福引券は風に舞う 〜配るも運、配らぬも運〜
上尾中央商栄会の名物――それは年に数回行われる大福引き大会。
ルールは明快で「お買い上げ200円ごとに福引券1枚」。
ところが、この明快なルールが大宮ふとん店にかかると、
一気に霧の中に消える。
祖母いわく、
「うちはねぇ、“だいたい”でいいのよ、“だいたい”で。」
――この“だいたい”が問題の根源である。
たとえば布団カバーを1,980円で買った客に、
祖母は勢いよく福引券を10枚渡す。
「ちょっと多くないですか?」と客が驚くと、
「うちね、端数切り上げ方式だから!」と胸を張る。
翌日、同じ商品を買った別の客には1枚も渡さない。
「昨日は10枚もらったって聞いたんですけど?」
「昨日は昨日、今日は今日。日替わりサービスよ」
母は母で面倒くさがり。
お釣りを渡すときに「あ、福引券もだった」と思い出し、
財布を閉じた客に向かって適当に数枚を投げ渡す。
「ほら、景気づけ!」
――まるで豆まきである。
そして父。
父はさらに自由人。
レジ代わりの空き箱から福引券を取り出す際に、
手探りで引いた分だけ渡すという“ブラインド方式”を採用。
3枚だったり、12枚だったり、ゼロだったり。
「運試しだよ。うちも商売してるけど、神頼みだから」
――客は笑うしかない。
商店街組合も何度か注意した。
「大宮さん、ちゃんと200円ごとに1枚ですよ」
祖母はうやうやしく頭を下げる。
「はいはい、わかってますよ、1枚ずつねぇ~」
その翌日には、ふとん1枚につきおまけで30枚配っていた。
組合の会合では議題に上がるたび、誰かがため息をつく。
「大宮さんところは、もういいか……」
もはや“指導対象”ではなく“観察対象”。
それでも商店街の子どもたちは大宮ふとん店を愛している。
「大宮のおばあちゃんの店行くと、いっぱいくれるんだよ!」
――それはもう、ほぼ福引券の聖地。
今日も祖母は言う。
「うちはね、枚数より気持ち。幸運はたくさん配ったほうがいいの」
そして母はため息をつきながら、また適当に数枚を投げた。
福引券は今日も風に乗って舞い、
商店街のルールとともにどこかへ消えていくのだった。




