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大宮ふとん店、本日もたぶん営業中  作者: スパイク


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93/112

素材を聞いたら昭和が返ってきた──説明が戻らない店

大宮ふとん店で、

商品説明を最後まで聞いた客はいない。


なぜなら、

説明が途中で昭和に入ってしまうからだ。


その日、

一人の客が布団を前にして、

慎重に質問した。


「この布団、素材は何でしょうか?」


祖母は布団を一撫でし、

一瞬、遠くを見る目をした。


「これはねぇ……」


ここまでは、

どの布団屋とも変わらない。


だが次の瞬間、

話は別の軌道に乗った。


「……あの年は、寒くてねぇ」


客は黙って頷いた。


「昭和三十年代だったかねぇ。

 石油ストーブも今みたいじゃなくて、

 朝になると水が凍ってたよ」


布団の話は、

もうどこにもない。


祖母は八十を超えているが、

記憶力が異様に良い。


年号を間違えない。

物価も、天候も、

その年に流れていた空気まで覚えている。


「電車も混んでたしねぇ。

 弁当箱がアルミで、

 冬は冷たくてさ」


客は布団を触りながら、

昭和の通勤事情を聞いている。


「この布団、

 保温性はどうなんでしょうか?」


勇気を出して、

布団に話を戻そうとする。


祖母はにっこり笑う。


「寒さってねぇ、

 我慢するもんだと思ってたよ」


戻らない。


「エアコンなんてなかったし、

 夏は団扇。

 冬は重ね着だよ」


素材は出てこない。


母が奥から顔を出す。


「昔は洗濯も大変だったよね」


話は、

昭和の主婦労働史へ移行する。


父も新聞を畳んで加わる。


「その頃は競輪も荒れててな」


なぜか、

ギャンブル史が挟まる。


客はもう、

布団の説明を諦めた。


祖母の話は止まらない。


「東京オリンピックがあってねぇ。

 街が変わったよ。

 みんな浮き足立ってた」


布団は、

ただそこにある。


だが祖母の語りには、

不思議な説得力があった。


教科書に載らない、

生活の温度がある。


「この布団、

 軽いですか?」


最後の抵抗。


祖母は一瞬考えて、

答えた。


「昔の冬に比べりゃ、

 今は全部軽いよ」


完全に、

布団の尺度が時代単位だ。


祖母は続ける。


「高度成長期ってねぇ、

 忙しかったけど、

 みんな寝るときはちゃんと寝てたよ」


その言葉だけが、

布団に少し近かった。


結局、

素材も、機能も、

具体的な説明は一切なかった。


だが客は、

なぜか納得していた。


「……じゃあ、

 これで」


祖母は驚かない。


「ああ、そうかい」


会計の間も、

昭和の話は続く。


「物価も上がったけどねぇ、

 給料も上がった」


営業日誌には、

その日もこう書かれた。


本日

布団の説明

昭和の話多め

冬の記憶

布団は一組出た


素材欄は、

空白のままだ。


客が帰り際に言った。


「ここ、

 布団の店ですよね?」


祖母は笑った。


「そうだよ」


間違ってはいない。


布団の説明は、

確かにされている。


ただしそれは、

数字や素材ではなく、

生きてきた冬の記憶なのだ。


クロじいが、

布団の上で丸くなり、

小さく鳴いた。


「……にゃ」


――訳すと、

「暖かさは、語り継がれる」。


大宮ふとん店は、

今日も営業している。


布団の説明を求めると、

昭和が返ってくる店として。

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