麗奈ちゃん通り、距離感崩壊中
上尾中央商栄会は、ついに苦情の山に埋もれていた。
「大宮ふとん店に着けない」
「麗奈ちゃん通りを信じたら戻ってこられない」
「これは観光ではなく修行」
電話・手紙(書簡)・口頭・FAXで殺到したのである。
さすがに放置できない。
そこで商栄会は、例の合言葉を発動した。
「……麗奈ちゃん案件だな」
意味はいつも通りだ。
緊急。即断。説明は後回し。
とにかく“今すぐ何かする”。
対策はすぐ決まった。
「距離を書こう」
「矢印も付けよう」
「これで迷わない」
こうして取り付けられたのが、
あの看板である。
大宮ふとん店 → 200Km
本当は、
200m。
「m」と「km」を
素で間違えただけ。
誰も深い意味を込めていない。
比喩でも、ジョークでもない。
ただの凡ミス。
だが――
問題はその後だった。
翌日、SNSが騒ぎ出す。
《上尾市、思ったより広い》
《200km先のふとん店》
《埼玉、内陸県をついに卒業》
商栄会の寄合で、
若手が恐る恐る言った。
「……これ、直します?」
すると年長者が腕を組んで答える。
「いや……
別に困ってるのはウチじゃないし」
「話題にはなってるよな」
「直したら“普通の看板”になる」
全員、黙った。
間違いだと分かっている。
だが、
直す理由が見当たらない。
こうして看板は、
「間違っていると全員が知っているが、
誰も直さない存在」になった。
現地ではこんな光景が見られる。
巡礼者
「200kmって本当ですか?」
商店主
「書いてあるからねぇ」
訂正もしないし、
肯定もしない。
大宮ふとん店では、
麗奈がその写真を見て言った。
「……これ、ただの間違いですよね?」
祖母は即答した。
「そうだよ」
「じゃあ直せば……」
「でも、みんな写真撮ってくから」
それだけの理由だった。
結果、
巡礼者は迷い、
SNSは盛り上がり、
商店街の回遊性はなぜか向上した。
誰も得していないようで、
誰も損もしていない。
夜、
看板の前でクロじいが座り込む。
文字を見上げ、
小さく鳴いた。
「……にゃ」
――訳すと、
**「直さないという選択」**である。
こうして今日も、
上尾中央商栄会は言い切る。
「間違ってます。
でも――
そのままです。」
これもまた、
麗奈ちゃん案件。




