展示品と違いますが、問題ありません──上尾トワイライトゾーン
大宮ふとん店には、
昔から暗黙の了解がある。
展示品と、売り物が一致するとは限らない。
ある日、
麗奈ファンの巡礼ついでに訪れた客が、
店の中央に敷かれた一枚の布団に目を留めた。
色は淡い青。
触ると柔らかく、
どこか懐かしい匂いがする。
「これ、いいですね」
祖母は頷いた。
「いいよ」
説明は、それだけだった。
客は試し寝をし、
十分に満足し、
その布団を購入した。
何事もなく、
その日は終わった。
――数日後。
客は、
購入した布団を抱えて、
再び大宮ふとん店の暖簾をくぐった。
表情は、
怒っているようで、
困っているようで、
でもどこか迷っている。
「すみません……」
祖母は顔を上げた。
「どうしたの?」
客は布団を指差す。
「これ……
展示してあったのと、
なんか違う気がするんです」
祖母は布団を一瞥し、
一拍置いてから言った。
「気にしない、気にしない」
その言い方が、
あまりにも自然だった。
客は言葉を失った。
「……え?」
「同じようなもんだよ」
色が違う。
縫い目も少し違う。
厚みも微妙に違う。
だが祖母は、
一切気にしない。
「使えば分かるよ」
「いや、でも……」
祖母は、
少し笑って、
もう一度言った。
「気にしない、気にしない」
――その瞬間だった。
客の中で、
何かがふっと軽くなった。
「あ……
そう、ですね」
自分でも驚くほど、
すんなり納得してしまった。
なぜだか分からない。
論理的には、
明らかにおかしい。
展示品と違う。
普通なら、
返品や交換の話になる。
だが、
大宮ふとん店ではならない。
なぜなら、
「気にしない、気にしない」
という言葉が、
すべてを包み込んでしまうからだ。
母が奥から顔を出した。
「そういう日もあるよね」
何のフォローにもなっていないが、
それで十分だった。
父も新聞を畳みながら言う。
「競輪もな、
思った通りにならないもんだ」
布団と競輪を
同列に語る意味は分からない。
だが、
場の空気は落ち着いた。
客は布団を抱え直し、
少し笑った。
「……まあ、寝心地は良いですし」
祖母は満足そうに頷く。
「それなら、いいじゃない」
その夜、
営業日誌にはこう書かれた。
本日
布団のことで話あり
気にしないで解決
クロじい、昼寝長め
金額欄は、
相変わらず控えめだ。
後日、
その客は友人に話したという。
「展示品と違ったけどさ、
気にしないって言われたら、
気にならなくなった」
友人は首をかしげた。
「それ、おかしくない?」
客は少し考えてから答えた。
「……でも、
あそこはそういう場所なんだよ」
そう、
大宮ふとん店は、
普通の商店ではない。
理屈が通らず、
説明もなく、
でもなぜか納得してしまう。
上尾の商店街の一角に、
ひっそりと存在する異界。
展示品と売り物が違っても、
誰も怒らず、
誰も困らず、
いつの間にか受け入れてしまう。
クロじいが、
布団の上で伸びをした。
「……にゃ」
――訳すと、
「同じに見える方がおかしい」。
大宮ふとん店は、
今日も営業している。
展示品と違う布団を売り、
苦情を「気にしない」で消し、
それでも誰も損をした気がしない。
ここは、
上尾のトワイライトゾーン。
気にしたら、
負けなのだ。




