貸し布団は旅に出る 〜帰ってこない布団たち〜
意外にも――いや、奇跡的に――大宮ふとん店の収益の柱は「貸し布団事業」だ。
埼玉県内の官公庁や学校、地域イベントなどに布団を貸し出している。
だが、その実態は**“布団界の放浪記”**と言っていい。
配送を担当するのは、麗奈の父。
愛車は昭和末期製のワゴン車。
側面には「大宮ふとん店」と書かれているが、
“ふ”の字が風化して「大宮 とん店」になっている。
どっちかというと豚肉屋か餃子屋っぽい。
父は午前中から官公庁へ出発する。
出発時はいつも勢いがある。
「よーし、今日は20組納品するぞ!」
だが、帰ってくる頃には数が合わない。
「…ん?18組しかないな。まあ、そのうち出てくるだろ」
――その“そのうち”は、だいたい永遠に来ない。
数週間後、どこかの施設の倉庫からひょっこり布団が見つかる。
タグには「大宮ふとん店」と手書きで書かれた名札。
書いたのは麗奈の祖母で、ボールペンの字が滲んで**「大宮ぶとん」**になっている。
在庫管理の杜撰さは伝説級。
「貸した数」と「戻った数」が一致した試しがない。
母が帳簿をつけようとすると、祖母が止める。
「だめだよ、うちは“心の貸し借り”でやってるんだから」
――もはや経営理念が哲学的だ。
極めつけは、布団が行方不明になったときの父の名言。
「布団も働きに出たんだよ。戻ってきたら一人前だ」
母は冷たく言い放つ。
「その理屈でいくと、うちの布団、みんな独立してるわよ」
それでもなぜか官公庁からの依頼は絶えない。
理由は単純、「安いから」。
しかも“安い”上に“緩い”。
返却日を3日過ぎても「まぁ、ええよええよ」。
下請け業者が唖然とするほどのおおらか経営スタイル。
商店街の仲間たちは口をそろえて言う。
「大宮さんの布団は、行く先々で幸せを運んでるんだよ」
――いや、正確には帰ってこないだけである。
それでも父は胸を張る。
「うちの布団はな、旅に出てこそ味が出るんだ」
祖母は笑ってうなずく。
「そうそう、だいたいそのうち戻ってくるもんよ」
帳簿上はいつも赤字ギリギリ。
しかし“布団がどこかで眠ってる”という希望を胸に、
今日も大宮ふとん店のワゴン車は、
上尾の街をゆっくり走っていくのだった――
後部ドアを開けっぱなしのままで。




