いつ始まったか誰も知らない──大宮ふとん店・大創業祭の謎
大宮ふとん店の店内には、
色あせた一枚のPOPが今も堂々と貼られている。
――大創業祭 開催中!
問題は、
この「開催中」が
昭和の終わりから一度も外された形跡がないことだ。
麗奈の祖母に聞いても、
父に聞いても、
母に聞いても、
答えは決まっている。
「さあねぇ」
誰も、
いつ創業したのか知らない。
ただ一つ確かなのは、
大宮ふとん店を創業した麗奈の祖父は、
すでに鬼籍に入っており、
肝心なことを一切メモに残さなかった、
という点だけだ。
祖父は新潟県の雪深い村の出身だった。
昭和30年代、
中学を卒業すると同時に
集団就職、いわゆる「金の卵」として
埼玉県へ向かった。
行き先は――大宮。
理由は単純だった。
「苗字が同じだから」
それ以上でも以下でもない。
上京ならぬ上尾前段階として、
とりあえず響きに親しみのあった
「大宮」という地名を選んだだけで、
将来の展望も、夢も、野望もない。
就職先がふとん店だったのも、
求人票の一番上にあったから、
という程度の理由だった。
ところが、
祖父は意外と真面目だった。
毎朝一番に店を開け、
ふとんを干し、
綿を打ち、
接客も丁寧。
当時を知る古老によれば、
「若い頃は、
いまの店からは想像もつかんほど
ちゃんとした店員だった」
という。
数年後、
店主に気に入られ、
昭和40年代、
祖父はのれん分けを許される。
上尾市での独立開業。
――ここが、
大宮ふとん店の始まり……
のはずなのだが、
正確な開業日が誰にも分からない。
開業届を出したかどうかも曖昧。
「出した気がする」
という証言しか残っていない。
店の初日も不明。
初売りも不明。
記念写真もなし。
唯一の証拠が、
現在も貼られている
「大創業祭」のPOPだ。
祖母によれば、
「開店してすぐ貼った気がする」
だが、
いつまで貼るつもりだったのかは
誰も聞いていない。
当初の大宮ふとん店は、
ちゃんとした店だった。
値札は揃い、
営業時間は守られ、
保証も常識的。
しかし、
時代が平成に入る頃から、
少しずつ歯車が狂い始める。
理由は簡単だ。
「別に急がなくてもいい」
祖父がそう言い始めた。
売れなくても怒らない。
値段を忘れても気にしない。
客が来なくても、
縁台で猫と昼寝する。
その精神は、
見事に家族へ受け継がれた。
平成になると、
「営業中だけど留守」
という状態が常態化。
令和に入る頃には、
もはや誰も
「商売とは何か」を
思い出せなくなっていた。
それでも、
店は潰れなかった。
理由は誰にも分からない。
売上がゼロの日があっても、
祖母は日誌にこう書く。
「クロじい、
今日はよく寝てた」
そして最後に必ず一言。
「大創業祭 開催中」
創業とは何か。
祭りとは何か。
大宮ふとん店は、
その問いに
答えを出さないまま、
今日も暖簾を出している。
たぶん明日も、
その先もずっと。
なぜなら――
始まりが分からないものは、
終わりようがないのだから。
そしてPOPは今日も語りかける。
――大創業祭、開催中。
いつからかは、
誰も知らないまま。




