぞ」
デ・キールの厳かな声と共に、ゼンがコンソールを操作する。ドックに安置されたキュービーが淡い光を放つと、その光が機体全身の神経網のようなラインを駆け巡り、やがて、乙女の棺の赤いモノアイが静かに灯った。
『…動く。私の意志だけで、この巨体が…!』
キュービーの意識が、機体と完全にリンクする。手足を動かし、ゆっくりと立ち上がる。その動きは、以前Qが操縦していた時のような爆発的なパワーこそ感じられないものの、まるで自分の身体のように滑らかで、精緻なものだった。
「どうじゃ、朴念仁ライト。乗り心地は」
デ・キールが、腕を組んで満足げに尋ねる。
『素晴らしい…感謝する、デ・キール』
キュービーの意志が、モノアイの明滅パターンとなって感謝を伝えた。
デ・キールはフンと鼻を鳴らすと、改修の成果を自信満々に語り始めた。
「パイロットの生体魔力リンクは完全に遮断した。代わりに、お主の魂そのものを動力源として直結させてやったわ。これで、Qの嬢ちゃんが魔力を吸い取られることは二度とない」
彼は一度言葉を切ると、少しだけ悔しそうに付け加えた。
「…まあ、そのせいで最大出力は以前よりもかなり劣る。正面からの殴り合いになれば、センキの『戦の城』には勝てんじゃろう。だが、今回の目的は戦闘ではない。最小限のエネルギーで、隠密に、そして確実に終わりとはじまりの場所へたどり着くこと。そのための調整は完璧なはずじゃ」
「師匠…本当に、ありがとうございます」
ゼン・ニン兄弟が、深々と頭を下げた。彼らの師は、ただ修理するだけでなく、目的のために機体のコンセプトそのものを最適化するという、神業をやってのけたのだ。その計り知れない恩義に、兄弟は言葉もなかった。
するとデ・キールは、ぷいと顔をそむけ、照れくさそうに言った。
「か、勘違いするでないわ!ワシの最高傑作を壊しおった、お前らの機体ぞ?ワシの技術をもってすれば、この程度の代物がどれほどのものになるか、証明してやりたかっただけじゃ!…べ、別にお前らのためではないわい!」
その不器用な優しさに、兄弟は顔を見合わせて静かに微笑んだ。キュービーもまた、モノアイを優しく点滅させる。この偏屈だが偉大な技術師に、心からの敬意を感じていた。
準備は整った。乙女の棺のコックピットには、医療カプセルの中で眠り続けるQが慎重に運び込まれる。
発進ハッチの前で、ゼン・ニン兄弟は乙女の棺を見上げた。その目は、娘を嫁に出す父親のように、不安と期待に潤んでいた。
「キュービー…聞こえるか」
『ああ』
「わしらの…わしらの大事な娘を、頼んだぞ…!」
絞り出すような声だった。キュービーは応えるように、巨大な拳をそっと胸に当てる。その無言の誓いに、兄弟は力強く頷いた。
母艦の防衛を託されたチュコイノが、隣のドックから顔を出す
「こっちはワシらに任せとけ。お前さんは、姫さんをしっかり守ってやれよ、元勇者様」
『…承知した』
やがて、巨大なハッチが開き、眼下に広がる雲海と、どこまでも続く地平線が姿を現す。ビーコンが示す方角は、遥か彼方。
ゴウン、と低い駆動音を響かせ、乙女の棺は静かに母艦から離床した。
デ・キールとゼン・ニン兄弟が見守る中、白銀の機体は一筋の飛行機雲を引きながら、終わりとはじまりの場所へ向けて、その長い旅路へと旅立っていく。
コックピットの中で、キュービーは眠るQの穏やかな寝顔と、コンソールに表示された目的地を交互に見つめ、決意を新たにしていた。
必ず君を、救い出してみせる。この、みんなの思いが宿った新たな身体で。




