手形より先に肉球──麗奈ちゃん通り、公式モニュメント誕生秘話
上尾中央商栄会は、その日を**「歴史的瞬間」**と位置づけていた。
シャッター通りと呼ばれ続け、
今もなお半分はシャッターが下りているが、
それでも――
「麗奈ちゃん通り」ができ、
人が歩き、
迷い、
写真を撮るようになった。
「これはもう功績だ」
「目に見える形で残そう」
こうして決まったのが、
麗奈の手形モニュメントをアスファルトに埋め込む計画だった。
昭和の観光地でよく見る、
あのやつである。
本人に話を持っていくと、
麗奈は即座に眉をひそめた。
「古臭くないですか」
「手、汚れますよね」
「あと普通に面倒です」
だが最後に、小さくため息をついた。
「……商店街の人たち、
本気で喜んでるなら、やります」
こういうところが、
この街が彼女を嫌いになれない理由だった。
準備は無駄に本格的だった。
簡易的なテープカット、
誰が持ってきたのか分からない紅白の布、
「本日はおめでとうございます」と書かれた看板。
一方その頃、
上尾地域猫評議会でも臨時の通達が回っていた。
「麗奈ちゃん通りで工事あり」
「柔らかい地面注意」
この情報を受け取ったクロじいは、
いつになく真剣な顔で地域猫に伝えた。
「今日は近づくな」
「足跡が残る」
皆が神妙にうなずく中、
一匹だけ欠席していた。
シロばあである。
理由はシンプルだった。
「今日は気圧が低い」
「腰が痛い」
「集会は無理」
誰も異論を唱えなかった。
そして迎えた当日。
麗奈の手は、
職人の手で丁寧に型を取られ、
少し恥ずかしそうに、
しかししっかりと刻まれた。
拍手。
写真撮影。
「おおー」という声。
その直後だった。
――ぺた。
――ぺたぺた。
生乾きのコンクリートの上を、
ゆっくり、迷いなく歩く白い影。
誰かが言った。
「あ……猫……」
それがシロばあだと気づくまで、
数秒かかった。
シロばあは何も知らない。
ただ、
いつもの散歩ルートを、
いつもの調子で歩いただけだった。
結果、
麗奈の手形の横に、
くっきりとした肉球の足跡が三つ。
現場は凍りついた。
職人が言った。
「……やり直します?」
商栄会が沈黙する。
誰かがぽつりと呟いた。
「……これも、いいんじゃない?」
空気が変わった。
「人と猫の共存」
「この街らしい」
「むしろ狙ってできない」
SNSに写真が上がる。
《公式手形の横に猫の肉球》
《シロばあ、仕事しすぎ》
《これは消さないでほしい》
なぜか絶賛だった。
結局、
修正は行われなかった。
完成したモニュメントは、
・麗奈の手形
・シロばあの肉球
・誰も意図していない物語
を同時に刻むものとなった。
地域猫の間では、
即座に名称が決まった。
「シロばあメモリアルアベニュー」
後日、本人は知って言った。
「え? あたし?」
誰も否定しなかった。
夕暮れ、
モニュメントを見下ろしながらクロじいが座る。
静かに、低く鳴いた。
「……にゃ」
――訳すと、
「計画通りにいかないから、伝説になる」。
こうして上尾中央商栄会は、
また一つ、
狙っていない名所を増やした。
もちろん、
これも例外なく――
麗奈ちゃん案件。




