本日も営業中(ただし誰が店員かは不明)
大宮ふとん店の入口には、
「いらっしゃいませ」も「営業中」もない。
あるのは、開けっ放しの引き戸と、
誰かが勝手に座っている縁台だけだ。
その日、新規の客が恐る恐る足を踏み入れた瞬間、
最初に声をかけてきたのは――
店員ではなく、近所の常連だった。
「初めて?
ここはね、買わなくていい店ですよ」
いきなり営業放棄である。
「見て、触って、寝て、
何も買わずに帰っても
誰も気にしないから」
新規客は戸惑うが、
隣ではベーカリー中村の修さんが
うんうんと頷いている。
「そうそう。
気にしない店なんで」
もはや誰が何者なのか分からない。
奥から祖母が顔を出す。
「あら、来てたの。
説明してくれてるの?」
修さんは胸を張る。
「はい。
“買わなくていい”ってところまで」
祖母は満足そうに頷いた。
「それなら合格だねぇ」
何の合格かは分からない。
新規客が値札を手に取る。
「この布団……
値段が消えかけてますが」
修さんが覗き込む。
「あー、それはね、
たぶん昭和の値段だね」
常連が割り込む。
「今の気分だと、
いくらでもいいよ」
祖母が言う。
「今日は風がないから安めかな」
こうして始まる、
大宮ふとん店名物・値札ガチャ。
値段は、
客の顔色、
修さんの気分、
祖母の勘、
父の競輪の結果――
あらゆる要素で揺れ動く。
新規客は、
最終的に自分で値段を言った。
「……じゃあ、これで」
修さんが即決。
「いいですね」
祖母も即決。
「それでいいよ」
価格決定、所要時間三秒。
その直後、
誰かが急須を持ってきた。
「お茶、入ったよー」
気づけば、
店の中央に丸テーブルが出現し、
営業時間中の茶飲み会が始まっていた。
商店街の人、
常連客、
なぜか新規客も参加。
誰も断らない。
断る理由がない。
話題は自然と麗奈に移る。
「麗奈ちゃん、
小さい頃はここで
よく転んでねぇ」
祖母の裏話が始まる。
「この柱に頭ぶつけて
泣かなかったんだよ」
ファン客、食いつく。
「えっ、それ初耳です!」
母が続ける。
「泣かない代わりに
あとで急に怒ったりして」
修さんが補足する。
「その時、
クロじいが見てた」
クロじいは寝ている。
情報の真偽は不明だが、
場は最高潮だ。
新規客は、
ふと我に返る。
「……ここ、
今も営業中ですか?」
全員が一瞬考え、
祖母が言った。
「たぶん」
修さんが付け足す。
「閉める理由もないですし」
茶飲み会は続く。
誰かが帰り、
誰かが寝る。
気づけば夕方。
新規客は、
布団を一つ抱えて帰っていった。
買うつもりはなかった。
だが、
買わない理由も見つからなかった。
大宮ふとん店では、
客が店員になり、
店員が客になり、
営業時間が溶ける。
ここでは、
売ることより、
集まることが優先される。
そして今日も、
誰も困らず、
誰も急がず、
なぜか店だけは続いている。




